残酷な描写あり
R-15
49話『教皇との邂逅』
「────着いたな」
アウラ達を案内していたロギアが、その足を止めた。
その後ろに立つクロノは、眼前の景色に呆然とした様子で
「……やっぱり、大きいですね」
「そりゃそうでしょ。教皇の住んでる場所だし、そう簡単に侵入できるようじゃ世話ないわ」
驚くクロノの横で、カレンが肯定した。
彼らの前に現れたのは、見るも巨大な門。上部にはソテル教のシンボルである竜が巻き付いた十字架の装飾があしらわれており、その前には白を基調とした服を纏う、門番が立っているのが見て取れた。
その奥には、純白の建造物──教皇が住まう宮殿が聳えている。
カレンは腰に剣を刺した門番の姿を見据え、
「あの服……確か、エクレシアの騎士の装束だったかしら」
使徒の制服である紺色の法衣と同じく、左胸に教会の紋章が描かれていた。
丁度使徒の法衣の色を反転させたような物で、騎士の服の方がややコートのように丈が長くなっている。
表舞台に立って国を護る戦士と、裏から教会と信徒の平和を守る為に暗躍する使徒。立場は違えど、その役割自体は近しいものだ。
近づいてくる一行に気付いたのか、門番の騎士はやや前に出た。
「教会の使徒。お前達、連絡にあったロギアとセシリアだな」
「えぇ。この三人は────」
「話は聞いている、教皇と謁見する為に来た西方からの使者だろう。中に案内役の者がいるから、入ってくれ」
「案内役? 俺達だけで十分だろうってのに、わざわざ用意したのか?」
「本人の意向だよ。たまたま教皇の身辺警護で駆り出されてたらしいが、シオンで大暴れしたお前たちにも一言言っておきたいんだとさ」
「俺達に……一体誰だ……?」
「お前も知っているヤツだよ。まぁ、とりあえず中に入れば分かる」
イマイチ話を呑み込めていないロギアを余所に、門番の騎士は門を開けて進むように促した。
宮殿まで続く一本道を、一行は進んでいく。道脇には木々が植えられ、如何にも貴族や王族の類の人間の世界だ。
館の前に辿り着き、その玄関を開けると──美しい柱が何本も並び、眩しいシャンデリアが吊られ、天井には高名な画家が描いたと思しき絵画が刻まれていた。
太陽のように光り輝く球体に竜が巻き付き、その周囲を戦車を狩る天使や雲が囲う、幻想的な絵画。
大聖堂を遥かに凌駕する、洗練された内装。
一ミリの妥協も無い、最早芸術作品と言っても差し支えない程の建造物。
「……誰か、いる」
その威容に圧倒されていたアウラだったが、彼の視線は広間の奥へと向けられていた。
迷宮を想起させる紋様の刻まれた床の上に立つ、一人の騎士だった。門番が来ていた物と同じ服を纏い、濃い茶髪を携えた青年はゆっくりと一行の前へと歩み始める。
かつかつ、と、靴が床に触れる度、高い音が広間に木霊した。
そして、青年は一呼吸置き、
「──待っていたよ。ロギアもエリュシオンの使者も、全員無事みたいだね」
と、太陽のような双眸で一行を見据えて告げた。
その一歩一歩は力強く、一挙手一投足が洗練されている。その爽やかな風貌や出で立ちも相俟って「騎士」という言葉が誰よりも相応しく感じさせた。
一行のところまでやってくると、彼は流れるようにお辞儀をしながら、
「異国の客人の案内を教皇より仰せ仕った────エクレシア王国近衛騎士団団長、ゼデク・デュオニシウスだ」
と、名乗りを挙げた。
彼らを先導するのは、あろうことか王国を守護する騎士を率いる男──即ち、その頂点に立つ男だった。
※※※※
「ゼデク・デュオニシウス──「聖人」の二つ名を取る、エクレシア王国最強の騎士……だったかしら」
「あはは。最強って言い方が引っかかるけど、よくご存じで」
腰に手を当てて言うカレンに対し、ゼデクの方は苦笑いで返す。
騎士を率いる男といっても厳格な人物という訳ではなく、意外にラフで接しやすい人物という印象を抱かせた。
