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4.(4)
※切りようがなかったので長めです。
 僕らもそろそろ彼らの所に行ったほうがいいだろうと思い、少女を連れ、僕はトリオとマチルダさんの所に走っていった。

「トリオー! マチルダさんー!」

 大きく声を張り上げたからか、トリオは割とすぐに僕に気がついた。

「おお、ユウ。何とかなったぞ」
「お疲れ様。凄かった、雷なんて凄いね。珍しいね」
「ああ、ワシの故郷の人間しか使えん魔法みたいじゃな」
「へぇ。そういうのあるんだね」

 こくりと頷いたトリオは、マチルダさんに言う。

「ほれ、這いつくばりカメ女。短槍に思考活動の素早さを全て吸い取られてしまったワレと違って、ユウのこの素直なこと素直なこと」

 褒められているのか?
 マチルダさんは頬を膨らます。

「何よぉ。ねえ、ユウ君。わたしのスゴ腕短槍技術があったからこそ、そこのバカ鳥はあいつを倒せたのよね」
「それもあるでしょうねぇ」

 僕は素直に頷く。

「ほら、バカ鳥。ユウ君はあんたとは違って、ちゃんと物事の真理ってヤツが分かっているのよ」
「真理なんて、めったに使わない言葉無理やり使おうとするな。舌かもうとして、見苦しいわ」
「はあ? 何よ、大体あんたはねぇ!」

 いつものように二人の世界で口喧嘩が始まった。少女はぽかんとして見ていたが、やがて、口角を片方だけ上げる。

「……何かじゃれあってるね」

 少女は耳打ちしてきた。僕は苦笑する。

「もう、慣れた」
「へえ。君は若いのに随分冷めてるね」
「だってさ、トリオもマチルダさんもちょっと話すだけで、すぐこうなるし」
「そうなんだ? ……予想外だ。てっきり」

 少女は口元に手を添え、軽く首を傾げた。

「え?」

 彼女の呟きに僕が聞き返すと、少女は慌てたように手を振る。

「あ、いや。何でもない。それよりも! 君の服のそれ何か随分光ってるね」

 彼女は僕の袖口のワッペンを指さした。ピカピカ光っている。

「あ、これ? 僕は人より気づかれにくいから、母親が目立つようにと全部の服につけたんだよね。何か効く気がするからつけてる」

 服は着られれば何でもいい方だけど、さすがに効かないのにつけているほど、マザコンでもない。
 僕はトリオを指差した。

「トリオもお守り袋つけてるでしょ。母親が作ってもたせた」

 何かやたら目立つピカピカな布で作ったお守り袋を、トリオは割と素直に身に着けている。世話になった相手が作ったからか、彼も格好に頓着しない方だからなのか。
 僕もトリオがお守り袋を身に着けていることが当たり前過ぎて、全く気にしないほどになっていた。
 少女は僕の袖を覗き込む。

「なるほど、こういう布か」
「布好きなの? 母親が会社の大掃除で貰ってきた魔除けの布らしいけど、いい布らしいよ」
「布と言うより、魔道具が好きなんだ」

 上品な見かけには似合わない好みだったけど、淡々とした話し方には非常に「らしい」好みではあった。

「そうなんだ。うちの母親そういう会社で働いてるよ。魔道具でなくて、ポーションの開発だけど」
「え、凄いな。きみのお母さんエリートなんだね」
「まあ、優秀らしいけど、変わり者だよ。残念ながら、僕には遺伝しなかったし……」

 何でか、親のことについて、この美少女とそこそこ話が盛り上がった。

 そうすると、生まれてからこの方、ここまで長期間離れたことのない母さんを思い出した。
 そう。聞くところによると、うちの母親は結構優秀らしい。進学先でいえば、僕なんかよりもかなり格上の首都の学校に進学しているし、今の会社も国立研究所付属だから結構いいところらしいし。

 ただ、どんな風に仕事ができるのかは、家庭内のふわふわした母さんを見ているかぎりはさっぱり分からない。
 僕にとっての母さんは、突然何かを思いついたり、たまに帰りが遅かったり、父さんといつでも仲が良かったり、裁縫が大好きだったり、クリームシチューが得意だったりするただの母親だ。

