残酷な描写あり
第七話 希望の光とギズー・ガンガゾン
東大陸の中央部、ひときわ大きな城が建つケルヴィン領主城はそこにあった。
大きな城門に城下町、にぎわう商店街。厳重警備による門番は破られる事はなかった、この城は代々ケルヴィン家に生まれる長男だけがその後を継ぐ事が出来る王族である。
ここは、幾度と無く戦争と戦乱が起きている。その大半の勢力は帝国との衝突、帝国はケルヴィン領主が占めている領土を狙って度々攻めてくるらしい。その所為で以前は兵力が不足していた時期があった、だがここ半年は兵隊が一人も死んでいないと言う奇妙な噂が流れている。その噂は本当だった。
帝国の下っ端兵士をいくら送り込んだ所で場内にいる一人の少年に全滅させられてしまうからだ。その少年の名前は“ギズー・ガンガゾン”、東大陸で殺人狂と言われ最高位の医者とも言われている。
彼は偶然に中央大陸からこの東大陸へと渡った、一つ目の偶然は中央大陸の南部にいた事、二つ目の偶然はそこを通りかかったケルヴィン領主の一行をある種の病気から救った事。そして三つ目はケルヴィン領主が帝国を嫌い、そしてこのギズーという少年の事を気に入ったからである。
「……」
だからこそこの少年はここにいる、ケルヴィン領主の城内の一室。広々とした部屋が彼の部屋だ。
「全く」
彼は一日中部屋から出ずに外の景色を眺めていた、彼自身さっさとこの退屈でしょうがない場所から逃げ出したいと考えていた。
「フィリップの奴め、俺を一体いつまで拘束しているつもりだ」
少年は現在のケルヴィン領主の名前を呼び捨てでぼやき、近くにあった領主の壁紙に向かって吐き捨てた。
「俺を無理矢理こんな所に押し込めやがって、俺は一刻も早くあいつの事を探さないといけねぇのによ。あぁ! ちくしょう!」
ベッドの上にばふっと飛び乗り体が沈んでいく感覚を味わった。
「ギズー、そんなに騒がないでくれ。落ち着かないではないか」
急に壁が二つに開いた、そこから大きなモニターとスピーカーが出てきた。モニターにはフィリップが映し出されている。
「いい加減に俺を自由にしてはくれねぇか? 退屈でしょうがないぜ、これなら帝国の雑魚兵達と遊んでる方が幾分マシだ!」
「そうはいかない、帝国も少しは分かってきたみたいだ。“帝国特殊任務部隊中隊長レイヴン・イフリート”をこちらへと向かわせたらしい、つい先日南部の街で戦闘があったと報告を受けている」
「レイヴン? そんな奴俺がぶっ殺してやるさ、あいつと会う為には何でもしてきた。本当なら今すぐにでもこのくそつまらねぇ城から抜け出してまた旅をしたいぐらいだ!」
「しかしだな」
少年がポケットから煙草を取り出して火を付けた、一息ついてから煙を口から吐き出してその煙が消えるまで眺めていた。
「俺はダチを探してんだよ」
「ならばその親友も我が城に招待すればいい話ではないか」
「それじゃぁ意味がねぇ、俺が探して見つけないと意味がねぇんだ!」
煙草を口にくわえながらベッドから起きあがり吸い殻が沢山積まれている灰皿で煙草の火を消して暗い表情でまたモニターを見つめた。
「っけ、面白くもねぇ!」
そう言うとギズーは剣と銃を持って部屋を出た。フィリップにはギズーが部屋を出たときの扉が勢いよく閉まる音だけ聞こえた。
「面倒くせぇ……何で俺がこんな目に遭わなきゃ行けないんだよ」
部屋から出たギズーは外に出る為に廊下を歩いていた、そしてイライラしながら敬礼してくる兵士達の顔を見ずに重たい足を上げながら歩いている。
「煙草も残り少しか、そろそろ禁煙でもするかな」
少し笑いながらそう言いつつまた煙草を一つ取り出して火を付けた。
中庭に付いたギズーは適当な大きさの石に座って黙って煙草を吸っていた、何処か苛つきながら空を見上げる、青い空に所々高い雲が浮かんでいる空を見上げている。
「レイ、お前は何処の空を見てるんだ?」
遠い場所を見ているかのようにずっと空だけを眺めている、静かでほんのり乾いた空気が煙草の味を一層コクのある物にしていく。それが今のギズーにはとても気持ちよかった。そして美味しかった。
「暇だなぁ、何かこう……面白い事とか起きねぇかな?」
冗談交じりにそう言った瞬間城内で大きな爆発音が聞こえた。
「あ?」
重い腰を上げて爆発した方を見る、そこには二人の少年らしい人間が立っている。二人はきょろきょろと辺りを見回しながらズカズカと城内へと侵入し始めた。
「へぇ、あの門番を倒したのか、やれるな彼奴等」
他人事のようにクスクスと笑いながら煙草を吹かす、そして再び俺には関係ないと石に座りながら空を見上げた。
「なぁ、こんなに派手にやっちまっていいのか?」
ガズルが遠慮がちにやる気満々のアデルの方を見る、アデルは両袖をまくってボタンで留めた。
「何言ってんだよガズル、派手に行こうぜ?」
「俺、お前のそう言う所が嫌いだ」
「そんな事よりさっさと片付けようぜ。ほら来たぞ?」
アデルは帽子をかぶり直して両腰に付けている剣をそれぞれ手に装備する、やれやれと言いつつもガズルは何時も通りの構えを取る。
「貴様ら! 何者だ!?」
一人の兵士がそう言った、アデルは笑いながら突進する。
「中央大陸反帝国組織FOS軍だ!」
低い体制でケルヴィン兵に突撃した、兵隊達は肩にかけていたショットパーソルを脇に構えて乱射してきた。弾丸がアデルの方へと高速で飛ぶ、だがアデルはニヤリと笑って剣を水平に構えた。
「遅い!」
走る足を地面に吸い付けるかのように止まり水平に構えた剣を勢いよく横一杯に振る、金属同士はじける音が聞こえた瞬間アデルの前に凄まじい量の炎が放射された。その炎は飛んでくる弾丸を一瞬にして溶かした。
「法術剣士だと!?」
アデルは目の前の炎より少し高く飛び一番近い兵隊へと突っ込んだ、兵隊は手慣れた手つきで銃を投げ捨て腰に差していた剣を手に取る。
「ここから先は一歩たりとも通さない!」
「いや、通らせてもらう!」
ガズルが左手に重力波を作り出しそれを空に放った、空中に放たれた重力波は放物線を描き途中で止まった、そして一気に爆発する。その衝撃でアデルとガズル以外の人間はその場に倒れこんだ。
「ちくしょう、何だよこれ!」
「う、動けない……」
ケルヴィン兵達は身動き取れずに自分たちの目の前をゆっくりと歩いてく二人を見上げながら叫んだ、アデルとガズルは楽しそうに口笛を吹きながら第二の城門を開け、中に入った。
「さて、これからどうする?」
「取り敢えずケルヴィン領主をひっつかまえて事情が事情だから説明しないとな、それで断られたら無理矢理にでも連れて行く。その前にギズーに会えればレイの事を話して即連れて行くってのも手だけど」
アデルが両手に持っていた剣を両腰の鞘に収めながら喋った、ガズルはグローブを付け直してうなずく、そして目の前に数百はいるかというケルヴィン兵達が立ちふさがる。
