残酷な描写あり
第四話 東大陸―グリーンズグリーン―
中央大陸を出向して二日、レイ達を乗せた船はちょうど四分の一と言う所まで進んでいる。相変わらず海の上は雪が降り、視界が悪かった。
船の監視役として一人だけ残り、他の人間は部屋で暖を取っている。
この部屋にも暖を取っている少年が三人。
「寒いな」
ガズルが窓の外を見てそっと呟く、レイは紅茶を飲みながら何やら小説を読んでいる、対してアデルはまだベットで寝ていた。
紅茶が入っているカップをそっとテーブルに置き本を閉じる、そして一つあくびをすると部屋を出ようとドアの前に足を運ぶ。
「レイ? 何処に行くんだ?」
「暇だから船内を見て回る事にしたんだ、流石に暇だから」
ふーんと一言だけ言ってレイを見送る、自分は何をしようかと悩むが何も思い浮かばずレイが読んでいた小説に手を出す。
「広い船だ」
ゆっくりと歩きながらレイが見たままの感想を言う、部屋を少し出た所に貨物室があり、その奥に機関部、来た方向へと目をやると食堂、寝室と何もない大きいフロアがある。
レイは機関部の方へと最初行く事にした、特別機械に興味があるわけでもないがどんな風に動いているかが知りたくなった、この船は全長五十メートル、横二十メートルほどは有る大型の船だ、そんな船をどのような機械で動かしているかなんてレイ以外でも知りたくはなるだろう。
「お、少年。こんな所に何か用か?」
船員達が休憩している所にレイはお邪魔した、全員がレイの方を見て何かと興味深そうに見ている。その視線にレイは大きいジャンパーを脱ぎそれを腰に巻いた。
「いえ、この船がどういう風に動いているか知りたくなりまして。大きな蒸気機関ですね、初めて見ます」
「そりゃそうだろ、この船は中央大陸、ひいては西大陸でもそうそう見掛けないほどの大きさの船だ。と言っても製造元は西大陸のリトル・グリーンだがね」
蒸気機関技術が発達した大きな街と言う事だけはレイも風の噂で聞いたことはあった、旧文明の遺産を復元させた技術街で世界中に技術を下していると聞く。
「ところで、何か手伝う事はありませんか? 部屋にいても暇で暇で……僕に出来る事があったら何でも言って下さい」
レイが笑顔でそう言うと全員がまた笑い始める、キョトンとするレイに先ほど話をしていた技術船員が腹に手を当てて笑いながらレイに言う。
「手伝うって、レイには何も出来ないぜ? 全部力が掛かった仕事だ、その貧弱な腕じゃビクともしねぇよ」
そうですかと一つ残念そうに言う、だがレイは諦めなかった。
近くにあった鉄の棒を一つ持ち上げて軽く手の平で放る、ジャックの隣にいた船員が目を丸くしてレイが放る鉄棒を見てこういった。
「おいおい、その鉄棒って五十キロは有るんだぞ! なんでそんな物を軽く放る事が出来るんだ? ちと貸してみてくれねぇか?」
レイは笑いながらその鉄棒を船員に投げた、受け取ろうと船員が手を伸ばした瞬間がくんとその手が下に落ちる。
「お……重てぇ」
ギリギリと右腕が悲鳴を上げている、たまらず両手に持ち替えて下に下ろす。
その様子に船員が不思議そうに鉄棒を持ち上げる、やはり重かった。大の大人が子供が軽々持ち上げていた鉄棒持ち上げられずに顔を強ばらせる。
「ちきしょう、お前さんどんな人間だよ」
船員が一つ愚痴をこぼすとレイはニコリと笑い説明を始める。
「普通の子供ですよ、ただ……法術で筋力を調整しているのでこの細い腕でも凄い力が出るんです。でもこれは最近覚えたばかりの術なので余り活用はしてません。因みにこの剣普通に持っていられますか?」
レイはポケットから幻聖石を一つ取り出しそれを霊剣に変える、船員の元へと足を運び霊剣を差し出した。
「それ位なら俺にだって――痛ってぇ!」
慌ててレイが霊剣を持ち上げる、船員の手は甲板にのめり込んでいた。それを見て他の船員達が大笑いをして馬鹿にする。
だが霊剣を持とうとした船員の手を見て馬鹿にする物は次第にいなくなった、彼の手には霊剣のグリップの部分が生々しく残っていた。
「やっぱり大人でも無理なんだ」
「何処が普通の子供だよ」
と一つ零した、他の船員達は休憩時間が終わるベルを聞くと重い腰を上げてめんどくさそうに仕事の方へと戻った。
居場所が無くなったのを知ったレイはまたジャンパーを羽織り寒い通路をへと戻っていく、今度は操縦をしている場所へと足を運ぶ。
そこには船長と航海士が六人、さらにはアデルが居た。
「あれアデル? 何時の間に起きたんだ?」
レイが扉を開けて入ってくると直ぐさまアデルの姿が目に入った、黒いエルメアを着て帽子を首から提げている状態で船長の隣に立っていた。
船長とアデルが振り向くとレイがジャンパーを羽織った状態でそこに立っている。
「よう、ついさっきだ」
「お早うレイ君、君も一杯どうだね?」
船長が手元にあったコーヒーカップを一つ見せると頂きますと一言言ってレイはカップを受け取り口に運ぶ。
一口すするとカップを近くのテーブルにおいた。中に入っているコーヒーは波に揺れている船と同じ感じに揺れ始める。
「それにしても雪止まないですね、見張りをしている人は寒そうだ」
レイが船長の隣で言う、そうだなと半分笑いながら船長が答えた。
その時船内に無数に取り付けられた管から見張りの声が聞こえた。
「艦長、二時の方向に救命弾を確認しました。どうします、助けますか?」
「クラーケンにやられたか。反応弾用意!」
その言葉に見張りをしていた男が銃口を空に向けた。
「発射!」
船長の声と共にその引き金は引かれて空に一つのたまを発射する、撃った後暫くするとたまははじけ飛び大きな音がその周辺に鳴り響いた。するとその音に反応するかのようにもう一発救命弾が打ち上げられた。
船長は進路を変え、救出するように命じると船は二時の方向へと角度を変える。
「かかか、艦長!」
見張りの声が管を通って操作室に響き渡った、あまりの大声に一同は耳を押さえて艦長の方を見る。
「馬鹿でけぇ声出すんじゃねぇ! どうした!?」
「ぜぜぜ、前方八百メートルにクラーケンを確認しました! その数三!」
その場にいた全員が船の正面を凝視する、雪で見えにくいが確かに巨大な影が三つ確認できる。
「そーらお出でなすった!」
一度だけ驚きそして頭を抱え込む、そして船員達に瞬時にして命令が下される。
「取り舵一杯! この区域から離脱する!」
「おいおい艦長さん、あの人達を見捨てるつもりかよ! この為に俺達がいるんだぜ!」
「相手が三匹も居たら無茶だ、この船だって木っ端微塵にされちまうよ」
弱音を吐き出した船長が葉巻を大きくすった、だが彼等は納得がいかなかった。そして直ぐに艦長の右手に握られていたマイクを奪うと大声で
「皆さん、僕達が何とかします。僕達が相手をしている間に早くあの人達を救助してやって下さい!」
レイだった、そして艦長にマイクを戻すと操舵室の扉を開けて甲板へと出る。雪が降りしきる中前方に見える魔物の姿を捕らえる。
直ぐさま荷物入れから幻聖石を取り出しそれを霊剣へと姿を変えた。
「この間の酒場での啖呵、本当に大丈夫なんだろうな?」
ガズルが空から飛んできた、大きな音を立てて甲板の上に着地しレイの横に並ぶ、左手を前に構え右手はだらりと下に垂らしている。
