▼詳細検索を開く
作者: 唯響-Ion
第三四話 舞楽部を去る
 弥勒と巳代の転校が公表され、弥勒は舞楽部を去る。そしてその足で彼はまた、校庭の花壇へと向かうのだった。
 弥勒と巳代の転校が決定し、それが生徒に公表された。だがだからといって、生徒らの生活が変わることはない。ほとんどの人にとって、皇弥勒と有馬巳代というのは、東京からの転校生という、ただそれだけの存在に過ぎなかったのだ。
 知り合いの方が多い田舎において、もはやそれは珍しい存在だ。だが他人である以上、その顛末など話題に上がっても話が広がらない、興味の外にある事象に過ぎなかった。
 だが、交流を持った人々にとって二人の転校は、悲しいことであった。緒方、稲葉、伊東といった男達は、寂しいという思いを吐露した。しかし二人にとってそれは、意外な反応であった。日々多くの人との出会いと別れを繰り返す東京で生まれ育った弥勒と巳代にとって、たかが二ヶ月という短い時間の友情で、ここまで別れを惜しんでもらえることなど摩訶不思議であった。そして同時に、嬉しかった。
 品川校を去る時、こんなにも別れを惜しんで貰えただろうかと、弥勒は思った。弥勒はあの日品川校の校長がいっていた言葉の意味をようやく理解した。
 思えば、品川校では毎日の様に顔を合わせていた工藤やクラスメートとは、徐々に疎遠になっていっている。いつでも会えるが、だからこそ、簡単に離れられる。それが良いことなのかそうではないのか、弥勒は分からなくなった。
 それから秋月と会ったが、彼女は相変わらずの態度であった。最も仲良くなったつもりでいたが、そうではなかったらしい。きっと学校を離れた後、他人同然になってしまうのだろうと思い、弥勒は悲しくなった。 

 一日を終えて、各々が部活動に勤しむ時間となった。それから弥勒は、舞楽部へ向かった。時々欠席をしていたが、ちゃんと別れの挨拶をしなくてはいけないと思ったのだ。
 退部に際しての挨拶を済ませてから、弥勒は花壇へ向かった。自分も、渋川を曇らせる幽霊部員と大差がないと思う。だがそれでも、自分勝手だとは思うが、渋川に会いたいと思った。こういう類の人が嫌いだろうと思ったが、会わなくてはならないと、弥勒は自分にいい聞かせた。
 花壇には、相変わらず一人で水やりをする渋川がいた。
 再び背後から近づき、声をかけた。
「こんにちわ渋川さん。また来ました」
「あれ弥勒君。本当に来るとは思わなかったよ」
「手伝いましょうか?」
「じゃあ反対側のバジルに水を上げて貰える?」
 自然と会話を弾ませながら、少しづつ距離を縮めた。渋川は、かなりガードが高い様に感じる。これだけ綺麗な容姿をしていれば、多少なりとも警戒心が必要になるというのも分かる。だが弥勒は、決して男として彼女を口説こうとしている訳ではないのだ。少なくとも、墓地の一件についての質問という、確かなる目的を持っているのだ。
「弥勒君、この一ヶ月で少し痩せたんじゃない。初めて別府で会った時はもう少し健康的に思えたけど」
「え、そうですか。体重を測ってないので分からないですけど、確かに最近、凄く疲れてます」
「ちゃんと食べてる? 野菜も肉も魚も、好き嫌いせずに食べないとだよ」
「野菜が少し苦手で……最近は魚ばかり食べてます」
「まぁ秋刀魚が美味しい季節ではあるけど、野菜も食べなくちゃだよ。今日少し分けてあげるよ」
 そういうと渋川はジョウロを花壇の淵のレンガに置いて、「少し待っててね」といって立ち去っていった。
Twitter