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作者: 青葉かなん
残酷な描写あり
第十話 神苑の瑠璃
 よく晴れた冬の昼間、ここはカルナック家の敷地内。いつもの通りアリスがカルナックの世話を焼いていた。カルナックの部屋が何時も綺麗なのはアリスが毎日掃除をしているからである。一日でもほったらかしにしておけば部屋中ゴミだらけでとても人間が住めるような部屋ではなくなってしまう。
 理由としては、何時もカルナックが書いている何らかのノートの破り捨てた紙切れ。インクで書いている為に失敗したら消せる物ではなかった、そして何時しかミスをしたノートのページは破り捨てている。

「今日はずん分と少ないわね」

 アリスが掃除をしているときふと思った、いつもより綺麗な部屋だからである。いつもなら歩くのもやっとといった感じにまで散らかっている物だ。
 それが今日に限って書類はきちんと整頓されていてノートの切れ端がそこら中に散乱しているのに。今日に限っては普通の部屋と同じぐらい綺麗だった。

「カルナック、何処にいるの?」
「外庭だよ、何か困った事でもあったのかい?」

 穏やかな声が聞こえた、声の大きさからそれ程遠くではないと思える。近い位置に確かにカルナックはいた。そしてアリスは疑問に思った事を口にする。

「今日はずいぶんと片づいているじゃない? これならすぐに終わるわ」
「たまには私だって綺麗にしますよ」

 近くにいるにもかかわらずかなり大きな声が聞こえた、言葉の中に所々薪が割れるような音が混じっていた。おそらく今外で薪を割っているのであろう。いつもなら夕刻時にやる仕事を何故今やっているのだろうか。アリスは疑問に思った。

「何でこんな時間から薪割りなんてしているの? まだお昼を回ったばかりよ?」
「おやおや、アリスには言っていませんでしたか。私のテーブルの上にある手紙を読んでみて下さい、理由が分かりますよ?」
「手紙?」

 部屋を掃いていたアリスは手に持っているほうきを本棚に掛けると言われたとおりテーブルの上に置いてある手紙を探した。本と本の間に挟まっていた手紙は相変わらずきちんと三つ折りにされていて封筒に入っていた。
 こういった変な所だけには几帳面なカルナックだ、そのカタチを崩さないようにゆっくりと本をどかして封筒から手紙を抜き出した。

「あら、久々に帰ってくるのねあの子達」
「そうなんです、だから早めに薪を割って準備をしているのです。ね? ビュート君?」
「ハイ! 先輩達に会えると思うと今からわくわくしてきます!」

 アリスは成る程とうなずいてから笑顔を作る、そしてまた部屋を掃除し始めた。
 ところで、今カルナックの前で薪を割っているこの少年、黒い髪の毛でそれ程長くはなく、身長でそれ程高くはない。良くも悪くも普通の男の子だ。名前は“ビュート・ヴァレステルン”、孤児だ。毎度によって例の如くカルナックが拾ってきた子供である。彼はこの中央大陸で“ヴァージニア”と呼ばれる少年だけのモンスター退治を専門とする組織に携わっていた。そのヴァージニアが数か月前、カルナック家よりほど近い森でモンスター退治をしている最中魔物の奇襲により壊滅寸前の所まで追い込まれていた。そこへ丁度散歩をしていたカルナックに助けられたのが始まりだった。
 可哀想に思ったこの馬鹿みたいなお人好しはビュートをアデルやレイ同様に孤児として我が家に迎え入れて剣術を教えている。因みに、ビュートは本当に孤児だ。

「あれからどの位経ちましたか、貴方の腕は着実に上達していますよ。それも見違えるほどにです」
「ほ、本当ですか! 有り難うございます! でも、何で僕が先生の変わりに薪割りをしなくちゃ行けないんですか?」
「お恥ずかしい話ではありますが、私ももう年ですからね、この手の作業は若い人に任せた方が早く終わるのですよ。因みにこれも修行の内です」

