Exspetioa2.7.21
今日は、シスター・ルドベキアに、とても大切なお話を聞かせていただきました。
今日の休息の時間、マザーへお送りするお手紙の便箋と封筒がなくなってしまったため、雑貨職人の仕事場へ行きました。そこでばったり、シスター・ルドベキアにお会いしました。シスター・ルドベキアは、紅色の便箋と封筒をもらっていらっしゃいました。
「美しい便箋と封筒ですね」
とお声を掛けると、
「ああ。君の選んだ便箋と封筒も」
とお褒めいただきました。私は、マザーの印象に合う、純白の便箋と封筒を選びました。
雑貨職人の何人かが、ニゲラ様を見ながら、ひそひそとお話していらっしゃいました。早々に去ろうと、ニゲラ様と一緒に扉に向かうと、シスター・ルドベキアが追いかけていらっしゃいました。
「シスター・セナ。話はできないか。二人で」
「えっ、ありがとうございます。嬉しいです。えっと……」
「じゃあ、私は遠くから見ているわ」
ニゲラ様は、あっさりとそうおっしゃいました。
私たちは、中庭に移動しました。私とシスター・ルドベキアは、秘密の花園の中で座りました。ニゲラ様はいつも座っている長椅子にゆったりと座っていらっしゃいました。
「苦労しているようだね。大丈夫か。気を負っていないか」
「ありがとうございます。大丈夫です。いつか皆さん、わかってくださると信じていますので」
「……どうかな」
シスター・ルドベキアは、ぽつりとつぶやかれました。
「東の花の修道女が罪女ニゲラを頑なに受け入れない様子を見ていて、やっぱり、彼女たちの心は、君のように美しくはなれないのではないかと思いはじめているんだ。でも、君を希望だと思っているのは確かだ。私は、すべての花の修道女に、君のように、どんな子の美しさもみつけることができるようになってほしいから」
シスター・ルドベキアの白い手袋が、きゅっと、ご自身の足もとを強く握られました。とても強いお気持ちがあることをひしひしと感じました。
そして、シスター・ルドベキアはおっしゃいました。
「……私の話を、聞いてくれないか」
シスター・ルドベキアがお話しくださったのは、西の修道院時代のことでした。
西の修道院は、東の修道院よりも少しにぎやかで、華やかな方が多かったそう。エスの文化も、もっとおおっぴらになっていたとのことです。
「私は、皆が好きだった。君のように、皆のやさしさを感じていた。だから、皆を守りたいと思って、騎士長に立候補したんだ。……だけど、皆のやさしさは、みせかけだった」
「みせかけ……?」
「みせかけという言葉が正しいのかはわからない。彼女たちは、私にはやさしかったが、自分たちが疎ましいと思うものにはひどく、つらく当たっていたんだ。アザレア……シスター・アザレアに」
シスター・ルドベキアが、右手で大切に持っていた便箋と封筒の色が、シスター・アザレアの花の色に重なりました。シスター・ルドベキアは、話を続けました。
「シスター・アザレアは、正義感と神への愛がとても強い子なんだ。何より、神のため、神の望む楽園をつくるため、乱れた風紀を整える役を自ら買って取り組んでいた。時間に遅れるものや、少しばかり声が大きいものに、風紀が乱れないよう、声を掛けてまわっていたんだ。彼女は正しいことを言っていた。素晴らしいことをしていた。それなのに……」
シスター・ルドベキアの声が、濁りました。
「西の花の修道女たちは、シスター・アザレアを疎んだ。そして、シスター・アザレアが、西のマザーにエスの禁止令を出すよう進言してから、悪口が蔓延していった。シスター・アザレアがそれに気付いていたのかはわからない。それでも、美しい彼女の尊厳を傷つける腐った言葉を、それを吐き出す奴らを、私は許せなかった。本当の彼女はやさしくて、ただ愛にひたむきな、とても美しい子なのに、それも知らないで……。私はもう、彼女を傷つけたくない。今のところ、ここで彼女を傷つける言動は見聞きしていないが、ここは、彼女を傷つけることのない場所であってほしい。そのために、すべての花の修道女に、美しい心で在ってほしい。シスター・アザレアの心の美しさを知り、受け入れてくれる子たちになってほしい。
