6.(2)
そのまましばらく歩いていたら、ほどなくハヅに着いた。
村の門はあいているようだった。
「ここがハヅねー」
入口をマチルダさんが覗き込む。トリオは僕の肩に止まった。
「あまり雰囲気は変わらないのぅ。落ち着く」
「へぇ。トリオこういう場所落ち着くんだ。僕はまだまだ新鮮だよ」
ハヅは森と同居しているような村だった。小さな畑はいくつかあるし、家畜小屋も目に入る。でも、それらやそこに住んでいる人たちよりも森の木々の存在の方が大きい。こちらを見下ろしているように感じる。
旅に出るまで、森の中とか、こういう雰囲気の場所には縁がない。
落ち着くというトリオとは違い、同じ「村」枠でも、僕の故郷とは全く違う雰囲気に圧倒された。
トリオはゆるゆると言う。
「まあ、ユウと違って田舎出身じゃからな。ワシの所は薬草畑ばかりで風景は全然違うんじゃが」
「え? ウヅキ村、田舎だと思うけど」
率直な気持ちを言うと、トリオが呆れたように言う。
「……首都に日帰りで往復できる場所が田舎の訳ないじゃろ。ここまでどれだけかかったと思っちょるんじゃ」
「まあ、そうだけどさぁ」
「あそこは完全にワシスの文化圏じゃろ。村の主要産物じゃって、完全にワシス向けばかりじゃし、他の村と違うて外部の人間の出入りもそこそこあるし」
ウヅキ村に数日間いただけとは思えないトリオに首を傾げる。
「随分詳しいね。昔も来たの?」
トリオはため息をつく。
「……親御さんと一緒の時に話したんじゃが――」
彼が何か言いかけた時、マチルダさんがキャッキャ騒ぎ始めた。
「何だか村中きれいよ!」
「私にはそんなきれいな場所で笑顔のマチルダさんがとても光り輝いて見える!」
「やーねー。アリアちゃんったら。真実とは言え、アリアちゃんもとっても可愛いから大好きー」
はしゃぐマチルダさんにいつものようにべったりのアリアがいる。
元気なことで。
「人も多いよね。何かあるのかな?」
僕が見渡した感じ、村の規模の割に結構な人数が外に出ていた。今まで通ってきた町や村の中で、ここまでの密度で人がいるのはフミの町の繁華街くらいだった。
村中に、金銀に輝く布や花が飾られている。そんなに数は多くない家々の扉にも、植物のツルで編んだ輪が、キラキラと光る飾りと共に掛けられている。
日中だから、まだ灯りはついていないけどヒカリゴケのランプも溢れている。今、こんなにきれいなんだから、夜はさぞや見ものなんだろう。
僕の肩の上でトリオが言う。
「そういえば前も同じ季節に来たんじゃが、祭りをやっちょったのぉ。飾りは違うやつだったとは思うんじゃが」
「へえ。でも、まだ始まってないみたいだね」
外にいる人達は飾りを更に取り付けていたり、何か大きいものを運んでいたり。準備をしているようだ。
「丁度いいわね。祭といえば何かあるのがお決まりよ!」
マチルダさんは、短槍をぐっと握りしめた。
その何かは、祭って訳じゃないんだよね……。
「にしても、ここ、そんなに冒険者が訪れるようには思えませんけど、宿屋あるんですかね?」
「昔は、たまたま助けたお宅の家に泊まらせてもろうたな」
遠くから、僕らをもの珍しそうに見ている視線を気にしながら、僕は言った。思ったよりも人は多い気がするんだけど、冒険者みたいな格好の人はいない。マチルダさんはぐるりと周りを見回した。
「泊まらせてもらえる場所はあるはずよ。神殿の管理をしているなら、完全なる自給自足という訳でもないでしょうし。聞いてみれば分かるわ」
そう言って、マチルダさんは人を一人呼び止めて、宿屋の場所を聞いた。その人は軽く首を振り、宿屋は満室だろうと言った。
「今日はお祭りだからね。帰省組が泊まっているんじゃないかな。長老様の家なら、外部の人の受け入れをしてくれると思うよ」
その人は長老の家の場所を教えてくれた。僕たちは礼を言い、長老さんの家を探した。途中にあった宿屋に念のため確認したが、確かに満室とのこと。道をそのまま進んで一番大きくて一番古い家を見つけた。どうやら、これが長老さんの家のようだ。
「すいませーん」
ノックをしたら、扉がゆっくりと開かれた。そこに立っているのは、両親よりはもうちょっと年上の女の人。女の人は首を傾げる。
「あら、あなた達は……」
人間の姿の成人であるマチルダさんが代表してお願いすることにした。
「申し訳ありません、わたしたち、旅の者なんですけど、一晩過ごすところを探してます。祭りで宿屋が満室でして、長老様のお宅なら可能かもしれないと伺いまして」
「あら、旅人さんですか。いいですよ。こんな何もないところで宜しければ、離れをお使いください。お祭りですしね。お代はいりませんよ」