とは言っても、その実力はアウラ一行を軽く凌駕する事には変わりない。
「冗談はよせよ、ゼデク。上位の司教とすら渡り合えるお前が、この国で負ける相手はまずいないだろうが。……それに、アルカナの第二位の座に就いている癖に、謙遜はかえって良くないぞ」
「アルカナの、第二位……!?」
ロギアの言葉に反応したのは、後ろを歩いていたクロノだった。
衝撃を受けていたのはカレンも同じようで、表情こそ変わらないものの、僅かに汗を滲ませている。
「……ごめん、そのアルカナってのは?」
「アルカナはギルドや国家間で選抜された、バチカル派の司教や高位の魔獣に対抗できる十数名の人材よ。──冒険者なら、私らのギルドのラグナ。アウラが前に会った最高位の剣士、エイルもその一人よ」
「つまり、規格外のバケモノを相手取れる人達って訳か。ラグナさんにエイルさん……確かに二人とも最高位の神位だし、そりゃ選抜されてない方がおかしいわな」
知らないワードに困惑するアウラの傍らで、カレンが言った。
彼女が語ったメンバーに関しては、彼は納得する他ない。
冒険者の頂点に立つ「神位」の魔術師と剣士。その実力であれば、バチカル派の司教序列上位の相手であろうと討伐できる可能性は高い。
「その第二位ともなれば、司教と渡り合うのは勿論、単騎で国を攻め落とす事だって出来るでしょうね」
「騎士団長だから強いのは当然だろうけど、一人で一国をって……それ、本当?」
「いやいや、流石にそれは盛り過ぎだよ。軍隊一つ相手取れるぐらいさ」
「謙遜が謙遜になってないし、それでも十分に規格外だろ。というか、ロギアと知り合いだったんですね」
話を聞いただけだが、アウラは眼前に立つ男の出鱈目さに、驚きを通り越して呆れ果てていた。
一応、アウラもテウルギアさえ行使すれば司教相手にも立ち回れる魔術師ではある。
魔剣使いのカレン、限定された状況に限り神言魔術を行使出来るクロノ。使徒であるロギアとセシリアも十分に卓越しているが、このゼデクという男はこの中の全員を凌駕するだろう。
宮殿を進む中で談笑している一行だったが、ロギアは特に気安く話している様子だったのだ。
「ゼデクは教皇直属の騎士として、何かとソテル教の祭事で顔を合わせる事が多かったからな」
「何度か手合わせしたりする仲ではあるよ。……そういえば、シオンでは大変だったそうだね。どうにも、司教が二人ほどいたって話だけど」
「第一位と第八位だな。死者、死傷者は合計でも数十名ってところだった。まぁ、これでも最大限抑えられた方だろ」
二階へと移り、長い廊下を歩きながら、ロギアが語る。
アウラ一行だけではない。滞在していた使徒たちの尽力もあったが、一人の犠牲者も出さないというのは無理な話だった。
そのことは、全員が身に染みて理解している。
「使徒からの連絡によれば、司教の一人を追い詰めたのは君だったかな。エリュシオンの魔術師殿」
「……はい。司教を足止めしていたのは、俺です」
少し間を置いて、アウラが緊張しながらも答えた。
単身で司教序列第一位──ヴォグを追い詰めたという意味では、シオンの防衛においては最も重要な役割を果たしていると言える。
ゼデクは足を止めて振り向くと、
「その身を以てシオンの都を守り通してくれた事に、まずは感謝を。それから、本来私達が対処すべき問題に巻き込んでしまい、本当に申し訳無い」
そう言って、躊躇う事なく頭を下げた。
一国の騎士を統べるゼデクは、今回の一件を己の失態だと判断していた。
ただ上辺だけでない、心よりの謝罪だった。
「え……?」
「騎士が入れ替わるタイミングを狙われたとはいえ、騎士の不在が今回のような事態を招いてしまったのは純然たる事実。この借りを、どうにかして返したいんだが……」
エクレシアを守護する者を代表して、ゼデクは言った。
