残酷な描写あり
R-15
38話『交戦/血塗れの修道女と羅刹の魔術師』
それは、さながら嵐のようだった。
聖職者としての高潔な精神とは程遠い、ただ異端を「狩る」事にだけ特化した戦闘技能。
人を殺すという為だけに磨き上げられた技術の前には、小手先や付け焼刃の魔術など通用しない。
「聖伝書第二部「言行録」第六章より抜粋」
魔術、剣撃、射撃。
それらをいなしながら、彼女は小さく呟いた。
教典魔術。全能の神に仕える者にのみ許された、人が作り出した神秘の一つだ。
「我が身に御使いの加護あらん。────”我に触れるな”────」
瞬間、彼女の動きが加速する。
教典魔術における身体強化。ただでさえ凶悪な戦闘力の高さに拍車が掛かる。
まるで未来予知でもしているかのように俊敏に動き、多少の傷を負おうとも止まらない。
修道服の袖は所々破け、切り傷から血を流している。だが──彼女にそんな事は関係ない。
「────ッ!」
ハルバードを振るい、剣を振りかぶって襲い来る団員二人の腹部を薙ぎ払う。
一目で絶命を確認し、すぐさま次の標的を定めて大地を蹴る。
狙いを定めたのは、遠方で杖の先を向ける団員。
周囲からは武器を持った者が接近しているが、セシリアは優先的な排除対象と見做したのだ。
強化した肉体で跳躍しても、その者の喉を掻き切るには数歩を要する。であれば、取る手段はただ一つ────、
「邪魔すんな……ッ!!」
腕を引き絞り、ハルバードを投擲した。
槍斧は男の胸に命中し、そのまま後方に倒れ込む。
これで彼女の手元に武器は無い。だが、徒手空拳であってもその殺意が薄れる事はない。神への献身の為の四肢でさえ、異端を狩る為の凶器となる。
地を這う蛇のごとき低姿勢で、団員たちを迎え撃つ。
槍の一突きを身を翻して躱し、一気にその間合いを詰める。
直後、手刀を信者の左胸──心臓目掛けて叩き込む。
「……かはッ!?」
信者は血の塊を吐き出し、セシリアが手を引き抜くと同時に倒れた。
彼女の手刀は筋肉を貫通し、骨を砕き、その息の根を止めるに至った。頬にべったりと付いた返り血を手の甲で拭うと、彼女は男が落とした槍を拾い上げて、
「やっぱ、こっちの方が軽いですね」
と零しながら、残りの敵を見据えた。
己の傷には一切意識を向ける事なく、槍を後ろ手に構え、前傾姿勢を取る。
「来ないから、こっちから……」
相手は少女一人。何人もの人々の命を奪った信徒からすれば、今までと変わらない、悪魔に捧げる贄に過ぎない。
たかが修道女一人手に掛ける事など、彼らからすれば容易い。
だが、その程度と侮った事が彼らの致命的な失態だった。
彼女は異端を捻じ伏せる為に存在する、教会の刃の一人。そして──自分たちへの憎しみを募らせた、一匹の復讐鬼でもある。
ただの信者など、彼女は既に何人も屠っている。
「安らかに終われるなどとは思うなよ。外道共」
冷徹に、そして怒気を籠らせて言った。
その口調から敬語が消えている事からも、今の彼女の中では彼らへの殺意が上回っている。
威容に怖気づいたのか、団員たちは後ずさりしようとするが、既に遅い。
「──誰もお前たちを許しはしない。誰もお前たちの墓を建てる者はいない。異端に身を委ねた自身の行いを呪いながら、後悔しながら死んでいけ」
その言葉を手向けとして、彼女は槍を振るう。
死にゆく者への慈悲はなく、ただただ排除する為だけに全ての力を注ぐ。
※※※※
「────この辺りは今ので最後、ね」
言いながら、剣にこびり付いた血を振り払う。
アウラと別れたカレンは、シオンの北東で掃討にあたっていた。既に周囲には黒衣の死体が幾つか転がっており、一通り暴れた後だった。
軽い準備運動、といったところだろう。ただの団員と戦ったところで、彼女が疲れる筈も無い。
「……まぁ、あの使徒の二人は大丈夫だろうけど。はやくアウラと合流しないと」
カレンはやや不安げに言いながら屈み、屋根の上に飛び乗ろうとする。
アウラには街の南の方の掃討を任せていた。既に実力的には問題は無いが、それでも心配な部分はある。
脚部に魔力を集中させ、一気に飛び上がろうとした。
しかし直後、彼女はそれを止めた。何故なら──。
「……何コイツら、消えてる……?」
