Exspetioa2.7.9
なんと今日、黒い手紙をクローゼットに入れている方を発見しました!
私とシスター・ルドベキアはベッドの下に隠れていました。あっと声が出そうになったのを、シスター・ルドベキアが口を塞いで止めてくださいました。シスター・ルドベキアが、そっと外を覗き込みました。すたすたと去っていく足音が消えて、私たちは這い出ました。
「見たね、シスター・セナ」
「はい。ただ、お顔までは……首から下というだけで」
「十分だ。私は見た。それに、この手紙がある」
そういえば、手紙の中には、「何時にどこに来るように」という内容の文書と、鍵が入っていると聞きました。
「このお手紙に指定された場所に行くのですね! そうしたら、このお手紙をまわしている方とお会いできます!」
「いや、それはしない」
「どうしてですか?」
「手紙をまわしているのはラジアータだ。彼女にむやみに近づくのは危ない。彼女の毒に太刀打ちするすべが、私たちにはないのだから。私たちにできることは、ひとつ。罪女ニゲラが動かなかったという証言を、罪女ニゲラを見張っているシスター・アザレアにしてもらい、この手紙を運んできたものと無関係であることをマザーに伝えることだ」
私は、なるほど……と納得しました。
そして、休息の時間。黒い手紙を持って、マザーのもとに向かいました。シスター・アザレアも、いらっしゃいました。シスター・サンビタリアが呼んでくださっていたようでした。
扉の前で合流すると、シスター・ルドベキアとシスター・アザレアの間の空気が、張り詰めたものに変わりました。お二人は、目を合わせないよう、努めているようでした。私はなぜだか気付かぬうちに、息を止めていました。
シスター・ルドベキアがノックをしました。マザーの部屋の扉が開くと、シスター・アザレアは、以前拝見したのと同じ、とても美しい一礼をされました。私も慌てて一礼をしましたが、遠く及びませんでした。シスター・ルドベキアが右手を胸に当てて一礼したお姿も格好良く、私は素敵なお二方に挟まれて、肩身が狭くなりました。
シスター・ルドベキアはその場ですぐに、話をはじめました。
「本日、こちらをシスター・ヒイラギが発見しました。届けたものの特徴も見たそうです」
深い赤の短い髪、手の甲には細い花びらの花が一輪ずつ咲いていた、とシスター・ルドベキアはおっしゃいました。
「シスター・アザレアに問いたい。そのような特徴のものが、牢周辺に来たことは」
「……ありません」
お二方はマザーを見つめたままやりとりしていらっしゃいました。マザーがいらっしゃるから、当然のことなのでしょうか。
「何が言いたいのですか、シスター・ルドベキア」
「はい。私が申し上げたいのは、罪女ニゲラと蟲は、無関係であるということです。罪女ニゲラは、神を亡ぼした後、ラジアータと何かやりとりをし、自害したということを伝え聞いています。このことから考えれば、罪女ニゲラは、ラジアータと何か因縁があるのではないでしょうか。ラジアータの敵であれば、むしろ、私たちの味方と……」
「口を慎みなさい! 神同然であるマザーになんてことを! 神への愛を忘れたの⁉」
シスター・アザレアが、シスター・ルドベキアをまっすぐに見て叫ばれました。シスター・ルドベキアは下唇を噛みました。マザーは冷たいまなざしでシスター・ルドベキアをじっと見つめていらっしゃっていましたが、ゆっくりと唇をお開きになりました。
「シスター・アザレアの言う通りです。罪女ニゲラを肯定する発言は、神への裏切り、重い罪です」
「大変、失礼いたしました」
私は、いたたまれなくなりました。私のためにしてくださっていることなのに、シスター・ルドベキアが罪を着せられてしまっている……。私はどうにかしようと思ったのですが、シスター・ルドベキアがすっと私の前に腕を伸ばし、私を制しました。
「……ですが、私たちの一番の敵は、ラジアータや蟲です。蟲は朝の光を浴びれば消失しますが、私たち三人の騎士だけの力では、押さえ込むこともできるかどうか。この修道院の花の修道女たちを守るためにも、お考えいただければ幸いです」
「以前お伝えしましたが、あなたたちの今の仕事は、シスター・セナを守ること。それだけに集中しなさい。力が足りないなら、鍛えなさい」
話は終わってしまいました。扉を閉めると、シスター・アザレアはさっと鐘の塔の方に体を向けられました。シスター・ルドベキアが、「あ……シスター、アザレア……」と消え入りそうな声で呼びましたが、シスター・アザレアはその呼びかけを振り切るように、早足で去っていってしまわれました。
シスター・ルドベキアは、しばらく、シスター・アザレアの後ろ姿を見つめていらっしゃいました。どうしてでしょう。その時のシスター・ルドベキアは、まるで、この世界にたったひとりであるかのように見えたのです。
シスター・アザレアの姿が見えなくなってから少しして、シスター・ルドベキアは、思い出したように振り向きました。
