残酷な描写あり
R-15
054 海
宿の食堂で逃げた二人のおかげで馬車のキャンセルが二人分出た。そのためコーシェルとウォルシフの兄弟とはここで別れることになった。
「じゃあな、二人とも。都まで道中気をつけて」
「町のみんなによろしくな。あ、忘却神の大神官から神殿に請求が行ってるかもしれないんだけど、帰ったら払うからって言っておいて」
「なんじゃそりゃ」
「色々あったんだって。転移石が手に入ったらすぐに帰れるから」
「わかった。伝えとくよ」
「じゃあ」
あっさりと神官兄弟と別れ、宿場町を後にした。
錨神エンコルスの町は一日足らずで到着できる。昼休憩以外はずっと盾に乗って移動し続け、暗くなる前の土の刻には町に到着した。
錨神の町の建物は神殿以外二階建て程度の高さしかない。木造の建物ばかりだが、壁の塗料は白で統一されている。神殿は塔のような石造りで海のすぐそばにある。灯台の役割も果たしているらしい。この世界では地震や火山活動が無いため津波の心配がないので海辺に神殿があっても安全なのである。
ここの神の石である錨石は錨の役割を果たす石だ。普段は小さいが理力を込めて海へ投げ入れると大きく重くなり錨の役割をするらしい。船乗り以外には使い道の無い石である。
「船はまだ到着してなくて着くのは明日、出発は明後日になりそうだってさ」
「じゃあ、ここの宿を探さなきゃね」
「まあ、ここも宿の数は多いだろうからどこかは空いてるだろ」
『あっちに宿の案内所があるはずだからそこで聞いてみな』
「わかった」
高くないといいけど、と呟きながらフォスター達は案内所へ空いている宿を聞きに行き部屋を確保した。兄妹にとって都合の良いことに以前神官や神衛の単身者向けの寮だった建物を改装した宿とのことで、それぞれの部屋に一つずつ狭い台所と風呂がついていた。部屋の鍵を受け取ると早速リューナが催促した。
「水遊びさせてくれる約束だったよね」
忘却神の町へ行く前に約束していたことを覚えていたようだ。買い物は眼神の町で大体済んでいるし特に用事もないので、盾だけ部屋に置いて鎧は着たまま海へ行くことにした。明日は船が到着次第予約開始となるので水遊びするなら今日のほうが良さそうだと思った。怪しい者がいないか確認しながら海へ向かった。
「ついてくるようなのはいないよな?」
『今のところはな。船が着いたら人が増えるから警戒しろよ』
「そうだな」
港から少し離れた場所に砂浜があった。早い時間なら混んでいたのだろうが、そろそろ暗くなり始める炎の刻になる頃なので並んだ屋台も店じまいしていた。
「足元が砂で少し勝手が違うから注意しながら歩けよ」
「うん」
フォスターの左腕の袖を掴んで一緒に歩きながらリューナが返事をした。マントを掴ませてもいいのだが、もし手を離してしまった場合、マントでは分かりにくいため袖を掴ませている。
「海に入ってみたいか?」
「いいの?」
「足元だけな」
「うん!」
フォスターが提案するとリューナは喜んで返事をした。長い靴下と靴を脱ぎ、綺麗な脚が露になる。キュロットスカートを履いているので大事なところが捲れる心配は無いのだが、丈が短いため目のやりどころに困る。フォスターは他の人間が見ていないか心配で周りを気にした。幸い近くへ寄ってくる人間はいないようだ。
「あははは! なんか足元がずるずる動く~」
リューナはフォスターの心配をよそに無邪気にはしゃいでいる。素直に楽しんでいる妹を見ていると自分が汚れた人間に思えてくる。
だんだん暗くなってきたがリューナの気が済むまで遊ばせていると、彼女は何処からか流れてくる匂いを感じたようだ。
「なんか、美味しそうな匂いがする!」
「どうせ腹が減ったんだろ。水遊びをやめて今日の晩飯の店を探そう」
「うん。タオルとか出してもらっていい?」
「はい、これ」
もうとっくに用意していたので洗浄石と一緒に渡してやった。
