残酷な描写あり
第十一話 剣聖結界 ―エーテルと法術―
レイ・フォワード率いるFOS軍が向かった先は、剣の師である剣聖:カルナック・コンチェルトの所だった。最後だけぽっかりと空いてしまっている秘術を教わるために彼等は今、最後の宴をしていた。
その中一人、いや二人だけ重苦しい空気の中で向き合っていた。片手には既に燃え尽きている煙草を指に挟んで。
外では楽しくバーベキューを楽しんでいるレイ達の姿があった、アデルはカルナックと同様に酒を浴び、どろどろにまで酔っぱらっていた。酔った勢いで何やら手品を見せると言いだし立ち上がった。勿論そのネタは誰でも知ってるネタであり、かつ誰にでも出来るような事なのでここに書く事はしない。
「ねぇ、ちょっと風当たりに行かない?」
レイの隣で少しほろ酔い気味のメルがそう言った。少しだけ頬を赤らめているのは酒の性だろう。
「うん、そうしようか」
レイとメルはそっと立ち上がるとその場の人間に少しだけ席を外すと言って森の中へと姿を消していった。
「ふーん」
プリムラが片手にワイングラスを持って二人が消えていった森の方へと目をやる、その顔には誰が見ても下心見え見えの妄想を抱いている。
「プリムラちゃん、若い子達の詮索は止めた方が良いよ」
シトラだ、同じく片手にビールジョッキを持つ姿はとってもよく似合う。現実世界にもこんな年増の女性も多くいるだろう。シトラはグイッとビールを一気飲みした。
「ぷはー、それにしても先生! 相変わらず年取った感じには見えませんね? あれから十五年も経つんですよ?」
「はっはっは、そんな事を言ったらシトラ君だって昔と変わらず美人じゃないですか。まぁ、昔の頃はまだ可愛いの分類でしたがね。良い感じに綺麗になりましたよ。何でもあの後はケルヴィン君の城で働いていたとか、やはりというか何というか、あなたも付いて来てしまいましたか」
昔の事を思い出しながら少し懐かしくなったカルナックはそのままシトラと絡み出した。二人とも酔っているせいか何とも滑舌が悪い。
「やはりって何ですか先生? フィリップ様はお変わりになりました。でも、剣の腕は相変わらずですよ。既に引退のみですけどね。先生は未だ現役でいらっしゃるのですか?」
「いえいえ、私も既に引退の身です。現にこうして私の剣術の後継者をとって居るぐらいですから。私もいい年になりましたからね」
笑い声が聞こえる、その他の人間も二人の話に興味を持ちだして楽しく聞き入っていた。
「うーん、流石に少し冷えるね」
「そうだね、もう少し厚着をしてくれば良かったかな?」
レイとメルは近くの泉に来ていた、この場所はレイのお気に入りの場所でもあり、魔物も寄り付かない場所としてゆっくりとのびが出来る場所の一つでもある。
「うん、少し寒いかな。っあ!」
「え?」
「えへへ、良い事思いついちゃった。それ!」
「え、何? うわぁ!」
メルはレイに飛びついた、やっぱり酔っぱらっているせいか理性は少しとんでいるらしい。普段のメルならこんな事しないはずだ。そうレイは自分に言い聞かせた。
「えへへ、レイ君暖かい」
「ちょっとメル!?」
「何? 私じゃ駄目なの?」
「駄目とかそうじゃなて、誰かに見られたら」
「誰も来ないよ、そのためにこんな場所まで来たんだから」
「あれぇ? レイ君、何だかドキドキいってるよ?」
「ききき、気のせいじゃないかな? あはははは!」
「あはは、はははははは……はは………………うぅ、うあぁぁぁぁぁぁぁ!」
さっきまで笑っていたメルが突然泣き出した、レイは何故メルが泣いているのかを知っていた。それはメルの命が後どれくらい持つのかだった。
そっとメルを抱きしめる、腕の中で自分の名前を呼んでくれる女の子を優しく。メルはレイのジャンパーを鷲掴みにして泣いていた。
「嫌だよ! やっと好きな人が出来たのに、やっと自分に素直になれると思ったのに!」
「……」
とてもやるせない感情がレイの中に残った、とても痛々しくて、とても悲しくて、とても捨てきれないこの感情。何処にぶつけられるモノでもないのに。
「怖いよ! 私、自分が怖いんだ。こうしてレイ君と一緒にいる事が幸せに感じられて、なのにこんなの私じゃないのに……とても悲しくて……私……なんなんだよぉ」
「メル、大丈夫。お医者さんがくれた薬をちゃんと飲んでれば大丈夫だって言ってたじゃないか。きっと治る」
メルはそっと顔を上げた、涙でグチャグチャの顔だったけどレイはその顔がとても可愛いと思った。そして二人は以前にもした時と同じように、お互いの唇を重ねた。
「なっ!」
「これが神苑の瑠璃の本当の正体、どう? 納得出来た?」
「それが本当の話なら、俺達がする事は……」
「そう、本当はやってはいけない事。でもレイ君に話してはいけない事の一つでもある。いい? 決してレイ君や他の人間には話してはいけないよ?」
ギズーはその目を丸くして愕然としてた、神苑の瑠璃の本当の正体を知った驚きと、レイや今の自分たちに襲いかかる恐怖が。
「何でそんなモノがこの世の中に……ふざけろ!」
ギズーはすぐそばの壁を思いっ切り叩いた。そして叩いた手から血がぽたぽたとしたたり落ちて床を鮮血に染める。
「いい? これが人間なの、そしてそれはおとぎ話でもある、"幻魔大戦"の真相。当時の帝国がやっとの思いで探し出したにもかかわらず最低の結果で終わったしまった」
