残酷な描写あり
第三話 中央大陸最南端の港町―グリーンズグリーン―
砂漠の町を後にして三週間、少年ら三人は中央大陸の最南端、グリーンズグリーン(注意:大陸の名前ではなく町の名前)にたどり着いた、ここから出る船に乗って東大陸『グリーンズグリーン』へと出向するためである。
この町の名前の由来は唯一グリーンズグリーンへとわたれる定期船が出ている事からその名前が付いている。東大陸では未開の土地がまだ多くそこにはまだ多くの謎が隠されていると学者は語っている。
知的探求心が豊富なこのニット帽をかぶった少年は辺境の町に近づくにつれて輝いていくようにも受け取れた、事実独り言が多くなった。
「……における……の……解釈は」
眼鏡が不気味に光り出し途中の町で購入した分厚い本を片手にくすくすと笑うこの少年の隣にいる黒い帽子をかぶった全身黒ずくめの少年が少し距離を置いた。
同時にその少年の隣では嫌に冷たい何かを放射している青いジャケットを羽織った少年が眼をつり小声で何かを呟いていた。
「俺って、不幸」
黒い帽子をかぶった少年はそう心の中を声に出していた。
「ここが中央大陸最南端の町グリーンズグリーンか」
黒い帽子をかぶった少年が二人に聞こえるように大声で喋った、だが二人とも未だぶつぶつと何かを呟きながら黒い帽子をかぶった少年の話は全く耳に届いては居なかった。それどころかズカズカと先に進んでいく。
「レイ、ガズル……テメェら人の話を聞けぇ!」
先行く二人の少年の頭を思いっきり叩いた。
しかし同じ体制で同じ言葉を発しながらまだ何かを呟いている。これに等々堪忍袋の緒が切れた黒い帽子をかぶった少年はグルブエレスとツインシグナルを鞘毎引き抜き
「いい加減にしろ!」
二人まとめて横から一閃をたたき込むんだ。
「「てててて、何すんだアデ……」」
「何すんだじゃねぇだろ、ガズル……その癖治せって何遍言わせんだ! レイもレイだ! 全く、グリーンズグリーンに近づくに連れて寒い殺気が漂って来るっつうに」
二人はアデル鬼神の如き表情に自分たちが固まっていた。
周りから変な目で見られて居る自分たちに我に戻りこの状況を把握した、しかし、それは遅すぎたのかも知れない。周りの人間達はくすくすと笑い出し次第にその笑い声は大きくなっていた。
「まったく、さっさと大陸を渡ろうぜ」
アデルは二人の襟元を掴むと引きずるようにその場を後にした。
歩くこと二時間、ようやく港が見える所まで歩いてきた三人はそれらしい船を探して歩いていた、見る船見る船すべて同じように見えるのは気のせいだろうと三人は時間は違うけれどほぼ同じ事を考えていた。
「なぁアデル、誰かに聞いた方が良いんじゃ?」
「それ俺も考えてた、ここはやっぱりアデルが」
その時先頭を行く黒い帽子をかぶったアデルと呼ばれた少年が立ち止まった、後ろを振り向くとこの時を待っていたと言わんばかりの笑顔がその顔一面に広がっていた、その手には何か白い紙切れが握られている。
「こういう時のための運試しだ、くじ引きで決めようぜ?」
二人はやれやれという表情でアデルの持つくじ引きに手を伸ばす、それぞれ一本ずつ握った所でアデルが最後の一本を掴む、そして力一杯そのくじ引きを引いた。
「俺は何も書いてないぜ?」
ガズルが安心した顔で二人の方を見る、続いてレイも同じ表情でガズルに答えを返した。
「と言うことは?」
二人はくすくすと笑いながらしょんぼりしているアデルを見た、手には赤くマーカーが引かれたくじ引きが握られている。二人とも等々限界が来て大声で笑い出す。
「言い出しっぺが当たれば世話ねぇぜ!」
「全くだねっ!」
「俺って付いてねぇ」
アデルはションボリしたまま近くにいた船乗りにどの船がそうなのか聞きに行った。
レイとガズルはその場で座り込みアデルが帰ってくるのを待つことにした、そのころアデルは船乗りに船のことを聞いて歩いていた。
「と言うことなんだけど、どれがその船なんだ?」
一人の体つきが良い船乗りにめんどくさそうに聞いていた。
「あいにくだがその船なら二時間前にここを出ていっちまったぞ? 次ぎにここに戻ってくるのは三ヶ月後だ」
「はぁ!?」
アデルは肩を落とし残念そうに首を下げた。
アデルが二人の元に戻ってきた、二人はアデルのその表情を見て大体の予想が付いた、アデルが事情を話すと二人はやっぱりなという表情で肩を落とした。
仕方なく三人はその町の小さな宿屋で今後の予定を考えるために三人で一部屋に泊まった、レイは窓を開けてそこに腰掛け、アデルは壁により掛かって、ガズルは椅子の背もたれを前にしてまたを開いて座っていた。三人の間には一定間隔の距離が空いていてどんよりした空気が間にはあった。
暫く沈黙が続いて同時にため息が出た。
「これからどうする? とても三ヶ月なんて待てないぜ?」
「同感だ、その間に誰かがギズーって奴を捕まえちまうよ」
アデルとガズルが交差するように言った、それはレイの気持ちを焦らせる物に変わっていく、だが……今じたばたした所で何が出来ようと言う物でもないしかといって何もしない事にもレイは満足していなかった。
「はぁ……どうにかならないものかな?」
大きなため息と一緒にそんな言葉を口にした。
「取り敢えず今日は寝よう、みんな疲れてるし何もすることもないだろ?」
「そうだな、俺は床で寝るよ。レイとアデルはベットを使いな」
ガズルは床にドカッと座るとそのまま腕を組み目をつむった、レイとアデルも渋々布団に入った。
