R-15
S06B4 成長の一幕
年明けは七日まで休みで、八日に開ける。
晴れて歩きやすい日だ。夕方まで親睦を深めた連中が足を伸ばすにちょうどいい。そういう団体客はいつでも急に来るのでいつでも迎える準備がある。
兎田も一番に店に入った。新年の一発目で特別な気分の所に、冬休みの家族サービスを労う。年に一度のボーナスタイムだ。キャスト同士での共有はしていないが、有力な者は発見して店に出る。そのためのシフト自由だ。
控え室には新顔ちゃんもいた。猪瀬刻、彼女も発見できる器らしい。
「ラビさん、明けましておめでとうございます。お早いですね」
声色の色気が増している。初日のような緊張はすっかり抜けて、一人前の顔つきで着替えられる。久しぶりの逸材だ。挨拶を返して、何気ない話で事情を探っておく。
「一人? ナルミちゃんと仲良しに見えてたけど」
「あの子も来ると思いますよ。今日の価値が高いって言い出したのもあの子ですし」
「賢い子ばっかりで頼れるわね」
売れてるか、負担はないか、楽しめているか。前向きな返事がふたつなら残りを解決し、後向きな返事がふたつ以上なら将来の相談に乗る。
店としては、在籍だけなら負担も損失もない。成功は店のもので、大成功と失敗と大失敗は本人のものになる。気持ちよく自主退職して、将来的に広告塔になってくれるチャンスにする。恩を売り、次の駒に交換するチャンスを増やす。
どうやらそれらの心配はない。兎田も楽できて、店もいい駒を持っていられる。
「ラビさんの源氏名の由来って、兎の他に、ヘブライ語もかけてますか?」
「気づかれちゃった。四人目よ、おめでとう」
「えへへ、勉強した甲斐がありました」
愛嬌よし、学習意欲よし、ひけらかしかたもとりあえずよし。この調子で伸び続ければやがて大物になる。兎田はそんな気がした。
控え室が混んでいく。着替えたら時間までグルーミングをしておく。仲を深めるのは危険を知らせるレーダーの整備と等しい。細かな異変はやがて自分まで届く。たまに理解していない者もいるが、そういう手合いは勝手に不利になり勝手に消えていく。欠けた穴にならないので誰も気に留めない。
午後六時、紛い物の昼へ。
犬山成美は見えていないが、彼女にも事情はある。猪瀬刻のおかげで有能さが届いているので残りの急用や急病を心配しておく。
じきにゲストが入り、キャストが迎える。
序列を持たないキャストを先に出す。機会を増やして、魅力への評価を得やすくする。恐れれば何も得られない。求めるならば勇気を出して前へ。
さっそくゲストと応対する様子が見える。団体客で、年代を分担した四人組をふたつ合わせたらしき立ち位置から、取引先との話をまとめた様子が伝わってくる。
気軽な雑談こそ性格と経験が出る。取り繕えばやがて必ずボロが出る。だから、自然体でも出るようなボロが無い性格が成功への近道になる。才能と呼んでもいい。
兎田の出番もきた。大人数の席に向かい、誰かが「ナンバーワンの!」と気づいて口にしたら改めて名乗る。続けて先に席にいたキャストのそれぞれを紹介していく。どこに注目すると魅力が出るか、この頃どんな成長をしたか、全員分を指摘していく。
敵を増やしてはいけない。味方を増やすとよい。誰もが知る道理だ。
そのためには敵対にコストを課す。魅力を見つけてくれる一人を失ってまで敵対したい事情はなかなかない。一人の割合が大きい間は特に。
他人の価値を見つけて言葉にして伝える技術を身につけたものは少ない。仲良くなれば自分も褒めてくれるかもしれない。下心に対して素直になる勇気に報いる。
兎田はこの手を見せる機会にしている。独占できないものは普及させる。やがて自分の利益となり返ってくる。
しばらく話を続けて、兎田は別の席へ移る。惜しむ声には他を回ったら戻ると返す。それまで酔い潰れないでね、と微笑みかける。まだ酔い潰れてないと主張し始めて、そのたびにおかわりを注ぐ。