「だからって、何万もの人間を犠牲にするまでの価値があったとも思えん。単純に考えればそんなモノ制御出来るはずがない、そんな事……許されるはずが」
ギズーは怯えている、人間の欲望と願望のおぞましさと恐怖に。自分もその人間達の生き残りなのではないかと考えるとゾッとする。今まで自分がしてきた行為がとっさに脳裏によぎった。
「あなた達は、神苑の瑠璃を使ってはならない。だけど帝国も動き出している。だからこそあなた達は神苑の瑠璃を守らなくちゃいけない。今の帝国軍総帥の手から」
「人間は、何処まで汚いんだ」
壁に押しつけていた手をゆっくりと下ろした、未だ滴り落ちてくる血液は止まることなく床を塗らした。一つため息をしてアリスはギズーの手を取る。
「まったく、どうしてカルナックの元に来る人間ってこんなに血の気が多いのかしら? 私の包帯がまた上手くなっちゃうじゃない」
「アリス姉」
「ふふ、でもこの事は本当に喋ってはいけないよ? この事を知ってるのは私と貴方とカルナック、そしてそれを体験したシトラさんだけ」
「シトラ? シトラってあの?」
「そう、シトラさんは実際にそれを体験している。だからこそ危険なのを承知で旅をしてるんだと思う。あなた達を守るために」
なるほど、そんな感じの顔をしていた。確かに瑠璃の話を持ち出すと何故か暗い表情になったり途中止めようとしたりと色々な妨害をしてきたのも事実。それまでの行為が何故あったのかをアデルはようやく理解し解釈した。
「誰だ!」
とっさにドアの方に包帯を巻かれた右手でシフトパーソルを握りしめ狙いを定める。アリスはとっさの事に何のことだか分からずにドアの方を見た。
「ごごご、御免なさい。話が聞こえたもんだからつい……」
「お前、ビュートとか言ったな? 出てこい」
ゆっくりとドアが開けられた、そこにはギズーの背丈の肩ぐらいまでの少年が立っていた。そうビュートだ。
「盗み聞きとは良い度胸してるな?」
「ち、違います。ただ、アデルさんからギズーさんを呼んでくるように頼まれまして。それでこの部屋に来たんですけど、なかなか入るに入れなくて」
「でも盗み聞きはよくねぇよな? 場が悪かったら改めて出直してくるとか色々と有ったんじゃねぇの?」
心身共に怯えきってるビュートにギズーは銃口を話さなかった、奥にいるアリスも何も言わずに只突っ立っているだけ。
「この事は誰にも内緒だ、誰かに喋ってみろ。その時はカルナックの人間でも、殺す」
そう言うと引き金を引いた、顔の横を数センチずれただけの弾丸は消音サイレンサーから発射された。
「あ、あ、あ…………」
ちょっと脅したつもりだった本人は少しやりすぎたと後悔している。ビュートはその場で硬直し持っていた荷物を全部床に落としてしまった。その中には割れ物なんかも含まれていた。
「ち、こりゃ片づけるの一苦労だな」
「そうね、でもそれは私の仕事だからギズ君は気にしなくて良いんじゃなくて?」
「それもそうなんだがな、引き金を引いたのは俺だし。一応罪悪感って奴さ」
「へぇ、ギズ君に未だそんなこころが残っていたなんてね。ちょっとお姉さん意外」
「……いつまでそうしてるつもりだ? ほら」
ギズーは未だ硬直しているビュートの肩に手を乗せた、そして少し力を入れるとバネのように跳ね上がった。結構内心来ているモノがあるらしい。
「こ、殺さないで下さい!」
「おいおい、人聞きの悪い事言うな。誰も殺しやしねぇよ。でもな、誰かにこの事喋ってみろ……本気で殺すぞ!」
「ははは、はい!」
肩がびくびくと震えている、相当怖かったのだろう。ギズーはそのことを察してか少し優しい口調で話しかけた。だが一度火がついてしまったモノはなかなか消えてはくれない。それはギズー自身がよく知っている事だ。
「ほらほら、お前の仕事は俺を呼んでくる事だろ? だったらアデル達の所に戻って酒でも飲もうや。勿論未成年だけどな?」
森の中、二人は肩を並べて歩いていた。
レイの昔話を聞いたメルは本当にショックだったのだろう。先ほどからずっと下を向いたままだ。
「ははは、やっぱりまだこの話はきつかったかな?」
場の空気を読んだのか、レイは少し明るめにふざけた感じでそう言った。だけどメルは俯いたままだった。
「何で」
「え?」
「何でレイ君はそんなに元気でいられるの? 何で無理をしてまで明るく振る舞うの。嫌だよ私、私は……私は未だ……私は未だレイ君の本当の笑顔を見てないって事じゃない!」
レイのふざけた行動はそこで終わった。確かにそうかも知れない、レイ自身。生まれてこの方……いや、カルナックの元で暮らすようになってからは未だ本当の笑顔は出していない。勿論それはメルにも言えた事、メルの辛い過去は、レイほどではないがそれ相当の物。しかし、メルの笑顔はレイにだけは本物だった。
「私、見たいよ。レイ君の本当の笑顔が見たいよ!」
「……」
「約束してレイ君。何時か、何年かかっても良い。本当にレイ君が報われるときが来たら、その時は私に本当の笑顔を見せて」
「とまぁ、こんな感じらしい。でも本当かどうかなんて俺には分からないしおやっさんも……。知ってるのはレイ自身だけ」
「凄い話だな、それ……」
「うん、私もそう思う」
