R-15
part Aki 5/16 pm 5:03
「あのさ 時間あるんだったら 部屋 上がっていかない?」
マジで? 部屋に呼んでくれるの?
……いや。いちいち 興奮することも無い。これは〈学校帰りのお茶〉でボクたちは〈女の子同士〉だ…。こんのさんにとっては なんてことの無いことなんだろう。
「えっ? お部屋 行っても いいんですか?」
ちょっと驚いたフリを入れつつも 冷静に対応する。
〈あき〉の仮面をかぶるように なってから こういう演技のスキルばっかり上がってる。自分の素直な気持ちは 隠したままだ。だから こんのさんみたいな 自分の気持ちに 素直に生きてる人に 惹かれるのかな…?
素直な気持ちとしては かなりのドキドキだった。
なんといっても 女の子の部屋に行くのは 初めてだ。確かに はるなとか美優姉とか仲のいい女の子の友だちは いるけど 聖心は 私学で けっこう家がバラバラで離れてる(一番の仲良しのなっちゃんの家まで ウチからたぶん2時間半くらいかかる)。だから 一緒に遊びには行くけど 友だちの家に行くってゆーのは あんまり無い。少なくともボクは2回しか無いし その2回ともサクヤの誕生パーティーで 驚くほど広い自室にみんなで上がらせてもらったけど 女の子の部屋に行ったって感じじゃなかった。
それに あきの友達でも 2人きりになるのは ボクが意識的に避けていた。
もちろん女子校通いしてるんだから そういう状況になることも 時々あるけど 相手は ともかく ボクにとっては なんとなく気まずい。親しくなるのも 考えものだった。今の友達との関係は とっても素敵って思うしだからこそ これ以上親しくなりすぎると その子のこと〈好き〉になってしまう気がする。せっかくの友だちに 恋愛感情 持っちゃったせいで 関係がギクシャクするなんて 最悪だ。中1のとき 初めて仲良くなった子のこと〈好き〉って思った日から ぎこちなくなって 結局 ボクから 距離をとってしまった。彼女とは 今でも 話すけど あの頃みたいに親しくは ない。
友達や後輩にも『です・ます』の敬体で話すのも あんまり親しくは なりたくないってゆー気持ちの現れかも。まぁ もう癖になっちゃってるってゆーのもあるけどね。
そういう意味では 通学電車で出会う『名も知らぬ美少女』ってゆーのは ボクの恋愛対象としては ちょうど良かったんだ。『君を想うとき』の歌詞みたいにさ…。
~ 新しい春が来て 君は もういない
ボクは ここにいて 遠く 君を想う~
まぁ そんな感じで 切ない青春の1コマになれば良かったんだけど ボクは こんのさんを助けたし こんのさんは ボクに声をかけてくれた。
2人は 出逢っちゃったんだ。好きになった人と その後 親しくなっていくってゆーのは 中1のときとは 逆だけど たぶん 今回もハッピーエンドは 用意されていないだろう…。あの時みたいな苦い思い出になるのか? それとも もっとツラい煉獄の苦しみを永遠に味わうのか?
……でも いいんだ。
こんのさんの部屋で 2人きり。きっと ボクが妄想してるようなことは 起こらないし できもしないだろう。それでも 今のドキドキ感だけで ボクは 十分 幸せだった。
今が 幸せなら それでいい…。
……いいんだよ。自分で決めたんだから。
「うん。狭くて ゴチャゴチャしてて 悪いんだけど あきちゃんに 見て欲しいものがあるんだ」
わざわざ 自室に呼んで見せたいものって何だろう?
性格が根暗だから どっちかってゆーと 不安の方が大きいけど そんなことは 言えるハズもない。
「え? なんだろう? ちょっと楽しみです」
笑顔で返す。
ホント ボクは 素直さからは ほど遠い人間で こんのさんに 申し訳ない…。
でも ホントに何だろ? ペットとかかな?
