残酷な描写あり
R-15
47話『数日遅れの出発』
「──何もやることが無いと、逆にしんどいもんだな……」
大聖堂の一階。人々が集う礼拝堂へと降りる階段を下りながら、アウラはそんなことを呟いた。
絶対安静と言われて部屋と厠を往復し、運ばれてくる食事を口にするばかりの二日間を経て、ようやくシオンから王都へと出発する日になった。
彼としては街の復興に協力したがったが、身体へのダメージを鑑みて他の四人に任せることになった。
魔力の流れが一定でなく、反動で身体の節々が痛み、更には頭痛が定期的に起きるという始末。カレン達の判断に従い、大人しくしておく他無かった。
(こっそり抜け出してバレでもしたら、カレンやクロノに大目玉食らう所だったろうしな)
無理してでもヴォグと戦おうとした際のクロノの語気の強さ、そして真剣な表情を思い出す。
普段温厚な彼女からは想像できないほどに怒り、場合によっては無理やりにでもアウラを止めていただろう。
仲間たちにこれ以上心配を掛けるのも彼は望んではいない。
階段を降り切り、厳かな空気が満ちる礼拝堂に入って玄関口の方へ。
ドアを抜け、快晴の空の下、キョロキョロと周囲を見渡して自分を待つカレン達を探す。
「さてと、皆は何処に……カレンのヤツ、昨日宿に戻る前に集合場所言わずに帰っちまったからな……」
ボヤきながら、一先ず街を歩く。
未だ、街には先日の爪痕が深く残っている。倒壊はしておらずとも、建物の幾つかには戦闘によって付けられたであろう傷が刻み込まれている。
一先ずは普段の日常が取り戻されたように見えるが、怪我人も先ほど見た時よりも多い。
(────っ)
その表情が、やや曇った。
助けられただけ十分だと、アウラは心の中で自分に言い聞かせる。
しかし、考えてしまう。
────もう少し、早く対処出来ていれば。
と。
アウラ達は、彼らに襲撃を受けて初めて動き出した。先手を取られたことには変わらなかった。
襲撃を仕掛けた時間帯、王国の近衛騎士の不在。様々な要因こそあれど、先に気付けていれば更に犠牲者を防ぐ事も出来た筈だった。
「仕方ない……ってのは分かってるつもりなんだけど、釈然としないなぁ」
歯痒そうに頭を掻く。
彼らは十分に戦い抜いた。生き残った市民からすれば、英雄と呼ばれても可笑しくない程に。だが、それはあくまでも結果論に過ぎない。
「……もう少し──」
「──力があれば。とか思ってるんでしょ?」
アウラの言葉を先読みするように、前方から声を掛けられた。
そこにいたのは、腰に手を当て、呆れたような表情を浮かべていたカレンである。
「カレン……」
「相変わらず暗い顔してるわね。またブルーになってるの?」
「別にブルーって程でもないよ。たらればの話をしてもしょうがないってのは分かってるし」
「そう、なら良かった。この期に及んでまだ「俺はたまたま~」なんて言おうものなら、いい加減にお灸を据えてる所だったわ」
「流石にそんなに後ろ向きじゃないぞ? 俺は。……いや、でも気付けに一発入れて貰った方が──」
「了解。じゃあ歯を食いしばりなさい──ッ!!」
ボソっと呟いたのを見逃さず、すぐ数秒前まで肩をすくめていたカレンが目の前まで迫っていた。
一歩強く踏み込み、握りしめた拳を振り被っていたのだ。
「待て待て待て!! やるにしても白昼堂々やるヤツが何処にいるよ!?」
「え? どうせなら手っ取り早く済ませてやろうかと思ったんだけど。……あ、もしかしてじっくり痛めつけられる方が好きだった? うわ……人の趣味趣向にどうこう言う訳じゃないけど、アンタ、変わってるのね……」
「人を勝手に被虐趣味の変態みたいに言わないでくれません!? つーかほら、他の人達も俺達の事見てるだろうが!?」
何事だと言わんばかりに、道行く人の視線が二人に集まっていた。
謂われのない性癖を押し付けられ、更にはそれが周囲の人に知られてしまうという状況。
若干引き気味のカレンがそれを助長させる。
神聖な一神教の街でなんという話をしているのだ、と。
「どうにも遅いと思って来てみれば、二人ともこんな街中でなんて話してるんですか……」
「クロノ……! いや違うんだよ! 本当にそういう趣味がある訳じゃ」
「分かってますって、というか、なんでそんなに怯えてるんですか……もうロギアさん達が待ってるので、行きますよ」
クロノは両手を肩に置き、必死に弁明しようとするアウラを宥める。
カレンとの付き合いはアウラより長く、彼女の悪ノリも十分に理解しているのだ。
「……これだけ元気なら、もう心配は無さそうですね」