 乾いた薪が割れる同じ音がカルナック家の周りに響く。ビュートはこの寒い空の下一人汗をかいている、当然であろう。先ほどから何百という薪を割っているのだから尚更だ。

「さて、そろそろ薪を使わずに楽しくやりましょうか?」
「ぜぇぜぇ……薪を使わずに楽しく、ですか?」
「えぇ、貴方の“G・B・トンファー”を使ってやりましょう。その武器はとても面白い構造をしています。私的にも興味があるのですよ、あなた方の先輩も薪割りで斧を使った事なんて中々ありませんでしたよ。大体が自分の武器でやっていましたよ」

 笑顔でカルナックがそう言った、そして先輩の言葉を聞いた瞬間ビュートの目の色が変わった。そしてビュートは楽しそうに薪を二十個、一直線上に並べて両手に自分の愛用の武器を装着する。

「先生、これから新しい技をやってみようと思っています。危ないので少し後ろの方へと下がって頂けますか?」
「新しい技ですか、若いんですからどんどん試していかないと行けませんね。分かりました、でも気を付けるのですよ?」

 ビュートはニコリと笑って足場を固めた。足を広げて腰を落とし、右手のトンファーを目の前に持ってきた。
 沈黙がビュートの周りを包み込む、暫く黙ったまま何かに集中しているビュートが次の瞬間突然閉じていた目を開けて自分の持つトンファーにエーテルを集中させた。するとトンファーの“ブレード”の部分に真空の刃が渦を巻いて集まりだしてきた。

「いっっけぇぇぇぇ!」

 トンファーを振りかぶって頭の上にまで持ってくると直ぐさまそれを振り下ろした、垂直に振り下ろされた剣は風圧と共にその真空の刃を前方へと飛ばした、かまいたち状になりそれらは一直線に並べられた薪へと進んでいく。そして薪を全て真っ二つに割った。

「ほう、なかなかの腕前ですね。大した物です。ですが、貴方と同じ技を使う人を私は知っていますよ」
「はぁ、はぁ……そうなんですか。完璧なオリジナルだと思ったのですがやっぱり前例が居ましたか」
「えぇ、“剣帝序列四位”またの名を“蒼い風のレイ・フォワード”とでも言っておきましょうか。貴方の先輩ですよ、アデルよりは幾分か剣の成長が楽しみな子でもありましたよ?」

 小さく拍手をするカルナックに対して、全神経を集中させて大量のエーテルを消費したビュートは前傾姿勢で息を切らしながら苦しそうにしていた。

「風使いですか、それは楽しみです。そう言えば以前、もの凄い風使いの人に会った事がありましたよ。青いジャンパーで青髪、とても大きな剣を持って町々を点々としていたのを思い出しました。又あの人に会えると良いのですが……」
「既にレイ君とは接触していましたか。その人が風使いのレイですよ、もうじきここへ帰ってきます。それは楽しみでしょうね」

 ビュートは自分の憧れの人とまた会えると聞いて嬉しくなった、それが自分と同じ場所で過ごす人間だと思うと更に喜んだ。


 “私が知っている海は、全てを飲み込む漆黒の闇。私が知っている空は、全てをなぎ払う雷の巣窟。私が知っている人間は、弱き存在。何時の時代でも私を満足させてくれる人間など存在しない。そして私はその愚かな人間共の手によって封印されてしまった。だが私は媒体からだを手に入れた、何時しか訪れる覚醒の為にこのにんげんの中に潜む事になった。それがこの者に与えられた私への運命だ!”