司教を退けられた、無事だったから良かった。そんな言葉で済ませられるような問題では無い。
深々と謝罪するゼデクに対し、アウラは
「別に、「借り」だなんて思わなくて良いです」
一言、そう返した。
アウラは穏やかな面持ちでそのまま言葉を続ける。
「俺もカレンもクロノも使徒の人達も、自分の意思で戦ったんです。……あの街で戦えるのはロギア達と俺達しかいなかったし、皆、あの場で己のやるべき事をしただけだから」
「────」
「起きてしまった事を今更どうにかってのは出来ない。確かに団長として責任感じるも分かるが、お前らが動けない時の補佐も使徒の役目だ。ついでに言うと、貸しを作ったつもりは毛頭無いしな」
ロギアの言葉を、彼の傍らに立つセシリアが頷きで肯定する。
騎士を率いる立場として、ここで謝罪も無しに話を進めることが出来る程、ゼデクは薄情な人間ではない。
彼らに代わり対処に応じた使徒も、その事は重々承知していた。
騎士たちの尻拭いではないが、ロギアたちはあくまでも自分たちの職務を全うしたに過ぎないのだ。
「……すまなかった。この埋め合わせは、必ず」
顔を上げる。
そう言うゼデクの声は力強く、確固たる意思が含まれていた。
教会の人間として、団長として正しいのは、謝罪して許しを乞う事では無い。
いくら言葉を並べようと、己が失態を取り返す事は出来ない。
彼が行うべきは、行動で示すことだ。
※※※※
一行は再び進むと、応接室らしき部屋に案内された。
内装はシンプルで、木のテーブルを挟むように二つのソファーが向かい合わせに置かれ、壁に絵画が飾られている。
「それでは、君たちは教皇が来るまで少し待っていてくれ。ロギアたちも同席するかい?」
「そうさせて頂けるのであれば。一応、手紙を渡すところまでは見届るまでが今回の仕事ですので。ロギアさんも大丈夫ですね?」
セシリアの問いにロギアが頷きで返すと、ゼデクは「承知した」と一言返し、ドアの方へと戻っていく。
数分後には、自分たちは教皇と対面しているという事実。
ただそれだけでも、途轍もない緊張がアウラの心臓を締め付けた。
「いよいよか……」
ゴクリと唾を呑み込む。
覚悟を決めろと、自分に言い聞かせるかのような言葉だ。
「ここまで来るのも長かったわね。やっと一仕事終わるわ」
「今回はまぁ、色々ありましたからね。……でも、本当に全員無事でに来られて良かったです」
クロノは、心の底から安堵していた。
冷静に振り返れば、誰か一人死んでもなんら不思議ではない状況だった。単純な数で言えば共闘した使徒を含めてたとしても、バチカル派には負けていたのだ。
奇跡的にカレンやクロノ、ロギアといった精鋭が集い、アウラも土壇場でテウルギアを行使していなければ、あのまま殺されていた。
「俺達の方も、これで上からの依頼は完遂、か」
「でも、数日後には何処かの教会に派遣されると思いますよ?」
「んな事は分かってるよ。何年使徒やってると思ってんだ」
二人の使徒は、そんなやり取りを繰り広げる。
ロギアは口では色々と愚痴を零す事が多いが、それはそれとして仕事に手を抜くことはない。自分が請け負った事に関しては責任を持って遂行する人物だ。
彼なりに、使徒としての使命に向き合っている事の表れだろう。
客間に穏やかな空気が満ちる。
数日に及ぶ旅の終わりを、こうして無事に終えることができたのだ。たとえその先に困難が待ち受けていようとも、今だけは、こうして喜びと安心を分かち合う事も必要だ。
「ただ、こっからまた海を渡ってエリュシオンに帰るのか。サクッと移動できる転移の魔術なんかがあれば楽なんだろうけど、そういうのってある?」
「アンタねぇ……流石に、あれだけの距離を過程すっ飛ばして転移するのはキツいわよ。あのメラムって司教は似たようなことをしていたけど、術式を組み上げるだけでも相当な用意がないと無理な話ね──だから、大人しくまた船に乗るに決まってるでしょ」
