10.(8)
彼女の目的。
彼女は、きっと自分の大切なもの全てを救いたい。しがらみから解き放ちたい。
多分、そういうことなのだろう。
とはいえ、僕は事情を深くは知らない。
一応アリアが言いたいことについて、確認することにした。
「つまり、アリアは外から世界を切り離して、創造神からの影響をなくしたいんだね?」
アリアの説明を自分なりにまとめた。
「そう。そういうことだよ。ユウは本当に頭が良いよね」
ふんわり柔らかそうな頬をピンク色に染めた彼女は、僕を見て頷く。
「何か本当にそれ馬鹿にされてる気がする……」
「私は本気で言ってるのに」
少し唇を突き出したアリアは、ゆっくりと言った。
「マチルダと世界を救う旅のときも、ユウとこうして一緒の旅のときも楽しいよ。何故か勇者がマチルダになってしまうようなこの世界は、私が管理しなくとも己の力で進むことができるだろうし、進むべきだと思う」
アリアはトリオの方を向き、頭を下げた。
「この世界の運用管理者として、私はこの世界を管理下から外したい。だから、ナセル族の力が必要なんだ。トリオさん」
「……アリアの言い分はそれじゃな? ワシの力を使って、外から切り離す」
トリオはぽつりと呟き、大きくため息をつく。
「……どいつもこいつも、本当に向いてないことをやらせようとしちょる」
「知ってるよ。申し訳ない。でも、あなたが消えたり、ユウが魔王復活に巻き込まれるよりはマシだと思わないかい?」
そうか。やっぱり僕は滅ぼされる側だよな。分かっているけど、その他大勢としてはなかなか悲しい。明示的に存在を消されると言われたトリオはため息をつく。
「そりゃあ、そうなんじゃろうけどな、ワシはその制限ゆうんでユウよりも理解が遅かったんじゃぞ。突然色々言いよって混乱するんじゃ」
「そう? トリオさん、結構理解している顔だと思うけどね?」
片側の口角を上げて、アリアはトリオを見る。トリオは大きく首を振る。
「何言っとるんじゃ。で、マチルダ、ワレに戻してもらえるんじゃな? 側にいることは分かったんじゃが、タマとベンにも会いたい」
マチルダさんはこくりと頷き、右手の親指を立てた。
「もちろん! 任せなさい! 理論は完璧よ!」
その言葉にトリオはほっと息を吐く。
「ま、ワレがそういうなら心配ないか」
彼女の実績について誰よりも詳しいトリオは納得したようだ。
「ユウ、おかげさまでやっと戻れるわ」
「いよいよだね。ずっと言ってる、しょんべんちびるほど格好良い姿が楽しみだ」
「はっ、期待しちょれ」
僕らは笑い合った。
マチルダさんがトリオに近づく。
「じゃあ、その姿、名残惜しいかもしれないけど、覚悟はいいわね? トリオ」
「……覚悟って、マズいことでもあるんか?」
近い距離のマチルダさんから一歩引いたトリオは首を傾げた。
それを聞いたマチルダさんは一歩トリオに近づく。
「まさか。わたしを誰だと思っているの? 伝説の勇者兼大魔法使いよ。あんたからお株を奪った、ね」
「……手伝いはするから、別に奪ってくれて構わんけど」
「トリオさ、あんたほんと、こういうときはしゃんとしなさいよね。いっつもわたしを表に出すんだから」
相変わらず後ろ向きな言葉のトリオとは反対に、きりりとした笑顔でマチルダさんは胸を張った。
トリオの本当の姿をまだ見ていないとはいえ、堂々とした態度やはきはきした話し方はマチルダさんの方が勇者に思える。
トリオって、そういう方言なんだろうけど、割と気の抜けた話し方だし、最近特に意見が弱い。
彼の弱気な発言を打ち消すように、マチルダさんは説明した。
「戻すことだけなら問題ないのよ。ただ、戻ったときにユウ君ごと外に引っ張られるかもしれないから、念のため、わたしの腕にとまって――」
