残酷な描写あり
R-15
084 懸念
リューナは昼食をとった後、自分の泊まっている客室へ待機することになった。ティリューダが謝っている。
「すみません、外の別館にある図書館くらいは案内したかったんですけどね。神殿の中のほうが安全ですので……」
「そんな、ご馳走していただいてありがとうございました」
リューナも恐縮して礼を言う。何故こんなに良くしてくれるのかと少し疑問に思いながら。
「ご希望の本を言っていただければ代わりに借りることは出来ますので、遠慮なくお申し付けくださいね」
「ええと、じゃあ、何か物語のようなものを借りてきてもらえませんか?」
「部屋にいたら暇ですもんね。言文石はお持ちなんですか?」
「はい、持ってます」
リューナは服のポケットからいつも持ち歩いている言文石を出してみせた。
「わかりました。部屋の前にはダスタムが警備で立ってますので、ここにいれば安全ですよ。ちょっと待っててくださいね。借りて参ります」
そう言ってティリューダは図書館へと向かった。
その間リューナはフォスターがいつ戻ってくるかと考えていた。
ストロワを知っているという人がいるという神の石の店を探しに出掛けたが、そう簡単には見つからないのではと思っていた。自分の祖父なのだとフォスターは言っていた。狙われている理由はわからないので祖父に会えばわかる、自分は特別なのだということも。
リューナはストロワが見つからなくてもそれはそれで構わなかった。ただ、知りたいだけなのだ。フォスターと血縁があるかどうかを知りたいだけなのだ。自分の親のことを知りたいのは、血の繋がりが無いことを確かめたいからなのである。ビスタークの言うことはあてにならないが、もし本当に血の繋がりのある兄妹だと確認できてしまったら、と思うと怖い。
そんなことを考えながらうとうとしているとティリューダが本を借りて戻ってきた。
「気に入っていただけるかはわかりませんが……」
そう言って本を五冊テーブルの上に置きながら一つひとつ題名を読み上げる。その中にヨマリーが読ませてくれた本も入っていた。
「『神衛兵スキャルドの憂鬱』って前に読ませてもらったことあります。面白かったです」
「ああ、じゃあ別のにすればよかったですね」
「いいえ! 途中の巻だけだったので最初から読めるので嬉しいです」
「それは良かった。読み終わったらまた続きを借りてきますのでお申し付けくださいね」
「はい。ありがとうございます」
他の本は民話集や恋愛物語、偉人の伝記などだった。何かあれば隣の大神官の部屋で書類仕事をしているのでダスタムを通じて呼んでくださいと言ってティリューダは出ていった。リューナは部屋に籠ってフォスターが戻るまで読書に勤しむこととなった。
フォスターはキナノス達の店を出た後、すぐに神殿へと戻った。リューナは耳が良いため気付かれることのないように客室へは戻らず、窓口で自分が戻ったことを告げて大神官へ取りついでもらう。ティリューダが迎えにきてくれ別の階にある小さめの会議室のような部屋へと案内された。リジェンダは大神官の仕事が忙しく、代わりに副官のタトジャが来るという。こちらの事情は全部伝えてあるとのことだった。
「お待たせしました」
入ってきたのは細身の背の高い男性神官だった。灰緑色の短髪をした三十代くらいの年齢で顔色が悪い。とても疲れているように見受けられた。
「大神官は不在の間の仕事が溜まっておりまして代わりに私が承ります」
やはり都に大神官がいないのは仕事に支障があったのだろう。
『きっとこいつもあれに振り回されてるんだろうな』
確かにそうなのかもしれない。目の下にクマができている。気の毒に思っているこちらのことはまるで気に止めず、タトジャは淡々と用件を言う。
「見つかりましたか? こちらでも店を調べまして、該当する店があったのですが」
「はい、見つかりましたが、大神官はいませんでした。息子さん夫婦だけでした」
