19.繰り返した時間
気がついた時、俺は家を出て穂花の家に向かう途中だった。
十五分前。まだいまなら穂花は無事なはずだ。
俺は慌てて走り出す。穂花の家について、少しして穂花が姿を現していた。
元気な姿にほっと息を吐き出す。
さっきみたシーンがまぶたの裏に焼き付いて離れない。
穂花が。穂花でなかった。
だけど今は元気な姿を見せている。
「あれ、たかくん。どうしたの」
穂花はいつも通りのふんわりとした表情を浮かべて、俺へとほほえみかけてくる。
さきほどと変わらない微笑み。ただ少し違うのは走ってきた分、少しだけ到着が早くなって、穂花は本当にまだ家からでたばかりだという事だろうか。
「今日はお前のオーディションだっただろ。だから行く前に激励してやろうと思ってさ」
内心を隠しながら、もういちどさっきと同じ台詞を告げる。
穂花はこの後事故にあってしまう。絶対に助からないだろう激しい事故だ。少し離れた場所にいてすらも轟音が聞こえてきて大変な事が起きたとわかる。そんな事故だ。
心の中で首をふるって事故の事をかき消していく。
事故は起こさせない。もういちど同じにはしない。
さっきの光景を思い返すだけで、再び吐き気が襲う。あんな姿はもう二度と見たくなかった。絶対に事故を取り戻さなければいけない。
そう心に決めていた。
「ほんと? ありがと。正直、今からだいぶん緊張してる。こんなんで本番大丈夫かなって思う。でもね。でも、たかくんがこの間励ましてくれたから。がんばってみようと思っている。結果が出たら、たかくんにも教えるね」
穂花は言いながら俺の手をとる。
さっきと同じ動作。だけど俺にはもうそれは知っている行動だ。
だけど前の時間と同じように胸の鼓動は早くなっていく。
でもさきほどとは違う意味での胸の鼓動だ。
このあとに待ち受けている運命をくつがえすために。この先を違う時間に変えるために。絶対に成し遂げなければならない未来を作るために、緊張してなる胸の鼓動だ。
穂花は俺の内心は知らずに自分の胸のあたりまで手を上げてくる。
「たかくん。私ね。たかくんに本当に感謝しているの。最後の最後でずっと迷っていた。でも、でもね。たかくんのおかげで決心がついたよ。たぶんたかくんが後押ししてくれなかったら、きっと結局今日も行けなかったと思う」
両手で俺の手を包み込むように握りしめる。
繰り返される台詞に俺の鼓動も強く激しくなっていく。
「たかくんには言ってなかったけど、今までもね。オーディションには何度も応募していたの。でも書類だけ送って、当日怖くなっていけない。そんな事何回も繰り返してた。でもね。今日は行ってみようと思えた。ダメかもしれないけど、挑戦してみようと思えたの。それというのもぜんぶたかくんのおかげだよ」
穂花は少し頬を上気させて紅をさしていた。声も少しだけうわずっている。
緊張しているのだろう。だけどそれでもやる気に溢れているのだろう。いつもの穂花よりも目を輝かせていた。
何もしなければこんな穂花はあと数分で消えてしまう。
穂花を事故には遭わせない。俺が絶対に助ける。
強く思う。
「だから応援していてね。がんばってくるから」
手を離して、それから胸元で小さなガッツポーズを見せる。
「駅まで送っていくよ。一緒に行こうぜ」
俺の提案に穂花はほんの少しだけ目を開いて、それからすぐに笑いかける。
「ありがと、たかくん。わざわざ見送りしてもらうのは、ちょっと恥ずかしい気もするけど、でも嬉しいよ」
穂花の照れたような表情は、いつもの穂花にも増して可愛らしいと思った。
この笑顔を守りたい。
本当にそう思った。
駅まで一緒に歩く数分。心臓の音は止まらなかった。
一緒にいられることにも、そして変えなければいけない未来が近づいてきている事にも。
横断歩道の前で信号が変わるのも待つ。
もうすぐだ。たぶんもうすぐくるはずだ。俺は周囲を警戒しながら、訪れるであろう最悪な瞬間に備える。
心臓が強く脈打っていた。ここで止めなければならない。時間を変えなくてはならない。
失敗は許されない。緊張で目が回りそうになる。だけど絶対に成し遂げる必要がある。
ただの信号待ちの時間が、まるで永遠に終わらないかのようにも思えた。時間が流れるのが極端に遅く感じた。すべてのものがスローモーションに見える。
「もう時間ないよ。急がなくっちゃね」
穂花が隣で笑う。たぶん前の時も慌てていたのだろう。笑顔を見せながらも、少し焦り気味になっていた。そろそろ電車も到着するだろう時間だ。
だから穂花は暴走する車に気がつかなかった。
絶対に止める。辺りを警戒しながら待つ信号はなかなか変わらない。
だけどそれは俺の中だけの話だ。そんな時間は本当はそう長いものではなくて、すぐに信号は緑へと変わった。
同時に穂花が歩きだそうとする。
ここだ! 俺はすかさず穂花の手をつかんで引っ張る。
穂花は歩き出す事が出来ずに、一瞬かくんと膝を崩して止まった。
それと瞬間だった。
激しいエンジン音と共に、白い車が赤になっているはず信号を無視して通り過ぎていく。
「わぁ……!?」
穂花が思わず声を漏らす。
それから通り過ぎていった車に向けて、ぱちくりと目を開いていた。
まだぱくばくと心臓が波打っている。穂花も同じだろう。信号無視をして暴走していく車は、あまりにもものすごいスピードで駆けていった。
