第二六話 お迎え
弥勒は陰陽部の課題である、お迎えの観察をする為、緒方と共に再度常夜へと向かう。
常夜に入った後、弥勒と緒方は神籬(ひもろぎ)の側までやって来た。道中の美白さんは、もはや不気味でもなんでもなく、ただの景色であった。
神籬(ひもろぎ)のすぐ近くに、緒方は祈祷台を組んでいた。緒方は格衣(かくえ)と呼ばれる、神道で礼典や儀式を行う為の特別な装束を身に纏っていた。
その特別な装束を、緒方は着こなしていた。そこから察するに、緒方はこの儀式をよく行っているのだろう。弥勒は、ただ傍で、神妙な緒方を見続けることしか出来なかった。
緒方は、日本語の様な、そうでは無い様な言葉を、祈祷台の上で呟いていた。その言葉は、弥勒の頭では理解ができず、頭の中ではカタカナで認識されていた。その文字や頭の中に流れ込んでくる波紋は、弥勒の耳には届かないその言葉の響きが、心の中に染み渡る様な響きであることを伝えてくれた。
その文字はまるで、地方に残る方言や古語にも似た音節であることを表していた。心の中に染み渡る感情の正体は、遺伝子に刻まれた懐かしさだろうと、弥勒は思った。
魂が懐かしむその言葉を波紋で感じながら、周囲を見渡していた。なぜならば、周囲の美白さん達が、突然動き出したからである。
美白さんの中には、彼ら同様に青白い異形の者達もいた。巨大な頭から直接長い手足が生えている者や、長い黒髪と着物で全身を覆われている者。そのいずれもが、当(まさ)に怪異と呼ぶに相応しい容姿をしていた。
「怪異らが動き出したね。ここ神籬(ひもろぎ)の側にいる間は、君もできるだろう。神通力で彼らの後を追うんだ」
「後を追うって……?」
「ただ集中するんだ。そしたら、君の意識は彼らの姿を追うことが出来る」
いわれるがまま、集中をした。すると、神通力の潜在能力が高い弥勒の意識は体から抜け出し、怪異らの側を漂っていた。彼らは歩き、森の中で自死を図った男の側に来た。男は既に意識を失っていた。男の魂は体から抜け出し、首を吊った自分の体を、側で見上げていた。
行く宛てもない薄暗い森の中で、佇むしかなかった男は、自分を囲う美白さんと見つめ合った。そして手招きされるがままに跡を着いて行き、徐々にその姿は薄くなり、やがて森の中へと消えていった。
弥勒は気が付けば、神籬(ひもろぎ)に居た。意識が元に戻ったらしい。
「どんな気分だい、弥勒君」
「不気味だったけど、不思議と落ち着く時間だった」
「僕もそう思う。本当に不思議な感覚だ……。帰ろうか」
弥勒は帰りの道中、抱いた疑問を緒方へ問うた。
「あの男性が死ぬと分かっていたの?」
「そうだね。死期が来たんだよ。魂が体を抜け出す時が来れば、それを感知することが出来るんだ。惟神庁から依頼という形で届けられる課題をこなしているだけだから、方法は分からないけどね」
「あの人は、自死だった。死期なんて分からないんじゃないかな」
「自死だって、突然ではない。周囲が気付かないだけで、徐々に心を侵されていく病にかかっていたんだよ。だから死期は分かるんだ」
「怪異が命を運ぶだけでなく、奪うということは有り得る?」
「……有り得るよ。それは所謂(いわゆる)呪いとして、今でも行方不明者や突然死、科学的に考え辛い事故を起こしている。それらは、怪異の仕業であることがほとんどだ」
「これはただの勘なんだけどさ……緒方君」
「なんだい?」
「いつか、この怪異らと、血を流す様な苛烈な命の奪い合いをする様な気がするよ」
「それが……未来予知ではなく、ただの勘であることを願うよ」
神籬(ひもろぎ)のすぐ近くに、緒方は祈祷台を組んでいた。緒方は格衣(かくえ)と呼ばれる、神道で礼典や儀式を行う為の特別な装束を身に纏っていた。
その特別な装束を、緒方は着こなしていた。そこから察するに、緒方はこの儀式をよく行っているのだろう。弥勒は、ただ傍で、神妙な緒方を見続けることしか出来なかった。
緒方は、日本語の様な、そうでは無い様な言葉を、祈祷台の上で呟いていた。その言葉は、弥勒の頭では理解ができず、頭の中ではカタカナで認識されていた。その文字や頭の中に流れ込んでくる波紋は、弥勒の耳には届かないその言葉の響きが、心の中に染み渡る様な響きであることを伝えてくれた。
その文字はまるで、地方に残る方言や古語にも似た音節であることを表していた。心の中に染み渡る感情の正体は、遺伝子に刻まれた懐かしさだろうと、弥勒は思った。
魂が懐かしむその言葉を波紋で感じながら、周囲を見渡していた。なぜならば、周囲の美白さん達が、突然動き出したからである。
美白さんの中には、彼ら同様に青白い異形の者達もいた。巨大な頭から直接長い手足が生えている者や、長い黒髪と着物で全身を覆われている者。そのいずれもが、当(まさ)に怪異と呼ぶに相応しい容姿をしていた。
「怪異らが動き出したね。ここ神籬(ひもろぎ)の側にいる間は、君もできるだろう。神通力で彼らの後を追うんだ」
「後を追うって……?」
「ただ集中するんだ。そしたら、君の意識は彼らの姿を追うことが出来る」
いわれるがまま、集中をした。すると、神通力の潜在能力が高い弥勒の意識は体から抜け出し、怪異らの側を漂っていた。彼らは歩き、森の中で自死を図った男の側に来た。男は既に意識を失っていた。男の魂は体から抜け出し、首を吊った自分の体を、側で見上げていた。
行く宛てもない薄暗い森の中で、佇むしかなかった男は、自分を囲う美白さんと見つめ合った。そして手招きされるがままに跡を着いて行き、徐々にその姿は薄くなり、やがて森の中へと消えていった。
弥勒は気が付けば、神籬(ひもろぎ)に居た。意識が元に戻ったらしい。
「どんな気分だい、弥勒君」
「不気味だったけど、不思議と落ち着く時間だった」
「僕もそう思う。本当に不思議な感覚だ……。帰ろうか」
弥勒は帰りの道中、抱いた疑問を緒方へ問うた。
「あの男性が死ぬと分かっていたの?」
「そうだね。死期が来たんだよ。魂が体を抜け出す時が来れば、それを感知することが出来るんだ。惟神庁から依頼という形で届けられる課題をこなしているだけだから、方法は分からないけどね」
「あの人は、自死だった。死期なんて分からないんじゃないかな」
「自死だって、突然ではない。周囲が気付かないだけで、徐々に心を侵されていく病にかかっていたんだよ。だから死期は分かるんだ」
「怪異が命を運ぶだけでなく、奪うということは有り得る?」
「……有り得るよ。それは所謂(いわゆる)呪いとして、今でも行方不明者や突然死、科学的に考え辛い事故を起こしている。それらは、怪異の仕業であることがほとんどだ」
「これはただの勘なんだけどさ……緒方君」
「なんだい?」
「いつか、この怪異らと、血を流す様な苛烈な命の奪い合いをする様な気がするよ」
「それが……未来予知ではなく、ただの勘であることを願うよ」