シスター・アザレアを傷つけない場所、そして、シスター・アザレアの望む、神のためにすべての花の修道女が美しい心で在れる場所。それが、私の望む『楽園』なんだ」
シスター・ルドベキアの瞳に浮かぶ、切なさ、悔しさ、そして、いとおしさ……。私の胸に、シスター・ルドベキアの心が迫ってくるようでした。
「シスター・アザレアのことを、とても、想っていらっしゃるのですね」
「ああ……。彼女とはもう、話せないけれど」
「そう、なのですか……。それは、どうして……」
「アザレアが望んだんだ。ここに来た時、『私に、もう二度と話しかけないで』と」
胸が痛くなりました。深く想っている方にそんな風に言われたら。二度と話すことができないとしたら……。
「悲しいです……」
「いいんだ。アザレアが望んだことなら、アザレアのためなら、私はなんだってする。どんな罪も苦しみも、背負っていける」
シスター・ルドベキアの想いの強さを感じて、私の胸はぎゅっと痛くなりました。切なくて、でも、とても美しいと思いました。
「だけどこれは、私にはできない。どうか、お願いしたい。これから先も、アザレアが傷つけられない場所をつくってほしい。すべての花の修道女が、どんな子の美しさもみつけられ、受け入れられるようにしてほしい。私にできることがあるなら、なんだってする。約束する」
シスター・ルドベキアは、畏れ多くなるくらい深々と一礼をすると、すっと立ち上がりました。
「最後に、伝えておこう。マザーは、罪女ニゲラの追放を目論んでいる。
そもそもニゲラを解放したのだって、花の修道女たちの目に触れさせて、皆の恐れを蔓延させ、ここにいさせてはならない存在だと、君に知らしめようと思ったからだろう。だから仕事を決める時も、ひとこと任命すればいいのに、わざわざすべての仕事場をまわらせたのだろう。
今も、シスター・アザレアに罪女ニゲラを監視させ、逐一報告をさせている。きっと、何かを企んでいる。罪女ニゲラを追放する理由を探しているのだと思う。もしこのまま罪女ニゲラが周りから受け入れられなければ、それを理由にする可能性もある。いずれにせよ、花の修道女たちに罪女ニゲラを受け入れてもらった方がいい」
シスター・ルドベキアは右手を胸に当て、さらりとした一礼をくださると、シスター・アザレアの花の色をしたお手紙を大切に抱きしめて、帰っていかれました。
私は、少し困惑していました。マザーは、神様は、ニゲラ様を赦してくださっていなかったのでしょうか。ニゲラ様を追放したいとお考えなのでしょうか……。
マザーのお気持ちはわかりません。ですが、何にせよ、ニゲラ様が皆さんに受け入れていただけるよう、頑張らなければ、と思いました。
たくさんお世話になったシスター・ルドベキアを幸せにしたいという思いもありますし、それに、シスター・ルドベキアに皆さんのことを信じてほしいと思うのです。
皆さんは、見ず知らずの私を受け入れてくださいました。シスター・ルドベキアの理想とする、どんな子の美しさもみつけて受け入れ、手を差し伸べてくださる美しい心を、皆さんはすでに持っているのです。ただ今は、ニゲラ様の怖い噂によって生じたおびえの気持ちが邪魔しているだけなのです。
そう考えると、ニゲラ様を受け入れていただくことで、皆さんの不安も救えるように思えます。
それにきっと、皆さんに受け入れられ、皆さんと楽しく過ごせたら、ニゲラ様も、今よりもっと幸せになってくださるはずです。
以前、シスター・ルドベキアがおっしゃっていたように、自分が動けば、何かが動くはずです。ニゲラ様の素敵なところが伝わるよう、頑張らなくては。
この後、マザーへのお手紙を書き終わったら、方法を、たくさんたくさん考えたいと思います。