アデルはガズルとプリムラにレイの話を聞かせていた、アデル自身もその話を聞いたときは相当のショックを受けたらしい。だけど今はもう年月が経っている性もあり他人にその話を出来るほどまで回復していた。
「アイツは、俺なんかよりも凄い過去を持ってる。だけど、それを表に出さないのは相当辛い物があると考えて良いだろうな」
「確かに、まだ七歳半の時にそんな事を体験していたなんてな」
ガズルが帽子を取った、その整った顔にたき火の炎が紅く照らす。アデルは帽子を被ったままだ。
「あいつは、本当に強い人間何だなって思う瞬間だな……まさに」
「もしかしてレイ君が帝国を嫌ってる理由って」
プリムラが突然口を開いた、その真剣な表情の中には何が映し出されているのか。
「多分、考えてるとおりだと思うよ? 正直アイツはまだ過去の事を引きずってるし、何よりこれからはアイツの旅になる」
「お前はどうするんだ?」
「ん、俺?」
煙草に火を付けようとしていたアデルにガズルが質問する。少し驚いた表情をしているアデルは煙草をうっかり落としそうになった。
「正直言うとな、俺はレイに付いていこうと思う。同じ家で僅かだけど一緒に暮らしていた仲だし、何より友達で家族なんだ。だからアイツの探している物と敵にしている物の為にも一緒に行こうと思う。それが本当の仲間だからな」
「なら俺もそれに賛成だ、どうせ乗りかかった船だったしな。今更降りるつもりはない」
「あ、あたしも!」
プリムラが少し酔った口調でそれを言った、流石に酒に強いアデル以外は酔っぱらっているとみて良いだろう。プリムラは顔を真っ赤にして、ガズルは既に泥水状態に近かった。
皆がそれぞれの事を考えながらその夜は更けていく、既にぐっすりと寝ているアデルやギズー、彼等だけではなくレイ以外に例外は居なかった。
レイは一人すっかり暗くなってしまった森の中にいた、霊剣を腰に装着して何処に行く当てもなく……いや、目指す場所はあった。
「何年ぶりだろう」
レイがたどり着いた場所は自分が育った村、ケルミナの村に居た。
「ここから始まった、僕の運命はこの村から始まったんだ」
何も残っていない状態の村があった場所。レイの目の前に広がっている何もない空き地。自分が育った家、友達の家、知り合いの家。全てが跡形もなく消えている。。
思えばあの日以来この村には一歩たりとも踏み入れていない、それはカルナックのちょっとした心がけとも言える。
まだその当時のレイはこころが成熟しきっては居なかった、その時に再びその幼い思い出の中から記憶を引き出すのには抵抗があった。だから、レイはこの村に来る事はなかった。
「父さん、僕は今自分の人生を全うしているよ。素敵な仲間がいて、好きな人がいて。カルナック先生に会えて」
どの位言えば気が済むのか、自分でも分からないぐらいに喋っていた。そして涙が瞳から零れる。
霊剣を地面に突き刺した、顔は少し斜めに上を向いていた。ギュッと握り拳を作り一度深呼吸をしてもう一度村全体を見回した。
「みんな、ただいま」
村全体を見回して霊剣を引き抜いた、そしてそれを幻聖石に戻して村に背を向けて歩いていった。
翌日、全員が起床した頃レイは中庭にいた。
普段アリスが行っている仕事をレイが半分以上をこなしていた、勿論彼本人の行動でありカルナックやアリスに強制されたわけでもない。ただ、前日のどんちゃん騒ぎでアリスも疲れているだろうという憶測。
アリスが屋敷内の異変に気付き外に出て来たのはレイが仕事を全て終わらせてからだった。
「全部レイ君がやったの?」
「はい、結構な量が有りますね。特に洗濯物なんか大変でしたよ。……色々な意味で」
少し顔を赤くして答えた、最初は何のことだか分からなかったアリスだが次第にその意味を把握した。そしてにんまり笑顔を作ってレイを抱き込む。
「もう、ウブなんだからレイ君は!」
「ちょっ、勘弁して下さいよ姉さん!」
「いーやーだ、暫くぶりなんだからもう少しお姉さんにこうさせてよ!」
「ななな、何言ってるんですか! それに、そのショタ癖直ってないんですか? 昔僕が言いましたよね、その癖は悪い癖だから直した方が良いって!」
「嫌よ、こんなに楽しい事止められる物ですか」
レイの忠告は無情に流された。それにしても今日は寒い、何時雪が降り出してもおかしくないぐらいに寒い。
それも曇っていてなかなか怪しい塩梅だ。雪が降るには十分な気温と湿度が成り立っていた、真冬の中でやる特訓や修行が一番厳しい。
「そろそろカルナックが外に出てくるわ、後の事は私がやるから最後の支度はしておきなさい」
急にアリスの口調が変わった、ぎゅっとされていたレイも何時しか解放され半ば放心状態にいた。そしてアリスの顔を見て。
「ありがとう、姉さん」
そう伝えてレイは再び家の中へと入っていった。
「あの子達ならマスター出来るかも知れないわね」
恒星は完全に真南に有った。昼を少し過ぎた頃だ。
中庭には準備を整えたレイとアデルが居る、ギズーとガズルは家の玄関口で煙草を吸いながらぼけーっとしている。最近の二人はこんな感じで一緒にいる事が多い。
ガズルは勉強大好きっ子、ギズーはその類い希な医者としての資質。二人は共に医学という事で結ばれている。食後など暇さえあれば二人で今後の医学の事に語り合っているのも確かで、相当仲が良いと見受けられる。
