残酷な描写あり
第十三話 剣聖結界 ―エーテルバースト―
それは暗く、何も無い空間だった。
あたりを見渡しても何も見えない、ただ真っ暗な空間がそこに広がっていた。それを虚無と呼ぶのかはたまた宇宙と呼ぶのかは人それぞれでは有ると思う。だが彼は違った、その空間の中には彼でも感じることが出来るほど大量なエレメントが浮かんでいる。
「……結構歩いたな」
黒い髪の毛、黒い軍服、黒い帽子を被った少年が言う。この暗闇の中では自身を確認することも困難だった。
「たしかにこっちのほうだと思ったんだけどな、間違えたか」
遠くから歩いてきたアデルは一つの方角だけを目指してきた。それは大量なまでの炎のエレメントの感じだった。もの凄く大量でオゾマシイ程の力は人に恐怖を植え込む。
「気のせいじゃないな、やっぱり此処だ」
真っ暗な空間でアデルは立ち止まった、そしてあたりを見渡す。当然のことながら真っ暗で何も見えなかった。
「……仕方ないな」
アデルはそういうと腰にぶら下がっている剣を取り出す。グルブエルスと名づけられた右手に構える何時もの剣だった。それを逆手に持ち替えて自分の正面に持ってくる。少し間をおいてから握っていたグルブエルスを放した、地面に突き刺さると同時にあたり一面に光が放たれる。
「逆光剣」
パァッと光が伸びると目の前に何かがぼんやりと姿を現した。
「奇怪な術じゃな若造、無理やりワシの姿を見ようとはの」
「悪いな爺さん、俺は生憎法術が苦手でね。何かしらの方法で姿を消してたと思うんだが強制的にそれを排除させてもらったよ」
目の前に現れたのは白髪の老人だった、赤いローブを肩から足まで伸びる長さだろう。胡坐をかいて座っていた。
「カルナックめ……こんな若造をよこして一体どうするつもりじゃ」
「爺さん、おやっさんを知ってるのか?」
「知っとるも何もあやつが作り上げたのがワシじゃ、してお前さん。ワシに何のようじゃ」
「……それが俺にもさっぱりでね、言われたのは『向き合え、戦え、己に打ち勝て』だった」
突き刺さったグルブエルスを右手で引き抜きながら言う、また同時に面倒くさそうにも見えた。
左手で帽子のつばを直して前を見る。
「……え?」
咄嗟の事だった、目の前に突然老人が持っていた杖をアデル目掛けて突いてきた。それをグルブエルスで受け止めるが、思いもよらない攻撃に頭の中が真っ白になる。
「何のつもりだ爺さん」
「貴様にインストールが仕えるかどうかの確認じゃ、気にせずワシと戦うが良い」
そういうと老人は再び攻撃を仕掛けてくる、杖を連続で突き出しアデルの顔を狙う。それをアデルは左右に避けながら後ろへと下がる。
「爺さん相手に攻撃できねぇよ」
「見くびるで無いわ、ワシとて貴様の様な若造に遅れは取らんぞ」
老人の攻撃速度が上昇する、体だけを動かして避けているアデルにも限界が来る。そしてついにアデルは老人の攻撃を受けた。
「っ痛!」
「……貴様、本気で来なければその体焼き尽くすぞ」
左手で突かれたところを抑えているアデルは一つ違和感を覚えた。それは何か液体に触れたような感触だった。
「へぇ、爺さん強いな」
「ワシを愚弄する気か?」
「そんなつもりは無いけどな」
右手に構えているグルブエレスを順手に持ち替え、両足を肩幅に広げ左手を添える。一度後ろに剣を引いてから少し溜めた。
「そこっ!」
引いた右手を瞬時にして突き出す、だがそれを老人は簡単にかわし右へとステップした。続いてアデルは左手でツインシグナルを引き抜くと横一杯に振り回す。
「っ!?」
ガキン、一度金属がはじける音が聞こえた。スイングした剣は何かにぶつかって動こうとしない。それが金属物だと分かるのに時間は掛からなかった。
「どうした小僧」
老人が攻撃を防いでいるようには見えない、言うならばまるで何も無い空間に剣だけが浮いているかのようだった。
「何だよこれ」
浮遊している剣に見覚えがある、それは今アデルの右手に握られているグルブエルスに非常に酷似する。柄から剣先、刀身まで全てがまるでコピーされたように複製されている。
「腐ったりんごのようだなお前は」
「え?」
声が聞こえたと同時に右から青白い光が飛んでくる、アデルは体を捻って自分の持つグルブエルスでその光をはじいた。そこでまた我目を疑う。
「ツインシグナル!?」
今度は左手に構えているツインシグナルにそっくりな剣が見えた。
「爺さん、あんた」
「ワシは何もせん、お前が戦っているのはもはやワシではない」
「何だと――うわ!?」
更に左からグルブエルスに似た剣が襲い掛かってきた、それを紙一重でかわしバクテンで距離を取った。そしてわが目を疑う、目の前に居るのは自分そっくりな何かだった。
「――俺?」
「そうお前だ」
声もまさに自分そのものだった、見た目から背格好や声質までまるで自分そのもの。まるで複製されたかのようにそれはそこに居た。
「自分と戦え、こういうことかよ」
「違うな、俺はお前であってお前じゃない。お前を更に凌駕した存在、剣帝アデル・ロードだ!」
「剣帝――?」
目の前に立つその男はまさに自分そのもの、だが自分には無い称号を持つ。だが見た目は鏡を見ているかのように正確にコピーされた物だった。
「小僧、貴様が手に入れようとしているものがどれほど愚かで意味の無い物か分かっておるか?」
「どういう意味だ?」
「テメェが手に入れたがってる力の結末さ、おやっさんの言葉で頭の悪い俺でも分かるってもんだぜ? ソレなのに何故に力を欲する? そこまでして手に入れて何の意味があるんだ?」
「黙れ! そんな事俺に言われる筋合いは無いね!」
「自分にこんな事言うのもなんだが、本当に救いようのねぇ奴だな俺はよ!」
コピーが動く、トンっとその場から跳躍しオリジナルの目の前まで瞬時にして移動した。それをアデルは捕らえることができなかった。気が付いたときには既に目の前に自分そっくりの顔があって、同時に腹部に痛みを覚える。
「今の俺は剣聖結界を施した時と同等、もしくはそれ以上の力だ。俺を倒せなければレイヴンと戦ったところで瞬殺されるのが目に見えてるんだよ」
剣が突き刺さっていた、心臓の位置より十数センチ下のところから入り背中へと抜ける。
「そうか、お前を倒せれば光は見えるのか!」
「何をいってやがる」
アデルはコピーの右腕を左手で掴み、右手に構えるグルブエルスを逆手に持ち替えた。次に一歩体を前に出し突き刺さっている剣をより深く、抜けないように根元まで受け入れる。
「テメェ!」
「邪魔だ俺! 俺は爺さんに話があるんだぁ!」
逆手に構えたグルブエルスをコピーの背中に突き刺す、同時に自分の体に自身の剣が食い込むのが分かる。腹部に二つの傷、その痛みに耐えながら心臓を貫かれたコピーの息が絶えるのを確認する。
息絶えたコピーは光となってゆっくりと消えていく、ソレを後ろで見ていた老人は眉一つ動かさずにアデルを見つめる。
「爺さん、邪魔者は居なくなったぜ。話を聞かせてもらおうか」
「そこまでして欲する理由は何だ? カルナックも言っておったであろう、あやつは自滅する。それをワザワザ邪魔しに行く必要も無かろう?」
ポタポタと血を流しながら老人のほうへ足を進めるアデル、その顔には痛みに耐えながらもまっすぐに老人を見つめる目をしていた。
「気にいらねぇんだ」
「それだけか?」
「――あぁ、それだけだ。あいつは俺を育ててくれたおやっさんの奥義を知ってる、だけど俺は知らない。それが気に入らないだけだ」
