5.(3)
マチルダさんは僕の前に立ち、右手を僕の額に、左手を彼女の額に当てた。結構ひんやりとした手だ――って。
「な、何するんですかぁ」
「何って、熱あるか測ってるのよ」
やたら距離の近いお姉さんの右手を、僕の額は受け入れることにした。拒んだら余計心配されそうだから。今回はトリオも何も言ってこない。
「うーん。熱はないかしらね。旅をしているときの熱は危ないのよ。師匠もよく言ってたわ」
「ただの風邪とは違う場合も多いからのう」
トリオの言葉にマチルダさんは頷く。
「そうね。だからそれは安心。でも、ユウ君、さっきから変よね。疲れたの?」
そりゃあ走ったし、魔法は使ったし、疲れてはいる。でも、これは疲れているとはまた違う問題のような気がする。こんなこと初めてだから、上手く言葉には表せないけど。
怖くはないのにここから逃げ出したくなるような、布団被って夢の中に逃げてしまいたいような、よく分からないけどそんな気持ちだ。
僕は唇を噛み締めた。
でも、そのことをマチルダさんやトリオに言ってはいけない。
理由は分からないけど、何となくそんな気がした。だから、僕はこう言った。
「そうかもしれません。ちょっと休めば平気だと思います」
「そう? なら、明日――じゃなくて、もう今日か。陽、昇ったし。徹夜だし、今日もここに泊まることにして、ゆっくりしたほうがいいわね。誰かが看病しましょ」
マチルダさんが言った。その声に反応するアリアとトリオと僕。
「私やるよ」
「ワシがやるわい」
「いや、看病なんて」
言葉の長さのせいか、微妙にタイミングはずれていたが、アリアとトリオと僕の声はそれなりに合わさった。
まあ、あくまでそれなり程度だけどね。やっぱりマチルダさんとトリオの時のようにはいかない。
僕たちがお互いを見回していたら、ただ一人参加しなかったマチルダさんは呆れ気味にトリオを見て、呟いた。
「っていうか、バカ鳥は無理じゃない? 物理的に」
「アホ! ワシのどこが無理なんじゃい!」
「そんな羽根じゃ、濡らしタオルを絞ることも出来ないわよ。ユウ君の熱を計ることも出来ないしー」
確かに。
トリオも図星らしく、黙ってしまった。
「アリアちゃんお願いね。バカ鳥はわたしと一緒に来なさい。二人もいたらユウ君休めないわ」
マチルダさんはトリオをひっ掴んだ。潰れた声がする。
アリアは頷く。
「はい、分かりました」
「え、ちょ、ちょっとぉ……」
相変わらず僕の意見に気付いてくれないマチルダさん。アリアは気付いてたみたいだが、聞いていないふりをする。弱った僕。
すると、マチルダさんの手の中で暴れるトリオの声。
「アホンダレ! 勝手に話進めるな!」
そうそう。
重石を頭に乗せたような体調の僕だったけど、とにかくトリオを応援した。
ジタバタしながら、尖った声でトリオは言う。
「串刺し女には分からんかもしれんがのぅ、こんな別嬪な娘さんと思春期真っ盛りのユウを寝台一つの部屋において、何もないと言いきれるかのう? 何かあった場合、責任はワレにある!」
トリオは逃げた翼を真っ直ぐにマチルダさんに向けた。
違う。
問題にしてるのはそこじゃない!
マチルダさんはゆるっと答える。
「平気よぉ。ユウ君だもん」
その隙に逃げてテーブルに降り立ったトリオは、小馬鹿にするようにきょるきょると笑う。
「はっ、ワレ、どうせ姉妹か一人娘で近くに同世代の男がいなかったクチじゃろう」
「な、何よ。それ」
「若い男を下手に美化しちょる妄想系少年好き女は、ワシの経験上姉妹か一人っ子が多いんじゃい。身近にいないせいで、下手に妄想しちょるんじゃろうな」
持論を語るトリオはうんうんと頷く。
「あと、娘しかおらん母親もあるな」
「あぁ、それ何か分かる。そういう傾向有る気がするよね」
その主張にアリアは片側の口角を上げて頷いていた。
本当に、トリオの過去には何があったんだろう。不純異性交遊について、やたら気にしすぎている。
「顔が良いからって勝手に妄想されるのは厄介なものじゃ」
何かを思い出しているらしい。ふぅと一息吐いたトリオはマチルダを見る。
「で、年下趣味女。当たっとるじゃろ?」
マチルダさんは答えずに、ムッとした顔をしてトリオを睨む。
てっきり言い返すかと思ったんだろう。トリオはちょっときょとんとした顔をした。それから調子が狂ったような表情でマチルダさんを見上げる。
しばらく緊張感が続く。
ためらったトリオは喋り出せないし、マチルダさんも喋らないし、僕も雰囲気としては喋ることができない。アリアは知らない。
何だ? この空気?
