【閑話2】(1)
現在、フミの町を抜け、コヨミ神殿に向かって一週間。僕たちはサツキ村の門をくぐった。
「やっと着いた……」
僕はため息をついた。学生用の臨時冒険者登録を行っただけの僕は、やっぱり魔物と戦ったり、野宿というものは余り好きではない。
最近少しトリオに剣を教わるようになって、体力もかなり消費するようになったし。
「ユウ、大丈夫か?」
マチルダさん以外に対しては面倒見の良い赤いちょんまげと全身黄緑色の鳥は、右肩に飛び乗ってきて、僕を心配している。
「ありがとうトリオ。今すぐどうではないけど、早く休みたい」
「そうじゃな。昔と変わっちょらんなら、サツキ村は休みやすい場所じゃったとは思う」
ここサツキ村は、ウヅキ村よりは小規模だけど、冒険者がたまには来る村のようだ。村の入り口から見ただけでも、鎧やローブを身につけた人がちらほらいる。
僕の故郷のウヅキ村は首都が近い故に治安も良く、ポーション工場をはじめとした工業で村を支えているから、大抵の冒険者は立ち寄らないか通り過ぎる。申し訳程度の冒険者ギルドはあるけど閑古鳥だ。
辺りを見渡していたマチルダさんは、右手前を指差した。
「そこに宿屋の看板が見えるわね。とりあえず部屋が空いているか確認してくるわ。わたしまだ動けるし、行ってくるわ」
「私もついていきます」
マチルダさんとアリアは、元気よく宿屋の建物に進んでいった。
女性二人の姿が消えた後、僕はトリオに確認した。
「僕って、体力ない?」
「そりゃあ、ある方ではないじゃろうが、騎士でも冒険者でもないなら問題ない程度じゃないか? ユウは騎士学校でもない、普通の学生じゃし」
「だよねえ」
「串刺し女はともかく、アリアはおかしい。気にせん方がええ」
同じく疲れ果てたトリオは右肩の上でため息をついた。僕の頬はちょんまげでもしゃもしゃする。
人形のように美しい少女は、この一週間の旅路で疲れた表情を全く見せず、マチルダさんの側に良くいた。マチルダさんも悪い気はしていない模様で二人で割とよくべたべたとくっついている。仲良くなったようで何よりだ。
「部屋二つあったわよー」
良く通る声が、僕たち一人と一羽に降りかかってきた。僕はトリオを肩に乗せたまま、その声の元へと小走りをした。
部屋に荷物を置き、一時間ほどだらだらした。食事の時間に打ち合わせしようということだったので、そのタイミングでトリオと共に集合場所の食堂に向かった。
女性陣はまだ来ていないようだったので、僕らは先に席につき、メニューを読み始めた。何にしようか候補を絞り込んでいた頃、マチルダさんとアリアはやってきた。マチルダさんは手をひらひらと振った。
「遅くなって悪いわね」
座った後、マチルダさんは真っ先にこう言った。
「外食、久々だから肉食べましょ、肉」
「いつも肉ばかりじゃろうが」
「うっさいわね。あんたも剥いてやろうかしら」
「恐ろしいこと言うのはやめい!」
トリオがぶつくさ言う通り、マチルダさんは十五歳男子の僕が驚くほどよく肉を食べる。立ち寄る村も町もないこの数日間は、肉が食べたくなると手早く鳥を捕まえて焼いて食べていた。
自分の真横で同じ大きさの鳥の首が絞められている現実について、トリオは「人ごととは思えん」と最初は僕の肩で震えていた。やがて慣れると、マチルダさんの調理方法にあれこれ文句を付けていた。
調理方法は言われる通りに僕が実現させたけど、まあ、確かにマチルダさんの荒々しい料理に比べると美味しかった。
多分、かつては彼がパーティーの料理番だったんだろうね。共働きの親を持ち、たまに両親揃って遅い時など夕飯を担当している僕の視点から言うと、彼の指示は凝った調理方法というわけでなく、普通に現実的で無難な手順ばかりだった。
羽はこっちからむしれとか、肉が固いなら叩けとか、筋の部分は切れ込みを入れろとか、下味つけろとか。僕がやる手順には、トリオは一切文句を言わなかった。
……マチルダさん、肉固くないのかな。
疑問に思っている間に二人はいつもの通り言い合う。トリオには首を捻られたり、剥かれたりしないように頑張って欲しい。
アリアは魚を注文していた。この数日の様子を見る限り肉が嫌いには思えないけど、飽きるんだろう。彼女はたまに魚を捕って、捌いていた。
