【閑話3】(2)
トリオとマチルダさんのじゃれあいが落ち着いた頃、隅っこに座っていたアリアがこちらにやってきた。長い金髪を、ざっくりと一つに結んでいる。僕でも分かるほど雑な結び方だけど、それでも見えるうなじは物凄く可愛い。
……女の子のうなじっていいよね。
内心思いながら、真顔で彼女の話を聞く。
「キリがいいなら、食事にしないかい? 大分前にできているよ」
今日の食事当番はアリアだった。
携帯用の魔石コンロの上にはスープの入った鍋が置いてある。言葉の通り、時間が本当に余ったようだった。彼女が担当すると、雑然としている時も多い器具の片付けは大体終わっているようだったし、アリアは何かの冊子を持っていた。どうやらそれを読んでいたようだ。
彼女の声をきっかけに、僕らは速やかに稽古の片付けをした。
「つみれだよ。つみれ。おいしいよ。つみれ。沢山お食べ」
座ると、お椀を渡された。
トリオは二つ、残りの人間は四つずつのつみれが入っていた。稽古で疲れた身体には暖かいスープと柔らかいつみれはちょうど良い。あと、パンが今日の昼食だ。
特に難のない味ではあるけど、それ以前にアリアが作るという時点で僕にはごちそうだ。
この近辺に川はない。この前釣っていた小さな川魚で作ったつみれを保存していたらしい。携帯で冷凍できるというなかなか高価な魔工具をもっている彼女には、僕たちはとてもお世話になっている。つみれを作る際も、食材をやたら細かく切る調理用具で魚の全てと何かの植物を粉砕していた。あれも便利だけど高そうだな。
アリアはそれなりに裕福なのは間違いない。
食べ終えた後、僕は隣に並んで座っているアリアに話しかけた。
「アリア、髪が引っかかっているよ」
伝えたい箇所を指さした。食べる頃には解いていたアリアの長い髪は、僕とは反対側に位置する木の枝に引っかかっている。アリアと出会ってから、一日に何回かは見かける光景だ。絡まりかけてるけど、取ってあげるには僕の経験値が足りない。
アリアは何回か目をぱちくりした後、そのまま確かめる。
「あ、本当だ。いつもありがとう、ユウ」
アリアは自分の手を何回か動かして、引っかかりを取った。
「長い髪ってこういう風に動きを制限されるよねぇ」
だったら切ればいいじゃないかとは思うけど、女の子にそんなこと言えるわけない。
違うことを考えようと、先程の練習終わりを思いだす。
「さっき、僕たちが特訓していた時、アリアは何を読んでいたの?」
「ああ、今度使おうと思っている道具の手順さ。忘れないように、自分に叩き込まないといけないから」
「……それは聞いて良いやつなのかな?」
彼女の言い方に不穏さを感じたので、僕はお椀を持ったまま、右手でこめかみを押さえる準備をした。アリアはいつものように片側だけ口角を上げる。
「やめた方がいいんじゃないかな。私は君には危険な目にあってもらいたくはない」
「はい……」
あんなに堂々と出しているとめちゃくちゃ気になるから、聞くのはしょうがないんじゃないかな。とはいえ、あの時、よく分からないけど危険な目にあった僕を助けてくれた存在である彼女の指示に、おとなしく従うことにした。状況はよくわからないけど、あれは本当に嫌だった。
今は別に痛んでいないけど、あの散々な目に遭った時を思い出しながらこめかみをおさえて俯く僕に、アリアは明るく言った。
「そんなことより、特訓と言えばユウさ、最初と比べて剣がしっかりしてきたね。すごいね」
僕は息を飲み込んだ。
「え! さ、さっきの、み、見てたの?」
「うん。さっきと言わずに毎回見てるよ」
「ま、マイカイ!」
「うん。やることあるし、全部は無理だけど、毎回見てるよ」
にこにことピンク色の頬で微笑むアリア。
真面目に特訓してもらっていたので全く気が付かなかった。でも、考えてみれば、トリオとマチルダさんが僕にかかりきりになる中で、アリアが遠くにいるわけはない。そうすると、必然的に視界には入る。
当たり前のことに気付いた僕の顔は熱くなった。多分アリアより染まってる。
「ユウ、明らかに上手くなってるからさ。本当に頑張ってると思うよ。凄いよね」
「た、多分教え方が上手いんじゃないかな……」
突然褒められ、僕の言葉は震えた。
今まで授業でしかやらなかった剣術だけど、テービット家の出来事からさすがに危機感が出てきた。それで、高名な魔法剣士であるはずのトリオに教えて貰うことにした。初めて一週間はトリオに言われるがままだったけど、今週からの数日間マチルダさんも相手をしてくれるようになった。
事実として、トリオは今まで教えてもらってきた誰よりも教え方が上手い。鳥の姿で構えや動き方を見せることができないにも関わらずだ。動作についての言語化が得意なんだろう。