「貴様達、ここをケルヴィン領主様の城と知っての働きか!」
「あぁ、そうだ。こっちも事情が事情でね、ホントはこんな荒っぽい事したくなかったんだが門番が融通の利かない奴でよ、仕方なくこうなっちまってさ。あんた達も俺達の邪魔するか?」
「ガキが、調子にノリやがって!」
中央の男が大声で他の兵隊達に命令を下す、大声で一斉に飛びかかってくる兵隊達をガズルが重力波で押さえ込む。しかし一部の兵隊がその重力波をくぐり抜けてアデルの方へと突っ込んできた。
「死ねぇ! ガキ!」
「邪魔だぁ!」
瞬間的にアデルは両腰に備え付けた剣を両手に掴むとまるで踊るように舞った、右、左、斜め下、剣を振るった。ずたずたに切り裂かれていく兵隊を尻目にアデルは次の目標を決めそこに法術で火炎弾を作り投げつける。
「喰らえ!」
火炎弾は灼熱の火の玉となって兵隊達の中心部の方に放り込まれた、地面に着床すると同時に辺り一面を爆発で兵士を巻き込む。その爆発で十数名の兵隊を巻き込み戦闘不能にさせた。
「やりすぎだよ、全く」
ガズルはやれやれと首を振って天井に着き出していた拳を床にたたきつける仕草をした、すると重力波がアデルの放った炎を吸い込みながら真っ赤に色を染めて重力波が地面にぶつかると同時に大爆発を起こした。
「火炎重力衝撃」
城内では二度の爆発音でぞろぞろと次から次へと兵隊が集まってくる、だが兵隊達は目の前の光景に恐怖を覚えなかなか動こうとはしない。
「つ、強すぎる」
「こんな奴等を相手出来るのはもうギズー様しか」
所々そんな言葉が飛び交う、アデルとガズルはつかつかと目の前の階段を上る。しかし途中でその足が止まった。
「やれやれ、たかが二人のガキに何手間取ってるんだよ」
二人は声がした方向に身体を向ける、そこには自分たちと同じぐらいの少年が立っていた、青いバンダナに黒い髪の毛、青いジャケットを羽織って居る。右手にはシフトパーソル、左腰の鞘にはロングソードがぶら下げている。
「そろそろ、俺の出番だろ」
ギズーだった、庭から爆発音を聞きつけ久々に退屈には成らない戦いになると思い城の内部に入ってきたのだ。
「ギズーか」
「あん? 俺の名前知ってんのか?」
ギズーは首をかしげながらシフトパーソルを前に突き出す、アデルとガズルも臨戦態勢に入った。
「待て! 俺達はお前とやり合うつもりはない!」
「うるせぇよ」
ギズーは直ぐさまトリガーを引いた、乾いた銃声音が三発鳴り響いく。アデルとガズルはその場から素早く飛び弾丸を回避する。
「ガズル、ギズーは俺が何とか説得するからお前はケルヴィン領主だ!」
「任せな!」
高く跳躍していたガズルはゆっくりと放物線を描きながら二階の手すりに足を掛け、そこからまた大きく飛んだ。一気に最上階の方へと繋がる階段へと足をかける。
「させるか!」
ギズーはガズルの方向へとシフトパーソルを向けたが、銃口が火を噴く前に自分の手から弾かれた。
「っ痛!」
「話に聞いていたとおりの性格だな、その上シフトパーソルと剣の腕も確かだ。確かに面白れぇ」
「何をさっきからぶつぶつと言ってやがる!」
ギズーは右手を庇いながらアデルから離れた、そして睨む。
「何が目的だ!」
「俺達の目的はお前の奪還、だけど俺は少しお前に興味がある」
「あぁ?」
ギズーが睨む中、アデルは帽子を深くかぶりなおすと口元だけがニヤリと笑う。
「俺と遊ばない?」
「畜生!」
ガズルが大声で、しかも泣きそうな顔で廊下を走っていた。後ろから大きな銃を持った大男が走り寄ってきている。
「アデルの奴、ぜってぇ楽な方を選びやがったな!」
重い銃声音が後方で鳴った、ガズルはその音に反応して身体をのけ反る。ガズルの身体の数ミリ横を大きな弾丸が通り抜けていくが見えた。
「し、死ぬ!」
二発目が鳴った。ガズルは今度こそ避けられないと急に身体を反って右手に重力波を作った。
「落ちろ!」
重力波は大きな弾丸を包み込んだ、だが衝撃を和らげる事ぐらいが関の山だった。弾丸は重力波ごとガズルを吹き飛ばした。
「だぁぁぁぁ!」
ガズルが壁に思いっ切り激突する。完全に泣きっ面の顔をあげて両手に重力波を作り出して起きあがった。
「アデルの……」
またもや大きな銃声音が鳴った刹那ガズルが両手を自分の前方に突き出して腰を深く落とした。
「馬鹿野郎!」
叫びと同時に弾丸はガズルが構える重力波に包み込まれた、今度は両手の重力波で受け止めた為ピタリと弾丸は止まった、その重力波を地面にぶつけ床を粉砕した所で空に浮いている弾丸を左拳で思いっ切り殴った。
「重力反射壁!」
殴られた弾丸は発射される時より数段のスピードで弾かれた、その弾丸は拳銃の発射口にはまって大きな爆発を起こした。大男はその爆発で息絶えた。
「畜生、本気で怖かったんだからな!」
「勿論、条件付きだ。俺が勝ったら用件を話す。そしてお前を連れ戻す」
「もしも、俺が勝ったら?」
「無理やり連れて帰る!」
「条件になってねぇだろ!」
ギズーは左手で剣を抜き逆手のままアデルへと突っ込んできた、アデルは両手の剣を鞘にしまって一つ幻聖石を取り出す。
「余裕かましてんじゃねぇ!」
「悪いが、俺も切羽詰まってるもんでね。本気でいかせてもらう!」
幻聖石が光を放った瞬間振り下ろされたギズーの剣を何か鋼のようなモノで受け止め、ガキンと刃がぶつかる音がした。
「何!?」
「カルナック流抜刀術!」
一度刀を左手に持つ鞘に納める、納刀された刀を再度右手で勢い良く引き抜き斬撃を飛ばす。一直線に飛ばされた斬撃はギズーの左手に握られているロングソードを弾いた。
「お前、カルナックの者か!」
「聞いてるぜ、弟子にしてもらえなかったらしいじゃねぇか。あの人はそう易々と自分の技を教える人じゃないんでね、俺とあいつだけは事情の事柄から教わったんだ! テメェみたいにただ強くなりたいだけじゃ教えてはくれねぇんだよ!」
「な、何でそのことを!」
「頭の良いお前ならわかんだろ!」
アデルが刀を右手に構えて再びギズーの方へと攻撃を仕掛ける、横一閃。だがギズーもその年にしてはずば抜けた戦闘能力でアデルの斬撃をかわす。弾かれたロングソードを拾い今度は飛んでくる斬撃を自身の剣で弾き捌く。
「ふざけるな、そのことを知ってるのはカルナックとアリス姉さんとレイだけだ! それ以外のあそこに居た人間は居ない!」
「確かにその時に俺はそこには居なかったさ、二年も前におやっさんの家を出たんだからな! テメェの事を探してる馬鹿な奴が教えてくれたんだよ!」
「テメェ! レイの事を悪く言うな!」
「だったら、俺達と一緒にきやがれ!」
「だから何でそうなるんだって言ってんだよ!」
