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作者: 樹齢二千年
残酷な描写あり R-15
51話『当面の目標』
「っかぁ~~~……っ。やっと帰ってきた……」

 そこは、冒険者たちで賑わう集会場。
 これから依頼に出る者、情報交換をする者、また、同行者を探し求める者。この場にいる者の大半はそういった者達だ。
 意気揚々と己が仕事に励む者が殆どな中──ただ一人、アウラは疲れ果てた様子でテーブルに突っ伏していた。
 長旅を終えて、彼はエリュシオンに帰還したばかり。
 その疲労が一気に出たのだろう。

「今振り返れば、行きでバチカル派と戦って、教皇と会って帰って来るって……たった数日の間に起こっていい範疇じゃないだろ。帰りも全然休んだ気がしないし」

「うぅ……その節は大変ご迷惑をお掛けしました……」

 ふいに出たアウラの一言に、向かいに座るクロノが更に縮こまる。
 彼女の最大級の弱点である船酔い。行きの船の中で悲惨な事になっていた事を反省し、酔い止めと魔術薬を準備、万全の状態で乗り込んだものの──どういう訳か、帰りの方がより悲惨な目に遭っていた。
 乗船した他の冒険者たちにも介抱され、何とか地獄のような二日間の旅を終えたのだ。

「今度ばかりは大丈夫って思ってたのに、どうしてこうなるんでしょうか……もういっそ、酔い止めに特化した魔術の研究でもしましょうか」

「随分と需要が限定的な魔術だな、それ」

「────二人ともヘトヘトだねぇ。そんなにしんどい依頼だったのかい?」

 何気ない談話に、もう一つ声が加わる。
 獣耳を動かし、快活な調子と共にやってきたのは、このギルド──「アトラス」に勤務する人狼の少女、ナルだ。
 丁度休憩時間なのか、普段は胸元に下げている名刺は外している。

「しんどいってか、本気で死ぬかと思う場面ばっかだったよ、俺もクロノもカレンも。ナルは休憩か?」

「そうそう、今上がったところ。無事みたいで何よりだけど……カレンの姿が見えないね」

「アイツなら、シェムさんのところに諸々の報告をしに行ってるよ。シオンの街での騒動の事を一番把握しているしな。俺が動けない間に、二人は色々と動いてくれたんだろ?」

「私とクロノさんは、当事者として使徒の人達の事後処理に参加していましたから」

「騒動に、事後処理? アンタたち、一体東の大陸に行ってまで何やらかして来たんだい……?」

 訝し気に二人を見るナル。
 アウラとクロノの二人は数秒ほど視線を合わせて、

「実は、ですね────」



 ※※※※



「嘘────それ、本当?」

「本当ですよ」

「わざわざ嘘つく理由も無いしな。それで色々と教会側の人と会って、ここまで戻って来た次第だ」

「いやぁ……皆無事で良かったよ」

 安堵したように、ナルは胸をなでおろす。
 歴戦の使徒という協力こそあれど、並の冒険者であればどうなっていたかは想像に難くない。
 現状のギルド在籍者の中でも、この三人が結果的に最適だった。

(俺に関しては、無事って言っていいのかは分からないけど)

 今でこそ五体満足。こうして元気に話しているが、あの場に居合わせた中で最も過酷だったのはアウラだ。
 司教戦においてテウルギアを行使するという選択をしなければ、あのまま為す術なく殺されていたのだから。

「アウラさんは無事……ではないですね。戦いの後、数日間も昏睡状態だったんです」

「昏睡って……え?」

「あぁ、うん。ちょっと無理しすぎた反動でな。二人には心配かけちゃったし、申し訳ないと思ってる」

「いえ、あの時は私も強く言い過ぎました。でも、分かってくれたなら十分ですよ」

 軽く頭を下げるアウラに、クロノは微笑と共に答える。
 いくら温和な彼女であっても、時として怒る時もあるのだ。

「結果的にはちゃんと生きていた訳ですし、もう気にしてません。無茶を押し通してでも人の力になろうとするのは、アウラさんの良い所でもありますから。……ただ、心配する側の事も、少しは考えて下さいね」

