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作者: 鈴奈
Exspetioa2.12.24 (2)
 目が覚めると、ニゲラ様のお部屋にいました。
 ニゲラ様が必死に私を呼ぶお声が聞こえ、ゆっくりと、自分の意識が遠いところから引き戻されていく感覚がし、ようやく、私は目を覚ましたのです。外の光の様子から、早朝、夜が明けてすぐだったようでした。
 目に映ったニゲラ様は、少し息を切らしながら、私の手首をベッドに押し付けていらっしゃいました。
 私が、「ニゲラ様……」とお呼びすると、心配そうなニゲラ様のお顔が、溶けるような安堵のお顔に変わりました。そして、私の上に被さって、力強く抱きしめ、「よかった……」とつぶやかれました。お声が少し、震えていらっしゃいました。

「ラジアータのところへ行ったのね」

「はい……ご心配をおかけし申し訳ありません。あの……私はどうしてここに……」

 ニゲラ様は、私から少し体を離すと、不安そうなお顔で私の頬を撫でました。

「セナは、ラジアータに毒を入れられ、操られていたの」

 私は、ニゲラ様が必死に呼びかけてくださったおかげで、無意識のうちにイクス・モルフォの力を使い、元に戻ったようでした。ですが念のためにもう一度、毒が体からすべて抜けるようお祈りをしました。白い光が消え、「もう大丈夫です」とお伝えした時です。
 ふふふ、ふふふ……という声が聞こえてきました。窓を見ると、夜の光に照らされる、四羽の蝶が漂っていました。
 ――ニゲラ。明日会えるのを、楽しみにしているわ……。
 幾重もの高い声が、そう言いました。
 ニゲラ様は、

「セナに手を出したこと、後悔させてやるわ」

 と吐き捨てられました。蝶たちは笑いながら、空の向こうに飛んでいきました。

「それで。どうしてラジアータのもとへ行くことになったの?」

 私は、行くことになった経緯や、ラジアータさんとお話しした内容をすべてお伝えしました。

「あの、ニゲラ様。私、ニゲラ様に、何をしたのでしょうか……」

 私はわかっていました。何か、ひどいことをしたに違いないのです。これだけニゲラ様のネグリジェが乱れていらっしゃるのだから……。私は泣きそうになりながら、ごめんなさい、と謝りました。ニゲラ様は、「あら、覚えてないのね」とぽつりとつぶやくと、ニッとほほ笑みました。

「私に、キスをしてきたわ」

 私は、時間が止まったようにかたまりました。
 キス……私から、ニゲラ様に……。
 その言葉の意味をやっと理解した時、私は恥ずかしさのあまり、頭のてっぺんまで、体すべてが熱くなって、思わず悲鳴をあげてうずくまりました。涙があふれて止まりません。ですが、顔を覆い、体をまるめて泣く私に、ニゲラ様が意地悪な声でささやきました。

「本当に覚えていないの? ずっと求めてきていたけど? どうしてずっとキスをしてくださらないのですか、って言ってきたけど? あれはセナの気持ちじゃないの?」

 私はしばらくの間、嗚咽を漏らして泣き続けました。
 たくさん泣いて落ち着いてくると、ニゲラ様の笑い方がやさしくなり、頭を撫でてくださいました。顔を上げると、ニゲラ様はやさしくほほ笑み、

「セナは、何かされていない? 毒は、どこから入れられたかわかる?」

 と心配そうにおっしゃいました。

「何も……毒は、唇の中に、舌を入れられた時に……」

 ニゲラ様は、きょとんとされました。

「セナ……。それは、何か、されているわよ」

 私が、「え?」と言った時でした。ニゲラ様が私の顎を持ちました。私は、察しました。

 キス――!