そしてレイとアデルも同様に、この二人はたったの二年間だが兄弟同然のように育てられてきた。勿論兄貴役はアデル、けなげな弟役はレイ。役者決めはカルナック本人だという。
「さて、インストール伝授の前に一つ調べておきたい事があります」
「はい」「なんだ?」
レイとアデルは同時に返事を返した、二人はカルナックに言われたとおり武器を自分の前に置いている。レイの霊剣は地面に垂直に突き刺さっていて、アデルの剣は両方とも斜めに突き刺さっていた。因みに琥珀の人は静かに地面に横たわっている。
「私が言う事をこれから実際にやって貰い、その結果を私に教えて下さい。先ずは……レイ君」
「はい」
「目を閉じて、エーテルを練りなさい。そして最初に練ったときに頭の中に出た色を教えて下さい」
「色、ですか?」
レイは何が何のことだか分からないままその場で静かに法術を練り始めた。
レイの周りに微弱ながら風が集まっていき、その風はとても冷たく、凍てつくほどの風へと変わった。
「緑色、それに白っぽい水色です」
「緑に水色。典型的な癒しの法術ですね、緑色は"風"、白っぽい水色というのは多分"氷"の事でしょう。次ぎ、アデル」
「……エーテルねぇ」
アデルもレイと同じように法術を練り始めた、法術を練り始めてから数秒後、アデルの足下から急に炎が上がった、そして髪の毛の色も少しずつだが赤く染まっていく。
(これは。そうですか、アデルは炎。何と皮肉な事だ)
「分かりました、アデルの場合は何も言わずに結構です。全く貴方らしい法術だ」
「って、そんなに分かりやすかったのか?」
「えぇ、コントロールはこの際下手でも何でも構いません。あなた方二人の能力は確かに見させて頂きました。今日の所はこれまで、ですが本日の夜に私の部屋に来なさい」
そう言ってカルナックはまた部屋の方へと戻っていった。
その夜、アデルとレイは二人そろってカルナックの部屋の前で出くわした。
「この時間だよね確か」
「らしいな、そろそろ頃合いかなって思ってよ。立ち話も何だしおやっさんの部屋の中に入るとするか」
「だな」
こんこんとドアをノックするがカルナックからの返事はなかった、レイは首をかしげて数秒経ってからドアノブに手を掛けた。鍵は掛かっていなかった。
「先生、入りますよ?」
レイがそっとドアから首を覗かせた、明かりはついていて、机の上で何かを書いているカルナックの姿があった、どうやら何か書物を書いていたらしい。
カルナックはいったん何かに集中すると周りが見えなくなる事がある。それは今に始まった事ではない、昔から。例えるならアデルが養子としてうけ居られる前からの話らしい。
「おやっさん」
カリカリと音を立てながら黙々と文字を書いている、アデルは背中から一刀両断とかかれたはりせんを取り出した。
「ちょっとアデル!」
「大丈夫だよ、こいつなら失神までは行かないけどこちらに気付かせる事ぐらいなら簡単に出来る」
せーのと振りかぶって勢いよくそれをカルナックの頭目掛けて振り下ろした。スパコーンっと快調な音を立ててアデルは勢いに任せてカルナックをひっぱたいた。
ズガンと大きな音がした瞬間カルナックは顔面をテーブルにぶつけた。
「あいたたた、誰です? 私に暴力を振るう人……って、アデル君でしたか」
笑顔でメガネを直して笑う、頭をとんとんと叩いて少しばかり出ている鼻血を止めようとしていた。
「……さて、お二人をお呼びしたのは他でもない。インストールの事です」
頭の後ろに回していた両手を自分の顎の所まで持っていき交差させる。そして少し上目状態で話を始めた。
「先ず、レイ君のエーテルは希少な多重属性です。風を操り氷を発生させる。防御と補助を備えた万能型のエレメントが備わっています、貴方はまだまだ子供ですし、これから修行を積めばいくらでも強くなると思います。剣の腕もそれなりですから、良い法術剣士になれます」
レイに目線を送りそれを話した、少し緊張していたレイはホッとして少しリラックスをして近くの椅子に座った。
「……問題はアデル、貴方です」
「俺に問題?」
「そうです、貴方は生まれつき法術が苦手なタイプです。貴方は法術剣士と言うよりは剣士に近い。ただ少し特異な剣士である事は明白です」
「それとインストールとどんな関係があるんだ?」
アデルは少し強ばった声でそう言った、両手に握り拳を作り歯をギリっと音を立ててかみしめる。
「インストールとは、体内のエーテルを暴走させ、周囲のエレメントを取り込んで一時的に爆発的に強くなる。当然その身体に対するダメージは勿論、エーテルコントロールが上手く行かなければ精神状態はもちろん、ちゃんと活動出来るかどうか定かではない状態になります。言ってしまえばインストール失敗は後に来る自分自身への暴走を前提とした諸刃の剣。これがどういう意味をなすか分かりますね?」
アデルは握り拳をほどいて少し後ろの方に後ずさりした、顔には変な汗と驚きの表情が有った。そして、カルナックの言った言葉の意味を受け入れようとはしなかった。いや、そんなもの受け入れたらどうにかなってしまう。それ程アデルには危険性のある物だった。
「おやっさん、それってつまり……」
「そう、貴方がインストールを習得してそれを使えば、後に残るのは……死だけ」