二人の会話中、幾度となく剣と剣がぶつかる音が城内を幾度と無く響き渡った。そのたびに火花が散ってまぶしい閃光が放たれる。アデルは涼しい顔をしてどんどんと剣を振り回しながら正確にギズーを追いつめていく。
「レイが危ない、死に掛けてるんだ。医者はお前にしか治せないと言っていた」
「な!?」
激しい戦闘が静かに終わった、最後にアデルがギズーの剣をはねとばし、その剣がヒュルヒュルと音を立てて地面に突き刺さった。アデルはニヤリと笑顔を作って刃をむき出しにしている剣を鞘に収めて幻聖石へと姿を戻させた。
「何言ってんだよ、お前」
「そのままの意味だ、お前の力が必要だ」
その場で棒立ちする。突然のことで何を言われてるか頭の中で整理が追い付かない。それでも目の前の男が何を言ってるのか、その真剣な表情に表れている。
「レイに何があった!」
突然何かがはじけたように怒鳴るギズー、だがアデルはもの凄い形相で睨まれているにもかかわらず眉一つ動かさず動じなかった。
「言え! レイに何があったんだ!」
「瀕死の状態だ、酷い凍傷だ。そしてお前にはもう一人助けて貰う奴が居る、そいつも頼みたい」
「そいつの病状は?」
「よく解らん、医者を待機させているからそいつに聞け」
周りが少しずつざわめき始めた、その中央でアデルとギズーが立っている。アデルは笑みを浮かべながら、ギズーは戸惑いながら。だが次第にギズーの顔に少しずつだが笑顔が出てきた。
「……あいつは何処にいる?」
「ギ、ギズー様! まさかケルヴィン様を裏切るおつもりですか!?」
「裏切るだ? 笑わせるな、俺は「邪魔していた」だけだ、何時でも出て行く準備は出来ていた。そのきっかけが無かっただけに過ぎない」
兵士達が全員一歩前に歩み出る、そしてそれぞれ武器を手に持つ。
「ケルヴィン様よりご命令が有りまして、ギズー様をこの城から一歩も外に出すなという事です。申し訳ありませんが私どもと一緒にお部屋にお戻り頂きます!」
「わりぃが急用ができた、テメェらに俺を止められるとも思えねぇがやってみるか?」
じりじりと兵隊達がギズーとの間を詰めていく、ギズーはにやつきながら右手のホルダーから銃を取り出す。
「お覚悟を!」
そして一人の兵隊が飛び出した、大柄の巨大な斧を持った兵隊だ。スピードはそれほど早くはないが巨大な斧の破壊力は抜群だった。振りかぶられた斧は城のタイルを粉々に破壊するほどの威力だ。だがギズーが避ける前にその刃は止まった。
「何やってんだお前!」
アデルが両手の剣で重たい斧を受け止めた。
「俺達だろ? 一人の問題にすんなボケ」
振り返ってギズーに笑顔で言った、そしてすぐに目の前の大男の方を向いて睨み付ける。次の瞬間斧が地面に落ちる、アデルはふわりとその斧の柄の部分に乗った。
「甘く見ると死ぬぜ筋肉ダルマ!」
また笑ってグルブエレスを逆手に持ち替えて斧の柄をたたっ斬った。音もなく切れた柄は地面にゴトンと音を立てて落ちる。
「そら次だっ!」
大きく後ろに振りかぶられたツインシグナルが横一線に筋を残す。それと同時に大男が二つにずれた。
それを見たギズーが目の前の光景に唖然とする。ほとんど音もなく進められた殺人に目を奪われていた。自分にもこんな戦い方が出来れば、そんな風に考え出した。
「ひぃぃ!」
アデルはそのまま剣を構えた状態で兵隊達の群れに突っ込んだ、次々に悲鳴と何かが崩れ落ちる音や落ちる音、そして銃声が聞こえる。
「すげぇ」
ギズーはその場に暫く放心状態で居た、だがじりじりと後ろの方から数人の足音に気付いたギズーは身体の位置を動かさずに後ろの兵隊達を撃ち殺した。
「久々に血が騒ぎ出しやがった、いつかあいつも俺が殺してやりてぇ」
「いつか殺してやる! 絶対に殺してやるからな!」
そのころガズルはと言うと、まだ逃げていた。
次から次へとケルヴィン兵達が追いかけてくる、それも筋肉の固まりから化け物に近い犬まで様々だ。かれこれ一時間は走りっぱなしだろう。
「何で俺ばっかりこんなにもくじ運が悪いんだよ!」
必死で逃げるガズルの足が突然止まった、目の前に壁が立ちふさがる。右を見ても左を見て逃げられるようなスペースは無い。
「や、やべぇ」
直ぐさま引き返そうと後ろを振り返った瞬間そこには隙間がないほどにケルヴィン兵達が押し寄せていた。次から次へと汚い言葉や聞き慣れない言葉が飛び交う、ガズルはほとんど泣きそうな顔をして覚悟を決める。
「もうやけくそだ!」
その言葉と同時にガズルは目の前の兵隊達に飛びかかった、重力波の乱れ撃ちや連続蹴りなどで次から次へとなぎ払う。
「どけぇ!」
無我夢中で走りながら見た事もない技を繰り出す、後ろを振り返らずにどんどんと突っ込んでいく。彼にしてみればもう技なんて固定された疑念にすがっている場合ではなかった。この攻撃の手をゆるめれば自分は殺されてしまうかも知れない。それだけが頭の中にはあった。
「うぅぅぅりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」
気が付けば最後尾の方まで到達していた、そして最後の一人の頭を蹴り飛ばし首から上を吹き飛ばした。そしてそのまま逃げた。
「ふざけんじゃねぇって、いくら雑魚でも数が多すぎんだよ!」
暫くそのまま走り続けた、どの位この城の中を走ったのかも忘れてしまうほど走った。だが不思議と息は切れてなかった。
ふと、ガズルは不思議な事に気付く。
「おかしい、今までの調子なら次の追っ手がもうやってきても良いハズなんだけど。追ってこないという事はもう全滅って事かな?」
密かにガッツポーズを取るガズル、だがその考えもすぐに否定される事になった。突然目の前の壁が爆発した。爆風が容赦なくガズルを捕らえる。
「へぇ、まだ子供なのね?」
「だ、誰だ!」
壁の中から一人の女性が出てくる、鉄の杖を持った自分より大分身長が低い女性だった。鮮血のように真っ赤に染まった髪の毛は腰まで伸びており軍隊用の制服を着用している。
「私は“ケルヴィン領主軍第三番隊団長シトラ・マイエンタ”。貴方が先ほどこの城に攻め込んできた何とか軍って人間ね?」
「三番隊団長、やべぇかな?」
「答えなさい、何が目的なのです?」
「生憎おばさんに答えるギリはないね、もっと綺麗で美人な人をよこしてきたら話は――」
突然ガズルの言葉が止まった、そしてすぐに後方へとバックステップをした。ガズルがいた場所にはシトラと名乗った女性が勢いよく杖を振りかぶって地面をたたき割った。
「へ?」
「坊や、よく聞こえなかったわ。もう一度言ってご覧なさい?」
「……はい?」
完全に怯えきったガズルは死の恐怖まで感じた、そして目の前のおぞましい光景に泣きそうになる。それはシトラの髪の毛が逆立ってガズルの事を睨んでいる。
「貴方に質問するは、私のこといくつに見える?」
「……三十」
そう言った瞬間またガズルは後方の方へとバックステップをした、デジャヴを見ているかのような光景だった。