「余裕だろ? 昔相手にしたのはもっと大きかった」
後ろからゆっくりとアデルが両手に剣を構えて出てきた、左手に持っている剣をぶんぶんと振り回しゆっくりとレイの隣に着く。
「だけど一人一匹はちょっと辛いかな?」
「一匹と言うよりは一杯かな?」
冗談交じりでガズルがレイの言葉を返す、その言葉にアデルが笑いレイが本気で怒り出した。冗談冗談と良いながらガズルもニット帽を深くかぶり何時でも飛び出せる準備を整える。アデルも帽子をかぶり直した。
レイは霊剣を強く握りしめそして剣に風を集中させる。
「ガズルは左手前の一番小さい奴お願い、二人とも行くよ!」
その言葉と同時にレイが飛び出した、真っ正面に見える巨大なクラーケン目掛けて霊剣を縦一閃に降った。だがあまり手応えがないまま弾かれそうになる。
だが霊剣に集中させていた風がクラーケンを包み込みかまいたち状になりクラーケンを切り裂き始める、そして足を一本切り取りそのままクラーケンを蹴って船に戻る。
すでにガズルとアデルもクラーケンに飛び込んでいて甲板にはまだ戻っては来ていなかった、レイはそのまま足を持って食堂へと駆け込んだ。
「しつけえっての!」
何度も何度も重力波を繰り出すガズルの攻撃はクラーケンには全く聞いていなかった、それどころか足を捕まれて今にも海の中に引きずり込まれそうになる。
だがガズルもそればかりは勘弁と言わんばかりに必死に抵抗した、からみつく足に噛みついたり、巨大な重力波を作り出したりと必死な抵抗を見せた。
「うわぁ!」
クラーケンがガズルに向けて水を勢いよく掛けてきた、それを手に作り出した重力波で吸収する。
「もらったぁ!」
重力波を作り出した手を真上に挙げてそれを思いっきりクラーケンにたたきつける、重力波がクラーケンに当たるとその中から水が噴き出してきた、その水は重力によって凄まじいほどの水圧に変わりクラーケンを切り裂く。
「っはは! ざまぁみろ!」
自分の足にからみついていたクラーケンを足がほどかれたのを見計らってもう一度重力波をたたきつける、するとその反動でガズルは船の方へと押し戻される。
「痛てぇ!」
着地に失敗した、それを後ろの方から笑い声聞こえる。
振り向くと巨大なイカの足を良い具合に焼けた物を持って船の中から出てくるレイが居た。
「レイ、なんだそれ?」
「何って、クラーケンの足。結構美味しいよ?」
あつあつと言いながらほどよく焼けたイカの足を食べるレイにガズルは少し引いた、だが暫くしてから自分の後ろの方で何か物音が聞こえだした。
それは戦闘を終えて船に戻ってきたアデルだった。
「あちちち、焼きすぎたかな?」
「アデル、それは?」
「あ? レイと同じ物だよ、なんだガズルは確保しなかったのか?」
黒こげになったクラーケンお足を美味しそうに喰らうアデルを見てため息を一つ付いた、ずり落ちた眼鏡を直して操舵室の方へ親指を上に突き立てた。艦長が窓から呆気に取られた表情で三人を見ていた。
「本当に、化け物かお前ら」
艦長はそんな事を呟きながらガズルに向かって親指を上に突き出す、そして進路方向修正を舵室に繋げた。
「何だ、男かと思ったら女だったのか」
前方百メートル手前でアデルが双眼鏡を手にそう言った、難破船にはしごが下ろされた。しっかりとしがみつきながら登ってくる女性をレイが上から物珍しそうに見ている。
「女の子?」
少し興味有りそうにレイはそう呟いた、初々しいというか何というかガズルとアデルが楽しそうにレイの顔ををのぞき込む。
「レイ、このむさ苦しい船に女の子が乗ってきたのがそんなに嬉しいのか?」
「違うよ、ただ珍しいなって思ってさ」
「珍しい?」
ガズルが疑問そうにそう言った。
「だってそうだろ、こんな真冬の海で難破した船に取り残されてるなんてさ。見たところあの子一人だけだし、他の乗客は見あたらない」
なるほどとアデルが言った、ガズルも妙に納得した感じでうなずく。船の節に女性の手が出てきた、そしてゆっくりと身体を持ち上げて身体全体を見渡せる所まで来た。
「あの、有り難うございます」
その子は少女だった、見た目レイと同じか少し年下ぐらいだろう。黒いジャケット、ロングスカートにブーツを履いていた。
「――メル?」
レイが突然キョトンとした顔でそう言った、メルと呼ばれた少女は不思議そうにレイの顔を見る。そして少し悩んだ末に有る事を思い出した。
「もしかして、レイ君?」
「やっぱりメルだ! こんな所で何してんの?」
訳が分からず話がトントン拍子に進んでいるこの状況に全く付いていけない船員は勿論アデルとガズルはレイの顔をしばし睨んだ。
「おい、二人で妙に納得してないで説明が欲しいのだが」
後ろから艦長がゆっくりと寒そうに姿を現した、レイの方に腕を回してそして低い声でそう言った。
彼女は半年ぐらい前に偶然レイが立ち寄った街で知り合った少女で、名前はメルリス・ミリアレンストという。愛称はメル、ノーズフィップ出身の田舎町に生まれた。メルは両親を探して世界中を旅して回って居る途中、最初に述べた街で偶然にもレイと知り合う。そして二ヵ月の間一緒に旅を続けていた。
「ほう、お前さんにそんな経歴があったとはな。俺はてっきりお前ら三人の実につまらない男旅をずっと続けていたんだと思ってたぜ」
大声で笑いながら艦長はレイ達を冷やかした、冗談は止めてくれとガズルが少々ムッとした表情で答えそしてアデルが笑い出した。
「ところで、レイ君は何してるの?」
分が悪そうに苦笑いをしているレイの目の前でそう質問した、レイはとある事情でまた旅をしているとメルに伝える。
「なら、私をレイ君達のパーティーに加えてくれないかな?」
「あぁ?」
アデルが実に面白くなさそうにメルの顔をも見る、余りにも怖いその表情にメルはとっさにレイの後ろに隠れる。
「御免なさい」
「いきなりだな、俺がそんなに怖いか?」
「……御免なさい」
「正直だなお前」
さらに怒り出すアデルにメルは肩をすくめる、その様子にレイが苦笑いをしながら怒るアデルをなだめる。
「まぁまぁ、僕もその意見には賛成だ、それともアデルはこんなか弱い女の子にこんなクソッタレな世界を一人で旅を続けさせるつもりか?」
「同感だ、別に良いじゃないかアデル。俺もレイの意見に賛成。俺はそこまで鬼じゃないし。それに俺達の旅仲間が増えるのはとっても良い事じゃないか、それに女の子だぞ? よく考えて見ろよ?」
「……お前らどっちの味方だよ」
「メル」「当然メルちゃんだろ?」
二人は同時に言った、呆れた艦長が話に割り込む。
「良いじゃねぇかよアデル、よく考えても見ろ。女の子だぞ?」
「だから嫌なんだ、女なんて面倒くさいし鈍くさいし……」
アデルが吠えた、呆けに取られたレイ達はみんなで集まり肩をあわせてヒソヒソと何かを話し始めた。自分だけその輪に入れずに苛立ち始めるアデルは矛先を近くにいた見張り役の船員に向けた。
話が終わるとそこにいた全員は何やら納得してアデルの方に振り向く。
「アデル、一つ聞いて良いか?」
「何だよ」
「お前、女の子を好きになった経験は?」