「いえ、とんでもない。払わせてください」
払う、いらないの問答は続いたが、長老のお宅では結局お代を受け取ってくれなかった。マチルダさんは弱ったように頬をかく。
この人は業突張り貯金箱女と言われる程度にはお金の出入りに潔癖なのだ。
僕は連れて行かれた離れの部屋の窓から外を眺めた。この建物は長老のお宅の道沿いの庭にある。
窓から見えるのは飾り付けをしている人や、大きなセットを組んでる人。みんな、楽しそうに準備をしている。
僕の村の祭りはここまでちゃんとしたものはやらないので、物凄く新鮮だ。ワシスの大きな祭りに親が連れて行ってくれたことを思い出した。あれもまた雰囲気が違うけど、面白かったなぁ。
そして僕の横ではアリアが背中のリュックサックを下ろしていた。小さめの赤いポシェットはそのままだけど。
このポシェットの中は、魔法薬や火薬諸々でいっぱいだった。リュックにも詰まっているらしいし、圧縮の魔法をかけた状態でしまっているらしいから、全容はどんなものなのか計り知れない。ここまでの旅路、随分助けられたっけ。
「今日、お祭なんですよね。どんなお祭なんですか?」
マチルダさんが女の人に聞いた。女の人は軽く頷く。
「ええ。大魔法使いニルレン様のお祭ですよ。村では神事も多いんですが、神と同じ力を得たニルレン様も同じように讃えます。今日が一年で一番のお祭ですね」
女の人は笑顔で答えた。
「ニルレンですか?」
今まで、僕の肩で話を流してたトリオは女の人をじっと見て、アリアは俯いた。マチルダさんはちらりと僕の右肩を見た後に、女の人に続きを尋ねた。
「ええ。話によりますと、ニルレン様とその仲間のトリオルース様がコヨミ神殿にいらしたのは二百一年前の今日の日のようですからね。古くからコヨミ神殿の管理をしている私達は、年に一回、二百一年前からずっと祝っているんです。ニルレン様がマグスを倒した時の野外劇をするんですよ」
飾りつけも凄かったし、一番大きい祭なんて何だか楽しそうな雰囲気だ。これは外部の人間も参加できるのだろうか。多分唯一ニルレンとは関わりのない僕は、呑気にちょっとワクワクしていた。
そんなとき。
「……ニルレンは神じゃない」
トリオがぽつりと言った。
多分聞かせる気のないひとりごとだったんだろうけど、ちょうど話の切れ目だったから周囲にも聞こえた。僕の横でアリアが息を吐く音が聞こえた。
村の門はあいているようだった。
「ここがハヅねー」
入口をマチルダさんが覗き込む。トリオは僕の肩に止まった。
「あまり雰囲気は変わらないのぅ。落ち着く」
「へぇ。トリオこういう場所落ち着くんだ。僕はまだまだ新鮮だよ」
ハヅは森と同居しているような村だった。小さな畑はいくつかあるし、家畜小屋も目に入る。でも、それらやそこに住んでいる人たちよりも森の木々の存在の方が大きい。こちらを見下ろしているように感じる。
旅に出るまで、森の中とか、こういう雰囲気の場所には縁がない。
落ち着くというトリオとは違い、同じ「村」枠でも、僕の故郷とは全く違う雰囲気に圧倒された。
トリオはゆるゆると言う。
「まあ、ユウと違って田舎出身じゃからな。ワシの所は薬草畑ばかりで風景は全然違うんじゃが」
「え? ウヅキ村、田舎だと思うけど」
率直な気持ちを言うと、トリオが呆れたように言う。
「……首都に日帰りで往復できる場所が田舎の訳ないじゃろ。ここまでどれだけかかったと思っちょるんじゃ」
「まあ、そうだけどさぁ」
「あそこは完全にワシスの文化圏じゃろ。村の主要産物じゃって、完全にワシス向けばかりじゃし、他の村と違うて外部の人間の出入りもそこそこあるし」
ウヅキ村に数日間いただけとは思えないトリオに首を傾げる。
「随分詳しいね。昔も来たの?」
トリオはため息をつく。
「……親御さんと一緒の時に話したんじゃが――」
彼が何か言いかけた時、マチルダさんがキャッキャ騒ぎ始めた。
「何だか村中きれいよ!」
「私にはそんなきれいな場所で笑顔のマチルダさんがとても光り輝いて見える!」
「やーねー。アリアちゃんったら。真実とは言え、アリアちゃんもとっても可愛いから大好きー」
はしゃぐマチルダさんにいつものようにべったりのアリアがいる。
元気なことで。
「人も多いよね。何かあるのかな?」
僕が見渡した感じ、村の規模の割に結構な人数が外に出ていた。今まで通ってきた町や村の中で、ここまでの密度で人がいるのはフミの町の繁華街くらいだった。
村中に、金銀に輝く布や花が飾られている。そんなに数は多くない家々の扉にも、植物のツルで編んだ輪が、キラキラと光る飾りと共に掛けられている。
日中だから、まだ灯りはついていないけどヒカリゴケのランプも溢れている。今、こんなにきれいなんだから、夜はさぞや見ものなんだろう。