「そうそう。優しいのは良い事だけど、もっと周りを頼んなよ。……ところで、カレンのヤツ、随分と遅くない?」

「確かに。報告だけだから、すぐ戻って来るって言ってたのにな」

「あっ……もしかして、「依頼を完遂して来たご褒美だ……」とか言って執務室で如何わしい事を────」

「いや、無いだろ」

「無いですね」

 ナルのあらぬ想像を、口を揃えて二人が否定する。
 何があってもそれだけは無い、と断言するかのように。

「即答かい!」

「そりゃ……ねぇ?」

「シェムさんは確かにちょっと得体が知れないというか、掴みどころがない人ではありますけど、そういう事をするようなキャラではないというか。第一、カレンさんも誰かに靡くって感じでもありませんし」

「人間誰しも色んな顔持ってるのが常だが、カレンに限ってそれだけはなぁ……前にも路地裏で身体触ってきた男数人ボコボコにしてたらしいし」

「あの子、そんな事してたのかい?」

「私が出店で魔術品物色してる間に随分とまぁ……相手がカレンさんだったのが運の尽きですね」

 苦笑いのクロノに、呆れ果てたナル。
 色恋沙汰に関しては全く縁が無く、本人も大して興味がない事からも、アウラとクロノの認識は共通していた。

「綺麗な花には棘があるとはよく言ったもんだが、棘なんて甘い物じゃないか、アレは」

「散々な言われようだね……それ、本人に聞かれてもアタシは知らないよ?」

「良いの良いの、アイツもその点の自覚はあるみたいだし」

 手を振り、全く臆する事なく言ってのける。
 友人にして師という関係は継続中であるが、軽口を叩き合う程度の仲でもある。
 ヘラヘラした態度で水の入ったグラスに手を掛けようとした、その刹那。

「────えぇ、可愛げが無くて悪かったわね。人がいない間に色々と言ってくれたようだけど」

「カレンさん、戻って来てたんですか」

 かつかつ、という靴の音と共に、真紅の瞳の少女が椅子に腰かける。
 一連の会話を聞かれていたが、当の本人は全く意に介していない。

「丁度今、ね。一通り聞いてたけど、クロノも意外と容赦なく言うのね」

「いや、聞かれてないと思ってつい……それに、カレンさんがシェムさんと如何わしい関係にある誤解は解いた方が良いかなと」

 彼女も彼女なりにカレンの事を思っての事だったらしい。

「別にそんな心配はいらないわよ。私より弱い男に抱かれるなんて真っ平御免よ」

「権力とかじゃなくて、物理的に?」

「勿論」

「そんなヤツそういないだろ……世の中の大半の男は条件から外れるじゃねぇか」

 呆れた様子のアウラ。
 カレンらしい意見ではあるが、彼女が将来結婚相手が出来るのかという不安が彼の頭を過ぎる。

「良いのよ結婚なんて、今は依頼をこなすので精一杯なんだから。──それより、さっきシェムさんから聞いて来たけど「暫くは直接の依頼も無いから、各々ゆっくりしてくれ」だそうよ」

「安心しました、ようやくまとまった休みが取れます……」

「そっか、クロノは洞窟調査から休み無しでエクレシアに行ってたんだもんね。お疲れ様だよ」

「あと、一応三人分の報酬も受け取って来たから。ハイこれ」

 彼女は報酬の入った麻袋をテーブルに置く。
 一見すると何の変哲もない袋だが、ズシリと重く、紐を解いて中を覗き込んでみると──煌々と輝きを放つ硬貨が入っていた。
 アウラは思わず目を剥き、カレンの方を見る。

「これ、結構入ってないか? 洞窟調査の依頼ん時の2倍ぐらいある気が……しかも金貨」

「ナーガ討伐分も含めての報酬だって。アウラとクロノのは、大型の金貨がざっと100枚上乗せされてるわね」

「割かし大金ってのは分かるんだけど、逆に落ち着かないな……」

「暫く生活する分には全く困らない額だね。ちゃんと活躍に見合った報酬だし、たまには美味しい物でも食べて身体を休めなって。ウチの店ならサービスするしさ」

「勿論、働いた分は有難く頂戴するよ。俺も家賃の支払いとか、諸々の出費もあるし」

「あぁ、ちゃんと払ってるんだ」

「大家さんが良い人でな。まだ冒険者になったばかりだから、払える時に払ってくれれば良いって」

「それは良かった。もしかしたらまたシェムさんから依頼があるかもしれませんし、今のうちに稼いでおかないとですね」

「帰って来たばっかだけど、また依頼に出て少しずつでも貯金はしておきたいかな。階級の昇格にも依頼の達成率は絡んで来るんだろ?」

 冒険者としての位階。
 ナーガを討ち、司教を退けたとはいえ、アウラは未だ最低位の原位アルケーである。力量自体は天位に達していると言っても過言ではないが、如何せん目に見える程の積み重ねが無いのだ。
 ナルは腕と足を組み、アウラの問いに答える。

