残酷な描写あり
第十五話 剣聖結界 ―深層意識と心象世界―
暗い空間に二人の人影が見える。一人は黒いとんがり帽子を被った少年、もう一人は老人だった。少年は体全体にオレンジ色の淡い光を漂わせている、それを老人が見ながら何かを話していた。
「で、この先どうすればいいんだ?」
少年が問う、体全体に漂う淡いオレンジ色の光を見ながら期待の眼差しで老人を見る。
「一度バーストさせて放出したエーテルを対象のエレメントと同期させ自身の体内へ取り入れる。その時に必要になるのがエーテルコントロールじゃ、だが貴様はそのコントロールが苦手のようじゃな」
「あぁ、自分でいうのもなんだけど得意じゃねぇ」
老人は大きくため息をついた、左手で顔を覆うと首を横に振る。
「威張って言うな小僧、今は貴様の深層意識の中じゃ。現実とは異なるがコントロールはこっちのほうがやりやすかろうて、何故さっきできてもうできなくなっておるんじゃ!」
アデルだった、彼は目覚める前に感覚を覚えたいと申し出て今に至る。老人が無理やりバーストさせた最初のインストール後、二度目のインストールを試している。が……今一つパッとしない。
「そうは言ってもよ爺さん、バーストさせる感覚は何となくわかったけど同調ってのが難しいんだ。俺が持ち合わせてるエレメントは炎だって分かるんだけど、どうにも他のエレメントも干渉してくる気がして仕方ないんだよ」
「それはそうじゃ、エレメントは世界のいたるところに存在する物じゃ。炎一つじゃないのは貴様も分かっているだろうに……その中から儂のエレメントだけを取り入れない限りインストールなんぞ夢のまた夢だわ」
アデルは目を閉じて老人のエレメントを探し始める、周囲に感じるエレメントはオレンジ色の物が多いがその他の物も少なからず存在している。
「でも何で俺の深層意識の中で他のエレメントも存在してるんだ? 今爺さんがいるってことは炎のエレメントしかないと思うんだけど」
「馬鹿かお主は、いくら貴様の深層意識の中とはいえ体の外は通常の世界じゃ! 儂が気を使ってエレメントを放出しているだけで他のエレメントもわんさかと居るわい!」
なるほど、とアデルは驚いた様子もなく頷いた、言われてみれば至極当然の事だった。いくら深層意識の中とはいえ体はバーストを起こしてる状態である。それが意識の中とはいえそのほかのエレメントを極力排除しているこの状態でもそのほかの干渉は受けることになる。
「ん? それってつまり周りに火があれば結構簡単になるんじゃないのか?」
「何もないところに比べれば比較的容易いだろうが、水の中や海じゃ貴様のコントロールでは無理だろうのぉ」
老人はニヤニヤしながらそう告げる、アデルは舌打ちをして悪態をつく。
「大きなお世話だ爺さん、ついでにもう一つ聞きたいんだけどさ」
次第に炎のエレメントだけを取り入れる感覚を覚えてきたアデルはゆっくりとその容姿が変わり始める、髪の毛は真っ赤に染まり足元から炎がわずかながら噴き出してきた。
「爺さんに名前ってあるのか?」
「なんじゃ、そんなことも知らんで今までやってきたのか。カルナックは何も教えなかったのか?」
「おやっさんは自分に打ち勝て、それだけしか言わなかったよ」
カルナックめと老人は小さく呟く、また一つため息をついて語り始める。
「儂達はそれぞれ姿かたちさえ違えど名前がある、他のエレメントにも名があっての」
「へー、それで爺さんはなんていうんだ?」
「儂は炎帝。他には風の暴風、雷の雷光、氷の氷雪、土の土竜、そして姿を見なくなって久しいがもう一人いたんじゃがのぉ」
炎帝はそこまで言うと口を閉じた、今まで厳しい表情をしていた炎帝は一度だけそれが緩む。どこか懐かしくどこか寂しいような。そんな表情だった。
「そんな事より集中せい、こんな所で躓いていたんじゃ現実世界で通用できんぞ」
「わかったよ爺さん、そう小言を言うなって」
足元で吹き出し始めた炎は一気に火柱となりアデルを包み込む。渦を巻き灼熱の炎となってその姿が乱れる。火柱の根元からはさらに炎が噴き出し、業火となって巨大な火柱を作り出す。
(不思議なもんじゃ、これほどまでに大量なエーテルを貯蔵しているにも関わらずこれほどコントロールが苦手とはな。本来であれば立派な法術士になれただろうなこやつは……この貯蔵量は人にあらず)
巨大な火柱が突如として消滅し始める、まるで服の糸が解けた様に姿を保つことができなくなっていった。その中央、アデルは息を切らしながら両手を膝についていた。
「お主、それほどまでに大量のエーテルを所持していて何たる様じゃ」
「あ? 俺は元々エーテル量が少なくコントロールも出来ねぇよ。だからこうやって剣の道に進んでるんじゃねぇか」
「否、お主の貯蔵量はまるで人のそれにあらず。わからんのか? 並の術者でもこれほど貯蔵はしておらん」
アデルは首を傾げた、過去にカルナックから言われた一言が脳裏をよぎる。一般の旅人並の貯蔵量で本来なら法術を使うことすら困難であると。故にアデルが使用できる法術も簡単なものばかりだった。教えられた法術ということもあるが。
「お主、何処の出身じゃ?」
炎帝は問う、稀に人間の中に類まれな法術士が生まれる地域がある。西大陸の一部限定ではあるが膨大な貯蔵量を持って生まれるものがいる、その大半は歴史上に名を遺す賢者にまで上り詰める程の術者であることも。
「悪いな爺さん、それは知らないんだ」
呼吸を整え額の汗を手で拭う、少しだけ疲労の色が見える顔を炎帝に向けてそういった。
「何と、孤児か?」
「いや、記憶がないんだ。覚えてるのはおやっさんに拾われた事だけ、場所だってあやふやでよ。中央大陸だってのは知ってるんだけどそれ以上は教えてもらえなかった」
淡々と話していた、自身の名前以外は全て覚えていない状態でアデルは拾われていた。カルナック自身もその事については触れられてもやんわりと受け流す、きっとアデルの事を思っての行動であろう。
「分かってたのは名前だけ、それ以外は何一つわからねぇんだ。そんな俺を一人で生きていける様にと育ててくれたおやっさんには感謝しているけどな」
「そうか、すまんのぉ」
