11.(3)
マチルダさんとアルバートさんとタマとベンは援護をするらしい。
二人と二匹で相談すると、台からかなり離れたところに座って話し合っていた。タマがぴょんぴょん跳ねて、マチルダさんが腕を振って、何か主張しているのは見える。
そんな中、アリアは僕とトリオに説明し始めた。
この台は外と繋がるための入り口らしい。創造神はここを通して世界を見るとのこと。また、常に見ているわけでもないらしい。
「詳しくは分からないけど、多分、他の世界を見ているんじゃないかなと思っている」
世界が滅びかける前で、且つ勇者達が旅立つ前である今は、実は、創造神がさほど関与していない時代らしい。
だから、こうやってアリアやマチルダさんやアルバートさんがそれなりに自由に動けているようだ。
物語が始まる少し前の準備の時代。
中途半端な状態ではあるけど、勇者の道筋は準備され始めている段階で、勇者がいると世界に錯覚させながら僕らは辿ることが出来たらしい。
勇者がいると錯覚させた、何よりの結果についてアリアは言った。
「そもそもさ、喋る黄緑の鳥に誰も疑問を持たなかったことがおかしいでしょ?」
「そういえば……」
トリオが喋ることについて、少し珍しがる人はいたけど、大騒ぎする人はいなかった。
僕も最初騒いだ気がするけど、すぐに慣れていったし、両親は何故か最初から受け入れていた。
「トリオさんの鳥の姿にする際に、マチルダが新たな勇者の公式を書き込んでたから、みんなそんなに気にしなかったんだよ。勇者は全てを凌駕する存在だから。あの人、凝り性だから実に丁寧に盛り込んだよね」
さらりと言うアリアの言葉で僕は新たな事実を知ることが出来た。
「創造神は、私がこの世界をきちんと維持していると思って基本は放置している。あいつは、何もしないくせに振り回しやがるんだ。絶対切り離してやる」
強く鼻で息を吐き、アリアは強い口調で毒づく。
創造神とアリアの関係性について考える。自分と全く同じ感性をもつのに、違うことを考える存在に抱く感情というものはどういうものなのだろう。
ちょっと疑問には思う。
それにしても、荒々しく喋るところにはこの前も出くわしたけど、今の姿には全く似合わない。いや、いつもの口調もこの姿にはあまり似合わないけど。
「アリア、ワレ、ここで素が出ていいのか?」
「うるせーよ、鳥野郎」
三人と二匹で旅をしているときもこんなときがあったのかね。慣れた様子で、トリオはアリアに言い、彼女は吐き捨てた。その後ちらりと僕を見て、こほんと咳払いをする。
「まあ、自動で基準値からの差分測ってバランス保っていたんだよね。あまり単体で基準を超えてしまうと、ユウみたいに自動で追い出されたりする。各々が基準を超えなければ大丈夫と言うことで、これまで数値を確認しながら、トリオさんがこちらに来るのを待っていた」
言いながら、アリアは台の後ろを場所を変えて何度か軽く叩いた。一部が凹み、それから跳ね上がった。
中には緑色の板と、色とりどりの線と、白っぽいもやがある。
「で、端的に言うと、これに雷を落としてほしい」
「そのまま落とすだけ?」
僕は確認する。
「いや、これ。私がこの線の機能を一つずつ止めていく。後で細かく説明するけど、ここに表示が出る」
先ほど跳ね上がった台の蓋の裏には、黒いつるつるとした板が貼ってあった。
「私が止めていったらユウは場所とタイミングをトリオさんに伝えてほしい。トリオさんも聞いていてはほしいけど、魔法の力を強めることだけに意識して貰おう」
アリアはそう言い、これから出てくる表示について、それぞれ説明してきた。僕は言われたとおりに手順を書く。トリオも僕の書いた内容を後ろから覗きこんでいる。
説明を聞き終わった後、トリオはため息をついた。
「うーん、ただ力を強くしてぶつけるって、一番苦手なことなんじゃがのう」