フラフラと老人の目の前までやってきた、左腕で老人が着ている服を握り自分のほうへ寄せる。
「俺の名前はアデル・ロード! 剣聖カルナック・コンチェルトの弟子だ!」
そこまで言うとついに力尽き、握り締めた老人の服からも手を放してその場に崩れ落ちた。
その後アデルの意識が戻ったのはすぐのことだった。ガバっと起き上がり腹部を手で触る。貫かれた筈の傷が跡形も無く消えている。そして周りには真っ赤に燃える炎、まるで全てを焼き尽くすかのような業火だった。
「熱くない?」
「気が付いたか若造」
後ろを振り向くと先ほどの老人が立っていた、両手を腰に回し激しく燃える業火を見つめていた。
「お主はこの業火をどう見る」
「どうって」
アデルはもう一度目の前に広がる灼熱であろう業火を見る、真っ赤に燃え全てを焼き払うその灼熱の炎。
「お主は炎と言う物をどう感じどう受け止める、その先に見えるものはあるか?」
「――いや」
「この業火を見ても何も感じぬか?」
一瞬、目の前に広がる業火の海がうねりを見せ一本の道を作った。その道を老人が進む、それをアデルがゆっくりと追う形になる。
「炎とは即ち生命の力、天高くから我らを照らす恒星もまた炎。全ては恒星の光を受け、熱を感じ、それを糧に我らは生きる。炎とは命を司り、また終焉をも呼ぶ」
「終焉?」
「そうじゃなぁ、呼び方はたくさんあるが……お主でも分かるように説明しなくてはならんな」
「助かるよ爺さん、俺は頭が悪いんだ」
業火のトンネルをゆっくりと二人が歩いていく、先にもアデルが言ったとおり熱さは無いらしい。
「始めに無が有った、無は有を作り出し全てを作った。極限までに熱せられた世界を灼熱と言うのであればこの業火は蝋燭の炎と等価じゃろうて。始めの炎は主ら生命をも作り出すほどの物じゃ」
「宇宙誕生の炎、ビックバンか」
「そうじゃ、それが創生の炎。対して終焉を呼ぶ物は何か、我らが頭上高く有るあの恒星の事じゃ」
ゆっくりと業火の中を二人は歩いていく、次第にその業火は姿を縮小させていく。
「主らが住んでいるこの星は後何億年かすれば恒星に飲まれるだろう、それが終焉の炎じゃ」
「なら俺には関係のない話だな、その時代まで生きてる自信はない」
アデルが横に流れる業火の川を見ながらそういった。
「お主が今まで作ってきた炎はワシの本の一部じゃ、インストールとはワシを理解しワシと契約を交わしワシを知ることに始まる。それの使い手がどんな理想を抱きどんな使い方をしようとワシの知るところではない」
「それが例えこの世界の秩序を破壊して世界を壊そうとしてもか?」
「関係の無い話じゃ、ワシは貴様ら人の中に生きておる。仮に世界が崩壊したところでワシは人、大地、恒星の下で作られる。ワシは一人じゃ無いのじゃよ小僧」
老人が立ち止まった、同時に回りに流れる業火の炎はブワっと風にかき消されたように姿を消した。
「小僧、ワシを理解できるか?」
「……」
「貴様はワシを知ろうとするか?」
老人は手に持つ杖をアデルに突きたてた。それを眉一つ動かさずアデルは老人の顔を見つめていた。
「愚問だったようじゃな」
「必要とあれば俺は修羅にでもなるさ、爺さんを理解する事は時間がかかるだろうけどな」
「修羅か、悪鬼と言えばまだ聞こえも良かろうて」
老人はそう言い残して笑った、対してアデルは先ほどと同じように老人の顔だけを見つめてその場をピクリとも動かない。
「では本題に入ろうかのう。炎とは始まりであり終焉である、これは先も述べたとおりじゃ。問題はこの先、それを扱う者の意思次第で炎は姿を変える」
老人は右手を前に持ってくると手のひらを上に向けた。すると青白い炎が手の平からあふれ出した。次第にそれは紫色に成り、だんだん白く色を変色させていく。
「青白い炎は冷たさにも似た冷徹な炎じゃ、決して冷たく無いその熱は次第に灼熱へと姿を変え最後には白く成り消える。まるで人と同じじゃな小僧」
「どういう意味だ?」
「そのままじゃ、人とはなんとももろく儚い。だからこそ弱く力を欲する。力を手に入れる代償が廃人じゃて……真意を理解せずに炎を使えば灰塵と化す」
その言葉にアデルはとある噂を思い出す、二年前の話だった。
「噂で聞いた事有るな、法術未鍛錬者が己のエーテル貯蔵量に過信しすぎて大法術を使い、エーテルが暴走して自身すらをも焼き殺す事件が。確かその時の法術者は骨すら残らなかったと聞く」
「近いものがあるのぉ、それは単純にエーテルバーストしただけだろう。だが例えとしては悪く無い。術とは己の中にある魔力の源エーテルの残量によって変わる。カルナックも言うてた通りじゃがワシ等は術使用者を喰らう事も有る、その結果人では無い何かに変貌させてしまう事もしばしばじゃ」
右手を握ると炎はブワっと風に流れ姿を消した。アデルは難しそうな顔をしてその場にあぐらをかいた。
「俺は頭が悪いと言っただろう、もっと分かりやすく説明できねぇか爺さん」
「ふむ、ならば実際に体で覚えて貰おうか」
「体で覚える?」
「剣聖、あれからずいぶんと時間が経つけどいつまで続くんだ?」
部屋の出入りを禁じられた二人は居間でカルナックとアリスと四人で過ごしていた。あれからさらに数時間は経つだろうか、その時間がやけに長く感じられた。
「分かりません、三十分後かもしれませんし明日かもしれません。もしくは来月、来年……」
「二人次第ってことかよ、大そうな術だなしかし」
ガズルがソファーに寄りかかって悪態をつく、それを横目にカルナックはため息を一つ。
「仕方有りません、こればかりはあの二人の強さ次第でしょう。先ほどから二人のエーテルの量は変わっていませんのでまだ何も変化はおきて無いでしょう」
スッと立ち上がりカーテンの外を見る、この季節にしては珍しい大雪の日だった。昨夜から降り始めた新雪は次第に量を増して道を隠していく。
「ただ、先ほども説明した通り最悪の事態には備えて置いてください。エーテルバーストが起こり自我を亡くしたら最後。彼らは見境なく私達を襲うでしょう。その時は心を鬼にしてください」
「それだけは避けたいな、仮にバーストしたとしてその力はインストールした時と同じなんだろう? 元々の強さが桁違いのあいつ等が更に強化されたとなれば俺達が太刀打ち出来るかどうか。剣聖が使った精神寒波が常に出されてる状態であれば俺達は身動き一つ取れないだろうからな」
最悪の事態に備えろと言われてはいるがまさにその通りだった。その前に二人は親友である二人と戦う事自体に違和感を覚えている。今まで一緒に過ごしてきた仲間と急に戦えとは剣聖も人が悪い。だがそうでなければ自身すらも守れない事は分かっている。カルナックが一番恐れていた事はまさにこれなのかもしれない。
「だがよ剣聖、仮に習得できたとして勝算は正直どうなんだ? インストールマスターのレイヴンの力は一度戦ってるから有る程度は分かるけど、それでも全力じゃなかったはずだ。あの時戦ったレイヴンのさらに何倍も強いんだろう?」
「そうですね、どの位の力を出したのかは分かりませんが比較になら無いでしょう。ましては炎のインストールです。尋常では無い戦闘能力である事は確実です、私の元で修行していた時とは比べ物に成らないほど強いでしょうね」
フフと笑って見せる、その笑顔にガズルとギズーは正直呆れていた。
「剣聖、あんたって人は本当に雲をつかむような人だな。何がそんなに嬉しいんだ?」