「……三十?」
「い、いえ! 二十二歳ぐらいに見えます! 俺は嘘は大嫌いな人間ですから間違い有りません!」
ガズルは本気で怯えていた、目の前の女性の顔に笑顔が戻る、その顔を見てホッとした。ゆっくりと立ち上がる目の前の女性を見ながら少し涙目でガズルはズリズリと後ろの方へと下がっていく。それは彼が下がっているのではなく、無意識のうちに後退していた。
「あなた……」
「ひっ!」
真っ黒な髪の毛が左右に揺れた、まるで今から人を殺すような目をガズルへと向ける。
「ねぇ……」
ゆっくりとガズルの方へと近づいていく、ガズルは本気で殺されると思いこみ知らず知らずのうちにまた後方へと移動している。
「可愛い顔ね、良く見たら私好みじゃない!」
「へ、はぁ!?」
「それに帽子を取ったら結構格好いいかも知れないわね、ちょっと帽子取ってみてよ」
「え……何……ちょ……うわぁ!」
逃げようと後ろを振り返ったとき強引に襟元を捕まれて帽子を脱がされた、帽子はいとも簡単に脱げてシトラの手のひらで踊る。ガズルの髪の毛を楽しそうに撫でながらキャイキャイとはしゃぐ。
「貴方の髪の毛良いニオイがするわね、気に入ったわ」
「き、気に入った? はぁ!?」
「うん、決めた。私をあなた達の仲間にしてくれない?」
「な、仲間って……何言ってんですか!」
「そのままよ、私部屋に戻って支度するから必ずここで待っててね!」
ガズルはその場に尻餅をついた、痛そうに顔を歪めスキップをしながら遠くの方へ行くシトラを見た。
「逃げた方が身の安全だな、早くアデルに報告しねぇと」
「……」
ケルヴィン領主は頭を抱えていた、目の前にいるシトラの申し出とギズーの事で深く考え込んでいた。
「以上です、私は今日にてケルヴィン領主様の部隊を下ろさせて頂きます」
「ならん、貴様以外に誰が三番隊を指揮するというのだね」
「そのことでしたら、既に『ケルティット』に任せております、彼女でしたら十分役目を果たすでしょう」
だが領主は首を振って、頭を抱えて暫く俯いていた。数分の時間が流れた後領主は突然頭を持ち上げて何かを決意した。
「宜しい、ただし条件がある。シトラにはギズーの監視役をしてもらう、それが条件だ」
「監視役ですか?」
「そうだ、何とか軍とやらにギズーを易々と渡してたまるモノか。用件がすめばすぐに引き戻せるように準備をしつつ警戒をするように」
「あの……」
「何だ?」
困った様子で領主の顔を見る、だが領主はキョトンとした様子でシトラの顔を見た。
「私はもう領主様の元で働くのは止めると言っているのですが」
「何だと?」
領主はやっと事を把握した、シトラは完全に自分の元で働くのをいやがっている事に気付く。だが領主は何度言っても聞かないシトラに苛立ちを始めていた。
「何度も言いますが領主様は他人を軽蔑しすぎています、部下が領主様にどういった感情を抱いているかお解りでしょうか? 何度も三番隊の部下達から相談を受けました、ですが私からは何も言えませんでした。一番隊と二番隊が解散になった理由はそこにあります。一度お考え下さい、その答えが出たとき……私は三番隊ではなく、一番隊の隊長として戻ってくる事をここに約束します」
領主は何も言えずにただ一礼してその場から去っていくシトラの後ろ姿だけを虚しく見ていた。
「領主様」
側近の一人が見た事のない領主の姿に声をかけた、領主は何も反応せずもせずにただただ椅子に座っていた。
だが突然人が切り替わったように立ち上がり剣を手に取り急いでその場から去った。
「……はぁ」
アデルはギズーを連れて外に出ようとした所でシトラと名乗る女性に呼び止められた、アデルの後ろではガズルが震えて縮こまっていた。
「だから、そう言う話だから私も付いていくわ。何か問題でもある?」
「いえ、俺は別に無いんだけど……」
アデルは後ろを振り返り怯えているガズルを見た、ガズルは本当に涙目になっておりアデルのエルメアを掴んだままただ震えていた。
「ガズルがこんな調子なんでね、ちょっと事情を聞きたいんだけど」
「あら、ガズルって名前なんだ。ちょっと可愛がっただけだよ? ね、ガズル君?」
「ひぃ!」
にっこりと笑顔を見せるとガズルは数メートル後ろの方に下がった、そして戦闘態勢に入る。
「まぁ、あいつに危害を加えないのであれば俺達は別に構わないが」
「うむ、確かにシトラの力は絶大だ。アデル、後で注意事項を言っておくからそのことだけには触れないでくれ。死にたくなければだが」
アデルは再度ガズルの方を見る、そしてギズーが言っている注意事項がどれだけ恐ろしいのかを理解してパーティーにシトラを入れた。
ガズルはシトラと大分距離を置いてびくびくしながら門を出ようとした。
「待ちたまえ!」
と、突如後ろから大きな声が聞こえた。ギズーはやれやれと首を振った、アデルとガズルは何事かと後ろを振り向く。シトラは振り向かなかった。
「君達か、我が城に侵入しギズーをさらって行くという何とか軍というモノは」
「それが何か?」
アデルは眉一つ動かさずにケルヴィン領主が手に持っている剣を見る、そして自分の剣を何時でも引き抜けるように腰へと手を回す。
「受け取りたまえ」
そう言うと刀を一つアデルの方へと放り投げた。
「これは?」
「貴様達が戦ったのはレイヴンと聞いている、レイヴンと同等に戦うのならばその剣が必要になるだろう」
アデルは驚いて目を丸くする、なぜ自分たちがあのレイヴンと戦った事を知っているのだろうと疑問を抱いた。だがそれはすぐに理解出来た。
なぜなら彼はこの大陸を納めている王であり、この大陸で起きた事はほぼ全て理解していて当然の事だろうと考えたからである。
「何故、俺にこの剣を?」
「貴様が着ている服はカルナックのお下がりではないのか?」
その言葉にまた驚く、今度は理解出来なかった。
「どうしてそのことを」
「カルナックに合えば分かる事だ、それに……まだ完全にインストールをマスターしていないと見受けられる。貴様が炎帝をインストール出来るとは思えんが持っていて損はない。持っていきたまえ」
「レイヴンも言っていた、そのインストールってのは何だ?」
「それは私の口から言う事ではない、師であるカルナックにでも聞くと良い」
そう言い残して領主はまた自分の城へと戻っていった、問題が山住になったアデルはレイの事を忘れて暫くそのことで考え込んだ、何故カルナックの事を知っているのか。インストールとは何の事なのか。そしてこの剣はいったい何なのか。
今は何も分からない事だらけではあるがそれは全て師であるカルナックに聞けば分かる事だという事は頭の中にはあった。カルナックの家にはもう何年も帰っては居ない、しかし……あそこが自分の家である事には違いない。
「帰ってみるか、あそこに」