「船……」
「クロノは、あー……まぁ、腹を括ってくれ」
「分かりました……またご迷惑をおかけします」
か細い声で、目に見えて落ち込むクロノ。
行きの時点で悲惨極まりなかったが、彼女としても二度と経験したくない程にトラウマなのだろう。
彼らはその後も談笑していたが──そんな中、ドアをノックする音が響き渡る。
「「────!」」
彼らは一斉にドアへと目をやり、空気が一変した。
ゼデクが戻って来たという事はそれ即ち、教皇が遂に現れるということを示している。
再び、一行の間に緊張感が満ちる。
「失礼する」
ゆっくりとドアが開かれると同時に、ゼデクの声が室内に届く。
直後。かつん、という音と共に、一人の男がアウラの前に現れた。入室の合図をしたゼデクは、その男の背後に佇んでいた。
すらりとした印象を抱かせる長身。
白を基調とし、随所に主張し過ぎない程度に装飾のあしらわれた祭服を纏っていた。若々しいが白髪交じりの黒髪を携え、胸の辺りには首からかけられた十字架が輝いている。
公の場ではないからか、王冠や杖といったものは見当たらなかった。
「────君たちが、話にあったシェムが派遣した冒険者だね」
彼は、翡翠色の双眸でアウラたちを見据える。
落ち着いた声色はいっそ威厳を感じさせ、一介の聖職者には留まらない存在であることを体現していた。
(この人が……)
その男を前に、アウラは息を呑んだ。
人が創始したソテル教の最高指導者にして、一国の長。普通に生きていれば確実に邂逅を果たす事のない人物が、目の前にいる。
教皇はアウラ達を見渡した後、少し表情を緩めて、
「別に公の場という訳ではないんだ、もっとリラックスしてくれて構わないよ」
微笑みと共に、そう語り掛けた。
エノス・ヴァレンティノス・エクレシア。──一神教国家の教皇と、遂に邂逅するのだった。
アウラ達を案内していたロギアが、その足を止めた。
その後ろに立つクロノは、眼前の景色に呆然とした様子で
「……やっぱり、大きいですね」
「そりゃそうでしょ。教皇の住んでる場所だし、そう簡単に侵入できるようじゃ世話ないわ」
驚くクロノの横で、カレンが肯定した。
彼らの前に現れたのは、見るも巨大な門。上部にはソテル教のシンボルである竜が巻き付いた十字架の装飾があしらわれており、その前には白を基調とした服を纏う、門番が立っているのが見て取れた。
その奥には、純白の建造物──教皇が住まう宮殿が聳えている。
カレンは腰に剣を刺した門番の姿を見据え、
「あの服……確か、エクレシアの騎士の装束だったかしら」
使徒の制服である紺色の法衣と同じく、左胸に教会の紋章が描かれていた。
丁度使徒の法衣の色を反転させたような物で、騎士の服の方がややコートのように丈が長くなっている。
表舞台に立って国を護る戦士と、裏から教会と信徒の平和を守る為に暗躍する使徒。立場は違えど、その役割自体は近しいものだ。
近づいてくる一行に気付いたのか、門番の騎士はやや前に出た。
「教会の使徒。お前達、連絡にあったロギアとセシリアだな」
「えぇ。この三人は────」
「話は聞いている、教皇と謁見する為に来た西方からの使者だろう。中に案内役の者がいるから、入ってくれ」
「案内役? 俺達だけで十分だろうってのに、わざわざ用意したのか?」
「本人の意向だよ。たまたま教皇の身辺警護で駆り出されてたらしいが、シオンで大暴れしたお前たちにも一言言っておきたいんだとさ」
「俺達に……一体誰だ……?」
「お前も知っているヤツだよ。まぁ、とりあえず中に入れば分かる」
イマイチ話を呑み込めていないロギアを余所に、門番の騎士は門を開けて進むように促した。
宮殿まで続く一本道を、一行は進んでいく。道脇には木々が植えられ、如何にも貴族や王族の類の人間の世界だ。