話し合いが終わった後全員がドッと笑ってアデルの事をからかう、赤面になりながらも何で自分がこんなに馬鹿にされているのかをじっくりと考えて雪降る空の下、船の甲板に座り込んだ。
「何だよ、わりぃかよ!」
「いや、悪くはないけど。お前って本当に素直って言うか純粋って言うか何というか……」
少し落ち着いてきた所でガズルはいらだつアデルをなだめ始める、だがいまだ艦長は大爆笑にいた。
「アデル、お前って変だぞ?」
「だから、何でだよ!」
「何でもくそもあるか、お前の年ぐらいなら女の一人や二人は好きになっても良いんだけどな。全く可愛いぜお前は」
「う、うるせぇ! 今まで俺はアリス姉さんしか関わった事がないんだよ、むしろ男共の中で育った俺にそんな事を言うのは無理があるってモンだぜ!」
やっと笑うのが艦長一人だけになった所で正論を語り出した、無理もないとレイはアデルに肩を貸した。やれやれとガズルは首を振る、メルは相変わらずレイの後ろで肩を潜めながらクスクスと笑う。
「アデルさんって可愛いですね」
「アデルが可愛い……はははは!」
メルの一言でガズルが思いっ切り吹き出した、お腹に両手を当てて蹲りながら大爆笑を続ける。
「メル、余計な事を……」
「だああぁぁぁぁ!」
アデルが顔を真っ赤にしながら帽子を甲板に叩き付け髪の毛をかき乱す、そして凄い形相でメルの事を睨む。睨まれた当の本人は身体を全部レイの後ろに隠す。
「解った! 俺だって鬼じゃねぇ、ついて来いよ! ただし、荷物だと解ったら即置いておいていくからそのつもりでな!」
分が悪そうにアデルが後ろ向きでメルにそう伝えた、レイの後ろで嬉しそうにはしゃぐメル、それを苦笑いしてどう答えて良いか戸惑うレイ、アデルの顔を見るなりいきなり笑い出すガズルが甲板にいた。
「有り難うございます、これで私もパーティーの一人ですね!」
はしゃぎ続けるメルは甲板の壁際により腰を掛ける、波が少し収まり船の揺れが収まり掛けたその時、突然船は大きく揺れた。
「きゃぁ!」
メルが甲板から凍てつく海に身体が放り出された、手を伸ばすメルを必死に掴もうと少し離れた所にいたレイが手を伸ばす、だがそれは余りにも悲しく届かない距離だった。
メルは落ちた。
「メル!」
レイが凍てつく海に身を投げ出す。
「レイ、何やってんだよ!」
海に飛び込むなりアデルが船の上から檄を飛ばす、暫く海面上に顔を出さなかったがゆっくりと上がってきた。
「僕の事は心配するな、必ず戻る! 東大陸の入り口“ロクシェリベル”で合流、必ず行く!」
そう言うとまた凍てつく海の中へと潜ってしまった、船の上では全員が心配そうに海を見る。そして上がってこなかった。
「……」
小さな小屋があった、そこに暖炉と一つのベッド。暖炉には薪がいくつもたかれていて炎が上がっている、自分のベッドの方へ目をやると少年が倒れるようにベッドにもたれていた。
メルは状況を全く理解出来ないまま寝ているレイを起こそうとするが、酷い頭痛に襲われ再び意識を無くす。
それから何時間が経過しただろうか、メルは何か良いにおいが鼻を擽り目を覚ます。部屋にはランプが灯されていた、窓の外はすっかり暗く、雪が降っている。
「あ、気が付いたんだね」
奥の方から人の声が聞こえた、少年のような声は暫く出てこなかった。
「……レイ君?」
「そうだよ、いや~驚いたよ」
ゆっくりと鍋を両手に持って現れたレイは笑顔でそう言った。優しい言葉についつい赤くなってしまうメルはベッドから降りようとする。
「だめだよ、まだ寝てなきゃ」
「大丈夫です……っと」
「ほら、言わんこっちゃ無い」
ベッドから降りるなりふらつくメルの身体はレイの両手の中に倒れ込んだ、心配しながらレイはメルを抱きかかえて再びベッドへと寝かせる。
そして笑顔を作り小さなテーブルの上に置いてある鍋から数量食べ物を取り出してメルに差し出す。
「これ、レイ君が作ったの?」
「うん、僕以外に誰が居ると?」
「それもそうだけど、レイ君って料理出来るんだ」
「心外だな、僕はこう見えても料理は得意中の得意なんだ。まぁ……アデルには負けるけどね」
メルはアデルの名前を聞いた瞬間吹き出した。
「けほけほ、アデルさんって料理出来るんだ」
「うん、腕は保証出来るよ」
笑いながらそう言うと今度は自分の分をお皿に取り食べ始める、そして綺麗に食べた。
しばらくの間料理の話で二人は盛り上がり、時間が経つのを忘れていた。何時しか眠気が襲ってくる状態まで時間は掛からなかった。
「そう言えば、レイ君達は何で旅をしてるの?」
眠そうにメルがそう聞く、少し驚きの表情を顔に出してからレイはベッドの上に座る。暫く何かを考えてから口を開く。
「旅をしてる理由は僕だけなんだ、アデルやガズルにはただ付き添って貰ってるというか興味本意で付いてきてるというか何というか」
「はぁ」
「数週間前、僕はとある砂漠の街で用心棒を頼まれて雇われた、その時にアデル達とは会えたんだ。会えたと思ったら今度は一つの手配書を見てそいつが僕の探している人で、町を出ようとしたら今度は帝国兵に絡まれて、その後グリーンズグリーンから船で数日経ったときにメルが出てきて、そんでもって……メルが海に落ちたからそれを助ける為に僕も飛び込んで今に至る」
「相変わらず順序よく喋るね」
レイは笑顔でそうだねと答えた、今度はレイの方から質問を出す。
「それで、メルは相変わらずご両親を探してるんだ」
「うん、なかなか見つからなくてね……所で、ここは何処なの?」
「ここ?」
雪降る窓の外は夜なのに白く明るかった、全てをてらしてくれる夜の太陽は隠れ今は冬の精霊達が光を奏でている。
「ここは東大陸の玄関口、ノルスゲートだよ。 あまり中央大陸とは交流はないけどそれなりの軍事国家を持った大きな大陸だよ、メルはあっちこっち旅をしているから東大陸にも来た事はあるんでしょ?」
「ううん、私はお金とかあまり多く持ってなかったから中央大陸だけ。今回お金が大量に入ったから大陸を渡ってみようと思って船に乗ったの、でも……航海の途中クラーケンの群れに襲われて」
「それでクラーケンが居たのか」
中央大陸から離れて暫く航海を続けていたレイ達もそのクラーケンの群れに出会った、だがいとも簡単にクラーケン達を海の藻屑へと変えた。
次ぎにメルはこれからの事を聞いた、海に飛び込んだ後にアデル達に伝えた事をそのままメルに伝えるとメルは少し悩みながら了承した。
ここは東大陸の入り口グリーンズグリーン。
そこには一つの船が停泊していた、その船に灰色の軍服を着た兵隊達が荷物検査をしている。それは東大陸にも拠点を持つ帝国兵士達だった。
「どうする?」
「どうするって……勿論ずらかるさ」
「どうやって?」
「多分、こうやって!」
荷物室から一人の少年が飛び出した、黒い帽子に黒いエルメアを着て黒い髪の毛は腰ぐらいまで伸びている。彼の名はアデル・ロード、中央大陸を拠点とするカルナックのリーダーだ。その後ろからやれやれと言いながら青いニット帽を深くかぶった眼鏡姿の少年が飛び出す。
荷物室から飛び出した二人は帝国兵の調査団と接触しそれらを全て斬り殺した。甲板に出ると身体検査をしている帝国兵が数人居た。
「貴様、アデル・ロード!」