事件はその翌朝に起きた、ガズルは外の騒がしさに目を覚ましカーテンを開けて太陽の光が差し込む窓側から下を見た。そこには帝国兵が十数人ショットパーソルを肩に掛けて町中を走り回っている。
「全くこんな朝っぱらから帝国も暇なんだな」
寝ぼけた顔で窓を開ける、冷たい空気が流れ込んできてレイの顔に突き刺さる。あまりの寒さにレイは目が覚めて窓の近くでボーっとしているガズルを見て。
「何してるの?」
と呟いた、その声に後ろを振り返りお早うと一言返すとテーブルに置かれているパンを一つ手に取り一欠片むしり取りそれを口に運ぶ。
アデルはまだ鼾をかきながらぐっすりと寝ている、レイは時計をちらっと確認するとまだ朝の五時を回って少しの時だと悟った。同時に外が何か騒がしいことにも気が付く。窓から身を乗り出し外を見るとそこにはガズルが見た光景と全く同じ物がレイの目には映っている。
「――帝国?」
「だろうな、ショットパーソルを携帯してるなんて帝国ぐらいだろ? それに腰には剣、極めつけはあの軍服。どこからどう見ても帝国兵だぜ」
ガズルはパンをもう一つ取りレイの方に放り投げた、レイはそのパンを左手でキャッチしガズルと同じように食べた、暫く帝国兵の動きを監視しながら朝の寒い風に髪の毛を揺らせながら窓の縁に腰掛けている。アデルは未だ起きる気配はなさそうだ。
それから暫く経ってから誰かが階段をもの凄い勢いで上ってくる音が聞こえてきた。一人、二人。次第にその人数は増えていく。だが部屋の前に来ても扉を開ける様子がなかった。
「ガズル、アデルを起こして」
「おう、お客さんみたいだな」
小声で二人は話す。レイはゆっくりと壁に掛けてあったポーチから幻聖石を取り出すと霊剣に姿を変えさせた。ガズルはゆっくりと隣の部屋で寝ているアデルをさすって起こそうとする。だがアデルはピクリとも起きる気配がない。少し強めにさすっても全く起きない。
「こいつは、本当にいつまでたっても起きる気配がねぇな」
仕方なくアデルを肩に担いで急いでレイのいる部屋へと戻る。レイはその姿を見て少し呆れた顔で左手で顔を覆う。
「昔からそうなんだ、一度寝るとまぁまず起きない」
「やっぱり昔からか、なら起きないなら起きないなりに仕事してもらおうか!」
そういうとガズルはアデルの足をつかんでグルングルンと回し始めた。勢いがついたところで窓に向かってアデルを放り投げる。ガシャーンと大きな音を立ててアデルは窓の外へと投げ飛ばされた。ゆっくりと霊剣を横に構えて風の法術を整えるレイに
「先に行くぜレイ!」
ガズルがそう言って窓から外に飛び出した。
「うん」
その音と共に部屋の中に帝国兵士と思われる数名がなだれ込むように入ってきた、それを見てレイはニッコリと笑みをこぼし大声で
「おはよう御座います!」
叫んだ、同時に構えていた霊剣を横に薙ぎ払う。その剣筋から一斉に風が吹き出し入り込んできた帝国兵士たちを壁に叩きつけた。同時にレイはその風に飛ばされ二人の後を追うように窓の外へと飛ばされる。
「逃げたぞぉ!」
廊下に居た将校だろうか、吹き飛ばされずにいた兵士が一人そう叫んだ。レイは吹き飛ばされながらも確かに部屋の中を確認する。そして右手と左腕を十字に組み
「捕まえてみろ!」
そう叫びながら落ちていった。
先に窓の外へと飛んだガゼルの眼下には落下するアデルと無数の帝国兵士を捕らえた。すぐさま左手の手の平に重力波を作りアデルめがけてソレを投げた。
「起きろ寝坊助野郎!」
重力球がアデルにぶつかると落下速度を速めて地面へと落ちていく。急な加速にもアデルは不思議と目を覚ますことはなかったが、地面に叩きつけられた衝撃でやっと目を覚ます。アデルが落下した場所は小規模のクレーターとなって周辺にいた帝国兵を吹き飛ばした。
「いってぇぇ!」
激突した衝撃で目を覚ましたアデルは頭を押さえながらゆっくりと上体を起こす。そこには帝国兵士たちがショットパーソルを構えてこちらに銃口を向けていた。
「一体何がどうなってんだ」
キョロキョロとあたりを見回しながら状況を確認する、そこに勢いよくガズルが着地する。続いてレイもアデルの隣に着地した。
「どういうことか説明しろよ二人とも」
ゆっくりと埃をはたきながら立ち上がる。ガズルから二本の剣を受け取り腰に備え付けた。
「説明しろと言われても、見ての通り包囲されてるんだよ?」
「お前が寝てる間にこうなった、起きないから窓から投げ捨てて地面に叩きつけた」
三人が会話している間にもジリジリと間を詰めてくる帝国兵達、三人は眉一つ動かさずゆっくりと詰め寄ってくる帝国兵士達を睨み各々戦闘態勢へと移行する。
「君達が、噂の少年か」
兵士達の後ろのほうから声が聞こえた、三人はその声がした処へゆっくりと顔を向ける。すると中央にいた兵士たちは横に動き一本の道ができる。
「誰だあんた」
アデルが睨みながら鞘から剣を引き抜く、開かれた道の奥から一人の男が姿を現した。赤いエルメア(軍服の事、アデルが来ているものと同じ)を纏うスラっとした男だった。
「帝国軍、特殊任務部隊中隊長『レイヴン・イフリート』、階級は中尉だ。君達を帝国反逆罪で逮捕する」
淡々と話す、腰にぶら下げている剣は一般兵士達とは違い階級の高さを語っていた。
「もし、抵抗したら?」
レイが口を開く、その両手には霊剣が握られている。いつでも切り掛かれるようにグリップを握りなおし肩の力を抜いた。アデルとガズルも同じく臨戦態勢をとる。
「その時は、わかっていますよね?」
ニッコリと笑った、その笑みからは殺気が込められている。その気配に三人は一瞬で背筋が凍る。
「へへ……市民から金を巻き上げる次は子供相手に奇襲か。腐ってやがる!」
