残酷な描写あり
R-15
088 願
取り押さえられた神衛兵二人は何も喋らないと知らされた。持ち物の中には転移石だけでなく通信石もあったらしい。これでザイステルと連絡しているのかもしれない。しかし登録されている者で無ければ通信が出来ないので、敵に接触を図ることは出来なかった。
監視を付けた神衛兵全員が敵というわけではなかった。それぞれ事情聴取してみたが普通の者も半分くらいいた、との話だった。ただの観光のようで普通に会話していたそうだ。しかしそういう演技をしているだけかもしれないので警戒は続けてもらえるらしい。
普通の会話が出来なかった者達は監禁された。その中には町を偽った神衛兵もいた。知恵が回る者とそうでない者がいるようだ。その辺りは色々と検証を行うとのことだった。罠を張らずに最初からそうすれば良かったのではと思ったが、誘拐未遂を本当に行うかどうかの確証が欲しかったそうだ。
また、数人確保できたのでそのうち一人を正気に戻してみてはという案が出たが、数日様子をみてからという判断でまとまった。
今回リューナは怖がることもなく、前よりも自由に動けるようになったのだが、やはり警備はついている。目も見えないので一人で自由に行動させるわけにもいかない。
今日は神殿内の医者に診察をしてもらうことになっている。そして明日はいよいよ顔合わせだ。リューナにはキナノス達に会った次の日に教えていた。フォスターも心穏やかではないが、リューナはもっと緊張していた。
「……怖いか?」
「うん……ちょっと……。この後のお医者さんもだけど、明日は本当にどきどきする……」
混雑時を避けて食堂で昼食をとりながらリューナはそう言った。そしてその後、診察へと赴いた。フォスターは仕事があるので付き添えなかったが、ティリューダ達が一緒なので安心して任せることにした。後で診察の様子を聞くと、医者のほうが珍しい症例と興奮気味で、リューナは若干引いていたらしい。既にかなり諦めているらしく、そこまで落ち込んではいなかった。明日のことで頭がいっぱいだったせいかもしれない。
キナノス達との顔合わせ当日。兄妹二人は朝から落ち着かなかった。フォスターのほうはリューナがあの説明で納得してくれるかという心配で、リューナのほうは血縁関係がわかるかもしれない不安で押し潰されそうだった。
朝食後すぐ、ティリューダとダスタムに同じ階の会議室へと案内された。今日の訓練はこのために休んだ。
『俺を外しておけ。キナノスが来たらすぐにリューナに気付かれないように渡せ』
ビスタークにそう言われたので、フォスターは自分の髪に触れ「はい」の合図を送った。
帯を外し手に持ちながら会議室に入ると、大神官であるリジェンダは既に座って待機していた。側にタトジャもいる。ティリューダはリューナの後ろに立ち、ダスタムは扉の前で警備をするため入室しなかった。席についてすぐにキナノスとエクレシアが到着した。二人揃っているところをみると、店は休みにしてきたのだろう。リューナに怪しまれないようすぐにキナノスへ帯を渡す。察したように受け取りながらキナノスはリューナを感慨深い様子で眺めている。エクレシアも同様だ。
皆が席に着くとリジェンダがその場を仕切り、キナノスとエクレシアがリューナに向かって嘘の出生の説明を始めた。リューナはそれを聞きながら黙ったままだった。隣に座るフォスターの服の袖をぎゅっと握ったまま離そうとしない。ストロワという富豪の一人娘ルナとビスタークの子がリューナであると説明され、沈んだ表情になった。
祖父のストロワは生死と行方ともに不明であり、キナノス達も探していること、怪しい医者を使って遺産を好きなようにしようと企む者達にリューナが狙われていること、もしリューナが攫われたらあの神衛兵達のように自由意志を失ってしまうおそれがあることを説明した。一部嘘であるがそれほど間違ってはいない。
「何か質問はあるかな?」
「あ……ええと……じゃあ、私のお母さんとフォスターのお母さん、それから皆さんは、みんな血の繋がらない兄弟ってことですか?」
「そうだね。私達からみたら二人は甥と姪だね」
エクレシアが答えた。
