残酷な描写あり
R-15
114 告白
ビスタークはどうやったらレリアと二人で幸せになれるかを考えた。そもそも地元に帰ろうとするからいけないのだ。破壊神神官と一緒に行動するか別の町で暮らせばつらい思いをさせずにすむのではという結論に達した。地元に神衛兵がいなくなるのでソレムやニアタから文句が出そうだがそれは向こうになんとかしてもらおう、そう考えた。
スヴィルとフレリのやり取りを見ていたらレリアに会いたくなってしまったのだ。つい最近まで嫌われようとしていたのに、ビスタークは自分の心境の変化に可笑しくなる。
しかし会おうにも向こうは女子棟にいるためそう簡単には会えない。今は仕事が一緒になることも無いので食堂へ来るのを待ち伏せするくらいかと考えた。訓練中、レリアは窓から見ているのでその時に伝えられれば一番楽なのだが――と思ったところで妙案を思いついた。
翌日、訓練のときに早速それを試してみることにした。
スヴィル達は訓練を休みにしたようで見当たらなかった。仲良くやれよ、と思いながらも今いたとしたらからかわれそうだったのでいなくて良かったとも思った。いたら絶対に何をしているのかしつこく聞かれる。
女子棟の窓を見るとレリアが顔を出した。いなかったらどうしようかと思っていたので安堵した。向こうと目を合わせながら図書館で借りた手話の本で覚えた簡単な言葉を手話で伝える。ただ一言「会いたい」と。そうすればきっとレリアは会えるように出向いてくれるだろう、そう思ってこうしただけなのだが、レリアはとても感激したような表情をしている。ビスタークが思っていたよりずっとレリアは嬉しそうだった。それだけでこちらも幸せな気持ちになれた。後ろにエクレシアもいたのが見えたがそれは気にするのをやめた。
訓練が終わり食堂へ行くとレリア達がいた。やはり保護者付きであった。先日の浮気を匂わせるような発言で警戒されているのだろう。自分の発言がまずかったことは自覚しているし予想はしていたので仕方がないと割りきった。
レリアはビスタークを見つけるととても笑顔になった。いつもそうだ。そんなに俺のことが好きなのかと口元が緩んでしまいそうになるが後ろにいる家族を見て気を引き締める。
ビスタークは皆の近くへ行くなり一礼した。
「先日は話を聞いてもらったにもかかわらず、無礼な真似をして申し訳ありませんでした」
それを聞いた皆が目を見開いて驚きを隠せないでいた。ビスタークが敬語を使ったのを初めて聞いたからだ。
「……お前、何を企んでやがる」
キナノスはすぐに警戒体制に入った。
「敬語が使えない人だと思ってた」
エクレシアがそう言うと、レリアもこくこくと二回頷いた。別に使えないわけではない。子どもの頃にレアフィールからきちんと学んでいる。単に使わなかっただけだ。神衛兵になるための面接のときや問題になった酒場で働いていたときの上役など相手を選んでいただけである。今は使うべきだと思ったから使った、それだけだ。
ストロワは特に何も言わず、ビスタークの次の言葉を待っているようだ。言うべき言葉は決まっている。レリアを真っ直ぐに見て言う。
「俺はレリアが好きで一緒になりたいと思っています。出来れば一緒に幸せになりたい」
ビスタークはレリアを自分を絶対に肯定してくれる存在だと感じていた。自分の罪を告白しても全く動じることのなかった彼女は自分さえ裏切らなければ自分の全てを受け入れてくれる、そう確信していた。
――自分の幸せを諦めるなよ。手を伸ばしてくれる人がいたら、その手をしっかり掴め。そして離すな。お前は幸せになっていいんだからな。
レアフィールが自分達の前からいなくなる時に言われた言葉が頭に浮かぶ。神から幸せになっていいと言われたのだ。だから大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。
「ただ、先日も申し上げたように俺は重い罪を背負っています。地元に戻ればレリアを嫌な目にあわせて不幸にするかもしれない」