ガズルが呟く、早朝の――目覚める前の街中ではその呟きもよく届く。レイヴンはキョトンとした顔で
「金を巻き上げる? 何のことですかな?」
急に殺気が消えた、他の兵士たちも何事かとざわつき始める。中央にいたレイヴンは少し考えた末にゆっくりと口を開く。
「話を聞かせてもらいましょうか」
三人は武装をそのままでお互いの顔を合わせる、最初に口を開いたのはレイだった。
「僕たちが反発してるのは確かだ、だが貴方達帝国が市民に対してしてる恐喝や強奪。それらを知らないとは言わせない!」
一瞬レイヴンの細い目が片方だけ開く。まるでレイを観察するように。ひとしきりの沈黙の後開いた眼を閉じてため息をこぼす。腰に備え付けてある剣を引き抜くと一歩、また一歩と三人のもとへと歩みを始める。
「何かと思えば……我々帝国は市民を守る為日々周囲の警戒や魔物退治をしながら行動している。君たちの思い違いじゃないのかね?」
足を止め三人に剣を向ける、その言葉に真っ先に反応したのがアデルだった。
「思い違いなんかじゃねぇ! 大体お前らは――」
「何をふざけた事を、お前ら帝国はいつだってそうだ!」
言い終わる前に怒鳴り声が飛んできた。それは帝国兵士達の後ろのほうから聞こえてきた。兵士達は後ろを振り返るとそこにはこの町の住人が集まっていた。だがレイヴンは振り返らなかった。
「貴様ら帝国がこの町に何をしてくれた! 散々税金を重ね食料も片っ端から根こそぎ持っていきやがって! これでどうやって生活していくってんだ!」
それは港にいた乗組員だった、それを皮切りにほかの市民たちも一斉に声を上げ始めた。その中には溜まりに溜まった鬱憤や不満、中には見せしめと言われ息子が殺されたと証言するものまで現れた。
「お前たち帝国がやっていくことがこれだ、これが声だ。これを聞いても俺達が思い違いをしてるといいたいか?」
アデルが言う、その言葉に黙って怒鳴り声を聞いていたレイヴンはさらに沈黙する。静かに市民の声を聴き、何を言われているかを頭の中で整理する。
ひとしきり怒号が繰り返され、市民のほうも言いたいことをほぼ言い終えたのだろう。ゆっくりと静けさを取り戻し始めた街にレイヴンの声がこだまする。
「この街の責任者を連れてこい、支部にて事情聴取を執り行う!」
その声は街全体に響き渡るほどの大声だった。兵士達はレイ達三人に向けていたショットパーソルをゆっくりと下すとこの街の帝国拠点へと走り出した。
「君たちの言葉は正しいようだ、今日のところは連行する人間を間違えたようだね」
険しい表情だったレイヴンはゆっくりと笑顔を作る、だがその細目からは再び三人に殺気を向ける。
「だが反逆罪は覆らない、次に会うときは君達を連行しなければならない。その時まで君達の事は保留としておこう」
剣を鞘へと納めると後ろを振り返り、市民たちへと一礼する。そして彼もまた兵士達と同じ方向へと足を走らせた。三人はそれを目でゆっくりと追う。
「どう思うよレイ」
肩についていた埃を落としながらアデルは問う。尋ねられたレイは走り去っていくレイヴンの背中を見ながら
「強い、それも確実に」
そう、一言だけ呟いた。
その日の夕方、雪が降ってきた。
吐く息はみな白く濁り遠くの山を見れば冬景色。これから始まる厳しい冬の到来を知らせる。
レイ達三人は今朝の騒動の後港で情報を集めていた、今後この港に発着する船舶があるのか、どこへ向かう船なのかをその日ずっと聞き込みしていた。
だが東大陸に向かう船は一隻も見られない。漁船でも何でもと考えた三人だったが考えが甘かったらしい、思えばこれだけの大雪が降る中漁に出る船も少ないだろう。あたりもすっかりと暗くなり、宿屋へと戻ろうとした時
「君達が噂の少年達かい?」
今朝方同じようなセリフを聞いた、三人はまたかと少しウンザリした様子で後ろを振り向いた。そこにいたのは帝国兵士ではなく、ひょろっとした商人の姿だった。
「酒場で小耳に挟んだんだ、君達が今朝方帝国兵に噛み付いたって噂の少年達かい?」
「えぇ、たぶん僕達の事です」
レイが答えた、商人というには格好だけで巨大な荷物も持っていない。持っているのは腰にぶら下げた短刀だけ、少し変わった風に見える。
「失礼、私は海上商業組合連合の者です」
「海上商業って事は~……ギルド?」
「はい、折いった相談があるのですが……ここでは何です。場所を移しませんか?」
海上商業組合連合、通称ギルド。船で街々を渡り商売をする組織。通常は東大陸を拠点として中央大陸ではめったに見かけない人々である。彼らは常に儲けることしか頭にあらず、一般の旅人と会話することも少ない。もっぱら商人相手としか会話しないことで有名であった。
「珍しいですね、ギルドが旅人……ましてや僕達のような子供に相談とは」
酒場でレイ達は商人と話をしていた。先も述べた通り彼らは通常旅人とは商売をしない、会話どころか目を合わせることすらない。
「君達の話はこの酒場で耳にしました、とてもお強いらしいですね。しかもその若さで帝国に喧嘩を売るとは」
商人は水を片手に話し始めた。テーブルにはパンや魚の焼いた料理などが並べられている、これらは全て商人のおごりだという。
「結論から言いましょう。私たちは用心棒を探しています」
「用心棒?」
魚にかぶりついていたアデルが反応する、喋りながらも焼き魚を頬張りながら時折水を口に運ぶ。
「はい、この所巨大な烏賊に襲われる事件が多発しておりまして。腕の立つ旅人を探していたところです。そこに君達の話を耳にし相談をしているのですよ」
「巨大烏賊というと、クラーケンとか?」