テービットさんにやたらでかい魔法をぶち込んでいたのが懐かしく感じる。
数週間前なだけなのに。
あの時は今よりも威勢がよかった。
鳥から解き放たれた結果、頭を使うのが好きそうなおとなしい彼は、何も考えないで強めるというのが確かに苦手だろう。頭をかいていた。フードの部分がずれるため、彼の緑色の目が光って見える。
くそ、顔が少し見えるだけでもめちゃくちゃ顔がいいな。
「知っている。まあ、今のあなたは二百年前のニルレンよりも力が強い。アルバートのも足したから、三人分? ぐだぐだ考えている余裕はない。あなたの身体が持つ内にやってしまいましょう」
アリアは手をパンと打ち鳴らした。トリオの声がかたくなる。
「さらっと恐ろしいことを言わんでくれんか?」
「そうは言ってもさ、二百年前のニルレンというかマチルダだって危なかったんだよ。私が制御していたから保っていただけだ。仮にトリオさんが消されるというのがなかったとしても、放っておいたらマチルダの身体が持たなかった」
その言葉を聞いて、トリオは下を向いて首を振った。
「薄氷並みの危険さを知らされちょらんかったのは、やはり悔しいのう」
「あなたが知らされたい方だというのは百も承知だったよ。小細工はあなたが一番得意だし。正直なところ、私やマチルダよりも、いい案が浮かぶだろうから、一緒に考えて欲しかったよ。でも、あなたを守るというのはマチルダの最優先事項で、私は彼女の希望を守るのが最優先事項だった」
台の裏を撫でながら、アリアは言った。
小細工。もっといい案。
僕は息を吐く。トリオはまた大きく首を振った。
「分かっちょる。もう、ええ」
「マチルダには怒らないでよ。昔の彼女の行動原理は、あなたのせいはあるよ。責任とるつもりがあったからいいけどさ」
「そう言うても、ここまでせんと責任取らせてくれん状況じゃし、取らせてもらえるんかも分からんけどな」
フードの端を左手で押さえながらトリオは言った。その言葉にアリアは片側だけ口角を上げる。
「えー、大丈夫じゃないの?」
「どうだかな、ワシにとっては一ヶ月弱前でも、あいつにとっては四年前じゃぞ。大昔だ」
「私にとっては四年前なんて一瞬だけどね」
「……それぞれ感覚がバラバラじゃな。しかし、かなり周りが見えるようになっちょるな。年を重ねたからか、ワシを忘れていたからかは知らんが、その師匠という人はありがたいな」
トリオは静かに言う。
記憶が戻ったマチルダさんは、トリオに対する態度が少し柔らかくなった以外はあまり変わらない。荒っぽいことも普通に言っている。
若干勢いが強くて周りが見えていないことはあるけど、生活力はあるし、二十代のお姉さん程度にはまともな人だとは思う。勢いの分、人を巻き込む力も強くて格好良い。
ニルレンだったときのマチルダさんは一体どんなだったんだろう。何度もそう思う。
会話の内容や距離感を見ていると、二人がかつて深い仲だったというのはよく分かる。さっきのトリオの焦りっぷりから見ても、二人の同棲開始直後のベッタベタな話も嘘じゃないんだろうし、本当に仲は良かったんだろう。
でも、今のマチルダさんを形作っているものは、多分記憶を失ってからのものが大半だ。
アリアは微笑んだ。
「お師匠さんは酸いも甘いも味わった老齢の女性だからね。あなたはただの二十代の若造だ。人生の修羅場の数は違うよ」
「一応世界は救ったんじゃけど」
アリアの言葉にトリオは抗議するが、彼女はやれやれと首を振る。
「世界を救ったところで、女性の心の機微は学べないのさ。ま、いいじゃないか。どちらも可愛いよ」
「それに異論はないんじゃが、永遠の十六歳には言われとうないな」
「まあ、耳年増なだけだしね」
二人は同時に吹き出した。
そして、トリオは左手をフードから離し、前に突き出した。
「すまんな。ユウ。そろそろ準備する。いいな」