ギズーが壁により掛かってカルナックを睨む。同じようにガズルも睨んでいた。
「嬉しいって訳じゃ無いですよ、ただ……彼には悪いですがその化け物の様な相手に喧嘩を売る皆さんは本当に若いなって思っただけです。私ならお断りですね」
「ちぇ、本当にそれが本心かどうかも怪しいな。大体剣聖あんたは――」
そこでガズルの言葉が止まった、同時にカルナックの動きも止まる。二人は咄嗟にレイとアデルが居る部屋に顔を向ける。
「ん? どうしたんだ二人とも」
「ギズー、お前分からないのか? エーテルが殆ど無い俺にだって感知できるんだぞ」
「だから何を言ってやがる――」
何一つ感じられないギズーもガズルの表情を見て悟った、瞬時に自分の獲物を両手に構え部屋を凝視する。
「剣聖、何が起きてる?」
ギズーとガズルの顔は汗だくだった、両腕は鳥肌で逆立ち本能がその場から逃げろと騒いでいた。だが恐怖のあまり動く事が許されない。
「どちらかがエーテルバーストしたようです。アリス隠れて居なさい」
その言葉に一つ頷くとアリスはキッチンの下に有る収納庫へと身を隠す。カルナックは立ち上がると左に添えていた刀を鞘から引き抜く。
「レイ君がバーストするとは考えられません、アデル君の確立が高いでしょうね」
「簡単に言ってくれるな剣聖、炎のインストールを身にまとったアデルとかもはや化け物クラスじゃないか!」
「だから覚悟を決めてくださいと言ったでしょう」
ゆっくりとだが確かに違和感が部屋のドアへと近づきつつある、三人はゆっくりと戦闘準備を作り各々の武器を構える。
「来ます!」
カルナックの叫びと同時に部屋のドアが吹き飛び、中から尋常では無いエーテルの量が外へと溢れて来る。同時にとても嫌な気配と共にそれは現れた。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
アデルの体からは薄いオレンジ色のような煙が上がっていた、全身から沸き出るソレはまるで生き物のようにうねりを上げてアデルの体から逃げていく。
「これがエーテルの本質か……具現化させるとこんな煙みたいな物になるのか」
「そうじゃ、それを取り込み体内で爆発させる。それがエーテルバースト、今は無理矢理バーストさせただけでその反動が貴様に来ている」
四つん這いになり息を切らしているアデルは自分の体から逃げるエーテルを見てにやりと笑う。
「爺さん、こいつを制御出来るようになればいいんだな?」
「そうだ、力でねじ伏せようとするな。対話しろ、己が信念を信じろ、真意を見出せ!」
「簡単に言ってくれるなよ! 自我を保つのが精一杯だって!」
老人はアデルの中のエーテルを一気に放出させバーストさせる。その衝撃にアデルは倒れ込み体の自由を奪われた。だが辛うじて意識はつながっていた。
「意識があるんじゃ、体の外へ逃げるエーテルを制御しろ、コントロールしろ!」
「そんな事言ったって、どうすればいいんだよ!」
「集中しろ、おぬしの中に居るワシ等と対話するんじゃ。先も言ったが力で抗うな、それを己の体と思え!」
四つん這いのままどうすることも出来ないでいるアデルは小さく舌打ちし目を閉じた。瞼に燃え盛る炎が見えるような気がした。それを自分の体と重ねる。
(戸惑うな、ここで何も出来ないようじゃこの先俺は成長しない。抗うな、逃げるな、立ち向かうんだ)
それは、老人の目にはっきりと映る形で変わって行った。四つん這いのまま動かないでいるアデルの体から放出されるエーテルが次第に煙状からゆっくりとユラユラとしたオーラのように変わった行く。
本来であれば無理やりバーストさせたエーテルを鍛錬無しに自在に操ることなど不可能。ではアデルはこれをどうやってコントロールしているのか。答えは非常に簡単なことであった。
血の滲む様な修行時代、カルナックの元で行ってきた日々が彼の精神を強くさせ微量ながらのエーテルコントロールを身に着けていた。それは昼間の剣聖結界を防いだ対法術防壁を展開したことからの布石。あの時カルナックが本当に試したかったことは精神寒波を防ぐ事に有らず、微量ながらも自身の周りにあるエーテルを操り自身の意識に合わせたエーテルコントロールにあった。
これを老人は驚かずに見つめる、最初から分かっていたことのように笑みをこぼす。
「やはり貴様はカルナックの意思を継ぐ者じゃな」
「……何をチンプンカンプンな事を言ってるんだ爺さん」
「そのままの意味じゃよ」
アデルは次第に立ち上がり体の回りから放出するエーテルを自身の体内へとゆっくりとではあるが吸収していく。はっきりと力がわいてくるのを実感できる。
次第に剣聖結界の恩恵をその体で実感し始めていく、髪の毛は赤く染まり足元からは微量ながら炎が走る。筋肉組織が活性化され精神が研ぎ澄まされていくのが良く分かる。アデルにとって見ればはじめての体験でもある。
「いいか、忘れるでないぞ。ワシ等はいつでも貴様の周りに居る、しかしその力をどのように使うかは貴様自身が決めること。何事も荒く事を考えることは許さぬ、そうすれば貴様にも分かるだろう」
老人はそこまで言うとアデルの目の前に立ち手を差し伸べた。
「炎という儚い存在を……」
「来ます!」
カルナックの叫びと同時に部屋のドアが吹き飛び、中から尋常では無いエーテルの量が外へと溢れて来る。同時にとても嫌な気配と共にそれは現れた。
とても冷たく、暖炉の火も揺らぐような寒気をそこにいる全員が感じた。ゆっくりとドアから出てきたのは意識を失っているレイだった。
「まさか、レイかよ!」
ガズルが叫び右手を天井に向けて突き上げる、手のひらに渦巻く小さな重力球から発せられる磁力と引力でレイの身動きを制限しようとした。
「……う……ぐぐ……ぐががが……っ!!」
彼の持つ霊剣がカタカタと音を立ててレイの腕から離れようとしていた、それを見てカルナックが声を荒げる。
「ダメですガズル君、霊剣が君の引力に引き寄せられている! 彼の手から離れた霊剣の重さで君の腕ごと吹き飛んでしまう!」
「っち!」
重力球を握りつぶして周りの引力を開放すると同時にレイが目にも留まらぬ速さで三人の元へ接近する。それを目視できたのはカルナックただ一人。だが目視できただけで反応することが出来なかった。レイは目の前のガズルに右足を使って腹部を蹴る、速度も相まってガズル以上の脚力を発揮する。溜まらぬガズルは壁へ吹き飛ばされ突き破って外へと飛ばされてしまう。
「早いっ!」
カルナックがレイの右手を掴む、同時にギズーがシフトパーソルの柄でレイのコメカミを叩くが全く手ごたえを感じなかった。続いてカルナックが刀を持ち替えて首元に峰打ちを入れる。
「いててて……何ってスピードと力だ。これがインストールって奴の本領かよ!」
起き上がりながら腹部を押させて叫んだ、それと同時に中に居たはずの二人も外へと吹き飛ばされてきた。
「なんて力だ、剣聖よこれが氷のインストールの力なのか?」
「いえ、氷の力ではないですね。だが彼自身こんな強さを見につけていたとも思えません」
ガズルとは違い二人は受身を取って相互に答える。明らかにカルナックの顔には焦りがにじみ出ていた。
「この力は何だ……何故これほどの力を引き出せる、炎以上の活性力を持ち合わせた氷のインストールが出来るはずが無い。だが現状をどう説明すればいい」