一口サイズにパンをちぎって食べているガズルが質問する。
「その通り、この近海では見たことがなかったので私達の船には砲台もありません。武装していないので帰るに帰れず困っていたのですよ」
「クラーケンねぇ~」
ガズルが食べていたパンを一度皿に戻して背もたれに寄りかかる、レイとアデルはそのまま食事を続けている。懐から小さなメモ帳を取り出しページをぱらぱらとめくった。
「海での戦闘はしたことがない上にクラーケンとなると俺達ですらどうにかできるとは思えないな、ほかに協力者とかはいるのか?」
ガズルのメモ帳には現在確認されている指定巨大生物のリストが書かれていた、そこには三級脅威怪物としてクラーケンが書かれている。
「いえ、この話をすると皆さん話を降りてしまうのでまだ誰も」
「じゃぁ俺達もお断りだ、三級脅威なんて一般の旅人が太刀打ちできるはずもねぇ。攻城兵器でも積んである船でならまだしもそれがないんじゃ……」
そこまで言うとガズルは黙ってしまった、先ほどから喋らずに黙々と目の前の料理を食べている二人を見る。この話が聞こえているのか聞こえていないのか、話に参加せずに食べずつけている。
「お前らもこのおっさんに何とか言ってやってくれよ、大砲もないのに勝てるわけが――」
「おじさん、報酬はどうなってるんですか?」
レイが話に割り込む、突然報酬の話をしだしたのだ。それを聞いてガズルが呆れた顔で続ける。
「人の話を聞いてたのかレイ、相手はクラーケンだぞ?」
その言葉に今度はアデルが動きを止める。
「クラーケンだろ? 別に大したことないさ」
啖呵を切るアデルに対してめまいを起こしテーブルに伏せるガズル、一つため息をついてから顔を上げる。
「三級脅威って言ってるだろアデル、上から三番目の危険モンスターなんだ。それをたったの三人で倒せるわけがないだろう。船だって沈めちまう怪物なんだぞ?」
テーブルを叩くとそう怒鳴った。それにレイとアデルはキョトンとした顔で怒鳴った本人を見る、そのあと二人同時に笑いながら
「「倒したことのあるモンスターだよ」」
二人同時にそう告げた。
中央大陸の最南端の町グリーンズグリーンから出向してから約二時間、一人を除いては明るい笑い声が聞こえていた。楽しく笑う少年二人とその少年を取り囲んでいる数人の男達、その中で一番大きな体をした船員がガズルに向かって腕相撲を申し出てきた。
「どうだ坊主? 俺と腕相撲をやって勝てたら小遣いをやろう」
「おっさん、男に二言は許さないぜ?」
ガズルが眼鏡を外しレイに放り投げ、近くにあった丸いテーブルに座った。そのやる気満々のガズルに周りの男達は一斉に盛り上がった。
隣では賭け事が始まっている、勿論ガズルに掛けている者は誰もいなくすべて大男の方へと自然とガズルの方はガラガラになっていた。だが、そこに一つの紙幣がガズルの方へと置かれた、レイだ。
「大儲けさせてね?」
「任せとけ」
力一杯右腕を伸ばしてレイに親指を突き出す、この盛り上がりに忘れられた男が目を覚ます、何事かと辺りを見回し適当な所でレイを捕まえて説明をさせた。
「何? ガズルがあの大男と腕相撲で掛け勝負だぁ?」
アデルが呆れた顔でガズルの方を見る、それに対して事情を知らないレイがアデルに聞く。
「そうか、お前は知らないんだっけ? ガズルのパワーは並大抵じゃないんだ、背筋力からして化けモンだぜ。いくつだったかな……確か」
アデルが淡々と説明をしている時に辺りから歓声が巻き起こった、何事かとレイが振り向くと大男が腕を押さえながら悶絶しているのが目に入った、その隣でガズルがやりすぎたと心配をしている。
そっとアデルの方を見るとやれやれといった表情をしていた、そのままガズルの方へと歩き足を進める。隣に来るやいなや頭を一発軽く叩いて大男の腕を見る。
「あちゃ~、此奴は使い物にならないぜ? しばらくは安静にしてないと駄目だな」
「いてててて……何もんだ兄ちゃん達?」
右腕を左手で押さえながら苦笑いをして三人に向かって言う、だが誰も答えなかった、三人は顔を見合わせてそのまま笑った、ただただ笑っているだけだった。
暫くして騒ぎも収まり、雪降る海の上を大きな船が大波を立てて進んでいく。
「……」
冬の妖精が舞い降りる頃、雪積もる平原の上で一人の少年が何か考え事をしていた。
その少年は黒く肩ぐらいまで伸びている髪の毛をおでこの所にヘアバンドで止めていて、何処か悲しげな表情をしていた、右手にはショットパーソル(銃器の事、この場合は拳銃)を握って左手にはロングソードが握られていた。
腰には何本かのナイフがしまわれている。彼の服には血がこびり付いている、彼の足下にはすでに肉片と化した元々人間だったはずの肉体がそこには有った。肉片から流れ出る血は雪の絨毯を赤く染めていた。
「……」
少年は黙ったまま手に持っている剣を腰の鞘に収め銃を右のケースにそっとしまった、少年の先には二十代前半の青年が斧を持って立っている、その青年は少年に何かを告げてその場を去った。
少年は俯いたまま一歩、又一歩と歩き始める、とぼとぼと……まるで誰かを捜しているかのようなその足取りはやがて止まり天を仰ぐ。
「どこだ……レイ」
小さくそう呟いた。
また、この少年も雪降る海の上で一人物思いにふける、他の船員達は全員寝静まって見張りの二人以外を残しては全員寝ていた。
「おーい、兄ちゃん! そんな所でそんな格好じゃ風邪引くぜ?」
忠告ありがとうと一言だけ言い残しまた遙か遠くの大陸があるはずの方向だけをただ見つめていた。その少年は一つの手配書を手に取り何故こうなったのかをもう一度考え直していた。