歩き出したアウラを見て、クロノは誰にも聞こえない様に、静かに呟いた。
彼ら二人のやり取りは、彼女が普段から見ていた物。クロノ本人からすれば、普段の日常の一コマであり、安心感を覚えさせる物だった。
彼らは高く聳えるシオンの城門へと戻り、停車していた一頭立ての地竜車の前で足を止めた。
一行がシオンに来る際に乗っていた物とそう変わらないが、御者台には専属の御者ではなく、ロギア自らが座っていた。
三人が乗り込むと、アウラが前の方に出て、
「御者、雇わなくて大丈夫なのか? ロギアさんも色々と疲れてるんじゃ」
「王都までの道なら、どうせなら俺達が直々に案内した方が良いかと思ってな。先日の襲撃で御者のオッサンが負傷してしまったらしいから、俺が代役を務めるさ」
「良いの? 使徒の仕事に加えてわざわざ案内なんて任せちゃって」
「別に構いませんよ。私達に与えられた任務は、客人である貴方がたを王都まで送り届けることですから。──さぁロギアさん!! 教会の為に馬車馬の如く働いて下さい!」
「言っとくけど、お前も途中で交代だからな?」
冷静にツッコみ返した所で、ロギアが車両を発進させる。
数日遅れだが、一行は激戦を繰り広げたシオンを出発して王都へと車輪を進ませるのだった。
※※※※
シオンを出てから数時間。
まだ昼を過ぎたというところで、各々車内で思い思いに過ごしていた。
カレンは壁に凭れ、クロノもその横で彼女の肩を枕替わりに寝息を立てており、セシリアは聖伝書を読み耽っていた。
車内は至って静かで、回る車輪の音が響き渡るだけだ。
「二人ともよく眠ってるなぁ……」
「このお二方は朝から晩まで街の復興をしていましたから、疲れが溜まっていたんでしょう。少ない時間でも休んでおいた方が良いです。アウラさんは宜しいので?」
「俺はもう十分寝たよ。というか、寝てないのはセシリアさんも同じじゃないのか? ずっと怪我人の手当てに付きっきりだったんだろ?」
「使徒は休みなく働く事も多いですから、数時間程度の睡眠でも十分ですよ。……いや、一介の信徒の方々が頑張っているというのに、教会の人間である私達が惰眠を貪っている訳にもいきませんから」
僅かに表情を綻ばせて言うセシリア。
あの夜、セシリアはバチカル派の団員をある程度掃討した後は大聖堂の地下で負傷者の治療に専念していたのだ。
それは夜が明けても変わらず、使徒としての事後処理にも追われていた。
普段通りに振舞ってこそいるが、疲弊している事には変わりない。
「……と言いたいところですが、ここ数日は久々にしんどかったです。それではお言葉に甘えて、少しだけ眠らせて頂きます……話し相手ならロギアさんがするので、彼に付き合ってあげて下さい」
そう言うと、セシリアは頭巾を外して膝に置き、眼を瞑った。
まだ何処かあどけなさの残る顔立ちだが、その佇まいはさながら絵画に描かれた聖女を想起させる。
「あれだけ必死に戦った上、殆ど休みなく働いてたら流石に皆疲れてるか。ロギアさん、王都までには後どれぐらいで着きます?」
「ん? あぁ、このまま北西に進んで大体二日かからないぐらいだろ。一応近くに小さな町があったから、そこに辿り着ければそこで一泊出来る。着かなかったら……野宿だな」
手綱を握ったまま、記憶を頼りにロギアが答える。
比較的整備された道と長閑な移動が続いており、特にこれといったハプニングもない。
すると、ロギアはふと思い出したように言う。
「あぁ、言い忘れてたけど、別に敬語使わなくて良いぞ」
「いや、でも多分この中で一番年上だし……」
「一度とはいえ一緒に戦ったんだから、堅苦しいのは無しってことで。……それに、年もお前らとあんまり変わらないだろ? アンタたちとは長い付き合いになりそうだしな」
「ん~……まぁ、本人が良いって言ってるならいっか。──じゃあ、改めて宜しく頼むよ。ロギア」
「あぁ、こちらこそ」
二人は互いに笑いながら、言葉を交わす。
ロギアの認識の変化か。実際に出会うまではただの護衛対象に過ぎなかったが、共闘を経て尊敬に値する対等な人物だと理解したのだろう。
一介の信者だけであれば、使徒だけでも対応できる可能性はあった。
しかし、アウラは単身で司教を足止めし、更には追い詰めるにまで至った。
信徒たちを守護する事を使命とするロギアらからすれば、街を異端の手から護り抜いた恩人。
(────認められた、って事なのか)
ふと、アウラは心の中で思った。
少なくとも己より経験も実力も上なロギアと、対等な関係であることを望まれたのだ。
