8.(1)
僕は部屋から廊下に出て、隣の部屋の扉をノックした。背後にはアルバートさんが立っている。
さっきまでいた僕とトリオの宿泊部屋は、アルバートさんの力で近付けないようにしていた。でも、もうそれは解除されているとのこと。その辺の感覚は、排除対象ではない僕にはよく分からない。とはいえ、そろそろトリオを迎えに行こうと思った。
今鳥とは言え、元々は一応二十五歳男性だというトリオは、さすがに女性二人の部屋ずっといるのも気まずいだろうし、何よりもトリオには色々相談したいことが増えた。
「待って! あける!」
扉を叩いた直後にアリアの声が聞こえ、その返事の通りにすぐに扉は開いた。
「ユウ! 大丈夫? 平気?」
扉を開けてくれたアリアは、少し息が切れていた。
目を潤ませてこちらを見つめる。人形のように愛らしい彼女の頬は、いつもピンク色で可愛い。
「心配かけて、ごめん」
僕がそう言うと、アリアは俯いた。
「私こそ、私がもう少しちゃんとしていれば良かったから、本当に申し訳ない」
「違うって、僕が分かってるのに、無茶をしたからで」
「いや、ユウがそうしてしまうような原因を私が作ったんだ」
責任の所在について、互いに首と手を横に振りながら主張し合っていると、ふわっとした黄緑色がにゅっと僕とアリアの間に入ってきた。
「そげに入り口で首を振り合ってどうする。具合の悪いオウムか?」
「ねー、あんたのその姿で言うって、何? ツッコミまち?」
トリオとアリアの向こうから、冷めた声が聞こえてくる。
うん、やっぱりそこをためらいなくツッコんでくれるのはマチルダさんだよね。扉の向こうで立ち上がったマチルダさんを見た。
黄色いくちばしの形が前にとがってたり、赤いちょんまげみたいな羽根がはえているところは違うけど、似ている鳥類は何かというとオウムだと思われるトリオ。
「はっ、身体を張って空気を変えてやったんじゃ。ありがたく思え」
本当にツッコミまちだったようだ。
勝ち誇った顔で、トリオは僕の右肩に留まり、僕の後ろを見た。トリオはアルバートさんの方へ身体を向けた。
「先ほどは挨拶も碌にせずに、申し訳ありません。ユウを戻してくれて、本当に有り難うございます」
僕の右耳の横にあった赤いちょんまげみたいな羽根が、ふわっと下へ降りた。トリオはアルバートさんに頭を下げた。
「いや、なに。大したことではない」
アルバートさんは首を横に振った。
「貴方にとって大したことがなくても、私や仲間にとってはユウはかけがえのない存在です。それを戻してくださった貴方には感謝しかないです」
マチルダさんも小走りでこちらに近寄ってきた。
「わたしからも! ユウ君を助けてくれて、本当にありがとうございます。さっきあんな風に倒れてしまったから本当に心配で、それを短時間でここまで自分で来れるようにしていただけるなんて、感謝の言葉もないです。ありがとうございます」
アルバートさんは再び気にしないように言ったが、大人一人と一羽はしばらく頭を上げなかった。
このまま入り口でやりとりしてはなんだと、アリアが声をかけ、廊下を挟んで反対側の居間へ僕らを誘導した。マチルダさんは何本か飲み物を持って出た。
「ユウ君、ほら、甘いもの飲んで。栄養取って」
椅子に座ると、真っ先にマチルダさんは僕に飲み物を勧めた。僕の目の前には、コップになみなみのオレンジジュースと、レモネードの瓶が置かれた。
「さっぱりしたのと、しゅわっとしたのがあるわよ」
「ありがとうございます。じゃあさっぱりした方」
とりあえず封が開いてるオレンジジュースを飲んだ。うん、甘すぎなくてさっぱりする。アリアは目を大きくしながら、僕のコップを見つめていた。
トリオは僕の前のテーブルの右側にちょこんと座っていた。
「ユウは身体の調子はどんな感じなんじゃ?」
「もう夜だし、明日は早起きできないけど、半日あれば充分だよ」
「そうね。わたし達もそんなに早く起きられないし、久々の宿泊なんだし、明日はゆっくり休んであさっていきましょーよ。多分、あんたが一番急いでいると思うけど、いいでしょ?」
僕の向かいに座っていたマチルダさんはトリオに聞いた。トリオは頷いた。
「当然じゃ。身体が資本じゃからな」
「じゃ、決っま――」
「ちょっと待って」
明るく言うマチルダさんの言葉と上に掲げた握り拳の動きを止めたのはアリアだ。マチルダさんは息を飲み込んだ。トリオはそっぽを向いた。
「ユウ、今回のことは正直私の見立てが悪かった。ここから先はどうなるか分からない。君は来ない方がいいと思う」
先ほど、アルバートさんと会話してから、来るんじゃないかと思ったその言葉。彼女は無表情で、真っ直ぐに僕を見ていた。僕は首を振った。
「行くよ。対処は僕だって考えている。丸腰で行く気はない」
「君の手に負える問題じゃない」
「僕の手に負えなくてもアルバートさんがいるよ。さっきお願いした」
「アルバート!」
アリアはアルバートさんを睨んだ。アルバートさんは首をすくめる。
「儂も止めましたよ。でも、本人の決断を揺るがすことが出来ないのだったら、儂はそれに協力しますよ。それに、彼は我々が積み重ねた中で一番の想定外だ。存在に意味がある」
「それは分かっている。でも、だからってユウに何かあったら、私は後悔のしようがない。だったら、規模を狭めてもユウの安全の確保をしたい。そちらのが危険は減らせるはずだ」
それに反論しようとした時、僕の右前から声が上がった。
