残酷な描写あり
R-15
101 武者修行
謹慎中の二年の間は神衛兵の見習いとして地味な仕事をこなした。畑の作物を狙う鳥を剣圧で駆除したり、逃げた家畜を捕まえたり、個人宅の害虫駆除までさせられていた。
害虫駆除を頼んできた中にはジーニェルもいた。この夫婦は二人とも虫が駄目であった。大男のジーニェルが小さい虫を怖がるのがとても可笑しい。ビスタークとしては虫を潰すのは不快だが、他の仕事に比べるとものすごく感謝されるのでやりがいはあった。ジーニェルはビスタークを引き取らなかったことを負い目に感じているようで、お礼としてお金を包んでくれることもあった。それは巡礼のための資金に取っておいた。
眼神の町でのことは風の噂で流れてきたようだった。ひそひそと陰口を叩かれているのを聞いた。何故ああいうのは微妙に本人の耳へ入るようにやるのだろうか。完全に陰口としてこっちまで届かないようにやってもらいたい、などと思ったが今回のことは自業自得なので仕方がないと流しておいた。
ある日眼神の町まで商売人の護衛としてついて行ったとき、別の大陸から眼鏡を作りに来ていた女性を助けたことがあった。町の成金に騙されてその抗議をした際に暴力を振るわれているところを助けたのである。ただそれだけだったのだが、相手が悪かった。噂を操作しビスタークが悪いことにさせられたのだ。マフティロが気を利かせ水の都から圧力をかけてもらい一度噂は収まった。女性からはとても感謝され、地元の神の石を礼にと手渡された。家守石であった。使い方も説明されていたのだが、噂などのストレスからろくに聞いていなかったのである。
また別の日、町の住民にあの薬の中毒者が出た。神衛兵の仕事として取り押さえたのだが、少々力が入りすぎてしまい怪我をさせてしまった。例の薬なんぞに手を出すのが悪い、とソレムとニアタ、そしてマフティロも言ってくれた。今回は末期症状では無かったため中毒者は死ぬことなく時間をかけて回復したのだが、その者が取り押さえられた際の話を被害者面で広めたため暴力的だという噂の拡がりに拍車をかけてしまった。
実はニアタの出産が近かったため自分の経験上被害が出てからでは遅いとついやり過ぎてしまったのだが、事実には違いないので面倒で釈明はしなかった。またこうなってしまったと自分の人生を呪い、幸せを諦めかけていた。とにかく町を出ることに希望を見出し我慢して時が経つのを待った。
ニアタの二人目の子セレインの出産を機に巡礼へ出発した。悪評に加えコーシェルの子守りまでさせられていたのでせいせいしていた。
「人に子守りさせといて二人目仕込んでんじゃねえ!」
と、ニアタには恐ろしくてとても言えなかったのでマフティロに文句を言っておいた。言い訳のふりをした惚気話が始まりそうな予感もしたので言うだけ言って即逃げた。
巡礼の旅にようやく出発できたビスタークはあまり早く地元に戻る気がなかった。折角自由に動けるようになったので、都巡りをしようと思っていた。普通なら一番近い水の都を目指すのだが、ビスタークは二番目に近い距離である命の都に行くつもりだった。
まず眼神の町へ寄り、神衛兵たちに挨拶と二年前のお詫びをしに行った。鎧姿を見せると立派になった、背がまた伸びた、とちやほやされた。命の都に行くという話をすると、トーリッドが紹介状を書いてくれた。
「しっかりしごかれてこい。命の都は厳しいぞ」
そう言ってニヤッと笑い送り出してくれた。
命の都は地図上で飛翔神の町から右下のほうの孤島にある。錨神の町から命の都行きの船に乗り孤島を目指した。
その船は途中の小島にも停泊するので初めての長旅を楽しみながら命の都の島へと降り立った。斜めの岩壁が二重になっていて、まるで山が二重に重なっているような造りをしていた。都の中に入るには登録が必要で、警備が厳重だ。その登録のときにトーリッドからもらった紹介状を見せると、その場にいた神衛兵が宿舎へと案内してくれた。