 少女はパンと手を叩いた。

「さて、そろそろ騒ぐのをやめてもらって、自己紹介とでもいきますか」

 彼女の声に、トリオとマチルダさんの口ゲンカは止まり、一羽と一人も少女を見た。
 トリオはパタパタと飛び、僕の右肩にとまってきた。
 僕はそれをしっかり聞こうと、身構えた。今まで雑談でごまかしていて、それはそこそこ楽しくはあった。でも、そうしないと、胸がざわざわと落ち着かなくてたまらないというのもあったわけで。

 少女は口を開いた。

「私の名前はアリア。そこの宝箱に入っちゃったテービットの一人娘というわけ」
「ああ、アリアのほうなんだ。最初はセアラだって聞いたんだけど、アリアだって人も後で結構増えてきてさ、どっちか分からなかったんだよね」

 僕の言葉に少女は一瞬表情を歪めたが、戻して言った。

「聞き間違いだよ、それは。私はアリア。名前を変えた記憶はない」
「そうね、ユウ君。本人が言うんだから、間違いないんじゃない」
「まあ、本人じゃしな」

 マチルダさんとトリオも少女の意見を支持した。

「そういうこと」

 やけに念を押しながら、セアラ……じゃなくてアリア? は話を続ける。

「最近ね、お父様の性格が急におかしくなってね。うちに来るくらいだから町の噂で聞いたと思うけど、研究室に閉じこもったり、性格がやけに荒っぽくなっているんだ。私は原因を調べてみたけど、それは分からなかった。でも、対策なら思いつく。私には出来ないことだから、ここはやっぱり強そうな旅人に頼むのが筋なんだけど、門番もあんな調子でしょ? だから気軽には頼めないし。ずっと弱ってたんだ。そんな時来たのがあなたたちだということ」

 週一のお花のお稽古に行く途中、門の前で立ち往生している僕らを見た。様子から言って、門番に追い返されたらしい。強いかは分からないが、弱くはなさそう。

「だから、あなたたちをお父様に当ててみようかと」

 そこまでアリアは棒立ちで天井を見ながら、淡々と説明した。天井には何もないし、正直なところ、棒読みだ。
 胡散臭すぎる。
 僕は首を横に大きく振った。

 が、マチルダさんはその話を前向きに捉えていた。

「それって、わたしたち、見込まれたってこと?」
「そうともいえる。まあ、そこの鳥さんに強力な魔力を感じたから、この前お父様の魔術書で読んだ方法を教えてあげれば負けはしないかと」
「ワシにか?」
「うん」

 アリアは頷いた。ここまでやけに素直に話を聞いていたはずのトリオは首をひねる。

「ワシがそんなに大した力を持っちょったかのう?」

 僕が期待した展開というよりは、妙に控えめな意見を言っただけだった。

「まあ、そこの串刺し女よりはマシか」
「何よぉ、失礼ね!」

 トリオはきょるきょる笑ってマチルダさんに向かって翼をバサバサやった。マチルダさんは短槍の柄を地面に叩きつけていた。

「いや、佳麗なお姉さんがいなきゃ魔法使えないんだけどね……」

 アリアは頬をかきながら言う。

「確かに、僕じゃトリオを守りきれなさそうだったもんねぇ」
「いや、そういう問題じゃなくてね……」
「え?」

 聞き返すと、アリアは目を大きくして息を呑み込んで、右手をパタパタと振った。

「いやいや、何でもない。とにかく、父をこらしめて下さって有り難うございます。娘として感謝します」

 早口で僕を否定したアリアは頭を軽く下げ、再び棒読みで礼を言った。
 その言葉を一人と一羽は穏やかに受け取った。

「まあ、正義のためだしね」
「よう分からんが、まあ結果が良かったのなら良かったわ」

 マチルダさんとトリオは、話の流れに不信感を一切持たず、感謝の言葉を受け取っている。
 でも、僕は胸の辺りの具合が悪い。それに。

「お父さん、このままでいいの?」

 トリオが宝箱にぶち込んだのは、彼女の言い分だけを信じるなら、彼女の父親だ。「あいつ」と言っていたことは無視するとして、僕だったら、経緯がどうあれ、父親を閉じ込められたらさすがにどうにかしたくなる。
 しかし、その質問に、アリアは大きく首を縦に振った。