家の中からゆっくりとレイが姿を現した、相変わらず意識を失っているように見える。ぐったりと項垂れてはいるものの足はしっかりと体を支えている。ひざが崩れてはいるものの体重は支えているようだ。
(この感覚、以前にもどこかで……)
カルナックが目の前の暴走したレイから発せられる僅かながらのエレメントを感じ取った、それはとても懐かしく、カルナック自身も一度だけしか感じたことの無いエレメントだった。
だが考えている暇などカルナックには無かった、それは瞬きをした瞬間にも思えるスピードでレイはカルナックへと跳躍をする。その姿を今度は捉えることが出来なかった。
「剣聖!」
大きく振りかぶられた霊剣はカルナックの首元を霞めた、ガズルがカルナックの服をとっさに引っ張り後ろへと重心がずれた。ブオンと大きな風きり音が大きく鳴り響いた。
「何をボヤっとしてるんだ剣聖、首が飛ぶところだったぞ!」
間髪居れずに霊剣がカルナックを襲う、今度はそれを自身の刀で弾き右肩でレイの腹部に体当たりする。とまらぬ早業にガズルとギズーは二人の姿を全く捕らえることが出来ずにいた。
「化け物かこの二人は、一体何をやってるんだ」
「普通じゃないのは剣聖の方だ、インストールしてるレイに対し生身のままだぞ……強い弱いの世界じゃない、次元が違う!」
そう、本当に凄まじいのはカルナックだ。インストール状態のレイに対し生身同然のカルナックはその攻撃を防ぎ今度はこちらから攻撃に打って出る。体当たりで重心がぐらついたレイは後ずさりし、右手に握る霊剣を思い切り後ろに振りかぶるとカルナック目掛けて振り下ろす。それをカルナックは右足でレイの手首ごと蹴り飛ばす。意識があれば苦痛に顔を染めるほどの威力を持っているだろうそれはまたしても後ろで見ている二人の目には捉えることが出来ないほどの早さだった。
言うなれば神速、元よりカルナックの肉体は法術による強化を施していない。この境地にたどり着くには行く年と修行を積み己の肉体を鍛え上げなければ到達できない境地にまで上り詰めている達人のようだった。刃をさかさまに変え目にも留まらぬ速さでレイの体を打ち抜く。音が一秒間に何度も聞こえる、そう例えるのが正しいのか分からない程の速度でレイの体を打ち続ける。
「これが……剣聖」
ガズルが防ぐことすら許されないカルナックの攻撃を受け続けるレイの姿を見ながらそう呟く。まさに最強と言う言葉が相応しいと思った。
ダメージが蓄積し立つことすら出来なくなったレイは崩れ落ちて地面に膝を付く。体は痙攣し指一本動くことが出来ない状態になっていた。
「残念ですレイ君、もう君は戻ってこないだろう……せめて最後は私の手で」
振りかぶったその刃はレイに刃を向けていた、とっさに気づいたギズーは右手に構えていたシフトパーソルでカルナックの持つ刀を狙い撃った。
「ダメだ剣聖!」
激しい轟音が辺りに鳴り響いた、周りに聞こえる音は雪が深々と降り注ぐ僅かな音を奏でる中に鳴り響いた銃声は辺り数フェイズまで聞こえただろう。銃口から発射された弾丸はカルナックの持つ刀の柄に当たり彼の手から獲物を弾いた。
「ギズー君……」
白い息を吐きながらギズーは右手だけで構えていた銃を両手に持ち替えた、ギロリとカルナックを睨み付けて手を震わせながら
「無力化出来るならそれだけで良いじゃないか剣聖、それ以上する必要は無い!」
睨みながらそうカルナックに銃口を向ける、だが状況は一変する。
レイの体に付けられた怒涛の攻撃痕が見る見るうちに修復を開始した、深いダメージを追ったその体はまるで何事も無かったかのような回復速度で治癒していきレイの体を動かした。右手に握る霊剣に力をこめ、刀身を後ろに静かに引いた。
「先生、危ない!」
「何よもう、五月蝿いなぁ」
寝室で寝ていたシトラはあたりの騒ぎに目を覚ました、隣には静かに寝息を立てるメルの姿がある。その寝顔をみて不機嫌だった顔に緩みが生まれた。
「本当、レイ君も罪な男の子になったわねぇ」
笑顔でメルの髪の毛を撫でる、二度、三度撫でたところで外から一発の銃声が鳴り響いた。
「何、今の」
轟音と共にシトラはベッドから飛び降りた、壁に掛けている自分の獲物を手に取りドアを開くとそこはまるで戦争でもあったかのようにボロボロになったリビングと形を残していない玄関が目に映る。
「……何が起きてるの?」
とっさに表へ出る。目の前には吹雪の中戦う四人の姿が映った。
「無力化出来るならそれだけで良いじゃないか剣聖、それ以上する必要は無い!」
睨みながらそうカルナックに銃口を向ける、だが状況は一変する。
レイの体に付けられた怒涛の攻撃痕が見る見るうちに修復を開始した、深いダメージを追ったその体はまるで何事も無かったかのような回復速度で治癒していきレイの体を動かした。右手に握る霊剣に力をこめ、刀身を後ろに静かに引いた。
「先生、危ない!」
声の正体はシトラだった。一瞬でカルナックの元へ近づき杖で霊剣を受け止めた。鉄の杖は法術を施されており鋼鉄の強度を誇る。そこに霊剣がぶつかり火花が散っている。
「まさかエーテルバースト!?」
ガチガチと音を立てて火花を散らせる。そこにガズルが跳躍し右手に重力球を作りレイへと襲い掛かる。
「目を覚ませ!」
攻撃がレイの頭へと襲い掛かる、少しの手ごたえを感じたガズルは次の瞬間奇妙な違和感を感じる。確かにあった手ごたえはすぐに消え目の前からレイが消えた。途轍もないスピードだった。瞬間的にレイは後方へと移動していた。とっさに頭を守ろうとしたのだろう。だが僅かながらでもガズルの攻撃を受けたレイは項垂れてフラフラとしている。
ガズルは地面に着地するとレイの姿を探す、一瞬の事で彼を見失っていた。前方へ視界をやると項垂れているレイを目視しもう一度飛び掛かる。
「帰ってこい!」
右腕を振りかぶって同じ攻撃をする、まっすぐに右手を伸ばしストレートを叩きこもうとするが何か目に見えない壁のようなものに阻止されてしまう。物理障壁だ。攻撃を弾かれたガズルはその反動で宙に舞う。項垂れていたレイは左手を前に出すとカルナックが見せた衝撃波をガズルに向かって放つ。それをまともに浴びたガズルは抵抗することもできずに大きく吹き飛ばされる。体制を立て直すことも許されず雪が積もる地面へと激突するが、雪がクッションとなり激突した衝撃はさほどでもなかった。だが真空の衝撃波を浴びたことで体中無数の切り傷ができた。
「障壁まで……こうなっては仕方ないですね」
カルナックはガズルを庇う様に前に立った、シトラもカルナックの右に並んで立つ。二人は一度大きく深呼吸をすると目をつぶった。するとどうだろう、二人の足元に積もった雪が一瞬で空に舞い二人の髪の毛がバタバタとなびき始める。
「シトラ君、君まで付き合うことはないのですよ?」
カルナックがそう言いながら左手を横に伸ばす。
「これ以上被害が出る前に私も協力します、先生にだけ任せたら彼本当に死んじゃいますから」
シトラも同じように右手を横に伸ばす。二人を中心に風が暴れ、降っている雪をブワっと吹き飛ばした。ゆっくりと二人は目を開き、エーテルバーストを引き起こしている対象者を見つめる。
後ろで成すすべもなく見ていることしかできないガズルとギズーは二人が一体何をしているのか全く分からなかった、途轍もない量のエーテルが二人を覆い、揺ら揺らとしたオーラのようなものが二人から出ている。そしてこの後カルナックとシトラが何をしようとしているのかを知る。