外から見ると岩壁に囲まれて狭そうに思えた命の都の中はかなり広かった。自分の町の数十倍は広い。眼神の町よりも人が沢山いる。自分がいかに小さな場所で生きていたのか思い知った。
次の日から滞在費代わりの仕事を紹介され、仕事と訓練に明け暮れた。トーリッドの言った通り、訓練は確かに厳しかった。馴れ合いが無く皆真剣だった。
なんでも命の都は常に警戒を解けないらしいのだ。ここの神の石である長命石は「長生きの御守り」程度の効能の物なのだが、「大神の石がそんな程度の物のはずがない。人を生き返らせる本物の石があるはずだ」と信じている者が多数いる。
その信じている人間の中でも金を持っている有力者が厄介であった。荒くれ者を集めて船上からもしくは上陸して攻撃してきたことが何度もあるのだ。酷いときは船から硬い大きなものを投げられ、二重の岩壁を壊されそうになったことがあるらしい。その硬いものとは錨石だったそうだ。岩壁に向かって投げる直前に理力を込めることで勢いをつけながら大きくなる。それをぶつけられた。岩壁は少し崩れた程度で済み、その船は神衛兵団により制圧され罰を受けたそうだがそれだけでは済まなかった。命の大神が錨神に対し大変お怒りとなり、その後の錨石は海に沈める時だけ大きくなるようになった。
そんな都の神衛兵だけあって強い者が多かった。必死に訓練と仕事をこなした。海に囲まれているので泳ぎの訓練まであった。泳いだことのなかったビスタークには大変な訓練であった。しかし知らない人間ばかりだったので精神面では楽であった。
神官には試験があるが、神衛兵には試験が無い。そのかわりに面接と審査がある。ある程度の期間訓練をしたり動きに秀でていると、神衛兵としての登録を勧められその二つを行うことになる。面接は常識的なやり取りができるかどうかの確認をする、念のために行うものだ。
神衛兵になるための審査は罪過石を額に埋め込まれるというものだ。命の都では他の都よりその期間が長い。一ヶ月つまり四十日もの間、様子見をされる。犯した罪を反省しているなら白いままだが、反省が無い場合は色が濁っていく。罪とは法律上のものだけではない。道徳的なものも含んでいる。つまり自分を省みることができるか、自戒の念があるかどうかを見極められるのだ。
ビスタークは気が気でなかった。命の都は厳しい、とトーリッドに言われたのはこの事だったのかと思った。正当防衛とはいえ幼少のとき犯した殺人歴に眼神の町でのことがあるからだ。ただでさえ嫌いな鏡を見るのがより恐ろしくなった。埋め込まれたその日の石の色は灰色だった。面接官の神衛兵から聞いた話だと既に悪いことだと思っているものは問題なく、自分が全く悪意なく人に害をもたらしているものが問題らしい。
その日から一ヶ月かけて自分の人生を振り返り何が悪い行いだったのかを考えた。何気なく言ったことで相手を傷つけたことはないか、あの行動は相手の迷惑だったのではないか。思い出せる全部の行動を省みた。そうすることで毎日少しずつ石が白に近づいていった。
「……良かった……白い……」
罪過石を外される日の朝に嫌いな鏡を見て石が白いのを確認すると、心の底から安堵してどっと力が抜けた。そしてじんわりと喜びが広がっていった。町の人間がどんなに自分を嫌っても、呪われた子だと言われようと、神には、世界には許された気がしたのだ。少しだけ泣きそうになった。
無事、正式に神衛兵となったビスタークは技量が高くなっていった。今まで自分の中にあった焦りと迷いが無くなったのだ。自分が強くなっていくのが楽しくて仕方がなかった。
一番強いとされている神衛兵と試合し勝利したのを切っ掛けに命の都を後にした。その後は炎の都と時の都へ赴いて訓練に参加し、またその都で一番強い神衛兵と試合をし勝利して次の都へ向かうという旅路だった。