「だめ! だめです!」

 私は大きな声を出して、やめていただこうとしました。恥ずかしさでいっぱいだったのです。
 ニゲラ様は、「そう、だめなの」とおっしゃって、私の顎から手を離されました。
 私はほっとしたような――でも、少しさみしいような気持ちになりました。見るからにそういう顔をしていたのでしょう。ニゲラ様は苦笑して、「どっちなの?」とおっしゃいました。ですが、私が考える間もなく、再び私の顎を持ち、

「まあどっちにしても、私がしたいからするのだけど」

 とおっしゃいました。そして、私の唇に唇を重ね、私の少し開いた唇に、舌を……だめです、恥ずかしくて書けません! 
 ニゲラ様は唇を離すと、

「幸せの上書きね」

 とおっしゃり、ニッとほほ笑まれました。
 その後の記憶はありません。私はあまりのドキドキに耐えきれなくなって、倒れてしまったようでした。
 
 目を覚ますと、ニゲラ様はすでに着替えを終えていらっしゃいました。私が自室に戻ろうとした時、

「ラジアータと接触したこと、マザーに言ってはだめよ」

 とおっしゃいました。理由はわかりませんでしたが、ニゲラ様がそうおっしゃるなら、その通りにしようと決めました。
 その後は、いつも通りの時間を過ごしました。
 休息の時間、ニゲラ様はずっと、何かを考えていらっしゃるようでした。ニゲラ様に咲く美しい花々も、心なしか、元気がないように見えました。
 私がお力になれたらいいのに……。
 そう思って訊いてみたのですが、

「大丈夫よ。ただ、考えているだけだから」

 とのことでした。私にできることは、静かに見守っていることだけでした。
 もどかしさと切なさとが湧き、私は苦しくなって、胸を握りました。


 マザーとは、明日に迫った大礼拝の練習をしました。午前の練習の最後に、マザーに、私が儀式に着るドレスを見せていただきました。十月の発表があった日から、服飾の皆さんがつくってくださり、ようやく昨日の午後の労働の時間の終わりに完成したのだそうです。毎日、貴重なお時間と労力をかけて、素晴らしいドレスをつくってくださった、服飾の皆さんに感謝。
 全身純白のレースでできた、ふんわりとしたドレスでした。袖がありませんでした。それに、胸もとが開きすぎているように思えました。マザーは、「イヴはいつもこういうドレスを着ていた」と満足そうなご様子でいらっしゃいました。

「着てみる?」

 私は、首を振りました。マザーは「じゃあ、明日のお楽しみだね」とほほ笑みました。

「セナが『神の花嫁』になれば、神の幸せが実現する。神の楽園は、明日、実現する」

 明日――明日、ついに、「神の花嫁」になる……。

 そう思った途端、私は急に、不安になりました。
 私は、指先で軽く、白いドレスに触れました。私がこれを身にまとうなんて、想像ができませんでした。
 ラジアータさんや皆さんがおっしゃってくださった、「自分が幸せになる選択をしなさい」というお言葉が、ぐるぐるとしました。

「神の花嫁」になることが、本当に、私を幸せにする選択なのでしょうか。
 私にとって、「神の花嫁」になることは、幸せなことなのでしょうか。
 こんな気持ちで、「神の花嫁」になっていいのでしょうか……。
 私は、私を幸せにする選択がなんなのか、わからなくなってしまったようでした。

 私は、決められないまま、マザーの部屋を後にしました。
 部屋に戻り、日記を書きながらゆっくり考えて、真っ暗な窓の外を見て……。

 もう、後戻りはできないように思えました。
 そうであるなら、もう悩まないようにしようと思いました。

 私たちは、いつもわからない未来に向かって進んでいます。きっと幸せになれると、不思議な期待を胸にして。今回だって同じことです。
 だから、きっとこれが幸せな選択なのだと、そう信じたいと思います。
 未来は、意外と大丈夫。
 いつかニゲラ様にいただいたお言葉を唱えると、不思議と、本当に大丈夫な気持ちがしてきました。
 儀式で唱える誓いの言葉を、最後にもう一度読んで、眠りたいと思います。

 明日という日が、私にとって、皆さんにとって、そして、神様にとって、幸せなものとなりますように。
 Ex animo.
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