2.(5)
「ここがフミの町よ」
マチルダさんがそう言ったのは、森をいくらか突き進んだところにあった。ずっと飛び続けていたトリオは、ふらふら僕の右肩にとまった。
「ユウ。ワシは疲れた。はよう宿をとろう」
「そうだね。じゃ、ええと、マチルダさんは」
ここでお別れか。旅に出させられてから初めて知り合った人ではあるので、ちょっと残念にも思える。
聞くと、マチルダさんは空を軽く見上げた。森に着いたころからだが、すっかり真っ暗だ。町灯のせいか、星はあまり見えないけれど。
「もう真っ暗だし、私も宿帰らなきゃいけないけど、ユウ君たちも私の泊まっている宿にしたら? ちょっと話したいこともあるし」
「話したいこと?」
首を傾げると、静かにトリオが言った。
「ついにユウに手ぇ出す算段かもしれんが、ユウはワシが保護者から預かってる身じゃ。十代に大人が手を出すのはやめてくれんか」
「違うわよ!」
僕の右肩のすぐ横に、風が当たった。恐る恐る確かめてみると、そこにあるのは短槍の穂先。そこから一直線に、マチルダさんの手と腕が見える。
つまり、マチルダさんはトリオに向けて短槍を突き出した、ということになるのだが、せめて、もうちょっと僕から離れたところでやってほしい気が、だいぶする。
「ただね、ユウ君とバカ鳥の旅に、良かったらわたしも連れていってくれないかしら、と思って」
「へ?」
思ってもないことを、突然言われたので、僕は思わず聞き返してしまった。
「あのね、わたし、『強い魔力』を探しているの。魔力の泉から出るのか、それとも全然別のところから出るのか分からないんだけど、見れば分かると思うわ」
「そんなええ加減なこと言いおって」
トリオのちゃちに、マチルダさんは低い声で呟く。
「短槍、もっかい突き出してもいいの?」
「……ワシどころか、ユウも刺しそうじゃの」
おとなしくなったトリオを、「フン」と言って勝ち誇ったように一瞥してから、マチルダさんは話を続けた。
「バカ鳥の話によると、ユウ君たちは勇者ニルレンのところへ行くのよね」
「いや、ニルレンのところでなくて、トリオを元に戻しに行くんですけど」
トリオがどう説明したのかは知らないが、ニルレンに会えるとは聞いていない。右肩でトリオもこくこく頷いていたから、僕の認識で間違いないだろう。
「そんな細かいことはどっちでもいいわ」
「細かくないわ。重要じゃ」
「うっさい。ニルレンに会えなくても、そこの鳥が戻ることができる場所なら、強い魔力が分かるかもしれないでしょ。魔力の泉も通るだろうし」
ここまで言って、マチルダさんは僕を見る。
「ユウ君ならわたしよりも簡単に魔力の泉見つけられるし、わたし一人でいるときよりも話が早いのよ」
マチルダさんは短槍を握り直し、微笑んだ。
「それに、一人と一羽じゃ多勢になったら大変でしょ。わたし、腕には結構自信あるの」
僕とトリオが言い淀んでいると、マチルダさんは畳み掛ける。
「お願い。あなたたちの旅の手伝いはちゃんとするから、わたしも仲間に入れてくれないかしら」
話した方から言って冗談には聞こえないし、何よりもマチルダさんの目は真剣だ。同行を申し出ているこの人は、本気で言っている。
僕は、ちょっと待って下さいと言ってから、トリオと小声で話し始めた。
相談だ。
「どうする? マチルダさんがいてくれたら、戦力面からいえばとっても安心だよね。僕一人じゃ大変だし、トリオは手伝ってくれないしさ」
「……さっきは申し訳ない。魔法の使い方は見直しておく」
僕に対しては態度が悪くないというより、めちゃくちゃ良いトリオは素直に頭を下げた。
「しかし、まあ、あの串刺し女、ニルレンに顔よお似とるし、えらいハラ立つことばかり言うが、ワレの言う通り短槍はかなり使えるな。まあ、ワレが自分の身が守れるならの話じゃがのう」
トリオはまだ言う。何だこのエロ鳥。
「……じゃあ、いいってことでいいかな?」
「ええんじゃないのか。管理が行き届く範囲であれば、戦力は多い方がええじゃろ」
うんうんとトリオは頷く。
「手伝わせるついでに、串刺し女のワシに対する態度も変えるとするかのう。ワシを常に尊ぶようにせにゃあ、あのニルレンにそっくりの顔も台無しじゃ」
「……ニルレンって、トリオのこと尊んでたわけ?」
今までのトリオの話を聞いている限りは、とてもじゃないがそうは思えない。マチルダさんの顔を見たとたんに説教始めるしさ。
聞くとトリオは「きょるきょる」と弱々しく鳴いた。
「そげなことあったら、ワシがあいつの傍にいた意味ないな」
どうやら、ニルレンとの間には深い過去があるようだ。トリオもただの変な言葉使いの元人間のエロい黄緑色の鳥というだけではないらしい。今までの間、それなりに色々と苦労したのだろう。
しかし、ひょっとして、その反動で今、口やかましいのか?