申し訳なさそうに炎帝が頭を下げた、それを見たアデルが笑顔で首を振る。
「詫びと言ってはなんじゃ、お主の記憶を呼び起こすこともできるが」
「いや、俺は知らないままでいい。覚えてなかったことを思い出して今の俺が変わっちまうのが嫌なんだ。今はあのレイヴンって野郎に一泡吹かせてやりてぇ、帝国の思惑を絶対に阻止する。それだけが今の俺の目標であり願いだ、ありがとな爺さん」
「なら確実にコントロールできるようにならねばのぉ」
それから何時間たっただろう。
アデルは実に数十回とインストールの回数をこなしていく。維持する時間は当初カルナックが伝えた通り五秒前後、それ以上はどうしてもエーテルが乱れ意識が刈り取られそうになる。その度に息を切らし片膝を地面につけそうになる。だがそれだけは許されなかった。今後実戦でインストールを使う際に死活問題になるからである。
それもカルナックが危惧していた一つであった。戦闘中、目の前の敵が意識を失い倒れたらどうだろうか? 動けない状態で無抵抗になっていた場合、それは死を意味する。
単純な殺し合いであれば尚の事である、動けない相手に剣を振るうだけで簡単に殺せるだろう。首を跳ねるもよし、心臓を一突きにするもよし。色取り取りだ。だからこそアデルは倒れそうな体に鞭を入れ、歯を食いしばりギリギリのところで意識だけは保とうとしていた。
「そんなに連続で行えば体に無茶も来るだろうて、少し休憩してはどうじゃ?」
炎帝が手を差し伸べる。だがアデルはそれを頑なに拒んでいた。
「いや、今ここでヘバッてるわけには行かないんだ。普通の人よりコントロール技術が落ちぶれている以上並の努力じゃ追い付けねぇ、必ず追い付かなきゃいけない奴がいるんだ」
「お主のいう仲間か」
「あぁ、あいつも今は同じようなことをやってるだろうさ」
「そうじゃな、向こうも今頃は――なんじゃ?」
炎帝が急に空を見上げる、真っ暗だった空間に目に見えてひびが入っているのに気づく。
「なんだあのヒビ」
アデルも同じようにして見上げた、ほんの小さなヒビが一か所亀裂の様に入っていた。二人が不思議そうに眺めていると突然亀裂が大きくなった。
「!?」
ビキビキと大きな音を立てて亀裂がそこら中に入り始める、天井どころか左右、足元にまでその亀裂が迫ってくる。
「お主何をした!」
「何もしてねぇって! 何が起きてんだよこれ!」
二人が怒鳴りあう、その間も音を立てて亀裂が広がり続ける。周囲全てに亀裂が入った後、突如として天井が崩れはがれていく。
「ぐぅ……」
炎帝が声を上げて苦しみ始める、それを聞いた炎帝に手を差し伸べる。苦痛に表情を曇らせながら右手で頭を押さえていた。
「どうした爺さん!」
「このエーテルは――何故じゃ、何故奴が今頃になってっ!」
「なんだよ爺さん、何が起きてる!」
苦痛のあまり炎帝はその場に蹲ってしまった、それを見ているだけしかできないアデルは唇を嚙みしめる。だがここでアデルも同様の苦痛を受け始めた。
「なんだこれ」
アデルの方は心臓が一度高鳴る、感じた事のない痛みに彼もまたその場に跪く。
「小僧、お主に止められるとは思っても居ないが――何とかして奴を止めろ」
苦痛のあまり意識が飛びそうになる、それをギリギリのところで踏みとどまり辛うじて意識をつないでいる。炎帝の言葉はかすかにだが耳に届いていたが途切れ途切れに聞こえるような気がした。
「厄災が、蘇る――」
そこで意識が途絶えた。
「うわっ!」
アデルの意識が戻ってきた、エーテルバースをを引き起こしていた体は宙にとどまっていたがアデルが目を覚ましたことで急にベッドへと落ちる。
「ててて……もう、何が何なんだよ」
右手で腰をさすりゆっくりと起き上がる、先ほどの深層意識での出来事は鮮明に覚えている。かすかにだが体に漂う炎のエレメントを感じ取っていた。
ベッドから起き上がったアデルの目に真っ先に飛び込んできたのは吹き飛ばされたドア、そして粉々に吹き飛んでいる廊下の一部分だった。
「何だ何だ? 人が寝てる間に何が――レイ?」
隣のベッドに目をやる、そこには同じく深層意識の中に飛ばされたであろう友人の姿がなかった。アデルは別のところで寝ているのだろうと勝手に解釈して部屋から出る。
「っ!?」
絶句した、粉々になっていた廊下は一部分だけではなくリビングにまでその破壊は及んでいた。
「本当に何があったんだ?」
吹き飛ばされた家具をどかしながら部屋の中を捜索する、テーブルはひっくり返り椅子は壊れている。まるで何かに襲われたかのような有様だった。周りを確認しながら歩いていると突如表から巨大な音が聞こえてきた。
「表?」
アデルは腰に備え付けた鞘から剣を引き抜く、両手に構えゆっくりと玄関のほうへと近づいていく。玄関も木っ端みじんに砕かれていた。恐る恐る外を覗くと見慣れた背中が見えた。
「レイ?」
その瞬間だった、突如としてレイの足元から魔法陣が浮き上がり彼を一瞬にして氷漬けになった。わが目を疑った、レイの前にいたのはカルナックを初めとした見慣れた顔が並んでいる。
「なんだ……何をして――」
氷漬けになったレイはものの数秒と絶たずにその氷を壊した、その姿を見たアデルはホッと息をつくのもつかの間聞いたことのない親友の咆哮を耳にする。
「っ!」
思わず耳を塞ぎたくなるような咆哮だった、身の毛がよだつ様なその叫び声に親友の面影は見えなかった。揺ら揺らと揺れながら感じた事のないエレメントを漂わせるレイにアデルは戸惑い少し怯える。
「――っ!? やめろおやっさん!」
一瞬の出来事だった、無意識のうちに深層意識の中で繰り返し行った炎帝剣聖結界を行う。本能のままに剣を構え二人の間に割って入るかのように跳躍する。現実世界でアデルが初めて剣聖結界を使った瞬間だった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
三度咆哮が響き渡る。その声はレイの透き通った声ではなかった、まるで獣。人ならざる者、野獣の咆哮にもよく似ていた。次第に体全体に黒い瘴気をただ様になる。その姿を見たカルナックは確信する。
「ここが、彼の旅の末路ですね」