何処か充足感を覚えながら、アウラは王都に至る景色を眺めていた。
大聖堂の一階。人々が集う礼拝堂へと降りる階段を下りながら、アウラはそんなことを呟いた。
絶対安静と言われて部屋と厠を往復し、運ばれてくる食事を口にするばかりの二日間を経て、ようやくシオンから王都へと出発する日になった。
彼としては街の復興に協力したがったが、身体へのダメージを鑑みて他の四人に任せることになった。
魔力の流れが一定でなく、反動で身体の節々が痛み、更には頭痛が定期的に起きるという始末。カレン達の判断に従い、大人しくしておく他無かった。
(こっそり抜け出してバレでもしたら、カレンやクロノに大目玉食らう所だったろうしな)
無理してでもヴォグと戦おうとした際のクロノの語気の強さ、そして真剣な表情を思い出す。
普段温厚な彼女からは想像できないほどに怒り、場合によっては無理やりにでもアウラを止めていただろう。
仲間たちにこれ以上心配を掛けるのも彼は望んではいない。
階段を降り切り、厳かな空気が満ちる礼拝堂に入って玄関口の方へ。
ドアを抜け、快晴の空の下、キョロキョロと周囲を見渡して自分を待つカレン達を探す。
「さてと、皆は何処に……カレンのヤツ、昨日宿に戻る前に集合場所言わずに帰っちまったからな……」
ボヤきながら、一先ず街を歩く。
未だ、街には先日の爪痕が深く残っている。倒壊はしておらずとも、建物の幾つかには戦闘によって付けられたであろう傷が刻み込まれている。
一先ずは普段の日常が取り戻されたように見えるが、怪我人も先ほど見た時よりも多い。
(────っ)
その表情が、やや曇った。
助けられただけ十分だと、アウラは心の中で自分に言い聞かせる。
しかし、考えてしまう。
────もう少し、早く対処出来ていれば。
と。
アウラ達は、彼らに襲撃を受けて初めて動き出した。先手を取られたことには変わらなかった。
襲撃を仕掛けた時間帯、王国の近衛騎士の不在。様々な要因こそあれど、先に気付けていれば更に犠牲者を防ぐ事も出来た筈だった。
「仕方ない……ってのは分かってるつもりなんだけど、釈然としないなぁ」
歯痒そうに頭を掻く。
彼らは十分に戦い抜いた。生き残った市民からすれば、英雄と呼ばれても可笑しくない程に。だが、それはあくまでも結果論に過ぎない。
「……もう少し──」
「──力があれば。とか思ってるんでしょ?」
アウラの言葉を先読みするように、前方から声を掛けられた。
そこにいたのは、腰に手を当て、呆れたような表情を浮かべていたカレンである。
「カレン……」
「相変わらず暗い顔してるわね。またブルーになってるの?」
「別にブルーって程でもないよ。たらればの話をしてもしょうがないってのは分かってるし」
「そう、なら良かった。この期に及んでまだ「俺はたまたま~」なんて言おうものなら、いい加減にお灸を据えてる所だったわ」
「流石にそんなに後ろ向きじゃないぞ? 俺は。……いや、でも気付けに一発入れて貰った方が──」
「了解。じゃあ歯を食いしばりなさい──ッ!!」
ボソっと呟いたのを見逃さず、すぐ数秒前まで肩をすくめていたカレンが目の前まで迫っていた。
一歩強く踏み込み、握りしめた拳を振り被っていたのだ。
「待て待て待て!! やるにしても白昼堂々やるヤツが何処にいるよ!?」
「え? どうせなら手っ取り早く済ませてやろうかと思ったんだけど。……あ、もしかしてじっくり痛めつけられる方が好きだった? うわ……人の趣味趣向にどうこう言う訳じゃないけど、アンタ、変わってるのね……」
「人を勝手に被虐趣味の変態みたいに言わないでくれません!? つーかほら、他の人達も俺達の事見てるだろうが!?」
何事だと言わんばかりに、道行く人の視線が二人に集まっていた。
謂われのない性癖を押し付けられ、更にはそれが周囲の人に知られてしまうという状況。
若干引き気味のカレンがそれを助長させる。
神聖な一神教の街でなんという話をしているのだ、と。
「どうにも遅いと思って来てみれば、二人ともこんな街中でなんて話してるんですか……」
「クロノ……! いや違うんだよ! 本当にそういう趣味がある訳じゃ」
「分かってますって、というか、なんでそんなに怯えてるんですか……もうロギアさん達が待ってるので、行きますよ」
クロノは両手を肩に置き、必死に弁明しようとするアウラを宥める。
カレンとの付き合いはアウラより長く、彼女の悪ノリも十分に理解しているのだ。
「……これだけ元気なら、もう心配は無さそうですね」
歩き出したアウラを見て、クロノは誰にも聞こえない様に、静かに呟いた。