マチルダさんはアリアのように口角を片側にあげた。
「あ、やっぱりちょっと待って最後にちょっとユウ君の肩にとまっている姿を…………ぷっ」
また吹き出したマチルダさんを見て、トリオは大きくため息をついた。
「この姿にしちゃったんはどこのどいつじゃと言う話なんじゃが」
「それはごめんね。トリオ。その内埋め合わせはするわ」
「……鳥の?」
聞いている僕も内心感じたことをトリオは口に出していたが、マチルダさんは「本当に面倒臭いんだから」と文句を言いながらトリオをつかみ、自身の左腕に乗せた。トリオは若干潰れた声を出した。
アルバートさんはマチルダさんに近寄った。
「こちらの力も返さなくてはいけない」
マチルダさんは微笑む。
「そうですね。ここまでは目的通りだし」
元勇者兼魔法使いと元魔王は小声で話し合い、指さし合い、頷き合った。トリオはそれをマチルダさんの腕にのって聞いている。
アリアは一羽と二人が会話する近くにいた。
だから、僕は彼女に声をかけ、一緒に二人と一羽から距離を置いた。
彼女と一緒にいるのが僕の役目なので。
アリアが僕の側に来て、僕と会話し始めた頃、二人と一羽はもう一度小声で会話をしていた。
話がまとまったらしい、マチルダさんが少し大きな声を出した。
「さあ、行くわよ。トリオ。終わるまでじっとしていてね」
マチルダさんはトリオのちょんまげの上に右手をかざす。アルバートさんはマチルダさんの右手の上に杖を掲げた。白く細い光が彼女の手に集まる。呪文なのか、口元を小さく動かし、右手の位置も少しずつかえている。
力を補助されても時間はかかるらしい。僕はアリアと軽く会話をしながら、一緒にそれを遠くから眺めていた。あちらが何を言っているかは分からない程度の距離感で。
トリオが人間に戻れるのはもうすぐだ。
彼女は、きっと自分の大切なもの全てを救いたい。しがらみから解き放ちたい。
多分、そういうことなのだろう。
とはいえ、僕は事情を深くは知らない。
一応アリアが言いたいことについて、確認することにした。
「つまり、アリアは外から世界を切り離して、創造神からの影響をなくしたいんだね?」
アリアの説明を自分なりにまとめた。
「そう。そういうことだよ。ユウは本当に頭が良いよね」
ふんわり柔らかそうな頬をピンク色に染めた彼女は、僕を見て頷く。
「何か本当にそれ馬鹿にされてる気がする……」
「私は本気で言ってるのに」
少し唇を突き出したアリアは、ゆっくりと言った。
「マチルダと世界を救う旅のときも、ユウとこうして一緒の旅のときも楽しいよ。何故か勇者がマチルダになってしまうようなこの世界は、私が管理しなくとも己の力で進むことができるだろうし、進むべきだと思う」
アリアはトリオの方を向き、頭を下げた。
「この世界の運用管理者として、私はこの世界を管理下から外したい。だから、ナセル族の力が必要なんだ。トリオさん」
「……アリアの言い分はそれじゃな? ワシの力を使って、外から切り離す」
トリオはぽつりと呟き、大きくため息をつく。
「……どいつもこいつも、本当に向いてないことをやらせようとしちょる」
「知ってるよ。申し訳ない。でも、あなたが消えたり、ユウが魔王復活に巻き込まれるよりはマシだと思わないかい?」
そうか。やっぱり僕は滅ぼされる側だよな。分かっているけど、その他大勢としてはなかなか悲しい。明示的に存在を消されると言われたトリオはため息をつく。
「そりゃあ、そうなんじゃろうけどな、ワシはその制限ゆうんでユウよりも理解が遅かったんじゃぞ。突然色々言いよって混乱するんじゃ」
「そう? トリオさん、結構理解している顔だと思うけどね?」