ストロワは黙って頷いた。
「そこで考えたのですが、そちらとご一緒するわけにはいきませんか? そうすればそちらも神官が減らずに済みますし」
「何を勝手な……」
キナノスが文句を言うのをストロワが遮る。
「レリアはどうしたい?」
それを聞いたレリアが紙に文字を書いた。一瞬だけ手話をしようとしたように見えたがさすがにまだビスタークにはわからないと思ったのだろう。
【私は貴方と一緒ならどこでも幸せです】
ビスタークを見てとても嬉しそうに微笑んだ。それを見てとても幸せな気持ちになりビスタークも微笑み返した。
「よかったね、レリア。でもなんで急に態度変えたの? 嫌われようとしてたくせに」
エクレシアが疑問に思ったことを聞いてきた。当然の疑問だろう。
「……この前、初めて自分の気持ちを自覚した。会いたくて、でも不幸にはしたくなくて、苦しくなった。どうしたら幸せになれるのか考えて、地元に帰らなければいいと思った。それに、女から求婚されたのにはっきりしないのは男として情けないと思ったからだ」
ビスタークが敬語を使うのはストロワに対してだけであった。スヴィルとフレリを見て刺激されたことは言わずにおいた。
「ようやく認めたかー。まあ、よかったよかった」
エクレシアがそう言うとキナノスが噛みついた。
「良くない! こいつ、浮気するようなこと言ってたじゃないか!」
「すまん。あれは、嫌われようとしてわざと言った。悲しむ顔は見たくないから、誓ってそんなことはしない」
「信用できん」
「本当だね?」
キナノスが憎々しげに否定すると同時にストロワが念を押してきた。
「本当です。不安でしたら契約石で罰のついた縛りを入れてもらっても構いません」
「レリア次第だね」
レリアはまた文字を書いている。
【そんなことをしなくても大丈夫です。貴方はそんなことをする人じゃありませんから】
微笑みながら文字を書いた紙を見せてきた。
「信用してくれるのは嬉しいが、もう少し人を疑ったほうがいいと思うぞ」
【貴方だから信じられるんです。他の人だったら信じません】
「でもなんでそんなに俺なんかに……。まだ出会って半年くらいしか経ってないよな?」
レリアは首を傾げて考えた後、また文字を長々と書いた。
【砂漠で会ったときに傷のような痣のせいか自分と一緒だという親近感を感じました。街中で助けてもらったときには運命を感じました。魂が惹かれているんです。私は、貴方に会うために生まれてきたんじゃないかと思っています】
「お前よくそんなこと恥ずかしげもなく書けるな」
見ているビスタークのほうが恥ずかしくなったがレリアは平然としている。
【本当にそう思ったので別に恥ずかしくありません】
「レリア、結婚って大事なことなんだぞ。そんな勢いで決めちゃダメだ」
キナノスが機嫌の悪さを隠さずそう言うとレリアは手話で何かを言っていた。表情から文句を言っている様子なのがわかる。
「まあ確かに結婚に勢いは必要だけどね、もう少し相互理解はしておいたほうがいいとは思うよ」
ストロワが口を挟んだ。
「まずは結婚を前提としたお付き合いをしなさい。価値観の擦り合わせからだよ。育った環境が違うとお互いの常識も変わるからね」
「はい。そうします」
ビスタークはそう返事をしたがレリアは少し不満そうだった。
「別に反対しているわけじゃないよ。試験までまだ日があるし、まあ楽しくお付き合いしなさい」
「親父、本当に賛成なのか……?」
キナノスが納得できない様子でストロワに聞いた。
「レリアはそうそう知らない人間に心を開いたりしない。人見知りだから、最初から懐くなんて珍しいなと思っていたんだ。そうさせる何かが君にはあったんだろう」
「はあ……」
ビスタークはまだ不思議に思っていた。確かに何度か助けたが、何故自分なんかに懐いたのか全くわかっていなかった。
ストロワとビスタークが話している間、レリアは兄姉相手に手話で何かを言っていた。
「……レリア、それ意味わかって言ってる?」
「馬鹿言うな! 早すぎる!」