「ほう、俺の名前知ってるのか。驚きだな」
「いや、多分手配書を見てるからじゃないか?」
身体検査をしていた数人が肩に提げているショットパーソルを構えて数発発砲する、その弾丸はアデル達の足下に着弾して甲板に小さな穴をつくりだした。
「中尉を呼んでこい!」
体格の良い帝国兵士がショットパーソルを構えながらそう叫んだ、わかりましたと部下が一人血相を変えて船を下りて自分たちのテントの場所まで走りだす。
「なぁ、手っ取り早くやろうぜ。人数が増えるとやっかいだ」
「同感!」
アデルとガズルはそれぞれ小さな体格から想像も付かない力を使いそれぞれ跳躍した、高く飛び上がった二人は勢いよく数人の帝国兵へと襲いかかる。
「小僧!」
一発アデルの至近距離で発砲された、だがアデルは剣を引き抜くとその弾丸を弾いた。
「でやぁ!」
右に構える剣を逆手に持ち替えてショットパーソル目掛けて切った、鉄で出来た銃口はいとも簡単に切れ甲板にゴトンと言う音と共に落下した。そしてアデルは硬直する帝国兵の腹部を切断した。
そして次の目標に向かって走り出す。
ガズルも飛んでくる弾丸を寸前の所で左右にかわして一人の帝国兵の鳩尾に強烈な打撃をたたき込む、悶絶した帝国兵の身体を低く構えた状態から回し蹴りを入れる。大きく吹き飛んだ帝国兵は数人を巻き添えに船から吹き飛ばされた。
「このまま船を出るぞ!」
アデルがそう叫びガズルがうなずいた。そして船から出ようとしたその時何時しか見た帝国兵が目の前に現れた。
「そこまでだ二人とも」
「何が騒がしいんですか?」
グリーンズグリーンの町中で人々がざわめき始めた、その騒ぎに花屋の店番をしていた一人の少女がエプロン姿のまま路上に出てきた。
黒い髪の毛で肩より少し上の方で短い、身長は百五十ちょっとの普通の少女だった。その少女の目の前で隣の店の叔母さんがシフトパーソルを持って店から飛び出してきた。
「ちょっと、マーグレスさん。そんな物騒な物持ってどうしたの?」
「あらアリスちゃん、実は今中央から来た船と帝国の連中がドンパチやってるって話じゃないか、この御時世帝国に喧嘩売るなんて凄い奴等だろうね。もしもだよ、そいつらが町中で暴れたりでもしたらこれで撃ち殺してやろうと思ってね」
「相変わらず過激ですね、私なら……」
「アリスちゃんなら?」
「その人達を助けて一緒にこの町を出たいかな?」
「また始まったよ、本当にアリスちゃんは旅が好きなんだね」
「まぁ、この御時世ですからね、色々とやってみたい事は有るんですよ」
「そうだね、でも――」
マーグレスの言葉が中断した、中断と言うより遠くの方で大きな爆発音が聞こえてそれがマーグレスの言葉に重なった。
「うわー、本当にやってるんだ」
爆風で短い髪の毛がサワサワと揺れる、路上の誇りが舞い上がりエプロンの下のスカートをばたばたと揺らした。
船上では激しい炎が上がっていた、ガズルは身体毎吹き飛ばされアデルも同じようにして奥の方へと飛ばされた。
「ててて、ちきしょう。あの時戦わなくて正解だったな」
「アホ、今だって同じだ!」
アデルとガズルは互いに起きあがり今目の前にいる敵を睨んだ。
「次は見逃さない、そう言ったでしょう?」
レイヴンが楽しそうに笑う、冗談じゃねぇとアデルが苦笑いをしてから両手に構える剣を逆手に持ち変える。
「律儀な野郎だ」
アデルが飛びかかる、綺麗に剣の軌道を残しながらレイヴンの身体すれすれの所を切る。別にアデルが手を抜いてるわけではない、レイヴンが微妙な所で避けているだけだ。
そして両者の剣がぶつかる。
「それにしても良い剣さばきですねアデル君。――師は誰だ?」
「……カルナック、『カルナック・コンツェルト』」
その名前にレイヴンが驚く、暫くの沈黙が続いた後アデルの顔を熱い眼差しで見る。
「あの人ですか、ならば一層手を抜く事は出来ませんね」
ニヤリと不気味に笑いアデルの剣をはじき飛ばした、アデルはその勢いのままガズルの方へ飛ばされる。
「あんた、おやっさん知ってるのか?」
「勿論知ってますよ、あの人は親友です。ただ、特殊な意味でのですけどね」
「どういう意味だ!」
「……そうですか、あなた方は何も知らされていないようですね」
つかつかと足音をたててゆっくりと歩き出した、茶色い髪の毛が周りの炎にてらされてより一層深みを増す。次第にその髪の毛の色は茶色い色から深紅の赤色に変わった。
「貴方がカルナックの弟子というのなら勿論この法術は学んでいますね?」
「何!?」
また一つ笑みを零すとレイヴンはアデル達の目の前から消え、音もなく後ろに回り込まれた。
「な!」「はぁ!?」
首を後ろの方へと向きを変えるとレイヴンが左手を大きく振りかぶっていた。
「遅い」
振り下ろした手から炎が吹き出しアデルとガズルを反対方向へと吹き飛ばした。そして大きな爆発音が聞こえ爆風と共に衝撃波が二人を襲う。
身体中軽度の火傷が数カ所見受けられる二人は、その場から立つ事も困難な状態になっていた、アデルは唇をかみしめガズルは大声でちきしょうと叫ぶ。
「強すぎる、これが特殊任務部隊中隊長の力かよ。中隊長と言う事はまだこの上が居るって事じゃねぇか!」
「アデルにしちゃぁ上出来だ、でもまずはこの状況をどうにかして逃げ出さないと話にもならんぜ」
ガズルは何とか立ち上がるとなにか法術を唱え始めた、真っ正面を睨みながら黙々と詠唱を続けるガズル。
「治癒法術」
大学で学んだ回復法術だった、回復性の高い光が二人を包み少しながら体力が戻った。だがガズルにはそれが何の意味も持たない事だと知っていた。
なぜならば運良くこの燃え上がる船から脱出できたところであのレイヴンの移動速度、攻撃力、そして何より判断力を前にしてこの二人だけでは敵うはずはなかった。
「さて、この後はどう出てくるつもりだ……」
「やれやれ、あなた方は敵の気配にも気付く事が出来ないなんて全く」
突如後ろの方から声が聞こえた、形相を変えてアデルは後ろを振り返るとそこには残念そうに樽にレイヴンが座っていた。
「何時の間に」
「そろそろ遊びも飽きました、ですが、アデル君。貴方を今殺してしまうのは少々惜しい、完全にカルナックからの教えをマスター出来ずにいる。マスターしているのであれば私が今何をしているのかがすぐにでも解るはずなのに……君は全くと言っていいほど分かってはいない」
「んだとぉ!」
「逃げなさい、今回も見逃してあげます。ですが、本当に次はありませんよ、あの青髪の青年にもそう伝えておいて下さい」
ゆっくりと立ち上がるレイヴンを睨み続けるアデルは何時しか髪の毛が逆立っていた。
「最後に一つだけ教えろ、お前とおやっさんはどんな関係だったんだ!」
立ち去ろうと歩き出したレイヴンは髪の毛の色を戻して階段を下りようとしていた。アデルに呼び止められて立ち止まる、そして後ろを振り返りにこっと笑うと
「私は――君の兄弟子になりますかね?」
そう言った。
また歩き出すレイヴンの後ろ姿を睨みながらアデルは舌打ちをする。完璧な敗北だった、そしてアデルが生まれて初めて負けた事を知る。
「アデル!」
