10.シスコン疑惑
こんこん。ドアからノックの音が聞こえる。
こんな夜更けにくるってことは母さんじゃないだろうから、恐らくは結依だろう。もしかしたらさっきの風呂の件を問い詰めに来たのかも知れない。
「ん、あいてるけど」
答えるが早いか、すぐに扉が開く。
予想通りそこには結依の姿があった。もちろんさっきと違って、パジャマだけれど着衣姿だ。
「お兄ちゃん。なんかボクに言う事あるでしょ?」
目を細めながら詰め寄ってきていた。やっぱりさっきの件で文句を言いに来たらしい。
「ああ、悪い悪い。ちょっと急用ができていったん部屋に戻ってて、また風呂に入ろうと思ったところだったんだ。まさかもうお前が入っているとは思わなくてさ」
ベッドから体を起こして、一応詫びを入れる。わざとではないが、着替えるところを見てしまったのだから、それくらいは礼儀というものだ。親しき仲にも礼儀ありってな。
まぁ正直鍵かけ忘れていた結依も悪いとは思うんだが、この場合はそんな事をいえば余計にこじれるので素直に謝りをいれるに越した事はない。ああ、俺って大人。
「急用ってなにさ」
疑われているのか結依はにらみつけたまま俺の前にまできて仁王立ちしている。
さすがに妹の着替えには興味はないのだが、あまり信用ないらしい。
「いや、ちょっと明日の文化祭の事で穂花にちょっとライムを送っててな」
「え、ほのねえに? え、なになに。ほのねえなんて?」
結依は突然態度を軟化して目を輝かせる。
こいつ穂花の名前が出たとたん変わりすぎだろ。内心思うものの、そんな気持ちはおくびにも出さずに言葉を濁す。
「いや劇の事でちょっとな」
「え、お兄ちゃん、ほのねえと二人で文化祭見て回る約束したのかと思ったのに」
こいつ、するどい。いきなり見抜かれた事に動揺を隠せずに少し目が泳ぐ。
「あ、その反応、なんか隠してるね。やっぱりほのねえとデートするんでしょ。そうなんでしょ? お兄ちゃん、隠したってボクには丸わかりなんだからね」
一気に俺の前に顔を近づけてくる。
近い。近いっつうの。
見抜かれた事に動揺を隠せずにいるが、少し顔を背けて目線をそらす。なんとかごまかそうとして平静を保つ。
「ど、どうでもいいだろ。俺と穂花の間の話なんだから」
「どうでもよくない。お兄ちゃんにはがんばってほのねえとつきあって、ゆくゆくは結婚してもらわなきゃいけないんだからね」
ろくでもない事をさらりと告げていた。なんでだよ。いやそうなれたらとは思うけれど。どこからそういう話につながるのか。
「だってそしたらほのねえと家族になれるもん。あー、でもお兄ちゃんじゃ無理かなぁ。あーあ、ほのねえにお兄ちゃんか弟がいたらなぁ。そしたらボク、とりあえずそっちと結婚したら願いが叶ったのに」
結依はぶつぶつとつぶやく。
いや穂花の事を好きなのはわかるが、さすがにそのために好きでもない兄弟と結婚するのはどうかと思うぞ。兄ながら結依の事が心配になります。
昔から結依はこうだった。穂花が好きすぎて暴走することが多い。俺が穂花と関係が深まらない理由の一つに、結依が穂花を好きすぎる事があると思う。そういえばことあるごとに穂花に「ほのねえ、お兄ちゃんと結婚してね。そしたらボクとほのねえは家族になれるし」と言っていたなと思い返す。
逆にいえばそのせいで俺は穂花に下手に告白も何も出来ないのだ。安易な形でいえば、この結依の穂花好きの延長線にあると思われかねない。何せ俺は穂花にシスコンで妹の願いなら何でも叶えてやる兄だと思われている。
確かに昔から結依のお願いを断った事はないのだが、そこまでシスコンじゃないぞ。ごく普通の関係だと思う。
まぁ隣の県にある有名な鯛焼き屋の鯛焼き食べたいと言われて、自転車で片道4時間かけて走った時は、さすがに二度目は勘弁してくれとは思ったけどな。
ちなみに鯛焼きはもう冷え切ってしまっていたのもあって、あんまり美味しくない、と言われましたがね。
でもまぁ可愛い妹のためならそれくらい普通だろ。大した話じゃない。なのになぜシスコンだと言われるのか解せぬ。
「だからほのねえとお兄ちゃんが結婚するためなら、ボクも何でも協力するから、ちゃんと言ってね」
「お、おう……ありがとよ」
勢いに押されて思わずうなづくが、しかし特に結依にしてもらう事がある訳では無い。
ただそれでも結依はそのまま上機嫌な様子で部屋を出て行っていた。今にも鼻歌でも歌い出しそうなくらい気分がよさそうに見える。
しかしとりあえず風呂の話は忘れてくれたようで、ひとまず安心だった。結依はけっこうこういう時にはしつこいから、下手するとこの話をずっと言われ続けかねない。ある意味では穂花のおかげだという事だろう。
さすが穂花。何もないところでも俺を救ってくれるぜ。
「おっと気がつくとこんな時間だ。さっさと風呂入って、明日に備えて寝るか」
時計を見ると十時を回っているようだった。
入りそびれた風呂に向かって自分の部屋を後にする。
だけどこの時はまだこの会話が特別な意味を持つだなんてことは、想像すらしていなかった。