僕がそれぞれを何回も見渡した後、マチルダさんは小さく呟いた。
「分からないのよ」
「……どういうことじゃ?」
トリオが恐る恐る聞き返した。
それを聞いたマチルダさんは、息を大きく吸った。
「分からないのよ! 覚えてないのよ、何もかも!」
マチルダさんは、言葉と一緒にこう吐き出した。
「な、何するんですかぁ」
「何って、熱あるか測ってるのよ」
やたら距離の近いお姉さんの右手を、僕の額は受け入れることにした。拒んだら余計心配されそうだから。今回はトリオも何も言ってこない。
「うーん。熱はないかしらね。旅をしているときの熱は危ないのよ。師匠もよく言ってたわ」
「ただの風邪とは違う場合も多いからのう」
トリオの言葉にマチルダさんは頷く。
「そうね。だからそれは安心。でも、ユウ君、さっきから変よね。疲れたの?」
そりゃあ走ったし、魔法は使ったし、疲れてはいる。でも、これは疲れているとはまた違う問題のような気がする。こんなこと初めてだから、上手く言葉には表せないけど。
怖くはないのにここから逃げ出したくなるような、布団被って夢の中に逃げてしまいたいような、よく分からないけどそんな気持ちだ。
僕は唇を噛み締めた。
でも、そのことをマチルダさんやトリオに言ってはいけない。
理由は分からないけど、何となくそんな気がした。だから、僕はこう言った。
「そうかもしれません。ちょっと休めば平気だと思います」
「そう? なら、明日――じゃなくて、もう今日か。陽、昇ったし。徹夜だし、今日もここに泊まることにして、ゆっくりしたほうがいいわね。誰かが看病しましょ」
マチルダさんが言った。その声に反応するアリアとトリオと僕。
「私やるよ」
「ワシがやるわい」
「いや、看病なんて」
言葉の長さのせいか、微妙にタイミングはずれていたが、アリアとトリオと僕の声はそれなりに合わさった。
まあ、あくまでそれなり程度だけどね。やっぱりマチルダさんとトリオの時のようにはいかない。
僕たちがお互いを見回していたら、ただ一人参加しなかったマチルダさんは呆れ気味にトリオを見て、呟いた。
「っていうか、バカ鳥は無理じゃない? 物理的に」
「アホ! ワシのどこが無理なんじゃい!」
「そんな羽根じゃ、濡らしタオルを絞ることも出来ないわよ。ユウ君の熱を計ることも出来ないしー」
確かに。
トリオも図星らしく、黙ってしまった。
「アリアちゃんお願いね。バカ鳥はわたしと一緒に来なさい。二人もいたらユウ君休めないわ」
マチルダさんはトリオをひっ掴んだ。潰れた声がする。
アリアは頷く。
「はい、分かりました」
「え、ちょ、ちょっとぉ……」
相変わらず僕の意見に気付いてくれないマチルダさん。アリアは気付いてたみたいだが、聞いていないふりをする。弱った僕。
すると、マチルダさんの手の中で暴れるトリオの声。
「アホンダレ! 勝手に話進めるな!」
そうそう。
重石を頭に乗せたような体調の僕だったけど、とにかくトリオを応援した。
ジタバタしながら、尖った声でトリオは言う。
「串刺し女には分からんかもしれんがのぅ、こんな別嬪な娘さんと思春期真っ盛りのユウを寝台一つの部屋において、何もないと言いきれるかのう? 何かあった場合、責任はワレにある!」
トリオは逃げた翼を真っ直ぐにマチルダさんに向けた。
違う。
問題にしてるのはそこじゃない!
マチルダさんはゆるっと答える。
「平気よぉ。ユウ君だもん」
その隙に逃げてテーブルに降り立ったトリオは、小馬鹿にするようにきょるきょると笑う。
「はっ、ワレ、どうせ姉妹か一人娘で近くに同世代の男がいなかったクチじゃろう」
「な、何よ。それ」
「若い男を下手に美化しちょる妄想系少年好き女は、ワシの経験上姉妹か一人っ子が多いんじゃい。身近にいないせいで、下手に妄想しちょるんじゃろうな」
持論を語るトリオはうんうんと頷く。
「あと、娘しかおらん母親もあるな」
「あぁ、それ何か分かる。そういう傾向有る気がするよね」
その主張にアリアは片側の口角を上げて頷いていた。
本当に、トリオの過去には何があったんだろう。不純異性交遊について、やたら気にしすぎている。
「顔が良いからって勝手に妄想されるのは厄介なものじゃ」
何かを思い出しているらしい。ふぅと一息吐いたトリオはマチルダを見る。
「で、年下趣味女。当たっとるじゃろ?」
マチルダさんは答えずに、ムッとした顔をしてトリオを睨む。
てっきり言い返すかと思ったんだろう。トリオはちょっときょとんとした顔をした。それから調子が狂ったような表情でマチルダさんを見上げる。
しばらく緊張感が続く。
ためらったトリオは喋り出せないし、マチルダさんも喋らないし、僕も雰囲気としては喋ることができない。アリアは知らない。
何だ? この空気?
僕がそれぞれを何回も見渡した後、マチルダさんは小さく呟いた。
「分からないのよ」
「……どういうことじゃ?」
トリオが恐る恐る聞き返した。
それを聞いたマチルダさんは、息を大きく吸った。
「分からないのよ! 覚えてないのよ、何もかも!」
マチルダさんは、言葉と一緒にこう吐き出した。
全世界の男兄弟がいない方、並びに娘しかいないお母さん申し訳ありません。