「ギズー、待ってろよ」
青いジャンパーを着た少年は手配書をびりびりと破り捨てて空に放った。
この町の名前の由来は唯一グリーンズグリーンへとわたれる定期船が出ている事からその名前が付いている。東大陸では未開の土地がまだ多くそこにはまだ多くの謎が隠されていると学者は語っている。
知的探求心が豊富なこのニット帽をかぶった少年は辺境の町に近づくにつれて輝いていくようにも受け取れた、事実独り言が多くなった。
「……における……の……解釈は」
眼鏡が不気味に光り出し途中の町で購入した分厚い本を片手にくすくすと笑うこの少年の隣にいる黒い帽子をかぶった全身黒ずくめの少年が少し距離を置いた。
同時にその少年の隣では嫌に冷たい何かを放射している青いジャケットを羽織った少年が眼をつり小声で何かを呟いていた。
「俺って、不幸」
黒い帽子をかぶった少年はそう心の中を声に出していた。
「ここが中央大陸最南端の町グリーンズグリーンか」
黒い帽子をかぶった少年が二人に聞こえるように大声で喋った、だが二人とも未だぶつぶつと何かを呟きながら黒い帽子をかぶった少年の話は全く耳に届いては居なかった。それどころかズカズカと先に進んでいく。
「レイ、ガズル……テメェら人の話を聞けぇ!」
先行く二人の少年の頭を思いっきり叩いた。
しかし同じ体制で同じ言葉を発しながらまだ何かを呟いている。これに等々堪忍袋の緒が切れた黒い帽子をかぶった少年はグルブエレスとツインシグナルを鞘毎引き抜き
「いい加減にしろ!」
二人まとめて横から一閃をたたき込むんだ。
「「てててて、何すんだアデ……」」
「何すんだじゃねぇだろ、ガズル……その癖治せって何遍言わせんだ! レイもレイだ! 全く、グリーンズグリーンに近づくに連れて寒い殺気が漂って来るっつうに」
二人はアデル鬼神の如き表情に自分たちが固まっていた。
周りから変な目で見られて居る自分たちに我に戻りこの状況を把握した、しかし、それは遅すぎたのかも知れない。周りの人間達はくすくすと笑い出し次第にその笑い声は大きくなっていた。
「まったく、さっさと大陸を渡ろうぜ」
アデルは二人の襟元を掴むと引きずるようにその場を後にした。
歩くこと二時間、ようやく港が見える所まで歩いてきた三人はそれらしい船を探して歩いていた、見る船見る船すべて同じように見えるのは気のせいだろうと三人は時間は違うけれどほぼ同じ事を考えていた。
「なぁアデル、誰かに聞いた方が良いんじゃ?」
「それ俺も考えてた、ここはやっぱりアデルが」
その時先頭を行く黒い帽子をかぶったアデルと呼ばれた少年が立ち止まった、後ろを振り向くとこの時を待っていたと言わんばかりの笑顔がその顔一面に広がっていた、その手には何か白い紙切れが握られている。
「こういう時のための運試しだ、くじ引きで決めようぜ?」
二人はやれやれという表情でアデルの持つくじ引きに手を伸ばす、それぞれ一本ずつ握った所でアデルが最後の一本を掴む、そして力一杯そのくじ引きを引いた。
「俺は何も書いてないぜ?」
ガズルが安心した顔で二人の方を見る、続いてレイも同じ表情でガズルに答えを返した。
「と言うことは?」
二人はくすくすと笑いながらしょんぼりしているアデルを見た、手には赤くマーカーが引かれたくじ引きが握られている。二人とも等々限界が来て大声で笑い出す。
「言い出しっぺが当たれば世話ねぇぜ!」
「全くだねっ!」
「俺って付いてねぇ」
アデルはションボリしたまま近くにいた船乗りにどの船がそうなのか聞きに行った。
レイとガズルはその場で座り込みアデルが帰ってくるのを待つことにした、そのころアデルは船乗りに船のことを聞いて歩いていた。
「と言うことなんだけど、どれがその船なんだ?」
一人の体つきが良い船乗りにめんどくさそうに聞いていた。
「あいにくだがその船なら二時間前にここを出ていっちまったぞ? 次ぎにここに戻ってくるのは三ヶ月後だ」
「はぁ!?」
アデルは肩を落とし残念そうに首を下げた。
アデルが二人の元に戻ってきた、二人はアデルのその表情を見て大体の予想が付いた、アデルが事情を話すと二人はやっぱりなという表情で肩を落とした。
仕方なく三人はその町の小さな宿屋で今後の予定を考えるために三人で一部屋に泊まった、レイは窓を開けてそこに腰掛け、アデルは壁により掛かって、ガズルは椅子の背もたれを前にしてまたを開いて座っていた。三人の間には一定間隔の距離が空いていてどんよりした空気が間にはあった。
暫く沈黙が続いて同時にため息が出た。
「これからどうする? とても三ヶ月なんて待てないぜ?」
「同感だ、その間に誰かがギズーって奴を捕まえちまうよ」
アデルとガズルが交差するように言った、それはレイの気持ちを焦らせる物に変わっていく、だが……今じたばたした所で何が出来ようと言う物でもないしかといって何もしない事にもレイは満足していなかった。
「はぁ……どうにかならないものかな?」
大きなため息と一緒にそんな言葉を口にした。
「取り敢えず今日は寝よう、みんな疲れてるし何もすることもないだろ?」
「そうだな、俺は床で寝るよ。レイとアデルはベットを使いな」
ガズルは床にドカッと座るとそのまま腕を組み目をつむった、レイとアデルも渋々布団に入った。
事件はその翌朝に起きた、ガズルは外の騒がしさに目を覚ましカーテンを開けて太陽の光が差し込む窓側から下を見た。そこには帝国兵が十数人ショットパーソルを肩に掛けて町中を走り回っている。
「全くこんな朝っぱらから帝国も暇なんだな」
