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 話を戻すといったアリアはそのまま話を続けた。

「想定とは違う人物とはいえ、勇者によって無事マグスは倒された。でも倒されたマグスは二百数年後に復活する予定だったんだ。私はそれを止めたくなった」

 以前に「世界征服するつもりはない」と言ったアルバートさんを思い出した。その決断をしたのはアルバートさんなのだろうが、そういう風に仕向けたのは恐らく彼女だ。

「……止めたくなったアリアは何者なわけ?」

 僕は聞いた。
 時代を飛び、姿を変え、勇者や魔王と協同する存在。時を超えてきたトリオやマチルダさん、過去の記憶を持って生まれ変わったアルバートさんとは違う。

 トリオは、聖女の役割をしていたと言ってたけど、アリア本人は代行しただけだとはっきりと否定している。

 正直なところ、彼女がこの世界を操っている存在なんじゃないかと思ったこともある。

 ただ、色々なことを知っていそうだけど、創造神そのものと考えるには随分詰めは甘かった。
 彼女は、俯瞰的に考えているように見えて、自分の目の届く範囲だけしか対応できていなかった。零れ落ちそうなくらい色々な情報を持っているにも関わらず、その判断は僕とそれほど変わらない女の子としか思えなかった。

 だから僕は確認したかった。彼女に対して僕が出来ることは何なのだろうと。

 アリアはため息をついた。
 銀色の鈴のような可憐な声。その声は少し重かった。

「私は端的に言うと運用管理者。創造神がただただ自分好みの物語を楽しむために作られたこの世界で、彼女が好む時に勇者と魔王の物語が始められるよう、進められるよう、世界を維持していた。創造神が好む世界と物語を見せるために、彼女の好みや思考を限りなく理解し、熟知した存在として」

 勇者と魔王の物語のための世界。
 誰かが望む話を作り上げようとして、異分子は排除しているのではないかとは思っていた。

 察していたことだけど、実際にアリアの口から聞くと、実に現実味がない話だった。
 気が済んだのか、右肩でいちゃつき終わっていたトリオは小さく息を吐いた。マチルダさんとアルバートさんはただアリアを見つめている。

「創造神の好みの話の舞台を作るために、ずっと世界を眺めて、勇者が、ナセル族が世界を救うための手助けをした。伝説になるよう演出もしたし、魔王が世界を滅ぼそうとする手助けをしたこともある。それが私の役目だった」

 僕はふと受験の時に頭に詰め込んだ歴史の資料集を思い出した。ニルレンは歴代勇者一覧の末尾に載っている勇者だった。
 それよりも前に勇者は何人かいる。

「これまでの勇者にも関わっていたんだ?」

 僕が聞くと、アリアは少し口をとがらせた。

「そうは言っても、これほど話に介入したのは、二百年前が初めてだよ。それまで直接関わったことなんてない。トリオさんについては、勇者を刷新しよう、最後のナセル族にしようと、創造神が期待をこめて色々手を加えてはいた」
「勝手に期待されても困るんじゃが」

