残酷な描写あり
R-15
180 料理
リューナは買い物の間ずっと笑顔だった。フォスターの袖をつかみ、目の代わりをしてもらいながら終始にこにこしていた。
「……随分ご機嫌だな」
「うん! だって久しぶりにフォスターを独り占めできるから」
常にビスタークが額に貼り付いているので二人に見えても三人である。それにカイルも加わったので現在は実質四人である。その二人は別行動中なので、今は本当に兄妹二人だけである。
「お前ってほんと、俺のこと好きだよな」
「うん! 大好き!」
「はいはい、ありがとな」
可愛い妹に素直にそう言われて悪い気はしない。しかし兄にべったりなままでは将来が心配である。結婚相手に良い顔をされないのではと考えてしまうのだ。神の子と判明してからそのことはあまり考えないでいたが、先日人間として生きていく希望が見えたため、また考えるようになっていた。
フォスターとしては、リューナはカイルと一緒になるのが一番幸せなのではと思っている。直接聞いたわけではないが、カイルの視線や行動からおそらくリューナのことを好きなのだろうと考えていた。カイルはリューナの目が見えないことも承知の上だ。その母パージェとリューナの仲も良好である。そして何より近所、斜向かいの家へ住むことになるので育ての両親に寂しい思いをさせないで済む。外の町へ嫁がせるよりずっと安心だ。それでもジーニェルは娘を嫁にやりたくないと文句を言うだろうが。
「今日は何作るの?」
リューナはフォスターの心配など全く気づかず、今日の献立に興味津々である。
「そうだなあ……昼は魚だったから、肉にしようと思ってるけど、いいか?」
「うん!」
肉屋が見えてくる。もう夕方近いためか店先に商品があまり並んでいない。
「選んでる余地は無さそうだな」
「何が残ってる?」
「鶏肉がある」
「じゃあそれでごはんにしよ!」
「作り置きの材料は明日買い込むか」
「そうだね。いっぱい買おうね。長旅だし、節約しなくちゃね。船の中のごはんも美味しいけど、お金かかっちゃうし」
「出発してからそんなに経ってないからまだ金の余裕はあるけど、これからまだ先があるからなあ」
会話しながら今日の分の鶏肉を買い、次に野菜を仕入れてから宿へ向かう。
「パンはまだあるし調味料もあるから今日はこれでいいな」
「お野菜切るの手伝うね」
「ん、頼む」
「おなかすいてきちゃった」
「じゃあ早く作らなきゃな」
「カイルは寝れたのかなあ」
「さあ、どうだろ」
宿の部屋の扉をノックすると、カイルが出てきた。
「帰ってきたか。じゃあ俺は出かける」
中身はビスタークだった。声が違うのですぐわかる。
「ほんとにすぐ寝たんだな、カイルの奴」
「起きてるときに俺が取り憑いたからな」
「えっ、それ良くないんじゃなかったか?」
「本人が試したいっつったんだからいいだろ」
「……確かに、カイルなら言いそうだな」
「それに盾の操縦と遊泳石で理力も使ってたからな、疲れたんだろ。じゃ、行ってくる」
フォスターは首を傾げた。
「金はどうすんだ?」
カイルの姿をしたビスタークがニヤリと笑う。
「こいつの金で飲むから心配すんな」
「それでカイルとさっき何か言ってたのか」
「俺で人体実験するんだから当然の報酬だ!」
「人体では無いだろ」
「じゃあ幽体?」
リューナが口を挟んだ。
「それもちょっと違う気がするけど」
「んなことどうでもいい。じゃあ行ってくる。鍵は俺が持ってくぞ」
「ん、もう外出ないからいいよ持ってても。でもあんまり遅くなるなよ」
それには答えずカイルの身体を借りたビスタークは外へと出て行った。
「じゃあ、ごはん作ろう!」
「そうだな」
二人はそれぞれ髪の毛を後ろへ束ねる。
「天火は使わないの?」
「んー、この料理には使わないな……。食べ終わったらクッキーでも作るか」
「わーい!」
お菓子を作ると聞いてリューナが満面の笑みを浮かべる。
「それじゃあ、私、何すればいい?」
「サラダも作りたいからな……レタスはこっちでやるから、まずはきゅうりを切ってくれるか」
「はーい」
きゅうりを洗ってまな板とナイフを共にリューナへ渡す。
「それが終わったらきのこと芋を切って、にんにくを薄く切って、香草類をみじん切りに……」
「えーと、きゅうり切り終わったらもう一回聞くね」