「お母さんって、どんな人でしたか?」
「君と同じ髪をした綺麗な優しい人だったよ」
キナノスが何の動揺もなく嘘を言ってのける。
「どうして死んじゃったんですか?」
「難産だったんだよ」
「お父さんが、お産の時に借金してその借金取りから逃げてるって言ってたのは嘘ですよね?」
キナノスの頬が少しひきつっている。
「ビスタークはそんなことを言ったのか。まあ、どうして狙われてるのか知らなかったから嘘をついたんだと思うよ」
穏やかに話しているが内心「余計な変なことを言いやがって」と苛立っていると思われた。
質疑応答が続き、やっと本人が納得したところでフォスターは袖をリューナに引っ張られた。リューナは小声でフォスターに言う。
「ねえ、フォスター」
「何だ?」
何か他の人に聞かれたくないことでもあるのかと思いフォスターも声を潜める。
「フォスターは一生結婚しないでね」
「はあ? なんだそれ」
言われたことに対して理解が追いつかなかった。
「意味がわからないんだけど」
「……」
何故か泣きそうな表情になったので焦る。
「ま、まあ、お前のことを何とかしないと俺の相手なんか見つけられないけどな」
「……」
リューナは沈んだ表情のままだ。そこにキナノスとエクレシアが近づいてきた。
「よく顔を見せてくれないか」
「美人さんになったね」
「……あ、ありがとうございます……」
少し照れた表情になった。フォスターはほっとする。
「お二人は兄妹同士で結婚されたんですか?」
「え、あはは……」
「俺たちは血の繋がりが無いって知ってたからな」
リューナはキナノスとエクレシアにその辺の経緯を質問し始めた。何故か少し元気になっていた。
リューナの質問責めをキナノスへ任せることにしたエクレシアがこそこそとフォスターに話しかける。
「記憶石、使ってみた?」
「いえ、まだです。親父がずっといるのに無理ですよ」
「あ……そっか。もしかして、寝てるときもハチマキ巻いたままなの?」
「はい。寝づらくてしょうがないです。まあ、だいぶ慣れましたけどね」
「今日、このままアイツ家に連れてくよ、もっとレリアのこと聞きたいし。だから今夜使ってみな」
どうもエクレシアはフォスターに記憶石を使わせたいようだ。
「え、でも……そんな長い夢見たら何日も眠り続けるんじゃないんですか?」
「ううん。一晩で終わるって話だよ。夢で体験する時間と現実の時間は流れが違うんだって」
エクレシアは頭を下げて頼む。
「お願い。ビスタークが忘れていることもあるかもしれないし、何か気付きがあるかもしれない。お父さんから彼女を受け取ったときのこと、見てきてくれないかな」
リューナをちらりと見てエクレシアはそう言った。リューナはキナノスに夫婦の馴れ初めを聞いていてこちらのことは気にしていないようだ。
「頭を上げてください。わかりました。今夜、やってみます」
真剣な顔で頼まれたら断れない。興味が無いといえば嘘になるので、その頼みを受け入れることにした。
「ごめんね、今度また奢るから」
そう言われて考える。
「うーん……だったら、厨房を使わせて欲しいです」
「へ?」
エクレシアは予想外のことを言われて気の抜けたような返事をした。
「俺、料理するのが好きで……。最近全く作ってないから思いっきり料理がしたいんですよ」
「えー、すごいね。あたしなんて料理苦手なのに。わかった。じゃあ材料費出してあげるから思う存分腕を奮ってね」
「ありがとうございます」
そこでリジェンダが皆に向かって声をかけた。
「さあ、じゃあ積もる話もあるだろうけど、次の予定もあるからね、この場はもう終わりにするよ」
どうやらタトジャが急かしたようだ。予定が詰まっているのだろう。
「俺たちも店があるし、子どもたちが学校から帰る前に帰らないと」
「今度二人で店へ遊びに来てね」
「ビスタークは一晩借りるぞ。色々話がしたいからな」
「どうぞどうぞ」
『厄介払いが出来て嬉しいって顔に出てやがる』
フォスターにビスタークの声は聞こえなかった。