ジジジと電球が音を立てて点滅を始めた、そしてアデルは何も言葉を発する事も出来ずに立ち尽くしていた。
その中一人、いや二人だけ重苦しい空気の中で向き合っていた。片手には既に燃え尽きている煙草を指に挟んで。
外では楽しくバーベキューを楽しんでいるレイ達の姿があった、アデルはカルナックと同様に酒を浴び、どろどろにまで酔っぱらっていた。酔った勢いで何やら手品を見せると言いだし立ち上がった。勿論そのネタは誰でも知ってるネタであり、かつ誰にでも出来るような事なのでここに書く事はしない。
「ねぇ、ちょっと風当たりに行かない?」
レイの隣で少しほろ酔い気味のメルがそう言った。少しだけ頬を赤らめているのは酒の性だろう。
「うん、そうしようか」
レイとメルはそっと立ち上がるとその場の人間に少しだけ席を外すと言って森の中へと姿を消していった。
「ふーん」
プリムラが片手にワイングラスを持って二人が消えていった森の方へと目をやる、その顔には誰が見ても下心見え見えの妄想を抱いている。
「プリムラちゃん、若い子達の詮索は止めた方が良いよ」
シトラだ、同じく片手にビールジョッキを持つ姿はとってもよく似合う。現実世界にもこんな年増の女性も多くいるだろう。シトラはグイッとビールを一気飲みした。
「ぷはー、それにしても先生! 相変わらず年取った感じには見えませんね? あれから十五年も経つんですよ?」
「はっはっは、そんな事を言ったらシトラ君だって昔と変わらず美人じゃないですか。まぁ、昔の頃はまだ可愛いの分類でしたがね。良い感じに綺麗になりましたよ。何でもあの後はケルヴィン君の城で働いていたとか、やはりというか何というか、あなたも付いて来てしまいましたか」
昔の事を思い出しながら少し懐かしくなったカルナックはそのままシトラと絡み出した。二人とも酔っているせいか何とも滑舌が悪い。
「やはりって何ですか先生? フィリップ様はお変わりになりました。でも、剣の腕は相変わらずですよ。既に引退のみですけどね。先生は未だ現役でいらっしゃるのですか?」
「いえいえ、私も既に引退の身です。現にこうして私の剣術の後継者をとって居るぐらいですから。私もいい年になりましたからね」
笑い声が聞こえる、その他の人間も二人の話に興味を持ちだして楽しく聞き入っていた。
「うーん、流石に少し冷えるね」
「そうだね、もう少し厚着をしてくれば良かったかな?」
レイとメルは近くの泉に来ていた、この場所はレイのお気に入りの場所でもあり、魔物も寄り付かない場所としてゆっくりとのびが出来る場所の一つでもある。
「うん、少し寒いかな。っあ!」
「え?」
「えへへ、良い事思いついちゃった。それ!」
「え、何? うわぁ!」
メルはレイに飛びついた、やっぱり酔っぱらっているせいか理性は少しとんでいるらしい。普段のメルならこんな事しないはずだ。そうレイは自分に言い聞かせた。
「えへへ、レイ君暖かい」
「ちょっとメル!?」
「何? 私じゃ駄目なの?」
「駄目とかそうじゃなて、誰かに見られたら」
「誰も来ないよ、そのためにこんな場所まで来たんだから」
「あれぇ? レイ君、何だかドキドキいってるよ?」
「ききき、気のせいじゃないかな? あはははは!」
「あはは、はははははは……はは………………うぅ、うあぁぁぁぁぁぁぁ!」
さっきまで笑っていたメルが突然泣き出した、レイは何故メルが泣いているのかを知っていた。それはメルの命が後どれくらい持つのかだった。
そっとメルを抱きしめる、腕の中で自分の名前を呼んでくれる女の子を優しく。メルはレイのジャンパーを鷲掴みにして泣いていた。
「嫌だよ! やっと好きな人が出来たのに、やっと自分に素直になれると思ったのに!」
「……」
とてもやるせない感情がレイの中に残った、とても痛々しくて、とても悲しくて、とても捨てきれないこの感情。何処にぶつけられるモノでもないのに。
「怖いよ! 私、自分が怖いんだ。こうしてレイ君と一緒にいる事が幸せに感じられて、なのにこんなの私じゃないのに……とても悲しくて……私……なんなんだよぉ」
「メル、大丈夫。お医者さんがくれた薬をちゃんと飲んでれば大丈夫だって言ってたじゃないか。きっと治る」
メルはそっと顔を上げた、涙でグチャグチャの顔だったけどレイはその顔がとても可愛いと思った。そして二人は以前にもした時と同じように、お互いの唇を重ねた。
「なっ!」
「これが神苑の瑠璃の本当の正体、どう? 納得出来た?」
「それが本当の話なら、俺達がする事は……」
「そう、本当はやってはいけない事。でもレイ君に話してはいけない事の一つでもある。いい? 決してレイ君や他の人間には話してはいけないよ?」
ギズーはその目を丸くして愕然としてた、神苑の瑠璃の本当の正体を知った驚きと、レイや今の自分たちに襲いかかる恐怖が。
「何でそんなモノがこの世の中に……ふざけろ!」
ギズーはすぐそばの壁を思いっ切り叩いた。そして叩いた手から血がぽたぽたとしたたり落ちて床を鮮血に染める。
「いい? これが人間なの、そしてそれはおとぎ話でもある、"幻魔大戦"の真相。当時の帝国がやっとの思いで探し出したにもかかわらず最低の結果で終わったしまった」