後ろからガズルが背中を突き飛ばした、そして海へと落ちる。海面に浮かび上がった時上からガズルも落ちてきた、船は積み込まれていた火薬に炎が引火し、大きな爆発音と共に木っ端微塵と化した。
船の監視役として一人だけ残り、他の人間は部屋で暖を取っている。
この部屋にも暖を取っている少年が三人。
「寒いな」
ガズルが窓の外を見てそっと呟く、レイは紅茶を飲みながら何やら小説を読んでいる、対してアデルはまだベットで寝ていた。
紅茶が入っているカップをそっとテーブルに置き本を閉じる、そして一つあくびをすると部屋を出ようとドアの前に足を運ぶ。
「レイ? 何処に行くんだ?」
「暇だから船内を見て回る事にしたんだ、流石に暇だから」
ふーんと一言だけ言ってレイを見送る、自分は何をしようかと悩むが何も思い浮かばずレイが読んでいた小説に手を出す。
「広い船だ」
ゆっくりと歩きながらレイが見たままの感想を言う、部屋を少し出た所に貨物室があり、その奥に機関部、来た方向へと目をやると食堂、寝室と何もない大きいフロアがある。
レイは機関部の方へと最初行く事にした、特別機械に興味があるわけでもないがどんな風に動いているかが知りたくなった、この船は全長五十メートル、横二十メートルほどは有る大型の船だ、そんな船をどのような機械で動かしているかなんてレイ以外でも知りたくはなるだろう。
「お、少年。こんな所に何か用か?」
船員達が休憩している所にレイはお邪魔した、全員がレイの方を見て何かと興味深そうに見ている。その視線にレイは大きいジャンパーを脱ぎそれを腰に巻いた。
「いえ、この船がどういう風に動いているか知りたくなりまして。大きな蒸気機関ですね、初めて見ます」
「そりゃそうだろ、この船は中央大陸、ひいては西大陸でもそうそう見掛けないほどの大きさの船だ。と言っても製造元は西大陸のリトル・グリーンだがね」
蒸気機関技術が発達した大きな街と言う事だけはレイも風の噂で聞いたことはあった、旧文明の遺産を復元させた技術街で世界中に技術を下していると聞く。
「ところで、何か手伝う事はありませんか? 部屋にいても暇で暇で……僕に出来る事があったら何でも言って下さい」
レイが笑顔でそう言うと全員がまた笑い始める、キョトンとするレイに先ほど話をしていた技術船員が腹に手を当てて笑いながらレイに言う。
「手伝うって、レイには何も出来ないぜ? 全部力が掛かった仕事だ、その貧弱な腕じゃビクともしねぇよ」
そうですかと一つ残念そうに言う、だがレイは諦めなかった。
近くにあった鉄の棒を一つ持ち上げて軽く手の平で放る、ジャックの隣にいた船員が目を丸くしてレイが放る鉄棒を見てこういった。
「おいおい、その鉄棒って五十キロは有るんだぞ! なんでそんな物を軽く放る事が出来るんだ? ちと貸してみてくれねぇか?」
レイは笑いながらその鉄棒を船員に投げた、受け取ろうと船員が手を伸ばした瞬間がくんとその手が下に落ちる。
「お……重てぇ」
ギリギリと右腕が悲鳴を上げている、たまらず両手に持ち替えて下に下ろす。
その様子に船員が不思議そうに鉄棒を持ち上げる、やはり重かった。大の大人が子供が軽々持ち上げていた鉄棒持ち上げられずに顔を強ばらせる。
「ちきしょう、お前さんどんな人間だよ」
船員が一つ愚痴をこぼすとレイはニコリと笑い説明を始める。
「普通の子供ですよ、ただ……法術で筋力を調整しているのでこの細い腕でも凄い力が出るんです。でもこれは最近覚えたばかりの術なので余り活用はしてません。因みにこの剣普通に持っていられますか?」
レイはポケットから幻聖石を一つ取り出しそれを霊剣に変える、船員の元へと足を運び霊剣を差し出した。
「それ位なら俺にだって――痛ってぇ!」
慌ててレイが霊剣を持ち上げる、船員の手は甲板にのめり込んでいた。それを見て他の船員達が大笑いをして馬鹿にする。
だが霊剣を持とうとした船員の手を見て馬鹿にする物は次第にいなくなった、彼の手には霊剣のグリップの部分が生々しく残っていた。
「やっぱり大人でも無理なんだ」
「何処が普通の子供だよ」
と一つ零した、他の船員達は休憩時間が終わるベルを聞くと重い腰を上げてめんどくさそうに仕事の方へと戻った。
居場所が無くなったのを知ったレイはまたジャンパーを羽織り寒い通路をへと戻っていく、今度は操縦をしている場所へと足を運ぶ。
そこには船長と航海士が六人、さらにはアデルが居た。
「あれアデル? 何時の間に起きたんだ?」
レイが扉を開けて入ってくると直ぐさまアデルの姿が目に入った、黒いエルメアを着て帽子を首から提げている状態で船長の隣に立っていた。
船長とアデルが振り向くとレイがジャンパーを羽織った状態でそこに立っている。
「よう、ついさっきだ」
「お早うレイ君、君も一杯どうだね?」
船長が手元にあったコーヒーカップを一つ見せると頂きますと一言言ってレイはカップを受け取り口に運ぶ。
一口すするとカップを近くのテーブルにおいた。中に入っているコーヒーは波に揺れている船と同じ感じに揺れ始める。
「それにしても雪止まないですね、見張りをしている人は寒そうだ」
レイが船長の隣で言う、そうだなと半分笑いながら船長が答えた。
その時船内に無数に取り付けられた管から見張りの声が聞こえた。
「艦長、二時の方向に救命弾を確認しました。どうします、助けますか?」
「クラーケンにやられたか。反応弾用意!」
その言葉に見張りをしていた男が銃口を空に向けた。
「発射!」
船長の声と共にその引き金は引かれて空に一つのたまを発射する、撃った後暫くするとたまははじけ飛び大きな音がその周辺に鳴り響いた。するとその音に反応するかのようにもう一発救命弾が打ち上げられた。
船長は進路を変え、救出するように命じると船は二時の方向へと角度を変える。
「かかか、艦長!」
見張りの声が管を通って操作室に響き渡った、あまりの大声に一同は耳を押さえて艦長の方を見る。
「馬鹿でけぇ声出すんじゃねぇ! どうした!?」
「ぜぜぜ、前方八百メートルにクラーケンを確認しました! その数三!」
その場にいた全員が船の正面を凝視する、雪で見えにくいが確かに巨大な影が三つ確認できる。
「そーらお出でなすった!」
一度だけ驚きそして頭を抱え込む、そして船員達に瞬時にして命令が下される。
「取り舵一杯! この区域から離脱する!」
「おいおい艦長さん、あの人達を見捨てるつもりかよ! この為に俺達がいるんだぜ!」
「相手が三匹も居たら無茶だ、この船だって木っ端微塵にされちまうよ」
弱音を吐き出した船長が葉巻を大きくすった、だが彼等は納得がいかなかった。そして直ぐに艦長の右手に握られていたマイクを奪うと大声で
「皆さん、僕達が何とかします。僕達が相手をしている間に早くあの人達を救助してやって下さい!」
レイだった、そして艦長にマイクを戻すと操舵室の扉を開けて甲板へと出る。雪が降りしきる中前方に見える魔物の姿を捕らえる。
直ぐさま荷物入れから幻聖石を取り出しそれを霊剣へと姿を変えた。
「この間の酒場での啖呵、本当に大丈夫なんだろうな?」
ガズルが空から飛んできた、大きな音を立てて甲板の上に着地しレイの横に並ぶ、左手を前に構え右手はだらりと下に垂らしている。
「余裕だろ? 昔相手にしたのはもっと大きかった」