僕はトリオと分けられるような、マチルダさんとは違う肉料理を大盛りで頼むことにした。
料理が来る前に、僕はマチルダさんに確認する。
「今日はどうします?」
「そうね。ここでやること特にないし、自由行動でいいんじゃないの? ここ冒険者が多い村みたいだから、わたし、ちょっとだけギルドに寄ってくるわ。ここまでの道で手に入れたものも売りたいし」
冒険者ギルド。登録制で、そこでしか売り買いできないようなものもあるらしい。馬の糞は道具屋で売ってるの見たから対象ではないみたいだけど。普通の冒険者用の登録や、僕のような学生向け一時登録、その他売り買いするためだけの免許とか、何か色々あるらしいけど、縁がないのでよく知らない。
冒険者歴二ヶ月ちょっとのマチルダさんだが、登録自体は数年前に行っていたらしい。短槍道場は知名度が低くてあまり稼げないらしく、生活費を稼ぐために師匠夫婦と家の近くで色々手に入れて売っていたとのこと。この数日の間も、この旅路でこれは売れるとかの判断をテキパキ行っていた。
魔物がたまに何か落とすとは聞いていたけど、冒険者でもない僕にはよく分からない話で、テービット家で初めてそれを目にした訳で。
旅費と餞別は結構貰っているが、正直なところ、マチルダさんがいないとどんどん減っていく旅費に不安しか感じなかったとは思う。トリオは大人としてはまともそうな金銭感覚の持ち主だけど、二百年前とは物価が違うため、たまにピンときていないことがある。生きる力が強いマチルダさんと一緒に旅が出来て、そういう面でも良かったと思うよ。
アリアは手を上げた。
「マチルダさん、私もついて行く。ギルドで買いたい物があるんだ」
「あ、僕も冒険者が沢山いるギルド見てみたいです」
フミの町では入らなかったギルド。一時的な利用許可は持っている身だけど、ウヅキ村の役場の一区画にある閑散としたギルドが基準となると、フミの町のそれは恐ろしくて入れなかった。みんなと一緒なら怖くない。物見遊山としてついて行こう。
「ユウがいくなら、ワシもいく」
トリオも言った。まあ、トリオ一羽だけじゃ何も出来ないものね。
そうする内に料理が来た。僕たちはひとまず食事を取ることにした。
「やっと着いた……」
僕はため息をついた。学生用の臨時冒険者登録を行っただけの僕は、やっぱり魔物と戦ったり、野宿というものは余り好きではない。
最近少しトリオに剣を教わるようになって、体力もかなり消費するようになったし。
「ユウ、大丈夫か?」
マチルダさん以外に対しては面倒見の良い赤いちょんまげと全身黄緑色の鳥は、右肩に飛び乗ってきて、僕を心配している。
「ありがとうトリオ。今すぐどうではないけど、早く休みたい」
「そうじゃな。昔と変わっちょらんなら、サツキ村は休みやすい場所じゃったとは思う」
ここサツキ村は、ウヅキ村よりは小規模だけど、冒険者がたまには来る村のようだ。村の入り口から見ただけでも、鎧やローブを身につけた人がちらほらいる。
僕の故郷のウヅキ村は首都が近い故に治安も良く、ポーション工場をはじめとした工業で村を支えているから、大抵の冒険者は立ち寄らないか通り過ぎる。申し訳程度の冒険者ギルドはあるけど閑古鳥だ。
辺りを見渡していたマチルダさんは、右手前を指差した。
「そこに宿屋の看板が見えるわね。とりあえず部屋が空いているか確認してくるわ。わたしまだ動けるし、行ってくるわ」
「私もついていきます」
マチルダさんとアリアは、元気よく宿屋の建物に進んでいった。
女性二人の姿が消えた後、僕はトリオに確認した。
「僕って、体力ない?」
「そりゃあ、ある方ではないじゃろうが、騎士でも冒険者でもないなら問題ない程度じゃないか? ユウは騎士学校でもない、普通の学生じゃし」
「だよねえ」
「串刺し女はともかく、アリアはおかしい。気にせん方がええ」
同じく疲れ果てたトリオは右肩の上でため息をついた。僕の頬はちょんまげでもしゃもしゃする。
人形のように美しい少女は、この一週間の旅路で疲れた表情を全く見せず、マチルダさんの側に良くいた。マチルダさんも悪い気はしていない模様で二人で割とよくべたべたとくっついている。仲良くなったようで何よりだ。
「部屋二つあったわよー」