 “僕は気付いていた、自分の中に僕とは別の存在がいる事に。それはメルが僕の夢の中に出て来たときから始まった、いや……たぶんその時からだろう。何か今までと違う、一時の感情に過ぎないと思っていたけど、それもどうやら間違いのようだ。本当に僅かだが僕の身体にも異変が見られるようになった。僕の身体の中にもう一人何か別の生命体がいると思うと、とても嫌な感じなる”

 “私はこの少年に対して感謝の意を表さなければならない、私はこの少年の身体に寄生し今を生きているのだから。私はこの少年がピンチになったとき、その力を貸そうと思う。だがこの少年には仲間という大切な人間がいると分かった。その者達に私の姿を見せたら多分……いや、必ず驚くだろう。こんな魔物のような姿をした私に対して憎悪や憎しみ、そして怒りすら感じるであろう。だから、私は極力この少年の身体から外に出る事を控える事にした”




「いつまでそうしているつもりだ?」

 少年が考え事をしながら食事を取っているとき後ろの方から聞き慣れた声が聞こえた、コーヒーカップを地面に置きゆっくりと振り返るとそこには既に支度を調えた仲間達が少年の方を見ていた。

「あぁ、ごめん。今行くよ」

 少年はバツが悪そうにゆっくりと立ち上がり地面に置いてい有った鞄を背負うと仲間の方へと歩き出した、一番重い荷物を肩に背負ってゆっくりと歩き始めた。

「後少しで先生の家だ。ちょっと疲れただけだから」
「らしくねぇな、そんなんじゃギズーに剣術越されるぜ?」

 黒い帽子をかぶった少年がこちらに歩いてくる青髪の少年にそう言った、苦笑いをしながらギズーと呼ばれた少年の方を向きはははと笑った。ギズーは何処か不満げで、知らず知らずのうちに右腰のホルスターに手を伸ばしていた。

「さっさと行くぞ」

 だがそこは我慢だと自分に言い聞かせ後少しの道のりを歩き始めた、他のメンバーもそれに続いて残りの道のりを歩く。後一時間もすればカルナックの家に到着する距離まで来ていたレイ率いるFOS軍は東大陸から無事中央大陸に渡り、帝国との衝突もなくレイとアデルの師匠であるカルナックの家に到着する事が出来る。
 後一時間の道のりの中で面倒ごとがなければの話だが……。

「ごめんねレイ君、私の荷物まで持ってもらって。もう大丈夫だから私が持つよ」
「だめ、それでなくてもメルは一週間前まで瀕死の状態だったんだよ? 病み上がりの身体にはちょっとこの荷物は重たすぎるよ」
「え、でも」

 最後尾の方で息を切らしながらレイの隣を歩いているメルがつい最近まで自分と同じ状況下で死の境を彷徨った少年の身体を心配していた。それでなくても今さっき、少年は疲れたと言って休憩を取ったばかりである。本当は無理をしているのではないかとメルは思った。

「だって、レイ君も私と同じなのよ?」
「大丈夫、メルは女の子なんだからこんな重い荷物は俺達男に任せておけば良いんだよ」
「でも……きゃ!」

 レイの顔を見ながら歩いていたメルは自分の足下にあった石に気付く事が出来ずつまずいた、そして転んだ。

「ほら、ちゃんと前を見ないと駄目じゃないか。膝から血が出てるよ?」
「いったぁぁ」

 痛そうに涙目になるメルを見てガズルが近づいてきた、そしてポケットからハンカチを取り出すとそれをメルの膝に巻き付けた。

「これで少しは大丈夫だ、レイ、その荷物俺よこしな」
「え、よこせって言われても」
「良いからよこせ、その代わりお前はメルを背負ってやれよ。それに周りの空気ぐらい読め?」
「周りの空気?」

 レイはみんなの顔色をうかがった、アデルとギズーはニヤニヤしていてプリムラとシトラは楽しそうに笑っている。そしてガズルも満面の笑みで荷物を取る。

「わかったか? 今の状況が」
「皆して楽しんでる、あ! そこ! 変なひそひそ話をしない!」

「全員敬礼!」

 暗く、妙に生臭い風が吹く日だった。何百人もの中心を歩く一人の男が居る、とても高そうな服装ではなく、また華麗な服装でもなかった。エルメアだ、白いエルメアを身に纏って二人の側近と一緒にその道を歩いている。
 ザッザッザと足音が聞こえる、道を造っている兵隊達は皆緊張しきっていた。だが決してそれを他人に見透かされぬように気を集中している。その性か余計にぴりぴりとした空気が辺りに立ちこめる。
 そして男は一際地面に高い所に登るとその眼科に移る何百人もの人間に向かって咆吼をあげる。

