残酷な描写あり
R-15
080 邂逅
「な、何、何なの、この声……」
エクレシアは狼狽している。
『だから俺だって言ってるだろ。死んだビスタークだ』
「お前にも聞こえてるのか? このハチマキからか?」
「信じられないかもしれませんが、親父の魂はこの帯に宿っているんです」
先に冷静さを取り戻したのはキナノスのほうだった。
「……悪霊ではないんだな?」
『違う。悪霊は会話出来ねえだろ』
「そうだな」
キナノスは紙と鉛筆を持ち出した。
「情報が多すぎるから整理させてくれ」
やはり神官である。ストロワの息子ということはおそらく次の大神官として育てられてきたのだろう。頭の回転が早そうだった。キナノスが紙に箇条書きで書き出している間、ビスタークは気になっていたことを聞いた。
『お前ら……兄妹なのに結婚したのか?』
そう言われて気がついた。どちらも母レリアの兄と姉だと言っていて、しかも嫁と呼んでいたことに。結婚すればその相手は義兄や義姉になるから気にしなかったが、ビスタークの言葉を聞くにそういうわけでもなさそうだ。
「え、まあ、成り行きで……あたしが拾い子だから血縁はないって元々知ってたし……兄妹というより幼なじみみたいな感じだったし……」
エクレシアはまだ動揺しているが、質問されて答えることで少しだけ落ち着きつつある。
「その方が色々と都合が良かったんだよ。俺たちは周りに話せないことが多いし、ここに住民登録するときも夫婦のほうが申請しやすかったんだ」
「あたしたちが元々兄妹だったことを知ってる人も殆どいないしね」
『……ふーん』
ビスタークは何か含みがある感じで相槌をうった。それを誤魔化すようにキナノスは鉛筆の端で頭を掻きながら紙に書いたものを読み上げる。
「ビスタークは十五年前に毒で殺された。何かに追われていた。今は魂だけの存在でハチマキに宿っている。それから確認だ。俺たちと同じく親父のストロワを探している?」
「はい」
『ここにもいないのか』
二人は頷いた。
「それともう一つ、大事なことを確認させてくれ。妹を連れてきたと言っていたな」
フォスターは神妙な面持ちで頷いた。
「それは……まさか、うちの親父が赤ん坊をお前に預けたのか?」
『その通りだ』
「……お前達はその子が何なのか知ってるんだな?」
「はい」
フォスターは沈んだ表情で返事をした。
『居場所がバレてしまったからここへ連れてきた。今は水の神殿で預かってもらっている』
「どんな様子だ?」
『特に問題はない。水の大神官も巻き込んだ。あいつの正体も知っている。後で一緒に今後の話をしたい』
「そうだな、助かる」
キナノスは少しだけ間を置いて話を続けた。
「俺たちは親父に『水の都で合流しよう』と言われて待ち続けた。でも親父から一向に連絡がない。正直どうすればいいかわからなかった。日々の生活で手一杯だった。ありがとう、ここに来てくれて」
キナノスはフォスターへ頭を下げた。フォスターも慌てて頭を下げる。
『じゃあ、こっちから質問させてもらうぞ』
「ああ」
『そもそも何があったんだ。新しい神官が裏切って、攻め込まれて逃げたとしか聞いてないぞ。あ、あと神の力は封じてあると言っていたが具体的にどうやったんだ?』
ビスタークが矢継ぎ早に質問し始めた。
「何があったのか、俺の知っていることを順番に話していこう」
キナノスが語り始めた。
「お前がレリアを連れていった後、試験を受けに命の都へ行ったんだ。そこで出会ったのが新しい神官になった女だった。アイサと言ったが、今思えば偽名だったんだろうな」
趣味で各地の都の試験を幾つも突破したと言っていたらしい。天涯孤独で頭が良く、破壊神の神官として理想的な人物だったという。
「最初から俺たちを狙っていたんだろうが全くそんな素振りを見せなかった。しばらく行動を共にして神官にふさわしいか見極めようとしたんだ。その後の炎の都と光の都でも品行方正、謹厳実直といった感じで何も問題はなかったんだ」
「キナノスはメロメロだったもんね」
嫉妬なのか半笑いでエクレシアが余計な一言を足した。