「それ、安全策と見えて、却って危険になるんじゃないかのう?」
トリオだった。
さっきまでいた僕とトリオの宿泊部屋は、アルバートさんの力で近付けないようにしていた。でも、もうそれは解除されているとのこと。その辺の感覚は、排除対象ではない僕にはよく分からない。とはいえ、そろそろトリオを迎えに行こうと思った。
今鳥とは言え、元々は一応二十五歳男性だというトリオは、さすがに女性二人の部屋ずっといるのも気まずいだろうし、何よりもトリオには色々相談したいことが増えた。
「待って! あける!」
扉を叩いた直後にアリアの声が聞こえ、その返事の通りにすぐに扉は開いた。
「ユウ! 大丈夫? 平気?」
扉を開けてくれたアリアは、少し息が切れていた。
目を潤ませてこちらを見つめる。人形のように愛らしい彼女の頬は、いつもピンク色で可愛い。
「心配かけて、ごめん」
僕がそう言うと、アリアは俯いた。
「私こそ、私がもう少しちゃんとしていれば良かったから、本当に申し訳ない」
「違うって、僕が分かってるのに、無茶をしたからで」
「いや、ユウがそうしてしまうような原因を私が作ったんだ」
責任の所在について、互いに首と手を横に振りながら主張し合っていると、ふわっとした黄緑色がにゅっと僕とアリアの間に入ってきた。
「そげに入り口で首を振り合ってどうする。具合の悪いオウムか?」
「ねー、あんたのその姿で言うって、何? ツッコミまち?」
トリオとアリアの向こうから、冷めた声が聞こえてくる。
うん、やっぱりそこをためらいなくツッコんでくれるのはマチルダさんだよね。扉の向こうで立ち上がったマチルダさんを見た。
黄色いくちばしの形が前にとがってたり、赤いちょんまげみたいな羽根がはえているところは違うけど、似ている鳥類は何かというとオウムだと思われるトリオ。
「はっ、身体を張って空気を変えてやったんじゃ。ありがたく思え」
本当にツッコミまちだったようだ。
勝ち誇った顔で、トリオは僕の右肩に留まり、僕の後ろを見た。トリオはアルバートさんの方へ身体を向けた。
「先ほどは挨拶も碌にせずに、申し訳ありません。ユウを戻してくれて、本当に有り難うございます」
僕の右耳の横にあった赤いちょんまげみたいな羽根が、ふわっと下へ降りた。トリオはアルバートさんに頭を下げた。
「いや、なに。大したことではない」
アルバートさんは首を横に振った。
「貴方にとって大したことがなくても、私や仲間にとってはユウはかけがえのない存在です。それを戻してくださった貴方には感謝しかないです」
マチルダさんも小走りでこちらに近寄ってきた。
「わたしからも! ユウ君を助けてくれて、本当にありがとうございます。さっきあんな風に倒れてしまったから本当に心配で、それを短時間でここまで自分で来れるようにしていただけるなんて、感謝の言葉もないです。ありがとうございます」
アルバートさんは再び気にしないように言ったが、大人一人と一羽はしばらく頭を上げなかった。
このまま入り口でやりとりしてはなんだと、アリアが声をかけ、廊下を挟んで反対側の居間へ僕らを誘導した。マチルダさんは何本か飲み物を持って出た。
「ユウ君、ほら、甘いもの飲んで。栄養取って」
椅子に座ると、真っ先にマチルダさんは僕に飲み物を勧めた。僕の目の前には、コップになみなみのオレンジジュースと、レモネードの瓶が置かれた。
「さっぱりしたのと、しゅわっとしたのがあるわよ」
「ありがとうございます。じゃあさっぱりした方」
とりあえず封が開いてるオレンジジュースを飲んだ。うん、甘すぎなくてさっぱりする。アリアは目を大きくしながら、僕のコップを見つめていた。
トリオは僕の前のテーブルの右側にちょこんと座っていた。
「ユウは身体の調子はどんな感じなんじゃ?」
「もう夜だし、明日は早起きできないけど、半日あれば充分だよ」
「そうね。わたし達もそんなに早く起きられないし、久々の宿泊なんだし、明日はゆっくり休んであさっていきましょーよ。多分、あんたが一番急いでいると思うけど、いいでしょ?」
僕の向かいに座っていたマチルダさんはトリオに聞いた。トリオは頷いた。
「当然じゃ。身体が資本じゃからな」
「じゃ、決っま――」
「ちょっと待って」
明るく言うマチルダさんの言葉と上に掲げた握り拳の動きを止めたのはアリアだ。マチルダさんは息を飲み込んだ。トリオはそっぽを向いた。
「ユウ、今回のことは正直私の見立てが悪かった。ここから先はどうなるか分からない。君は来ない方がいいと思う」
先ほど、アルバートさんと会話してから、来るんじゃないかと思ったその言葉。彼女は無表情で、真っ直ぐに僕を見ていた。僕は首を振った。
「行くよ。対処は僕だって考えている。丸腰で行く気はない」
「君の手に負える問題じゃない」
「僕の手に負えなくてもアルバートさんがいるよ。さっきお願いした」
「アルバート!」
アリアはアルバートさんを睨んだ。アルバートさんは首をすくめる。
「儂も止めましたよ。でも、本人の決断を揺るがすことが出来ないのだったら、儂はそれに協力しますよ。それに、彼は我々が積み重ねた中で一番の想定外だ。存在に意味がある」
「それは分かっている。でも、だからってユウに何かあったら、私は後悔のしようがない。だったら、規模を狭めてもユウの安全の確保をしたい。そちらのが危険は減らせるはずだ」
それに反論しようとした時、僕の右前から声が上がった。
「それ、安全策と見えて、却って危険になるんじゃないかのう?」
トリオだった。