「皆の者、よく聞け!」

 マイクを使わずとしても迫力のあるその声、要塞中に響き渡らんばかりの大声だった。

「我が帝国軍はこれより特殊任務へと総員を配備することになった、我々帝国の運命が掛かっていると言っても過言ではない! 本日より我が軍隊は“神苑の瑠璃”を探す事になる! そして、我が軍の要であり、優秀なセラ・フォース(注意:帝国軍最高司令部付き特別任務部隊の事)より言葉を頂く!」

  大声で喋る男のすぐ近くにいた人間が動いた、その人間は先ほど一緒に歩いてきた側近だった。

「帝国軍特殊任務部隊中央大陸南部中隊長……」

 ゆっくりと祭壇の上に上がり眼科に移る全ての人間に向かって敬礼をする。

「レイヴン・イフリート!」

 とても透き通った目で辺りを見回し、敬礼を取った。呼吸を整えるとゆっくりと目を見開いて口を動かす。

「諸君らにいくつかの注意点を発表しておく、一つは瑠璃に自らの欲望を重ねない事!」

 ざわめきが起きた、しかしそれもすぐに止みレイヴンが再び口を開く。

「もう一つは、反乱軍に出くわしたら直ぐさま逃げる事! 彼等は我が帝国を滅ぼさんと企む民間側の軍隊だ! その戦闘能力は圧倒的と聞いている! 決して彼等の挑発に乗らないように! そして、彼等の最大の特徴を発表する。彼等は――」

 突然一拍子置いた、次の言葉を言うのにとても可笑しいのだろうか、笑いが止まらないレイヴンが居た。

「――彼等は、子供だ」



「……」
「えーと」

 その頃、レイ達はと言うとカルナックの家に到着していた。笑顔で迎え入れたカルナックだったがその人数の多さに少々驚きと汗と、何か先立つものが一瞬にして消えた。

「レイ君、この状況を出来れば二百字以内の作文で作って欲しいのですが書けますか?」
「僕には自信が無いです、アデルなら」
「いや、俺に振られてもな」

 頭をぽりぽりと引っ掻きながら少しだけ悩むとカルナックは顔を上げて心の底で密かに想っていた事を口にする。

「とんだ人数ですね、私はてっきり四人で来るものだとばかり思っていましたよ」
「すいません、気が付けば大人数になってしまって」
「いえ、私は良いのですが。問題はアリスが何というか」

 ここで初めてアデルは気が付いた、辺りを見回してもアリスの姿がない事を。

「あれ? 姉さんは何処に行ったんだ?」
「アリスなら買い物に出かけましたよ、夕食時には戻ってくるでしょう」
「ちょっと待った! 近場の町までどの位の距離があると思ってるんですか!? それもアリス姉さん一人だけで!?」

 そうレイが言うとカルナックはクスクスと笑い始めて事の状況を説明し始める。

「いやはや、実は最近弟子を一人取りましてね、その子の修行次いでもあるんですよ」
「しゅ……修行って……」

 やっている事が相変わらずだなとアデルがぼやく、声を出してレイが笑っている中後ろの方から一際殺気を出している者が居た。そうギズーだ。

「剣聖!」

 急に大声を出してカルナックの名前を呼び捨てにする、一同がギズーの方に視線を向けるとギズーは戦闘態勢に入っていた。

「約束通り、俺と一戦交えてくれ!」
「あぁ、その約束ですか。私が相手になればいいのですね? 皆さん、危ないので少し離れていて下さい」

 レイとアデルは何の事かを理解して周りの人間達を少し遠くに離れるように伝えた。二人は自分の距離を取るようにすり足で間を縮めていく、最初に動いたのはギズーだった。
 普段装着している右手のシフトパーソルはホルスターに締まっていて左手に装備しているロングソード一本でカルナックに飛びかかった。