「……女って怖いよな。完全に騙されたよ」
「そうだね。あたしも全くわからなかったし」
二人とも少し遠い目をして頷いた。
「何故俺たちの素性を知っていたのかも全くわからなかったよな」
「うん。どうして神の子を手に入れたいのか、目的もわからない」
『神殿から外へ出したら神の力が暴走するおそれがあるってことを知らないのかもな』
他にも疑問があるのでビスタークが質問する。
『そいつが神殿の場所をばらしたってなんでわかったんだ?』
「神の子が降臨する数日前に神託があったんだ。赤子の偽物を複数用意するようにって回りくどい神託がな。それで親父は察したらしい。アイサに秘密で人形を三つ用意した」
ストロワは神の子が降臨する日もずっと秘密にしていたらしいが、降臨した瞬間赤子の泣き声が神殿に響いたのでそれを合図に攻め込まれたようだ。降臨するなりストロワは本物と人形を、キナノスとエクレシアはそれぞれ一つずつ人形を持って追手を分散させたという。水の都で落ち合うという約束をして。そのため、二人ともおくるみに包まれた神の子を一瞬見ただけで、性別や髪の色などの見た目の確認をする間も無かったという。
「女の子だったんだね」
「まあ神に性別の意味はあまり無いみたいだけどな」
『ストロワはそれで俺に本物を預けて、自分は人形を持って逃げたのか……』
「親父にはどこで会ったんだ?」
『旅神の町だ。光の都のほうにある』
以前ビスタークはリューナにそこ生まれだと嘘をついていた。一応事実を元に脚色していたのである。
「出来るだけ俺に追手の注目を集めるようにして逃げた。親父のほうの追手を少しでも減らすために」
「あたしも同じようにして逃げたんだ。変装したりしてね」
「神のお導きなのか砂漠の入口の森林神の町でエクレシアに再会できたんだ」
「あの時はほっとしたよ……」
エクレシアは思い出すようにしみじみとそう言った。
「それで砂漠を渡ってここに辿り着いたんだが、正直周りが全部敵に見えて神殿も信じられなくてな、頼らなかったんだ」
「破壊神専用の偽の町の登録名があるんだけど、それを伝えたらバレてまた追われるかもしれないから町民になることにしたんだよ」
「世界中をまわってきたおかげで色々な神の石が手元にあったからそれを元に露店を始めてな、わりと最近ちゃんと店を持つようになったんだ」
『お前の成功話はどうでもいい。それよりストロワから連絡は一切無いのか?』
二人の表情が曇る。
「……無い。全く無いんだ」
「もう……死んじゃってるのかもしれない……」
「縁起でもないこと言うなよ!」
「だって……」
『輝星石は試してみたか?』
死んで魂が星になっているかどうかを確認したか、という意味である。
「……試した。今までと変わらなかった」
『そうか』
それなら生きているかもしれないが、死んでいた場合、悪霊になって彷徨っているかビスタークのように魂だけになって何かに縛られているか、である。
「そうだ。神の力を封じてあると言ったがそれは俺も知らない。親父がそう言ってたのか?」
『ああ。そのせいで不具合が出るかも、と言っていた』
「そのせいなのか目が全く見えないんです」
「そうなのか……。もしかして、本人は神の子の自覚が無いのか?」
「はい。俺もそれを知ったのはつい最近……一ヶ月くらい前です」
今までのことを説明した。ビスタークがまだ魂だけここにいると知ったこと、神衛兵と医者に攫われかけたこと、リューナ本人は何も知らずただ目が見えるようになりたいと思っていること、自分の出生について知りたがっていることを。
「リューナは目が見えないだけで普通の女の子です。自分が神の子だなんてこれっぽっちも考えていません。実は途中で拾った身代わりの子だってことはありませんか?」
悲痛な感情が混ざった声で訴えたが、キナノスに否定された。
「それは可能性が低いと思う。そう簡単に生きた赤ん坊が拾えると思うか? 誰かの子を勝手に攫うなんて非道なこと、うちの親父はしないしな」
確かにそうである。今までの神の子らしき証拠の数々を思い出し、フォスターは黙って俯くことしか出来なかった。