リューナはいっべんには覚えられないよ、という顔をしている。
「ごめんごめん。じゃあそれ終わったら声かけてくれ」
「うん」
フォスターはまずサラダ用に卵をゆで始めた。その間にレタスを剥がして洗い、水切りする。
「終わったよー。次はきのこと何切るんだっけ」
リューナに催促され、洗った芋ときのこを渡す。
「きのこは洗浄石使ってくれ」
「うん。わかってるよー」
リューナは石袋をあさり洗浄石を取り出す。見えなくても形状で大体わかるらしい。一応フォスターに確認はするが。
その間にフォスターはドレッシングを作る。オリーブ油と酢、粒マスタードと塩胡椒を混ぜ合わせていく。卵が茹で上がったのでお湯を捨て台所備え付けの滝石で水をかけ続ける。
「ゆで卵作るたびに思うんだよな」
「何が?」
「卵剥石が欲しい」
「なかなか綺麗に剥けないもんね。今度売ってたら買ったら?」
「絶対に必要な物でも無いから、わざわざ金払ってまでなあ……って思っちゃうんだよな」
卵剥石とは卵神の石である。鶏等が食用卵をたくさん産む効果だけでなく、殻が綺麗に剥けて殻のゴミを吸収するという神の石なのだが料理を作る者に人気がある。
「切るの終わったよー」
「じゃあ香草みじん切りにしてくれ。こっちの手が空いたからにんにくは俺がやるよ」
「はーい」
フォスターはまな板を使わずににんにくを薄切りにしていく。オリーブ油をフライパンに入れ温め、そこへにんにくを入れて香りを出して取り出す。
「あー、この匂いかいだらもっとおなかすいてきたー」
「そうだな」
そう言いながら鶏肉の皮を下にし蓋をして焼き始める。ジューという音がより食欲を呼び覚ます。
「みじん切りにしたよー。あー、もう、早く食べたいよー!」
「無茶言うな。じゃあ風呂にでも入ってこいよ。そしたら丁度良いだろ」
「そうだね、そうするー」
明るい声で返事をし、リューナは鼻歌を歌いながら風呂の準備をして入っていった。やれやれ、と思いながらフォスターは調理の続きをする。水を切ったレタスときゅうりを器に盛り付け、ゆで卵の殻を剥き粗く刻んで野菜の上に乗せる。さらにドレッシングをかければサラダの出来上がりだ。
次に火の通った鶏肉をフライパンから一度取り出し、芋ときのこを鶏の脂が出た底に並べ、その上に焼いた鶏肉を乗せる。刻んだ香草と塩、胡椒を上からかけ、芋ときのこに火を通していく。良い具合になったらチーズを少し乗せて溶かし、完全に火が通ったら最後に先ほど取り出しておいたにんにくを乗せて完成である。本当ならスープも作りたかったがリューナが一刻も早く食べたい様子だったので諦めた。
小さなテーブルへ料理と買い置きのパンを並べ時停石と一緒に置く。これでリューナの風呂に時間がかかっても冷めたりしない。待っている間に洗い物と水場の掃除を済ませたがまだリューナは出てこない。椅子に座って少しうとうとしてしまった。
「フォスター……」
遠慮がちなリューナの声が聞こえた。風呂から出たばかりなので肌は赤みがさし髪は濡れている。
「あー……悪い、寝てたか」
「ううん。疲れてるのに起こしちゃってごめんね。食べてお風呂入ってから寝ようね」
「そうだな。じゃあ食べようか」
「うん!」
リューナは笑顔で頷いた。もう用意はほとんど済んでいるのでリューナは自分の席についた。飲み物だけ用意していなかったので、水源石の入った水筒から水をコップに注ぐ。
「いただきまーす!」
「ん」
リューナはあっという間にサラダを平らげ、鶏肉へ手を出す。
「んふふふ。美味しーい!」
「そうか。それは良かった」
いつも美味しいと言うだけの語彙力しかないが、表情が言葉より物を言っているので作ったフォスターとしては満足だ。嬉しそうな顔に癒される。
「パンをこの油に浸して食べるのがまた美味しいんだよねぇ」
「行儀としては良くないんだろうけどな」
「この前の結婚式みたいなところじゃなければいいでしょ?」
「たぶんな」
「じゃあ今は気にしないー。それで、おかわりはある?」
サラダだけでなく鶏肉と一緒に入っているきのこと芋もいつの間にか無くなっていた。
「はいはい。今持ってくるよ」
予め普通の倍量を用意しておいた。妹の食欲を満たすためにはこれくらい必要なのである。余ったら取っておけばいいだけだ。明日は何を作ろうか、と考えながらフォスターはおかわりを皿によそった。