切り伏せた団員達の亡骸が、塵のように変化していく。
風に吹き飛ばされる砂のように、人だった者の存在が消えていく。その痕跡を消すかのように、飛び散った血の蒸発していく。
当然、彼女の身体に付着する返り血も煙を立てて気化している。
目の前で起きた異変に、彼女は額に汗を滲ませる。そして周囲に警戒心を向け、再び敵意を漲らせた。
(確かに肉を切った感覚はあったし、人工的に造られた人形って訳でもない。だったら……)
平静を崩さないまま、起きた異常を分析する。
聞こえが悪いが、彼女も人を手に掛けた経験は人よりある。故に、武器を振るい、その血肉を絶つ感覚に敏感だったのだ。
純粋な人か否か。それを判別する為のアンテナも、カレンは有している。
しかし、その感覚はこの場においては正しく機能していなかった。
「成る程、幻術ってワケね……」
数秒の黙考の後、合点が言ったように零した。
これは人ではなく、魔術によって造り出された幻影だったのだ。
彼女がその事に気付いた直後、
「────ッ!!」
カレンは振り向きざまに、剣を振り下ろし、背後から迫る物体を打ち払った。
地面に叩きつけられたのは、一本の短剣。恐らく投擲された物だが、その犯人の姿は何処にも無い。
「何処の誰かは知らないけど、その程度で私を殺せるなんて思わない方が良いわよ」
見えない敵に、冷たく言い放つ。
降りかかる火の粉を払うだけではない。一度敵と認識したからには、持ちうる全てを用いてその息の根を止める。それが、臨戦態勢に入った彼女のスタンスだ。
それは、忠告。
舐めるな、という訳ではない。────「確実に仕留める」という意思表明だ。
静寂を破るかのように、何もない空間から人間のシルエットが浮かび上がった。
そして、ぱちぱちと拍手が響き渡る。
「良く気付いたじゃねぇか、女。褒めてやるよ」
心の籠っていない誉め言葉と共に姿を現したのは、バチカル派の黒衣を纏う男だった。他の信徒とは違い、その男はフードを被っていない。
癖っ毛気味の黒緑の髪色に、えんじ色の瞳。
彼はカレンを見下すように、不敵に笑っていた。
「……他の区画の信者も、アンタの幻術?」
「んな訳ねぇだろうが。俺が幻術で作った信者は全部、テメェが潰してくれたんだからよ」
「そう、なら安心した。じゃあ──あとはアンタだけって事か」
「口だけは随分達者だな? 気付いてないのかよ、自分が置かれている状況に」
余裕の笑みを浮かべながら、指を鳴らす。
瞬間、カレンを取り囲むように、何本もの剣が具現化する。その切っ先は全て彼女に向いており、彼女を串刺しにせんと射出された。
「────ッ!!」
即座に反応し、大きく飛び退いてやり過ごす。
身を低くし、眼前の男の攻撃に備える。
だが、それで終わりではない。──地に突き刺さらなかった数本の剣が、追尾するように彼女の方へと進路を変えた。
「……しつこいッ!!」
言いながら、襲い来る剣を己の剣で薙ぎ払う。
そのまま構えながら、大きく息を吐き、集中力を上げる。
「おいおい、折角この俺がきっちり殺してやろうってのに。抵抗すんじゃねぇよ」
「残念だけど、私にはまだやらなきゃならない事が山ほどあるの。だから、大人しく信者どもを率いて帰るか、再起不能になってくれると助かるんだけど」
「寝言は寝て言えよ小娘。……それに、別にいつ死んでも変わらねぇだろ? 人間生きてりゃいつか死ぬんだし、それが早くなるだけだ。────だったらせめて、贄として役に立てよ、異教のクズが」
最後の一言には、心の底からの侮蔑が込められていた。
極めて異端派らしい言葉。教団の教えに共感する者以外を、自分たちが信奉する悪魔へ捧げる供物としか見ていない。
クズと吐き捨てられたカレンは怒るでもなく、寧ろ僅かに笑みを浮かべながら
「……確かに私は異教のクズ。でも、身勝手な教えに従って無辜の民を平然と殺すような人間を、世間一般じゃクズって言うのよ?」
「中々言うじゃねぇか。……決めた、テメェは原型すら残さずに、この俺────バチカル派司教代理、ラザロ・ノーレンが殺してやる」
彼が手を翳すと同時に、彼女も「強化」の魔術を行使した。
それが開戦の合図。
ぶつかり合うのは殺意と殺意。互いに本気で命を奪い合い、捻じ伏せる。