子犬や子猫 モルモットとか ウサギみたいな小動物って かわいいって思うけど 実物は 苦手だ。なんか どう動くか予想つかないし 小さ過ぎて 触ったら怪我させちゃうんじゃないかって 思っちゃって 怖いんだよね…。まして トカゲとかヘビとかの爬虫類系とか 昆虫とかだったらどうしよう…。
想像が 悪い方へと傾いていく。保育園のころは お兄ちゃんたちのマネをして 素手でセミやカブト虫を掴めた ボクだけど そういう部分は この10年で 完全に女子化した…。不意打ちで ゴキなんか見た日には 最高音域で 悲鳴を上げる確信があった。ってゆーか 男の子って ホントに昆虫 怖くないの? 謎だ…。
ちょっと不安な気持ちのまま こんのさんに続いて 厨房に入る。
厨房の奥では こんのさんのお父さんが なにやら作業をしていた。身長は180cmくらいかな? うちのパパと あんまり変わらない気がする。短めの髪を キンキンに染めて立てていて かなりヤンチャな印象だ…。眉毛の形が こんのさんにそっくりで なんとなく可笑しみを感じる。
すぐ横を 会釈をして通り過ぎる。
厨房の一番奥に 靴箱が置いてあって その横が 階段になっている。
靴箱の上に 子ども3人の似顔絵が 描かれた色紙が 飾ってあった。ショッピングモールなんかで時々やってる プロが20~30分で描いてくれるってヤツだと思う。お兄さんが小学生くらい こんのさんと 弟くんは まだ 幼児さんなんだけど 3人とも 眉毛が お父さんそっくりで 吹き出しそうになる。階段の壁面には 家族の記念写真とか お出かけの写真とかが いっぱい貼ってあったんだけど こんのさんが さっさとと2階に上がっちゃったから ゆっくり見れなくて残念だった。こんのさんの小さいころの写真 見たかったな。七五三っぽい晴れ着姿の写真も ちらっと見えたんだけど よく見えず…。
階段を上がったところに さらに階段があって こんのさんは 3階へと上がっていく。
さっきの階段より さらに急で 狭い。手すりを持たないと ちょっと怖いくらいだ。こっちの壁は もう少し最近の写真なのかな? こんのさんのバレーのユニフォーム姿の写真や 野球ユニフォーム姿のお兄さんの写真なんかが 飾ってある。
階段を上がりきったところは 踊場というか 小さな廊下みたいなスペースで 木製のスライドドアが並んでいた。
たぶん 裏側が襖になっているタイプだと思う。手前側に3枚 奥に1枚だ。
「そこは 兄貴たちの部屋。こっち来て」
こんのさんは 奥へと案内してくれて スライドドアを開ける。
「あきちゃん 入って。ここが あたしの部屋。ホント狭いから ゴメンね」
「お邪魔しま~す」
中を見渡す。
そこは ボクが 想像していた女の子の部屋とは まったくの別物だった。でも ため息が出るほどに こんのさんの部屋だった。自分が つくづく世間知らずのお嬢様なんだって思う。
昭和の香りのする四畳半の和室。
もちろん学習机なんて無い。
窓側に 四角い折りたたみ机があって その上に 授業で作ったんだろうなってゆー感じのペン立てと 写真立て それに 電気スタンドが 置かれている。写真には 紺色の制服を着た女の子たちが 5~6人写っていて 真ん中に写っているのが こんのさん。今より 少し幼い顔で ポニーテールにしている。きっと中学の卒業式だな。みんな 卒業証書の黒い筒を持ってるし。
机の横には カラーボックスが置かれていて 教科書や参考書が 並べられている。上には スマホの充電スタンドと 修学旅行のお土産かな? 京都っぽい小さな和人形が置かれている。
入口の横には 2枚の襖。きっと押し入れだ。そこの鴨居に架けられたハンガーに 藤工の制服が キチンと吊ってある。その横に ファスナー式のクローゼット。そして 3段に積まれた衣装ケース。
隣に ほぼ同じ高さの 木製のチェスト。上には クレーンゲームで取ったっぽい ぬいぐるみが 並べられている。たぶん 家具がお兄さん達の部屋側に集めてあるのは 目隠しや防音考えてだと思う。部屋の仕切りの襖 外したら 続き広間になる構造だもんな この家…。
そしてチェストの上の壁面には スチレンボードに貼られた A2版の大きなポスターが2枚。
左側は こんのさんが好きだってゆーアイドル〈HAL&TELL〉のポスター。たぶんTELLの方… だと思う。確信は ないけど。サインとおぼしきものも印刷されているけど 1文字目が TなのかHなのか判読できない。
できればスルーしたい話題だ…。
「わぁ HAL&TELLの大きなポスター。こっちのポスターは Vリーガーさんですか?」
「そうそう。星光フェニックスの児嶋 悠花さん。悠花さん 桜橋出身だし 応援してんのよね。たま~に うちのお店にも 来てくれるんだよ。レジのところに 色紙もあるし」
右側は 朱色のユニフォームを着た バレー選手のポスター。
〈6 OH 児嶋 悠花〉って印刷されている。男性アイドルに比べたら バレーボールの方が ずっと興味が持てる。そもそも こんのさんの話題の半分くらいは バレーボールがらみ…。そんなワケで ここ1ヵ月 ネットやテレビで ボクは バレーボールについて 色々とリサーチした。
バレーボール自体は 体育の授業で 経験したことは あるけど もともと運痴な上に 女子の中でも 背の低いボクには お嬢様学校のゆるゆるバレーボールだろうと 活躍の場は 無い。たまにいる 経験者の子の鋭いスパイクが 飛んでこないことを祈りながら 静かに過ごすのが ボクのプレースタイルだ。
そんな ボクにとっては どーでもいい競技だったバレーボールだけど 観るスポーツとしては 俄然 興味がわいた。
まず ポジションがあるってこと。
もちろん セッターくらいは 知ってたけど ブロック中心の人とか レシーブの専門のポジションとかもある。ちなみにOHは アウトサイドヒッターの略。いわゆるアタッカー。こんのさんのポジションもOH。でも エースはOHじゃなくOPってゆーんだ。オポジットの略。で いろんなポジションの人が ローテーションしていくし 相手チームもローテーションするから 色んなシチュエーションが生まれる。誰が打つ? ブロックは 何枚? そこの色んな作戦や駆け引きが 面白い。でも 本当に面白いのは そんな駆け引きなんか 打ち砕くような鮮烈なスパイクがあるってこと。相手の攻撃読み抜いて ブロック3枚跳んだのに それを突き抜けるエースのアタック。
あんなに高く跳んで 目の覚めるようなスパイク打てたら きっと最高の気分なんだろうなって思う。こんのさんが 青春を傾けてるのもわかる気がする。
逆かな?
こんのさんが 青春傾けてるから バレーボールが 面白いって思えるのかも…。
………。
……。
…。
to be continued in “part Kon 5/16 pm 5:07”