「分かった」
僕は頷いた。
二人と二匹で相談すると、台からかなり離れたところに座って話し合っていた。タマがぴょんぴょん跳ねて、マチルダさんが腕を振って、何か主張しているのは見える。
そんな中、アリアは僕とトリオに説明し始めた。
この台は外と繋がるための入り口らしい。創造神はここを通して世界を見るとのこと。また、常に見ているわけでもないらしい。
「詳しくは分からないけど、多分、他の世界を見ているんじゃないかなと思っている」
世界が滅びかける前で、且つ勇者達が旅立つ前である今は、実は、創造神がさほど関与していない時代らしい。
だから、こうやってアリアやマチルダさんやアルバートさんがそれなりに自由に動けているようだ。
物語が始まる少し前の準備の時代。
中途半端な状態ではあるけど、勇者の道筋は準備され始めている段階で、勇者がいると世界に錯覚させながら僕らは辿ることが出来たらしい。
勇者がいると錯覚させた、何よりの結果についてアリアは言った。
「そもそもさ、喋る黄緑の鳥に誰も疑問を持たなかったことがおかしいでしょ?」
「そういえば……」
トリオが喋ることについて、少し珍しがる人はいたけど、大騒ぎする人はいなかった。
僕も最初騒いだ気がするけど、すぐに慣れていったし、両親は何故か最初から受け入れていた。
「トリオさんの鳥の姿にする際に、マチルダが新たな勇者の公式を書き込んでたから、みんなそんなに気にしなかったんだよ。勇者は全てを凌駕する存在だから。あの人、凝り性だから実に丁寧に盛り込んだよね」
さらりと言うアリアの言葉で僕は新たな事実を知ることが出来た。
「創造神は、私がこの世界をきちんと維持していると思って基本は放置している。あいつは、何もしないくせに振り回しやがるんだ。絶対切り離してやる」
強く鼻で息を吐き、アリアは強い口調で毒づく。
創造神とアリアの関係性について考える。自分と全く同じ感性をもつのに、違うことを考える存在に抱く感情というものはどういうものなのだろう。
ちょっと疑問には思う。
それにしても、荒々しく喋るところにはこの前も出くわしたけど、今の姿には全く似合わない。いや、いつもの口調もこの姿にはあまり似合わないけど。
「アリア、ワレ、ここで素が出ていいのか?」
「うるせーよ、鳥野郎」
三人と二匹で旅をしているときもこんなときがあったのかね。慣れた様子で、トリオはアリアに言い、彼女は吐き捨てた。その後ちらりと僕を見て、こほんと咳払いをする。
「まあ、自動で基準値からの差分測ってバランス保っていたんだよね。あまり単体で基準を超えてしまうと、ユウみたいに自動で追い出されたりする。各々が基準を超えなければ大丈夫と言うことで、これまで数値を確認しながら、トリオさんがこちらに来るのを待っていた」
言いながら、アリアは台の後ろを場所を変えて何度か軽く叩いた。一部が凹み、それから跳ね上がった。
中には緑色の板と、色とりどりの線と、白っぽいもやがある。
「で、端的に言うと、これに雷を落としてほしい」
「そのまま落とすだけ?」
僕は確認する。
「いや、これ。私がこの線の機能を一つずつ止めていく。後で細かく説明するけど、ここに表示が出る」
先ほど跳ね上がった台の蓋の裏には、黒いつるつるとした板が貼ってあった。
「私が止めていったらユウは場所とタイミングをトリオさんに伝えてほしい。トリオさんも聞いていてはほしいけど、魔法の力を強めることだけに意識して貰おう」
アリアはそう言い、これから出てくる表示について、それぞれ説明してきた。僕は言われたとおりに手順を書く。トリオも僕の書いた内容を後ろから覗きこんでいる。
説明を聞き終わった後、トリオはため息をついた。
「うーん、ただ力を強くしてぶつけるって、一番苦手なことなんじゃがのう」