後ろからゆっくりとアデルが両手に剣を構えて出てきた、左手に持っている剣をぶんぶんと振り回しゆっくりとレイの隣に着く。
「だけど一人一匹はちょっと辛いかな?」
「一匹と言うよりは一杯かな?」
冗談交じりでガズルがレイの言葉を返す、その言葉にアデルが笑いレイが本気で怒り出した。冗談冗談と良いながらガズルもニット帽を深くかぶり何時でも飛び出せる準備を整える。アデルも帽子をかぶり直した。
レイは霊剣を強く握りしめそして剣に風を集中させる。
「ガズルは左手前の一番小さい奴お願い、二人とも行くよ!」
その言葉と同時にレイが飛び出した、真っ正面に見える巨大なクラーケン目掛けて霊剣を縦一閃に降った。だがあまり手応えがないまま弾かれそうになる。
だが霊剣に集中させていた風がクラーケンを包み込みかまいたち状になりクラーケンを切り裂き始める、そして足を一本切り取りそのままクラーケンを蹴って船に戻る。
すでにガズルとアデルもクラーケンに飛び込んでいて甲板にはまだ戻っては来ていなかった、レイはそのまま足を持って食堂へと駆け込んだ。
「しつけえっての!」
何度も何度も重力波を繰り出すガズルの攻撃はクラーケンには全く聞いていなかった、それどころか足を捕まれて今にも海の中に引きずり込まれそうになる。
だがガズルもそればかりは勘弁と言わんばかりに必死に抵抗した、からみつく足に噛みついたり、巨大な重力波を作り出したりと必死な抵抗を見せた。
「うわぁ!」
クラーケンがガズルに向けて水を勢いよく掛けてきた、それを手に作り出した重力波で吸収する。
「もらったぁ!」
重力波を作り出した手を真上に挙げてそれを思いっきりクラーケンにたたきつける、重力波がクラーケンに当たるとその中から水が噴き出してきた、その水は重力によって凄まじいほどの水圧に変わりクラーケンを切り裂く。
「っはは! ざまぁみろ!」
自分の足にからみついていたクラーケンを足がほどかれたのを見計らってもう一度重力波をたたきつける、するとその反動でガズルは船の方へと押し戻される。
「痛てぇ!」
着地に失敗した、それを後ろの方から笑い声聞こえる。
振り向くと巨大なイカの足を良い具合に焼けた物を持って船の中から出てくるレイが居た。
「レイ、なんだそれ?」
「何って、クラーケンの足。結構美味しいよ?」
あつあつと言いながらほどよく焼けたイカの足を食べるレイにガズルは少し引いた、だが暫くしてから自分の後ろの方で何か物音が聞こえだした。
それは戦闘を終えて船に戻ってきたアデルだった。
「あちちち、焼きすぎたかな?」
「アデル、それは?」
「あ? レイと同じ物だよ、なんだガズルは確保しなかったのか?」
黒こげになったクラーケンお足を美味しそうに喰らうアデルを見てため息を一つ付いた、ずり落ちた眼鏡を直して操舵室の方へ親指を上に突き立てた。艦長が窓から呆気に取られた表情で三人を見ていた。
「本当に、化け物かお前ら」
艦長はそんな事を呟きながらガズルに向かって親指を上に突き出す、そして進路方向修正を舵室に繋げた。
「何だ、男かと思ったら女だったのか」
前方百メートル手前でアデルが双眼鏡を手にそう言った、難破船にはしごが下ろされた。しっかりとしがみつきながら登ってくる女性をレイが上から物珍しそうに見ている。
「女の子?」
少し興味有りそうにレイはそう呟いた、初々しいというか何というかガズルとアデルが楽しそうにレイの顔ををのぞき込む。
「レイ、このむさ苦しい船に女の子が乗ってきたのがそんなに嬉しいのか?」
「違うよ、ただ珍しいなって思ってさ」
「珍しい?」
ガズルが疑問そうにそう言った。
「だってそうだろ、こんな真冬の海で難破した船に取り残されてるなんてさ。見たところあの子一人だけだし、他の乗客は見あたらない」
なるほどとアデルが言った、ガズルも妙に納得した感じでうなずく。船の節に女性の手が出てきた、そしてゆっくりと身体を持ち上げて身体全体を見渡せる所まで来た。
「あの、有り難うございます」
その子は少女だった、見た目レイと同じか少し年下ぐらいだろう。黒いジャケット、ロングスカートにブーツを履いていた。
「――メル?」
レイが突然キョトンとした顔でそう言った、メルと呼ばれた少女は不思議そうにレイの顔を見る。そして少し悩んだ末に有る事を思い出した。
「もしかして、レイ君?」
「やっぱりメルだ! こんな所で何してんの?」
訳が分からず話がトントン拍子に進んでいるこの状況に全く付いていけない船員は勿論アデルとガズルはレイの顔をしばし睨んだ。
「おい、二人で妙に納得してないで説明が欲しいのだが」
後ろから艦長がゆっくりと寒そうに姿を現した、レイの方に腕を回してそして低い声でそう言った。
彼女は半年ぐらい前に偶然レイが立ち寄った街で知り合った少女で、名前はメルリス・ミリアレンストという。愛称はメル、ノーズフィップ出身の田舎町に生まれた。メルは両親を探して世界中を旅して回って居る途中、最初に述べた街で偶然にもレイと知り合う。そして二ヵ月の間一緒に旅を続けていた。
「ほう、お前さんにそんな経歴があったとはな。俺はてっきりお前ら三人の実につまらない男旅をずっと続けていたんだと思ってたぜ」
大声で笑いながら艦長はレイ達を冷やかした、冗談は止めてくれとガズルが少々ムッとした表情で答えそしてアデルが笑い出した。
「ところで、レイ君は何してるの?」
分が悪そうに苦笑いをしているレイの目の前でそう質問した、レイはとある事情でまた旅をしているとメルに伝える。
「なら、私をレイ君達のパーティーに加えてくれないかな?」
「あぁ?」
アデルが実に面白くなさそうにメルの顔をも見る、余りにも怖いその表情にメルはとっさにレイの後ろに隠れる。
「御免なさい」
「いきなりだな、俺がそんなに怖いか?」
「……御免なさい」
「正直だなお前」
さらに怒り出すアデルにメルは肩をすくめる、その様子にレイが苦笑いをしながら怒るアデルをなだめる。
「まぁまぁ、僕もその意見には賛成だ、それともアデルはこんなか弱い女の子にこんなクソッタレな世界を一人で旅を続けさせるつもりか?」
「同感だ、別に良いじゃないかアデル。俺もレイの意見に賛成。俺はそこまで鬼じゃないし。それに俺達の旅仲間が増えるのはとっても良い事じゃないか、それに女の子だぞ? よく考えて見ろよ?」
「……お前らどっちの味方だよ」
「メル」「当然メルちゃんだろ?」
二人は同時に言った、呆れた艦長が話に割り込む。
「良いじゃねぇかよアデル、よく考えても見ろ。女の子だぞ?」
「だから嫌なんだ、女なんて面倒くさいし鈍くさいし……」
アデルが吠えた、呆けに取られたレイ達はみんなで集まり肩をあわせてヒソヒソと何かを話し始めた。自分だけその輪に入れずに苛立ち始めるアデルは矛先を近くにいた見張り役の船員に向けた。
話が終わるとそこにいた全員は何やら納得してアデルの方に振り向く。
「アデル、一つ聞いて良いか?」
「何だよ」
「お前、女の子を好きになった経験は?」
話し合いが終わった後全員がドッと笑ってアデルの事をからかう、赤面になりながらも何で自分がこんなに馬鹿にされているのかをじっくりと考えて雪降る空の下、船の甲板に座り込んだ。