「何て言ったんだ?」
「お前には教えない!」
ビスタークは疑問に思って聞いただけなのだがキナノスにかなりの剣幕で断られてしまった。レリアはただ微笑んでいるだけだった。
スヴィルとフレリのやり取りを見ていたらレリアに会いたくなってしまったのだ。つい最近まで嫌われようとしていたのに、ビスタークは自分の心境の変化に可笑しくなる。
しかし会おうにも向こうは女子棟にいるためそう簡単には会えない。今は仕事が一緒になることも無いので食堂へ来るのを待ち伏せするくらいかと考えた。訓練中、レリアは窓から見ているのでその時に伝えられれば一番楽なのだが――と思ったところで妙案を思いついた。
翌日、訓練のときに早速それを試してみることにした。
スヴィル達は訓練を休みにしたようで見当たらなかった。仲良くやれよ、と思いながらも今いたとしたらからかわれそうだったのでいなくて良かったとも思った。いたら絶対に何をしているのかしつこく聞かれる。
女子棟の窓を見るとレリアが顔を出した。いなかったらどうしようかと思っていたので安堵した。向こうと目を合わせながら図書館で借りた手話の本で覚えた簡単な言葉を手話で伝える。ただ一言「会いたい」と。そうすればきっとレリアは会えるように出向いてくれるだろう、そう思ってこうしただけなのだが、レリアはとても感激したような表情をしている。ビスタークが思っていたよりずっとレリアは嬉しそうだった。それだけでこちらも幸せな気持ちになれた。後ろにエクレシアもいたのが見えたがそれは気にするのをやめた。
訓練が終わり食堂へ行くとレリア達がいた。やはり保護者付きであった。先日の浮気を匂わせるような発言で警戒されているのだろう。自分の発言がまずかったことは自覚しているし予想はしていたので仕方がないと割りきった。
レリアはビスタークを見つけるととても笑顔になった。いつもそうだ。そんなに俺のことが好きなのかと口元が緩んでしまいそうになるが後ろにいる家族を見て気を引き締める。
ビスタークは皆の近くへ行くなり一礼した。
「先日は話を聞いてもらったにもかかわらず、無礼な真似をして申し訳ありませんでした」
それを聞いた皆が目を見開いて驚きを隠せないでいた。ビスタークが敬語を使ったのを初めて聞いたからだ。
「……お前、何を企んでやがる」
キナノスはすぐに警戒体制に入った。
「敬語が使えない人だと思ってた」
エクレシアがそう言うと、レリアもこくこくと二回頷いた。別に使えないわけではない。子どもの頃にレアフィールからきちんと学んでいる。単に使わなかっただけだ。神衛兵になるための面接のときや問題になった酒場で働いていたときの上役など相手を選んでいただけである。今は使うべきだと思ったから使った、それだけだ。
ストロワは特に何も言わず、ビスタークの次の言葉を待っているようだ。言うべき言葉は決まっている。レリアを真っ直ぐに見て言う。
「俺はレリアが好きで一緒になりたいと思っています。出来れば一緒に幸せになりたい」
ビスタークはレリアを自分を絶対に肯定してくれる存在だと感じていた。自分の罪を告白しても全く動じることのなかった彼女は自分さえ裏切らなければ自分の全てを受け入れてくれる、そう確信していた。
――自分の幸せを諦めるなよ。手を伸ばしてくれる人がいたら、その手をしっかり掴め。そして離すな。お前は幸せになっていいんだからな。
レアフィールが自分達の前からいなくなる時に言われた言葉が頭に浮かぶ。神から幸せになっていいと言われたのだ。だから大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。
「ただ、先日も申し上げたように俺は重い罪を背負っています。地元に戻ればレリアを嫌な目にあわせて不幸にするかもしれない」
ストロワは黙って頷いた。
「そこで考えたのですが、そちらとご一緒するわけにはいきませんか? そうすればそちらも神官が減らずに済みますし」
「何を勝手な……」