「そうですか。それでは息子さんをお呼びして話し合いをしなければなりませんね」
「向こうは片方だけ出ればいいなら店を閉めなくていいのでいつでも良いそうです」
タトジャは手帳を見ながら伝える。
「大神官の予定がしばらく埋まってまして……早くて五日後ですかね」
「忙しいんですね」
「不在が長かったので……」
少し含みのありそうな言い方をした。リジェンダがいない間の苦労がうかがえたその時、急に部屋の扉が開いた。
「待たせたね!」
入ってきたのは今話題に出ていたリジェンダだった。
「ちょ……大神官! 今は商会組合との会食の時間ですよね?」
「参加したよ? さっさと食べて途中抜けしてきただけで」
「それは駄目ですよ!」
「大丈夫だよ。あんなの参加したって事実が大事なんだから。こっちのほうが世界的な問題だ」
「…………。次の予定までですよ?」
「わかってるよ」
タトジャは不機嫌を隠しもせず渋々了承した。
「で、見つかった?」
リジェンダにも同じ報告をした。
「予定が詰まっているので五日後とお伝えしたところです」
「五日は先すぎるよ! まずは最初の打ち合わせをしてその後に神の子に決まった嘘を伝えなきゃならないんだから。どこか空けられるとこあるでしょ。この実習の視察とかさ」
「不在の時一回先延ばしにしてここになったんですけど?」
「……ごめん」
タトジャに圧のある言い方をされ、目を泳がせながらリジェンダは謝った。
「会って打ち合わせしなくても手紙のやりとりか自分が赴いて話をしてきますよ」
「うーん……じゃあ余ってる通信石で連絡するのは? 夜なら予定空いてるでしょ。夜に来てもらうのは悪いけど通信するだけなら了承してもらえないかな?」
「それでしたら可能かと。では先方へ石を渡しに行きます」
「じゃあそうしよう。それで神の子へ話をする日を五日後の予定に入れればいい」
話がまとまりそうだったのでフォスターは確認する。
「リューナにはどう伝えましょうか」
「ストロワが見つからなかったがその息子は見つかった。予定が合わないので五日後に会えることになった、でいいんじゃない? あ、でも向こうの了解が無いと駄目だから言うとしたら明日以降だね。今日は見つからなかった、で通しといて」
「わかりました」
フォスターは続けて懸念に思っていることを伝える。
「実はリューナには『目を治してくれる医者を探そう』と言ってあるんです。大神官に会って神の子の自覚と封じた力を解放できるなら見えるようになるだろうからと思って」
「あー、ということはここで医者を探さないと不自然ってこと?」
「そうです」
リジェンダは察してくれた。それを聞いてタトジャが案を出す。
「神殿に常駐している医者に頼めばいいのでは?」
「そうだね。契約石で縛れば秘密も守れるし。まあ医者には守秘義務があるけど念のためね」
いざとなれば記憶も消せるしな、とビスタークが呟いたが他の人には聞こえていないので無視した。
「ではお願いできますか」
「向こうの予定を確認してお知らせしましょう」
「ありがとうございます」
タトジャは壁にかかっている時計を見てリジェンダに伝える。
「大神官、そろそろ次の予定に」
「そうだけど、これだけ言わないと」
リジェンダはフォスターに真剣な顔をして伝えた。
「やっぱり君たちを襲ったのは、空の都近くの町の神衛兵だった。友神の町と泳神の町から連絡がきた。今、この神殿にいる神衛兵にもそっちのほうから来ているのがいるかもしれない」
「そうですね……。上の階なら安全でしょうか?」
「うん。警備がいるので誰かと一緒でなければ上がってこれない。客室にいる限りは大丈夫だよ」
リジェンダは続けて警戒するよう忠告する。
「それで、その神衛だが、他の町の名前を出している可能性もある。少し時間はかかるが鎧と照合すればその偽装はわかる。わかり次第また伝えるから注意してくれ」
「はい。リューナにも気を付けるよう言っておきます」