「何だよ、わりぃかよ!」
「いや、悪くはないけど。お前って本当に素直って言うか純粋って言うか何というか……」
少し落ち着いてきた所でガズルはいらだつアデルをなだめ始める、だがいまだ艦長は大爆笑にいた。
「アデル、お前って変だぞ?」
「だから、何でだよ!」
「何でもくそもあるか、お前の年ぐらいなら女の一人や二人は好きになっても良いんだけどな。全く可愛いぜお前は」
「う、うるせぇ! 今まで俺はアリス姉さんしか関わった事がないんだよ、むしろ男共の中で育った俺にそんな事を言うのは無理があるってモンだぜ!」
やっと笑うのが艦長一人だけになった所で正論を語り出した、無理もないとレイはアデルに肩を貸した。やれやれとガズルは首を振る、メルは相変わらずレイの後ろで肩を潜めながらクスクスと笑う。
「アデルさんって可愛いですね」
「アデルが可愛い……はははは!」
メルの一言でガズルが思いっ切り吹き出した、お腹に両手を当てて蹲りながら大爆笑を続ける。
「メル、余計な事を……」
「だああぁぁぁぁ!」
アデルが顔を真っ赤にしながら帽子を甲板に叩き付け髪の毛をかき乱す、そして凄い形相でメルの事を睨む。睨まれた当の本人は身体を全部レイの後ろに隠す。
「解った! 俺だって鬼じゃねぇ、ついて来いよ! ただし、荷物だと解ったら即置いておいていくからそのつもりでな!」
分が悪そうにアデルが後ろ向きでメルにそう伝えた、レイの後ろで嬉しそうにはしゃぐメル、それを苦笑いしてどう答えて良いか戸惑うレイ、アデルの顔を見るなりいきなり笑い出すガズルが甲板にいた。
「有り難うございます、これで私もパーティーの一人ですね!」
はしゃぎ続けるメルは甲板の壁際により腰を掛ける、波が少し収まり船の揺れが収まり掛けたその時、突然船は大きく揺れた。
「きゃぁ!」
メルが甲板から凍てつく海に身体が放り出された、手を伸ばすメルを必死に掴もうと少し離れた所にいたレイが手を伸ばす、だがそれは余りにも悲しく届かない距離だった。
メルは落ちた。
「メル!」
レイが凍てつく海に身を投げ出す。
「レイ、何やってんだよ!」
海に飛び込むなりアデルが船の上から檄を飛ばす、暫く海面上に顔を出さなかったがゆっくりと上がってきた。
「僕の事は心配するな、必ず戻る! 東大陸の入り口“ロクシェリベル”で合流、必ず行く!」
そう言うとまた凍てつく海の中へと潜ってしまった、船の上では全員が心配そうに海を見る。そして上がってこなかった。
「……」
小さな小屋があった、そこに暖炉と一つのベッド。暖炉には薪がいくつもたかれていて炎が上がっている、自分のベッドの方へ目をやると少年が倒れるようにベッドにもたれていた。
メルは状況を全く理解出来ないまま寝ているレイを起こそうとするが、酷い頭痛に襲われ再び意識を無くす。
それから何時間が経過しただろうか、メルは何か良いにおいが鼻を擽り目を覚ます。部屋にはランプが灯されていた、窓の外はすっかり暗く、雪が降っている。
「あ、気が付いたんだね」
奥の方から人の声が聞こえた、少年のような声は暫く出てこなかった。
「……レイ君?」
「そうだよ、いや~驚いたよ」
ゆっくりと鍋を両手に持って現れたレイは笑顔でそう言った。優しい言葉についつい赤くなってしまうメルはベッドから降りようとする。
「だめだよ、まだ寝てなきゃ」
「大丈夫です……っと」
「ほら、言わんこっちゃ無い」
ベッドから降りるなりふらつくメルの身体はレイの両手の中に倒れ込んだ、心配しながらレイはメルを抱きかかえて再びベッドへと寝かせる。
そして笑顔を作り小さなテーブルの上に置いてある鍋から数量食べ物を取り出してメルに差し出す。
「これ、レイ君が作ったの?」
「うん、僕以外に誰が居ると?」
「それもそうだけど、レイ君って料理出来るんだ」
「心外だな、僕はこう見えても料理は得意中の得意なんだ。まぁ……アデルには負けるけどね」
メルはアデルの名前を聞いた瞬間吹き出した。
「けほけほ、アデルさんって料理出来るんだ」
「うん、腕は保証出来るよ」
笑いながらそう言うと今度は自分の分をお皿に取り食べ始める、そして綺麗に食べた。
しばらくの間料理の話で二人は盛り上がり、時間が経つのを忘れていた。何時しか眠気が襲ってくる状態まで時間は掛からなかった。
「そう言えば、レイ君達は何で旅をしてるの?」
眠そうにメルがそう聞く、少し驚きの表情を顔に出してからレイはベッドの上に座る。暫く何かを考えてから口を開く。
「旅をしてる理由は僕だけなんだ、アデルやガズルにはただ付き添って貰ってるというか興味本意で付いてきてるというか何というか」
「はぁ」
「数週間前、僕はとある砂漠の街で用心棒を頼まれて雇われた、その時にアデル達とは会えたんだ。会えたと思ったら今度は一つの手配書を見てそいつが僕の探している人で、町を出ようとしたら今度は帝国兵に絡まれて、その後グリーンズグリーンから船で数日経ったときにメルが出てきて、そんでもって……メルが海に落ちたからそれを助ける為に僕も飛び込んで今に至る」
「相変わらず順序よく喋るね」
レイは笑顔でそうだねと答えた、今度はレイの方から質問を出す。
「それで、メルは相変わらずご両親を探してるんだ」
「うん、なかなか見つからなくてね……所で、ここは何処なの?」
「ここ?」
雪降る窓の外は夜なのに白く明るかった、全てをてらしてくれる夜の太陽は隠れ今は冬の精霊達が光を奏でている。
「ここは東大陸の玄関口、ノルスゲートだよ。 あまり中央大陸とは交流はないけどそれなりの軍事国家を持った大きな大陸だよ、メルはあっちこっち旅をしているから東大陸にも来た事はあるんでしょ?」
「ううん、私はお金とかあまり多く持ってなかったから中央大陸だけ。今回お金が大量に入ったから大陸を渡ってみようと思って船に乗ったの、でも……航海の途中クラーケンの群れに襲われて」
「それでクラーケンが居たのか」
中央大陸から離れて暫く航海を続けていたレイ達もそのクラーケンの群れに出会った、だがいとも簡単にクラーケン達を海の藻屑へと変えた。
次ぎにメルはこれからの事を聞いた、海に飛び込んだ後にアデル達に伝えた事をそのままメルに伝えるとメルは少し悩みながら了承した。
ここは東大陸の入り口グリーンズグリーン。
そこには一つの船が停泊していた、その船に灰色の軍服を着た兵隊達が荷物検査をしている。それは東大陸にも拠点を持つ帝国兵士達だった。
「どうする?」
「どうするって……勿論ずらかるさ」
「どうやって?」
「多分、こうやって!」
荷物室から一人の少年が飛び出した、黒い帽子に黒いエルメアを着て黒い髪の毛は腰ぐらいまで伸びている。彼の名はアデル・ロード、中央大陸を拠点とするカルナックのリーダーだ。その後ろからやれやれと言いながら青いニット帽を深くかぶった眼鏡姿の少年が飛び出す。
荷物室から飛び出した二人は帝国兵の調査団と接触しそれらを全て斬り殺した。甲板に出ると身体検査をしている帝国兵が数人居た。
「貴様、アデル・ロード!」
「ほう、俺の名前知ってるのか。驚きだな」
「いや、多分手配書を見てるからじゃないか?」