それにも飽きてきたので最後に水の都に行ってから地元へ帰ろうと思ったときには既に二年半ほど経っていた。
害虫駆除を頼んできた中にはジーニェルもいた。この夫婦は二人とも虫が駄目であった。大男のジーニェルが小さい虫を怖がるのがとても可笑しい。ビスタークとしては虫を潰すのは不快だが、他の仕事に比べるとものすごく感謝されるのでやりがいはあった。ジーニェルはビスタークを引き取らなかったことを負い目に感じているようで、お礼としてお金を包んでくれることもあった。それは巡礼のための資金に取っておいた。
眼神の町でのことは風の噂で流れてきたようだった。ひそひそと陰口を叩かれているのを聞いた。何故ああいうのは微妙に本人の耳へ入るようにやるのだろうか。完全に陰口としてこっちまで届かないようにやってもらいたい、などと思ったが今回のことは自業自得なので仕方がないと流しておいた。
ある日眼神の町まで商売人の護衛としてついて行ったとき、別の大陸から眼鏡を作りに来ていた女性を助けたことがあった。町の成金に騙されてその抗議をした際に暴力を振るわれているところを助けたのである。ただそれだけだったのだが、相手が悪かった。噂を操作しビスタークが悪いことにさせられたのだ。マフティロが気を利かせ水の都から圧力をかけてもらい一度噂は収まった。女性からはとても感謝され、地元の神の石を礼にと手渡された。家守石であった。使い方も説明されていたのだが、噂などのストレスからろくに聞いていなかったのである。
また別の日、町の住民にあの薬の中毒者が出た。神衛兵の仕事として取り押さえたのだが、少々力が入りすぎてしまい怪我をさせてしまった。例の薬なんぞに手を出すのが悪い、とソレムとニアタ、そしてマフティロも言ってくれた。今回は末期症状では無かったため中毒者は死ぬことなく時間をかけて回復したのだが、その者が取り押さえられた際の話を被害者面で広めたため暴力的だという噂の拡がりに拍車をかけてしまった。
実はニアタの出産が近かったため自分の経験上被害が出てからでは遅いとついやり過ぎてしまったのだが、事実には違いないので面倒で釈明はしなかった。またこうなってしまったと自分の人生を呪い、幸せを諦めかけていた。とにかく町を出ることに希望を見出し我慢して時が経つのを待った。
ニアタの二人目の子セレインの出産を機に巡礼へ出発した。悪評に加えコーシェルの子守りまでさせられていたのでせいせいしていた。
「人に子守りさせといて二人目仕込んでんじゃねえ!」
と、ニアタには恐ろしくてとても言えなかったのでマフティロに文句を言っておいた。言い訳のふりをした惚気話が始まりそうな予感もしたので言うだけ言って即逃げた。
巡礼の旅にようやく出発できたビスタークはあまり早く地元に戻る気がなかった。折角自由に動けるようになったので、都巡りをしようと思っていた。普通なら一番近い水の都を目指すのだが、ビスタークは二番目に近い距離である命の都に行くつもりだった。
まず眼神の町へ寄り、神衛兵たちに挨拶と二年前のお詫びをしに行った。鎧姿を見せると立派になった、背がまた伸びた、とちやほやされた。命の都に行くという話をすると、トーリッドが紹介状を書いてくれた。
「しっかりしごかれてこい。命の都は厳しいぞ」
そう言ってニヤッと笑い送り出してくれた。
命の都は地図上で飛翔神の町から右下のほうの孤島にある。錨神の町から命の都行きの船に乗り孤島を目指した。
その船は途中の小島にも停泊するので初めての長旅を楽しみながら命の都の島へと降り立った。斜めの岩壁が二重になっていて、まるで山が二重に重なっているような造りをしていた。都の中に入るには登録が必要で、警備が厳重だ。その登録のときにトーリッドからもらった紹介状を見せると、その場にいた神衛兵が宿舎へと案内してくれた。