振り向き様にそう言って彼等はリーダーの元へと急いだ。
大きな城門に城下町、にぎわう商店街。厳重警備による門番は破られる事はなかった、この城は代々ケルヴィン家に生まれる長男だけがその後を継ぐ事が出来る王族である。
ここは、幾度と無く戦争と戦乱が起きている。その大半の勢力は帝国との衝突、帝国はケルヴィン領主が占めている領土を狙って度々攻めてくるらしい。その所為で以前は兵力が不足していた時期があった、だがここ半年は兵隊が一人も死んでいないと言う奇妙な噂が流れている。その噂は本当だった。
帝国の下っ端兵士をいくら送り込んだ所で場内にいる一人の少年に全滅させられてしまうからだ。その少年の名前は“ギズー・ガンガゾン”、東大陸で殺人狂と言われ最高位の医者とも言われている。
彼は偶然に中央大陸からこの東大陸へと渡った、一つ目の偶然は中央大陸の南部にいた事、二つ目の偶然はそこを通りかかったケルヴィン領主の一行をある種の病気から救った事。そして三つ目はケルヴィン領主が帝国を嫌い、そしてこのギズーという少年の事を気に入ったからである。
「……」
だからこそこの少年はここにいる、ケルヴィン領主の城内の一室。広々とした部屋が彼の部屋だ。
「全く」
彼は一日中部屋から出ずに外の景色を眺めていた、彼自身さっさとこの退屈でしょうがない場所から逃げ出したいと考えていた。
「フィリップの奴め、俺を一体いつまで拘束しているつもりだ」
少年は現在のケルヴィン領主の名前を呼び捨てでぼやき、近くにあった領主の壁紙に向かって吐き捨てた。
「俺を無理矢理こんな所に押し込めやがって、俺は一刻も早くあいつの事を探さないといけねぇのによ。あぁ! ちくしょう!」
ベッドの上にばふっと飛び乗り体が沈んでいく感覚を味わった。
「ギズー、そんなに騒がないでくれ。落ち着かないではないか」
急に壁が二つに開いた、そこから大きなモニターとスピーカーが出てきた。モニターにはフィリップが映し出されている。
「いい加減に俺を自由にしてはくれねぇか? 退屈でしょうがないぜ、これなら帝国の雑魚兵達と遊んでる方が幾分マシだ!」
「そうはいかない、帝国も少しは分かってきたみたいだ。“帝国特殊任務部隊中隊長レイヴン・イフリート”をこちらへと向かわせたらしい、つい先日南部の街で戦闘があったと報告を受けている」
「レイヴン? そんな奴俺がぶっ殺してやるさ、あいつと会う為には何でもしてきた。本当なら今すぐにでもこのくそつまらねぇ城から抜け出してまた旅をしたいぐらいだ!」
「しかしだな」
少年がポケットから煙草を取り出して火を付けた、一息ついてから煙を口から吐き出してその煙が消えるまで眺めていた。
「俺はダチを探してんだよ」
「ならばその親友も我が城に招待すればいい話ではないか」
「それじゃぁ意味がねぇ、俺が探して見つけないと意味がねぇんだ!」
煙草を口にくわえながらベッドから起きあがり吸い殻が沢山積まれている灰皿で煙草の火を消して暗い表情でまたモニターを見つめた。
「っけ、面白くもねぇ!」
そう言うとギズーは剣と銃を持って部屋を出た。フィリップにはギズーが部屋を出たときの扉が勢いよく閉まる音だけ聞こえた。
「面倒くせぇ……何で俺がこんな目に遭わなきゃ行けないんだよ」
部屋から出たギズーは外に出る為に廊下を歩いていた、そしてイライラしながら敬礼してくる兵士達の顔を見ずに重たい足を上げながら歩いている。
「煙草も残り少しか、そろそろ禁煙でもするかな」
少し笑いながらそう言いつつまた煙草を一つ取り出して火を付けた。
中庭に付いたギズーは適当な大きさの石に座って黙って煙草を吸っていた、何処か苛つきながら空を見上げる、青い空に所々高い雲が浮かんでいる空を見上げている。
「レイ、お前は何処の空を見てるんだ?」
遠い場所を見ているかのようにずっと空だけを眺めている、静かでほんのり乾いた空気が煙草の味を一層コクのある物にしていく。それが今のギズーにはとても気持ちよかった。そして美味しかった。
「暇だなぁ、何かこう……面白い事とか起きねぇかな?」
冗談交じりにそう言った瞬間城内で大きな爆発音が聞こえた。
「あ?」
重い腰を上げて爆発した方を見る、そこには二人の少年らしい人間が立っている。二人はきょろきょろと辺りを見回しながらズカズカと城内へと侵入し始めた。
「へぇ、あの門番を倒したのか、やれるな彼奴等」
他人事のようにクスクスと笑いながら煙草を吹かす、そして再び俺には関係ないと石に座りながら空を見上げた。
「なぁ、こんなに派手にやっちまっていいのか?」
ガズルが遠慮がちにやる気満々のアデルの方を見る、アデルは両袖をまくってボタンで留めた。
「何言ってんだよガズル、派手に行こうぜ?」
「俺、お前のそう言う所が嫌いだ」
「そんな事よりさっさと片付けようぜ。ほら来たぞ?」
アデルは帽子をかぶり直して両腰に付けている剣をそれぞれ手に装備する、やれやれと言いつつもガズルは何時も通りの構えを取る。
「貴様ら! 何者だ!?」
一人の兵士がそう言った、アデルは笑いながら突進する。
「中央大陸反帝国組織FOS軍だ!」
低い体制でケルヴィン兵に突撃した、兵隊達は肩にかけていたショットパーソルを脇に構えて乱射してきた。弾丸がアデルの方へと高速で飛ぶ、だがアデルはニヤリと笑って剣を水平に構えた。
「遅い!」
走る足を地面に吸い付けるかのように止まり水平に構えた剣を勢いよく横一杯に振る、金属同士はじける音が聞こえた瞬間アデルの前に凄まじい量の炎が放射された。その炎は飛んでくる弾丸を一瞬にして溶かした。
「法術剣士だと!?」
アデルは目の前の炎より少し高く飛び一番近い兵隊へと突っ込んだ、兵隊は手慣れた手つきで銃を投げ捨て腰に差していた剣を手に取る。
「ここから先は一歩たりとも通さない!」
「いや、通らせてもらう!」
ガズルが左手に重力波を作り出しそれを空に放った、空中に放たれた重力波は放物線を描き途中で止まった、そして一気に爆発する。その衝撃でアデルとガズル以外の人間はその場に倒れこんだ。
「ちくしょう、何だよこれ!」
「う、動けない……」
ケルヴィン兵達は身動き取れずに自分たちの目の前をゆっくりと歩いてく二人を見上げながら叫んだ、アデルとガズルは楽しそうに口笛を吹きながら第二の城門を開け、中に入った。
「さて、これからどうする?」
「取り敢えずケルヴィン領主をひっつかまえて事情が事情だから説明しないとな、それで断られたら無理矢理にでも連れて行く。その前にギズーに会えればレイの事を話して即連れて行くってのも手だけど」
アデルが両手に持っていた剣を両腰の鞘に収めながら喋った、ガズルはグローブを付け直してうなずく、そして目の前に数百はいるかというケルヴィン兵達が立ちふさがる。