「だからって、何万もの人間を犠牲にするまでの価値があったとも思えん。単純に考えればそんなモノ制御出来るはずがない、そんな事……許されるはずが」
ギズーは怯えている、人間の欲望と願望のおぞましさと恐怖に。自分もその人間達の生き残りなのではないかと考えるとゾッとする。今まで自分がしてきた行為がとっさに脳裏によぎった。
「あなた達は、神苑の瑠璃を使ってはならない。だけど帝国も動き出している。だからこそあなた達は神苑の瑠璃を守らなくちゃいけない。今の帝国軍総帥の手から」
「人間は、何処まで汚いんだ」
壁に押しつけていた手をゆっくりと下ろした、未だ滴り落ちてくる血液は止まることなく床を塗らした。一つため息をしてアリスはギズーの手を取る。
「まったく、どうしてカルナックの元に来る人間ってこんなに血の気が多いのかしら? 私の包帯がまた上手くなっちゃうじゃない」
「アリス姉」
「ふふ、でもこの事は本当に喋ってはいけないよ? この事を知ってるのは私と貴方とカルナック、そしてそれを体験したシトラさんだけ」
「シトラ? シトラってあの?」
「そう、シトラさんは実際にそれを体験している。だからこそ危険なのを承知で旅をしてるんだと思う。あなた達を守るために」
なるほど、そんな感じの顔をしていた。確かに瑠璃の話を持ち出すと何故か暗い表情になったり途中止めようとしたりと色々な妨害をしてきたのも事実。それまでの行為が何故あったのかをアデルはようやく理解し解釈した。
「誰だ!」
とっさにドアの方に包帯を巻かれた右手でシフトパーソルを握りしめ狙いを定める。アリスはとっさの事に何のことだか分からずにドアの方を見た。
「ごごご、御免なさい。話が聞こえたもんだからつい……」
「お前、ビュートとか言ったな? 出てこい」
ゆっくりとドアが開けられた、そこにはギズーの背丈の肩ぐらいまでの少年が立っていた。そうビュートだ。
「盗み聞きとは良い度胸してるな?」
「ち、違います。ただ、アデルさんからギズーさんを呼んでくるように頼まれまして。それでこの部屋に来たんですけど、なかなか入るに入れなくて」
「でも盗み聞きはよくねぇよな? 場が悪かったら改めて出直してくるとか色々と有ったんじゃねぇの?」
心身共に怯えきってるビュートにギズーは銃口を話さなかった、奥にいるアリスも何も言わずに只突っ立っているだけ。
「この事は誰にも内緒だ、誰かに喋ってみろ。その時はカルナックの人間でも、殺す」
そう言うと引き金を引いた、顔の横を数センチずれただけの弾丸は消音サイレンサーから発射された。
「あ、あ、あ…………」
ちょっと脅したつもりだった本人は少しやりすぎたと後悔している。ビュートはその場で硬直し持っていた荷物を全部床に落としてしまった。その中には割れ物なんかも含まれていた。
「ち、こりゃ片づけるの一苦労だな」
「そうね、でもそれは私の仕事だからギズ君は気にしなくて良いんじゃなくて?」
「それもそうなんだがな、引き金を引いたのは俺だし。一応罪悪感って奴さ」
「へぇ、ギズ君に未だそんなこころが残っていたなんてね。ちょっとお姉さん意外」
「……いつまでそうしてるつもりだ? ほら」
ギズーは未だ硬直しているビュートの肩に手を乗せた、そして少し力を入れるとバネのように跳ね上がった。結構内心来ているモノがあるらしい。
「こ、殺さないで下さい!」
「おいおい、人聞きの悪い事言うな。誰も殺しやしねぇよ。でもな、誰かにこの事喋ってみろ……本気で殺すぞ!」
「ははは、はい!」
肩がびくびくと震えている、相当怖かったのだろう。ギズーはそのことを察してか少し優しい口調で話しかけた。だが一度火がついてしまったモノはなかなか消えてはくれない。それはギズー自身がよく知っている事だ。
「ほらほら、お前の仕事は俺を呼んでくる事だろ? だったらアデル達の所に戻って酒でも飲もうや。勿論未成年だけどな?」
森の中、二人は肩を並べて歩いていた。
レイの昔話を聞いたメルは本当にショックだったのだろう。先ほどからずっと下を向いたままだ。
「ははは、やっぱりまだこの話はきつかったかな?」
場の空気を読んだのか、レイは少し明るめにふざけた感じでそう言った。だけどメルは俯いたままだった。
「何で」
「え?」
「何でレイ君はそんなに元気でいられるの? 何で無理をしてまで明るく振る舞うの。嫌だよ私、私は……私は未だ……私は未だレイ君の本当の笑顔を見てないって事じゃない!」
レイのふざけた行動はそこで終わった。確かにそうかも知れない、レイ自身。生まれてこの方……いや、カルナックの元で暮らすようになってからは未だ本当の笑顔は出していない。勿論それはメルにも言えた事、メルの辛い過去は、レイほどではないがそれ相当の物。しかし、メルの笑顔はレイにだけは本物だった。
「私、見たいよ。レイ君の本当の笑顔が見たいよ!」
「……」
「約束してレイ君。何時か、何年かかっても良い。本当にレイ君が報われるときが来たら、その時は私に本当の笑顔を見せて」
「とまぁ、こんな感じらしい。でも本当かどうかなんて俺には分からないしおやっさんも……。知ってるのはレイ自身だけ」
「凄い話だな、それ……」
「うん、私もそう思う」
アデルはガズルとプリムラにレイの話を聞かせていた、アデル自身もその話を聞いたときは相当のショックを受けたらしい。だけど今はもう年月が経っている性もあり他人にその話を出来るほどまで回復していた。
