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作者: 唯響-Ion
第十二話 マジックアワー
 弥勒と緒方は黄昏時(マジックアワー)に、常夜へと入る為、森へと向かう。
 その日の黄昏時に、弥勒は再び陰陽部の部室を訪ねた。緒方(おがた)はそこでなにやら資料を眺めていたが、弥勒に気づくと、慌ただしく机の上に散らかっていた資料をまとめ出した。
「遅くなってごめんね」
「いや、時間通りだよ。二分前だ。ちょっと研究が終わらなくてね」
「終わるまで待つよ」
「ダメだダメだ。時(とき)は待ってくれないからね。さぁ部室の外へ出よう。校庭の裏に森があるだろう?」
「昔噂で、黄昏時(マジックアワー)に森へ行くと迷い込むって話を聞いたことがあるけど、まさかそれって本当なの?」
 二人は歩きながら森へ向かっていた。弥勒の質問に、緒方(おがた)は「本当だよ」とだけ答えて、足は止めなかった。
 枯れ木に張り付く時期尚早なセミは、構わずに泣き続ける。彼は枝を踏み、ひたすらに奥へと進む。弥勒は、ふと振り返ってみた。すると、日が入らないからか、歩いてきた道は暗く、全く異なる道に思えた。
 弥勒が前を向き直した時、緒方(おがた)がこちらを向いていた。
「あぁ、もう元来た道じゃないから、違う様に見えて当然だよ」
「え……?」
「君はもう迷い込んだんだよ。あちら側へ。僕達は、この世界のことを常夜(とこよ)と呼んでいるんだ。ずーっと暗いしね。ここは八百万が現世(うつしよ)で居場所を失ったが為に創り出した、彼らの現世(うつしよ)だ」
「僕、耳が聞こえないのに、暗いなんて」
 弥勒は暗闇が苦手だった。互換の全てを失った様な気になるから、視力に対する執着は、人よりも強い自覚 があった。しかしその不安を感じとった緒方(おがた)は、優しく神通力で語りかけた。
「感覚を研ぎ澄ますんだ。どうして君は耳が聞こえないのに、会話ができるんだと思う? それは神通力があるからだ。目が見えなくなっても、味が分からなくなっても匂いが分からなくなっても、触れた感覚が無くなっても、君には神通力がある」
 日は完全に暮れ、真っ暗闇となる。少し先を歩く緒方(おがた)の姿は完全に見えなくなり、枯葉や枝を踏む感覚も無くなってきた。
 しかし緒方(おがた)の言葉が頭で反芻(はんすう)し、次第に、常夜(ところ)の森のざわめきに対する恐怖が薄れてきた。そう、彼には五感が備わった人間でさえ持ちえない神通力がある。神通力持ちの中でも、常にそれを意識している分、その潜在能力は高いという自信もあった。
 不安が取り除かれていくと同時に、段々と視界が開けてきた。周囲の暗闇が溶ける様に消え、在るべき明るい世界が現れる。澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐き出した時、周囲の異変に気がついた。
 そこには、無数の美白さんがいた。
「美白さん……いつの間に」
「おめでとう。彼らに手を出される前に、神通力で常夜を見通す目を使える様になったんだね。君は自分の神通力に対して自信を取り戻したんだ。自信を持てたら、そこからが第一歩だ。さぁ行こう、この先にある神籬(ひもろぎ)へ」
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