片側の口角を上げて、アリアはトリオを見る。トリオは大きく首を振る。
「何言っとるんじゃ。で、マチルダ、ワレに戻してもらえるんじゃな? 側にいることは分かったんじゃが、タマとベンにも会いたい」
マチルダさんはこくりと頷き、右手の親指を立てた。
「もちろん! 任せなさい! 理論は完璧よ!」
その言葉にトリオはほっと息を吐く。
「ま、ワレがそういうなら心配ないか」
彼女の実績について誰よりも詳しいトリオは納得したようだ。
「ユウ、おかげさまでやっと戻れるわ」
「いよいよだね。ずっと言ってる、しょんべんちびるほど格好良い姿が楽しみだ」
「はっ、期待しちょれ」
僕らは笑い合った。
マチルダさんがトリオに近づく。
「じゃあ、その姿、名残惜しいかもしれないけど、覚悟はいいわね? トリオ」
「……覚悟って、マズいことでもあるんか?」
近い距離のマチルダさんから一歩引いたトリオは首を傾げた。
それを聞いたマチルダさんは一歩トリオに近づく。
「まさか。わたしを誰だと思っているの? 伝説の勇者兼大魔法使いよ。あんたからお株を奪った、ね」
「……手伝いはするから、別に奪ってくれて構わんけど」
「トリオさ、あんたほんと、こういうときはしゃんとしなさいよね。いっつもわたしを表に出すんだから」
相変わらず後ろ向きな言葉のトリオとは反対に、きりりとした笑顔でマチルダさんは胸を張った。
トリオの本当の姿をまだ見ていないとはいえ、堂々とした態度やはきはきした話し方はマチルダさんの方が勇者に思える。
トリオって、そういう方言なんだろうけど、割と気の抜けた話し方だし、最近特に意見が弱い。
彼の弱気な発言を打ち消すように、マチルダさんは説明した。
「戻すことだけなら問題ないのよ。ただ、戻ったときにユウ君ごと外に引っ張られるかもしれないから、念のため、わたしの腕にとまって――」
マチルダさんはアリアのように口角を片側にあげた。
「あ、やっぱりちょっと待って最後にちょっとユウ君の肩にとまっている姿を…………ぷっ」
また吹き出したマチルダさんを見て、トリオは大きくため息をついた。
「この姿にしちゃったんはどこのどいつじゃと言う話なんじゃが」
「それはごめんね。トリオ。その内埋め合わせはするわ」
「……鳥の?」
聞いている僕も内心感じたことをトリオは口に出していたが、マチルダさんは「本当に面倒臭いんだから」と文句を言いながらトリオをつかみ、自身の左腕に乗せた。トリオは若干潰れた声を出した。
アルバートさんはマチルダさんに近寄った。
「こちらの力も返さなくてはいけない」
マチルダさんは微笑む。
「そうですね。ここまでは目的通りだし」
元勇者兼魔法使いと元魔王は小声で話し合い、指さし合い、頷き合った。トリオはそれをマチルダさんの腕にのって聞いている。
アリアは一羽と二人が会話する近くにいた。
だから、僕は彼女に声をかけ、一緒に二人と一羽から距離を置いた。
彼女と一緒にいるのが僕の役目なので。
アリアが僕の側に来て、僕と会話し始めた頃、二人と一羽はもう一度小声で会話をしていた。
話がまとまったらしい、マチルダさんが少し大きな声を出した。
「さあ、行くわよ。トリオ。終わるまでじっとしていてね」
マチルダさんはトリオのちょんまげの上に右手をかざす。アルバートさんはマチルダさんの右手の上に杖を掲げた。白く細い光が彼女の手に集まる。呪文なのか、口元を小さく動かし、右手の位置も少しずつかえている。
力を補助されても時間はかかるらしい。僕はアリアと軽く会話をしながら、一緒にそれを遠くから眺めていた。あちらが何を言っているかは分からない程度の距離感で。
トリオが人間に戻れるのはもうすぐだ。