「貴様達、ここをケルヴィン領主様の城と知っての働きか!」
「あぁ、そうだ。こっちも事情が事情でね、ホントはこんな荒っぽい事したくなかったんだが門番が融通の利かない奴でよ、仕方なくこうなっちまってさ。あんた達も俺達の邪魔するか?」
「ガキが、調子にノリやがって!」
中央の男が大声で他の兵隊達に命令を下す、大声で一斉に飛びかかってくる兵隊達をガズルが重力波で押さえ込む。しかし一部の兵隊がその重力波をくぐり抜けてアデルの方へと突っ込んできた。
「死ねぇ! ガキ!」
「邪魔だぁ!」
瞬間的にアデルは両腰に備え付けた剣を両手に掴むとまるで踊るように舞った、右、左、斜め下、剣を振るった。ずたずたに切り裂かれていく兵隊を尻目にアデルは次の目標を決めそこに法術で火炎弾を作り投げつける。
「喰らえ!」
火炎弾は灼熱の火の玉となって兵隊達の中心部の方に放り込まれた、地面に着床すると同時に辺り一面を爆発で兵士を巻き込む。その爆発で十数名の兵隊を巻き込み戦闘不能にさせた。
「やりすぎだよ、全く」
ガズルはやれやれと首を振って天井に着き出していた拳を床にたたきつける仕草をした、すると重力波がアデルの放った炎を吸い込みながら真っ赤に色を染めて重力波が地面にぶつかると同時に大爆発を起こした。
「火炎重力衝撃」
城内では二度の爆発音でぞろぞろと次から次へと兵隊が集まってくる、だが兵隊達は目の前の光景に恐怖を覚えなかなか動こうとはしない。
「つ、強すぎる」
「こんな奴等を相手出来るのはもうギズー様しか」
所々そんな言葉が飛び交う、アデルとガズルはつかつかと目の前の階段を上る。しかし途中でその足が止まった。
「やれやれ、たかが二人のガキに何手間取ってるんだよ」
二人は声がした方向に身体を向ける、そこには自分たちと同じぐらいの少年が立っていた、青いバンダナに黒い髪の毛、青いジャケットを羽織って居る。右手にはシフトパーソル、左腰の鞘にはロングソードがぶら下げている。
「そろそろ、俺の出番だろ」
ギズーだった、庭から爆発音を聞きつけ久々に退屈には成らない戦いになると思い城の内部に入ってきたのだ。
「ギズーか」
「あん? 俺の名前知ってんのか?」
ギズーは首をかしげながらシフトパーソルを前に突き出す、アデルとガズルも臨戦態勢に入った。
「待て! 俺達はお前とやり合うつもりはない!」
「うるせぇよ」
ギズーは直ぐさまトリガーを引いた、乾いた銃声音が三発鳴り響いく。アデルとガズルはその場から素早く飛び弾丸を回避する。
「ガズル、ギズーは俺が何とか説得するからお前はケルヴィン領主だ!」
「任せな!」
高く跳躍していたガズルはゆっくりと放物線を描きながら二階の手すりに足を掛け、そこからまた大きく飛んだ。一気に最上階の方へと繋がる階段へと足をかける。
「させるか!」
ギズーはガズルの方向へとシフトパーソルを向けたが、銃口が火を噴く前に自分の手から弾かれた。
「っ痛!」
「話に聞いていたとおりの性格だな、その上シフトパーソルと剣の腕も確かだ。確かに面白れぇ」
「何をさっきからぶつぶつと言ってやがる!」
ギズーは右手を庇いながらアデルから離れた、そして睨む。
「何が目的だ!」
「俺達の目的はお前の奪還、だけど俺は少しお前に興味がある」
「あぁ?」
ギズーが睨む中、アデルは帽子を深くかぶりなおすと口元だけがニヤリと笑う。
「俺と遊ばない?」
「畜生!」
ガズルが大声で、しかも泣きそうな顔で廊下を走っていた。後ろから大きな銃を持った大男が走り寄ってきている。
「アデルの奴、ぜってぇ楽な方を選びやがったな!」
重い銃声音が後方で鳴った、ガズルはその音に反応して身体をのけ反る。ガズルの身体の数ミリ横を大きな弾丸が通り抜けていくが見えた。
「し、死ぬ!」
二発目が鳴った。ガズルは今度こそ避けられないと急に身体を反って右手に重力波を作った。
「落ちろ!」
重力波は大きな弾丸を包み込んだ、だが衝撃を和らげる事ぐらいが関の山だった。弾丸は重力波ごとガズルを吹き飛ばした。
「だぁぁぁぁ!」
ガズルが壁に思いっ切り激突する。完全に泣きっ面の顔をあげて両手に重力波を作り出して起きあがった。
「アデルの……」
またもや大きな銃声音が鳴った刹那ガズルが両手を自分の前方に突き出して腰を深く落とした。
「馬鹿野郎!」
叫びと同時に弾丸はガズルが構える重力波に包み込まれた、今度は両手の重力波で受け止めた為ピタリと弾丸は止まった、その重力波を地面にぶつけ床を粉砕した所で空に浮いている弾丸を左拳で思いっ切り殴った。
「重力反射壁!」
殴られた弾丸は発射される時より数段のスピードで弾かれた、その弾丸は拳銃の発射口にはまって大きな爆発を起こした。大男はその爆発で息絶えた。
「畜生、本気で怖かったんだからな!」
「勿論、条件付きだ。俺が勝ったら用件を話す。そしてお前を連れ戻す」
「もしも、俺が勝ったら?」
「無理やり連れて帰る!」
「条件になってねぇだろ!」
ギズーは左手で剣を抜き逆手のままアデルへと突っ込んできた、アデルは両手の剣を鞘にしまって一つ幻聖石を取り出す。
「余裕かましてんじゃねぇ!」
「悪いが、俺も切羽詰まってるもんでね。本気でいかせてもらう!」
幻聖石が光を放った瞬間振り下ろされたギズーの剣を何か鋼のようなモノで受け止め、ガキンと刃がぶつかる音がした。
「何!?」
「カルナック流抜刀術!」
一度刀を左手に持つ鞘に納める、納刀された刀を再度右手で勢い良く引き抜き斬撃を飛ばす。一直線に飛ばされた斬撃はギズーの左手に握られているロングソードを弾いた。
「お前、カルナックの者か!」
「聞いてるぜ、弟子にしてもらえなかったらしいじゃねぇか。あの人はそう易々と自分の技を教える人じゃないんでね、俺とあいつだけは事情の事柄から教わったんだ! テメェみたいにただ強くなりたいだけじゃ教えてはくれねぇんだよ!」
「な、何でそのことを!」
「頭の良いお前ならわかんだろ!」
アデルが刀を右手に構えて再びギズーの方へと攻撃を仕掛ける、横一閃。だがギズーもその年にしてはずば抜けた戦闘能力でアデルの斬撃をかわす。弾かれたロングソードを拾い今度は飛んでくる斬撃を自身の剣で弾き捌く。
「ふざけるな、そのことを知ってるのはカルナックとアリス姉さんとレイだけだ! それ以外のあそこに居た人間は居ない!」
「確かにその時に俺はそこには居なかったさ、二年も前におやっさんの家を出たんだからな! テメェの事を探してる馬鹿な奴が教えてくれたんだよ!」
「テメェ! レイの事を悪く言うな!」
「だったら、俺達と一緒にきやがれ!」
「だから何でそうなるんだって言ってんだよ!」
二人の会話中、幾度となく剣と剣がぶつかる音が城内を幾度と無く響き渡った。そのたびに火花が散ってまぶしい閃光が放たれる。アデルは涼しい顔をしてどんどんと剣を振り回しながら正確にギズーを追いつめていく。