カルナックは一度刀を鞘に納めると法術のギアが一段上がる、今まで誰も感じた事のない量のエーテルがカルナックの体を覆う。雷光剣聖結界を帯びた体はスパーク現象を起こし近くにあった木々にカルナックの体から雷が襲い掛かる。
「恨むなら恨みなさいレイ君」
レイが大きく霊剣を振りかぶるとカルナック目がけて走り出した、それに続くようにカルナックは居合の姿勢で瞬時に近づく、先ほどより速い速度で。
霊剣が振り下ろされる前に先にレイの懐に入る、そして神速の如き速さで刀を引き抜きレイの首を跳ねようとした。しかしその刀は鞘から放たれた処で急に動きが止まった。アデルだった。
黒く長い髪の毛は真っ赤に染まり、アデルの通った処には炎が上がっている。右手に構えるグルブエレスでカルナックの刀を受け左手のツインシグナルで霊剣を受け止めていた。
「何をするつもりだあんた!」
「そこを退きなさいアデル、もう君の知るレイ君ではありません!」
「ふざけんなっ!」
双方の剣を力任せに弾き一回転する、弾かれた両者は後ろへと体をのけ反る。そこでアデルの剣聖結界は途切れた。グラっと姿勢を崩し膝から崩れようとした時霊剣が再度振り下ろされる。それをカルナックは見逃さなかった。
カルナックの持つ刀は霊剣へと一直線に向かい刃同士がぶつかる。その中央でアデルは倒れた、だが意識は失っていなかった。剣聖結界の反動で全身から力が抜けてしまっていた。
「ガズル!」
倒れこんだアデルが叫ぶ、後方でしりもちを付いていたガズルはその声で両手を正面に持っていく。
「いきなり出てきて面倒かけるな!」
すぐさま重力球を作るとアデルの体についている金属の装飾品を引き寄せた、アデルの体はカルナックの下半身をすり抜け引き寄せられていく。途中雪の吹き溜まりに体がぶつかり宙に浮いてそのままガズルの元へと落ちた。
「状況は!?」
「レイがエーテルバーストしたんだ、それから無差別に攻撃してきてずっとこんな調子だ!」
「そんな――」
引き寄せられたアデルの体を支えるために重力球を潰し両手で抱きかかえるように受け止めた。そしてガズルがすぐさま治癒法術でアデルの体を回復し始めた。
目の前ではカルナックがレイの攻撃をさばいている、隙あらば攻撃を叩きこむも再生した障壁によってそれは全て塞がれてしまう。もう一度破壊しようにもその強固すぎる障壁はびくともしなかった。
「なんて固い障壁だ」
カルナックが思わずそう零した。法術の強さを一段上げた剣聖結界ですらその障壁を破ることができずにいる。ここまで強固な障壁はカルナック自身でも作り上げることはできないであろう。まさしく鉄壁、絶対防御と呼べるほどの代物であった。
「しまった!」
レイを覆い被る障壁をどうにかして破壊したいカルナックはその脆弱な処を探していた。だがそこに一瞬の隙が生まれる。ほんの一瞬霊剣から目を離した瞬間、カルナックの刀は左斜め下から振り上げられる霊剣によって弾かれてしまう。刀は空中に高く舞いカルナックの手から離れる。振り上げられた霊剣はそのまま体を回転しながら今度は左から横いっぱいに振りかぶられる。遠心力を利用して力任せにカルナックの体目がけて刃が襲い掛かろうとしていた。
「させるか!」
刀が弾かれるのを見たアデルはすぐさま立ち上がりグルブエレスとツインシグナルを互いに交差させる、刃同士を少しだけ接触させるとそこからおびただしい量の熱量が発せられる。その熱量は高温になり一瞬にして辺り一面を光で包み込む。
「逆光剣!」
カルナックが使った技だった、もともとアデルが思いついた我流奥義。ほんの一瞬相手の目を眩ませるだけでいい、その間にカルナックが体をひねる等して霊剣をよけてくれればそれでいい。そうとっさに思いついた行動だった、だがそれが思わぬ結果を生み出す。
逆光剣によって放たれた光はその空間を照らし出すとレイの体に覆いかぶさっていた剣聖結界をほんの僅かだが取り払うことができた。同時にレイの動きもぴたりと止まる。カルナックはそれを見逃さなかった。
「アデル、もう一度逆光剣を! シトラ君ももう一度封印の準備を!」
振りかぶられた霊剣はカルナックの鼻先数ミリの処で空を切る。再び動き出したレイは先ほどと異なり動きが鈍くなっているように見えた。
「早く!」
カルナックが叫んだ、同時に自身もその場を蹴って空に舞う。ひらひらと空を舞っている自分の刀を右手でつかむとアデルと同じ構えをとる。
「良く分からないけど、もう一発だな!?」
目の前に目標を失ったレイはその先で両手の剣を構えているアデルを発見する、それ目掛けて大きな咆哮を一つ。続けて目にも止まらない速さで突っ込んできた。だが先程までの移動速度ではなかった。ガズルはアデルの前に立ち塞がり左手に重力球を作りそれを前方いっぱいに展開する。突っ込んできたレイはその重力波に霊剣を突き立てる、一直線に突かれた霊剣はガズルの左頬を少しだけかすめてアデルの目先で止まる。続いてギズーがシフトパーソルで霊剣を打ち抜く。弾丸はアデルとガズルの間を通り抜け幅広な霊剣に着弾する。その衝撃はレイの右手から霊剣を弾き飛ばすことに成功する。
「「逆光剣!」」
アデルとカルナックが二人同時に叫んだ、先ほどよりさらに明るい光が辺り一面を覆う。するとレイの体に纏わっていた黒い瘴気が剝がれていく。だがまだ若干体にまとわりつく瘴気が残っている。
「まだまだぁ!」
瘴気が剥がれるのを目にしたアデルはここでやっと確信する、自身も知らず知らずの内に自身の技にこんな効果があるのかと若干だが目を疑った。
「逆光剣連撃衝!」
一度交差した剣を今度は光を放つところに向けて同時に双剣を叩きこむ。光はその衝撃でさらなる光を放ちレイにまとわりついている瘴気をすべて振り払った。
「今ですシトラ君!」
カルナックは空中からその様子をしっかりと見ていた。まとわりついていた瘴気が完全に振り切れたのを確認した後彼らの脇で再び詠唱を開始していたシトラに合図を出す。先ほどの魔法陣が残っていることもあり今度は短時間で準備を終わらす。
「みんな退いて!」
その言葉を聞きアデル達三人はそれぞれ別々の方角に飛び出す。レイの周辺に誰も居ないことを確認したシトラは先ほど発動させた魔法陣を再度活性化させる。