「アイツは、俺なんかよりも凄い過去を持ってる。だけど、それを表に出さないのは相当辛い物があると考えて良いだろうな」
「確かに、まだ七歳半の時にそんな事を体験していたなんてな」
ガズルが帽子を取った、その整った顔にたき火の炎が紅く照らす。アデルは帽子を被ったままだ。
「あいつは、本当に強い人間何だなって思う瞬間だな……まさに」
「もしかしてレイ君が帝国を嫌ってる理由って」
プリムラが突然口を開いた、その真剣な表情の中には何が映し出されているのか。
「多分、考えてるとおりだと思うよ? 正直アイツはまだ過去の事を引きずってるし、何よりこれからはアイツの旅になる」
「お前はどうするんだ?」
「ん、俺?」
煙草に火を付けようとしていたアデルにガズルが質問する。少し驚いた表情をしているアデルは煙草をうっかり落としそうになった。
「正直言うとな、俺はレイに付いていこうと思う。同じ家で僅かだけど一緒に暮らしていた仲だし、何より友達で家族なんだ。だからアイツの探している物と敵にしている物の為にも一緒に行こうと思う。それが本当の仲間だからな」
「なら俺もそれに賛成だ、どうせ乗りかかった船だったしな。今更降りるつもりはない」
「あ、あたしも!」
プリムラが少し酔った口調でそれを言った、流石に酒に強いアデル以外は酔っぱらっているとみて良いだろう。プリムラは顔を真っ赤にして、ガズルは既に泥水状態に近かった。
皆がそれぞれの事を考えながらその夜は更けていく、既にぐっすりと寝ているアデルやギズー、彼等だけではなくレイ以外に例外は居なかった。
レイは一人すっかり暗くなってしまった森の中にいた、霊剣を腰に装着して何処に行く当てもなく……いや、目指す場所はあった。
「何年ぶりだろう」
レイがたどり着いた場所は自分が育った村、ケルミナの村に居た。
「ここから始まった、僕の運命はこの村から始まったんだ」
何も残っていない状態の村があった場所。レイの目の前に広がっている何もない空き地。自分が育った家、友達の家、知り合いの家。全てが跡形もなく消えている。。
思えばあの日以来この村には一歩たりとも踏み入れていない、それはカルナックのちょっとした心がけとも言える。
まだその当時のレイはこころが成熟しきっては居なかった、その時に再びその幼い思い出の中から記憶を引き出すのには抵抗があった。だから、レイはこの村に来る事はなかった。
「父さん、僕は今自分の人生を全うしているよ。素敵な仲間がいて、好きな人がいて。カルナック先生に会えて」
どの位言えば気が済むのか、自分でも分からないぐらいに喋っていた。そして涙が瞳から零れる。
霊剣を地面に突き刺した、顔は少し斜めに上を向いていた。ギュッと握り拳を作り一度深呼吸をしてもう一度村全体を見回した。
「みんな、ただいま」
村全体を見回して霊剣を引き抜いた、そしてそれを幻聖石に戻して村に背を向けて歩いていった。
翌日、全員が起床した頃レイは中庭にいた。
普段アリスが行っている仕事をレイが半分以上をこなしていた、勿論彼本人の行動でありカルナックやアリスに強制されたわけでもない。ただ、前日のどんちゃん騒ぎでアリスも疲れているだろうという憶測。
アリスが屋敷内の異変に気付き外に出て来たのはレイが仕事を全て終わらせてからだった。
「全部レイ君がやったの?」
「はい、結構な量が有りますね。特に洗濯物なんか大変でしたよ。……色々な意味で」
少し顔を赤くして答えた、最初は何のことだか分からなかったアリスだが次第にその意味を把握した。そしてにんまり笑顔を作ってレイを抱き込む。
「もう、ウブなんだからレイ君は!」
「ちょっ、勘弁して下さいよ姉さん!」
「いーやーだ、暫くぶりなんだからもう少しお姉さんにこうさせてよ!」
「ななな、何言ってるんですか! それに、そのショタ癖直ってないんですか? 昔僕が言いましたよね、その癖は悪い癖だから直した方が良いって!」
「嫌よ、こんなに楽しい事止められる物ですか」
レイの忠告は無情に流された。それにしても今日は寒い、何時雪が降り出してもおかしくないぐらいに寒い。
それも曇っていてなかなか怪しい塩梅だ。雪が降るには十分な気温と湿度が成り立っていた、真冬の中でやる特訓や修行が一番厳しい。
「そろそろカルナックが外に出てくるわ、後の事は私がやるから最後の支度はしておきなさい」
急にアリスの口調が変わった、ぎゅっとされていたレイも何時しか解放され半ば放心状態にいた。そしてアリスの顔を見て。
「ありがとう、姉さん」
そう伝えてレイは再び家の中へと入っていった。
「あの子達ならマスター出来るかも知れないわね」
恒星は完全に真南に有った。昼を少し過ぎた頃だ。
中庭には準備を整えたレイとアデルが居る、ギズーとガズルは家の玄関口で煙草を吸いながらぼけーっとしている。最近の二人はこんな感じで一緒にいる事が多い。
ガズルは勉強大好きっ子、ギズーはその類い希な医者としての資質。二人は共に医学という事で結ばれている。食後など暇さえあれば二人で今後の医学の事に語り合っているのも確かで、相当仲が良いと見受けられる。
