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作者: 唯響-Ion
第十七話 別府温泉
 秋月と渋川の女の子二人組は、温泉に浸かる。そして秋月と弥勒の関係についてが、話題に上がる。
 温泉に浸かるというのは、ただ温かい湯に体を沈めることで得られる快楽以上に、もっと大きなエネルギーに癒されている様な気がする。
 そう思いながら、秋月と渋川は、別府の温泉に癒されていた。
「まさか稲葉君が別府温泉に通いつめる温泉マニアだったとわねぇ」
「マニアというより、地元文化を継承してるだけなんじゃないかな?」
「どっちでもいいわよ。ていうか、はーちゃんってなんでそんなに色白なの。菜園部なんて、よく日に当たるだろうに」
「こればっかりは遺伝かなぁ。日焼け止めは塗ってるけど、そんなに特別なことはしてないよ」
「遺伝かぁ。はぁ……家訓とか名家の気品とか、要らないものは引き継がなくちゃいけないのに、なんで肌は浅黒くて背は小さいのよ。胸もBしかないし……」
 そういって秋月は、発育が良い渋川の胸を横目に見ながら、項垂れた。
「でも環奈だって、サラサラの黒髪が綺麗じゃない。私はちょっと茶色っぽいのが、あんまり気に入ってないのに……」
 歯切れが悪くなったが、秋月はそんなことを気にもとめず、項垂れ続けていた。
 渋川はEカップの巨乳だったが、それがコンプレックスだった。肩が凝るし、服が少し大きくなるから太って見えるのだ。それに、ジロジロ見られるのは彼女の性格上、余り好ましい気分ではなかった。
 だが気遣いの人である渋川は、そんな自慢の様にも聞こえそうなコンプレックスは、口にすることは出来なかった。
「温泉ってさ、環奈。有馬温泉もさ、有名だよね。有馬君も関係あったりするのかな。白浜温泉も確か、関係してたよね」
「ないでしょ、だって有馬温泉って、孝徳帝(こうとくてい)が由来でしょ? 白浜温泉に石碑がある有馬皇子(ありまのみこ)も、その息子だし。あんなリベラル口調な奴が皇族の血を引いてるはずないっしょ」
 速攻で話は終わってしまった。話題を変えようと頑張ったのだが、気遣いというのは難しいと、渋川は感じた。
 少しの沈黙の後、それを破ったのは秋月であった。「皇族(こうぞく)って、大変そうだよね」という秋月に、渋川は意外だなと感じた。
「皇族は日本で最高の血筋だけど、秋月家も名家の中の名家じゃない。いつも自家の不平しかいわないのに、珍しいね」
「ふと思っただけだけどさ。当然、私なんかよりもっと自由はないんだろうなって。皇弥勒も、耳が聞こえないのに、雅楽の音に合わせて舞う舞楽なんて古典芸能を極めようとしてるのは、きっと家の意向なんだろうなって」
「皇君って本当に皇族なの?」
「臣籍降下した十二の旧皇族の一つだよ。本人から聞いたから間違いない」
「本当にあの皇(すめらぎ)家の子だったんだ。緒方君とか稲葉君がそう噂してたけど、本当だとは思わなかった。でも確かにいわれてみれば、最も硬派な雰囲気だよね」
「あたしが今以上に高貴な家に生まれてたら、死んでるわ」
 渋川は秋月の傍にまで近づき、不敵な笑みを浮かべながら、秋月の浅黒い肌をツンツンした。
「突然弥勒君の話をするなんて、あれあれ〜?」
「話の流れで、他意は含まないことがわかるでしょ!」
「焦っちゃってさ〜。でもね、私は環奈と弥勒君はあんまり似合ってないと思うんだ」
「当たり前でしょ。……でもなんでそう思うの?」
「だってほら、弥勒君って硬派じゃない。話で聞く感じ、真面目さが滲み出てる様な子だし、普通になりたい環奈とは正反対って感じでしょ?」
「確かにそうだね」
 秋月の中に、納得した様な気持ちと、どこか否定したいという考えが交錯した。というのも、弥勒とこそこそタピオカを飲む時間はとても気分が良く、博多や天神で友達と飲み歩くタピオカよりも、遥かに美味しく感じられたからだ。一般人の友達らは、こういうキッカケで、異性に興味を持ち交際を始めるという知識だけはあった。
 複雑な表情をする環奈に、渋川は笑顔でいった。
「でも素敵なお友達になれると思うな。手を繋いだり、口吸いをする様な関係になることだけが、男女の親しさの極め方じゃないと思う」
 秋月はどこか納得した。そして「やっぱはーちゃんってマトモだよね。そこが好きなんだよ」といって、二人で笑いあった。
孝徳帝(こうとくてい)(生:596年〜没:654年11月24日)……第36代の帝。
治世下で大化の改新を行うも、主導し勢力を拡大した政敵の中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)との政争に敗れた後に崩御。

有間皇子(ありまのみこ)(生:640年〜没:658年12月11日)……飛鳥時代の皇族で、孝徳帝の皇子。
中大兄皇子の魔の手から逃れる為に湯治(とうじ)に出かけて都を離れたという記録がある。しかしその末路は中大兄皇子に陥れられ、絞殺となった。
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