「絶対零度」
再びレイの体は巨大な氷に覆われていく、先程とは違いそれに抗う様子は一切見られない。意識がなくなっているようにも見えた。振り払われた瘴気はレイの体がすべて凍り付く前にほんの僅かな量だけ体の中に戻っていった。
レイの暴走から十分後、彼らはまだ外にいた。
五人はすでにボロボロ、まさに死闘の後といった感じだった。氷漬けになったレイの正面に五人は立それぞれが口を開き始めた。
「それで、この後どうするんだ」
最初に口を開いたのはアデルだった、他の四人に比べてまだ疲労は然程ないように見えるがそれは間違いである。彼こそ一番疲弊した張本人だった。咄嗟とはいえ炎帝剣聖結界を使い、エーテルを消耗した上に逆光剣を立て続けに放ったのだからだ。
「不可解なところが多すぎてまだ何とも言えません。何故、レイ君には炎のエレメントの素質は全くないはずなのに炎帝剣聖結界が使えたのか」
カルナックが続けて言う、眼鏡を一度治してその疑問を口にした。それにシトラが続ける。
「確かに不思議ね、結果としてみれば暴走してたことは確かなんだけど」
二人が顔を傾げる、あんな状況の後だというのに物凄く落ち着いて話をしている。それにガズルが大きなため息をした。
「二人ともよく冷静にいられるな、運よくアデルが起きてきて何とかなったというのに。こいつが起きてこなかったらあんたは自分の弟子の首を跳ねていたところなんだぞ剣聖」
「いや~、それを言われると何も言えませんね」
ハッハッハと笑いながら笑顔でそう言った、それを見たギズーの顔が豹変した。まさに鬼のごとくである。
「何笑ってんだ、自分の弟子に手を掛ける処だったっていうのに!」
「ギズー君、私は最初に君達に忠告したはずです。覚悟はしておけと」
カルナックは笑顔のまま続けた、だがその笑顔の奥にはどこか寂しそうな表情さえ見え隠れしている。
「炎帝剣聖結界と言えばアデル、よく習得しました」
いきなり話題を振られた、アデルはその言葉に少し驚きつつ素直に喜ぶことはできなかった。それもそうだろう、目の前には一緒に習得しようと約束した親友が暴走し、今まさに目の前で氷漬けの封印されている姿があったからだ。
「素直には喜べないけど、何とかって感じだよ。そういえば――」
そこで深層意識の中での出来事を思い出した、炎帝が残した言葉をゆっくりと思い出しながらカルナックに語り掛ける。
「爺さんが厄災が蘇るとか何とかって――」
アデルがそこまで言うとカルナックとシトラは表情を変えてアデルを見る、その表情はとても強張っている。今までカルナックの表情からはこんな顔見たことがなかった。
「え、何?」
「アデル、炎帝は確かに「厄災が蘇る」そう言ったのですね?」
「あぁ、なんのことだか俺にはチンプンカンプンで分からないんだ」
「もし……その話が本当なら」
カルナックが腰に差していた鞘から刀を引き抜くとレイに刃を向ける。
「今すぐこの場でレイ君を殺さなければなりませんね」
シトラ以外の三人がざわつく、シトラだけは俯いて何も言わなかった。
「待てよおやっさん、厄災って一体なんだ!」
「千年も昔の話です、私自身文献でしか読んだことがありません。炎帝が言う厄災とはすなわち『炎の厄災』、西大陸の地形をも変えてしまった最悪の厄災の一つです。これで不可解だったことに合点がいく、炎の適正がないレイ君が何故炎帝剣聖結界が使えたのか、仮にレイ君の体に炎の厄災が封印されているのであれば十分あり得る話です」
「あり得るって、千年も昔の出来事なのになんでレイの体に封印されているんだよ」
アデルが噛みつく、当然と言えば当然だろう。大昔に封印された物が何故現代の人間に封印されているかを疑問に持つことは至極普通の事だと思える。
「大昔の封印です、それが時代と共に緩み精神だけが封印から抜け出してしまったらどうでしょう。それが運悪くレイ君に当たってしまったと考えるなら――」
「すまない剣聖、ちょっといいかな?」
二人の話を聞いていたガズルが急に口を挟む、今のカルナックの話を聞いて疑問に思ったことがあった。
「今の剣聖の話だと精神がレイに宿ってしまったと仮定した話だよな、なら精神に干渉する逆光剣でそれを除去することはできないのかな?」
「無謀な話ではありませんが現実不可能でしょう。あまりにも深い処まで潜り込まれていた場合逆光剣の効果でもそこまで到達できません、深層意識の中から直接取り除かなければなりません。レイ君が炎帝剣聖結界を使ったことで厄災は深層意識まで確実に潜り込んでいると思われます」
淡々と説明する、だがガズルはその話を聞いてニヤッと笑う。そしてアデルの首に手をまわして寄りかかる。
「アデル、お前の力で剣聖の意識をレイとリンクさせることはできるか?」
「いや、俺じゃそこまでは出来ねぇ。おやっさんならできるだろうけど」
そこまで聞いてカルナックもガズルの話の意図を見出した、レイに向けていた刀を今度はアデルへと向ける。剣先が自分の顔すれすれまで伸びてきてアデルは驚く。
「な、なんだよおやっさん。人に刀向けるんじゃねぇ!」
「ガズル君、君は天才ですね」
「これでも飛び級で大学まで卒業してるんでね」
二人は笑顔でそう言葉を交わす、そこでようやくギズーが話を理解した。続いてシトラも理解したようで笑顔を作る。三人はアデルの体を掴むと離さないようにギュッと抱きしめる。
「え、何々?」
アデルはまだ話の意図を理解していなかった。ガズルはそれにため息を一つついて説明を始める。
「良いかアデル、任務は簡単だ。剣聖がお前とレイの深層意識をつなげる、お前はレイの意識の中に飛び込んで炎の厄災だっけ? その精神を除去してレイを開放する。それだけだ」
そこまで説明されてようやくアデルも話を理解する。だが何故今自分が雁字搦めに三人に掴まれているかわからない。
「話は分かったけど、なんで俺こんなに動けなくなるぐらい掴まれてるの?」
カルナックが笑顔で刀を振りかぶり逆光剣の準備を始める、十分にエーテルを充填すると再びアデルの前に刀を持ってくる。
「あなたが気絶しても大丈夫なように支えてるだけです、さぁ――レイ君を救ってきてください」