「ああ……ごめん。行こうか……」
しばらく、言葉を交わさずに歩きました。中庭に出て光を浴びると、ようやく少し勇気が湧いて、「あの……」と唇を開きました。
「私、何もできなくて……シスター・ルドベキアばかりが責められる形になってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「いや。私の読みが甘かっただけだ。まあでも、マザーの考えがよくわかった」
シスター・ルドベキアは、強い瞳で空を見上げました。
「大丈夫だ。必ず、叶える」
シスター・ルドベキアは、何か、新しい考えをおもちのご様子でした。
その後すぐに、マザーとの「神の学び」がありました。いつもと同じようにニコニコしていらっしゃって、少しほっといたしました。
マザーはいつものように私の手を取り、庭園に導いてくださいました。白い机には、マフィンとハーブティーをご用意いただいていました。マフィンには、乾燥りんごが入っていました。初めて食べたのですが、とてもおいしく、感動いたしました。
「ところで、さっきはどうしてセナもいたの?」
私は、シスター・ルドベキアに、「マザーには、君が関与していると思われないようにするんだよ」と釘を刺されていました。「神の花嫁」候補である私が、あのお方に味方しているとわかれば、ますます牢に閉じ込める方向になってしまうかもしれないからです。そのため、嘘を重ねてしまい、大変申し訳なかったのですが、
「シスター・ルドベキアについてきてほしい、と……」
と申し上げました。
「そう。ずっと見守っているようにって伝えたからかな。セナはどう思った? さっきのこと」
「私は……私には難しいお話だと思いました」
「そう。それが正しい答えだよ。セナはずっとそのままでいて。神以外のことなんて考えなくていい。神のみを愛し、神のために咲く、神の望む美しい花でいて」
それきり、マザーはずっとニコニコしていらっしゃって、シスター・ルドベキアの話も、あのお方のお話も、ありませんでした。
今日はマザーにお手紙をいただきました。これから拝読し、お返事を書きます。とても楽しみです。
神様。あのお方を牢から出したいと、信じたいという気持ちは、もしかしたら裏切りと捉えられるかもしれません。
ですが、そうではないのです。いつか、お話できたら幸いです。
私は神様に感謝しています。そして、神様を愛しています。
私を信じていただけたら嬉しいです。
私とシスター・ルドベキアはベッドの下に隠れていました。あっと声が出そうになったのを、シスター・ルドベキアが口を塞いで止めてくださいました。シスター・ルドベキアが、そっと外を覗き込みました。すたすたと去っていく足音が消えて、私たちは這い出ました。
「見たね、シスター・セナ」
「はい。ただ、お顔までは……首から下というだけで」
「十分だ。私は見た。それに、この手紙がある」
そういえば、手紙の中には、「何時にどこに来るように」という内容の文書と、鍵が入っていると聞きました。
「このお手紙に指定された場所に行くのですね! そうしたら、このお手紙をまわしている方とお会いできます!」
「いや、それはしない」
「どうしてですか?」
「手紙をまわしているのはラジアータだ。彼女にむやみに近づくのは危ない。彼女の毒に太刀打ちするすべが、私たちにはないのだから。私たちにできることは、ひとつ。罪女ニゲラが動かなかったという証言を、罪女ニゲラを見張っているシスター・アザレアにしてもらい、この手紙を運んできたものと無関係であることをマザーに伝えることだ」
私は、なるほど……と納得しました。
そして、休息の時間。黒い手紙を持って、マザーのもとに向かいました。シスター・アザレアも、いらっしゃいました。シスター・サンビタリアが呼んでくださっていたようでした。
扉の前で合流すると、シスター・ルドベキアとシスター・アザレアの間の空気が、張り詰めたものに変わりました。お二人は、目を合わせないよう、努めているようでした。私はなぜだか気付かぬうちに、息を止めていました。
シスター・ルドベキアがノックをしました。マザーの部屋の扉が開くと、シスター・アザレアは、以前拝見したのと同じ、とても美しい一礼をされました。私も慌てて一礼をしましたが、遠く及びませんでした。シスター・ルドベキアが右手を胸に当てて一礼したお姿も格好良く、私は素敵なお二方に挟まれて、肩身が狭くなりました。
シスター・ルドベキアはその場ですぐに、話をはじめました。
「本日、こちらをシスター・ヒイラギが発見しました。届けたものの特徴も見たそうです」
深い赤の短い髪、手の甲には細い花びらの花が一輪ずつ咲いていた、とシスター・ルドベキアはおっしゃいました。
「シスター・アザレアに問いたい。そのような特徴のものが、牢周辺に来たことは」
「……ありません」