人は天邪鬼で、やめろと言われればやってくれる。相手と異なる意見には自分が上になったように感じる甘美な魅力がある。酒の後押しがあり、この場限りの権力もあり、凡庸な者は自分が正しくあるために動く。予測しやすい。
席から席へ、同じ話のために渡り歩く。充実感を与えて、話題の中心が他のキャストに向いたら兎田は離れる。もっと触れ合いたいなら、何度も来て指名しろ。それができると示すお試し期間だ。
十分に振りまいたら控え室に戻る。奇遇にも猪瀬がノートに書き込んでいた。
「お疲れさま。どう? 調子は」
「少しずつですが掴んできた実感があります。どうでしょう、見ていただけますか」
最初に指導した通り、ゲストと話した内容から個人情報までをまとめている。誕生日や記念日といった変わらないものは上にまとめて、話題に出たものはいくらでも増えるので下を広く使う。いつ来たか、ご指名か、どんな流れで聞いたか。必要な情報を彼女が見やすい位置に並べている。
「完璧ね。なかなかいないわよ、こうまでやれる子って。次期ナンバーワンの座も現実味があるわ」
「それは大袈裟じゃないですか? アドバイスが欲しかったんですが」
「掛け値なしの百点満点よ。ここにアドバイスをするなら、内容より前の段階になるわね」
兎田は三つの事実を語った。指を立てて、薬指から曲げていく。
「これは百点満点だけど、重要なのは百点満点をこれからも取り続けること。一発勝負じゃあないの。継続が全て」
次いで中指を曲げる。順番が逆だと、言葉が二つでいいときに攻撃的な手になるから。
「続けるには、難しいことなんかやってられないわ。簡単にできる範囲を広げていくこと」
最後に人差し指を曲げた。
「誰にでもできることを、誰よりもやる。これが唯一の秘密の奥義だから」
新顔ちゃんは表情筋で語った。聞いてすぐに納得するはずがない。兎田も昔は同じ顔をしたことがある。
「秘密なのに、なんだか聞き覚えある感じがします」
「だからこそ秘密なのよ。一見して秘密だとわかったら、全然秘密じゃないもの」
「む。言われてみれば」
「受け売りだけどね。そのおかげで私もここにいる」
「ラビさんのさらに先輩から?」
「昔の恋人から」
「すみません」
「いいのよ」
新人ちゃんの指導はほとんど万全になっている。あとは最後のひと押しとして、優越感を与えてみる。一緒に来た友人より上だと思わせれば友情に亀裂が生まれ、友人が減れば変わらず活躍できる場所の重さが増す。社会的に孤立した者は使いやすい駒になる。
あくまで兎田は優越感を与えるだけで、亀裂を生むよう唆しはしない。誘導に乗りやすい者だけをこの道へ誘い、美味しい部分だけをいただく。
利益は天運に委ねる。天運は自分では決められない。だから、何が起ころうと耐えられる体制を築き、表が出るまでコインを投げ続ける。たまにコインとの付き合い方を知らない者が不平を垂れるが、ルールと契約は理解している者に味方する。
ルールとは核ミサイルの発射ボタンだ。手続きに則ればいくらでも発射できる。自分はどこに住む誰か、発射する理由は何か、目標はどこに住む誰か。必要な事項を揃えたら裁判所で核ミサイルを発射する。迎撃にも反撃にも手続きと金と時間が要る。足りなければせめて逃げるか、甘んじて爆発するしかない。
この新人ちゃんは賢い。勝てない戦いになると理解する能がある。だから仕掛けてもリスクが低い。あわよくば利にする。もう片方がどの程度かはこれから調べる。
「ラビさん、やっぱり綺麗です」
「ありがと。あなたも綺麗よ」
非対称な言葉を控え室に残して、メインホールへ繰り出した。
黒服の横を通るときに、タブレットから映像を見る。ソファごとのゲストと飲んだ量から、兎田は出来上がった席に行く。ゲストにもう少しずつのラッキーな気分を与えて、追加の注文をしたくなるよう仕向ける。気の大きさと財布の口の大きさは比例関係にある。
今日のゲストに重要な顔はなかった。情報を得られないときは、情報に続く足場にする。彼らもやがて重要な顔になる。その記念で再び来てくれるように。