「でりゃぁ!」

 左斜めに袈裟切りを放つ、だがカルナックは自分の持つ剣を引き抜くことなく少しカラダをずらしただけで避けた。

「ちぃ!」

 左斜めに振り下ろされた剣はそのなめらかな軌道を変えることなくそのまま再びカルナックのカラダに牙を振るう。
 ブウン、よほどの大降りだったのだろう、凄まじく空を切る音だけが聞こえた、そして他には何も残らなかった。

「貴方はまだ自分の技を分かってはいない様子だ」

 そう笑顔で言うとカルナックが動いた、体制を低くして左手に持つ刀に右手を添える、そして笑顔のままその刀を引き抜いた。剣の軌道が全く見えないほどの早さでギズーの左手の剣を弾いた。

「っつぅ!」

 ガキンとはじける音が聞こえた刹那ギズーののど元にはカルナックの刀がピタリと置かれていた。

「チェックメイトです、ですが……以前に比べてスピード、パワー、そして何よりシフトパーソルに頼らずに剣一本で私に挑んだ事は褒めましょう」
「くそ!」

 地面に拳を一発入れた、そしてカルナックを睨んだ。そしてカルナックは何かを決意したように突然口を開いた。

「宜しい、貴方に私の技を伝授しましょう……半年間、よくぞそこまで成長しましたね」

 笑顔のままギズーに手をさしのべた、そしてギズーは喜びのあまり歓喜をあげその手を握った。同時にギズーはカルナックの弟子として正式に加入する事が出来た。

「さて、レイ君! アデル!」
「はい」「なんだ?」

 突然二人が呼ばれた、だが二人は何故呼ばれたのかを大体把握していた。レイはさほどでもないがアデルはここ数年、技をカルナックに見て貰ってなかった。

「二人とも試合をしなさい、お互い全力で」
「全力ですか?」「全力でやって良いのか?」

 先ほどからよく言葉がかぶる、二人はお互いの顔を見て互いに戸惑う、何しろ全力でやれとの事だからだ。

「全力で試合という事は、私が禁止しているあの技も使用して良いですよ。互いに全力で楽しくやりましょう」

 二人は少々とまどいを顔に出しながら少しずつ距離を取った、そしてレイは霊剣を右手に装着して横水平に構える。アデルも両手に剣を装備してその両方の剣を逆手に持ち替えた。

「手加減するなって話だからね?」「手を抜くつもりは更々無い、久々に暴れるぜ?」

 互いに適当な間合いから喋る、そして風が木々を揺らす。するとメルのスカーフが風にながれて飛ばされた、そのスカーフが二人の間にゆっくりと落ちてくる。
 スカーフが地面に付いた瞬間二人は動いた、アデルがレイに向かって突っ込んでくる。

「ぼさっとしてんなぁ!」

 だがレイは左手を自分の前で何やら法術を施している。アデルが急速に接近してきた所でレイが動く。
 二人の剣はぶつかりその間から火花が散った、レイが左手に法術を施し終わってそれを勢いよくアデルの身体にたたき込んだ。するとアデルは後方の方へと大きく吹き飛ばされ背中から地面に叩き付けられた。