外から見ると岩壁に囲まれて狭そうに思えた命の都の中はかなり広かった。自分の町の数十倍は広い。眼神の町よりも人が沢山いる。自分がいかに小さな場所で生きていたのか思い知った。
次の日から滞在費代わりの仕事を紹介され、仕事と訓練に明け暮れた。トーリッドの言った通り、訓練は確かに厳しかった。馴れ合いが無く皆真剣だった。
なんでも命の都は常に警戒を解けないらしいのだ。ここの神の石である長命石は「長生きの御守り」程度の効能の物なのだが、「大神の石がそんな程度の物のはずがない。人を生き返らせる本物の石があるはずだ」と信じている者が多数いる。
その信じている人間の中でも金を持っている有力者が厄介であった。荒くれ者を集めて船上からもしくは上陸して攻撃してきたことが何度もあるのだ。酷いときは船から硬い大きなものを投げられ、二重の岩壁を壊されそうになったことがあるらしい。その硬いものとは錨石だったそうだ。岩壁に向かって投げる直前に理力を込めることで勢いをつけながら大きくなる。それをぶつけられた。岩壁は少し崩れた程度で済み、その船は神衛兵団により制圧され罰を受けたそうだがそれだけでは済まなかった。命の大神が錨神に対し大変お怒りとなり、その後の錨石は海に沈める時だけ大きくなるようになった。
そんな都の神衛兵だけあって強い者が多かった。必死に訓練と仕事をこなした。海に囲まれているので泳ぎの訓練まであった。泳いだことのなかったビスタークには大変な訓練であった。しかし知らない人間ばかりだったので精神面では楽であった。
神官には試験があるが、神衛兵には試験が無い。そのかわりに面接と審査がある。ある程度の期間訓練をしたり動きに秀でていると、神衛兵としての登録を勧められその二つを行うことになる。面接は常識的なやり取りができるかどうかの確認をする、念のために行うものだ。
神衛兵になるための審査は罪過石を額に埋め込まれるというものだ。命の都では他の都よりその期間が長い。一ヶ月つまり四十日もの間、様子見をされる。犯した罪を反省しているなら白いままだが、反省が無い場合は色が濁っていく。罪とは法律上のものだけではない。道徳的なものも含んでいる。つまり自分を省みることができるか、自戒の念があるかどうかを見極められるのだ。
ビスタークは気が気でなかった。命の都は厳しい、とトーリッドに言われたのはこの事だったのかと思った。正当防衛とはいえ幼少のとき犯した殺人歴に眼神の町でのことがあるからだ。ただでさえ嫌いな鏡を見るのがより恐ろしくなった。埋め込まれたその日の石の色は灰色だった。面接官の神衛兵から聞いた話だと既に悪いことだと思っているものは問題なく、自分が全く悪意なく人に害をもたらしているものが問題らしい。
その日から一ヶ月かけて自分の人生を振り返り何が悪い行いだったのかを考えた。何気なく言ったことで相手を傷つけたことはないか、あの行動は相手の迷惑だったのではないか。思い出せる全部の行動を省みた。そうすることで毎日少しずつ石が白に近づいていった。
「……良かった……白い……」
罪過石を外される日の朝に嫌いな鏡を見て石が白いのを確認すると、心の底から安堵してどっと力が抜けた。そしてじんわりと喜びが広がっていった。町の人間がどんなに自分を嫌っても、呪われた子だと言われようと、神には、世界には許された気がしたのだ。少しだけ泣きそうになった。
無事、正式に神衛兵となったビスタークは技量が高くなっていった。今まで自分の中にあった焦りと迷いが無くなったのだ。自分が強くなっていくのが楽しくて仕方がなかった。
一番強いとされている神衛兵と試合し勝利したのを切っ掛けに命の都を後にした。その後は炎の都と時の都へ赴いて訓練に参加し、またその都で一番強い神衛兵と試合をし勝利して次の都へ向かうという旅路だった。
それにも飽きてきたので最後に水の都に行ってから地元へ帰ろうと思ったときには既に二年半ほど経っていた。