異端の信者と羅刹の少女の戦いが、夜の街で幕を開けた。
聖職者としての高潔な精神とは程遠い、ただ異端を「狩る」事にだけ特化した戦闘技能。
人を殺すという為だけに磨き上げられた技術の前には、小手先や付け焼刃の魔術など通用しない。
「聖伝書第二部「言行録」第六章より抜粋」
魔術、剣撃、射撃。
それらをいなしながら、彼女は小さく呟いた。
教典魔術。全能の神に仕える者にのみ許された、人が作り出した神秘の一つだ。
「我が身に御使いの加護あらん。────”我に触れるな”────」
瞬間、彼女の動きが加速する。
教典魔術における身体強化。ただでさえ凶悪な戦闘力の高さに拍車が掛かる。
まるで未来予知でもしているかのように俊敏に動き、多少の傷を負おうとも止まらない。
修道服の袖は所々破け、切り傷から血を流している。だが──彼女にそんな事は関係ない。
「────ッ!」
ハルバードを振るい、剣を振りかぶって襲い来る団員二人の腹部を薙ぎ払う。
一目で絶命を確認し、すぐさま次の標的を定めて大地を蹴る。
狙いを定めたのは、遠方で杖の先を向ける団員。
周囲からは武器を持った者が接近しているが、セシリアは優先的な排除対象と見做したのだ。
強化した肉体で跳躍しても、その者の喉を掻き切るには数歩を要する。であれば、取る手段はただ一つ────、
「邪魔すんな……ッ!!」
腕を引き絞り、ハルバードを投擲した。
槍斧は男の胸に命中し、そのまま後方に倒れ込む。
これで彼女の手元に武器は無い。だが、徒手空拳であってもその殺意が薄れる事はない。神への献身の為の四肢でさえ、異端を狩る為の凶器となる。
地を這う蛇のごとき低姿勢で、団員たちを迎え撃つ。
槍の一突きを身を翻して躱し、一気にその間合いを詰める。
直後、手刀を信者の左胸──心臓目掛けて叩き込む。
「……かはッ!?」
信者は血の塊を吐き出し、セシリアが手を引き抜くと同時に倒れた。
彼女の手刀は筋肉を貫通し、骨を砕き、その息の根を止めるに至った。頬にべったりと付いた返り血を手の甲で拭うと、彼女は男が落とした槍を拾い上げて、
「やっぱ、こっちの方が軽いですね」
と零しながら、残りの敵を見据えた。
己の傷には一切意識を向ける事なく、槍を後ろ手に構え、前傾姿勢を取る。
「来ないから、こっちから……」
相手は少女一人。何人もの人々の命を奪った信徒からすれば、今までと変わらない、悪魔に捧げる贄に過ぎない。
たかが修道女一人手に掛ける事など、彼らからすれば容易い。
だが、その程度と侮った事が彼らの致命的な失態だった。
彼女は異端を捻じ伏せる為に存在する、教会の刃の一人。そして──自分たちへの憎しみを募らせた、一匹の復讐鬼でもある。
ただの信者など、彼女は既に何人も屠っている。
「安らかに終われるなどとは思うなよ。外道共」
冷徹に、そして怒気を籠らせて言った。
その口調から敬語が消えている事からも、今の彼女の中では彼らへの殺意が上回っている。
威容に怖気づいたのか、団員たちは後ずさりしようとするが、既に遅い。
「──誰もお前たちを許しはしない。誰もお前たちの墓を建てる者はいない。異端に身を委ねた自身の行いを呪いながら、後悔しながら死んでいけ」
その言葉を手向けとして、彼女は槍を振るう。
死にゆく者への慈悲はなく、ただただ排除する為だけに全ての力を注ぐ。
※※※※
「────この辺りは今ので最後、ね」
言いながら、剣にこびり付いた血を振り払う。
アウラと別れたカレンは、シオンの北東で掃討にあたっていた。既に周囲には黒衣の死体が幾つか転がっており、一通り暴れた後だった。
軽い準備運動、といったところだろう。ただの団員と戦ったところで、彼女が疲れる筈も無い。
「……まぁ、あの使徒の二人は大丈夫だろうけど。はやくアウラと合流しないと」
カレンはやや不安げに言いながら屈み、屋根の上に飛び乗ろうとする。
アウラには街の南の方の掃討を任せていた。既に実力的には問題は無いが、それでも心配な部分はある。
脚部に魔力を集中させ、一気に飛び上がろうとした。
しかし直後、彼女はそれを止めた。何故なら──。
「……何コイツら、消えてる……?」
切り伏せた団員達の亡骸が、塵のように変化していく。