神様、どうか私に素晴らしい発想を授けてください。今日だけでも、頭の動きが早くなりますように。
今日の休息の時間、マザーへお送りするお手紙の便箋と封筒がなくなってしまったため、雑貨職人の仕事場へ行きました。そこでばったり、シスター・ルドベキアにお会いしました。シスター・ルドベキアは、紅色の便箋と封筒をもらっていらっしゃいました。
「美しい便箋と封筒ですね」
とお声を掛けると、
「ああ。君の選んだ便箋と封筒も」
とお褒めいただきました。私は、マザーの印象に合う、純白の便箋と封筒を選びました。
雑貨職人の何人かが、ニゲラ様を見ながら、ひそひそとお話していらっしゃいました。早々に去ろうと、ニゲラ様と一緒に扉に向かうと、シスター・ルドベキアが追いかけていらっしゃいました。
「シスター・セナ。話はできないか。二人で」
「えっ、ありがとうございます。嬉しいです。えっと……」
「じゃあ、私は遠くから見ているわ」
ニゲラ様は、あっさりとそうおっしゃいました。
私たちは、中庭に移動しました。私とシスター・ルドベキアは、秘密の花園の中で座りました。ニゲラ様はいつも座っている長椅子にゆったりと座っていらっしゃいました。
「苦労しているようだね。大丈夫か。気を負っていないか」
「ありがとうございます。大丈夫です。いつか皆さん、わかってくださると信じていますので」
「……どうかな」
シスター・ルドベキアは、ぽつりとつぶやかれました。
「東の花の修道女が罪女ニゲラを頑なに受け入れない様子を見ていて、やっぱり、彼女たちの心は、君のように美しくはなれないのではないかと思いはじめているんだ。でも、君を希望だと思っているのは確かだ。私は、すべての花の修道女に、君のように、どんな子の美しさもみつけることができるようになってほしいから」
シスター・ルドベキアの白い手袋が、きゅっと、ご自身の足もとを強く握られました。とても強いお気持ちがあることをひしひしと感じました。
そして、シスター・ルドベキアはおっしゃいました。
「……私の話を、聞いてくれないか」
シスター・ルドベキアがお話しくださったのは、西の修道院時代のことでした。
西の修道院は、東の修道院よりも少しにぎやかで、華やかな方が多かったそう。エスの文化も、もっとおおっぴらになっていたとのことです。
「私は、皆が好きだった。君のように、皆のやさしさを感じていた。だから、皆を守りたいと思って、騎士長に立候補したんだ。……だけど、皆のやさしさは、みせかけだった」
「みせかけ……?」
「みせかけという言葉が正しいのかはわからない。彼女たちは、私にはやさしかったが、自分たちが疎ましいと思うものにはひどく、つらく当たっていたんだ。アザレア……シスター・アザレアに」
シスター・ルドベキアが、右手で大切に持っていた便箋と封筒の色が、シスター・アザレアの花の色に重なりました。シスター・ルドベキアは、話を続けました。
「シスター・アザレアは、正義感と神への愛がとても強い子なんだ。何より、神のため、神の望む楽園をつくるため、乱れた風紀を整える役を自ら買って取り組んでいた。時間に遅れるものや、少しばかり声が大きいものに、風紀が乱れないよう、声を掛けてまわっていたんだ。彼女は正しいことを言っていた。素晴らしいことをしていた。それなのに……」
シスター・ルドベキアの声が、濁りました。
「西の花の修道女たちは、シスター・アザレアを疎んだ。そして、シスター・アザレアが、西のマザーにエスの禁止令を出すよう進言してから、悪口が蔓延していった。シスター・アザレアがそれに気付いていたのかはわからない。それでも、美しい彼女の尊厳を傷つける腐った言葉を、それを吐き出す奴らを、私は許せなかった。本当の彼女はやさしくて、ただ愛にひたむきな、とても美しい子なのに、それも知らないで……。私はもう、彼女を傷つけたくない。今のところ、ここで彼女を傷つける言動は見聞きしていないが、ここは、彼女を傷つけることのない場所であってほしい。そのために、すべての花の修道女に、美しい心で在ってほしい。シスター・アザレアの心の美しさを知り、受け入れてくれる子たちになってほしい。