僕の肩の上でトリオが言う。
「そういえば前も同じ季節に来たんじゃが、祭りをやっちょったのぉ。飾りは違うやつだったとは思うんじゃが」
「へえ。でも、まだ始まってないみたいだね」
外にいる人達は飾りを更に取り付けていたり、何か大きいものを運んでいたり。準備をしているようだ。
「丁度いいわね。祭といえば何かあるのがお決まりよ!」
マチルダさんは、短槍をぐっと握りしめた。
その何かは、祭って訳じゃないんだよね……。
「にしても、ここ、そんなに冒険者が訪れるようには思えませんけど、宿屋あるんですかね?」
「昔は、たまたま助けたお宅の家に泊まらせてもろうたな」
遠くから、僕らをもの珍しそうに見ている視線を気にしながら、僕は言った。思ったよりも人は多い気がするんだけど、冒険者みたいな格好の人はいない。マチルダさんはぐるりと周りを見回した。
「泊まらせてもらえる場所はあるはずよ。神殿の管理をしているなら、完全なる自給自足という訳でもないでしょうし。聞いてみれば分かるわ」
そう言って、マチルダさんは人を一人呼び止めて、宿屋の場所を聞いた。その人は軽く首を振り、宿屋は満室だろうと言った。
「今日はお祭りだからね。帰省組が泊まっているんじゃないかな。長老様の家なら、外部の人の受け入れをしてくれると思うよ」
その人は長老の家の場所を教えてくれた。僕たちは礼を言い、長老さんの家を探した。途中にあった宿屋に念のため確認したが、確かに満室とのこと。道をそのまま進んで一番大きくて一番古い家を見つけた。どうやら、これが長老さんの家のようだ。
「すいませーん」
ノックをしたら、扉がゆっくりと開かれた。そこに立っているのは、両親よりはもうちょっと年上の女の人。女の人は首を傾げる。
「あら、あなた達は……」
人間の姿の成人であるマチルダさんが代表してお願いすることにした。
「申し訳ありません、わたしたち、旅の者なんですけど、一晩過ごすところを探してます。祭りで宿屋が満室でして、長老様のお宅なら可能かもしれないと伺いまして」
「あら、旅人さんですか。いいですよ。こんな何もないところで宜しければ、離れをお使いください。お祭りですしね。お代はいりませんよ」
「いえ、とんでもない。払わせてください」
払う、いらないの問答は続いたが、長老のお宅では結局お代を受け取ってくれなかった。マチルダさんは弱ったように頬をかく。
この人は業突張り貯金箱女と言われる程度にはお金の出入りに潔癖なのだ。
僕は連れて行かれた離れの部屋の窓から外を眺めた。この建物は長老のお宅の道沿いの庭にある。
窓から見えるのは飾り付けをしている人や、大きなセットを組んでる人。みんな、楽しそうに準備をしている。
僕の村の祭りはここまでちゃんとしたものはやらないので、物凄く新鮮だ。ワシスの大きな祭りに親が連れて行ってくれたことを思い出した。あれもまた雰囲気が違うけど、面白かったなぁ。
そして僕の横ではアリアが背中のリュックサックを下ろしていた。小さめの赤いポシェットはそのままだけど。
このポシェットの中は、魔法薬や火薬諸々でいっぱいだった。リュックにも詰まっているらしいし、圧縮の魔法をかけた状態でしまっているらしいから、全容はどんなものなのか計り知れない。ここまでの旅路、随分助けられたっけ。
「今日、お祭なんですよね。どんなお祭なんですか?」
マチルダさんが女の人に聞いた。女の人は軽く頷く。
「ええ。大魔法使いニルレン様のお祭ですよ。村では神事も多いんですが、神と同じ力を得たニルレン様も同じように讃えます。今日が一年で一番のお祭ですね」
女の人は笑顔で答えた。
「ニルレンですか?」
今まで、僕の肩で話を流してたトリオは女の人をじっと見て、アリアは俯いた。マチルダさんはちらりと僕の右肩を見た後に、女の人に続きを尋ねた。
「ええ。話によりますと、ニルレン様とその仲間のトリオルース様がコヨミ神殿にいらしたのは二百一年前の今日の日のようですからね。古くからコヨミ神殿の管理をしている私達は、年に一回、二百一年前からずっと祝っているんです。ニルレン様がマグスを倒した時の野外劇をするんですよ」
飾りつけも凄かったし、一番大きい祭なんて何だか楽しそうな雰囲気だ。これは外部の人間も参加できるのだろうか。多分唯一ニルレンとは関わりのない僕は、呑気にちょっとワクワクしていた。
そんなとき。
「……ニルレンは神じゃない」
トリオがぽつりと言った。
多分聞かせる気のないひとりごとだったんだろうけど、ちょうど話の切れ目だったから周囲にも聞こえた。僕の横でアリアが息を吐く音が聞こえた。