今日は折角なので海産物を食べようと思っていた。内陸部に住んでいるのでどんな料理があるのか、どんな味なのか馴染みが無いためさっぱりわからない。そんな状態なので店をどうやって選ぼうかと思っていたが、リューナが匂いを頼りにあっちだとフォスターの袖を引っ張り目当ての場所へ向かっていった。
匂いの元は外で料理をしていた店だった。大きな鉄板の上で食材がジュウジュウと音を立てながら焼かれている。ニンニクとオリーブ油で魚や他の食材をいっぺんに焼いている。注文した食材をここで料理してもらい、受け取って外にあるテーブル席へ持って行く仕組みのようだ。
「ここで食べるか?」
「うん!」
ニンニクの匂いは何故こんなにも食欲をそそられるのだろう。翌日は悪臭になってしまうのに、不思議だと思う。
「大きい魚と小さい魚、どっち……って大きいほうだよな」
「うん!」
「あとなんか、細長い……貝? とか、これ何だろう……」
「これはね、イカだよ! こっちはエビ! もしかして、海に来たの初めてかい?」
調理をしている恰幅の良い豪快そうなおばさんが説明してくれた。海の生物は神殿にある本や友神の町の店で加工されて売っているのを少しだけ見たことがあるが、丸ごとの状態を見るのは初めてだった。第一印象は虫みたいで気持ち悪いと思った。
「初めてです。これ、美味しいんですか……?」
「内陸部のほうから来て初めて見た人はみんなそう言うけどね、一度食べたら味の虜になるよ! 騙されたと思って食べてみな! これおまけしといてあげるから!」
そう言われ、エビを皿に入れられた。その他に大きな魚と小さい魚を一つずつ、貝を二つ、イカを一つ皿に乗せてもらった。
「お酒はいるかい?」
「いえ、飲めないので」
『俺が飲みてえから代わってくれ』
急にビスタークが口を出してきたので危うく返事をするところだった。
「じゃあパンいるかい?」
「はい」
代金を払ってから大きなパンを受け取った。席についてすぐリューナがフォークでつつく。
「どうやって食べればいいんだろ?」
初めての食べ物に加え目が見えないこともあって困っている。フォスターは大きいほうの魚の皮をめくったり骨をある程度取り除いたりして食べやすくしてやった。リューナはフォークをスプーンのように使って食べる。
「美味しい! お魚って美味しいんだね!」
目を輝かせながら次々と口に運んでいる。かなり気に入ったようだ。
『これを肴に飲みたかったな……』
ビスタークが気落ちしたように呟く。
「俺に乗り移ったって身体が受け付けないんだから飲めねえぞ」
『確かにそうだったな……くそっ、なんでお前俺の息子のくせに飲めねえんだよ!』
「知らねえよ。母さん似だってお前も言ってたろ」
ブツブツ言っているビスタークを無視してフォスターも小さい魚のほうを食べた。確かに美味い。油をパンに染み込ませて食べるのもまた美味しかった。
「さて……覚悟を決めてこっちも食べてみるか……」
「貝とイカとエビって言ってたっけ」
「お前も挑戦してみる?」
「うん」
「勇気あるな……」
「だっておばさん美味しいって言ってたじゃない」
「そうだけど……見た目がな……」
「私にはわかんないから大丈夫だよ」
少しだけ不機嫌そうにリューナが言う。フォスターは余計なことを言ってしまったと反省した。とりあえず殻を取らなくていいイカをリューナの取り皿に乗せてやった。リューナはフォークをつきさして口へ運ぶ。
「美味しい!」
「そうか。じゃあこっちは?」
細長い貝の殻を取って中身だけ皿に置いた。
「こっちも美味しい~!」
相変わらず幸せそうに食べている。最後のエビの中身を取り分けるのに苦労したが、先にイカやパンを与えて時間を稼いだ。中身を皿に乗せるとやはり幸せそうに食べていた。
リューナが喜んで食べているということは美味しいのだろうと少し安心してフォスターも食べた。
「あ、ほんとだ。美味いな」
「でしょー。一人で食べられるようになりたいから触ってみてもいい?」
「ああ。もう少し冷めたから大丈夫だよ」