訓練は休んだが仕事は入れていたのでその後は前と同じように荷運びをしたりいつもと同じように過ごした。ビスタークがいないので自由を謳歌したことと、いつも鎧を着るときに装着する二の腕のベルトについた記憶石を握りしめて眠りについた以外は。
監視を付けた神衛兵全員が敵というわけではなかった。それぞれ事情聴取してみたが普通の者も半分くらいいた、との話だった。ただの観光のようで普通に会話していたそうだ。しかしそういう演技をしているだけかもしれないので警戒は続けてもらえるらしい。
普通の会話が出来なかった者達は監禁された。その中には町を偽った神衛兵もいた。知恵が回る者とそうでない者がいるようだ。その辺りは色々と検証を行うとのことだった。罠を張らずに最初からそうすれば良かったのではと思ったが、誘拐未遂を本当に行うかどうかの確証が欲しかったそうだ。
また、数人確保できたのでそのうち一人を正気に戻してみてはという案が出たが、数日様子をみてからという判断でまとまった。
今回リューナは怖がることもなく、前よりも自由に動けるようになったのだが、やはり警備はついている。目も見えないので一人で自由に行動させるわけにもいかない。
今日は神殿内の医者に診察をしてもらうことになっている。そして明日はいよいよ顔合わせだ。リューナにはキナノス達に会った次の日に教えていた。フォスターも心穏やかではないが、リューナはもっと緊張していた。
「……怖いか?」
「うん……ちょっと……。この後のお医者さんもだけど、明日は本当にどきどきする……」
混雑時を避けて食堂で昼食をとりながらリューナはそう言った。そしてその後、診察へと赴いた。フォスターは仕事があるので付き添えなかったが、ティリューダ達が一緒なので安心して任せることにした。後で診察の様子を聞くと、医者のほうが珍しい症例と興奮気味で、リューナは若干引いていたらしい。既にかなり諦めているらしく、そこまで落ち込んではいなかった。明日のことで頭がいっぱいだったせいかもしれない。
キナノス達との顔合わせ当日。兄妹二人は朝から落ち着かなかった。フォスターのほうはリューナがあの説明で納得してくれるかという心配で、リューナのほうは血縁関係がわかるかもしれない不安で押し潰されそうだった。
朝食後すぐ、ティリューダとダスタムに同じ階の会議室へと案内された。今日の訓練はこのために休んだ。
『俺を外しておけ。キナノスが来たらすぐにリューナに気付かれないように渡せ』
ビスタークにそう言われたので、フォスターは自分の髪に触れ「はい」の合図を送った。
帯を外し手に持ちながら会議室に入ると、大神官であるリジェンダは既に座って待機していた。側にタトジャもいる。ティリューダはリューナの後ろに立ち、ダスタムは扉の前で警備をするため入室しなかった。席についてすぐにキナノスとエクレシアが到着した。二人揃っているところをみると、店は休みにしてきたのだろう。リューナに怪しまれないようすぐにキナノスへ帯を渡す。察したように受け取りながらキナノスはリューナを感慨深い様子で眺めている。エクレシアも同様だ。
皆が席に着くとリジェンダがその場を仕切り、キナノスとエクレシアがリューナに向かって嘘の出生の説明を始めた。リューナはそれを聞きながら黙ったままだった。隣に座るフォスターの服の袖をぎゅっと握ったまま離そうとしない。ストロワという富豪の一人娘ルナとビスタークの子がリューナであると説明され、沈んだ表情になった。
祖父のストロワは生死と行方ともに不明であり、キナノス達も探していること、怪しい医者を使って遺産を好きなようにしようと企む者達にリューナが狙われていること、もしリューナが攫われたらあの神衛兵達のように自由意志を失ってしまうおそれがあることを説明した。一部嘘であるがそれほど間違ってはいない。
「何か質問はあるかな?」
「あ……ええと……じゃあ、私のお母さんとフォスターのお母さん、それから皆さんは、みんな血の繋がらない兄弟ってことですか?」
「そうだね。私達からみたら二人は甥と姪だね」
エクレシアが答えた。
「お母さんって、どんな人でしたか?」
「君と同じ髪をした綺麗な優しい人だったよ」
キナノスが何の動揺もなく嘘を言ってのける。
