9.(6)
どんどん現れる強力な魔物を、杖を振っただけでなぎ倒していくアルバートさん。
神官がこういう魔法を使えるとは知らなかった。さすが元魔王。凄いな元魔王。魔王の時の力を受け継いでいるアルバートさんは物凄く強い。
魔物が見える以外は平坦できれいに舗装された道を僕たちは進んだ。
魔物が落ち着いた時、ようやく周りを見渡す余裕ができた。
道の周りに小さな花を満開にさせた高さの低い木々が並んでいる。白とピンクと二種類あるようだ。
「それにしても、お祭りの時期に花盛りで素敵ね」
魔物との戦いのせいで吹く風のせいなんだけど、ふわりと舞い上がる花びらは結構幻想的だ。
「パンフレットにも載ってましたよ。この辺でしか咲かない花の木を道を整備する時に神殿への道に植えたって」
「へぇ、いいわねぇ」
長老直々に渡されたこともあり、一応その場でさらっとは目にはしていた。これでパンフレットも少しは役立ったといえるかな。
僕の肩で、トリオは花を見上げる。
「この花は見覚えはあるんじゃが、昔は獣道じゃったから、まるで違うのぅ」
「国から支援を受けることができたため、その金でここまで整備できた。職員の通り道であるし、この道を荒廃させたくなかったからな」
アルバートさんの話にトリオは頷いた。
マチルダさんは木の側でしゃがんで、花の付いた枝を拾った。
「これで、魔物がいなかったら完璧よね。ねぇ、アリアちゃん、ちょっとこれ、髪に挿してみましょうよ」
一昨日のお祭り以降、マチルダさんはアリアの髪に手を入れるのにハマり始めたらしい。昨日は朝と夜で髪型が変わっていた。温泉帰りのアリアは可愛かったけど、うんざりはしていた。
「嫌だ。朝の分は髪型はいじってるじゃないか」
アリアは首を振って拒否しているが、マチルダさんは全く気にせずにアリアの後頭部を狙う。
「挿すだけ。ほら絶対可愛いから」
言いながらマチルダさんは花の枝をアリアのお団子に挿した。アリアが嫌がって首をふると花びらが舞い散る。
顔はしかめているけど、美少女と周りを舞う花びらは絵にはなる。可愛い。
この子の本当の姿はどんななんだろう。
僕はそれを見ることは出来るのだろうか。
セアラの姿の美少女ぶりを見るごとに、そんな思いが積み重なっていく。もう天井なんて見えなさそうだ。
そんな僕の隣で、トリオは呟く。
「しかし、やってること変わらんな」
「え?」
「昔も髪をいじって喜んじょった。嫌がっちょった。やっぱり同じなんじゃな」
心なしか、トリオの話し方は数日前よりは柔らかい。
彼が大変な状況なのは分かっているけど、僕が知らない彼女をよく知っているのは羨ましい。
そう思っているとマチルダさんに話しかけられた。
「ほらユウ君、アリアちゃん可愛いでしょ」
「あ、はい。とても可愛いです」
とっさに聞かれたので何も考えずに素直にそのまま飛び出てきた言葉を聞いた後、アリアは目を見開き、口をぽかんと開けた。
その様子を見て、言葉の意味を考えた。良く考えたら、うまれて初めて女の子に可愛いと言った気がする。
それに気がついて「あ」と言葉に出したけど、何も続けることは出来なかった。アリアはぷいっとこちらとは反対側を向き、アルバートさんの腕にしがみついた。
「……狙ったんか?」
耳元でそう問いかけられたけど、僕は何も答えることが出来なかった。
「そういうのは後で二人でいる時言った方が効果的じゃぞ」
トリオはぽつりと呟いた後、溜息をついた。
ハヅから通える距離と言うことで、ほどなく大きな建物が見えてきた。本当に、あまりにも魔物が不釣り合いすぎた。これ、魔物がいなければ疲れなかったんだろうな。
「あれが、コヨミ神殿だ」
アルバートさんが杖で目的地を指し示す。神殿の周りは新しそうな塀で囲まれているが、今歩いている道はそのまままっすぐ門へとと続いている。
門に隣接されている小さな建物に、アルバートさんは一人入った。
マチルダさんがアリアの髪に挿した枝を抜いて、また何やらやり終わった時、アルバートさんは出てきた。