キナノスが文句を言うのをストロワが遮る。
「レリアはどうしたい?」
それを聞いたレリアが紙に文字を書いた。一瞬だけ手話をしようとしたように見えたがさすがにまだビスタークにはわからないと思ったのだろう。
【私は貴方と一緒ならどこでも幸せです】
ビスタークを見てとても嬉しそうに微笑んだ。それを見てとても幸せな気持ちになりビスタークも微笑み返した。
「よかったね、レリア。でもなんで急に態度変えたの? 嫌われようとしてたくせに」
エクレシアが疑問に思ったことを聞いてきた。当然の疑問だろう。
「……この前、初めて自分の気持ちを自覚した。会いたくて、でも不幸にはしたくなくて、苦しくなった。どうしたら幸せになれるのか考えて、地元に帰らなければいいと思った。それに、女から求婚されたのにはっきりしないのは男として情けないと思ったからだ」
ビスタークが敬語を使うのはストロワに対してだけであった。スヴィルとフレリを見て刺激されたことは言わずにおいた。
「ようやく認めたかー。まあ、よかったよかった」
エクレシアがそう言うとキナノスが噛みついた。
「良くない! こいつ、浮気するようなこと言ってたじゃないか!」
「すまん。あれは、嫌われようとしてわざと言った。悲しむ顔は見たくないから、誓ってそんなことはしない」
「信用できん」
「本当だね?」
キナノスが憎々しげに否定すると同時にストロワが念を押してきた。
「本当です。不安でしたら契約石で罰のついた縛りを入れてもらっても構いません」
「レリア次第だね」
レリアはまた文字を書いている。
【そんなことをしなくても大丈夫です。貴方はそんなことをする人じゃありませんから】
微笑みながら文字を書いた紙を見せてきた。
「信用してくれるのは嬉しいが、もう少し人を疑ったほうがいいと思うぞ」
【貴方だから信じられるんです。他の人だったら信じません】
「でもなんでそんなに俺なんかに……。まだ出会って半年くらいしか経ってないよな?」
レリアは首を傾げて考えた後、また文字を長々と書いた。
【砂漠で会ったときに傷のような痣のせいか自分と一緒だという親近感を感じました。街中で助けてもらったときには運命を感じました。魂が惹かれているんです。私は、貴方に会うために生まれてきたんじゃないかと思っています】
「お前よくそんなこと恥ずかしげもなく書けるな」
見ているビスタークのほうが恥ずかしくなったがレリアは平然としている。
【本当にそう思ったので別に恥ずかしくありません】
「レリア、結婚って大事なことなんだぞ。そんな勢いで決めちゃダメだ」
キナノスが機嫌の悪さを隠さずそう言うとレリアは手話で何かを言っていた。表情から文句を言っている様子なのがわかる。
「まあ確かに結婚に勢いは必要だけどね、もう少し相互理解はしておいたほうがいいとは思うよ」
ストロワが口を挟んだ。
「まずは結婚を前提としたお付き合いをしなさい。価値観の擦り合わせからだよ。育った環境が違うとお互いの常識も変わるからね」
「はい。そうします」
ビスタークはそう返事をしたがレリアは少し不満そうだった。
「別に反対しているわけじゃないよ。試験までまだ日があるし、まあ楽しくお付き合いしなさい」
「親父、本当に賛成なのか……?」
キナノスが納得できない様子でストロワに聞いた。
「レリアはそうそう知らない人間に心を開いたりしない。人見知りだから、最初から懐くなんて珍しいなと思っていたんだ。そうさせる何かが君にはあったんだろう」
「はあ……」
ビスタークはまだ不思議に思っていた。確かに何度か助けたが、何故自分なんかに懐いたのか全くわかっていなかった。
ストロワとビスタークが話している間、レリアは兄姉相手に手話で何かを言っていた。
「……レリア、それ意味わかって言ってる?」
「馬鹿言うな! 早すぎる!」
「何て言ったんだ?」
「お前には教えない!」
ビスタークは疑問に思って聞いただけなのだがキナノスにかなりの剣幕で断られてしまった。レリアはただ微笑んでいるだけだった。