残酷な描写あり
ステルオール――天星の落とし子 3
全身ぼろぼろのアリアと、力を使い果たして今にも倒れそうなシスティナ。二人は互いに支え合いながら、月と星の明かりを頼りに真夜中の森を歩いた。
エレノーア教会へと戻る前に、アリアは裏手にある聖花のもとを訪れた。
「アリア……教会に戻るんじゃないの?」
「うん。だけど、このまま帰ったら心配されるから……傷を治してからにするよ」
アリアは聖花から霊薬を補充して、ごくりと一口飲んだ。
その様子を、システィナは「何をしているのだろう?」という感じで不思議そうに見つめていた。聖花は迷い人にしか見えないとフローリアが言っていたから、システィナにはアリアが何もないところで作業をしているように見えたのだろう。
『オースアリア』
「……フローリア?」
『わたくしの愛する民たちを守ってくれて、ありがとうございました……』
「……うん」
『あなたがこの世界に転生してきてくれて、本当によかった』
システィナがいよいよ首をかしげる。
「だれかと話しているのですか?」
「ん。……私のことを、この世界に連れてきてくれた人と」
「もしかして、神様でしょうか?」
「うん。女神様だね」
アリアの答えに、システィナが目を丸くする。
「アリアは、やっぱりすごいです……!」
システィナのなんとも言えない率直な感想がおかしくて、アリアは思わず吹き出してしまった。
エレノーア教会に戻ると、ユイたちが心配そうに出迎えた。
他の三人の子たちも眠れないと言ってさっきまで起きていたのだが、アリアたちが帰ってきたのを確認したら、安心した様子でぐっすりと眠ってしまった。
「すみません。寝間着をダメにしちゃって……」
焼けこげて泥だらけ。裾も破けている寝衣を手でつまみながらアリアは言った。
このままの格好で部屋の中に入っていくのが申し訳なくて裏口の前でじっとしているアリアに、老修道女キサラはいつもの笑顔で答える。
「お気になさらないでください。あなたとシスティナさんが無事だったのだから、それで十分ですとも。お怪我のほうは大丈夫ですか?」
「はい。私もシスティナも無傷です!」
「無傷でございますか?」
「あ、えっと、軽傷だから大丈夫ということです」
「そうでございましたか」
キサラがシスティナのほうへと視線を向けると、システィナはぴくんと肩を震わせた。
「あの……わたし……」
「システィナさんに何があったのかは、今は伺いません……無事に戻ってきてくださったので、それで……」
「……いえ」
システィナは控えめにかぶりを振った。
「……話します。わたしのことを……アリアと、キサラさんにも……。どうか、聞いていただきたいです」
「システィナ……」
アリアとキサラはうなずいた。
「そうですか。では……。紅茶を淹れますので、その間にお着替えをしてきてくださいませ」
アリアとシスティナは、客間に行ってそれぞれ着替えを済ませてからリビングに集まった。
テーブルに着いていたのはキサラの他にユイもいた。
真夜中。もうとっくに寝る時間なのだが。
「あたしだって大人なのだから、お話に混ざりたいわ」
というのがユイの言い分だった。
今の時間は、珍しく雨音がしない。
代わりに暖炉の火で薪がはじけるパチパチという音が、静寂に響く。
「わたしは……」
少し時間を置いたあと、システィナはぽつりと話し始める。
「自分の出生について、何も知りません。生まれた場所のことも、本当の両親のことも、はっきりとしたことは何も……。だから、それを知るために旅をしています」
本当の両親、ということは、育ての親が別にいるのだろうか。
アリアはそんなことを考えながら、システィナの話に聞き入った。
「わたしはクォーツ村という場所で育ちました。小さな村です。そこに住む、とある魔法使いの女性に拾われて、魔法を学びながら……」
「だからシスティナは魔法を使えるのね」
「はい。その人は、わたしをどこで、どういう経緯で拾ったかなどは教えてくれなかったのですが……。とにかく魔力を抑えたり、コントロールする方法を教えてくれたんです。その一環として魔法も使えるようになりました」
「魔力を……そっか」
アリアの言葉に、システィナはうなずいた。