風に吹き飛ばされる砂のように、人だった者の存在が消えていく。その痕跡を消すかのように、飛び散った血の蒸発していく。
当然、彼女の身体に付着する返り血も煙を立てて気化している。
目の前で起きた異変に、彼女は額に汗を滲ませる。そして周囲に警戒心を向け、再び敵意を漲らせた。
(確かに肉を切った感覚はあったし、人工的に造られた人形って訳でもない。だったら……)
平静を崩さないまま、起きた異常を分析する。
聞こえが悪いが、彼女も人を手に掛けた経験は人よりある。故に、武器を振るい、その血肉を絶つ感覚に敏感だったのだ。
純粋な人か否か。それを判別する為のアンテナも、カレンは有している。
しかし、その感覚はこの場においては正しく機能していなかった。
「成る程、幻術ってワケね……」
数秒の黙考の後、合点が言ったように零した。
これは人ではなく、魔術によって造り出された幻影だったのだ。
彼女がその事に気付いた直後、
「────ッ!!」
カレンは振り向きざまに、剣を振り下ろし、背後から迫る物体を打ち払った。
地面に叩きつけられたのは、一本の短剣。恐らく投擲された物だが、その犯人の姿は何処にも無い。
「何処の誰かは知らないけど、その程度で私を殺せるなんて思わない方が良いわよ」
見えない敵に、冷たく言い放つ。
降りかかる火の粉を払うだけではない。一度敵と認識したからには、持ちうる全てを用いてその息の根を止める。それが、臨戦態勢に入った彼女のスタンスだ。
それは、忠告。
舐めるな、という訳ではない。────「確実に仕留める」という意思表明だ。
静寂を破るかのように、何もない空間から人間のシルエットが浮かび上がった。
そして、ぱちぱちと拍手が響き渡る。
「良く気付いたじゃねぇか、女。褒めてやるよ」
心の籠っていない誉め言葉と共に姿を現したのは、バチカル派の黒衣を纏う男だった。他の信徒とは違い、その男はフードを被っていない。
癖っ毛気味の黒緑の髪色に、えんじ色の瞳。
彼はカレンを見下すように、不敵に笑っていた。
「……他の区画の信者も、アンタの幻術?」
「んな訳ねぇだろうが。俺が幻術で作った信者は全部、テメェが潰してくれたんだからよ」
「そう、なら安心した。じゃあ──あとはアンタだけって事か」
「口だけは随分達者だな? 気付いてないのかよ、自分が置かれている状況に」
余裕の笑みを浮かべながら、指を鳴らす。
瞬間、カレンを取り囲むように、何本もの剣が具現化する。その切っ先は全て彼女に向いており、彼女を串刺しにせんと射出された。
「────ッ!!」
即座に反応し、大きく飛び退いてやり過ごす。
身を低くし、眼前の男の攻撃に備える。
だが、それで終わりではない。──地に突き刺さらなかった数本の剣が、追尾するように彼女の方へと進路を変えた。
「……しつこいッ!!」
言いながら、襲い来る剣を己の剣で薙ぎ払う。
そのまま構えながら、大きく息を吐き、集中力を上げる。
「おいおい、折角この俺がきっちり殺してやろうってのに。抵抗すんじゃねぇよ」
「残念だけど、私にはまだやらなきゃならない事が山ほどあるの。だから、大人しく信者どもを率いて帰るか、再起不能になってくれると助かるんだけど」
「寝言は寝て言えよ小娘。……それに、別にいつ死んでも変わらねぇだろ? 人間生きてりゃいつか死ぬんだし、それが早くなるだけだ。────だったらせめて、贄として役に立てよ、異教のクズが」
最後の一言には、心の底からの侮蔑が込められていた。
極めて異端派らしい言葉。教団の教えに共感する者以外を、自分たちが信奉する悪魔へ捧げる供物としか見ていない。
クズと吐き捨てられたカレンは怒るでもなく、寧ろ僅かに笑みを浮かべながら
「……確かに私は異教のクズ。でも、身勝手な教えに従って無辜の民を平然と殺すような人間を、世間一般じゃクズって言うのよ?」
「中々言うじゃねぇか。……決めた、テメェは原型すら残さずに、この俺────バチカル派司教代理、ラザロ・ノーレンが殺してやる」
彼が手を翳すと同時に、彼女も「強化」の魔術を行使した。
それが開戦の合図。
ぶつかり合うのは殺意と殺意。互いに本気で命を奪い合い、捻じ伏せる。
異端の信者と羅刹の少女の戦いが、夜の街で幕を開けた。