十五分前。まだいまなら穂花は無事なはずだ。
俺は慌てて走り出す。穂花の家について、少しして穂花が姿を現していた。
元気な姿にほっと息を吐き出す。
さっきみたシーンがまぶたの裏に焼き付いて離れない。
穂花が。穂花でなかった。
だけど今は元気な姿を見せている。
「あれ、たかくん。どうしたの」
穂花はいつも通りのふんわりとした表情を浮かべて、俺へとほほえみかけてくる。
さきほどと変わらない微笑み。ただ少し違うのは走ってきた分、少しだけ到着が早くなって、穂花は本当にまだ家からでたばかりだという事だろうか。
「今日はお前のオーディションだっただろ。だから行く前に激励してやろうと思ってさ」
内心を隠しながら、もういちどさっきと同じ台詞を告げる。
穂花はこの後事故にあってしまう。絶対に助からないだろう激しい事故だ。少し離れた場所にいてすらも轟音が聞こえてきて大変な事が起きたとわかる。そんな事故だ。
心の中で首をふるって事故の事をかき消していく。
事故は起こさせない。もういちど同じにはしない。
さっきの光景を思い返すだけで、再び吐き気が襲う。あんな姿はもう二度と見たくなかった。絶対に事故を取り戻さなければいけない。
そう心に決めていた。
「ほんと? ありがと。正直、今からだいぶん緊張してる。こんなんで本番大丈夫かなって思う。でもね。でも、たかくんがこの間励ましてくれたから。がんばってみようと思っている。結果が出たら、たかくんにも教えるね」
穂花は言いながら俺の手をとる。
さっきと同じ動作。だけど俺にはもうそれは知っている行動だ。
だけど前の時間と同じように胸の鼓動は早くなっていく。
でもさきほどとは違う意味での胸の鼓動だ。
このあとに待ち受けている運命をくつがえすために。この先を違う時間に変えるために。絶対に成し遂げなければならない未来を作るために、緊張してなる胸の鼓動だ。
穂花は俺の内心は知らずに自分の胸のあたりまで手を上げてくる。
「たかくん。私ね。たかくんに本当に感謝しているの。最後の最後でずっと迷っていた。でも、でもね。たかくんのおかげで決心がついたよ。たぶんたかくんが後押ししてくれなかったら、きっと結局今日も行けなかったと思う」
両手で俺の手を包み込むように握りしめる。
繰り返される台詞に俺の鼓動も強く激しくなっていく。
「たかくんには言ってなかったけど、今までもね。オーディションには何度も応募していたの。でも書類だけ送って、当日怖くなっていけない。そんな事何回も繰り返してた。でもね。今日は行ってみようと思えた。ダメかもしれないけど、挑戦してみようと思えたの。それというのもぜんぶたかくんのおかげだよ」
穂花は少し頬を上気させて紅をさしていた。声も少しだけうわずっている。
緊張しているのだろう。だけどそれでもやる気に溢れているのだろう。いつもの穂花よりも目を輝かせていた。
何もしなければこんな穂花はあと数分で消えてしまう。
穂花を事故には遭わせない。俺が絶対に助ける。
強く思う。
「だから応援していてね。がんばってくるから」
手を離して、それから胸元で小さなガッツポーズを見せる。
「駅まで送っていくよ。一緒に行こうぜ」
俺の提案に穂花はほんの少しだけ目を開いて、それからすぐに笑いかける。
「ありがと、たかくん。わざわざ見送りしてもらうのは、ちょっと恥ずかしい気もするけど、でも嬉しいよ」
穂花の照れたような表情は、いつもの穂花にも増して可愛らしいと思った。
この笑顔を守りたい。
本当にそう思った。
駅まで一緒に歩く数分。心臓の音は止まらなかった。
一緒にいられることにも、そして変えなければいけない未来が近づいてきている事にも。
横断歩道の前で信号が変わるのも待つ。
もうすぐだ。たぶんもうすぐくるはずだ。俺は周囲を警戒しながら、訪れるであろう最悪な瞬間に備える。
心臓が強く脈打っていた。ここで止めなければならない。時間を変えなくてはならない。
失敗は許されない。緊張で目が回りそうになる。だけど絶対に成し遂げる必要がある。
ただの信号待ちの時間が、まるで永遠に終わらないかのようにも思えた。時間が流れるのが極端に遅く感じた。すべてのものがスローモーションに見える。
「もう時間ないよ。急がなくっちゃね」
穂花が隣で笑う。たぶん前の時も慌てていたのだろう。笑顔を見せながらも、少し焦り気味になっていた。そろそろ電車も到着するだろう時間だ。
だから穂花は暴走する車に気がつかなかった。
絶対に止める。辺りを警戒しながら待つ信号はなかなか変わらない。
だけどそれは俺の中だけの話だ。そんな時間は本当はそう長いものではなくて、すぐに信号は緑へと変わった。
同時に穂花が歩きだそうとする。
ここだ! 俺はすかさず穂花の手をつかんで引っ張る。
穂花は歩き出す事が出来ずに、一瞬かくんと膝を崩して止まった。
それと瞬間だった。
激しいエンジン音と共に、白い車が赤になっているはず信号を無視して通り過ぎていく。
「わぁ……!?」
穂花が思わず声を漏らす。
それから通り過ぎていった車に向けて、ぱちくりと目を開いていた。
まだぱくばくと心臓が波打っている。穂花も同じだろう。信号無視をして暴走していく車は、あまりにもものすごいスピードで駆けていった。