お二方はマザーを見つめたままやりとりしていらっしゃいました。マザーがいらっしゃるから、当然のことなのでしょうか。
「何が言いたいのですか、シスター・ルドベキア」
「はい。私が申し上げたいのは、罪女ニゲラと蟲は、無関係であるということです。罪女ニゲラは、神を亡ぼした後、ラジアータと何かやりとりをし、自害したということを伝え聞いています。このことから考えれば、罪女ニゲラは、ラジアータと何か因縁があるのではないでしょうか。ラジアータの敵であれば、むしろ、私たちの味方と……」
「口を慎みなさい! 神同然であるマザーになんてことを! 神への愛を忘れたの⁉」
シスター・アザレアが、シスター・ルドベキアをまっすぐに見て叫ばれました。シスター・ルドベキアは下唇を噛みました。マザーは冷たいまなざしでシスター・ルドベキアをじっと見つめていらっしゃっていましたが、ゆっくりと唇をお開きになりました。
「シスター・アザレアの言う通りです。罪女ニゲラを肯定する発言は、神への裏切り、重い罪です」
「大変、失礼いたしました」
私は、いたたまれなくなりました。私のためにしてくださっていることなのに、シスター・ルドベキアが罪を着せられてしまっている……。私はどうにかしようと思ったのですが、シスター・ルドベキアがすっと私の前に腕を伸ばし、私を制しました。
「……ですが、私たちの一番の敵は、ラジアータや蟲です。蟲は朝の光を浴びれば消失しますが、私たち三人の騎士だけの力では、押さえ込むこともできるかどうか。この修道院の花の修道女たちを守るためにも、お考えいただければ幸いです」
「以前お伝えしましたが、あなたたちの今の仕事は、シスター・セナを守ること。それだけに集中しなさい。力が足りないなら、鍛えなさい」
話は終わってしまいました。扉を閉めると、シスター・アザレアはさっと鐘の塔の方に体を向けられました。シスター・ルドベキアが、「あ……シスター、アザレア……」と消え入りそうな声で呼びましたが、シスター・アザレアはその呼びかけを振り切るように、早足で去っていってしまわれました。
シスター・ルドベキアは、しばらく、シスター・アザレアの後ろ姿を見つめていらっしゃいました。どうしてでしょう。その時のシスター・ルドベキアは、まるで、この世界にたったひとりであるかのように見えたのです。
シスター・アザレアの姿が見えなくなってから少しして、シスター・ルドベキアは、思い出したように振り向きました。
「ああ……ごめん。行こうか……」
しばらく、言葉を交わさずに歩きました。中庭に出て光を浴びると、ようやく少し勇気が湧いて、「あの……」と唇を開きました。
「私、何もできなくて……シスター・ルドベキアばかりが責められる形になってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「いや。私の読みが甘かっただけだ。まあでも、マザーの考えがよくわかった」
シスター・ルドベキアは、強い瞳で空を見上げました。
「大丈夫だ。必ず、叶える」
シスター・ルドベキアは、何か、新しい考えをおもちのご様子でした。
その後すぐに、マザーとの「神の学び」がありました。いつもと同じようにニコニコしていらっしゃって、少しほっといたしました。
マザーはいつものように私の手を取り、庭園に導いてくださいました。白い机には、マフィンとハーブティーをご用意いただいていました。マフィンには、乾燥りんごが入っていました。初めて食べたのですが、とてもおいしく、感動いたしました。
「ところで、さっきはどうしてセナもいたの?」
私は、シスター・ルドベキアに、「マザーには、君が関与していると思われないようにするんだよ」と釘を刺されていました。「神の花嫁」候補である私が、あのお方に味方しているとわかれば、ますます牢に閉じ込める方向になってしまうかもしれないからです。そのため、嘘を重ねてしまい、大変申し訳なかったのですが、
「シスター・ルドベキアについてきてほしい、と……」
と申し上げました。
「そう。ずっと見守っているようにって伝えたからかな。セナはどう思った? さっきのこと」
「私は……私には難しいお話だと思いました」
「そう。それが正しい答えだよ。セナはずっとそのままでいて。神以外のことなんて考えなくていい。神のみを愛し、神のために咲く、神の望む美しい花でいて」
それきり、マザーはずっとニコニコしていらっしゃって、シスター・ルドベキアの話も、あのお方のお話も、ありませんでした。
今日はマザーにお手紙をいただきました。これから拝読し、お返事を書きます。とても楽しみです。
神様。あのお方を牢から出したいと、信じたいという気持ちは、もしかしたら裏切りと捉えられるかもしれません。
ですが、そうではないのです。いつか、お話できたら幸いです。
私は神様に感謝しています。そして、神様を愛しています。
私を信じていただけたら嬉しいです。