「はい。おそらく、わたしを育ててくれたその方は……わたしの“力”について、知っていたのだと思います。……そして、やがて……」
悲劇が起こった。まだ言葉にこそしていないが、システィナの表情は暗にそう物語っていた。
二年と少し前の話。クォーツ村の民家で暮らしていたシスティナは、夜中に目が覚めたとき、育ての親である魔女フェリシアが、夫であり村の自警団の団長である男と話しているのをたまたま耳にした。
「システィナの様子は?」
「変わりありません……魔力コントロールもどんどん上手くなっているし、暴走の前兆も見られません」
「そうか……」
(暴走……前兆? なんの話だろう)
廊下でこっそりと部屋の中に聞き耳を立てる。
男は勘が鋭いので、盗み聞きしてもすぐにバレてしまうだろうから、システィナは気配を消す魔法を自分にかけた。
派手な魔法を使うと今度はフェリシアにバレてしまうから、慎重に。
「俺の杞憂だったらいいのだがな」
「ええ。大丈夫……あの子は、私が普通の子として育てますから」
「そうか……」
一呼吸置いてから、男が言葉を続ける。
「だが……注意したほうがいい。システィナは普通ではない。彼女の両親が亡くなったのも――」
「……その話はやめましょう」
「ああ……。……彼女の力について調べることはできたのか?」
「いえ……やはり普通の書物では、何も手がかりはありませんでした。……あの『呪われた書庫』にある本なら、あるいは――」
(わたしの本当の両親は……わたしのせいで亡くなったの?)
それに、システィナの持つ「力」とは何のことなのだろうか。男とフェリシアは、その力を恐れているような口ぶりだった。
システィナの出生については、今まで誰も教えてくれなかった。
もしかしたら「呪われた書庫」に行けば、その秘密について何かわかるのかもしれない。
ここから北東に少し歩いたところにある村の外れの古びた建物が「呪われた書庫」であることは、システィナは知っていた。
そして、その場所が「恐ろしい魔物が出るから足を踏み入れてはならない」と伝えられている場所であることも。
(……明日、早起きができたら……こっそりと行ってみよう)
システィナは迷いながらもそう決めると、その日はベッドに戻った。
「え、もしかして……その呪われた書庫に行っちゃったの?」
アリアのその言葉に、システィナは小さく瞳を揺らしながらうなずいた。
「……わたしは、本当にばかでした。村の人たちから、入ってはダメだときつく言われていたのに……」
暗い表情で、システィナは続きを語り始める。
次の日、システィナは無事に早起きすることができてしまった。
というより、フェリシアたちのしていた話が気になってほとんど寝られなかった。
夜明けの少し前に、システィナはこっそりと家を抜け出した。
まだ肌寒い時間帯に、首元にはマフラーを巻いて。呪われた書庫を目指す。
とにかく、知りたい。
自分がいったい何者なのか。
幼い頃からなんとなく、他の人と自分は違うような気がしていた。どこが違うのかは、本当に感覚的なものだからよくわからないが。
わかりやすい違いは、顔にできた結晶のようなものだ。それは「穢れ」の影響だとフェリシアには教えられていたけど。
呪われた書庫の入り口には鍵がかかっていたが、割れた窓が低い位置にあるために、少しよじ登れば中に入ることができた。
薄暗く蜘蛛の巣が張った書庫の中を、システィナは「灯り」の魔術で照らす。
(すごい……見たことのない本がたくさん!)
本を読むのが好きだったシスティナは、棚に並んだ未知の古書たちを見て目を輝かせた。
これなら、確かにどんな知識でも手に入りそうな気がする。
(だけど……わたしの生まれについてなんて、どうやって調べたらいいのかしら?)
システィナは勢いでここまで来てしまったが、どうやって調べるかなどはぜんぜん考えていなかった。
仕方ないので、システィナは目についたものを読んでみることにする。
中には古代語で書かれていたものも多かったが、システィナは古代語も少しだけなら教わっているので、そういった本も頑張れば雰囲気くらいは読み解けるだろう。
本の背表紙を見て、ときどき手に取って表紙を確認しながら、システィナはそれらしい題名の本を探した。
(これは……天体に関する本だから、関係なさそうだわ。……あとは……あ、この本とかいいかも!)