殻を触らせ構造を説明した後予想通りリューナはおかわりを要求したが、楽しく食事を終えた。
「じゃあな、二人とも。都まで道中気をつけて」
「町のみんなによろしくな。あ、忘却神の大神官から神殿に請求が行ってるかもしれないんだけど、帰ったら払うからって言っておいて」
「なんじゃそりゃ」
「色々あったんだって。転移石が手に入ったらすぐに帰れるから」
「わかった。伝えとくよ」
「じゃあ」
あっさりと神官兄弟と別れ、宿場町を後にした。
錨神エンコルスの町は一日足らずで到着できる。昼休憩以外はずっと盾に乗って移動し続け、暗くなる前の土の刻には町に到着した。
錨神の町の建物は神殿以外二階建て程度の高さしかない。木造の建物ばかりだが、壁の塗料は白で統一されている。神殿は塔のような石造りで海のすぐそばにある。灯台の役割も果たしているらしい。この世界では地震や火山活動が無いため津波の心配がないので海辺に神殿があっても安全なのである。
ここの神の石である錨石は錨の役割を果たす石だ。普段は小さいが理力を込めて海へ投げ入れると大きく重くなり錨の役割をするらしい。船乗り以外には使い道の無い石である。
「船はまだ到着してなくて着くのは明日、出発は明後日になりそうだってさ」
「じゃあ、ここの宿を探さなきゃね」
「まあ、ここも宿の数は多いだろうからどこかは空いてるだろ」
『あっちに宿の案内所があるはずだからそこで聞いてみな』
「わかった」
高くないといいけど、と呟きながらフォスター達は案内所へ空いている宿を聞きに行き部屋を確保した。兄妹にとって都合の良いことに以前神官や神衛の単身者向けの寮だった建物を改装した宿とのことで、それぞれの部屋に一つずつ狭い台所と風呂がついていた。部屋の鍵を受け取ると早速リューナが催促した。
「水遊びさせてくれる約束だったよね」
忘却神の町へ行く前に約束していたことを覚えていたようだ。買い物は眼神の町で大体済んでいるし特に用事もないので、盾だけ部屋に置いて鎧は着たまま海へ行くことにした。明日は船が到着次第予約開始となるので水遊びするなら今日のほうが良さそうだと思った。怪しい者がいないか確認しながら海へ向かった。
「ついてくるようなのはいないよな?」
『今のところはな。船が着いたら人が増えるから警戒しろよ』
「そうだな」
港から少し離れた場所に砂浜があった。早い時間なら混んでいたのだろうが、そろそろ暗くなり始める炎の刻になる頃なので並んだ屋台も店じまいしていた。
「足元が砂で少し勝手が違うから注意しながら歩けよ」
「うん」
フォスターの左腕の袖を掴んで一緒に歩きながらリューナが返事をした。マントを掴ませてもいいのだが、もし手を離してしまった場合、マントでは分かりにくいため袖を掴ませている。
「海に入ってみたいか?」
「いいの?」
「足元だけな」
「うん!」
フォスターが提案するとリューナは喜んで返事をした。長い靴下と靴を脱ぎ、綺麗な脚が露になる。キュロットスカートを履いているので大事なところが捲れる心配は無いのだが、丈が短いため目のやりどころに困る。フォスターは他の人間が見ていないか心配で周りを気にした。幸い近くへ寄ってくる人間はいないようだ。
「あははは! なんか足元がずるずる動く~」
リューナはフォスターの心配をよそに無邪気にはしゃいでいる。素直に楽しんでいる妹を見ていると自分が汚れた人間に思えてくる。
だんだん暗くなってきたがリューナの気が済むまで遊ばせていると、彼女は何処からか流れてくる匂いを感じたようだ。
「なんか、美味しそうな匂いがする!」
「どうせ腹が減ったんだろ。水遊びをやめて今日の晩飯の店を探そう」
「うん。タオルとか出してもらっていい?」
「はい、これ」
もうとっくに用意していたので洗浄石と一緒に渡してやった。
今日は折角なので海産物を食べようと思っていた。内陸部に住んでいるのでどんな料理があるのか、どんな味なのか馴染みが無いためさっぱりわからない。そんな状態なので店をどうやって選ぼうかと思っていたが、リューナが匂いを頼りにあっちだとフォスターの袖を引っ張り目当ての場所へ向かっていった。
