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6.(4)
 タオルと一緒にたらいの中に入っているピンク色の布を、アリアは指差した。ふわふわして、随分軽そうだ。

「祭の衣装なんだってさ。私達にはどうやらこれを着てほしいらしい」

 それを着たアリアを想像した。すっごい可愛いだろう。まあ、彼女はよっぽどの格好をしない限りはすっごく可愛いだろうけど。
 一応僕のもあるが、まあ特筆することはない。

「でも、お祭直前で忙しいわりには、僕達への準備もやけに良かったね。村の宣伝したいとはいえ」

 僕の言葉にアリアは片側の口角をあげた。

「こういう村のお祭りに参加させることは大切なんだよ。外部の人間でもね」
「……祭の生け贄にされるとか?」
「生け贄に三人と一羽は多すぎるでしょ。大体、世界を救ったニルレンに生け贄を捧げて何を願うんだ」

 アリアの言葉はもっともだけど、僕はもう少し考えてみる。

「……トリオをお供えしてみるとか」
「残酷な発想だな」

 アリアはため息を付く。

「この村は外貨を求めて、観光客を呼び込みたいのは本当だよ」

 アリアの言葉に僕は軽く頷き、積み上げられた二つのたらいが落ちないように、手を持ち替えた。僕はトリオの分のたらいも持たされているのだ。鳥が風呂に入っても良いのかは分からないけど、トリオは割と好んではいる。

「あ、ここだ」

 入口が二つついている建物があった。どうやらここらしい。

「男湯じゃ助けてあげられない。お守りはつけたままにするんだよ」

 アリアの言葉に頷いた。
 入口の右側をくぐったアリアとマチルダさんに軽く手を振って、僕とトリオは左側の入口をくぐった。
 なるほど。確かに誰かが入っている気配はない。
 そういうことで、遠慮なく僕は温泉を楽しませてもらうことにした。ウヅキ村の隣のカンナ村には温泉があるから、家族で何回か行ったことはある。小さい時は泳ごうとして叱られた。

 大きいお風呂は気持ちいい。
 ここの温泉はどんなものだろうと思いながら、僕は服を脱いで、念のためお守り袋は身につけておいて、温泉への扉を開けた。僕の隣でトリオは飛んでいる。
 うん。多分、普通の温泉だ。壁に成分と効能も書いてあるので、僕はそれを見た。

「へえ、リウマチ、切り傷……あ、打ち身と筋肉痛にも効くんだ。ここ」
「ちょうどええじゃないか。ユウ。昨日のネジマキおおかみの時にかなり強く打たれとったじゃろ」
「うん。あ、あと魔力回復だってさ。トリオも良かったね。今日はホハムじゃ追いつかなかったし」
「じゃのう」

 効能表で何となく幸せ気分になった僕は、たらいにお湯を少し汲み、トリオを中に入れた。普通の湯船だと、沈みそうだからね。それから、軽く体を流し、僕自身も湯船に入った。これはいい。思いっきり体が伸ばせる。

「結構大きいね。いいね。観光地になりそう」
「あの長老は観光客を呼び込みたいようじゃったな。じゃが、他の村や町から離れ過ぎちょる気がするのぅ。冒険者向けの施設もないし」
「確かに」

 苦笑した後、僕が身体を伸ばしていると、トリオはぽつりと言った。

「建物は変わっちょるけど、まさかまたこの温泉につかるとは思ってなかった。あのときはゆっくり入れんかったし、出来れば人間の姿で入りたいところじゃが、まあそれでもええ機会じゃな」

 こんな広い温泉なのにくつろげなかったとは。僕は驚いた。

「えー、もったいないな。やっぱり魔王がいるときはそんなことしてられない感じ?」
「いや、あの時はニルレンと少し揉めちょったから、温泉どころじゃなかった。他に任せるとしても、落ち着けんし、かなり急いで上がって宥めちょった」

 何だ。ただの痴話げんかか。充実してるな。
 僕は、猫と猿に宥められつつ、鳥に向かって拗ねている若いマチルダさんを想像した。うん、想像できない。

「へえ、ニルレンと喧嘩するんだ」
「まあ、一緒におった期間は長いからの。色々あるわ」
「どのくらいだっけ?」
「出会ってから七年目に差し掛かる前じゃったの。別に、旅に出るまでは常に一緒におった訳ではないけどな。仕事もあったし」

 旅に出てからは常に一緒だった訳ね。仲がよろしいことで。しかし、要は六年前ね。トリオが十九歳。ニルレンが十四歳。ニルレンは当時は僕よりも若いのか。

「……ちなみに、いつから付き合ってたの?」

 内容次第ではトリオへの態度を考え直そうと思う質問をしてみた。温泉で、僕もすっかり気が緩んでいる。

「はあ?」

 トリオの声が浴室に響き渡る。

「一応言っちょくが、ワシはユウに、ニルレンとそういう仲だと言ったことは一回もないぞ」
「え、身内でも彼女でも妻でもない女の人と同棲するのおかしくない? 何そのただれた関係。エロいやつ?」

 そうか、二人は十五歳には実にハードルの高そうな関係だったのか。難易度が高い。
 即座にトリオが言う。

「んな訳あるか! 一緒に住む前にきちんとしたわ!」
「じゃあいいじゃん。面倒くさいな。つまり、魔王倒してからで、結構最近なんだね」
「まあ、出会った時が子供じゃし、全くそういう対象として見てなかったと言うか。……そもそもいい大人が十代をそういう対象とするのはおかしくないか?」

 その真剣な物言いに、ここ最近はすっかりなくなったけど、出会って一日くらいのマチルダさんに対するトリオの牽制を思い出した。
 僕は笑った。

「トリオって、何か本当にそういうところがもの凄く真面目な善人だよね」

 言い訳するようにまくし立てるトリオを見て、僕は彼を信用することにした。

「バカにしちょるんか!」
「いや、理性的だなぁと。さすが二十代半ば。まともな倫理観の大人」

 僕はうんうんと頷いた。
 でも、一緒に住んだのって、確か一ヶ月未満だよね? 彼女も同棲も経験がないから想像でしかないけど、きっと一番盛り上がっているときだろうに。お気の毒。
 人様の恋路を勝手に悲観しながら、僕は上を向いた。天井は結構高かった。
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