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作者: 唯響-Ion
第二五話 別れの前に
 弥勒は、背後にいる黒幕について心当たりがあるという緒方から情報を聞き出そうとする。
「九州北部には、反政府的思想を持つカルト教団や犯罪組織、暴力団がいる。その中には、神通力を用いた人間が存在しており、その特徴からしてそれが一人の人間だということが既に分かっている。彼らは日本政府に仇なす巨大な組織だ。神通力の使い手が反政府組織に関与していた例は、過去にない。僕は陰陽部という優れた神通力の求道者を多く抱える部の人間だから、これから君に見せようと思う僕達の課題をこなす上で支障にならない様に、特別に惟神庁から情報を知り得ることがある。今話したのもその極秘情報の一つで、現世に於いて神通力の痕跡が残っていたという非常事態は、この人物の件だけだ」
 緒方が話している内容は、父正仁が先日教えてくれたことだった。
「弥勒君。君がいう、背後に居る存在というのは、その人物ではなかろうか。僕には正体は分からないが、惟神庁の一般職員よりはこ非常事態には詳しいと思っている」
「どうして?」
「惟神庁は学園卒業生の天下りの側面が強い。神社本庁と管轄が丸かぶりだから、そもそも不要なのさ。やる気があるのは少数の派閥で、その頂点は君の御父君(ごふくん)である皇長官だ。僕達陰陽部に依頼という形で課題を与えてくれるのは、皇長官の一派だけだ。陰陽部の課題だけで怪異の管理は間に合っているし、管理も知り得た情報の共有もしない大多数は、本当になにをして給料を受け取っているんだろうね。まぁいいや……。そしてこれはそんな陰陽部だから発見したことなんだけど、異常事態の殆どは九州の北部で起きている。正体不明の神通力使いは九州北部、その中でも主に福岡にて活動していることが分かっている。これはまだ事例が少ないからただの傾向だし、課題の範囲外だから、惟神庁へ報告はしてない情報さ」
 父正仁の少数派閥が息子である自分と同じ情報を伝えて共有させたということは、少なくとも父正仁が緒方ら日向分校陰陽部を、味方だと判断しているということが分かる。皇長官の嫡子として、同じ情報を教わっていることを明かせば、もっとスムーズに情報共有を測れるのではないかと、弥勒は思った。だがそんな私的な情報漏洩を行ったと発覚すれば、父正仁の地位を揺らがせることになると思った。その為弥勒は、情報源を明確にすることは避け、あくまで自力で、黒幕の存在の可能性に辿り着いたという形にした。
「福岡……やっぱり、そこが荒れているんだね」
「そうだ。君はいつか、福岡のどこかの分校へ転校するのかもしれないね。それがいつなのかは分からないけど……弥勒君。君がこの日向に来たことは、ここが始まりの帝都だからという理由でもなければ、単に舞楽の強豪だからということでもないだろう。君はここで、神通力の根源である八百万について学びに来たのだろうと、僕は思う」
「近い内にここを去らなくちゃいけないなんて信じたくはないけど、八百万の不思議な未来を見せてくれる力がそういうなら、そうなんだろうね」
「弥勒君には、最後に、陰陽部の課題を見ていってほしい。怪異が魂を連れていくその瞬間をね。それは八百万ないし怪異を学ぶ上で、避けては通れない」
 緒方は弥勒へそういうと、座学を始めた。

 人は死期を悟ると、その魂を黄泉の国へ運ぶ為に現れた怪異を、認識することがある。俗にいう、お迎えと呼ばれる現象である。その原理は、怪異らは生前から引き継いだ共通した一つの特性が残っていることに由来する。それは彼らが持つ、貴族から崇拝され、尊ばれたいという欲求だ。それを満たす為、常夜へ入り込んだ貴族の祈りを受けて、いつしか現世の死者の魂を黄泉の国へ運ぶ仲介の役目を担うこととなった。それは、平安の世から千年にも渡り続く習わしとなっていた。迷える死者の魂が自分達へ仇なすことを避ける為という、狡猾でずる賢い貴族達の願いを叶える道具として、彼らは魂を連れていくのだ。
「今も尚、古来より八百万を信ずる者達の魂を黄泉の国へと運んできた様に、日本人の魂を救っているんだ。他ならぬ、貴族の末裔である僕達が、神通力を用いて祈りを捧げることでね。かつては日本人と八百万の信者は同義だった。でも今は、違う。大和民族や他人種、異教徒の大和民族。その全てが日本人だ。僕らは、どうして日本人ではなく単なる日本国民の魂までも、救ってやらないといけないのだろうか」
 緒方の目は、曇っていた。それから、樫の木製の机を、なにか遠くのものを見つめるかの様に、じっと見つめた。
「だからこの九州では、こんなにも治安が悪化する程、反政府的な流れが強くなっているんだろうね。神通力を用いる人間ということは、黒幕は元々、惟神学園に属していた可能性が高い。であるならば、その黒幕が……古来の清く正しい、あるべき姿の日本を取り戻そうと反政府組織を作り出してしまうのも、頷けてしまう。結果はどうなるか、一寸先も闇だがね……」
神社本庁……神宮(伊勢神宮)を拠点とし、日本の神道系の宗教を総括する宗教法人。

惟神庁……主に惟神学園の管理運営や、怪異の管理を行う非公表の官庁。しかしその他の役割とされる神道系宗教施設の管理運営は神社本庁が担っており、表向きは神通力の研究と秘匿を目的とした就職という形で行われる学園卒業生という、日本国きっての上流国民達の天下り先として存在している。

始まりの帝都……惟神学園や惟神庁に於いて、日向分校一帯の地域を指す言葉。日本建国の歴史的重要地点の為、特別視されている。
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