僕はふとそんな疑問にぶちあたった。
だったらニルレンは余計なことをしてくれたものだ。そもそもニルレンがいなかったらトリオは現代に鳥の姿で僕と出会うことはないんだけどさ。
「ま、いいや。えーと、マチルダさん。僕とトリオなんかと一緒で良ければ、こちらこそヨロシクお願いします」
「こりゃ、ユウ! 『なんか』と言うな、もっと強気にでえ!」
トリオはギャーギャーわめいていたが、僕はとりあえず無視することにし、マチルダさんを見た。マチルダさんはにっこりと微笑み、軽くお辞儀をした。
「ありがとう。じゃあ、ユウ君、あとついでに、えーと、鳥だったかしら?」
「トリオじゃ!」
「あら、ゴメンなさい。わたし、あんたのこと『バカ鳥』としか覚えてなくて」
マチルダさんも随分と言う人だ。いけしゃあしゃあと言ってから、彼女は僕に右手を前に出した。
「ま、そんなのどうでもいいわ。それよりも、これからよろしくね」
「はい」
僕も右手を出し、握手した。
「どうでも良くないわい! こりゃ、おんどれ聞けい!」
トリオはまだわめいているのだが、こうして、僕とトリオの旅に、一人連れが加わることになったのだった。
マチルダさんがそう言ったのは、森をいくらか突き進んだところにあった。ずっと飛び続けていたトリオは、ふらふら僕の右肩にとまった。
「ユウ。ワシは疲れた。はよう宿をとろう」
「そうだね。じゃ、ええと、マチルダさんは」
ここでお別れか。旅に出させられてから初めて知り合った人ではあるので、ちょっと残念にも思える。
聞くと、マチルダさんは空を軽く見上げた。森に着いたころからだが、すっかり真っ暗だ。町灯のせいか、星はあまり見えないけれど。
「もう真っ暗だし、私も宿帰らなきゃいけないけど、ユウ君たちも私の泊まっている宿にしたら? ちょっと話したいこともあるし」
「話したいこと?」
首を傾げると、静かにトリオが言った。
「ついにユウに手ぇ出す算段かもしれんが、ユウはワシが保護者から預かってる身じゃ。十代に大人が手を出すのはやめてくれんか」
「違うわよ!」
僕の右肩のすぐ横に、風が当たった。恐る恐る確かめてみると、そこにあるのは短槍の穂先。そこから一直線に、マチルダさんの手と腕が見える。
つまり、マチルダさんはトリオに向けて短槍を突き出した、ということになるのだが、せめて、もうちょっと僕から離れたところでやってほしい気が、だいぶする。
「ただね、ユウ君とバカ鳥の旅に、良かったらわたしも連れていってくれないかしら、と思って」
「へ?」
思ってもないことを、突然言われたので、僕は思わず聞き返してしまった。
「あのね、わたし、『強い魔力』を探しているの。魔力の泉から出るのか、それとも全然別のところから出るのか分からないんだけど、見れば分かると思うわ」
「そんなええ加減なこと言いおって」
トリオのちゃちに、マチルダさんは低い声で呟く。
「短槍、もっかい突き出してもいいの?」
「……ワシどころか、ユウも刺しそうじゃの」
おとなしくなったトリオを、「フン」と言って勝ち誇ったように一瞥してから、マチルダさんは話を続けた。
「バカ鳥の話によると、ユウ君たちは勇者ニルレンのところへ行くのよね」
「いや、ニルレンのところでなくて、トリオを元に戻しに行くんですけど」
トリオがどう説明したのかは知らないが、ニルレンに会えるとは聞いていない。右肩でトリオもこくこく頷いていたから、僕の認識で間違いないだろう。
「そんな細かいことはどっちでもいいわ」
「細かくないわ。重要じゃ」
「うっさい。ニルレンに会えなくても、そこの鳥が戻ることができる場所なら、強い魔力が分かるかもしれないでしょ。魔力の泉も通るだろうし」