そこまで言うとアデルの目の前でカルナックの刀が光り輝き、それを目にしたアデルは再び深層世界へとダイブした。
「で、この先どうすればいいんだ?」
少年が問う、体全体に漂う淡いオレンジ色の光を見ながら期待の眼差しで老人を見る。
「一度バーストさせて放出したエーテルを対象のエレメントと同期させ自身の体内へ取り入れる。その時に必要になるのがエーテルコントロールじゃ、だが貴様はそのコントロールが苦手のようじゃな」
「あぁ、自分でいうのもなんだけど得意じゃねぇ」
老人は大きくため息をついた、左手で顔を覆うと首を横に振る。
「威張って言うな小僧、今は貴様の深層意識の中じゃ。現実とは異なるがコントロールはこっちのほうがやりやすかろうて、何故さっきできてもうできなくなっておるんじゃ!」
アデルだった、彼は目覚める前に感覚を覚えたいと申し出て今に至る。老人が無理やりバーストさせた最初のインストール後、二度目のインストールを試している。が……今一つパッとしない。
「そうは言ってもよ爺さん、バーストさせる感覚は何となくわかったけど同調ってのが難しいんだ。俺が持ち合わせてるエレメントは炎だって分かるんだけど、どうにも他のエレメントも干渉してくる気がして仕方ないんだよ」
「それはそうじゃ、エレメントは世界のいたるところに存在する物じゃ。炎一つじゃないのは貴様も分かっているだろうに……その中から儂のエレメントだけを取り入れない限りインストールなんぞ夢のまた夢だわ」
アデルは目を閉じて老人のエレメントを探し始める、周囲に感じるエレメントはオレンジ色の物が多いがその他の物も少なからず存在している。
「でも何で俺の深層意識の中で他のエレメントも存在してるんだ? 今爺さんがいるってことは炎のエレメントしかないと思うんだけど」
「馬鹿かお主は、いくら貴様の深層意識の中とはいえ体の外は通常の世界じゃ! 儂が気を使ってエレメントを放出しているだけで他のエレメントもわんさかと居るわい!」
なるほど、とアデルは驚いた様子もなく頷いた、言われてみれば至極当然の事だった。いくら深層意識の中とはいえ体はバーストを起こしてる状態である。それが意識の中とはいえそのほかのエレメントを極力排除しているこの状態でもそのほかの干渉は受けることになる。
「ん? それってつまり周りに火があれば結構簡単になるんじゃないのか?」
「何もないところに比べれば比較的容易いだろうが、水の中や海じゃ貴様のコントロールでは無理だろうのぉ」
老人はニヤニヤしながらそう告げる、アデルは舌打ちをして悪態をつく。
「大きなお世話だ爺さん、ついでにもう一つ聞きたいんだけどさ」
次第に炎のエレメントだけを取り入れる感覚を覚えてきたアデルはゆっくりとその容姿が変わり始める、髪の毛は真っ赤に染まり足元から炎がわずかながら噴き出してきた。
「爺さんに名前ってあるのか?」
「なんじゃ、そんなことも知らんで今までやってきたのか。カルナックは何も教えなかったのか?」
「おやっさんは自分に打ち勝て、それだけしか言わなかったよ」
カルナックめと老人は小さく呟く、また一つため息をついて語り始める。
「儂達はそれぞれ姿かたちさえ違えど名前がある、他のエレメントにも名があっての」
「へー、それで爺さんはなんていうんだ?」
「儂は炎帝。他には風の暴風、雷の雷光、氷の氷雪、土の土竜、そして姿を見なくなって久しいがもう一人いたんじゃがのぉ」
炎帝はそこまで言うと口を閉じた、今まで厳しい表情をしていた炎帝は一度だけそれが緩む。どこか懐かしくどこか寂しいような。そんな表情だった。
「そんな事より集中せい、こんな所で躓いていたんじゃ現実世界で通用できんぞ」
「わかったよ爺さん、そう小言を言うなって」
足元で吹き出し始めた炎は一気に火柱となりアデルを包み込む。渦を巻き灼熱の炎となってその姿が乱れる。火柱の根元からはさらに炎が噴き出し、業火となって巨大な火柱を作り出す。
(不思議なもんじゃ、これほどまでに大量なエーテルを貯蔵しているにも関わらずこれほどコントロールが苦手とはな。本来であれば立派な法術士になれただろうなこやつは……この貯蔵量は人にあらず)
巨大な火柱が突如として消滅し始める、まるで服の糸が解けた様に姿を保つことができなくなっていった。その中央、アデルは息を切らしながら両手を膝についていた。
「お主、それほどまでに大量のエーテルを所持していて何たる様じゃ」
「あ? 俺は元々エーテル量が少なくコントロールも出来ねぇよ。だからこうやって剣の道に進んでるんじゃねぇか」
「否、お主の貯蔵量はまるで人のそれにあらず。わからんのか? 並の術者でもこれほど貯蔵はしておらん」
アデルは首を傾げた、過去にカルナックから言われた一言が脳裏をよぎる。一般の旅人並の貯蔵量で本来なら法術を使うことすら困難であると。故にアデルが使用できる法術も簡単なものばかりだった。教えられた法術ということもあるが。
「お主、何処の出身じゃ?」
炎帝は問う、稀に人間の中に類まれな法術士が生まれる地域がある。西大陸の一部限定ではあるが膨大な貯蔵量を持って生まれるものがいる、その大半は歴史上に名を遺す賢者にまで上り詰める程の術者であることも。
「悪いな爺さん、それは知らないんだ」
呼吸を整え額の汗を手で拭う、少しだけ疲労の色が見える顔を炎帝に向けてそういった。
「何と、孤児か?」
「いや、記憶がないんだ。覚えてるのはおやっさんに拾われた事だけ、場所だってあやふやでよ。中央大陸だってのは知ってるんだけどそれ以上は教えてもらえなかった」
淡々と話していた、自身の名前以外は全て覚えていない状態でアデルは拾われていた。カルナック自身もその事については触れられてもやんわりと受け流す、きっとアデルの事を思っての行動であろう。
「分かってたのは名前だけ、それ以外は何一つわからねぇんだ。そんな俺を一人で生きていける様にと育ててくれたおやっさんには感謝しているけどな」
「そうか、すまんのぉ」
申し訳なさそうに炎帝が頭を下げた、それを見たアデルが笑顔で首を振る。
「詫びと言ってはなんじゃ、お主の記憶を呼び起こすこともできるが」