「レイが危ない、死に掛けてるんだ。医者はお前にしか治せないと言っていた」
「な!?」
激しい戦闘が静かに終わった、最後にアデルがギズーの剣をはねとばし、その剣がヒュルヒュルと音を立てて地面に突き刺さった。アデルはニヤリと笑顔を作って刃をむき出しにしている剣を鞘に収めて幻聖石へと姿を戻させた。
「何言ってんだよ、お前」
「そのままの意味だ、お前の力が必要だ」
その場で棒立ちする。突然のことで何を言われてるか頭の中で整理が追い付かない。それでも目の前の男が何を言ってるのか、その真剣な表情に表れている。
「レイに何があった!」
突然何かがはじけたように怒鳴るギズー、だがアデルはもの凄い形相で睨まれているにもかかわらず眉一つ動かさず動じなかった。
「言え! レイに何があったんだ!」
「瀕死の状態だ、酷い凍傷だ。そしてお前にはもう一人助けて貰う奴が居る、そいつも頼みたい」
「そいつの病状は?」
「よく解らん、医者を待機させているからそいつに聞け」
周りが少しずつざわめき始めた、その中央でアデルとギズーが立っている。アデルは笑みを浮かべながら、ギズーは戸惑いながら。だが次第にギズーの顔に少しずつだが笑顔が出てきた。
「……あいつは何処にいる?」
「ギ、ギズー様! まさかケルヴィン様を裏切るおつもりですか!?」
「裏切るだ? 笑わせるな、俺は「邪魔していた」だけだ、何時でも出て行く準備は出来ていた。そのきっかけが無かっただけに過ぎない」
兵士達が全員一歩前に歩み出る、そしてそれぞれ武器を手に持つ。
「ケルヴィン様よりご命令が有りまして、ギズー様をこの城から一歩も外に出すなという事です。申し訳ありませんが私どもと一緒にお部屋にお戻り頂きます!」
「わりぃが急用ができた、テメェらに俺を止められるとも思えねぇがやってみるか?」
じりじりと兵隊達がギズーとの間を詰めていく、ギズーはにやつきながら右手のホルダーから銃を取り出す。
「お覚悟を!」
そして一人の兵隊が飛び出した、大柄の巨大な斧を持った兵隊だ。スピードはそれほど早くはないが巨大な斧の破壊力は抜群だった。振りかぶられた斧は城のタイルを粉々に破壊するほどの威力だ。だがギズーが避ける前にその刃は止まった。
「何やってんだお前!」
アデルが両手の剣で重たい斧を受け止めた。
「俺達だろ? 一人の問題にすんなボケ」
振り返ってギズーに笑顔で言った、そしてすぐに目の前の大男の方を向いて睨み付ける。次の瞬間斧が地面に落ちる、アデルはふわりとその斧の柄の部分に乗った。
「甘く見ると死ぬぜ筋肉ダルマ!」
また笑ってグルブエレスを逆手に持ち替えて斧の柄をたたっ斬った。音もなく切れた柄は地面にゴトンと音を立てて落ちる。
「そら次だっ!」
大きく後ろに振りかぶられたツインシグナルが横一線に筋を残す。それと同時に大男が二つにずれた。
それを見たギズーが目の前の光景に唖然とする。ほとんど音もなく進められた殺人に目を奪われていた。自分にもこんな戦い方が出来れば、そんな風に考え出した。
「ひぃぃ!」
アデルはそのまま剣を構えた状態で兵隊達の群れに突っ込んだ、次々に悲鳴と何かが崩れ落ちる音や落ちる音、そして銃声が聞こえる。
「すげぇ」
ギズーはその場に暫く放心状態で居た、だがじりじりと後ろの方から数人の足音に気付いたギズーは身体の位置を動かさずに後ろの兵隊達を撃ち殺した。
「久々に血が騒ぎ出しやがった、いつかあいつも俺が殺してやりてぇ」
「いつか殺してやる! 絶対に殺してやるからな!」
そのころガズルはと言うと、まだ逃げていた。
次から次へとケルヴィン兵達が追いかけてくる、それも筋肉の固まりから化け物に近い犬まで様々だ。かれこれ一時間は走りっぱなしだろう。
「何で俺ばっかりこんなにもくじ運が悪いんだよ!」
必死で逃げるガズルの足が突然止まった、目の前に壁が立ちふさがる。右を見ても左を見て逃げられるようなスペースは無い。
「や、やべぇ」
直ぐさま引き返そうと後ろを振り返った瞬間そこには隙間がないほどにケルヴィン兵達が押し寄せていた。次から次へと汚い言葉や聞き慣れない言葉が飛び交う、ガズルはほとんど泣きそうな顔をして覚悟を決める。
「もうやけくそだ!」
その言葉と同時にガズルは目の前の兵隊達に飛びかかった、重力波の乱れ撃ちや連続蹴りなどで次から次へとなぎ払う。
「どけぇ!」
無我夢中で走りながら見た事もない技を繰り出す、後ろを振り返らずにどんどんと突っ込んでいく。彼にしてみればもう技なんて固定された疑念にすがっている場合ではなかった。この攻撃の手をゆるめれば自分は殺されてしまうかも知れない。それだけが頭の中にはあった。
「うぅぅぅりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」
気が付けば最後尾の方まで到達していた、そして最後の一人の頭を蹴り飛ばし首から上を吹き飛ばした。そしてそのまま逃げた。
「ふざけんじゃねぇって、いくら雑魚でも数が多すぎんだよ!」
暫くそのまま走り続けた、どの位この城の中を走ったのかも忘れてしまうほど走った。だが不思議と息は切れてなかった。
ふと、ガズルは不思議な事に気付く。
「おかしい、今までの調子なら次の追っ手がもうやってきても良いハズなんだけど。追ってこないという事はもう全滅って事かな?」
密かにガッツポーズを取るガズル、だがその考えもすぐに否定される事になった。突然目の前の壁が爆発した。爆風が容赦なくガズルを捕らえる。
「へぇ、まだ子供なのね?」
「だ、誰だ!」
壁の中から一人の女性が出てくる、鉄の杖を持った自分より大分身長が低い女性だった。鮮血のように真っ赤に染まった髪の毛は腰まで伸びており軍隊用の制服を着用している。
「私は“ケルヴィン領主軍第三番隊団長シトラ・マイエンタ”。貴方が先ほどこの城に攻め込んできた何とか軍って人間ね?」
「三番隊団長、やべぇかな?」
「答えなさい、何が目的なのです?」
「生憎おばさんに答えるギリはないね、もっと綺麗で美人な人をよこしてきたら話は――」
突然ガズルの言葉が止まった、そしてすぐに後方へとバックステップをした。ガズルがいた場所にはシトラと名乗った女性が勢いよく杖を振りかぶって地面をたたき割った。
「へ?」
「坊や、よく聞こえなかったわ。もう一度言ってご覧なさい?」
「……はい?」
完全に怯えきったガズルは死の恐怖まで感じた、そして目の前のおぞましい光景に泣きそうになる。それはシトラの髪の毛が逆立ってガズルの事を睨んでいる。
「貴方に質問するは、私のこといくつに見える?」
「……三十」
そう言った瞬間またガズルは後方の方へとバックステップをした、デジャヴを見ているかのような光景だった。
「……三十?」