「剣聖結界」「剣聖結界」
二人は同時に叫んだ。
あたりを見渡しても何も見えない、ただ真っ暗な空間がそこに広がっていた。それを虚無と呼ぶのかはたまた宇宙と呼ぶのかは人それぞれでは有ると思う。だが彼は違った、その空間の中には彼でも感じることが出来るほど大量なエレメントが浮かんでいる。
「……結構歩いたな」
黒い髪の毛、黒い軍服、黒い帽子を被った少年が言う。この暗闇の中では自身を確認することも困難だった。
「たしかにこっちのほうだと思ったんだけどな、間違えたか」
遠くから歩いてきたアデルは一つの方角だけを目指してきた。それは大量なまでの炎のエレメントの感じだった。もの凄く大量でオゾマシイ程の力は人に恐怖を植え込む。
「気のせいじゃないな、やっぱり此処だ」
真っ暗な空間でアデルは立ち止まった、そしてあたりを見渡す。当然のことながら真っ暗で何も見えなかった。
「……仕方ないな」
アデルはそういうと腰にぶら下がっている剣を取り出す。グルブエルスと名づけられた右手に構える何時もの剣だった。それを逆手に持ち替えて自分の正面に持ってくる。少し間をおいてから握っていたグルブエルスを放した、地面に突き刺さると同時にあたり一面に光が放たれる。
「逆光剣」
パァッと光が伸びると目の前に何かがぼんやりと姿を現した。
「奇怪な術じゃな若造、無理やりワシの姿を見ようとはの」
「悪いな爺さん、俺は生憎法術が苦手でね。何かしらの方法で姿を消してたと思うんだが強制的にそれを排除させてもらったよ」
目の前に現れたのは白髪の老人だった、赤いローブを肩から足まで伸びる長さだろう。胡坐をかいて座っていた。
「カルナックめ……こんな若造をよこして一体どうするつもりじゃ」
「爺さん、おやっさんを知ってるのか?」
「知っとるも何もあやつが作り上げたのがワシじゃ、してお前さん。ワシに何のようじゃ」
「……それが俺にもさっぱりでね、言われたのは『向き合え、戦え、己に打ち勝て』だった」
突き刺さったグルブエルスを右手で引き抜きながら言う、また同時に面倒くさそうにも見えた。
左手で帽子のつばを直して前を見る。
「……え?」
咄嗟の事だった、目の前に突然老人が持っていた杖をアデル目掛けて突いてきた。それをグルブエルスで受け止めるが、思いもよらない攻撃に頭の中が真っ白になる。
「何のつもりだ爺さん」
「貴様にインストールが仕えるかどうかの確認じゃ、気にせずワシと戦うが良い」
そういうと老人は再び攻撃を仕掛けてくる、杖を連続で突き出しアデルの顔を狙う。それをアデルは左右に避けながら後ろへと下がる。
「爺さん相手に攻撃できねぇよ」
「見くびるで無いわ、ワシとて貴様の様な若造に遅れは取らんぞ」
老人の攻撃速度が上昇する、体だけを動かして避けているアデルにも限界が来る。そしてついにアデルは老人の攻撃を受けた。
「っ痛!」
「……貴様、本気で来なければその体焼き尽くすぞ」
左手で突かれたところを抑えているアデルは一つ違和感を覚えた。それは何か液体に触れたような感触だった。
「へぇ、爺さん強いな」
「ワシを愚弄する気か?」
「そんなつもりは無いけどな」
右手に構えているグルブエレスを順手に持ち替え、両足を肩幅に広げ左手を添える。一度後ろに剣を引いてから少し溜めた。
「そこっ!」
引いた右手を瞬時にして突き出す、だがそれを老人は簡単にかわし右へとステップした。続いてアデルは左手でツインシグナルを引き抜くと横一杯に振り回す。
「っ!?」
ガキン、一度金属がはじける音が聞こえた。スイングした剣は何かにぶつかって動こうとしない。それが金属物だと分かるのに時間は掛からなかった。
「どうした小僧」
老人が攻撃を防いでいるようには見えない、言うならばまるで何も無い空間に剣だけが浮いているかのようだった。
「何だよこれ」
浮遊している剣に見覚えがある、それは今アデルの右手に握られているグルブエルスに非常に酷似する。柄から剣先、刀身まで全てがまるでコピーされたように複製されている。
「腐ったりんごのようだなお前は」
「え?」
声が聞こえたと同時に右から青白い光が飛んでくる、アデルは体を捻って自分の持つグルブエルスでその光をはじいた。そこでまた我目を疑う。
「ツインシグナル!?」
今度は左手に構えているツインシグナルにそっくりな剣が見えた。
「爺さん、あんた」
「ワシは何もせん、お前が戦っているのはもはやワシではない」
「何だと――うわ!?」
更に左からグルブエルスに似た剣が襲い掛かってきた、それを紙一重でかわしバクテンで距離を取った。そしてわが目を疑う、目の前に居るのは自分そっくりな何かだった。
「――俺?」
「そうお前だ」
声もまさに自分そのものだった、見た目から背格好や声質までまるで自分そのもの。まるで複製されたかのようにそれはそこに居た。
「自分と戦え、こういうことかよ」
「違うな、俺はお前であってお前じゃない。お前を更に凌駕した存在、剣帝アデル・ロードだ!」
「剣帝――?」
目の前に立つその男はまさに自分そのもの、だが自分には無い称号を持つ。だが見た目は鏡を見ているかのように正確にコピーされた物だった。
「小僧、貴様が手に入れようとしているものがどれほど愚かで意味の無い物か分かっておるか?」
「どういう意味だ?」
「テメェが手に入れたがってる力の結末さ、おやっさんの言葉で頭の悪い俺でも分かるってもんだぜ? ソレなのに何故に力を欲する? そこまでして手に入れて何の意味があるんだ?」
「黙れ! そんな事俺に言われる筋合いは無いね!」
「自分にこんな事言うのもなんだが、本当に救いようのねぇ奴だな俺はよ!」
コピーが動く、トンっとその場から跳躍しオリジナルの目の前まで瞬時にして移動した。それをアデルは捕らえることができなかった。気が付いたときには既に目の前に自分そっくりの顔があって、同時に腹部に痛みを覚える。
「今の俺は剣聖結界を施した時と同等、もしくはそれ以上の力だ。俺を倒せなければレイヴンと戦ったところで瞬殺されるのが目に見えてるんだよ」
剣が突き刺さっていた、心臓の位置より十数センチ下のところから入り背中へと抜ける。
「そうか、お前を倒せれば光は見えるのか!」
「何をいってやがる」
アデルはコピーの右腕を左手で掴み、右手に構えるグルブエルスを逆手に持ち替えた。次に一歩体を前に出し突き刺さっている剣をより深く、抜けないように根元まで受け入れる。
「テメェ!」
「邪魔だ俺! 俺は爺さんに話があるんだぁ!」
逆手に構えたグルブエルスをコピーの背中に突き刺す、同時に自分の体に自身の剣が食い込むのが分かる。腹部に二つの傷、その痛みに耐えながら心臓を貫かれたコピーの息が絶えるのを確認する。
息絶えたコピーは光となってゆっくりと消えていく、ソレを後ろで見ていた老人は眉一つ動かさずにアデルを見つめる。
「爺さん、邪魔者は居なくなったぜ。話を聞かせてもらおうか」
「そこまでして欲する理由は何だ? カルナックも言っておったであろう、あやつは自滅する。それをワザワザ邪魔しに行く必要も無かろう?」
ポタポタと血を流しながら老人のほうへ足を進めるアデル、その顔には痛みに耐えながらもまっすぐに老人を見つめる目をしていた。
「気にいらねぇんだ」
「それだけか?」
「――あぁ、それだけだ。あいつは俺を育ててくれたおやっさんの奥義を知ってる、だけど俺は知らない。それが気に入らないだけだ」