館の前に辿り着き、その玄関を開けると──美しい柱が何本も並び、眩しいシャンデリアが吊られ、天井には高名な画家が描いたと思しき絵画が刻まれていた。
太陽のように光り輝く球体に竜が巻き付き、その周囲を戦車を狩る天使や雲が囲う、幻想的な絵画。
大聖堂を遥かに凌駕する、洗練された内装。
一ミリの妥協も無い、最早芸術作品と言っても差し支えない程の建造物。
「……誰か、いる」
その威容に圧倒されていたアウラだったが、彼の視線は広間の奥へと向けられていた。
迷宮を想起させる紋様の刻まれた床の上に立つ、一人の騎士だった。門番が来ていた物と同じ服を纏い、濃い茶髪を携えた青年はゆっくりと一行の前へと歩み始める。
かつかつ、と、靴が床に触れる度、高い音が広間に木霊した。
そして、青年は一呼吸置き、
「──待っていたよ。ロギアもエリュシオンの使者も、全員無事みたいだね」
と、太陽のような双眸で一行を見据えて告げた。
その一歩一歩は力強く、一挙手一投足が洗練されている。その爽やかな風貌や出で立ちも相俟って「騎士」という言葉が誰よりも相応しく感じさせた。
一行のところまでやってくると、彼は流れるようにお辞儀をしながら、
「異国の客人の案内を教皇より仰せ仕った────エクレシア王国近衛騎士団団長、ゼデク・デュオニシウスだ」
と、名乗りを挙げた。
彼らを先導するのは、あろうことか王国を守護する騎士を率いる男──即ち、その頂点に立つ男だった。
※※※※
「ゼデク・デュオニシウス──「聖人」の二つ名を取る、エクレシア王国最強の騎士……だったかしら」
「あはは。最強って言い方が引っかかるけど、よくご存じで」
腰に手を当てて言うカレンに対し、ゼデクの方は苦笑いで返す。
騎士を率いる男といっても厳格な人物という訳ではなく、意外にラフで接しやすい人物という印象を抱かせた。
とは言っても、その実力はアウラ一行を軽く凌駕する事には変わりない。
「冗談はよせよ、ゼデク。上位の司教とすら渡り合えるお前が、この国で負ける相手はまずいないだろうが。……それに、アルカナの第二位の座に就いている癖に、謙遜はかえって良くないぞ」
「アルカナの、第二位……!?」
ロギアの言葉に反応したのは、後ろを歩いていたクロノだった。
衝撃を受けていたのはカレンも同じようで、表情こそ変わらないものの、僅かに汗を滲ませている。
「……ごめん、そのアルカナってのは?」
「アルカナはギルドや国家間で選抜された、バチカル派の司教や高位の魔獣に対抗できる十数名の人材よ。──冒険者なら、私らのギルドのラグナ。アウラが前に会った最高位の剣士、エイルもその一人よ」
「つまり、規格外のバケモノを相手取れる人達って訳か。ラグナさんにエイルさん……確かに二人とも最高位の神位だし、そりゃ選抜されてない方がおかしいわな」
知らないワードに困惑するアウラの傍らで、カレンが言った。
彼女が語ったメンバーに関しては、彼は納得する他ない。
冒険者の頂点に立つ「神位」の魔術師と剣士。その実力であれば、バチカル派の司教序列上位の相手であろうと討伐できる可能性は高い。
「その第二位ともなれば、司教と渡り合うのは勿論、単騎で国を攻め落とす事だって出来るでしょうね」
「騎士団長だから強いのは当然だろうけど、一人で一国をって……それ、本当?」
「いやいや、流石にそれは盛り過ぎだよ。軍隊一つ相手取れるぐらいさ」
「謙遜が謙遜になってないし、それでも十分に規格外だろ。というか、ロギアと知り合いだったんですね」
話を聞いただけだが、アウラは眼前に立つ男の出鱈目さに、驚きを通り越して呆れ果てていた。
一応、アウラもテウルギアさえ行使すれば司教相手にも立ち回れる魔術師ではある。