寝ぼけた顔で窓を開ける、冷たい空気が流れ込んできてレイの顔に突き刺さる。あまりの寒さにレイは目が覚めて窓の近くでボーっとしているガズルを見て。
「何してるの?」
と呟いた、その声に後ろを振り返りお早うと一言返すとテーブルに置かれているパンを一つ手に取り一欠片むしり取りそれを口に運ぶ。
アデルはまだ鼾をかきながらぐっすりと寝ている、レイは時計をちらっと確認するとまだ朝の五時を回って少しの時だと悟った。同時に外が何か騒がしいことにも気が付く。窓から身を乗り出し外を見るとそこにはガズルが見た光景と全く同じ物がレイの目には映っている。
「――帝国?」
「だろうな、ショットパーソルを携帯してるなんて帝国ぐらいだろ? それに腰には剣、極めつけはあの軍服。どこからどう見ても帝国兵だぜ」
ガズルはパンをもう一つ取りレイの方に放り投げた、レイはそのパンを左手でキャッチしガズルと同じように食べた、暫く帝国兵の動きを監視しながら朝の寒い風に髪の毛を揺らせながら窓の縁に腰掛けている。アデルは未だ起きる気配はなさそうだ。
それから暫く経ってから誰かが階段をもの凄い勢いで上ってくる音が聞こえてきた。一人、二人。次第にその人数は増えていく。だが部屋の前に来ても扉を開ける様子がなかった。
「ガズル、アデルを起こして」
「おう、お客さんみたいだな」
小声で二人は話す。レイはゆっくりと壁に掛けてあったポーチから幻聖石を取り出すと霊剣に姿を変えさせた。ガズルはゆっくりと隣の部屋で寝ているアデルをさすって起こそうとする。だがアデルはピクリとも起きる気配がない。少し強めにさすっても全く起きない。
「こいつは、本当にいつまでたっても起きる気配がねぇな」
仕方なくアデルを肩に担いで急いでレイのいる部屋へと戻る。レイはその姿を見て少し呆れた顔で左手で顔を覆う。
「昔からそうなんだ、一度寝るとまぁまず起きない」
「やっぱり昔からか、なら起きないなら起きないなりに仕事してもらおうか!」
そういうとガズルはアデルの足をつかんでグルングルンと回し始めた。勢いがついたところで窓に向かってアデルを放り投げる。ガシャーンと大きな音を立ててアデルは窓の外へと投げ飛ばされた。ゆっくりと霊剣を横に構えて風の法術を整えるレイに
「先に行くぜレイ!」
ガズルがそう言って窓から外に飛び出した。
「うん」
その音と共に部屋の中に帝国兵士と思われる数名がなだれ込むように入ってきた、それを見てレイはニッコリと笑みをこぼし大声で
「おはよう御座います!」
叫んだ、同時に構えていた霊剣を横に薙ぎ払う。その剣筋から一斉に風が吹き出し入り込んできた帝国兵士たちを壁に叩きつけた。同時にレイはその風に飛ばされ二人の後を追うように窓の外へと飛ばされる。
「逃げたぞぉ!」
廊下に居た将校だろうか、吹き飛ばされずにいた兵士が一人そう叫んだ。レイは吹き飛ばされながらも確かに部屋の中を確認する。そして右手と左腕を十字に組み
「捕まえてみろ!」
そう叫びながら落ちていった。
先に窓の外へと飛んだガゼルの眼下には落下するアデルと無数の帝国兵士を捕らえた。すぐさま左手の手の平に重力波を作りアデルめがけてソレを投げた。
「起きろ寝坊助野郎!」
重力球がアデルにぶつかると落下速度を速めて地面へと落ちていく。急な加速にもアデルは不思議と目を覚ますことはなかったが、地面に叩きつけられた衝撃でやっと目を覚ます。アデルが落下した場所は小規模のクレーターとなって周辺にいた帝国兵を吹き飛ばした。
「いってぇぇ!」
激突した衝撃で目を覚ましたアデルは頭を押さえながらゆっくりと上体を起こす。そこには帝国兵士たちがショットパーソルを構えてこちらに銃口を向けていた。
「一体何がどうなってんだ」
キョロキョロとあたりを見回しながら状況を確認する、そこに勢いよくガズルが着地する。続いてレイもアデルの隣に着地した。
「どういうことか説明しろよ二人とも」
ゆっくりと埃をはたきながら立ち上がる。ガズルから二本の剣を受け取り腰に備え付けた。
「説明しろと言われても、見ての通り包囲されてるんだよ?」
「お前が寝てる間にこうなった、起きないから窓から投げ捨てて地面に叩きつけた」
三人が会話している間にもジリジリと間を詰めてくる帝国兵達、三人は眉一つ動かさずゆっくりと詰め寄ってくる帝国兵士達を睨み各々戦闘態勢へと移行する。
「君達が、噂の少年か」
兵士達の後ろのほうから声が聞こえた、三人はその声がした処へゆっくりと顔を向ける。すると中央にいた兵士たちは横に動き一本の道ができる。
「誰だあんた」
アデルが睨みながら鞘から剣を引き抜く、開かれた道の奥から一人の男が姿を現した。赤いエルメア(軍服の事、アデルが来ているものと同じ)を纏うスラっとした男だった。
「帝国軍、特殊任務部隊中隊長『レイヴン・イフリート』、階級は中尉だ。君達を帝国反逆罪で逮捕する」
淡々と話す、腰にぶら下げている剣は一般兵士達とは違い階級の高さを語っていた。
「もし、抵抗したら?」
レイが口を開く、その両手には霊剣が握られている。いつでも切り掛かれるようにグリップを握りなおし肩の力を抜いた。アデルとガズルも同じく臨戦態勢をとる。
「その時は、わかっていますよね?」
ニッコリと笑った、その笑みからは殺気が込められている。その気配に三人は一瞬で背筋が凍る。
「へへ……市民から金を巻き上げる次は子供相手に奇襲か。腐ってやがる!」
ガズルが呟く、早朝の――目覚める前の街中ではその呟きもよく届く。レイヴンはキョトンとした顔で
「金を巻き上げる? 何のことですかな?」