フラフラと老人の目の前までやってきた、左腕で老人が着ている服を握り自分のほうへ寄せる。
「俺の名前はアデル・ロード! 剣聖カルナック・コンチェルトの弟子だ!」
そこまで言うとついに力尽き、握り締めた老人の服からも手を放してその場に崩れ落ちた。
その後アデルの意識が戻ったのはすぐのことだった。ガバっと起き上がり腹部を手で触る。貫かれた筈の傷が跡形も無く消えている。そして周りには真っ赤に燃える炎、まるで全てを焼き尽くすかのような業火だった。
「熱くない?」
「気が付いたか若造」
後ろを振り向くと先ほどの老人が立っていた、両手を腰に回し激しく燃える業火を見つめていた。
「お主はこの業火をどう見る」
「どうって」
アデルはもう一度目の前に広がる灼熱であろう業火を見る、真っ赤に燃え全てを焼き払うその灼熱の炎。
「お主は炎と言う物をどう感じどう受け止める、その先に見えるものはあるか?」
「――いや」
「この業火を見ても何も感じぬか?」
一瞬、目の前に広がる業火の海がうねりを見せ一本の道を作った。その道を老人が進む、それをアデルがゆっくりと追う形になる。
「炎とは即ち生命の力、天高くから我らを照らす恒星もまた炎。全ては恒星の光を受け、熱を感じ、それを糧に我らは生きる。炎とは命を司り、また終焉をも呼ぶ」
「終焉?」
「そうじゃなぁ、呼び方はたくさんあるが……お主でも分かるように説明しなくてはならんな」
「助かるよ爺さん、俺は頭が悪いんだ」
業火のトンネルをゆっくりと二人が歩いていく、先にもアデルが言ったとおり熱さは無いらしい。
「始めに無が有った、無は有を作り出し全てを作った。極限までに熱せられた世界を灼熱と言うのであればこの業火は蝋燭の炎と等価じゃろうて。始めの炎は主ら生命をも作り出すほどの物じゃ」
「宇宙誕生の炎、ビックバンか」
「そうじゃ、それが創生の炎。対して終焉を呼ぶ物は何か、我らが頭上高く有るあの恒星の事じゃ」
ゆっくりと業火の中を二人は歩いていく、次第にその業火は姿を縮小させていく。
「主らが住んでいるこの星は後何億年かすれば恒星に飲まれるだろう、それが終焉の炎じゃ」
「なら俺には関係のない話だな、その時代まで生きてる自信はない」
アデルが横に流れる業火の川を見ながらそういった。
「お主が今まで作ってきた炎はワシの本の一部じゃ、インストールとはワシを理解しワシと契約を交わしワシを知ることに始まる。それの使い手がどんな理想を抱きどんな使い方をしようとワシの知るところではない」
「それが例えこの世界の秩序を破壊して世界を壊そうとしてもか?」
「関係の無い話じゃ、ワシは貴様ら人の中に生きておる。仮に世界が崩壊したところでワシは人、大地、恒星の下で作られる。ワシは一人じゃ無いのじゃよ小僧」
老人が立ち止まった、同時に回りに流れる業火の炎はブワっと風にかき消されたように姿を消した。
「小僧、ワシを理解できるか?」
「……」
「貴様はワシを知ろうとするか?」
老人は手に持つ杖をアデルに突きたてた。それを眉一つ動かさずアデルは老人の顔を見つめていた。
「愚問だったようじゃな」
「必要とあれば俺は修羅にでもなるさ、爺さんを理解する事は時間がかかるだろうけどな」
「修羅か、悪鬼と言えばまだ聞こえも良かろうて」
老人はそう言い残して笑った、対してアデルは先ほどと同じように老人の顔だけを見つめてその場をピクリとも動かない。
「では本題に入ろうかのう。炎とは始まりであり終焉である、これは先も述べたとおりじゃ。問題はこの先、それを扱う者の意思次第で炎は姿を変える」
老人は右手を前に持ってくると手のひらを上に向けた。すると青白い炎が手の平からあふれ出した。次第にそれは紫色に成り、だんだん白く色を変色させていく。
「青白い炎は冷たさにも似た冷徹な炎じゃ、決して冷たく無いその熱は次第に灼熱へと姿を変え最後には白く成り消える。まるで人と同じじゃな小僧」
「どういう意味だ?」
「そのままじゃ、人とはなんとももろく儚い。だからこそ弱く力を欲する。力を手に入れる代償が廃人じゃて……真意を理解せずに炎を使えば灰塵と化す」
その言葉にアデルはとある噂を思い出す、二年前の話だった。
「噂で聞いた事有るな、法術未鍛錬者が己のエーテル貯蔵量に過信しすぎて大法術を使い、エーテルが暴走して自身すらをも焼き殺す事件が。確かその時の法術者は骨すら残らなかったと聞く」
「近いものがあるのぉ、それは単純にエーテルバーストしただけだろう。だが例えとしては悪く無い。術とは己の中にある魔力の源エーテルの残量によって変わる。カルナックも言うてた通りじゃがワシ等は術使用者を喰らう事も有る、その結果人では無い何かに変貌させてしまう事もしばしばじゃ」
右手を握ると炎はブワっと風に流れ姿を消した。アデルは難しそうな顔をしてその場にあぐらをかいた。
「俺は頭が悪いと言っただろう、もっと分かりやすく説明できねぇか爺さん」
「ふむ、ならば実際に体で覚えて貰おうか」
「体で覚える?」
「剣聖、あれからずいぶんと時間が経つけどいつまで続くんだ?」
部屋の出入りを禁じられた二人は居間でカルナックとアリスと四人で過ごしていた。あれからさらに数時間は経つだろうか、その時間がやけに長く感じられた。
「分かりません、三十分後かもしれませんし明日かもしれません。もしくは来月、来年……」
「二人次第ってことかよ、大そうな術だなしかし」
ガズルがソファーに寄りかかって悪態をつく、それを横目にカルナックはため息を一つ。
「仕方有りません、こればかりはあの二人の強さ次第でしょう。先ほどから二人のエーテルの量は変わっていませんのでまだ何も変化はおきて無いでしょう」
スッと立ち上がりカーテンの外を見る、この季節にしては珍しい大雪の日だった。昨夜から降り始めた新雪は次第に量を増して道を隠していく。
「ただ、先ほども説明した通り最悪の事態には備えて置いてください。エーテルバーストが起こり自我を亡くしたら最後。彼らは見境なく私達を襲うでしょう。その時は心を鬼にしてください」
「それだけは避けたいな、仮にバーストしたとしてその力はインストールした時と同じなんだろう? 元々の強さが桁違いのあいつ等が更に強化されたとなれば俺達が太刀打ち出来るかどうか。剣聖が使った精神寒波が常に出されてる状態であれば俺達は身動き一つ取れないだろうからな」
最悪の事態に備えろと言われてはいるがまさにその通りだった。その前に二人は親友である二人と戦う事自体に違和感を覚えている。今まで一緒に過ごしてきた仲間と急に戦えとは剣聖も人が悪い。だがそうでなければ自身すらも守れない事は分かっている。カルナックが一番恐れていた事はまさにこれなのかもしれない。
「だがよ剣聖、仮に習得できたとして勝算は正直どうなんだ? インストールマスターのレイヴンの力は一度戦ってるから有る程度は分かるけど、それでも全力じゃなかったはずだ。あの時戦ったレイヴンのさらに何倍も強いんだろう?」
「そうですね、どの位の力を出したのかは分かりませんが比較になら無いでしょう。ましては炎のインストールです。尋常では無い戦闘能力である事は確実です、私の元で修行していた時とは比べ物に成らないほど強いでしょうね」
フフと笑って見せる、その笑顔にガズルとギズーは正直呆れていた。
「剣聖、あんたって人は本当に雲をつかむような人だな。何がそんなに嬉しいんだ?」