 話しかけられたトリオは首をすくめる。それを見て、アリアは軽く頭を下げた。

「申し訳ないね。それは関係者として謝る」

 さらっと、線引きをされたのは少し悲しい。ちょっと思いながらもアリアの言葉を聞く。

「ただ、あなたが歴代勇者の中でもそういう特別な存在だったからか、ニルレンが勇者の力を得るよりも前に、想定外のことが起きたのさ」
「つまり、逃げまくったこと?」

 僕の言葉にアリアは首を振る。

「それは原因による過程の一つだと考えてる。直接原因はわからないけど、少なくとも、トリオさんの性格の問題はあるだろうね」

 五歳下の女の子を勇者として前に立たせるような、期待されると困っちゃう性格。
 アリアは息を吐いた。

「創造神が期待して役割を持たせようと何か色々していたけど、それを持たされる立場のトリオさんの性格は、とにかく徹底的に物凄く勇者には向いてなかった」

 トリオの勇者に向いていなさそうな所。

 根暗。後ろ向き。うじうじしてる。事なかれ主義。基本的に表に出たがらない。友達いない。
 ……どんどん思いつく。
 いや、いいところもある。

「や……、優しいよ。トリオ。」
「いや、勇者は優しさより、魔王倒す気概のが大切だ。何なら、彼女の好みで、代々の勇者はそういう情緒が欠けている人も多かった」

 僕のフォローをぶった切るアリア。

「創造神が期待して色々なんかした結果うまれたトリオさんは、非常に優秀な、勇者の中でも更に選ばれた存在だ」
「はぁっ?」

 選ばれた黄緑色の勇者が激しく驚くのを、アリアは呆れた様子で見た。

「ただ、この通り、勇者とか拒否するような、本人の能力とは反比例して、お人好しでめちゃくちゃ根暗で、勇者とは対極の畑を耕すのが好きな安定志向の人だった」
「畑耕してもええじゃないか。家業じゃし、落ち着くし」
「いや、農業批判はしてないから。ただ、創造神の考える勇者の物語と相性は極めて悪かっただけ」

 アリアは大きいため息をついて、早口で話し始めた。その内容はまさに愚痴だった。

「本来もっと速やかに勇者としての道を歩むはずなのに、安定志向の塊だから国所属の騎士やめないで、新興宗教ばっかり追ってたし」
「じゃって、長く勤めんと恩給もらえんし」
「それじゃあと、騎士の身分をつけたまま何とか無理やり旅立たせたけど、どう仕組もうとしても、トリオさんはニルレンを連れて道から逃げようとする」
「じゃって、危ないし」
「うるせーよ!」

 いちいち返答するトリオに、苛ついたアリアは叫んだ。

「そうやって数年単位でトリオさんにかまけてたら、他を見る余裕ががなくなって、気付いたら聖女候補がデキ婚して役目ができない状況になってしまったんだ!」

 アリアは両手を頬に添えて声を張り上げた。よっぽど腹に溜まっていたのだろう。普段淡々と喋る彼女なのに、物凄く珍しい。

「あのアバ……いや、あの女も大概やりま……ふざけてんだよ!」

 怒るままに、突き進もうとしていたアリアだけど、僕の顔を見て唇を噛んで何回か言い直していた。
 うふふと、マチルダさんは明るく笑う。

「わたし、変な女がトリオを狙っても困るから、いなくて別にいいけどねー」

 確かに聖女はよく勇者と結婚しているらしいからな。やりまくるような聖女なら、トリオは確実に食われている。
 しかし、マチルダさんの突然のベタ惚れっぷりには僕は全く馴れない。

「そこについては言及しないでおくよ」

 マチルダさんにそう言った後、アリアは僕とトリオを再び見直した。

「私は考えた。聖女はあくまで補佐役だから、勇者さえいれば何とかなるはず。でも、勇者の力を与えないと話が進められない。聖剣も手に入れさせないと魔王も倒せない。だから私が直接導くことにした。私は魔力も聖なる力ももてないから、単なる神官見習いのアイラとして、姿を作ってトリオさんの仲間に加わることにした」

 アイラ。

 さっきマチルダさんがちらりと言ってたけど、ようやく彼女のかつての名前を認識することが出来た。
 僕が知らない彼女の名前だ。
 トリオは首を一回捻って、アリアに聞いた。

「……じゃから、聖女じゃないということか。神が目指す筋書きに沿えるように、アイラとして、ワシらと出会ったと」

 聞かれた彼女は頷く。

「そうだね。そういう風に理解して貰って構わない」
「……そういう立場じゃから、ワシらの意識を操ることができたんじゃな。あのとき、アイラが仲間に入ってきたやり方は、あまりにも強引じゃった」

 一昨日のトリオの言葉を思い出す。アイラの加入について、今となっては、どう考えてもおかしい経緯なのに信用したと。

「あれは、私もまだ慣れていなくてね。申し訳ない」

 ぺこりとアリアは再度頭を下げた。トリオは首を横に振る。

「それはまあ別にええ。そげなのに操られてしまうこちらが問題なだけじゃ」
「あなたの立場では、ただ操られるしかないんだけど、本当に真面目だよねトリオさん」

 ただ、アリアは笑みを見せた。
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