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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
153 正気
「えーっ? フォスターは一緒に行かないの?」
「俺は忘却石フォルガイトを使う役目があるから」
「じゃあ私も一緒についてく!」
「怖い思いをするかもしれないから。わざわざ危険なことをしちゃ駄目だ」

 次の日の朝食の後、リューナはフォスターと一緒に出かけられないと文句を言っていた。

「リューナさん、私たちと一緒に外を散歩しましょう。色々と案内しますから」

 ティリューダがリューナをなだめる。

「美味しいお店があるんですよ。高級店なんですけどお昼はお手頃価格になるのでおすすめなんです」
「……」

 それを聞いたとたんリューナの口元が緩んだ。ティリューダはリューナの操縦方法をしっかり学んだようですぐ食べ物をちらつかせて誘導する。

「俺に構わず行ってきな。お金は渡すから」
「後から一括精算でいいですよ」
「助かります。じゃあ、お願いします」

 フォスターと一緒に出かけることを諦めたリューナは変装用の茶髪のかつらと眼鏡をかけてティリューダとダスタムと共に出かけて行った。昨日の様子だと襲う対象は青い髪の特徴だけで眼鏡の有無は関係ないようだったが、リューナがヨマリーと一緒がいいと言うので着けていた。

 リューナたちを送り出した後で昨日の地下牢近くの取調室へ入ると警備隊長のスヴィルが既に待っていた。フォスターの顔を見たとたん、スヴィルはビスタークの鉢巻きを渡してきた。今回は勝手に酒を飲んだりなどの問題は起こさなかったようだ。普通に妻のフレリも交えて昔の話をして楽しく過ごしたらしい。ビスタークとは二晩離れていただけだが、なんだか久しぶりに感じた。

『特に問題は起きていないな? 何か進展は?』
「今日一人正気に戻すくらいだよ」
『聞いてる。でもそれからどうするつもりなんだ』

 鉢巻きを額に巻きながら昨夜リジェンダに聞いた内容を話した。

『ふーん。上手くいけばいいけどな。聞く内容とこう聞かれたらどうするのかとかを予めしっかり決めておかねえと』
「そうだな。でもきっと考えてるんじゃないかな」

 リジェンダは都の大神官だけあってその辺の抜かりは無さそうである。周りも優秀な部下ばかりなのでそこは心配していなかった。

「どの神衛かのえを正気に戻すんですか?」

 まだ奥の取調室には誰もいない。

「風鳥木神の神衛だ」
『知らねえな』
「わかりません……」
「まあ農業系だな。俺だって知らない。向こうでは食べられてる物なんだろ」

 スヴィルがそう説明した。

「なんでそいつが選ばれたか知りたいか?」
「理由があるんですか?」
「ある。そいつだけ自分の町じゃなく別の町で登録してたんだ。遠すぎず近すぎない絶妙な距離の町だったな」

 そういえばそんな話を聞いていたことを思い出した。

「でな、そういう悪知恵が働くかどうかは本人の元々の能力に関係するんじゃないかって話でな」
『正気に戻せば役に立ちそうってことか』
「そういうことだ。持ってた通信石タルカイトを使ってみるんだろ? 頭が回るほうがいいんじゃないか。ま、本当にそうなのかはまだわかんないけどな」
「どうでしょうね……」

 元の状態で頭が良ければもしザイステルと連絡が取れた場合、相手の問いかけに怪しまれないよう咄嗟の反応ができるかもしれない。もしそうなら頼もしい。

「ところで、操られてるときのことを覚えてるようにすることは出来ないのか? 何があったのかがわかるのが一番いいんだが……」

 続けてスヴィルがそう聞いてきた。

「そもそも、今までの人が記憶を消した後どうなったのか知らないんですけど……やっぱり覚えて無かったんですか?」
「そうらしいぞ。まともにはなったが何も覚えていないらしい。友神の町フリアンス泳神の町ミューイスからそういう返事がきたそうだ」