エクレシアは狼狽している。
『だから俺だって言ってるだろ。死んだビスタークだ』
「お前にも聞こえてるのか? このハチマキからか?」
「信じられないかもしれませんが、親父の魂はこの帯に宿っているんです」
先に冷静さを取り戻したのはキナノスのほうだった。
「……悪霊ではないんだな?」
『違う。悪霊は会話出来ねえだろ』
「そうだな」
キナノスは紙と鉛筆を持ち出した。
「情報が多すぎるから整理させてくれ」
やはり神官である。ストロワの息子ということはおそらく次の大神官として育てられてきたのだろう。頭の回転が早そうだった。キナノスが紙に箇条書きで書き出している間、ビスタークは気になっていたことを聞いた。
『お前ら……兄妹なのに結婚したのか?』
そう言われて気がついた。どちらも母レリアの兄と姉だと言っていて、しかも嫁と呼んでいたことに。結婚すればその相手は義兄や義姉になるから気にしなかったが、ビスタークの言葉を聞くにそういうわけでもなさそうだ。
「え、まあ、成り行きで……あたしが拾い子だから血縁はないって元々知ってたし……兄妹というより幼なじみみたいな感じだったし……」
エクレシアはまだ動揺しているが、質問されて答えることで少しだけ落ち着きつつある。
「その方が色々と都合が良かったんだよ。俺たちは周りに話せないことが多いし、ここに住民登録するときも夫婦のほうが申請しやすかったんだ」
「あたしたちが元々兄妹だったことを知ってる人も殆どいないしね」
『……ふーん』
ビスタークは何か含みがある感じで相槌をうった。それを誤魔化すようにキナノスは鉛筆の端で頭を掻きながら紙に書いたものを読み上げる。
「ビスタークは十五年前に毒で殺された。何かに追われていた。今は魂だけの存在でハチマキに宿っている。それから確認だ。俺たちと同じく親父のストロワを探している?」
「はい」
『ここにもいないのか』
二人は頷いた。
「それともう一つ、大事なことを確認させてくれ。妹を連れてきたと言っていたな」
フォスターは神妙な面持ちで頷いた。
「それは……まさか、うちの親父が赤ん坊をお前に預けたのか?」
『その通りだ』
「……お前達はその子が何なのか知ってるんだな?」
「はい」
フォスターは沈んだ表情で返事をした。
『居場所がバレてしまったからここへ連れてきた。今は水の神殿で預かってもらっている』
「どんな様子だ?」
『特に問題はない。水の大神官も巻き込んだ。あいつの正体も知っている。後で一緒に今後の話をしたい』
「そうだな、助かる」
キナノスは少しだけ間を置いて話を続けた。
「俺たちは親父に『水の都で合流しよう』と言われて待ち続けた。でも親父から一向に連絡がない。正直どうすればいいかわからなかった。日々の生活で手一杯だった。ありがとう、ここに来てくれて」
キナノスはフォスターへ頭を下げた。フォスターも慌てて頭を下げる。
『じゃあ、こっちから質問させてもらうぞ』
「ああ」
『そもそも何があったんだ。新しい神官が裏切って、攻め込まれて逃げたとしか聞いてないぞ。あ、あと神の力は封じてあると言っていたが具体的にどうやったんだ?』
ビスタークが矢継ぎ早に質問し始めた。
「何があったのか、俺の知っていることを順番に話していこう」
キナノスが語り始めた。
「お前がレリアを連れていった後、試験を受けに命の都へ行ったんだ。そこで出会ったのが新しい神官になった女だった。アイサと言ったが、今思えば偽名だったんだろうな」
趣味で各地の都の試験を幾つも突破したと言っていたらしい。天涯孤独で頭が良く、破壊神の神官として理想的な人物だったという。
「最初から俺たちを狙っていたんだろうが全くそんな素振りを見せなかった。しばらく行動を共にして神官にふさわしいか見極めようとしたんだ。その後の炎の都と光の都でも品行方正、謹厳実直といった感じで何も問題はなかったんだ」
「キナノスはメロメロだったもんね」
嫉妬なのか半笑いでエクレシアが余計な一言を足した。
「……女って怖いよな。完全に騙されたよ」