「いや、俺は知らないままでいい。覚えてなかったことを思い出して今の俺が変わっちまうのが嫌なんだ。今はあのレイヴンって野郎に一泡吹かせてやりてぇ、帝国の思惑を絶対に阻止する。それだけが今の俺の目標であり願いだ、ありがとな爺さん」
「なら確実にコントロールできるようにならねばのぉ」
それから何時間たっただろう。
アデルは実に数十回とインストールの回数をこなしていく。維持する時間は当初カルナックが伝えた通り五秒前後、それ以上はどうしてもエーテルが乱れ意識が刈り取られそうになる。その度に息を切らし片膝を地面につけそうになる。だがそれだけは許されなかった。今後実戦でインストールを使う際に死活問題になるからである。
それもカルナックが危惧していた一つであった。戦闘中、目の前の敵が意識を失い倒れたらどうだろうか? 動けない状態で無抵抗になっていた場合、それは死を意味する。
単純な殺し合いであれば尚の事である、動けない相手に剣を振るうだけで簡単に殺せるだろう。首を跳ねるもよし、心臓を一突きにするもよし。色取り取りだ。だからこそアデルは倒れそうな体に鞭を入れ、歯を食いしばりギリギリのところで意識だけは保とうとしていた。
「そんなに連続で行えば体に無茶も来るだろうて、少し休憩してはどうじゃ?」
炎帝が手を差し伸べる。だがアデルはそれを頑なに拒んでいた。
「いや、今ここでヘバッてるわけには行かないんだ。普通の人よりコントロール技術が落ちぶれている以上並の努力じゃ追い付けねぇ、必ず追い付かなきゃいけない奴がいるんだ」
「お主のいう仲間か」
「あぁ、あいつも今は同じようなことをやってるだろうさ」
「そうじゃな、向こうも今頃は――なんじゃ?」
炎帝が急に空を見上げる、真っ暗だった空間に目に見えてひびが入っているのに気づく。
「なんだあのヒビ」
アデルも同じようにして見上げた、ほんの小さなヒビが一か所亀裂の様に入っていた。二人が不思議そうに眺めていると突然亀裂が大きくなった。
「!?」
ビキビキと大きな音を立てて亀裂がそこら中に入り始める、天井どころか左右、足元にまでその亀裂が迫ってくる。
「お主何をした!」
「何もしてねぇって! 何が起きてんだよこれ!」
二人が怒鳴りあう、その間も音を立てて亀裂が広がり続ける。周囲全てに亀裂が入った後、突如として天井が崩れはがれていく。
「ぐぅ……」
炎帝が声を上げて苦しみ始める、それを聞いた炎帝に手を差し伸べる。苦痛に表情を曇らせながら右手で頭を押さえていた。
「どうした爺さん!」
「このエーテルは――何故じゃ、何故奴が今頃になってっ!」
「なんだよ爺さん、何が起きてる!」
苦痛のあまり炎帝はその場に蹲ってしまった、それを見ているだけしかできないアデルは唇を嚙みしめる。だがここでアデルも同様の苦痛を受け始めた。
「なんだこれ」
アデルの方は心臓が一度高鳴る、感じた事のない痛みに彼もまたその場に跪く。
「小僧、お主に止められるとは思っても居ないが――何とかして奴を止めろ」
苦痛のあまり意識が飛びそうになる、それをギリギリのところで踏みとどまり辛うじて意識をつないでいる。炎帝の言葉はかすかにだが耳に届いていたが途切れ途切れに聞こえるような気がした。
「厄災が、蘇る――」
そこで意識が途絶えた。
「うわっ!」
アデルの意識が戻ってきた、エーテルバースをを引き起こしていた体は宙にとどまっていたがアデルが目を覚ましたことで急にベッドへと落ちる。
「ててて……もう、何が何なんだよ」
右手で腰をさすりゆっくりと起き上がる、先ほどの深層意識での出来事は鮮明に覚えている。かすかにだが体に漂う炎のエレメントを感じ取っていた。
ベッドから起き上がったアデルの目に真っ先に飛び込んできたのは吹き飛ばされたドア、そして粉々に吹き飛んでいる廊下の一部分だった。
「何だ何だ? 人が寝てる間に何が――レイ?」
隣のベッドに目をやる、そこには同じく深層意識の中に飛ばされたであろう友人の姿がなかった。アデルは別のところで寝ているのだろうと勝手に解釈して部屋から出る。
「っ!?」
絶句した、粉々になっていた廊下は一部分だけではなくリビングにまでその破壊は及んでいた。
「本当に何があったんだ?」
吹き飛ばされた家具をどかしながら部屋の中を捜索する、テーブルはひっくり返り椅子は壊れている。まるで何かに襲われたかのような有様だった。周りを確認しながら歩いていると突如表から巨大な音が聞こえてきた。
「表?」
アデルは腰に備え付けた鞘から剣を引き抜く、両手に構えゆっくりと玄関のほうへと近づいていく。玄関も木っ端みじんに砕かれていた。恐る恐る外を覗くと見慣れた背中が見えた。
「レイ?」
その瞬間だった、突如としてレイの足元から魔法陣が浮き上がり彼を一瞬にして氷漬けになった。わが目を疑った、レイの前にいたのはカルナックを初めとした見慣れた顔が並んでいる。
「なんだ……何をして――」
氷漬けになったレイはものの数秒と絶たずにその氷を壊した、その姿を見たアデルはホッと息をつくのもつかの間聞いたことのない親友の咆哮を耳にする。
「っ!」
思わず耳を塞ぎたくなるような咆哮だった、身の毛がよだつ様なその叫び声に親友の面影は見えなかった。揺ら揺らと揺れながら感じた事のないエレメントを漂わせるレイにアデルは戸惑い少し怯える。
「――っ!? やめろおやっさん!」
一瞬の出来事だった、無意識のうちに深層意識の中で繰り返し行った炎帝剣聖結界を行う。本能のままに剣を構え二人の間に割って入るかのように跳躍する。現実世界でアデルが初めて剣聖結界を使った瞬間だった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
三度咆哮が響き渡る。その声はレイの透き通った声ではなかった、まるで獣。人ならざる者、野獣の咆哮にもよく似ていた。次第に体全体に黒い瘴気をただ様になる。その姿を見たカルナックは確信する。
「ここが、彼の旅の末路ですね」
カルナックは一度刀を鞘に納めると法術のギアが一段上がる、今まで誰も感じた事のない量のエーテルがカルナックの体を覆う。雷光剣聖結界を帯びた体はスパーク現象を起こし近くにあった木々にカルナックの体から雷が襲い掛かる。