 大神官のリジェンダが各町に確認すると言っていたので返答があったのだろう。

『俺は「俺たちのことは忘れろ」って念じただけだぞ』
「俺も似たような感じです。確か本来の自分を取り戻せるように、とも言った気がします。石を受け取るときに相手の幸せを願うようにと契約しましたし」
「そうか……それだけで全部忘れるんなら無理そうだな」
「でも全部忘れるんじゃなくて、心の奥底へ閉じ込めるだけだって話でした。本人にとっての何かしらの刺激があると思い出すんだとか。だから何かきっかけがあれば思い出すこともあるかもしれませんよ」

 忘却神の町フォルゲスで神衛兵のルゴットから最初に説明されたことを思い出しながらフォスターはそうスヴィルに伝えた。あの町の人々はつらい記憶を思い出さないように刺激を与えるなという話だった。しかし操られている神衛兵たちは状況が違うので思い出しても特に問題は無さそうだとフォスターは考えていた。

 そこでノックの音が聞こえた。風鳥木神の神衛兵が連れて来られたようだ。スヴィルはドアを開け奥の部屋へ通した。目で合図され、フォスターも奥の部屋へ通された。風鳥木神の神衛兵は連れてきた水の神衛兵により椅子に縛り付けられているところである。もうとっくに見習いではない感じの年齢で肩より少し長いくらいの紫がかった黒い髪をしていた。鎧などの装備は外され簡易的な服を着ている。

 フォスターは自分の服のポケットに手を入れて、持ってきた平べったい楕円形の忘却石フォルガイトがあることを確認する。他人にしっかり見られながらこの石を使うのは初めてである。なんだか緊張した。正面に立つと無表情のまま凝視されたので軽くため息をつく。大きく深呼吸した後、石を相手の額に当てて呟いた。

「俺たちのことを忘れて自分を取り戻してくれ。それと……ええと、正気に戻ってもなんでこうなったのか原因を覚えていてくれると助かる」

 そのとたん忘却石フォルガイトはきらきらと白く光を放ち消えていく。風鳥木神の神衛兵は見開いていた目を閉じガクリと項垂れた。気を失ったようだ。

『何だ今の言い方』
「いや……さっきああ言われたから……」
『何かもっと良い言い方無かったのか』
「しょうがないだろ、咄嗟に付け足したんだから。しどろもどろにならなかっただけマシだと思ってくれよ」

 ビスタークの文句に言い返しているとスヴィルが取調室に入ってきた。

「ありがとな。おそらくしばらくの間は眠ってると思う。泳神の町ミューイスの奴もそうだったと聞いてるからな」

 友神の町フリアンスで記憶を消した神衛兵は直接引き渡しておらず、記憶を失って混乱しているところを保護したとのことで、それまでのことははっきりとはわからないらしい。多分同じように眠っていただけだろうと皆推測していたが。

「じゃあ、もういいぞ。起きるまで特にすることも無いからな」
「はい」
「進展があったらまた連絡が行くだろうからそれまで待ってくれ」
「わかりました。ありがとうございます」

 スヴィルはビスタークの鉢巻きを握っておどけて言う。

「お前の子とは思えないな。礼儀正しいぞ?」
『うるせえな。俺は育ててねえからな』
「ただ顔はお前に良く似てるな。あの娘の面影も少しあるけどな」

 そういえばスヴィルは母親のレリアにちょっかいを出そうとしていたな、とフォスターは過去の夢で見たことを思い出した。しかし何か口にするとばれそうなので無言を貫いた。

『……そうか? 自分じゃよくわからねえな』

 ビスタークはフォスターの姿に時々レリアの面影を見つけている。実はそのたびに心を締め付けられるような感情にとらわれていた。フォスターの額に巻かれている状態なら息子の姿が自分からは見えなくなるので平静を保てていられる。息子の額に収まっておきたいのはリューナの警護だけでなくそういう理由もあったのだ。ビスタークの性格上誰にも言うはずがないので、フォスターをはじめ他の者は誰一人としてそれを知らない。
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