「そうだね。あたしも全くわからなかったし」
二人とも少し遠い目をして頷いた。
「何故俺たちの素性を知っていたのかも全くわからなかったよな」
「うん。どうして神の子を手に入れたいのか、目的もわからない」
『神殿から外へ出したら神の力が暴走するおそれがあるってことを知らないのかもな』
他にも疑問があるのでビスタークが質問する。
『そいつが神殿の場所をばらしたってなんでわかったんだ?』
「神の子が降臨する数日前に神託があったんだ。赤子の偽物を複数用意するようにって回りくどい神託がな。それで親父は察したらしい。アイサに秘密で人形を三つ用意した」
ストロワは神の子が降臨する日もずっと秘密にしていたらしいが、降臨した瞬間赤子の泣き声が神殿に響いたのでそれを合図に攻め込まれたようだ。降臨するなりストロワは本物と人形を、キナノスとエクレシアはそれぞれ一つずつ人形を持って追手を分散させたという。水の都で落ち合うという約束をして。そのため、二人ともおくるみに包まれた神の子を一瞬見ただけで、性別や髪の色などの見た目の確認をする間も無かったという。
「女の子だったんだね」
「まあ神に性別の意味はあまり無いみたいだけどな」
『ストロワはそれで俺に本物を預けて、自分は人形を持って逃げたのか……』
「親父にはどこで会ったんだ?」
『旅神の町だ。光の都のほうにある』
以前ビスタークはリューナにそこ生まれだと嘘をついていた。一応事実を元に脚色していたのである。
「出来るだけ俺に追手の注目を集めるようにして逃げた。親父のほうの追手を少しでも減らすために」
「あたしも同じようにして逃げたんだ。変装したりしてね」
「神のお導きなのか砂漠の入口の森林神の町でエクレシアに再会できたんだ」
「あの時はほっとしたよ……」
エクレシアは思い出すようにしみじみとそう言った。
「それで砂漠を渡ってここに辿り着いたんだが、正直周りが全部敵に見えて神殿も信じられなくてな、頼らなかったんだ」
「破壊神専用の偽の町の登録名があるんだけど、それを伝えたらバレてまた追われるかもしれないから町民になることにしたんだよ」
「世界中をまわってきたおかげで色々な神の石が手元にあったからそれを元に露店を始めてな、わりと最近ちゃんと店を持つようになったんだ」
『お前の成功話はどうでもいい。それよりストロワから連絡は一切無いのか?』
二人の表情が曇る。
「……無い。全く無いんだ」
「もう……死んじゃってるのかもしれない……」
「縁起でもないこと言うなよ!」
「だって……」
『輝星石は試してみたか?』
死んで魂が星になっているかどうかを確認したか、という意味である。
「……試した。今までと変わらなかった」
『そうか』
それなら生きているかもしれないが、死んでいた場合、悪霊になって彷徨っているかビスタークのように魂だけになって何かに縛られているか、である。
「そうだ。神の力を封じてあると言ったがそれは俺も知らない。親父がそう言ってたのか?」
『ああ。そのせいで不具合が出るかも、と言っていた』
「そのせいなのか目が全く見えないんです」
「そうなのか……。もしかして、本人は神の子の自覚が無いのか?」
「はい。俺もそれを知ったのはつい最近……一ヶ月くらい前です」
今までのことを説明した。ビスタークがまだ魂だけここにいると知ったこと、神衛兵と医者に攫われかけたこと、リューナ本人は何も知らずただ目が見えるようになりたいと思っていること、自分の出生について知りたがっていることを。
「リューナは目が見えないだけで普通の女の子です。自分が神の子だなんてこれっぽっちも考えていません。実は途中で拾った身代わりの子だってことはありませんか?」
悲痛な感情が混ざった声で訴えたが、キナノスに否定された。
「それは可能性が低いと思う。そう簡単に生きた赤ん坊が拾えると思うか? 誰かの子を勝手に攫うなんて非道なこと、うちの親父はしないしな」
確かにそうである。今までの神の子らしき証拠の数々を思い出し、フォスターは黙って俯くことしか出来なかった。