「恨むなら恨みなさいレイ君」
レイが大きく霊剣を振りかぶるとカルナック目がけて走り出した、それに続くようにカルナックは居合の姿勢で瞬時に近づく、先ほどより速い速度で。
霊剣が振り下ろされる前に先にレイの懐に入る、そして神速の如き速さで刀を引き抜きレイの首を跳ねようとした。しかしその刀は鞘から放たれた処で急に動きが止まった。アデルだった。
黒く長い髪の毛は真っ赤に染まり、アデルの通った処には炎が上がっている。右手に構えるグルブエレスでカルナックの刀を受け左手のツインシグナルで霊剣を受け止めていた。
「何をするつもりだあんた!」
「そこを退きなさいアデル、もう君の知るレイ君ではありません!」
「ふざけんなっ!」
双方の剣を力任せに弾き一回転する、弾かれた両者は後ろへと体をのけ反る。そこでアデルの剣聖結界は途切れた。グラっと姿勢を崩し膝から崩れようとした時霊剣が再度振り下ろされる。それをカルナックは見逃さなかった。
カルナックの持つ刀は霊剣へと一直線に向かい刃同士がぶつかる。その中央でアデルは倒れた、だが意識は失っていなかった。剣聖結界の反動で全身から力が抜けてしまっていた。
「ガズル!」
倒れこんだアデルが叫ぶ、後方でしりもちを付いていたガズルはその声で両手を正面に持っていく。
「いきなり出てきて面倒かけるな!」
すぐさま重力球を作るとアデルの体についている金属の装飾品を引き寄せた、アデルの体はカルナックの下半身をすり抜け引き寄せられていく。途中雪の吹き溜まりに体がぶつかり宙に浮いてそのままガズルの元へと落ちた。
「状況は!?」
「レイがエーテルバーストしたんだ、それから無差別に攻撃してきてずっとこんな調子だ!」
「そんな――」
引き寄せられたアデルの体を支えるために重力球を潰し両手で抱きかかえるように受け止めた。そしてガズルがすぐさま治癒法術でアデルの体を回復し始めた。
目の前ではカルナックがレイの攻撃をさばいている、隙あらば攻撃を叩きこむも再生した障壁によってそれは全て塞がれてしまう。もう一度破壊しようにもその強固すぎる障壁はびくともしなかった。
「なんて固い障壁だ」
カルナックが思わずそう零した。法術の強さを一段上げた剣聖結界ですらその障壁を破ることができずにいる。ここまで強固な障壁はカルナック自身でも作り上げることはできないであろう。まさしく鉄壁、絶対防御と呼べるほどの代物であった。
「しまった!」
レイを覆い被る障壁をどうにかして破壊したいカルナックはその脆弱な処を探していた。だがそこに一瞬の隙が生まれる。ほんの一瞬霊剣から目を離した瞬間、カルナックの刀は左斜め下から振り上げられる霊剣によって弾かれてしまう。刀は空中に高く舞いカルナックの手から離れる。振り上げられた霊剣はそのまま体を回転しながら今度は左から横いっぱいに振りかぶられる。遠心力を利用して力任せにカルナックの体目がけて刃が襲い掛かろうとしていた。
「させるか!」
刀が弾かれるのを見たアデルはすぐさま立ち上がりグルブエレスとツインシグナルを互いに交差させる、刃同士を少しだけ接触させるとそこからおびただしい量の熱量が発せられる。その熱量は高温になり一瞬にして辺り一面を光で包み込む。
「逆光剣!」
カルナックが使った技だった、もともとアデルが思いついた我流奥義。ほんの一瞬相手の目を眩ませるだけでいい、その間にカルナックが体をひねる等して霊剣をよけてくれればそれでいい。そうとっさに思いついた行動だった、だがそれが思わぬ結果を生み出す。
逆光剣によって放たれた光はその空間を照らし出すとレイの体に覆いかぶさっていた剣聖結界をほんの僅かだが取り払うことができた。同時にレイの動きもぴたりと止まる。カルナックはそれを見逃さなかった。
「アデル、もう一度逆光剣を! シトラ君ももう一度封印の準備を!」
振りかぶられた霊剣はカルナックの鼻先数ミリの処で空を切る。再び動き出したレイは先ほどと異なり動きが鈍くなっているように見えた。
「早く!」
カルナックが叫んだ、同時に自身もその場を蹴って空に舞う。ひらひらと空を舞っている自分の刀を右手でつかむとアデルと同じ構えをとる。
「良く分からないけど、もう一発だな!?」
目の前に目標を失ったレイはその先で両手の剣を構えているアデルを発見する、それ目掛けて大きな咆哮を一つ。続けて目にも止まらない速さで突っ込んできた。だが先程までの移動速度ではなかった。ガズルはアデルの前に立ち塞がり左手に重力球を作りそれを前方いっぱいに展開する。突っ込んできたレイはその重力波に霊剣を突き立てる、一直線に突かれた霊剣はガズルの左頬を少しだけかすめてアデルの目先で止まる。続いてギズーがシフトパーソルで霊剣を打ち抜く。弾丸はアデルとガズルの間を通り抜け幅広な霊剣に着弾する。その衝撃はレイの右手から霊剣を弾き飛ばすことに成功する。
「「逆光剣!」」
アデルとカルナックが二人同時に叫んだ、先ほどよりさらに明るい光が辺り一面を覆う。するとレイの体に纏わっていた黒い瘴気が剝がれていく。だがまだ若干体にまとわりつく瘴気が残っている。
「まだまだぁ!」
瘴気が剥がれるのを目にしたアデルはここでやっと確信する、自身も知らず知らずの内に自身の技にこんな効果があるのかと若干だが目を疑った。
「逆光剣連撃衝!」
一度交差した剣を今度は光を放つところに向けて同時に双剣を叩きこむ。光はその衝撃でさらなる光を放ちレイにまとわりついている瘴気をすべて振り払った。
「今ですシトラ君!」
カルナックは空中からその様子をしっかりと見ていた。まとわりついていた瘴気が完全に振り切れたのを確認した後彼らの脇で再び詠唱を開始していたシトラに合図を出す。先ほどの魔法陣が残っていることもあり今度は短時間で準備を終わらす。
「みんな退いて!」
その言葉を聞きアデル達三人はそれぞれ別々の方角に飛び出す。レイの周辺に誰も居ないことを確認したシトラは先ほど発動させた魔法陣を再度活性化させる。
「絶対零度」