ギズーが壁により掛かってカルナックを睨む。同じようにガズルも睨んでいた。
「嬉しいって訳じゃ無いですよ、ただ……彼には悪いですがその化け物の様な相手に喧嘩を売る皆さんは本当に若いなって思っただけです。私ならお断りですね」
「ちぇ、本当にそれが本心かどうかも怪しいな。大体剣聖あんたは――」
そこでガズルの言葉が止まった、同時にカルナックの動きも止まる。二人は咄嗟にレイとアデルが居る部屋に顔を向ける。
「ん? どうしたんだ二人とも」
「ギズー、お前分からないのか? エーテルが殆ど無い俺にだって感知できるんだぞ」
「だから何を言ってやがる――」
何一つ感じられないギズーもガズルの表情を見て悟った、瞬時に自分の獲物を両手に構え部屋を凝視する。
「剣聖、何が起きてる?」
ギズーとガズルの顔は汗だくだった、両腕は鳥肌で逆立ち本能がその場から逃げろと騒いでいた。だが恐怖のあまり動く事が許されない。
「どちらかがエーテルバーストしたようです。アリス隠れて居なさい」
その言葉に一つ頷くとアリスはキッチンの下に有る収納庫へと身を隠す。カルナックは立ち上がると左に添えていた刀を鞘から引き抜く。
「レイ君がバーストするとは考えられません、アデル君の確立が高いでしょうね」
「簡単に言ってくれるな剣聖、炎のインストールを身にまとったアデルとかもはや化け物クラスじゃないか!」
「だから覚悟を決めてくださいと言ったでしょう」
ゆっくりとだが確かに違和感が部屋のドアへと近づきつつある、三人はゆっくりと戦闘準備を作り各々の武器を構える。
「来ます!」
カルナックの叫びと同時に部屋のドアが吹き飛び、中から尋常では無いエーテルの量が外へと溢れて来る。同時にとても嫌な気配と共にそれは現れた。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
アデルの体からは薄いオレンジ色のような煙が上がっていた、全身から沸き出るソレはまるで生き物のようにうねりを上げてアデルの体から逃げていく。
「これがエーテルの本質か……具現化させるとこんな煙みたいな物になるのか」
「そうじゃ、それを取り込み体内で爆発させる。それがエーテルバースト、今は無理矢理バーストさせただけでその反動が貴様に来ている」
四つん這いになり息を切らしているアデルは自分の体から逃げるエーテルを見てにやりと笑う。
「爺さん、こいつを制御出来るようになればいいんだな?」
「そうだ、力でねじ伏せようとするな。対話しろ、己が信念を信じろ、真意を見出せ!」
「簡単に言ってくれるなよ! 自我を保つのが精一杯だって!」
老人はアデルの中のエーテルを一気に放出させバーストさせる。その衝撃にアデルは倒れ込み体の自由を奪われた。だが辛うじて意識はつながっていた。
「意識があるんじゃ、体の外へ逃げるエーテルを制御しろ、コントロールしろ!」
「そんな事言ったって、どうすればいいんだよ!」
「集中しろ、おぬしの中に居るワシ等と対話するんじゃ。先も言ったが力で抗うな、それを己の体と思え!」
四つん這いのままどうすることも出来ないでいるアデルは小さく舌打ちし目を閉じた。瞼に燃え盛る炎が見えるような気がした。それを自分の体と重ねる。
(戸惑うな、ここで何も出来ないようじゃこの先俺は成長しない。抗うな、逃げるな、立ち向かうんだ)
それは、老人の目にはっきりと映る形で変わって行った。四つん這いのまま動かないでいるアデルの体から放出されるエーテルが次第に煙状からゆっくりとユラユラとしたオーラのように変わった行く。
本来であれば無理やりバーストさせたエーテルを鍛錬無しに自在に操ることなど不可能。ではアデルはこれをどうやってコントロールしているのか。答えは非常に簡単なことであった。
血の滲む様な修行時代、カルナックの元で行ってきた日々が彼の精神を強くさせ微量ながらのエーテルコントロールを身に着けていた。それは昼間の剣聖結界を防いだ対法術防壁を展開したことからの布石。あの時カルナックが本当に試したかったことは精神寒波を防ぐ事に有らず、微量ながらも自身の周りにあるエーテルを操り自身の意識に合わせたエーテルコントロールにあった。
これを老人は驚かずに見つめる、最初から分かっていたことのように笑みをこぼす。
「やはり貴様はカルナックの意思を継ぐ者じゃな」
「……何をチンプンカンプンな事を言ってるんだ爺さん」
「そのままの意味じゃよ」
アデルは次第に立ち上がり体の回りから放出するエーテルを自身の体内へとゆっくりとではあるが吸収していく。はっきりと力がわいてくるのを実感できる。
次第に剣聖結界の恩恵をその体で実感し始めていく、髪の毛は赤く染まり足元からは微量ながら炎が走る。筋肉組織が活性化され精神が研ぎ澄まされていくのが良く分かる。アデルにとって見ればはじめての体験でもある。
「いいか、忘れるでないぞ。ワシ等はいつでも貴様の周りに居る、しかしその力をどのように使うかは貴様自身が決めること。何事も荒く事を考えることは許さぬ、そうすれば貴様にも分かるだろう」
老人はそこまで言うとアデルの目の前に立ち手を差し伸べた。
「炎という儚い存在を……」
「来ます!」
カルナックの叫びと同時に部屋のドアが吹き飛び、中から尋常では無いエーテルの量が外へと溢れて来る。同時にとても嫌な気配と共にそれは現れた。
とても冷たく、暖炉の火も揺らぐような寒気をそこにいる全員が感じた。ゆっくりとドアから出てきたのは意識を失っているレイだった。
「まさか、レイかよ!」
ガズルが叫び右手を天井に向けて突き上げる、手のひらに渦巻く小さな重力球から発せられる磁力と引力でレイの身動きを制限しようとした。
「……う……ぐぐ……ぐががが……っ!!」
彼の持つ霊剣がカタカタと音を立ててレイの腕から離れようとしていた、それを見てカルナックが声を荒げる。
「ダメですガズル君、霊剣が君の引力に引き寄せられている! 彼の手から離れた霊剣の重さで君の腕ごと吹き飛んでしまう!」
「っち!」
重力球を握りつぶして周りの引力を開放すると同時にレイが目にも留まらぬ速さで三人の元へ接近する。それを目視できたのはカルナックただ一人。だが目視できただけで反応することが出来なかった。レイは目の前のガズルに右足を使って腹部を蹴る、速度も相まってガズル以上の脚力を発揮する。溜まらぬガズルは壁へ吹き飛ばされ突き破って外へと飛ばされてしまう。
「早いっ!」
カルナックがレイの右手を掴む、同時にギズーがシフトパーソルの柄でレイのコメカミを叩くが全く手ごたえを感じなかった。続いてカルナックが刀を持ち替えて首元に峰打ちを入れる。
「いててて……何ってスピードと力だ。これがインストールって奴の本領かよ!」
起き上がりながら腹部を押させて叫んだ、それと同時に中に居たはずの二人も外へと吹き飛ばされてきた。
「なんて力だ、剣聖よこれが氷のインストールの力なのか?」
「いえ、氷の力ではないですね。だが彼自身こんな強さを見につけていたとも思えません」
ガズルとは違い二人は受身を取って相互に答える。明らかにカルナックの顔には焦りがにじみ出ていた。
「この力は何だ……何故これほどの力を引き出せる、炎以上の活性力を持ち合わせた氷のインストールが出来るはずが無い。だが現状をどう説明すればいい」