良く通る声が、僕たち一人と一羽に降りかかってきた。僕はトリオを肩に乗せたまま、その声の元へと小走りをした。
部屋に荷物を置き、一時間ほどだらだらした。食事の時間に打ち合わせしようということだったので、そのタイミングでトリオと共に集合場所の食堂に向かった。
女性陣はまだ来ていないようだったので、僕らは先に席につき、メニューを読み始めた。何にしようか候補を絞り込んでいた頃、マチルダさんとアリアはやってきた。マチルダさんは手をひらひらと振った。
「遅くなって悪いわね」
座った後、マチルダさんは真っ先にこう言った。
「外食、久々だから肉食べましょ、肉」
「いつも肉ばかりじゃろうが」
「うっさいわね。あんたも剥いてやろうかしら」
「恐ろしいこと言うのはやめい!」
トリオがぶつくさ言う通り、マチルダさんは十五歳男子の僕が驚くほどよく肉を食べる。立ち寄る村も町もないこの数日間は、肉が食べたくなると手早く鳥を捕まえて焼いて食べていた。
自分の真横で同じ大きさの鳥の首が絞められている現実について、トリオは「人ごととは思えん」と最初は僕の肩で震えていた。やがて慣れると、マチルダさんの調理方法にあれこれ文句を付けていた。
調理方法は言われる通りに僕が実現させたけど、まあ、確かにマチルダさんの荒々しい料理に比べると美味しかった。
多分、かつては彼がパーティーの料理番だったんだろうね。共働きの親を持ち、たまに両親揃って遅い時など夕飯を担当している僕の視点から言うと、彼の指示は凝った調理方法というわけでなく、普通に現実的で無難な手順ばかりだった。
羽はこっちからむしれとか、肉が固いなら叩けとか、筋の部分は切れ込みを入れろとか、下味つけろとか。僕がやる手順には、トリオは一切文句を言わなかった。
……マチルダさん、肉固くないのかな。
疑問に思っている間に二人はいつもの通り言い合う。トリオには首を捻られたり、剥かれたりしないように頑張って欲しい。
アリアは魚を注文していた。この数日の様子を見る限り肉が嫌いには思えないけど、飽きるんだろう。彼女はたまに魚を捕って、捌いていた。
僕はトリオと分けられるような、マチルダさんとは違う肉料理を大盛りで頼むことにした。
料理が来る前に、僕はマチルダさんに確認する。
「今日はどうします?」
「そうね。ここでやること特にないし、自由行動でいいんじゃないの? ここ冒険者が多い村みたいだから、わたし、ちょっとだけギルドに寄ってくるわ。ここまでの道で手に入れたものも売りたいし」
冒険者ギルド。登録制で、そこでしか売り買いできないようなものもあるらしい。馬の糞は道具屋で売ってるの見たから対象ではないみたいだけど。普通の冒険者用の登録や、僕のような学生向け一時登録、その他売り買いするためだけの免許とか、何か色々あるらしいけど、縁がないのでよく知らない。
冒険者歴二ヶ月ちょっとのマチルダさんだが、登録自体は数年前に行っていたらしい。短槍道場は知名度が低くてあまり稼げないらしく、生活費を稼ぐために師匠夫婦と家の近くで色々手に入れて売っていたとのこと。この数日の間も、この旅路でこれは売れるとかの判断をテキパキ行っていた。
魔物がたまに何か落とすとは聞いていたけど、冒険者でもない僕にはよく分からない話で、テービット家で初めてそれを目にした訳で。
旅費と餞別は結構貰っているが、正直なところ、マチルダさんがいないとどんどん減っていく旅費に不安しか感じなかったとは思う。トリオは大人としてはまともそうな金銭感覚の持ち主だけど、二百年前とは物価が違うため、たまにピンときていないことがある。生きる力が強いマチルダさんと一緒に旅が出来て、そういう面でも良かったと思うよ。
アリアは手を上げた。
「マチルダさん、私もついて行く。ギルドで買いたい物があるんだ」
「あ、僕も冒険者が沢山いるギルド見てみたいです」
フミの町では入らなかったギルド。一時的な利用許可は持っている身だけど、ウヅキ村の役場の一区画にある閑散としたギルドが基準となると、フミの町のそれは恐ろしくて入れなかった。みんなと一緒なら怖くない。物見遊山としてついて行こう。
「ユウがいくなら、ワシもいく」
トリオも言った。まあ、トリオ一羽だけじゃ何も出来ないものね。
そうする内に料理が来た。僕たちはひとまず食事を取ることにした。