「うん。その宝箱の中には心戻しのお札が入ってるから、朝になれば、元に戻るんだ。これで、一見落着。お話は終わって次に行くんだよ。うんうん」

 アリアは何回も首を縦に振る。
 ……胡散臭い。トリオもマチルダさんも触れていないけど。

 にしても『次に行く』
 この言葉に、僕はあることを思い出した。

「……魔力の泉の情報は?」

 アリアの『一見落着』という言葉に、すっかり寛いで僕の右肩で羽づくろいをしていたトリオと、短槍に寄りかかりながら水を飲んでいたマチルダさんの顔が、同時に凍りつく。
 一羽と一人も、忘れていたんだ。
 その様子に、アリアが首を傾げる。

「魔力の泉がどうかしたの?」

 一人も一羽も固まっているので、僕が説明する。

「えーと、僕ら諸事情で魔力の泉を探していて、魔法に詳しいテービットさんに魔力の泉の場所を聞こうと思ったんだよ……」

 全然説明じゃないな。
 そう思いながらアリアを見ると、彼女は腕を組んでいた。

「ああ、そういう話なのか」
「テービットさん、突然戦いモードで、揚げ句の果てに宝箱の中に入っちゃったけどね」

 僕はため息をつく。

「そういう話でいくなら、私で良ければ、いくつか案内出来るけど」

 あっさりとした、アリアの声。

「え?」
「本当?」

 僕らに注目され、少し目を大きくしたアリアだが、こくりと頷く。

「私、魔力はないに等しいけど、そういうの調べるの好きだし、すぐに手伝えると思うよ」
「家の人心配しない?」
「置き手紙しておけば、別に構わない。気にしなくても平気」

 そう言いながら、アリアは宝箱の前に、一通の封筒を置く。

「これで、私の準備はオッケー」
「何で手紙持ってるの? あと、出かける支度とかは?」
「所持してる。ほら」

 ここまでバタバタしていてあまり気に留めていなかったが、確かにワンピースにしては動きやすそうだし、旅用の圧縮の魔法のかかるリュックを持っていた。
 しかし、そのあっさりとした口調に、僕は眉をひそめた。

「何で?」
「何でって、……ちょうど家出しようかと思ってて」

 アリアは天井を見た。

「ずいぶん、タイミングいいんだね」
「……偶然だよ、偶然。人間、偶然を信じなきゃ先へ進めないときもある」

 僕の目を見て言い切るアリア。最初に会ったときから感じているんだけど、彼女ってどうも胡散臭いというか、何か大切なことを言っていないというか。

 だけど、僕の旅の仲間の一人と一羽はそういう色々なことに対して、何故だか疑問を持たないらしい。アリアに対して助け船を出す。

「細かいところは別にいいじゃない、ユウ君。仲間になってくれるってことよ。彼女、頭の働き速そうだし、私の美貌にメロメロで思ったより感じのいい子だし、心強い味方になるわよ」
「そうじゃい。どこぞのトリ頭女とは違ってのぅ」
「あんた、自分が鳥のくせに、ほんっとしっつれいなこと言うわよね!」

 マチルダさんは僕の右肩に向かって短槍を突きつけた。一応柄の方で。トリオは無事飛び上がった。
 柄を自分の方に戻したあと、マチルダさんは微笑んだ。

「よろしくね。アリアちゃん。わたしはスゴ腕美人短槍使いのマチルダよ」
「スゴ腕美人短槍使いのマチルダさん」
「ワシはトリオルース・ナセル」
「トリオルース・ナセルさん。で、少年、君は?」

 随分すらすらとマチルダさんとトリオの長い名前をよんだアリアが大きな瞳でじっと僕を見る。
 何でだろう。彼女に見つめられたら、色々なものが見透かされるような、奇妙な感じがする。