テービットさんにやたらでかい魔法をぶち込んでいたのが懐かしく感じる。
数週間前なだけなのに。
あの時は今よりも威勢がよかった。
鳥から解き放たれた結果、頭を使うのが好きそうなおとなしい彼は、何も考えないで強めるというのが確かに苦手だろう。頭をかいていた。フードの部分がずれるため、彼の緑色の目が光って見える。
くそ、顔が少し見えるだけでもめちゃくちゃ顔がいいな。
「知っている。まあ、今のあなたは二百年前のニルレンよりも力が強い。アルバートのも足したから、三人分? ぐだぐだ考えている余裕はない。あなたの身体が持つ内にやってしまいましょう」
アリアは手をパンと打ち鳴らした。トリオの声がかたくなる。
「さらっと恐ろしいことを言わんでくれんか?」
「そうは言ってもさ、二百年前のニルレンというかマチルダだって危なかったんだよ。私が制御していたから保っていただけだ。仮にトリオさんが消されるというのがなかったとしても、放っておいたらマチルダの身体が持たなかった」
その言葉を聞いて、トリオは下を向いて首を振った。
「薄氷並みの危険さを知らされちょらんかったのは、やはり悔しいのう」
「あなたが知らされたい方だというのは百も承知だったよ。小細工はあなたが一番得意だし。正直なところ、私やマチルダよりも、いい案が浮かぶだろうから、一緒に考えて欲しかったよ。でも、あなたを守るというのはマチルダの最優先事項で、私は彼女の希望を守るのが最優先事項だった」
台の裏を撫でながら、アリアは言った。
小細工。もっといい案。
僕は息を吐く。トリオはまた大きく首を振った。
「分かっちょる。もう、ええ」
「マチルダには怒らないでよ。昔の彼女の行動原理は、あなたのせいはあるよ。責任とるつもりがあったからいいけどさ」
「そう言うても、ここまでせんと責任取らせてくれん状況じゃし、取らせてもらえるんかも分からんけどな」
フードの端を左手で押さえながらトリオは言った。その言葉にアリアは片側だけ口角を上げる。
「えー、大丈夫じゃないの?」
「どうだかな、ワシにとっては一ヶ月弱前でも、あいつにとっては四年前じゃぞ。大昔だ」
「私にとっては四年前なんて一瞬だけどね」
「……それぞれ感覚がバラバラじゃな。しかし、かなり周りが見えるようになっちょるな。年を重ねたからか、ワシを忘れていたからかは知らんが、その師匠という人はありがたいな」
トリオは静かに言う。
記憶が戻ったマチルダさんは、トリオに対する態度が少し柔らかくなった以外はあまり変わらない。荒っぽいことも普通に言っている。
若干勢いが強くて周りが見えていないことはあるけど、生活力はあるし、二十代のお姉さん程度にはまともな人だとは思う。勢いの分、人を巻き込む力も強くて格好良い。
ニルレンだったときのマチルダさんは一体どんなだったんだろう。何度もそう思う。
会話の内容や距離感を見ていると、二人がかつて深い仲だったというのはよく分かる。さっきのトリオの焦りっぷりから見ても、二人の同棲開始直後のベッタベタな話も嘘じゃないんだろうし、本当に仲は良かったんだろう。
でも、今のマチルダさんを形作っているものは、多分記憶を失ってからのものが大半だ。
アリアは微笑んだ。
「お師匠さんは酸いも甘いも味わった老齢の女性だからね。あなたはただの二十代の若造だ。人生の修羅場の数は違うよ」
「一応世界は救ったんじゃけど」
アリアの言葉にトリオは抗議するが、彼女はやれやれと首を振る。
「世界を救ったところで、女性の心の機微は学べないのさ。ま、いいじゃないか。どちらも可愛いよ」
「それに異論はないんじゃが、永遠の十六歳には言われとうないな」
「まあ、耳年増なだけだしね」
二人は同時に吹き出した。
そして、トリオは左手をフードから離し、前に突き出した。
「すまんな。ユウ。そろそろ準備する。いいな」
「分かった」
僕は頷いた。