「ててて、普通最初から切り札に近い技を使うかテメェ?」
「だって、手加減するなって言われたから」
「んなら、俺だって容赦しねぇからな!」

 アデルはすっと立ち上がりレイ目掛けて再び突進した。レイも構え直す、だが今度は先ほどとはちょっと違う構えだった。両手を自分の身体の前に添えて剣を正面に構えた。

「行くぜレイ!」

 その言葉と同時にアデルは消えた、しかしレイだけはその姿を捕らえていた。アデルの姿は突然空に現れて右手を大きく振りかぶっている。

「ガトリング・カスタム!」

 振りかぶられた手を勢いよく下ろす、剣筋に合わせて炎が飛び出してきた、その炎を軽々と剣で受け止めるレイ、だがアデルはその状況の中とても笑顔だった。
 次ぎにアデルは左手を水平に伸ばし勢いよくそれを振るった。するとレイの真横から炎が突き刺さる。

「ちょ、ちょっと待った!」
「待てと言われて待つ人間何ざいねぇよ!」

 その炎はレイの身体に着弾した。大きく横にはじき飛ばされたレイの身体を更に炎が襲う。右、左、上、下、あらゆる方向から炎が巻き起こりレイの身体を吹き飛ばした。

「勝負有ったな」
「だぁ、俺の負けだよ!」

 アデルはレイに近寄るとそっと手を伸ばした、その手に捕まり身体を起こすレイ。服はほとんどボロボロだ。
「ははは、宜しい。次はガズル君と言ったかな? 君とギズー君と勝負をしなさい」
「手合わせは初めてだな?」

 ギズーがニヤッと笑う。

「あぁ、手加減無しだぜ?」

 二人はとっさに戦闘態勢に入った、ギズーは先ほどカルナックとやり合ったにもかかわらず疲れてる表情一つ見せずに息を整える。そして右のホルスターからシフトパーソルを取り出す。

「しゃぁ!」

 瞬間にして打ち出された灼熱の弾丸は迷い無くガズルの心臓の元へと飛んでいく。だがその弾丸はガズルの重力によって地面に叩き付けられた。

「”カルス参式”行かせて貰う!」

 そう叫ぶとガズルは弾切れを起こした拳銃を放り投げたギズーの元へと全力で走っていった。だがギズーもすぐにその状況下の中何をすれば一番効率が良いのかを知っていた。

「足下注意だぜ!」
「うわぁ!」

 足払いだ、瞬時にしてしゃがみ込み低空で回し蹴りを放つ。地面すれすれのその足は見事ガズルの片足を捕らえた。

「……なんちゃってな!」
「あ?」

 地面に顔が激突するかと思った瞬間にガズルはその体制を直した、右手を地面につけ体をひねる。そのままの勢いでギズーにかかと落としを決める。それも、もの凄く無理な体勢で。