「ぼ、僕はユウ……。呼び捨てでいいよ」

 僕が戸惑い気味に言うと、アリアは僕の名前を何度か口の中で繰り返し、頷いた。

「ユウ、ね。分かった。私のことも呼び捨てで構わない。じゃ、これから宜しくお願いします、マチルダさん、トリオルースさん、ユウ」

 アリアは礼儀正しくお辞儀をした。つられて、僕らもお辞儀を返す。

 こうして、アリアが一緒に来ることになった。

 入ったルートを遡ってフミヅキ亭に戻りながら、マチルダさんとトリオは口ゲンカをしつつ、アリアと話をしている。僕は、そんな二人と一羽の後ろ姿を見ていた。

「……何なんだろう」

 よく分からない。でも、アリアと出会ってから、というか一緒にいるときは、何だか妙な違和感を感じる。何か違うことが起きているような。
 僕は足を止め、俯き、拳をぎゅっと握った。旅立ってから始まった頭痛が強くなる。

「ユウ、どうかした?」

 突然の声に、僕は驚いた。アリアはこちらを向いて立ち止まり、心配そうに僕を見ている。彼女の様子で、トリオとマチルダさんも立ち止まり、僕に注目する。

「あら、ユウ君。色々あったし、疲れたの?」
「え、いや、そういうわけじゃ……」
「ユウはこういう経験は初めてじゃし、思っているよりは疲労しちょると思うぞ。宿へ早く休んだ方がええぞ。育ち盛りはよく寝た方がいい」

 そう言ったトリオとマチルダさんは、進み始め、また何か言い合いを始めた。だが、アリアは止まったまま、じっと僕を見る。
 僕は聞く。

「な、何?」
「えっと、その……」

 アリアは目を伏せたが、すぐにまた前に向け、口を開いた。

「ユウ。君が私に対して感じていること、何となく分かる。でも、そのことは誰にも、マチルダさんや、トリオルースさんにも、言わないで欲しい」
「え?」
「私は少なくとも君に害のあることをするつもりはない。あっちの一人や一羽にもね。悪いことをするわけじゃないから、お願いしたい」

 突然、アリアは頭を下げた。僕は彼女をまじまじと見つめる。

「……君は、本当にテービットさんの一人娘なの?」

 あえて、セアラなのかアリアなのかとは聞かない。それに対して彼女が返す返事がどんなものになるか、分からなさすぎるし、僕はどうやって返せばいいのかもわからない。
 アリアは顔を上げた。

「……似てないのは母親似だかららしいよ。母親がかなりの美人だったらしい」
「そっか」

 答えになっていないのは、お互い分かっている。でも、僕はあえてそれ以上聞かないことにした。

「まあ、いいや。とりあえず受け入れる」

 頷いた僕を見て、アリアは少し目を大きくした。

「さっきから色々気になるだろうに、意外だね」
「理由は二つあるよ」

 僕は右手の人差し指を立てた。

「一つ目として。僕たちは君がテービットさんの一人娘だから、一緒に旅をするわけじゃない。魔力の泉に案内してもらうのが目的だから」
「合理的だね」

 アリアは片側の口角を上げた。僕は右手の中指も立てる。

「二つ目。僕は人から気付かれにくい。みんなから離れているとき、僕のことに気付いてくれる人って本当に少ないんだ」

 僕は、最初に出会った時と、さっきの戦いの時を思い出す。
 彼女は僕を心配してくれた。

「あんな風に僕に気付いてくれた人はアリアが初めてだ。声をかけてくれたアリアがいてくれるのは、正直なところ嬉しい」

 僕は微笑んだ。それは一応本当の気持ちではある。どうせ僕にどうにもできないのなら、とことん流されてやる。

 僕の人生で一番可愛いと思った現実離れした美少女が、毎回僕に気付いてくれるのはそれはそれで気分がいい。そういうことにしてやる。

 アリアは息を一つ飲み込んで、小さく「ありがとう」と呟いた。

 と、一人と一羽の気配がまったくしないことに、今気付いた。僕は進行方向である隠し通路を見る。すると、どちらも見えない。
 トリオが光の魔法を使っているはずだけど、どちらも判別できないところまで遠くに行ってしまった。アリアは右手をひさしのように眉の辺りに掲げて、呑気に言った。

「随分と遠くに行ってしまったもんだ」
「少しは焦ってよ!」
「しょうがないね、じゃ、急ぐか」

 僕らはかなり遠くまで行ってしまった一人と一羽を追って、駆け足をした。
胡散臭いお嬢様?が仲間になりました。
三人と一羽の集団になって、次章へ続きます。

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