家の中からゆっくりとレイが姿を現した、相変わらず意識を失っているように見える。ぐったりと項垂れてはいるものの足はしっかりと体を支えている。ひざが崩れてはいるものの体重は支えているようだ。
(この感覚、以前にもどこかで……)
カルナックが目の前の暴走したレイから発せられる僅かながらのエレメントを感じ取った、それはとても懐かしく、カルナック自身も一度だけしか感じたことの無いエレメントだった。
だが考えている暇などカルナックには無かった、それは瞬きをした瞬間にも思えるスピードでレイはカルナックへと跳躍をする。その姿を今度は捉えることが出来なかった。
「剣聖!」
大きく振りかぶられた霊剣はカルナックの首元を霞めた、ガズルがカルナックの服をとっさに引っ張り後ろへと重心がずれた。ブオンと大きな風きり音が大きく鳴り響いた。
「何をボヤっとしてるんだ剣聖、首が飛ぶところだったぞ!」
間髪居れずに霊剣がカルナックを襲う、今度はそれを自身の刀で弾き右肩でレイの腹部に体当たりする。とまらぬ早業にガズルとギズーは二人の姿を全く捕らえることが出来ずにいた。
「化け物かこの二人は、一体何をやってるんだ」
「普通じゃないのは剣聖の方だ、インストールしてるレイに対し生身のままだぞ……強い弱いの世界じゃない、次元が違う!」
そう、本当に凄まじいのはカルナックだ。インストール状態のレイに対し生身同然のカルナックはその攻撃を防ぎ今度はこちらから攻撃に打って出る。体当たりで重心がぐらついたレイは後ずさりし、右手に握る霊剣を思い切り後ろに振りかぶるとカルナック目掛けて振り下ろす。それをカルナックは右足でレイの手首ごと蹴り飛ばす。意識があれば苦痛に顔を染めるほどの威力を持っているだろうそれはまたしても後ろで見ている二人の目には捉えることが出来ないほどの早さだった。
言うなれば神速、元よりカルナックの肉体は法術による強化を施していない。この境地にたどり着くには行く年と修行を積み己の肉体を鍛え上げなければ到達できない境地にまで上り詰めている達人のようだった。刃をさかさまに変え目にも留まらぬ速さでレイの体を打ち抜く。音が一秒間に何度も聞こえる、そう例えるのが正しいのか分からない程の速度でレイの体を打ち続ける。
「これが……剣聖」
ガズルが防ぐことすら許されないカルナックの攻撃を受け続けるレイの姿を見ながらそう呟く。まさに最強と言う言葉が相応しいと思った。
ダメージが蓄積し立つことすら出来なくなったレイは崩れ落ちて地面に膝を付く。体は痙攣し指一本動くことが出来ない状態になっていた。
「残念ですレイ君、もう君は戻ってこないだろう……せめて最後は私の手で」
振りかぶったその刃はレイに刃を向けていた、とっさに気づいたギズーは右手に構えていたシフトパーソルでカルナックの持つ刀を狙い撃った。
「ダメだ剣聖!」
激しい轟音が辺りに鳴り響いた、周りに聞こえる音は雪が深々と降り注ぐ僅かな音を奏でる中に鳴り響いた銃声は辺り数フェイズまで聞こえただろう。銃口から発射された弾丸はカルナックの持つ刀の柄に当たり彼の手から獲物を弾いた。
「ギズー君……」
白い息を吐きながらギズーは右手だけで構えていた銃を両手に持ち替えた、ギロリとカルナックを睨み付けて手を震わせながら
「無力化出来るならそれだけで良いじゃないか剣聖、それ以上する必要は無い!」
睨みながらそうカルナックに銃口を向ける、だが状況は一変する。
レイの体に付けられた怒涛の攻撃痕が見る見るうちに修復を開始した、深いダメージを追ったその体はまるで何事も無かったかのような回復速度で治癒していきレイの体を動かした。右手に握る霊剣に力をこめ、刀身を後ろに静かに引いた。
「先生、危ない!」
「何よもう、五月蝿いなぁ」
寝室で寝ていたシトラはあたりの騒ぎに目を覚ました、隣には静かに寝息を立てるメルの姿がある。その寝顔をみて不機嫌だった顔に緩みが生まれた。
「本当、レイ君も罪な男の子になったわねぇ」
笑顔でメルの髪の毛を撫でる、二度、三度撫でたところで外から一発の銃声が鳴り響いた。
「何、今の」
轟音と共にシトラはベッドから飛び降りた、壁に掛けている自分の獲物を手に取りドアを開くとそこはまるで戦争でもあったかのようにボロボロになったリビングと形を残していない玄関が目に映る。
「……何が起きてるの?」
とっさに表へ出る。目の前には吹雪の中戦う四人の姿が映った。
「無力化出来るならそれだけで良いじゃないか剣聖、それ以上する必要は無い!」
睨みながらそうカルナックに銃口を向ける、だが状況は一変する。
レイの体に付けられた怒涛の攻撃痕が見る見るうちに修復を開始した、深いダメージを追ったその体はまるで何事も無かったかのような回復速度で治癒していきレイの体を動かした。右手に握る霊剣に力をこめ、刀身を後ろに静かに引いた。
「先生、危ない!」
声の正体はシトラだった。一瞬でカルナックの元へ近づき杖で霊剣を受け止めた。鉄の杖は法術を施されており鋼鉄の強度を誇る。そこに霊剣がぶつかり火花が散っている。
「まさかエーテルバースト!?」
ガチガチと音を立てて火花を散らせる。そこにガズルが跳躍し右手に重力球を作りレイへと襲い掛かる。
「目を覚ませ!」
攻撃がレイの頭へと襲い掛かる、少しの手ごたえを感じたガズルは次の瞬間奇妙な違和感を感じる。確かにあった手ごたえはすぐに消え目の前からレイが消えた。途轍もないスピードだった。瞬間的にレイは後方へと移動していた。とっさに頭を守ろうとしたのだろう。だが僅かながらでもガズルの攻撃を受けたレイは項垂れてフラフラとしている。
ガズルは地面に着地するとレイの姿を探す、一瞬の事で彼を見失っていた。前方へ視界をやると項垂れているレイを目視しもう一度飛び掛かる。
「帰ってこい!」
右腕を振りかぶって同じ攻撃をする、まっすぐに右手を伸ばしストレートを叩きこもうとするが何か目に見えない壁のようなものに阻止されてしまう。物理障壁だ。攻撃を弾かれたガズルはその反動で宙に舞う。項垂れていたレイは左手を前に出すとカルナックが見せた衝撃波をガズルに向かって放つ。それをまともに浴びたガズルは抵抗することもできずに大きく吹き飛ばされる。体制を立て直すことも許されず雪が積もる地面へと激突するが、雪がクッションとなり激突した衝撃はさほどでもなかった。だが真空の衝撃波を浴びたことで体中無数の切り傷ができた。
「障壁まで……こうなっては仕方ないですね」
カルナックはガズルを庇う様に前に立った、シトラもカルナックの右に並んで立つ。二人は一度大きく深呼吸をすると目をつぶった。するとどうだろう、二人の足元に積もった雪が一瞬で空に舞い二人の髪の毛がバタバタとなびき始める。
「シトラ君、君まで付き合うことはないのですよ?」
カルナックがそう言いながら左手を横に伸ばす。
「これ以上被害が出る前に私も協力します、先生にだけ任せたら彼本当に死んじゃいますから」
シトラも同じように右手を横に伸ばす。二人を中心に風が暴れ、降っている雪をブワっと吹き飛ばした。ゆっくりと二人は目を開き、エーテルバーストを引き起こしている対象者を見つめる。
後ろで成すすべもなく見ていることしかできないガズルとギズーは二人が一体何をしているのか全く分からなかった、途轍もない量のエーテルが二人を覆い、揺ら揺らとしたオーラのようなものが二人から出ている。そしてこの後カルナックとシトラが何をしようとしているのかを知る。
「剣聖結界」「剣聖結界」
二人は同時に叫んだ。