魔剣使いのカレン、限定された状況に限り神言魔術を行使出来るクロノ。使徒であるロギアとセシリアも十分に卓越しているが、このゼデクという男はこの中の全員を凌駕するだろう。
宮殿を進む中で談笑している一行だったが、ロギアは特に気安く話している様子だったのだ。
「ゼデクは教皇直属の騎士として、何かとソテル教の祭事で顔を合わせる事が多かったからな」
「何度か手合わせしたりする仲ではあるよ。……そういえば、シオンでは大変だったそうだね。どうにも、司教が二人ほどいたって話だけど」
「第一位と第八位だな。死者、死傷者は合計でも数十名ってところだった。まぁ、これでも最大限抑えられた方だろ」
二階へと移り、長い廊下を歩きながら、ロギアが語る。
アウラ一行だけではない。滞在していた使徒たちの尽力もあったが、一人の犠牲者も出さないというのは無理な話だった。
そのことは、全員が身に染みて理解している。
「使徒からの連絡によれば、司教の一人を追い詰めたのは君だったかな。エリュシオンの魔術師殿」
「……はい。司教を足止めしていたのは、俺です」
少し間を置いて、アウラが緊張しながらも答えた。
単身で司教序列第一位──ヴォグを追い詰めたという意味では、シオンの防衛においては最も重要な役割を果たしていると言える。
ゼデクは足を止めて振り向くと、
「その身を以てシオンの都を守り通してくれた事に、まずは感謝を。それから、本来私達が対処すべき問題に巻き込んでしまい、本当に申し訳無い」
そう言って、躊躇う事なく頭を下げた。
一国の騎士を統べるゼデクは、今回の一件を己の失態だと判断していた。
ただ上辺だけでない、心よりの謝罪だった。
「え……?」
「騎士が入れ替わるタイミングを狙われたとはいえ、騎士の不在が今回のような事態を招いてしまったのは純然たる事実。この借りを、どうにかして返したいんだが……」
エクレシアを守護する者を代表して、ゼデクは言った。
司教を退けられた、無事だったから良かった。そんな言葉で済ませられるような問題では無い。
深々と謝罪するゼデクに対し、アウラは
「別に、「借り」だなんて思わなくて良いです」
一言、そう返した。
アウラは穏やかな面持ちでそのまま言葉を続ける。
「俺もカレンもクロノも使徒の人達も、自分の意思で戦ったんです。……あの街で戦えるのはロギア達と俺達しかいなかったし、皆、あの場で己のやるべき事をしただけだから」
「────」
「起きてしまった事を今更どうにかってのは出来ない。確かに団長として責任感じるも分かるが、お前らが動けない時の補佐も使徒の役目だ。ついでに言うと、貸しを作ったつもりは毛頭無いしな」
ロギアの言葉を、彼の傍らに立つセシリアが頷きで肯定する。
騎士を率いる立場として、ここで謝罪も無しに話を進めることが出来る程、ゼデクは薄情な人間ではない。
彼らに代わり対処に応じた使徒も、その事は重々承知していた。
騎士たちの尻拭いではないが、ロギアたちはあくまでも自分たちの職務を全うしたに過ぎないのだ。
「……すまなかった。この埋め合わせは、必ず」
顔を上げる。
そう言うゼデクの声は力強く、確固たる意思が含まれていた。
教会の人間として、団長として正しいのは、謝罪して許しを乞う事では無い。
いくら言葉を並べようと、己が失態を取り返す事は出来ない。
彼が行うべきは、行動で示すことだ。
※※※※
一行は再び進むと、応接室らしき部屋に案内された。
内装はシンプルで、木のテーブルを挟むように二つのソファーが向かい合わせに置かれ、壁に絵画が飾られている。
「それでは、君たちは教皇が来るまで少し待っていてくれ。ロギアたちも同席するかい?」
「そうさせて頂けるのであれば。一応、手紙を渡すところまでは見届るまでが今回の仕事ですので。ロギアさんも大丈夫ですね?」
セシリアの問いにロギアが頷きで返すと、ゼデクは「承知した」と一言返し、ドアの方へと戻っていく。