こんな夜更けにくるってことは母さんじゃないだろうから、恐らくは結依だろう。もしかしたらさっきの風呂の件を問い詰めに来たのかも知れない。
「ん、あいてるけど」
答えるが早いか、すぐに扉が開く。
予想通りそこには結依の姿があった。もちろんさっきと違って、パジャマだけれど着衣姿だ。
「お兄ちゃん。なんかボクに言う事あるでしょ?」
目を細めながら詰め寄ってきていた。やっぱりさっきの件で文句を言いに来たらしい。
「ああ、悪い悪い。ちょっと急用ができていったん部屋に戻ってて、また風呂に入ろうと思ったところだったんだ。まさかもうお前が入っているとは思わなくてさ」
ベッドから体を起こして、一応詫びを入れる。わざとではないが、着替えるところを見てしまったのだから、それくらいは礼儀というものだ。親しき仲にも礼儀ありってな。
まぁ正直鍵かけ忘れていた結依も悪いとは思うんだが、この場合はそんな事をいえば余計にこじれるので素直に謝りをいれるに越した事はない。ああ、俺って大人。
「急用ってなにさ」
疑われているのか結依はにらみつけたまま俺の前にまできて仁王立ちしている。
さすがに妹の着替えには興味はないのだが、あまり信用ないらしい。
「いや、ちょっと明日の文化祭の事で穂花にちょっとライムを送っててな」
「え、ほのねえに? え、なになに。ほのねえなんて?」
結依は突然態度を軟化して目を輝かせる。
こいつ穂花の名前が出たとたん変わりすぎだろ。内心思うものの、そんな気持ちはおくびにも出さずに言葉を濁す。
「いや劇の事でちょっとな」
「え、お兄ちゃん、ほのねえと二人で文化祭見て回る約束したのかと思ったのに」
こいつ、するどい。いきなり見抜かれた事に動揺を隠せずに少し目が泳ぐ。
「あ、その反応、なんか隠してるね。やっぱりほのねえとデートするんでしょ。そうなんでしょ? お兄ちゃん、隠したってボクには丸わかりなんだからね」
一気に俺の前に顔を近づけてくる。
近い。近いっつうの。
見抜かれた事に動揺を隠せずにいるが、少し顔を背けて目線をそらす。なんとかごまかそうとして平静を保つ。
「ど、どうでもいいだろ。俺と穂花の間の話なんだから」
「どうでもよくない。お兄ちゃんにはがんばってほのねえとつきあって、ゆくゆくは結婚してもらわなきゃいけないんだからね」
ろくでもない事をさらりと告げていた。なんでだよ。いやそうなれたらとは思うけれど。どこからそういう話につながるのか。
「だってそしたらほのねえと家族になれるもん。あー、でもお兄ちゃんじゃ無理かなぁ。あーあ、ほのねえにお兄ちゃんか弟がいたらなぁ。そしたらボク、とりあえずそっちと結婚したら願いが叶ったのに」
結依はぶつぶつとつぶやく。
いや穂花の事を好きなのはわかるが、さすがにそのために好きでもない兄弟と結婚するのはどうかと思うぞ。兄ながら結依の事が心配になります。
昔から結依はこうだった。穂花が好きすぎて暴走することが多い。俺が穂花と関係が深まらない理由の一つに、結依が穂花を好きすぎる事があると思う。そういえばことあるごとに穂花に「ほのねえ、お兄ちゃんと結婚してね。そしたらボクとほのねえは家族になれるし」と言っていたなと思い返す。
逆にいえばそのせいで俺は穂花に下手に告白も何も出来ないのだ。安易な形でいえば、この結依の穂花好きの延長線にあると思われかねない。何せ俺は穂花にシスコンで妹の願いなら何でも叶えてやる兄だと思われている。
確かに昔から結依のお願いを断った事はないのだが、そこまでシスコンじゃないぞ。ごく普通の関係だと思う。
まぁ隣の県にある有名な鯛焼き屋の鯛焼き食べたいと言われて、自転車で片道4時間かけて走った時は、さすがに二度目は勘弁してくれとは思ったけどな。
ちなみに鯛焼きはもう冷え切ってしまっていたのもあって、あんまり美味しくない、と言われましたがね。
でもまぁ可愛い妹のためならそれくらい普通だろ。大した話じゃない。なのになぜシスコンだと言われるのか解せぬ。
「だからほのねえとお兄ちゃんが結婚するためなら、ボクも何でも協力するから、ちゃんと言ってね」
「お、おう……ありがとよ」
勢いに押されて思わずうなづくが、しかし特に結依にしてもらう事がある訳では無い。
ただそれでも結依はそのまま上機嫌な様子で部屋を出て行っていた。今にも鼻歌でも歌い出しそうなくらい気分がよさそうに見える。
しかしとりあえず風呂の話は忘れてくれたようで、ひとまず安心だった。結依はけっこうこういう時にはしつこいから、下手するとこの話をずっと言われ続けかねない。ある意味では穂花のおかげだという事だろう。
さすが穂花。何もないところでも俺を救ってくれるぜ。
「おっと気がつくとこんな時間だ。さっさと風呂入って、明日に備えて寝るか」
時計を見ると十時を回っているようだった。
入りそびれた風呂に向かって自分の部屋を後にする。
だけどこの時はまだこの会話が特別な意味を持つだなんてことは、想像すらしていなかった。