「達成率も昇級の査定基準の一つだね。ぶっちゃけ、アウラはまだ二つしか依頼を達成してないから、今の実力を形として残してくれないと、ギルド側としても昇格は難しいかな」

「一先ず当分はゆっくり出来るし、一人で達成できそうな依頼をこなしても良いかもしれないわね」

「私も暇ですし、何かあったら手伝いますよ。そろそろちゃんと依頼こなさいと熾天に昇格出来ませんし」

「それは有難いけど、良いのか? その場合だと報酬は山分けになっちまうけど」

「私は報酬というよりも依頼達成がメインなので、そこはある程度頂ければ大丈夫です。アウラさんの方が生活大変そうですし、そっちに充てて下さいよ」

「色々と気遣わせてるみたいで、なんか悪いな。クロノも実家から出てきて一人暮らしだろうし、そっちこそ大丈夫なのか?」

「心配はいらないわよ、こう見えてもクロノは結構稼いでるんだから」

「えぇ、まぁ……一応暫く暮らせるだけの貯蓄はあるので、お気になさらず。アウラさんの費用に充てて下さい」

 そう答えるクロノは屈託のない笑顔を浮かべている。
 彼女とて冒険者としてのキャリアは長く、不自由なく生活できる程の蓄えはある。あくまでも彼女は己の階級を上げる為に依頼に出るのであって、そこに報酬の額の多少は大した問題ではないのだ。

「一緒に依頼に出てくれて報酬まで……女神はここにいたのか」

「女神だなんて、やめて下さいよ。そんな柄じゃありませんし」

「クロノはそうだね……アフロディーテみたいな女神って言うより、どちらかと言えば死の天使みたいな感じじゃないかい? ほら、鎌だって持ってるし、夕暮れ時の分かれ道に立って息の根止めに来る系だよ」

「あ、めっちゃ分かるわ、それ」

「何よ、その絶妙に伝わりにくい例えは……一応言っておくけど、階級を上げたいんだったら、それなりに難易度の高い依頼を優先的にこなすのが一番手っ取り早いわよ。ナル、今いい感じの依頼ってある?」

「今か……確か、盗賊団の捕縛の依頼とかあったっけ」

「盗賊団?」

「あぁ。どうにも近頃、エリュシオンから少し離れた所で村落を襲ってるらしくてね。カレンたちがエクレシアに向かった頃から依頼が張り出されてるんだ。腕が立つのか数が多いのか分からないけど、それなりの手練れを派遣して欲しいってさ」

「捕縛……生きていれば良いのね?」

「おい待て、半殺しで捕まえるつもりだろ」

 何気ないカレンの一言に不穏さを感じ取ったのか、訝しむような視線と共にアウラが指摘する。
 平常運転ではあるのだが、発言の端々に彼女の容赦の無さが見え隠れしている。

「勿論。変に抵抗する力を残しておくより、完膚なきまで叩き潰しておいた方が安心でしょ? 慈悲はいらないわ」

「徹底してるのはいつもの事だけど、相変わらずスレスレを攻めるのな、お前……」

「まぁまぁ、その分信頼できるじゃん。無駄に同情したり手を抜かれるよりかは、さ」

「……ま、カレンなら確かに、盗賊如きに遅れを取るようなヘマはしないか」

「一応付け加えとくけど、いくら私でも、依頼主の要望は守る主義だから。死んでなければ良いんだもの、間違ってはないでしょう?」

「確かにそうですけど、屁理屈というか、詭弁というか……」

 クロノの表情は微妙そのものである。
 カレンの言い分は間違ってはないのだが、人として致命的にズレている。

「なら今度、三人の予定があったタイミングでその依頼に出るか。それまでは各々で準備して貰う形で」

「ええ」

「分かりました」

 アウラの提案に、誰も異論は無い。
 下手に見知らぬ冒険者同士でメンバーを組むより、手の内や素性を知っている者同士で組んだ方が不安は少ない。
 現状の主戦力が二人も揃っていれば尚のこと。

 激戦を終えた3人に、暫しの休暇と、当面の目的が出来たのだった。
とりあえず次回から三章開幕です。
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