数分後には、自分たちは教皇と対面しているという事実。
ただそれだけでも、途轍もない緊張がアウラの心臓を締め付けた。
「いよいよか……」
ゴクリと唾を呑み込む。
覚悟を決めろと、自分に言い聞かせるかのような言葉だ。
「ここまで来るのも長かったわね。やっと一仕事終わるわ」
「今回はまぁ、色々ありましたからね。……でも、本当に全員無事でに来られて良かったです」
クロノは、心の底から安堵していた。
冷静に振り返れば、誰か一人死んでもなんら不思議ではない状況だった。単純な数で言えば共闘した使徒を含めてたとしても、バチカル派には負けていたのだ。
奇跡的にカレンやクロノ、ロギアといった精鋭が集い、アウラも土壇場でテウルギアを行使していなければ、あのまま殺されていた。
「俺達の方も、これで上からの依頼は完遂、か」
「でも、数日後には何処かの教会に派遣されると思いますよ?」
「んな事は分かってるよ。何年使徒やってると思ってんだ」
二人の使徒は、そんなやり取りを繰り広げる。
ロギアは口では色々と愚痴を零す事が多いが、それはそれとして仕事に手を抜くことはない。自分が請け負った事に関しては責任を持って遂行する人物だ。
彼なりに、使徒としての使命に向き合っている事の表れだろう。
客間に穏やかな空気が満ちる。
数日に及ぶ旅の終わりを、こうして無事に終えることができたのだ。たとえその先に困難が待ち受けていようとも、今だけは、こうして喜びと安心を分かち合う事も必要だ。
「ただ、こっからまた海を渡ってエリュシオンに帰るのか。サクッと移動できる転移の魔術なんかがあれば楽なんだろうけど、そういうのってある?」
「アンタねぇ……流石に、あれだけの距離を過程すっ飛ばして転移するのはキツいわよ。あのメラムって司教は似たようなことをしていたけど、術式を組み上げるだけでも相当な用意がないと無理な話ね──だから、大人しくまた船に乗るに決まってるでしょ」
「船……」
「クロノは、あー……まぁ、腹を括ってくれ」
「分かりました……またご迷惑をおかけします」
か細い声で、目に見えて落ち込むクロノ。
行きの時点で悲惨極まりなかったが、彼女としても二度と経験したくない程にトラウマなのだろう。
彼らはその後も談笑していたが──そんな中、ドアをノックする音が響き渡る。
「「────!」」
彼らは一斉にドアへと目をやり、空気が一変した。
ゼデクが戻って来たという事はそれ即ち、教皇が遂に現れるということを示している。
再び、一行の間に緊張感が満ちる。
「失礼する」
ゆっくりとドアが開かれると同時に、ゼデクの声が室内に届く。
直後。かつん、という音と共に、一人の男がアウラの前に現れた。入室の合図をしたゼデクは、その男の背後に佇んでいた。
すらりとした印象を抱かせる長身。
白を基調とし、随所に主張し過ぎない程度に装飾のあしらわれた祭服を纏っていた。若々しいが白髪交じりの黒髪を携え、胸の辺りには首からかけられた十字架が輝いている。
公の場ではないからか、王冠や杖といったものは見当たらなかった。
「────君たちが、話にあったシェムが派遣した冒険者だね」
彼は、翡翠色の双眸でアウラたちを見据える。
落ち着いた声色はいっそ威厳を感じさせ、一介の聖職者には留まらない存在であることを体現していた。
(この人が……)
その男を前に、アウラは息を呑んだ。
人が創始したソテル教の最高指導者にして、一国の長。普通に生きていれば確実に邂逅を果たす事のない人物が、目の前にいる。
教皇はアウラ達を見渡した後、少し表情を緩めて、
「別に公の場という訳ではないんだ、もっとリラックスしてくれて構わないよ」
微笑みと共に、そう語り掛けた。
エノス・ヴァレンティノス・エクレシア。──一神教国家の教皇と、遂に邂逅するのだった。