身体検査をしていた数人が肩に提げているショットパーソルを構えて数発発砲する、その弾丸はアデル達の足下に着弾して甲板に小さな穴をつくりだした。
「中尉を呼んでこい!」
体格の良い帝国兵士がショットパーソルを構えながらそう叫んだ、わかりましたと部下が一人血相を変えて船を下りて自分たちのテントの場所まで走りだす。
「なぁ、手っ取り早くやろうぜ。人数が増えるとやっかいだ」
「同感!」
アデルとガズルはそれぞれ小さな体格から想像も付かない力を使いそれぞれ跳躍した、高く飛び上がった二人は勢いよく数人の帝国兵へと襲いかかる。
「小僧!」
一発アデルの至近距離で発砲された、だがアデルは剣を引き抜くとその弾丸を弾いた。
「でやぁ!」
右に構える剣を逆手に持ち替えてショットパーソル目掛けて切った、鉄で出来た銃口はいとも簡単に切れ甲板にゴトンと言う音と共に落下した。そしてアデルは硬直する帝国兵の腹部を切断した。
そして次の目標に向かって走り出す。
ガズルも飛んでくる弾丸を寸前の所で左右にかわして一人の帝国兵の鳩尾に強烈な打撃をたたき込む、悶絶した帝国兵の身体を低く構えた状態から回し蹴りを入れる。大きく吹き飛んだ帝国兵は数人を巻き添えに船から吹き飛ばされた。
「このまま船を出るぞ!」
アデルがそう叫びガズルがうなずいた。そして船から出ようとしたその時何時しか見た帝国兵が目の前に現れた。
「そこまでだ二人とも」
「何が騒がしいんですか?」
グリーンズグリーンの町中で人々がざわめき始めた、その騒ぎに花屋の店番をしていた一人の少女がエプロン姿のまま路上に出てきた。
黒い髪の毛で肩より少し上の方で短い、身長は百五十ちょっとの普通の少女だった。その少女の目の前で隣の店の叔母さんがシフトパーソルを持って店から飛び出してきた。
「ちょっと、マーグレスさん。そんな物騒な物持ってどうしたの?」
「あらアリスちゃん、実は今中央から来た船と帝国の連中がドンパチやってるって話じゃないか、この御時世帝国に喧嘩売るなんて凄い奴等だろうね。もしもだよ、そいつらが町中で暴れたりでもしたらこれで撃ち殺してやろうと思ってね」
「相変わらず過激ですね、私なら……」
「アリスちゃんなら?」
「その人達を助けて一緒にこの町を出たいかな?」
「また始まったよ、本当にアリスちゃんは旅が好きなんだね」
「まぁ、この御時世ですからね、色々とやってみたい事は有るんですよ」
「そうだね、でも――」
マーグレスの言葉が中断した、中断と言うより遠くの方で大きな爆発音が聞こえてそれがマーグレスの言葉に重なった。
「うわー、本当にやってるんだ」
爆風で短い髪の毛がサワサワと揺れる、路上の誇りが舞い上がりエプロンの下のスカートをばたばたと揺らした。
船上では激しい炎が上がっていた、ガズルは身体毎吹き飛ばされアデルも同じようにして奥の方へと飛ばされた。
「ててて、ちきしょう。あの時戦わなくて正解だったな」
「アホ、今だって同じだ!」
アデルとガズルは互いに起きあがり今目の前にいる敵を睨んだ。
「次は見逃さない、そう言ったでしょう?」
レイヴンが楽しそうに笑う、冗談じゃねぇとアデルが苦笑いをしてから両手に構える剣を逆手に持ち変える。
「律儀な野郎だ」
アデルが飛びかかる、綺麗に剣の軌道を残しながらレイヴンの身体すれすれの所を切る。別にアデルが手を抜いてるわけではない、レイヴンが微妙な所で避けているだけだ。
そして両者の剣がぶつかる。
「それにしても良い剣さばきですねアデル君。――師は誰だ?」
「……カルナック、『カルナック・コンツェルト』」
その名前にレイヴンが驚く、暫くの沈黙が続いた後アデルの顔を熱い眼差しで見る。
「あの人ですか、ならば一層手を抜く事は出来ませんね」
ニヤリと不気味に笑いアデルの剣をはじき飛ばした、アデルはその勢いのままガズルの方へ飛ばされる。
「あんた、おやっさん知ってるのか?」
「勿論知ってますよ、あの人は親友です。ただ、特殊な意味でのですけどね」
「どういう意味だ!」
「……そうですか、あなた方は何も知らされていないようですね」
つかつかと足音をたててゆっくりと歩き出した、茶色い髪の毛が周りの炎にてらされてより一層深みを増す。次第にその髪の毛の色は茶色い色から深紅の赤色に変わった。
「貴方がカルナックの弟子というのなら勿論この法術は学んでいますね?」
「何!?」
また一つ笑みを零すとレイヴンはアデル達の目の前から消え、音もなく後ろに回り込まれた。
「な!」「はぁ!?」
首を後ろの方へと向きを変えるとレイヴンが左手を大きく振りかぶっていた。
「遅い」
振り下ろした手から炎が吹き出しアデルとガズルを反対方向へと吹き飛ばした。そして大きな爆発音が聞こえ爆風と共に衝撃波が二人を襲う。
身体中軽度の火傷が数カ所見受けられる二人は、その場から立つ事も困難な状態になっていた、アデルは唇をかみしめガズルは大声でちきしょうと叫ぶ。
「強すぎる、これが特殊任務部隊中隊長の力かよ。中隊長と言う事はまだこの上が居るって事じゃねぇか!」
「アデルにしちゃぁ上出来だ、でもまずはこの状況をどうにかして逃げ出さないと話にもならんぜ」
ガズルは何とか立ち上がるとなにか法術を唱え始めた、真っ正面を睨みながら黙々と詠唱を続けるガズル。
「治癒法術」
大学で学んだ回復法術だった、回復性の高い光が二人を包み少しながら体力が戻った。だがガズルにはそれが何の意味も持たない事だと知っていた。
なぜならば運良くこの燃え上がる船から脱出できたところであのレイヴンの移動速度、攻撃力、そして何より判断力を前にしてこの二人だけでは敵うはずはなかった。
「さて、この後はどう出てくるつもりだ……」
「やれやれ、あなた方は敵の気配にも気付く事が出来ないなんて全く」
突如後ろの方から声が聞こえた、形相を変えてアデルは後ろを振り返るとそこには残念そうに樽にレイヴンが座っていた。
「何時の間に」
「そろそろ遊びも飽きました、ですが、アデル君。貴方を今殺してしまうのは少々惜しい、完全にカルナックからの教えをマスター出来ずにいる。マスターしているのであれば私が今何をしているのかがすぐにでも解るはずなのに……君は全くと言っていいほど分かってはいない」
「んだとぉ!」
「逃げなさい、今回も見逃してあげます。ですが、本当に次はありませんよ、あの青髪の青年にもそう伝えておいて下さい」
ゆっくりと立ち上がるレイヴンを睨み続けるアデルは何時しか髪の毛が逆立っていた。
「最後に一つだけ教えろ、お前とおやっさんはどんな関係だったんだ!」
立ち去ろうと歩き出したレイヴンは髪の毛の色を戻して階段を下りようとしていた。アデルに呼び止められて立ち止まる、そして後ろを振り返りにこっと笑うと
「私は――君の兄弟子になりますかね?」
そう言った。
また歩き出すレイヴンの後ろ姿を睨みながらアデルは舌打ちをする。完璧な敗北だった、そしてアデルが生まれて初めて負けた事を知る。
「アデル!」
後ろからガズルが背中を突き飛ばした、そして海へと落ちる。海面に浮かび上がった時上からガズルも落ちてきた、船は積み込まれていた火薬に炎が引火し、大きな爆発音と共に木っ端微塵と化した。