そしてタトジャに促され、リジェンダは仕事へと戻っていった。
「すみません、外の別館にある図書館くらいは案内したかったんですけどね。神殿の中のほうが安全ですので……」
「そんな、ご馳走していただいてありがとうございました」
リューナも恐縮して礼を言う。何故こんなに良くしてくれるのかと少し疑問に思いながら。
「ご希望の本を言っていただければ代わりに借りることは出来ますので、遠慮なくお申し付けくださいね」
「ええと、じゃあ、何か物語のようなものを借りてきてもらえませんか?」
「部屋にいたら暇ですもんね。言文石はお持ちなんですか?」
「はい、持ってます」
リューナは服のポケットからいつも持ち歩いている言文石を出してみせた。
「わかりました。部屋の前にはダスタムが警備で立ってますので、ここにいれば安全ですよ。ちょっと待っててくださいね。借りて参ります」
そう言ってティリューダは図書館へと向かった。
その間リューナはフォスターがいつ戻ってくるかと考えていた。
ストロワを知っているという人がいるという神の石の店を探しに出掛けたが、そう簡単には見つからないのではと思っていた。自分の祖父なのだとフォスターは言っていた。狙われている理由はわからないので祖父に会えばわかる、自分は特別なのだということも。
リューナはストロワが見つからなくてもそれはそれで構わなかった。ただ、知りたいだけなのだ。フォスターと血縁があるかどうかを知りたいだけなのだ。自分の親のことを知りたいのは、血の繋がりが無いことを確かめたいからなのである。ビスタークの言うことはあてにならないが、もし本当に血の繋がりのある兄妹だと確認できてしまったら、と思うと怖い。
そんなことを考えながらうとうとしているとティリューダが本を借りて戻ってきた。
「気に入っていただけるかはわかりませんが……」
そう言って本を五冊テーブルの上に置きながら一つひとつ題名を読み上げる。その中にヨマリーが読ませてくれた本も入っていた。
「『神衛兵スキャルドの憂鬱』って前に読ませてもらったことあります。面白かったです」
「ああ、じゃあ別のにすればよかったですね」
「いいえ! 途中の巻だけだったので最初から読めるので嬉しいです」
「それは良かった。読み終わったらまた続きを借りてきますのでお申し付けくださいね」
「はい。ありがとうございます」
他の本は民話集や恋愛物語、偉人の伝記などだった。何かあれば隣の大神官の部屋で書類仕事をしているのでダスタムを通じて呼んでくださいと言ってティリューダは出ていった。リューナは部屋に籠ってフォスターが戻るまで読書に勤しむこととなった。
フォスターはキナノス達の店を出た後、すぐに神殿へと戻った。リューナは耳が良いため気付かれることのないように客室へは戻らず、窓口で自分が戻ったことを告げて大神官へ取りついでもらう。ティリューダが迎えにきてくれ別の階にある小さめの会議室のような部屋へと案内された。リジェンダは大神官の仕事が忙しく、代わりに副官のタトジャが来るという。こちらの事情は全部伝えてあるとのことだった。
「お待たせしました」
入ってきたのは細身の背の高い男性神官だった。灰緑色の短髪をした三十代くらいの年齢で顔色が悪い。とても疲れているように見受けられた。
「大神官は不在の間の仕事が溜まっておりまして代わりに私が承ります」
やはり都に大神官がいないのは仕事に支障があったのだろう。
『きっとこいつもあれに振り回されてるんだろうな』
確かにそうなのかもしれない。目の下にクマができている。気の毒に思っているこちらのことはまるで気に止めず、タトジャは淡々と用件を言う。
「見つかりましたか? こちらでも店を調べまして、該当する店があったのですが」
「はい、見つかりましたが、大神官はいませんでした。息子さん夫婦だけでした」
「そうですか。それでは息子さんをお呼びして話し合いをしなければなりませんね」