シスター・アザレアを傷つけない場所、そして、シスター・アザレアの望む、神のためにすべての花の修道女が美しい心で在れる場所。それが、私の望む『楽園』なんだ」
シスター・ルドベキアの瞳に浮かぶ、切なさ、悔しさ、そして、いとおしさ……。私の胸に、シスター・ルドベキアの心が迫ってくるようでした。
「シスター・アザレアのことを、とても、想っていらっしゃるのですね」
「ああ……。彼女とはもう、話せないけれど」
「そう、なのですか……。それは、どうして……」
「アザレアが望んだんだ。ここに来た時、『私に、もう二度と話しかけないで』と」
胸が痛くなりました。深く想っている方にそんな風に言われたら。二度と話すことができないとしたら……。
「悲しいです……」
「いいんだ。アザレアが望んだことなら、アザレアのためなら、私はなんだってする。どんな罪も苦しみも、背負っていける」
シスター・ルドベキアの想いの強さを感じて、私の胸はぎゅっと痛くなりました。切なくて、でも、とても美しいと思いました。
「だけどこれは、私にはできない。どうか、お願いしたい。これから先も、アザレアが傷つけられない場所をつくってほしい。すべての花の修道女が、どんな子の美しさもみつけられ、受け入れられるようにしてほしい。私にできることがあるなら、なんだってする。約束する」
シスター・ルドベキアは、畏れ多くなるくらい深々と一礼をすると、すっと立ち上がりました。
「最後に、伝えておこう。マザーは、罪女ニゲラの追放を目論んでいる。
そもそもニゲラを解放したのだって、花の修道女たちの目に触れさせて、皆の恐れを蔓延させ、ここにいさせてはならない存在だと、君に知らしめようと思ったからだろう。だから仕事を決める時も、ひとこと任命すればいいのに、わざわざすべての仕事場をまわらせたのだろう。
今も、シスター・アザレアに罪女ニゲラを監視させ、逐一報告をさせている。きっと、何かを企んでいる。罪女ニゲラを追放する理由を探しているのだと思う。もしこのまま罪女ニゲラが周りから受け入れられなければ、それを理由にする可能性もある。いずれにせよ、花の修道女たちに罪女ニゲラを受け入れてもらった方がいい」
シスター・ルドベキアは右手を胸に当て、さらりとした一礼をくださると、シスター・アザレアの花の色をしたお手紙を大切に抱きしめて、帰っていかれました。
私は、少し困惑していました。マザーは、神様は、ニゲラ様を赦してくださっていなかったのでしょうか。ニゲラ様を追放したいとお考えなのでしょうか……。
マザーのお気持ちはわかりません。ですが、何にせよ、ニゲラ様が皆さんに受け入れていただけるよう、頑張らなければ、と思いました。
たくさんお世話になったシスター・ルドベキアを幸せにしたいという思いもありますし、それに、シスター・ルドベキアに皆さんのことを信じてほしいと思うのです。
皆さんは、見ず知らずの私を受け入れてくださいました。シスター・ルドベキアの理想とする、どんな子の美しさもみつけて受け入れ、手を差し伸べてくださる美しい心を、皆さんはすでに持っているのです。ただ今は、ニゲラ様の怖い噂によって生じたおびえの気持ちが邪魔しているだけなのです。
そう考えると、ニゲラ様を受け入れていただくことで、皆さんの不安も救えるように思えます。
それにきっと、皆さんに受け入れられ、皆さんと楽しく過ごせたら、ニゲラ様も、今よりもっと幸せになってくださるはずです。
以前、シスター・ルドベキアがおっしゃっていたように、自分が動けば、何かが動くはずです。ニゲラ様の素敵なところが伝わるよう、頑張らなくては。
この後、マザーへのお手紙を書き終わったら、方法を、たくさんたくさん考えたいと思います。
神様、どうか私に素晴らしい発想を授けてください。今日だけでも、頭の動きが早くなりますように。