マチルダさんが伝えてくれる内容は、多分人にはよると思うけど、少なくとも僕には合っている。
だから上達したわけで、決して謙遜ではなく、僕の努力だけではない。
「ぼ、僕の力じゃないよ……」
「そんなことないよ。ユウはちゃんとやってるからさ、少しは自信もちなよ。見てた私が言うんだよ」
「み、見てた……」
「そう言ってるじゃないか」
最近仲の良いとても可愛い女の子はこちらを見て、にこにこと僕を褒めてくれた。
それは僕にとっては物凄く特別なことなわけで。
僕は目を大きくしてそのまま何も言えなくなった。アリアがいぶかしげにこちらを見てきたとき、はっと息を呑み込んで腕を伸ばした。
「あ、ありがと! お、お椀ちょうだい!」
彼女の返答を聞くことなく、お椀を奪った。
今回の片付け当番は僕だ。
そのままの勢いで、トリオとマチルダさんのお椀も奪って、僕は片付けをすることにした。
お椀を拭いて袋にしまっていたら、右手側と左手側に気配がした。そして僕の両肩にそれぞれ重みが乗った。僕は右を見てから、左を見た。
「良かったな、ユウ」
「良かったわね。アリアちゃんは良い子よ」
右肩にはトリオが乗り、左肩にはマチルダさんの手が置かれていた。
「健全な青春はええのぅ、なあ串刺し女」
「ほんとー。なっついわー。バカ鳥」
一羽と一人は互いに喧嘩を売っているような呼称を呼び合いながら、何故か物凄く和気あいあいとしている。僕の右肩の上と左肩側で。
必然的に会話がそれなりに大きい音量で聞こえる。
ちらりと見ると、アリアはさっきの冊子を下を向いて読んでいる。
「懐かしいって、ワレ、記憶が無いんじゃないのか?」
呆れた口調のトリオに対し、マチルダさんはカラカラと笑う。
「いや、まあそうなんだけど。わたしの美貌なら、きっとキラキラした青春があったと思うの。考えなくても分かるわ」
トリオはため息をつく。
「……その前向きさは尊敬できるわ」
マチルダさんは明るく受ける。
「まあ、あんた見かけが派手な割に、めちゃくちゃ根暗鳥だもんねー」
「そんな変な鳥の種類みたいに言うな!」
「根暗なのは否定しないのね。でも、あんたに尊敬されるなんて驚きよね。反動でこの後、雷でも落とすの?」
「嫌味じゃし、落とさんわ! 謝れぃ!」
いつものようにじゃれあう喧嘩を始めた一羽と一人に挟まれている中、僕はそろそろ我慢できなくなった。
「うるさい!」
一羽と一人はキャイキャイ言いながら左右に散っていった。
アリアは俯いて冊子を読んでいた。
……女の子のうなじっていいよね。
内心思いながら、真顔で彼女の話を聞く。
「キリがいいなら、食事にしないかい? 大分前にできているよ」
今日の食事当番はアリアだった。
携帯用の魔石コンロの上にはスープの入った鍋が置いてある。言葉の通り、時間が本当に余ったようだった。彼女が担当すると、雑然としている時も多い器具の片付けは大体終わっているようだったし、アリアは何かの冊子を持っていた。どうやらそれを読んでいたようだ。
彼女の声をきっかけに、僕らは速やかに稽古の片付けをした。
「つみれだよ。つみれ。おいしいよ。つみれ。沢山お食べ」
座ると、お椀を渡された。
トリオは二つ、残りの人間は四つずつのつみれが入っていた。稽古で疲れた身体には暖かいスープと柔らかいつみれはちょうど良い。あと、パンが今日の昼食だ。
特に難のない味ではあるけど、それ以前にアリアが作るという時点で僕にはごちそうだ。
この近辺に川はない。この前釣っていた小さな川魚で作ったつみれを保存していたらしい。携帯で冷凍できるというなかなか高価な魔工具をもっている彼女には、僕たちはとてもお世話になっている。つみれを作る際も、食材をやたら細かく切る調理用具で魚の全てと何かの植物を粉砕していた。あれも便利だけど高そうだな。
アリアはそれなりに裕福なのは間違いない。
食べ終えた後、僕は隣に並んで座っているアリアに話しかけた。
「アリア、髪が引っかかっているよ」
伝えたい箇所を指さした。食べる頃には解いていたアリアの長い髪は、僕とは反対側に位置する木の枝に引っかかっている。アリアと出会ってから、一日に何回かは見かける光景だ。絡まりかけてるけど、取ってあげるには僕の経験値が足りない。
アリアは何回か目をぱちくりした後、そのまま確かめる。
「あ、本当だ。いつもありがとう、ユウ」
アリアは自分の手を何回か動かして、引っかかりを取った。
「長い髪ってこういう風に動きを制限されるよねぇ」
だったら切ればいいじゃないかとは思うけど、女の子にそんなこと言えるわけない。
違うことを考えようと、先程の練習終わりを思いだす。
「さっき、僕たちが特訓していた時、アリアは何を読んでいたの?」
「ああ、今度使おうと思っている道具の手順さ。忘れないように、自分に叩き込まないといけないから」