そしてレイとアデルも同様に、この二人はたったの二年間だが兄弟同然のように育てられてきた。勿論兄貴役はアデル、けなげな弟役はレイ。役者決めはカルナック本人だという。
「さて、インストール伝授の前に一つ調べておきたい事があります」
「はい」「なんだ?」
レイとアデルは同時に返事を返した、二人はカルナックに言われたとおり武器を自分の前に置いている。レイの霊剣は地面に垂直に突き刺さっていて、アデルの剣は両方とも斜めに突き刺さっていた。因みに琥珀の人は静かに地面に横たわっている。
「私が言う事をこれから実際にやって貰い、その結果を私に教えて下さい。先ずは……レイ君」
「はい」
「目を閉じて、エーテルを練りなさい。そして最初に練ったときに頭の中に出た色を教えて下さい」
「色、ですか?」
レイは何が何のことだか分からないままその場で静かに法術を練り始めた。
レイの周りに微弱ながら風が集まっていき、その風はとても冷たく、凍てつくほどの風へと変わった。
「緑色、それに白っぽい水色です」
「緑に水色。典型的な癒しの法術ですね、緑色は"風"、白っぽい水色というのは多分"氷"の事でしょう。次ぎ、アデル」
「……エーテルねぇ」
アデルもレイと同じように法術を練り始めた、法術を練り始めてから数秒後、アデルの足下から急に炎が上がった、そして髪の毛の色も少しずつだが赤く染まっていく。
(これは。そうですか、アデルは炎。何と皮肉な事だ)
「分かりました、アデルの場合は何も言わずに結構です。全く貴方らしい法術だ」
「って、そんなに分かりやすかったのか?」
「えぇ、コントロールはこの際下手でも何でも構いません。あなた方二人の能力は確かに見させて頂きました。今日の所はこれまで、ですが本日の夜に私の部屋に来なさい」
そう言ってカルナックはまた部屋の方へと戻っていった。
その夜、アデルとレイは二人そろってカルナックの部屋の前で出くわした。
「この時間だよね確か」
「らしいな、そろそろ頃合いかなって思ってよ。立ち話も何だしおやっさんの部屋の中に入るとするか」
「だな」
こんこんとドアをノックするがカルナックからの返事はなかった、レイは首をかしげて数秒経ってからドアノブに手を掛けた。鍵は掛かっていなかった。
「先生、入りますよ?」
レイがそっとドアから首を覗かせた、明かりはついていて、机の上で何かを書いているカルナックの姿があった、どうやら何か書物を書いていたらしい。
カルナックはいったん何かに集中すると周りが見えなくなる事がある。それは今に始まった事ではない、昔から。例えるならアデルが養子としてうけ居られる前からの話らしい。
「おやっさん」
カリカリと音を立てながら黙々と文字を書いている、アデルは背中から一刀両断とかかれたはりせんを取り出した。
「ちょっとアデル!」
「大丈夫だよ、こいつなら失神までは行かないけどこちらに気付かせる事ぐらいなら簡単に出来る」
せーのと振りかぶって勢いよくそれをカルナックの頭目掛けて振り下ろした。スパコーンっと快調な音を立ててアデルは勢いに任せてカルナックをひっぱたいた。
ズガンと大きな音がした瞬間カルナックは顔面をテーブルにぶつけた。
「あいたたた、誰です? 私に暴力を振るう人……って、アデル君でしたか」
笑顔でメガネを直して笑う、頭をとんとんと叩いて少しばかり出ている鼻血を止めようとしていた。
「……さて、お二人をお呼びしたのは他でもない。インストールの事です」
頭の後ろに回していた両手を自分の顎の所まで持っていき交差させる。そして少し上目状態で話を始めた。
「先ず、レイ君のエーテルは希少な多重属性です。風を操り氷を発生させる。防御と補助を備えた万能型のエレメントが備わっています、貴方はまだまだ子供ですし、これから修行を積めばいくらでも強くなると思います。剣の腕もそれなりですから、良い法術剣士になれます」
レイに目線を送りそれを話した、少し緊張していたレイはホッとして少しリラックスをして近くの椅子に座った。
「……問題はアデル、貴方です」
「俺に問題?」
「そうです、貴方は生まれつき法術が苦手なタイプです。貴方は法術剣士と言うよりは剣士に近い。ただ少し特異な剣士である事は明白です」
「それとインストールとどんな関係があるんだ?」
アデルは少し強ばった声でそう言った、両手に握り拳を作り歯をギリっと音を立ててかみしめる。
「インストールとは、体内のエーテルを暴走させ、周囲のエレメントを取り込んで一時的に爆発的に強くなる。当然その身体に対するダメージは勿論、エーテルコントロールが上手く行かなければ精神状態はもちろん、ちゃんと活動出来るかどうか定かではない状態になります。言ってしまえばインストール失敗は後に来る自分自身への暴走を前提とした諸刃の剣。これがどういう意味をなすか分かりますね?」
アデルは握り拳をほどいて少し後ろの方に後ずさりした、顔には変な汗と驚きの表情が有った。そして、カルナックの言った言葉の意味を受け入れようとはしなかった。いや、そんなもの受け入れたらどうにかなってしまう。それ程アデルには危険性のある物だった。
「おやっさん、それってつまり……」
「そう、貴方がインストールを習得してそれを使えば、後に残るのは……死だけ」
ジジジと電球が音を立てて点滅を始めた、そしてアデルは何も言葉を発する事も出来ずに立ち尽くしていた。