「向こうは片方だけ出ればいいなら店を閉めなくていいのでいつでも良いそうです」
タトジャは手帳を見ながら伝える。
「大神官の予定がしばらく埋まってまして……早くて五日後ですかね」
「忙しいんですね」
「不在が長かったので……」
少し含みのありそうな言い方をした。リジェンダがいない間の苦労がうかがえたその時、急に部屋の扉が開いた。
「待たせたね!」
入ってきたのは今話題に出ていたリジェンダだった。
「ちょ……大神官! 今は商会組合との会食の時間ですよね?」
「参加したよ? さっさと食べて途中抜けしてきただけで」
「それは駄目ですよ!」
「大丈夫だよ。あんなの参加したって事実が大事なんだから。こっちのほうが世界的な問題だ」
「…………。次の予定までですよ?」
「わかってるよ」
タトジャは不機嫌を隠しもせず渋々了承した。
「で、見つかった?」
リジェンダにも同じ報告をした。
「予定が詰まっているので五日後とお伝えしたところです」
「五日は先すぎるよ! まずは最初の打ち合わせをしてその後に神の子に決まった嘘を伝えなきゃならないんだから。どこか空けられるとこあるでしょ。この実習の視察とかさ」
「不在の時一回先延ばしにしてここになったんですけど?」
「……ごめん」
タトジャに圧のある言い方をされ、目を泳がせながらリジェンダは謝った。
「会って打ち合わせしなくても手紙のやりとりか自分が赴いて話をしてきますよ」
「うーん……じゃあ余ってる通信石で連絡するのは? 夜なら予定空いてるでしょ。夜に来てもらうのは悪いけど通信するだけなら了承してもらえないかな?」
「それでしたら可能かと。では先方へ石を渡しに行きます」
「じゃあそうしよう。それで神の子へ話をする日を五日後の予定に入れればいい」
話がまとまりそうだったのでフォスターは確認する。
「リューナにはどう伝えましょうか」
「ストロワが見つからなかったがその息子は見つかった。予定が合わないので五日後に会えることになった、でいいんじゃない? あ、でも向こうの了解が無いと駄目だから言うとしたら明日以降だね。今日は見つからなかった、で通しといて」
「わかりました」
フォスターは続けて懸念に思っていることを伝える。
「実はリューナには『目を治してくれる医者を探そう』と言ってあるんです。大神官に会って神の子の自覚と封じた力を解放できるなら見えるようになるだろうからと思って」
「あー、ということはここで医者を探さないと不自然ってこと?」
「そうです」
リジェンダは察してくれた。それを聞いてタトジャが案を出す。
「神殿に常駐している医者に頼めばいいのでは?」
「そうだね。契約石で縛れば秘密も守れるし。まあ医者には守秘義務があるけど念のためね」
いざとなれば記憶も消せるしな、とビスタークが呟いたが他の人には聞こえていないので無視した。
「ではお願いできますか」
「向こうの予定を確認してお知らせしましょう」
「ありがとうございます」
タトジャは壁にかかっている時計を見てリジェンダに伝える。
「大神官、そろそろ次の予定に」
「そうだけど、これだけ言わないと」
リジェンダはフォスターに真剣な顔をして伝えた。
「やっぱり君たちを襲ったのは、空の都近くの町の神衛兵だった。友神の町と泳神の町から連絡がきた。今、この神殿にいる神衛兵にもそっちのほうから来ているのがいるかもしれない」
「そうですね……。上の階なら安全でしょうか?」
「うん。警備がいるので誰かと一緒でなければ上がってこれない。客室にいる限りは大丈夫だよ」
リジェンダは続けて警戒するよう忠告する。
「それで、その神衛だが、他の町の名前を出している可能性もある。少し時間はかかるが鎧と照合すればその偽装はわかる。わかり次第また伝えるから注意してくれ」
「はい。リューナにも気を付けるよう言っておきます」
そしてタトジャに促され、リジェンダは仕事へと戻っていった。