システィナは古代語で書かれた一冊の本を棚から抜き取った。
かすかに、本棚から黒い霧――瘴気のようなものが漂い始める。しかしシスティナはそれを気にすることなく本のページを開いた。
エレノーア教会へと戻る前に、アリアは裏手にある聖花のもとを訪れた。
「アリア……教会に戻るんじゃないの?」
「うん。だけど、このまま帰ったら心配されるから……傷を治してからにするよ」
アリアは聖花から霊薬を補充して、ごくりと一口飲んだ。
その様子を、システィナは「何をしているのだろう?」という感じで不思議そうに見つめていた。聖花は迷い人にしか見えないとフローリアが言っていたから、システィナにはアリアが何もないところで作業をしているように見えたのだろう。
『オースアリア』
「……フローリア?」
『わたくしの愛する民たちを守ってくれて、ありがとうございました……』
「……うん」
『あなたがこの世界に転生してきてくれて、本当によかった』
システィナがいよいよ首をかしげる。
「だれかと話しているのですか?」
「ん。……私のことを、この世界に連れてきてくれた人と」
「もしかして、神様でしょうか?」
「うん。女神様だね」
アリアの答えに、システィナが目を丸くする。
「アリアは、やっぱりすごいです……!」
システィナのなんとも言えない率直な感想がおかしくて、アリアは思わず吹き出してしまった。
エレノーア教会に戻ると、ユイたちが心配そうに出迎えた。
他の三人の子たちも眠れないと言ってさっきまで起きていたのだが、アリアたちが帰ってきたのを確認したら、安心した様子でぐっすりと眠ってしまった。
「すみません。寝間着をダメにしちゃって……」
焼けこげて泥だらけ。裾も破けている寝衣を手でつまみながらアリアは言った。
このままの格好で部屋の中に入っていくのが申し訳なくて裏口の前でじっとしているアリアに、老修道女キサラはいつもの笑顔で答える。
「お気になさらないでください。あなたとシスティナさんが無事だったのだから、それで十分ですとも。お怪我のほうは大丈夫ですか?」
「はい。私もシスティナも無傷です!」
「無傷でございますか?」
「あ、えっと、軽傷だから大丈夫ということです」
「そうでございましたか」
キサラがシスティナのほうへと視線を向けると、システィナはぴくんと肩を震わせた。
「あの……わたし……」
「システィナさんに何があったのかは、今は伺いません……無事に戻ってきてくださったので、それで……」
「……いえ」
システィナは控えめにかぶりを振った。
「……話します。わたしのことを……アリアと、キサラさんにも……。どうか、聞いていただきたいです」
「システィナ……」
アリアとキサラはうなずいた。
「そうですか。では……。紅茶を淹れますので、その間にお着替えをしてきてくださいませ」
アリアとシスティナは、客間に行ってそれぞれ着替えを済ませてからリビングに集まった。
テーブルに着いていたのはキサラの他にユイもいた。
真夜中。もうとっくに寝る時間なのだが。
「あたしだって大人なのだから、お話に混ざりたいわ」
というのがユイの言い分だった。
今の時間は、珍しく雨音がしない。
代わりに暖炉の火で薪がはじけるパチパチという音が、静寂に響く。
「わたしは……」
少し時間を置いたあと、システィナはぽつりと話し始める。
「自分の出生について、何も知りません。生まれた場所のことも、本当の両親のことも、はっきりとしたことは何も……。だから、それを知るために旅をしています」
本当の両親、ということは、育ての親が別にいるのだろうか。
アリアはそんなことを考えながら、システィナの話に聞き入った。
「わたしはクォーツ村という場所で育ちました。小さな村です。そこに住む、とある魔法使いの女性に拾われて、魔法を学びながら……」
「だからシスティナは魔法を使えるのね」
「はい。その人は、わたしをどこで、どういう経緯で拾ったかなどは教えてくれなかったのですが……。とにかく魔力を抑えたり、コントロールする方法を教えてくれたんです。その一環として魔法も使えるようになりました」
「魔力を……そっか」
アリアの言葉に、システィナはうなずいた。
「はい。おそらく、わたしを育ててくれたその方は……わたしの“力”について、知っていたのだと思います。……そして、やがて……」