「……随分ご機嫌だな」
「うん! だって久しぶりにフォスターを独り占めできるから」
常にビスタークが額に貼り付いているので二人に見えても三人である。それにカイルも加わったので現在は実質四人である。その二人は別行動中なので、今は本当に兄妹二人だけである。
「お前ってほんと、俺のこと好きだよな」
「うん! 大好き!」
「はいはい、ありがとな」
可愛い妹に素直にそう言われて悪い気はしない。しかし兄にべったりなままでは将来が心配である。結婚相手に良い顔をされないのではと考えてしまうのだ。神の子と判明してからそのことはあまり考えないでいたが、先日人間として生きていく希望が見えたため、また考えるようになっていた。
フォスターとしては、リューナはカイルと一緒になるのが一番幸せなのではと思っている。直接聞いたわけではないが、カイルの視線や行動からおそらくリューナのことを好きなのだろうと考えていた。カイルはリューナの目が見えないことも承知の上だ。その母パージェとリューナの仲も良好である。そして何より近所、斜向かいの家へ住むことになるので育ての両親に寂しい思いをさせないで済む。外の町へ嫁がせるよりずっと安心だ。それでもジーニェルは娘を嫁にやりたくないと文句を言うだろうが。
「今日は何作るの?」
リューナはフォスターの心配など全く気づかず、今日の献立に興味津々である。
「そうだなあ……昼は魚だったから、肉にしようと思ってるけど、いいか?」
「うん!」
肉屋が見えてくる。もう夕方近いためか店先に商品があまり並んでいない。
「選んでる余地は無さそうだな」
「何が残ってる?」
「鶏肉がある」
「じゃあそれでごはんにしよ!」
「作り置きの材料は明日買い込むか」
「そうだね。いっぱい買おうね。長旅だし、節約しなくちゃね。船の中のごはんも美味しいけど、お金かかっちゃうし」
「出発してからそんなに経ってないからまだ金の余裕はあるけど、これからまだ先があるからなあ」
会話しながら今日の分の鶏肉を買い、次に野菜を仕入れてから宿へ向かう。
「パンはまだあるし調味料もあるから今日はこれでいいな」
「お野菜切るの手伝うね」
「ん、頼む」
「おなかすいてきちゃった」
「じゃあ早く作らなきゃな」
「カイルは寝れたのかなあ」
「さあ、どうだろ」
宿の部屋の扉をノックすると、カイルが出てきた。
「帰ってきたか。じゃあ俺は出かける」
中身はビスタークだった。声が違うのですぐわかる。
「ほんとにすぐ寝たんだな、カイルの奴」
「起きてるときに俺が取り憑いたからな」
「えっ、それ良くないんじゃなかったか?」
「本人が試したいっつったんだからいいだろ」
「……確かに、カイルなら言いそうだな」
「それに盾の操縦と遊泳石で理力も使ってたからな、疲れたんだろ。じゃ、行ってくる」
フォスターは首を傾げた。
「金はどうすんだ?」
カイルの姿をしたビスタークがニヤリと笑う。
「こいつの金で飲むから心配すんな」
「それでカイルとさっき何か言ってたのか」
「俺で人体実験するんだから当然の報酬だ!」
「人体では無いだろ」
「じゃあ幽体?」
リューナが口を挟んだ。
「それもちょっと違う気がするけど」
「んなことどうでもいい。じゃあ行ってくる。鍵は俺が持ってくぞ」
「ん、もう外出ないからいいよ持ってても。でもあんまり遅くなるなよ」
それには答えずカイルの身体を借りたビスタークは外へと出て行った。
「じゃあ、ごはん作ろう!」
「そうだな」
二人はそれぞれ髪の毛を後ろへ束ねる。
「天火は使わないの?」
「んー、この料理には使わないな……。食べ終わったらクッキーでも作るか」
「わーい!」
お菓子を作ると聞いてリューナが満面の笑みを浮かべる。
「それじゃあ、私、何すればいい?」
「サラダも作りたいからな……レタスはこっちでやるから、まずはきゅうりを切ってくれるか」
「はーい」
きゅうりを洗ってまな板とナイフを共にリューナへ渡す。
「それが終わったらきのこと芋を切って、にんにくを薄く切って、香草類をみじん切りに……」
「えーと、きゅうり切り終わったらもう一回聞くね」
リューナはいっべんには覚えられないよ、という顔をしている。