「……それは聞いて良いやつなのかな?」
彼女の言い方に不穏さを感じたので、僕はお椀を持ったまま、右手でこめかみを押さえる準備をした。アリアはいつものように片側だけ口角を上げる。
「やめた方がいいんじゃないかな。私は君には危険な目にあってもらいたくはない」
「はい……」
あんなに堂々と出しているとめちゃくちゃ気になるから、聞くのはしょうがないんじゃないかな。とはいえ、あの時、よく分からないけど危険な目にあった僕を助けてくれた存在である彼女の指示に、おとなしく従うことにした。状況はよくわからないけど、あれは本当に嫌だった。
今は別に痛んでいないけど、あの散々な目に遭った時を思い出しながらこめかみをおさえて俯く僕に、アリアは明るく言った。
「そんなことより、特訓と言えばユウさ、最初と比べて剣がしっかりしてきたね。すごいね」
僕は息を飲み込んだ。
「え! さ、さっきの、み、見てたの?」
「うん。さっきと言わずに毎回見てるよ」
「ま、マイカイ!」
「うん。やることあるし、全部は無理だけど、毎回見てるよ」
にこにことピンク色の頬で微笑むアリア。
真面目に特訓してもらっていたので全く気が付かなかった。でも、考えてみれば、トリオとマチルダさんが僕にかかりきりになる中で、アリアが遠くにいるわけはない。そうすると、必然的に視界には入る。
当たり前のことに気付いた僕の顔は熱くなった。多分アリアより染まってる。
「ユウ、明らかに上手くなってるからさ。本当に頑張ってると思うよ。凄いよね」
「た、多分教え方が上手いんじゃないかな……」
突然褒められ、僕の言葉は震えた。
今まで授業でしかやらなかった剣術だけど、テービット家の出来事からさすがに危機感が出てきた。それで、高名な魔法剣士であるはずのトリオに教えて貰うことにした。初めて一週間はトリオに言われるがままだったけど、今週からの数日間マチルダさんも相手をしてくれるようになった。
事実として、トリオは今まで教えてもらってきた誰よりも教え方が上手い。鳥の姿で構えや動き方を見せることができないにも関わらずだ。動作についての言語化が得意なんだろう。
マチルダさんが伝えてくれる内容は、多分人にはよると思うけど、少なくとも僕には合っている。
だから上達したわけで、決して謙遜ではなく、僕の努力だけではない。
「ぼ、僕の力じゃないよ……」
「そんなことないよ。ユウはちゃんとやってるからさ、少しは自信もちなよ。見てた私が言うんだよ」
「み、見てた……」
「そう言ってるじゃないか」
最近仲の良いとても可愛い女の子はこちらを見て、にこにこと僕を褒めてくれた。
それは僕にとっては物凄く特別なことなわけで。
僕は目を大きくしてそのまま何も言えなくなった。アリアがいぶかしげにこちらを見てきたとき、はっと息を呑み込んで腕を伸ばした。
「あ、ありがと! お、お椀ちょうだい!」
彼女の返答を聞くことなく、お椀を奪った。
今回の片付け当番は僕だ。
そのままの勢いで、トリオとマチルダさんのお椀も奪って、僕は片付けをすることにした。
お椀を拭いて袋にしまっていたら、右手側と左手側に気配がした。そして僕の両肩にそれぞれ重みが乗った。僕は右を見てから、左を見た。
「良かったな、ユウ」
「良かったわね。アリアちゃんは良い子よ」
右肩にはトリオが乗り、左肩にはマチルダさんの手が置かれていた。
「健全な青春はええのぅ、なあ串刺し女」
「ほんとー。なっついわー。バカ鳥」
一羽と一人は互いに喧嘩を売っているような呼称を呼び合いながら、何故か物凄く和気あいあいとしている。僕の右肩の上と左肩側で。
必然的に会話がそれなりに大きい音量で聞こえる。
ちらりと見ると、アリアはさっきの冊子を下を向いて読んでいる。
「懐かしいって、ワレ、記憶が無いんじゃないのか?」
呆れた口調のトリオに対し、マチルダさんはカラカラと笑う。
「いや、まあそうなんだけど。わたしの美貌なら、きっとキラキラした青春があったと思うの。考えなくても分かるわ」
トリオはため息をつく。
「……その前向きさは尊敬できるわ」
マチルダさんは明るく受ける。
「まあ、あんた見かけが派手な割に、めちゃくちゃ根暗鳥だもんねー」
「そんな変な鳥の種類みたいに言うな!」
「根暗なのは否定しないのね。でも、あんたに尊敬されるなんて驚きよね。反動でこの後、雷でも落とすの?」
「嫌味じゃし、落とさんわ! 謝れぃ!」
いつものようにじゃれあう喧嘩を始めた一羽と一人に挟まれている中、僕はそろそろ我慢できなくなった。
「うるさい!」
一羽と一人はキャイキャイ言いながら左右に散っていった。
アリアは俯いて冊子を読んでいた。
閑話3終了です。
次は閑話4の予定です。
次は閑話4の予定です。