匂いの元は外で料理をしていた店だった。大きな鉄板の上で食材がジュウジュウと音を立てながら焼かれている。ニンニクとオリーブ油で魚や他の食材をいっぺんに焼いている。注文した食材をここで料理してもらい、受け取って外にあるテーブル席へ持って行く仕組みのようだ。
「ここで食べるか?」
「うん!」
ニンニクの匂いは何故こんなにも食欲をそそられるのだろう。翌日は悪臭になってしまうのに、不思議だと思う。
「大きい魚と小さい魚、どっち……って大きいほうだよな」
「うん!」
「あとなんか、細長い……貝? とか、これ何だろう……」
「これはね、イカだよ! こっちはエビ! もしかして、海に来たの初めてかい?」
調理をしている恰幅の良い豪快そうなおばさんが説明してくれた。海の生物は神殿にある本や友神の町の店で加工されて売っているのを少しだけ見たことがあるが、丸ごとの状態を見るのは初めてだった。第一印象は虫みたいで気持ち悪いと思った。
「初めてです。これ、美味しいんですか……?」
「内陸部のほうから来て初めて見た人はみんなそう言うけどね、一度食べたら味の虜になるよ! 騙されたと思って食べてみな! これおまけしといてあげるから!」
そう言われ、エビを皿に入れられた。その他に大きな魚と小さい魚を一つずつ、貝を二つ、イカを一つ皿に乗せてもらった。
「お酒はいるかい?」
「いえ、飲めないので」
『俺が飲みてえから代わってくれ』
急にビスタークが口を出してきたので危うく返事をするところだった。
「じゃあパンいるかい?」
「はい」
代金を払ってから大きなパンを受け取った。席についてすぐリューナがフォークでつつく。
「どうやって食べればいいんだろ?」
初めての食べ物に加え目が見えないこともあって困っている。フォスターは大きいほうの魚の皮をめくったり骨をある程度取り除いたりして食べやすくしてやった。リューナはフォークをスプーンのように使って食べる。
「美味しい! お魚って美味しいんだね!」
目を輝かせながら次々と口に運んでいる。かなり気に入ったようだ。
『これを肴に飲みたかったな……』
ビスタークが気落ちしたように呟く。
「俺に乗り移ったって身体が受け付けないんだから飲めねえぞ」
『確かにそうだったな……くそっ、なんでお前俺の息子のくせに飲めねえんだよ!』
「知らねえよ。母さん似だってお前も言ってたろ」
ブツブツ言っているビスタークを無視してフォスターも小さい魚のほうを食べた。確かに美味い。油をパンに染み込ませて食べるのもまた美味しかった。
「さて……覚悟を決めてこっちも食べてみるか……」
「貝とイカとエビって言ってたっけ」
「お前も挑戦してみる?」
「うん」
「勇気あるな……」
「だっておばさん美味しいって言ってたじゃない」
「そうだけど……見た目がな……」
「私にはわかんないから大丈夫だよ」
少しだけ不機嫌そうにリューナが言う。フォスターは余計なことを言ってしまったと反省した。とりあえず殻を取らなくていいイカをリューナの取り皿に乗せてやった。リューナはフォークをつきさして口へ運ぶ。
「美味しい!」
「そうか。じゃあこっちは?」
細長い貝の殻を取って中身だけ皿に置いた。
「こっちも美味しい~!」
相変わらず幸せそうに食べている。最後のエビの中身を取り分けるのに苦労したが、先にイカやパンを与えて時間を稼いだ。中身を皿に乗せるとやはり幸せそうに食べていた。
リューナが喜んで食べているということは美味しいのだろうと少し安心してフォスターも食べた。
「あ、ほんとだ。美味いな」
「でしょー。一人で食べられるようになりたいから触ってみてもいい?」
「ああ。もう少し冷めたから大丈夫だよ」
殻を触らせ構造を説明した後予想通りリューナはおかわりを要求したが、楽しく食事を終えた。