悲劇が起こった。まだ言葉にこそしていないが、システィナの表情は暗にそう物語っていた。
二年と少し前の話。クォーツ村の民家で暮らしていたシスティナは、夜中に目が覚めたとき、育ての親である魔女フェリシアが、夫であり村の自警団の団長である男と話しているのをたまたま耳にした。
「システィナの様子は?」
「変わりありません……魔力コントロールもどんどん上手くなっているし、暴走の前兆も見られません」
「そうか……」
(暴走……前兆? なんの話だろう)
廊下でこっそりと部屋の中に聞き耳を立てる。
男は勘が鋭いので、盗み聞きしてもすぐにバレてしまうだろうから、システィナは気配を消す魔法を自分にかけた。
派手な魔法を使うと今度はフェリシアにバレてしまうから、慎重に。
「俺の杞憂だったらいいのだがな」
「ええ。大丈夫……あの子は、私が普通の子として育てますから」
「そうか……」
一呼吸置いてから、男が言葉を続ける。
「だが……注意したほうがいい。システィナは普通ではない。彼女の両親が亡くなったのも――」
「……その話はやめましょう」
「ああ……。……彼女の力について調べることはできたのか?」
「いえ……やはり普通の書物では、何も手がかりはありませんでした。……あの『呪われた書庫』にある本なら、あるいは――」
(わたしの本当の両親は……わたしのせいで亡くなったの?)
それに、システィナの持つ「力」とは何のことなのだろうか。男とフェリシアは、その力を恐れているような口ぶりだった。
システィナの出生については、今まで誰も教えてくれなかった。
もしかしたら「呪われた書庫」に行けば、その秘密について何かわかるのかもしれない。
ここから北東に少し歩いたところにある村の外れの古びた建物が「呪われた書庫」であることは、システィナは知っていた。
そして、その場所が「恐ろしい魔物が出るから足を踏み入れてはならない」と伝えられている場所であることも。
(……明日、早起きができたら……こっそりと行ってみよう)
システィナは迷いながらもそう決めると、その日はベッドに戻った。
「え、もしかして……その呪われた書庫に行っちゃったの?」
アリアのその言葉に、システィナは小さく瞳を揺らしながらうなずいた。
「……わたしは、本当にばかでした。村の人たちから、入ってはダメだときつく言われていたのに……」
暗い表情で、システィナは続きを語り始める。
次の日、システィナは無事に早起きすることができてしまった。
というより、フェリシアたちのしていた話が気になってほとんど寝られなかった。
夜明けの少し前に、システィナはこっそりと家を抜け出した。
まだ肌寒い時間帯に、首元にはマフラーを巻いて。呪われた書庫を目指す。
とにかく、知りたい。
自分がいったい何者なのか。
幼い頃からなんとなく、他の人と自分は違うような気がしていた。どこが違うのかは、本当に感覚的なものだからよくわからないが。
わかりやすい違いは、顔にできた結晶のようなものだ。それは「穢れ」の影響だとフェリシアには教えられていたけど。
呪われた書庫の入り口には鍵がかかっていたが、割れた窓が低い位置にあるために、少しよじ登れば中に入ることができた。
薄暗く蜘蛛の巣が張った書庫の中を、システィナは「灯り」の魔術で照らす。
(すごい……見たことのない本がたくさん!)
本を読むのが好きだったシスティナは、棚に並んだ未知の古書たちを見て目を輝かせた。
これなら、確かにどんな知識でも手に入りそうな気がする。
(だけど……わたしの生まれについてなんて、どうやって調べたらいいのかしら?)
システィナは勢いでここまで来てしまったが、どうやって調べるかなどはぜんぜん考えていなかった。
仕方ないので、システィナは目についたものを読んでみることにする。
中には古代語で書かれていたものも多かったが、システィナは古代語も少しだけなら教わっているので、そういった本も頑張れば雰囲気くらいは読み解けるだろう。
本の背表紙を見て、ときどき手に取って表紙を確認しながら、システィナはそれらしい題名の本を探した。
(これは……天体に関する本だから、関係なさそうだわ。……あとは……あ、この本とかいいかも!)
システィナは古代語で書かれた一冊の本を棚から抜き取った。
かすかに、本棚から黒い霧――瘴気のようなものが漂い始める。しかしシスティナはそれを気にすることなく本のページを開いた。