急に殺気が消えた、他の兵士たちも何事かとざわつき始める。中央にいたレイヴンは少し考えた末にゆっくりと口を開く。
「話を聞かせてもらいましょうか」
三人は武装をそのままでお互いの顔を合わせる、最初に口を開いたのはレイだった。
「僕たちが反発してるのは確かだ、だが貴方達帝国が市民に対してしてる恐喝や強奪。それらを知らないとは言わせない!」
一瞬レイヴンの細い目が片方だけ開く。まるでレイを観察するように。ひとしきりの沈黙の後開いた眼を閉じてため息をこぼす。腰に備え付けてある剣を引き抜くと一歩、また一歩と三人のもとへと歩みを始める。
「何かと思えば……我々帝国は市民を守る為日々周囲の警戒や魔物退治をしながら行動している。君たちの思い違いじゃないのかね?」
足を止め三人に剣を向ける、その言葉に真っ先に反応したのがアデルだった。
「思い違いなんかじゃねぇ! 大体お前らは――」
「何をふざけた事を、お前ら帝国はいつだってそうだ!」
言い終わる前に怒鳴り声が飛んできた。それは帝国兵士達の後ろのほうから聞こえてきた。兵士達は後ろを振り返るとそこにはこの町の住人が集まっていた。だがレイヴンは振り返らなかった。
「貴様ら帝国がこの町に何をしてくれた! 散々税金を重ね食料も片っ端から根こそぎ持っていきやがって! これでどうやって生活していくってんだ!」
それは港にいた乗組員だった、それを皮切りにほかの市民たちも一斉に声を上げ始めた。その中には溜まりに溜まった鬱憤や不満、中には見せしめと言われ息子が殺されたと証言するものまで現れた。
「お前たち帝国がやっていくことがこれだ、これが声だ。これを聞いても俺達が思い違いをしてるといいたいか?」
アデルが言う、その言葉に黙って怒鳴り声を聞いていたレイヴンはさらに沈黙する。静かに市民の声を聴き、何を言われているかを頭の中で整理する。
ひとしきり怒号が繰り返され、市民のほうも言いたいことをほぼ言い終えたのだろう。ゆっくりと静けさを取り戻し始めた街にレイヴンの声がこだまする。
「この街の責任者を連れてこい、支部にて事情聴取を執り行う!」
その声は街全体に響き渡るほどの大声だった。兵士達はレイ達三人に向けていたショットパーソルをゆっくりと下すとこの街の帝国拠点へと走り出した。
「君たちの言葉は正しいようだ、今日のところは連行する人間を間違えたようだね」
険しい表情だったレイヴンはゆっくりと笑顔を作る、だがその細目からは再び三人に殺気を向ける。
「だが反逆罪は覆らない、次に会うときは君達を連行しなければならない。その時まで君達の事は保留としておこう」
剣を鞘へと納めると後ろを振り返り、市民たちへと一礼する。そして彼もまた兵士達と同じ方向へと足を走らせた。三人はそれを目でゆっくりと追う。
「どう思うよレイ」
肩についていた埃を落としながらアデルは問う。尋ねられたレイは走り去っていくレイヴンの背中を見ながら
「強い、それも確実に」
そう、一言だけ呟いた。
その日の夕方、雪が降ってきた。
吐く息はみな白く濁り遠くの山を見れば冬景色。これから始まる厳しい冬の到来を知らせる。
レイ達三人は今朝の騒動の後港で情報を集めていた、今後この港に発着する船舶があるのか、どこへ向かう船なのかをその日ずっと聞き込みしていた。
だが東大陸に向かう船は一隻も見られない。漁船でも何でもと考えた三人だったが考えが甘かったらしい、思えばこれだけの大雪が降る中漁に出る船も少ないだろう。あたりもすっかりと暗くなり、宿屋へと戻ろうとした時
「君達が噂の少年達かい?」
今朝方同じようなセリフを聞いた、三人はまたかと少しウンザリした様子で後ろを振り向いた。そこにいたのは帝国兵士ではなく、ひょろっとした商人の姿だった。
「酒場で小耳に挟んだんだ、君達が今朝方帝国兵に噛み付いたって噂の少年達かい?」
「えぇ、たぶん僕達の事です」
レイが答えた、商人というには格好だけで巨大な荷物も持っていない。持っているのは腰にぶら下げた短刀だけ、少し変わった風に見える。
「失礼、私は海上商業組合連合の者です」
「海上商業って事は~……ギルド?」
「はい、折いった相談があるのですが……ここでは何です。場所を移しませんか?」
海上商業組合連合、通称ギルド。船で街々を渡り商売をする組織。通常は東大陸を拠点として中央大陸ではめったに見かけない人々である。彼らは常に儲けることしか頭にあらず、一般の旅人と会話することも少ない。もっぱら商人相手としか会話しないことで有名であった。
「珍しいですね、ギルドが旅人……ましてや僕達のような子供に相談とは」
酒場でレイ達は商人と話をしていた。先も述べた通り彼らは通常旅人とは商売をしない、会話どころか目を合わせることすらない。
「君達の話はこの酒場で耳にしました、とてもお強いらしいですね。しかもその若さで帝国に喧嘩を売るとは」
商人は水を片手に話し始めた。テーブルにはパンや魚の焼いた料理などが並べられている、これらは全て商人のおごりだという。
「結論から言いましょう。私たちは用心棒を探しています」
「用心棒?」
魚にかぶりついていたアデルが反応する、喋りながらも焼き魚を頬張りながら時折水を口に運ぶ。
「はい、この所巨大な烏賊に襲われる事件が多発しておりまして。腕の立つ旅人を探していたところです。そこに君達の話を耳にし相談をしているのですよ」
「巨大烏賊というと、クラーケンとか?」
一口サイズにパンをちぎって食べているガズルが質問する。
「その通り、この近海では見たことがなかったので私達の船には砲台もありません。武装していないので帰るに帰れず困っていたのですよ」