「入館証だ。権限を付与してきたから、儂がいれば全ての場所に入ることが出来るし、見咎められはしない。とはいえ単独では不審に思われる可能性はあるから、はぐれないでくれたまえ」
手には四枚の紐付きの名札がある。アルバートさんは僕たちに一枚ずつ渡していき、トリオについては少し首をひねっていた。
「出るときは必要だが……。今つけても違和感があるな。とりあえず儂が持っておこう」
入館証を見ると、僕の名前の他に、『管理者:アルバート管長』と書いてある。
……管長。受験のときに、その単語は出てきたような。頭の中の参考書を必死でめくる。
宗教団体の取り纏めだっけ。
「え、アルバートさんってここの総まとめしている人なんですか?」
「そうだな。本殿を修復する際に推戴された。修復のためになったようなものだな」
アルバートさんは軽く言う。
国に出資を求める活動をするから、偉い人なんだろうなとは思っていた。でも、世界を救うための神殿の一番偉い人が、かつて世界を滅ぼそうとした元魔王をやっていたというのも、なかなか訳が分からない。僕はぶんぶんと首を横に振った。
入館証を首にかけて門をくぐると、神殿の全貌が見えた。何本もの太い柱と、その上に大きな屋根がある。一本一本大きな石を使って作ったのか、切れ目は見えない。柱や壁に何かを塗った跡があちらこちらにはあるけど。
「まず、君たちの存在感を少し減らす。今日客人がくる話はしているが、大人数で通常時の場所と違う場所を歩くのは職員達も不安に思うからな」
アルバートさんは一人ずつ僕の頭を叩いた。頭がひんやりとする。
そのまま、アルバートさんに導かれるまま、僕たちは神殿の中へと入った。同じ制服を着た神職の人が歩いている。アルバートさんを確認すると、次々と頭を下げていく。
僕達のことも気付いてはいるようなので、大人しくした。
「中も凄いんですね。こんなの初めて見ました」
神職の人のお辞儀が落ち着いてから、僕は柱から天井までを何回も見渡した。今まで建築には全く興味がなかったけど、それでもこの建物の凄さは分かる。
少し奥には祭壇があった。何人かの神職の人が祈りを捧げている。
そんな僕にアルバートさんは説明してくれた。
「神話の時代の建築様式だ。修復作業はやっているが、建物自体はかつてのままだ」
「昔は風が強い日に来て、隙間風が寒う感じたんじゃが、今はそんなことはないみたいじゃな。ありがたい」
トリオは僕の左肩にとまったまま、左の翼を伸ばした。翼は特に動いていない。アルバートさんは頷いた。
「人が働くために、強大な力に建物が破壊されないように、資金を集めた。建物を補強することは最優先で行った。さあ、こちらに来てくれ」
アルバートさんは祭壇の横にある道に向かった。カーテンが吊り下げられていて、アルバートさんがあけるとそこは用具置き場のようだった。
「この奥は儂以外は原則立ち入り禁止だ。その入館証は力をこめている。それをかかげてくれ」
僕らは言われるがままに、アルバートさんと同じ動作をした。ほうきの向こうに明かりが灯り、扉が見えた。
扉にも何かあるかと思ったけど、すんなりと通ることができた。トリオは僕の左肩に止まっていた。
その先には下り階段がある。アルバートさんは右手をあげ、階段の先を照らした。
とは言っても足元は暗い。僕は壁を触りつつ、足元を何回も確認しながら、階段を降りていった。僕の側をトリオは飛んでいる。
「ユウ、気ぃつけろよ」
「トリオはこういうときは便利だよなぁ」
「そうは言うても、歩くよりも遙かに疲れるけどのぅ」
そうして降りきると、目の前にはいくらか広い空間があった。もともと光源があるのか、そこはアルバートさんが照らさずとも、ぼんやりと明るい。壁の石の模様が判別できる。
「……懐かしいのぅ」
僕の左肩にとまったトリオがぽつりと言った。
「つまりここが?」
「ああ、コヨミ神殿の中核。儂が今まで守ってきた場所。創造神へ祈りを捧げる場所だ」