「どうして死んじゃったんですか?」
「難産だったんだよ」
「お父さんが、お産の時に借金してその借金取りから逃げてるって言ってたのは嘘ですよね?」
キナノスの頬が少しひきつっている。
「ビスタークはそんなことを言ったのか。まあ、どうして狙われてるのか知らなかったから嘘をついたんだと思うよ」
穏やかに話しているが内心「余計な変なことを言いやがって」と苛立っていると思われた。
質疑応答が続き、やっと本人が納得したところでフォスターは袖をリューナに引っ張られた。リューナは小声でフォスターに言う。
「ねえ、フォスター」
「何だ?」
何か他の人に聞かれたくないことでもあるのかと思いフォスターも声を潜める。
「フォスターは一生結婚しないでね」
「はあ? なんだそれ」
言われたことに対して理解が追いつかなかった。
「意味がわからないんだけど」
「……」
何故か泣きそうな表情になったので焦る。
「ま、まあ、お前のことを何とかしないと俺の相手なんか見つけられないけどな」
「……」
リューナは沈んだ表情のままだ。そこにキナノスとエクレシアが近づいてきた。
「よく顔を見せてくれないか」
「美人さんになったね」
「……あ、ありがとうございます……」
少し照れた表情になった。フォスターはほっとする。
「お二人は兄妹同士で結婚されたんですか?」
「え、あはは……」
「俺たちは血の繋がりが無いって知ってたからな」
リューナはキナノスとエクレシアにその辺の経緯を質問し始めた。何故か少し元気になっていた。
リューナの質問責めをキナノスへ任せることにしたエクレシアがこそこそとフォスターに話しかける。
「記憶石、使ってみた?」
「いえ、まだです。親父がずっといるのに無理ですよ」
「あ……そっか。もしかして、寝てるときもハチマキ巻いたままなの?」
「はい。寝づらくてしょうがないです。まあ、だいぶ慣れましたけどね」
「今日、このままアイツ家に連れてくよ、もっとレリアのこと聞きたいし。だから今夜使ってみな」
どうもエクレシアはフォスターに記憶石を使わせたいようだ。
「え、でも……そんな長い夢見たら何日も眠り続けるんじゃないんですか?」
「ううん。一晩で終わるって話だよ。夢で体験する時間と現実の時間は流れが違うんだって」
エクレシアは頭を下げて頼む。
「お願い。ビスタークが忘れていることもあるかもしれないし、何か気付きがあるかもしれない。お父さんから彼女を受け取ったときのこと、見てきてくれないかな」
リューナをちらりと見てエクレシアはそう言った。リューナはキナノスに夫婦の馴れ初めを聞いていてこちらのことは気にしていないようだ。
「頭を上げてください。わかりました。今夜、やってみます」
真剣な顔で頼まれたら断れない。興味が無いといえば嘘になるので、その頼みを受け入れることにした。
「ごめんね、今度また奢るから」
そう言われて考える。
「うーん……だったら、厨房を使わせて欲しいです」
「へ?」
エクレシアは予想外のことを言われて気の抜けたような返事をした。
「俺、料理するのが好きで……。最近全く作ってないから思いっきり料理がしたいんですよ」
「えー、すごいね。あたしなんて料理苦手なのに。わかった。じゃあ材料費出してあげるから思う存分腕を奮ってね」
「ありがとうございます」
そこでリジェンダが皆に向かって声をかけた。
「さあ、じゃあ積もる話もあるだろうけど、次の予定もあるからね、この場はもう終わりにするよ」
どうやらタトジャが急かしたようだ。予定が詰まっているのだろう。
「俺たちも店があるし、子どもたちが学校から帰る前に帰らないと」
「今度二人で店へ遊びに来てね」
「ビスタークは一晩借りるぞ。色々話がしたいからな」
「どうぞどうぞ」
『厄介払いが出来て嬉しいって顔に出てやがる』
フォスターにビスタークの声は聞こえなかった。
訓練は休んだが仕事は入れていたのでその後は前と同じように荷運びをしたりいつもと同じように過ごした。ビスタークがいないので自由を謳歌したことと、いつも鎧を着るときに装着する二の腕のベルトについた記憶石を握りしめて眠りについた以外は。