「壱式、パワー・ヴァインド!」

 後頭部に踵を入れられたギズーはなすすべ無く地面に叩き付けられた、その反動で少しながら宙に浮いた。

「弐式、天崩閣てんほうかく!」

 地面に足をつけたガズルは直ぐさま右足を後ろに振り上げた。その振り上げた反動で少しながら浮いているギズーの身体をもっと浮かせるために蹴り上げた。

「とどめの!」

 ほとんどムーンサルト状態で放った弐式の体制を直し、広くスタンスをとって地面に落ちてくるギズー目がけて右腕を振りかぶる。

「参式、パイルバンカー!」

 振りかぶった右腕をまっすぐにギズーの背中へと一発の打撃を叩きこんだ。


 ギズーが目を覚ましたのは既に夕刻だった、何時か見た部屋のベッドの上で寝ていたらしい。

「ててて、ガズルの奴……あんな奥の手を持ってたなんて聞いてねぇって」
「奥の手だから誰にも見せない、それが普通じゃないの?」

 薄暗い部屋の奥から女性の声が聞こえた、まだその暗さに目が慣れていないせいか女性の顔を確認する事は出来なかった。

「誰だあんた」
「あら、私を忘れるなんて酷いじゃない。アリスよ」
「なんだ、アリス姉か」

 カルナックの家に住む女性。澄と追った目でギズーを遠くの椅子に腰掛けてみていた。

「久しぶりねギズ君?」
「相変わらず俺の名前省略してるな」
「あら、いけなかったかしら?」
「……いや、むしろそっちの方が懐かしい」
「ふふふ」

 アリスはそのまま動かずに笑っていた、ギズーがゆっくりとベッドから起きあがり窓を開ける、そして煙草に火を付けた。

「他のみんなは?」
「家の外、バーベキューをしてる所よ」
「バーベキューだぁ? 良いのかよ、修行そっちのけでこんな遊んでて」
「今だから、最後に遊べると思うの」

 アリスは立ち上がった、そしてギズーのそばまで来ると懐から煙草を一つくすね取った。そして法術で簡単に火を付けてしまった。

「おいおい、アリス姉って煙草吸えたっけか?」
「あら、心外ね、私だってそれ位はあるわよ。カルナックには内緒だけどね」
「ふーん。それで、何で今だからこそ遊んでいられるんだ?」
「……」

 アリスは何処か寂しそうな表情をしていた、それが窓の外に誰かに向けられている事にギズーは気付かなかった。

「レイ君よ」
「あ?」

 突然レイの名前が浮かび上がったと思ったらその直後にしばらくの沈黙、この沈黙がギズーにはとても嫌な沈黙にも感じられた。

「最後くらいは、レイ君のわがままを聞いてあげても良いんじゃない?」
「わがまま?」
「君達はこれから"神苑の瑠璃"を探しに行く、それは何でも一つだけ願い事を叶えてくれると言う神秘の宝石。故に、その瑠璃をめぐって大きな争いも、戦争すら起こりえた事。人々は、神々の持ち物に手を出そうとまでしていた。そして……あの戦いが起きた」

 突然この星に起こった出来事を順々に語り出していく、この星が記憶していた出来事を一つ一つ……。

「ギズ君も知ってるよね? 中央大陸最大にして最悪の七日間を」
「"セルク・ブルセルムの乱"、死者三十万人、重軽傷者二百五十万人、被害総額数千億シェル。今から十年程前の話だったか」

 以前、誰かに教えて貰った微かな記憶を脳の片隅から呼び戻し、一つ一つ復唱するようにギズーは答えた。そしてその言葉はギズーに有る一つの可能性を呼び起こさせる。

「俺達が動いているという事は、勿論帝国にもその情報は伝わってる。そう考えても良いのか?」
「えぇ、既に瑠璃の探索に全力を注いでいる頃よ。勿論あなた達の事も」
「それとこれとレイと何の関係があるんだ? 何も関係ないじゃないか、帝国が牙を向いてきたらそれを撃退する。それが俺達だ!」
「この戦い、レイ君は死ぬつもりかもと言ったら?」

 アリスからの言葉はとても辛くギズーにのし掛かった、親友が死ぬかも知れない戦い。ましてや死ぬかも知れないと言うよりは死ぬつもりという言葉がどれほど重みか。

「レイ君はね、瑠璃を使ってメルちゃんの病気を治すんだって張り切ってたよ。瑠璃の使い方も正体も知らないくせに。頑張るんだって一生懸命だった、だから私も本当の事言えなかった」
「なんだよ、何だよ使い方って! レイが瑠璃を使うとどうなるんだよ!」

 ジジジ、煙草の灰が床に落ちてそこから煙が少しだけ上る。煙が目に入ってしみるのか、もしくはこれからレイに起こりうる厄災の事を考えての事か。アリスの目には涙が浮かんでいた。

「瑠璃は、あの宝石は存在しない。元々、神苑の瑠璃なんてモノは存在していないの。だけど、存在していないモノの正体は分かってる」
「話をそらすんじゃねぇ! 瑠璃って何だ! 何がどうなってんだよ!」
「ギズ君、君にだけは本当の事を教えるわ、神苑の瑠璃とは何か」

 窓から少し冷たい空気が部屋の中に流れ込んだ、火を付けたっきり一つも吸ってないたばこは、燃え尽きて床にぽとんと落ちた。

「神苑の瑠璃というのは」
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