アルバートさんはゆっくりと言った。
神官がこういう魔法を使えるとは知らなかった。さすが元魔王。凄いな元魔王。魔王の時の力を受け継いでいるアルバートさんは物凄く強い。
魔物が見える以外は平坦できれいに舗装された道を僕たちは進んだ。
魔物が落ち着いた時、ようやく周りを見渡す余裕ができた。
道の周りに小さな花を満開にさせた高さの低い木々が並んでいる。白とピンクと二種類あるようだ。
「それにしても、お祭りの時期に花盛りで素敵ね」
魔物との戦いのせいで吹く風のせいなんだけど、ふわりと舞い上がる花びらは結構幻想的だ。
「パンフレットにも載ってましたよ。この辺でしか咲かない花の木を道を整備する時に神殿への道に植えたって」
「へぇ、いいわねぇ」
長老直々に渡されたこともあり、一応その場でさらっとは目にはしていた。これでパンフレットも少しは役立ったといえるかな。
僕の肩で、トリオは花を見上げる。
「この花は見覚えはあるんじゃが、昔は獣道じゃったから、まるで違うのぅ」
「国から支援を受けることができたため、その金でここまで整備できた。職員の通り道であるし、この道を荒廃させたくなかったからな」
アルバートさんの話にトリオは頷いた。
マチルダさんは木の側でしゃがんで、花の付いた枝を拾った。
「これで、魔物がいなかったら完璧よね。ねぇ、アリアちゃん、ちょっとこれ、髪に挿してみましょうよ」
一昨日のお祭り以降、マチルダさんはアリアの髪に手を入れるのにハマり始めたらしい。昨日は朝と夜で髪型が変わっていた。温泉帰りのアリアは可愛かったけど、うんざりはしていた。
「嫌だ。朝の分は髪型はいじってるじゃないか」
アリアは首を振って拒否しているが、マチルダさんは全く気にせずにアリアの後頭部を狙う。
「挿すだけ。ほら絶対可愛いから」
言いながらマチルダさんは花の枝をアリアのお団子に挿した。アリアが嫌がって首をふると花びらが舞い散る。
顔はしかめているけど、美少女と周りを舞う花びらは絵にはなる。可愛い。
この子の本当の姿はどんななんだろう。
僕はそれを見ることは出来るのだろうか。
セアラの姿の美少女ぶりを見るごとに、そんな思いが積み重なっていく。もう天井なんて見えなさそうだ。
そんな僕の隣で、トリオは呟く。
「しかし、やってること変わらんな」
「え?」
「昔も髪をいじって喜んじょった。嫌がっちょった。やっぱり同じなんじゃな」
心なしか、トリオの話し方は数日前よりは柔らかい。
彼が大変な状況なのは分かっているけど、僕が知らない彼女をよく知っているのは羨ましい。
そう思っているとマチルダさんに話しかけられた。
「ほらユウ君、アリアちゃん可愛いでしょ」
「あ、はい。とても可愛いです」
とっさに聞かれたので何も考えずに素直にそのまま飛び出てきた言葉を聞いた後、アリアは目を見開き、口をぽかんと開けた。
その様子を見て、言葉の意味を考えた。良く考えたら、うまれて初めて女の子に可愛いと言った気がする。
それに気がついて「あ」と言葉に出したけど、何も続けることは出来なかった。アリアはぷいっとこちらとは反対側を向き、アルバートさんの腕にしがみついた。
「……狙ったんか?」
耳元でそう問いかけられたけど、僕は何も答えることが出来なかった。
「そういうのは後で二人でいる時言った方が効果的じゃぞ」
トリオはぽつりと呟いた後、溜息をついた。
ハヅから通える距離と言うことで、ほどなく大きな建物が見えてきた。本当に、あまりにも魔物が不釣り合いすぎた。これ、魔物がいなければ疲れなかったんだろうな。
「あれが、コヨミ神殿だ」
アルバートさんが杖で目的地を指し示す。神殿の周りは新しそうな塀で囲まれているが、今歩いている道はそのまままっすぐ門へとと続いている。
門に隣接されている小さな建物に、アルバートさんは一人入った。
マチルダさんがアリアの髪に挿した枝を抜いて、また何やらやり終わった時、アルバートさんは出てきた。