彼ら二人のやり取りは、彼女が普段から見ていた物。クロノ本人からすれば、普段の日常の一コマであり、安心感を覚えさせる物だった。
彼らは高く聳えるシオンの城門へと戻り、停車していた一頭立ての地竜車の前で足を止めた。
一行がシオンに来る際に乗っていた物とそう変わらないが、御者台には専属の御者ではなく、ロギア自らが座っていた。
三人が乗り込むと、アウラが前の方に出て、
「御者、雇わなくて大丈夫なのか? ロギアさんも色々と疲れてるんじゃ」
「王都までの道なら、どうせなら俺達が直々に案内した方が良いかと思ってな。先日の襲撃で御者のオッサンが負傷してしまったらしいから、俺が代役を務めるさ」
「良いの? 使徒の仕事に加えてわざわざ案内なんて任せちゃって」
「別に構いませんよ。私達に与えられた任務は、客人である貴方がたを王都まで送り届けることですから。──さぁロギアさん!! 教会の為に馬車馬の如く働いて下さい!」
「言っとくけど、お前も途中で交代だからな?」
冷静にツッコみ返した所で、ロギアが車両を発進させる。
数日遅れだが、一行は激戦を繰り広げたシオンを出発して王都へと車輪を進ませるのだった。
※※※※
シオンを出てから数時間。
まだ昼を過ぎたというところで、各々車内で思い思いに過ごしていた。
カレンは壁に凭れ、クロノもその横で彼女の肩を枕替わりに寝息を立てており、セシリアは聖伝書を読み耽っていた。
車内は至って静かで、回る車輪の音が響き渡るだけだ。
「二人ともよく眠ってるなぁ……」
「このお二方は朝から晩まで街の復興をしていましたから、疲れが溜まっていたんでしょう。少ない時間でも休んでおいた方が良いです。アウラさんは宜しいので?」
「俺はもう十分寝たよ。というか、寝てないのはセシリアさんも同じじゃないのか? ずっと怪我人の手当てに付きっきりだったんだろ?」
「使徒は休みなく働く事も多いですから、数時間程度の睡眠でも十分ですよ。……いや、一介の信徒の方々が頑張っているというのに、教会の人間である私達が惰眠を貪っている訳にもいきませんから」
僅かに表情を綻ばせて言うセシリア。
あの夜、セシリアはバチカル派の団員をある程度掃討した後は大聖堂の地下で負傷者の治療に専念していたのだ。
それは夜が明けても変わらず、使徒としての事後処理にも追われていた。
普段通りに振舞ってこそいるが、疲弊している事には変わりない。
「……と言いたいところですが、ここ数日は久々にしんどかったです。それではお言葉に甘えて、少しだけ眠らせて頂きます……話し相手ならロギアさんがするので、彼に付き合ってあげて下さい」
そう言うと、セシリアは頭巾を外して膝に置き、眼を瞑った。
まだ何処かあどけなさの残る顔立ちだが、その佇まいはさながら絵画に描かれた聖女を想起させる。
「あれだけ必死に戦った上、殆ど休みなく働いてたら流石に皆疲れてるか。ロギアさん、王都までには後どれぐらいで着きます?」
「ん? あぁ、このまま北西に進んで大体二日かからないぐらいだろ。一応近くに小さな町があったから、そこに辿り着ければそこで一泊出来る。着かなかったら……野宿だな」
手綱を握ったまま、記憶を頼りにロギアが答える。
比較的整備された道と長閑な移動が続いており、特にこれといったハプニングもない。
すると、ロギアはふと思い出したように言う。
「あぁ、言い忘れてたけど、別に敬語使わなくて良いぞ」
「いや、でも多分この中で一番年上だし……」
「一度とはいえ一緒に戦ったんだから、堅苦しいのは無しってことで。……それに、年もお前らとあんまり変わらないだろ? アンタたちとは長い付き合いになりそうだしな」
「ん~……まぁ、本人が良いって言ってるならいっか。──じゃあ、改めて宜しく頼むよ。ロギア」
「あぁ、こちらこそ」
二人は互いに笑いながら、言葉を交わす。
ロギアの認識の変化か。実際に出会うまではただの護衛対象に過ぎなかったが、共闘を経て尊敬に値する対等な人物だと理解したのだろう。
一介の信者だけであれば、使徒だけでも対応できる可能性はあった。
しかし、アウラは単身で司教を足止めし、更には追い詰めるにまで至った。
信徒たちを守護する事を使命とするロギアらからすれば、街を異端の手から護り抜いた恩人。
(────認められた、って事なのか)
ふと、アウラは心の中で思った。
少なくとも己より経験も実力も上なロギアと、対等な関係であることを望まれたのだ。
何処か充足感を覚えながら、アウラは王都に至る景色を眺めていた。