ここまで言って、マチルダさんは僕を見る。
「ユウ君ならわたしよりも簡単に魔力の泉見つけられるし、わたし一人でいるときよりも話が早いのよ」
マチルダさんは短槍を握り直し、微笑んだ。
「それに、一人と一羽じゃ多勢になったら大変でしょ。わたし、腕には結構自信あるの」
僕とトリオが言い淀んでいると、マチルダさんは畳み掛ける。
「お願い。あなたたちの旅の手伝いはちゃんとするから、わたしも仲間に入れてくれないかしら」
話した方から言って冗談には聞こえないし、何よりもマチルダさんの目は真剣だ。同行を申し出ているこの人は、本気で言っている。
僕は、ちょっと待って下さいと言ってから、トリオと小声で話し始めた。
相談だ。
「どうする? マチルダさんがいてくれたら、戦力面からいえばとっても安心だよね。僕一人じゃ大変だし、トリオは手伝ってくれないしさ」
「……さっきは申し訳ない。魔法の使い方は見直しておく」
僕に対しては態度が悪くないというより、めちゃくちゃ良いトリオは素直に頭を下げた。
「しかし、まあ、あの串刺し女、ニルレンに顔よお似とるし、えらいハラ立つことばかり言うが、ワレの言う通り短槍はかなり使えるな。まあ、ワレが自分の身が守れるならの話じゃがのう」
トリオはまだ言う。何だこのエロ鳥。
「……じゃあ、いいってことでいいかな?」
「ええんじゃないのか。管理が行き届く範囲であれば、戦力は多い方がええじゃろ」
うんうんとトリオは頷く。
「手伝わせるついでに、串刺し女のワシに対する態度も変えるとするかのう。ワシを常に尊ぶようにせにゃあ、あのニルレンにそっくりの顔も台無しじゃ」
「……ニルレンって、トリオのこと尊んでたわけ?」
今までのトリオの話を聞いている限りは、とてもじゃないがそうは思えない。マチルダさんの顔を見たとたんに説教始めるしさ。
聞くとトリオは「きょるきょる」と弱々しく鳴いた。
「そげなことあったら、ワシがあいつの傍にいた意味ないな」
どうやら、ニルレンとの間には深い過去があるようだ。トリオもただの変な言葉使いの元人間のエロい黄緑色の鳥というだけではないらしい。今までの間、それなりに色々と苦労したのだろう。
しかし、ひょっとして、その反動で今、口やかましいのか?
僕はふとそんな疑問にぶちあたった。
だったらニルレンは余計なことをしてくれたものだ。そもそもニルレンがいなかったらトリオは現代に鳥の姿で僕と出会うことはないんだけどさ。
「ま、いいや。えーと、マチルダさん。僕とトリオなんかと一緒で良ければ、こちらこそヨロシクお願いします」
「こりゃ、ユウ! 『なんか』と言うな、もっと強気にでえ!」
トリオはギャーギャーわめいていたが、僕はとりあえず無視することにし、マチルダさんを見た。マチルダさんはにっこりと微笑み、軽くお辞儀をした。
「ありがとう。じゃあ、ユウ君、あとついでに、えーと、鳥だったかしら?」
「トリオじゃ!」
「あら、ゴメンなさい。わたし、あんたのこと『バカ鳥』としか覚えてなくて」
マチルダさんも随分と言う人だ。いけしゃあしゃあと言ってから、彼女は僕に右手を前に出した。
「ま、そんなのどうでもいいわ。それよりも、これからよろしくね」
「はい」
僕も右手を出し、握手した。
「どうでも良くないわい! こりゃ、おんどれ聞けい!」
トリオはまだわめいているのだが、こうして、僕とトリオの旅に、一人連れが加わることになったのだった。
次の章(話でいえば次の次の話)では、ようやくヒロインかもしれない人が登場します。
引き続き読んで頂けると嬉しいです。
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