「入館証だ。権限を付与してきたから、儂がいれば全ての場所に入ることが出来るし、見咎められはしない。とはいえ単独では不審に思われる可能性はあるから、はぐれないでくれたまえ」
手には四枚の紐付きの名札がある。アルバートさんは僕たちに一枚ずつ渡していき、トリオについては少し首をひねっていた。
「出るときは必要だが……。今つけても違和感があるな。とりあえず儂が持っておこう」
入館証を見ると、僕の名前の他に、『管理者:アルバート管長』と書いてある。
……管長。受験のときに、その単語は出てきたような。頭の中の参考書を必死でめくる。
宗教団体の取り纏めだっけ。
「え、アルバートさんってここの総まとめしている人なんですか?」
「そうだな。本殿を修復する際に推戴された。修復のためになったようなものだな」
アルバートさんは軽く言う。
国に出資を求める活動をするから、偉い人なんだろうなとは思っていた。でも、世界を救うための神殿の一番偉い人が、かつて世界を滅ぼそうとした元魔王をやっていたというのも、なかなか訳が分からない。僕はぶんぶんと首を横に振った。
入館証を首にかけて門をくぐると、神殿の全貌が見えた。何本もの太い柱と、その上に大きな屋根がある。一本一本大きな石を使って作ったのか、切れ目は見えない。柱や壁に何かを塗った跡があちらこちらにはあるけど。
「まず、君たちの存在感を少し減らす。今日客人がくる話はしているが、大人数で通常時の場所と違う場所を歩くのは職員達も不安に思うからな」
アルバートさんは一人ずつ僕の頭を叩いた。頭がひんやりとする。
そのまま、アルバートさんに導かれるまま、僕たちは神殿の中へと入った。同じ制服を着た神職の人が歩いている。アルバートさんを確認すると、次々と頭を下げていく。
僕達のことも気付いてはいるようなので、大人しくした。
「中も凄いんですね。こんなの初めて見ました」
神職の人のお辞儀が落ち着いてから、僕は柱から天井までを何回も見渡した。今まで建築には全く興味がなかったけど、それでもこの建物の凄さは分かる。
少し奥には祭壇があった。何人かの神職の人が祈りを捧げている。
そんな僕にアルバートさんは説明してくれた。
「神話の時代の建築様式だ。修復作業はやっているが、建物自体はかつてのままだ」
「昔は風が強い日に来て、隙間風が寒う感じたんじゃが、今はそんなことはないみたいじゃな。ありがたい」
トリオは僕の左肩にとまったまま、左の翼を伸ばした。翼は特に動いていない。アルバートさんは頷いた。
「人が働くために、強大な力に建物が破壊されないように、資金を集めた。建物を補強することは最優先で行った。さあ、こちらに来てくれ」
アルバートさんは祭壇の横にある道に向かった。カーテンが吊り下げられていて、アルバートさんがあけるとそこは用具置き場のようだった。
「この奥は儂以外は原則立ち入り禁止だ。その入館証は力をこめている。それをかかげてくれ」
僕らは言われるがままに、アルバートさんと同じ動作をした。ほうきの向こうに明かりが灯り、扉が見えた。
扉にも何かあるかと思ったけど、すんなりと通ることができた。トリオは僕の左肩に止まっていた。
その先には下り階段がある。アルバートさんは右手をあげ、階段の先を照らした。
とは言っても足元は暗い。僕は壁を触りつつ、足元を何回も確認しながら、階段を降りていった。僕の側をトリオは飛んでいる。
「ユウ、気ぃつけろよ」
「トリオはこういうときは便利だよなぁ」
「そうは言うても、歩くよりも遙かに疲れるけどのぅ」
そうして降りきると、目の前にはいくらか広い空間があった。もともと光源があるのか、そこはアルバートさんが照らさずとも、ぼんやりと明るい。壁の石の模様が判別できる。
「……懐かしいのぅ」
僕の左肩にとまったトリオがぽつりと言った。
「つまりここが?」
「ああ、コヨミ神殿の中核。儂が今まで守ってきた場所。創造神へ祈りを捧げる場所だ」
アルバートさんはゆっくりと言った。