「ごめんごめん。じゃあそれ終わったら声かけてくれ」
「うん」
フォスターはまずサラダ用に卵をゆで始めた。その間にレタスを剥がして洗い、水切りする。
「終わったよー。次はきのこと何切るんだっけ」
リューナに催促され、洗った芋ときのこを渡す。
「きのこは洗浄石使ってくれ」
「うん。わかってるよー」
リューナは石袋をあさり洗浄石を取り出す。見えなくても形状で大体わかるらしい。一応フォスターに確認はするが。
その間にフォスターはドレッシングを作る。オリーブ油と酢、粒マスタードと塩胡椒を混ぜ合わせていく。卵が茹で上がったのでお湯を捨て台所備え付けの滝石で水をかけ続ける。
「ゆで卵作るたびに思うんだよな」
「何が?」
「卵剥石が欲しい」
「なかなか綺麗に剥けないもんね。今度売ってたら買ったら?」
「絶対に必要な物でも無いから、わざわざ金払ってまでなあ……って思っちゃうんだよな」
卵剥石とは卵神の石である。鶏等が食用卵をたくさん産む効果だけでなく、殻が綺麗に剥けて殻のゴミを吸収するという神の石なのだが料理を作る者に人気がある。
「切るの終わったよー」
「じゃあ香草みじん切りにしてくれ。こっちの手が空いたからにんにくは俺がやるよ」
「はーい」
フォスターはまな板を使わずににんにくを薄切りにしていく。オリーブ油をフライパンに入れ温め、そこへにんにくを入れて香りを出して取り出す。
「あー、この匂いかいだらもっとおなかすいてきたー」
「そうだな」
そう言いながら鶏肉の皮を下にし蓋をして焼き始める。ジューという音がより食欲を呼び覚ます。
「みじん切りにしたよー。あー、もう、早く食べたいよー!」
「無茶言うな。じゃあ風呂にでも入ってこいよ。そしたら丁度良いだろ」
「そうだね、そうするー」
明るい声で返事をし、リューナは鼻歌を歌いながら風呂の準備をして入っていった。やれやれ、と思いながらフォスターは調理の続きをする。水を切ったレタスときゅうりを器に盛り付け、ゆで卵の殻を剥き粗く刻んで野菜の上に乗せる。さらにドレッシングをかければサラダの出来上がりだ。
次に火の通った鶏肉をフライパンから一度取り出し、芋ときのこを鶏の脂が出た底に並べ、その上に焼いた鶏肉を乗せる。刻んだ香草と塩、胡椒を上からかけ、芋ときのこに火を通していく。良い具合になったらチーズを少し乗せて溶かし、完全に火が通ったら最後に先ほど取り出しておいたにんにくを乗せて完成である。本当ならスープも作りたかったがリューナが一刻も早く食べたい様子だったので諦めた。
小さなテーブルへ料理と買い置きのパンを並べ時停石と一緒に置く。これでリューナの風呂に時間がかかっても冷めたりしない。待っている間に洗い物と水場の掃除を済ませたがまだリューナは出てこない。椅子に座って少しうとうとしてしまった。
「フォスター……」
遠慮がちなリューナの声が聞こえた。風呂から出たばかりなので肌は赤みがさし髪は濡れている。
「あー……悪い、寝てたか」
「ううん。疲れてるのに起こしちゃってごめんね。食べてお風呂入ってから寝ようね」
「そうだな。じゃあ食べようか」
「うん!」
リューナは笑顔で頷いた。もう用意はほとんど済んでいるのでリューナは自分の席についた。飲み物だけ用意していなかったので、水源石の入った水筒から水をコップに注ぐ。
「いただきまーす!」
「ん」
リューナはあっという間にサラダを平らげ、鶏肉へ手を出す。
「んふふふ。美味しーい!」
「そうか。それは良かった」
いつも美味しいと言うだけの語彙力しかないが、表情が言葉より物を言っているので作ったフォスターとしては満足だ。嬉しそうな顔に癒される。
「パンをこの油に浸して食べるのがまた美味しいんだよねぇ」
「行儀としては良くないんだろうけどな」
「この前の結婚式みたいなところじゃなければいいでしょ?」
「たぶんな」
「じゃあ今は気にしないー。それで、おかわりはある?」
サラダだけでなく鶏肉と一緒に入っているきのこと芋もいつの間にか無くなっていた。
「はいはい。今持ってくるよ」
予め普通の倍量を用意しておいた。妹の食欲を満たすためにはこれくらい必要なのである。余ったら取っておけばいいだけだ。明日は何を作ろうか、と考えながらフォスターはおかわりを皿によそった。