再びレイの体は巨大な氷に覆われていく、先程とは違いそれに抗う様子は一切見られない。意識がなくなっているようにも見えた。振り払われた瘴気はレイの体がすべて凍り付く前にほんの僅かな量だけ体の中に戻っていった。
レイの暴走から十分後、彼らはまだ外にいた。
五人はすでにボロボロ、まさに死闘の後といった感じだった。氷漬けになったレイの正面に五人は立それぞれが口を開き始めた。
「それで、この後どうするんだ」
最初に口を開いたのはアデルだった、他の四人に比べてまだ疲労は然程ないように見えるがそれは間違いである。彼こそ一番疲弊した張本人だった。咄嗟とはいえ炎帝剣聖結界を使い、エーテルを消耗した上に逆光剣を立て続けに放ったのだからだ。
「不可解なところが多すぎてまだ何とも言えません。何故、レイ君には炎のエレメントの素質は全くないはずなのに炎帝剣聖結界が使えたのか」
カルナックが続けて言う、眼鏡を一度治してその疑問を口にした。それにシトラが続ける。
「確かに不思議ね、結果としてみれば暴走してたことは確かなんだけど」
二人が顔を傾げる、あんな状況の後だというのに物凄く落ち着いて話をしている。それにガズルが大きなため息をした。
「二人ともよく冷静にいられるな、運よくアデルが起きてきて何とかなったというのに。こいつが起きてこなかったらあんたは自分の弟子の首を跳ねていたところなんだぞ剣聖」
「いや~、それを言われると何も言えませんね」
ハッハッハと笑いながら笑顔でそう言った、それを見たギズーの顔が豹変した。まさに鬼のごとくである。
「何笑ってんだ、自分の弟子に手を掛ける処だったっていうのに!」
「ギズー君、私は最初に君達に忠告したはずです。覚悟はしておけと」
カルナックは笑顔のまま続けた、だがその笑顔の奥にはどこか寂しそうな表情さえ見え隠れしている。
「炎帝剣聖結界と言えばアデル、よく習得しました」
いきなり話題を振られた、アデルはその言葉に少し驚きつつ素直に喜ぶことはできなかった。それもそうだろう、目の前には一緒に習得しようと約束した親友が暴走し、今まさに目の前で氷漬けの封印されている姿があったからだ。
「素直には喜べないけど、何とかって感じだよ。そういえば――」
そこで深層意識の中での出来事を思い出した、炎帝が残した言葉をゆっくりと思い出しながらカルナックに語り掛ける。
「爺さんが厄災が蘇るとか何とかって――」
アデルがそこまで言うとカルナックとシトラは表情を変えてアデルを見る、その表情はとても強張っている。今までカルナックの表情からはこんな顔見たことがなかった。
「え、何?」
「アデル、炎帝は確かに「厄災が蘇る」そう言ったのですね?」
「あぁ、なんのことだか俺にはチンプンカンプンで分からないんだ」
「もし……その話が本当なら」
カルナックが腰に差していた鞘から刀を引き抜くとレイに刃を向ける。
「今すぐこの場でレイ君を殺さなければなりませんね」
シトラ以外の三人がざわつく、シトラだけは俯いて何も言わなかった。
「待てよおやっさん、厄災って一体なんだ!」
「千年も昔の話です、私自身文献でしか読んだことがありません。炎帝が言う厄災とはすなわち『炎の厄災』、西大陸の地形をも変えてしまった最悪の厄災の一つです。これで不可解だったことに合点がいく、炎の適正がないレイ君が何故炎帝剣聖結界が使えたのか、仮にレイ君の体に炎の厄災が封印されているのであれば十分あり得る話です」
「あり得るって、千年も昔の出来事なのになんでレイの体に封印されているんだよ」
アデルが噛みつく、当然と言えば当然だろう。大昔に封印された物が何故現代の人間に封印されているかを疑問に持つことは至極普通の事だと思える。
「大昔の封印です、それが時代と共に緩み精神だけが封印から抜け出してしまったらどうでしょう。それが運悪くレイ君に当たってしまったと考えるなら――」
「すまない剣聖、ちょっといいかな?」
二人の話を聞いていたガズルが急に口を挟む、今のカルナックの話を聞いて疑問に思ったことがあった。
「今の剣聖の話だと精神がレイに宿ってしまったと仮定した話だよな、なら精神に干渉する逆光剣でそれを除去することはできないのかな?」
「無謀な話ではありませんが現実不可能でしょう。あまりにも深い処まで潜り込まれていた場合逆光剣の効果でもそこまで到達できません、深層意識の中から直接取り除かなければなりません。レイ君が炎帝剣聖結界を使ったことで厄災は深層意識まで確実に潜り込んでいると思われます」
淡々と説明する、だがガズルはその話を聞いてニヤッと笑う。そしてアデルの首に手をまわして寄りかかる。
「アデル、お前の力で剣聖の意識をレイとリンクさせることはできるか?」
「いや、俺じゃそこまでは出来ねぇ。おやっさんならできるだろうけど」
そこまで聞いてカルナックもガズルの話の意図を見出した、レイに向けていた刀を今度はアデルへと向ける。剣先が自分の顔すれすれまで伸びてきてアデルは驚く。
「な、なんだよおやっさん。人に刀向けるんじゃねぇ!」
「ガズル君、君は天才ですね」
「これでも飛び級で大学まで卒業してるんでね」
二人は笑顔でそう言葉を交わす、そこでようやくギズーが話を理解した。続いてシトラも理解したようで笑顔を作る。三人はアデルの体を掴むと離さないようにギュッと抱きしめる。
「え、何々?」
アデルはまだ話の意図を理解していなかった。ガズルはそれにため息を一つついて説明を始める。
「良いかアデル、任務は簡単だ。剣聖がお前とレイの深層意識をつなげる、お前はレイの意識の中に飛び込んで炎の厄災だっけ? その精神を除去してレイを開放する。それだけだ」
そこまで説明されてようやくアデルも話を理解する。だが何故今自分が雁字搦めに三人に掴まれているかわからない。
「話は分かったけど、なんで俺こんなに動けなくなるぐらい掴まれてるの?」
カルナックが笑顔で刀を振りかぶり逆光剣の準備を始める、十分にエーテルを充填すると再びアデルの前に刀を持ってくる。
「あなたが気絶しても大丈夫なように支えてるだけです、さぁ――レイ君を救ってきてください」
そこまで言うとアデルの目の前でカルナックの刀が光り輝き、それを目にしたアデルは再び深層世界へとダイブした。