「い、いえ! 二十二歳ぐらいに見えます! 俺は嘘は大嫌いな人間ですから間違い有りません!」
ガズルは本気で怯えていた、目の前の女性の顔に笑顔が戻る、その顔を見てホッとした。ゆっくりと立ち上がる目の前の女性を見ながら少し涙目でガズルはズリズリと後ろの方へと下がっていく。それは彼が下がっているのではなく、無意識のうちに後退していた。
「あなた……」
「ひっ!」
真っ黒な髪の毛が左右に揺れた、まるで今から人を殺すような目をガズルへと向ける。
「ねぇ……」
ゆっくりとガズルの方へと近づいていく、ガズルは本気で殺されると思いこみ知らず知らずのうちにまた後方へと移動している。
「可愛い顔ね、良く見たら私好みじゃない!」
「へ、はぁ!?」
「それに帽子を取ったら結構格好いいかも知れないわね、ちょっと帽子取ってみてよ」
「え……何……ちょ……うわぁ!」
逃げようと後ろを振り返ったとき強引に襟元を捕まれて帽子を脱がされた、帽子はいとも簡単に脱げてシトラの手のひらで踊る。ガズルの髪の毛を楽しそうに撫でながらキャイキャイとはしゃぐ。
「貴方の髪の毛良いニオイがするわね、気に入ったわ」
「き、気に入った? はぁ!?」
「うん、決めた。私をあなた達の仲間にしてくれない?」
「な、仲間って……何言ってんですか!」
「そのままよ、私部屋に戻って支度するから必ずここで待っててね!」
ガズルはその場に尻餅をついた、痛そうに顔を歪めスキップをしながら遠くの方へ行くシトラを見た。
「逃げた方が身の安全だな、早くアデルに報告しねぇと」
「……」
ケルヴィン領主は頭を抱えていた、目の前にいるシトラの申し出とギズーの事で深く考え込んでいた。
「以上です、私は今日にてケルヴィン領主様の部隊を下ろさせて頂きます」
「ならん、貴様以外に誰が三番隊を指揮するというのだね」
「そのことでしたら、既に『ケルティット』に任せております、彼女でしたら十分役目を果たすでしょう」
だが領主は首を振って、頭を抱えて暫く俯いていた。数分の時間が流れた後領主は突然頭を持ち上げて何かを決意した。
「宜しい、ただし条件がある。シトラにはギズーの監視役をしてもらう、それが条件だ」
「監視役ですか?」
「そうだ、何とか軍とやらにギズーを易々と渡してたまるモノか。用件がすめばすぐに引き戻せるように準備をしつつ警戒をするように」
「あの……」
「何だ?」
困った様子で領主の顔を見る、だが領主はキョトンとした様子でシトラの顔を見た。
「私はもう領主様の元で働くのは止めると言っているのですが」
「何だと?」
領主はやっと事を把握した、シトラは完全に自分の元で働くのをいやがっている事に気付く。だが領主は何度言っても聞かないシトラに苛立ちを始めていた。
「何度も言いますが領主様は他人を軽蔑しすぎています、部下が領主様にどういった感情を抱いているかお解りでしょうか? 何度も三番隊の部下達から相談を受けました、ですが私からは何も言えませんでした。一番隊と二番隊が解散になった理由はそこにあります。一度お考え下さい、その答えが出たとき……私は三番隊ではなく、一番隊の隊長として戻ってくる事をここに約束します」
領主は何も言えずにただ一礼してその場から去っていくシトラの後ろ姿だけを虚しく見ていた。
「領主様」
側近の一人が見た事のない領主の姿に声をかけた、領主は何も反応せずもせずにただただ椅子に座っていた。
だが突然人が切り替わったように立ち上がり剣を手に取り急いでその場から去った。
「……はぁ」
アデルはギズーを連れて外に出ようとした所でシトラと名乗る女性に呼び止められた、アデルの後ろではガズルが震えて縮こまっていた。
「だから、そう言う話だから私も付いていくわ。何か問題でもある?」
「いえ、俺は別に無いんだけど……」
アデルは後ろを振り返り怯えているガズルを見た、ガズルは本当に涙目になっておりアデルのエルメアを掴んだままただ震えていた。
「ガズルがこんな調子なんでね、ちょっと事情を聞きたいんだけど」
「あら、ガズルって名前なんだ。ちょっと可愛がっただけだよ? ね、ガズル君?」
「ひぃ!」
にっこりと笑顔を見せるとガズルは数メートル後ろの方に下がった、そして戦闘態勢に入る。
「まぁ、あいつに危害を加えないのであれば俺達は別に構わないが」
「うむ、確かにシトラの力は絶大だ。アデル、後で注意事項を言っておくからそのことだけには触れないでくれ。死にたくなければだが」
アデルは再度ガズルの方を見る、そしてギズーが言っている注意事項がどれだけ恐ろしいのかを理解してパーティーにシトラを入れた。
ガズルはシトラと大分距離を置いてびくびくしながら門を出ようとした。
「待ちたまえ!」
と、突如後ろから大きな声が聞こえた。ギズーはやれやれと首を振った、アデルとガズルは何事かと後ろを振り向く。シトラは振り向かなかった。
「君達か、我が城に侵入しギズーをさらって行くという何とか軍というモノは」
「それが何か?」
アデルは眉一つ動かさずにケルヴィン領主が手に持っている剣を見る、そして自分の剣を何時でも引き抜けるように腰へと手を回す。
「受け取りたまえ」
そう言うと刀を一つアデルの方へと放り投げた。
「これは?」
「貴様達が戦ったのはレイヴンと聞いている、レイヴンと同等に戦うのならばその剣が必要になるだろう」
アデルは驚いて目を丸くする、なぜ自分たちがあのレイヴンと戦った事を知っているのだろうと疑問を抱いた。だがそれはすぐに理解出来た。
なぜなら彼はこの大陸を納めている王であり、この大陸で起きた事はほぼ全て理解していて当然の事だろうと考えたからである。
「何故、俺にこの剣を?」
「貴様が着ている服はカルナックのお下がりではないのか?」
その言葉にまた驚く、今度は理解出来なかった。
「どうしてそのことを」
「カルナックに合えば分かる事だ、それに……まだ完全にインストールをマスターしていないと見受けられる。貴様が炎帝をインストール出来るとは思えんが持っていて損はない。持っていきたまえ」
「レイヴンも言っていた、そのインストールってのは何だ?」
「それは私の口から言う事ではない、師であるカルナックにでも聞くと良い」
そう言い残して領主はまた自分の城へと戻っていった、問題が山住になったアデルはレイの事を忘れて暫くそのことで考え込んだ、何故カルナックの事を知っているのか。インストールとは何の事なのか。そしてこの剣はいったい何なのか。
今は何も分からない事だらけではあるがそれは全て師であるカルナックに聞けば分かる事だという事は頭の中にはあった。カルナックの家にはもう何年も帰っては居ない、しかし……あそこが自分の家である事には違いない。
「帰ってみるか、あそこに」
振り向き様にそう言って彼等はリーダーの元へと急いだ。