「クラーケンねぇ~」
ガズルが食べていたパンを一度皿に戻して背もたれに寄りかかる、レイとアデルはそのまま食事を続けている。懐から小さなメモ帳を取り出しページをぱらぱらとめくった。
「海での戦闘はしたことがない上にクラーケンとなると俺達ですらどうにかできるとは思えないな、ほかに協力者とかはいるのか?」
ガズルのメモ帳には現在確認されている指定巨大生物のリストが書かれていた、そこには三級脅威怪物としてクラーケンが書かれている。
「いえ、この話をすると皆さん話を降りてしまうのでまだ誰も」
「じゃぁ俺達もお断りだ、三級脅威なんて一般の旅人が太刀打ちできるはずもねぇ。攻城兵器でも積んである船でならまだしもそれがないんじゃ……」
そこまで言うとガズルは黙ってしまった、先ほどから喋らずに黙々と目の前の料理を食べている二人を見る。この話が聞こえているのか聞こえていないのか、話に参加せずに食べずつけている。
「お前らもこのおっさんに何とか言ってやってくれよ、大砲もないのに勝てるわけが――」
「おじさん、報酬はどうなってるんですか?」
レイが話に割り込む、突然報酬の話をしだしたのだ。それを聞いてガズルが呆れた顔で続ける。
「人の話を聞いてたのかレイ、相手はクラーケンだぞ?」
その言葉に今度はアデルが動きを止める。
「クラーケンだろ? 別に大したことないさ」
啖呵を切るアデルに対してめまいを起こしテーブルに伏せるガズル、一つため息をついてから顔を上げる。
「三級脅威って言ってるだろアデル、上から三番目の危険モンスターなんだ。それをたったの三人で倒せるわけがないだろう。船だって沈めちまう怪物なんだぞ?」
テーブルを叩くとそう怒鳴った。それにレイとアデルはキョトンとした顔で怒鳴った本人を見る、そのあと二人同時に笑いながら
「「倒したことのあるモンスターだよ」」
二人同時にそう告げた。
中央大陸の最南端の町グリーンズグリーンから出向してから約二時間、一人を除いては明るい笑い声が聞こえていた。楽しく笑う少年二人とその少年を取り囲んでいる数人の男達、その中で一番大きな体をした船員がガズルに向かって腕相撲を申し出てきた。
「どうだ坊主? 俺と腕相撲をやって勝てたら小遣いをやろう」
「おっさん、男に二言は許さないぜ?」
ガズルが眼鏡を外しレイに放り投げ、近くにあった丸いテーブルに座った。そのやる気満々のガズルに周りの男達は一斉に盛り上がった。
隣では賭け事が始まっている、勿論ガズルに掛けている者は誰もいなくすべて大男の方へと自然とガズルの方はガラガラになっていた。だが、そこに一つの紙幣がガズルの方へと置かれた、レイだ。
「大儲けさせてね?」
「任せとけ」
力一杯右腕を伸ばしてレイに親指を突き出す、この盛り上がりに忘れられた男が目を覚ます、何事かと辺りを見回し適当な所でレイを捕まえて説明をさせた。
「何? ガズルがあの大男と腕相撲で掛け勝負だぁ?」
アデルが呆れた顔でガズルの方を見る、それに対して事情を知らないレイがアデルに聞く。
「そうか、お前は知らないんだっけ? ガズルのパワーは並大抵じゃないんだ、背筋力からして化けモンだぜ。いくつだったかな……確か」
アデルが淡々と説明をしている時に辺りから歓声が巻き起こった、何事かとレイが振り向くと大男が腕を押さえながら悶絶しているのが目に入った、その隣でガズルがやりすぎたと心配をしている。
そっとアデルの方を見るとやれやれといった表情をしていた、そのままガズルの方へと歩き足を進める。隣に来るやいなや頭を一発軽く叩いて大男の腕を見る。
「あちゃ~、此奴は使い物にならないぜ? しばらくは安静にしてないと駄目だな」
「いてててて……何もんだ兄ちゃん達?」
右腕を左手で押さえながら苦笑いをして三人に向かって言う、だが誰も答えなかった、三人は顔を見合わせてそのまま笑った、ただただ笑っているだけだった。
暫くして騒ぎも収まり、雪降る海の上を大きな船が大波を立てて進んでいく。
「……」
冬の妖精が舞い降りる頃、雪積もる平原の上で一人の少年が何か考え事をしていた。
その少年は黒く肩ぐらいまで伸びている髪の毛をおでこの所にヘアバンドで止めていて、何処か悲しげな表情をしていた、右手にはショットパーソル(銃器の事、この場合は拳銃)を握って左手にはロングソードが握られていた。
腰には何本かのナイフがしまわれている。彼の服には血がこびり付いている、彼の足下にはすでに肉片と化した元々人間だったはずの肉体がそこには有った。肉片から流れ出る血は雪の絨毯を赤く染めていた。
「……」
少年は黙ったまま手に持っている剣を腰の鞘に収め銃を右のケースにそっとしまった、少年の先には二十代前半の青年が斧を持って立っている、その青年は少年に何かを告げてその場を去った。
少年は俯いたまま一歩、又一歩と歩き始める、とぼとぼと……まるで誰かを捜しているかのようなその足取りはやがて止まり天を仰ぐ。
「どこだ……レイ」
小さくそう呟いた。
また、この少年も雪降る海の上で一人物思いにふける、他の船員達は全員寝静まって見張りの二人以外を残しては全員寝ていた。
「おーい、兄ちゃん! そんな所でそんな格好じゃ風邪引くぜ?」
忠告ありがとうと一言だけ言い残しまた遙か遠くの大陸があるはずの方向だけをただ見つめていた。その少年は一つの手配書を手に取り何故こうなったのかをもう一度考え直していた。
「ギズー、待ってろよ」
青いジャンパーを着た少年は手配書をびりびりと破り捨てて空に放った。