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作者: 立花零亥
残酷な描写あり
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「これはどういうことか、説明してもらおうではないか!」
 塔崎の加勢によって勢いを盛り返した部隊は、別働隊が到着するまで全滅を回避した。合流後、総勢三十機となった部隊は敵を撤退に追い込み町を制圧。前線基地へと帰還するなり、FAMから飛び出したソフィアが白人の部隊長へと掴みかかった。
 塔崎の予想通り、その基地では撤退準備が進んでいた。既に輸送機の一部は飛び立った後のようで、正規軍の保有するFAMは基地の外だった。
 血相を変えた金髪碧眼の美女が、部隊長の襟を締め上げている。
「貴官は我々を捨て駒にして、貴官らだけは逃げおおせようとしていたのではないか!?」
「それは誤解だ、ブルーメールさん」
 白人男が弁明する。
「この前線基地を破棄するのは、本部の意向だ。あなたたちには知らせていなかっただけだ」
 ソフィア・ブルーメールが相手ともなれば、流石の部隊長も下手に出るようだ。そうなるのも頷ける。彼女は政府軍本部が直々に大金を積んで傭兵市場から雇い入れた、言わば虎の子である。ぞんざいに扱えば、どんな階級であろうと首が飛びかねない。正規軍人よりも好待遇を受ける傭兵の存在は、経済戦争がもたらした現代の戦場を象徴している。
「知らせなかった、だと?我々の部隊を敵陣に放置し、政府軍は撤退しているではないか。この基地の補給路が寸断されたのをいいことに、我々を盾にして部隊の再編を図るつもりだったのだろう!」
「そんなことをする理由がない!傭兵市場から雇い入れた貴官ほどの人材を見捨てるなど、言語道断だ!」
 それは嘘だろう。塔崎は数人の仲間と一部始終を眺めつつ、心の内で反論する。
 大枚をはたいた高級人材とはいえ、所詮は傭兵。本来的に戦闘員——武力闘争への参加権を有する存在——に分類されず、諸条約や戦時国際法による保護を受けられない。自国の正規兵を重用する気運が残っている上に、高級な傭兵ともなれば雇用費も無視できるものではない。一部でも予算を圧迫すれば、危険な前線に放置してでも関係を切りたがるのは当然の成り行きである。
 そこら辺にしておけ、と言いかけた時、こちらに接近する人影が見えた。この場に不相応な、高級そうなスーツの男女三人である。塔崎を含む傭兵たちが、スーツのバッジのデザインに目を疑った。それは、傭兵業界において知らぬ者はいないものである。
 一見すると何の変哲もない企業のロゴである。背中に折れた矢が突き刺さったライオンが、盾をかばっているデザイン。それはスイス・ルツェルン州に存在する「嘆きのライオン像」を象っている。
 「嘆きのライオン像」とは、フランス革命時にルイ16世を守るべく殉職したスイス人傭兵ギャルド・スイスを偲ぶ像である。「盾」はルイ16世と彼の家族を表し、その背に矢を受けながら盾をかばう「ライオン」は殉職した傭兵たちを表す。それを象ったバッジは、欧州に本社を置く傭兵市場マークス・マーケットの運営企業「W-CAMワールドワイド・ソルジャー・コネクション・アンド・マネジメント」のものである。
 つまりスーツの男女は、W-CAMより派遣された「連絡要員」ということになる。接近にまったく気づかない揉め事の当事者ふたりを除き、その場にいる傭兵たちが姿勢を正す。
「ガストン・アンダーソン大尉、お話が」
 三人組は足を止め、先頭の男が咎めるような口調で話を切り出す。すると二人は弾かれたように互いに距離を取り、三人組に向き直る。
 塔崎はこの男に見覚えがあった。一年ほど前。キプロスのW-CAM代理店で、傭兵市場への登録を打診した際の対応者である。
 彼はガリア・ドノヴィエと名乗り、元・参謀本部情報総局GRUであると明かした。実際にW-CAMには、GRUのみならずFSBやDIA、CIA、SISといった諜報組織の退職者が多く在籍している。
「ガストン大尉。あなたには、弊社の仲介規則を大きく逸脱し、雇用兵員との別個契約要項を一方的に破棄した疑いが持たれています」
「待ってくれ、なんのことだ」
「つきましては、現時刻をもって弊社在籍のソフィア・ブルーメールとの契約を停止させて頂きます」
「誤解だ、私はなにもしていない」
「弊社の記録によれば、あなたはソフィア・ブルーメールとの契約にある「適切な作戦装備の調達を支援すること」および「状況不詳の前線へ投入しないこと」の二点を履行せず、不足状態での戦闘行為を強制しました」
「……」
 ソフィアは鋭い目つきを崩さずに口元をわずかに歪め、それを見たガストン部隊長の血走った目が大きく見開かれる。
「貴様!」
 三人組へ飛び掛かるガストン。距離は2メートル前後。直後、くぐもった破裂音が二度耳朶を打つ。ガリアの背後に立つ女が、不自然な格好でカバンに手を突っ込んでいた。ガストンがうつぶせに倒れる。彼の胸元から血溜まりが広がってゆく。
 連絡要員の女が、ゆっくりとカバンから手を抜く。サプレッサーを装着した拳銃——SIG SAUER P228——が握られていた。彼女はP228を片手で構えなおし、ガストンの後頭部に一発撃ち込む。胸部に二発、頭部に一発。実にプロらしい手際で殺害を実行した。
「契約停止に異存はありませんね。それから、塔崎康太さん」
 ガリアからの突然の指名に内心で驚く。登録の確定か、それともトラブル発生か——。
「なんだ」
「あなたの弊社への登録が一時凍結されました。登録再開の時期は未定です。弊社としても非常に残念ではありますが、どうかお待ちください」
「……そうか」
 落胆する。しかし同時に、理由は明瞭だった。やはりその場の流れで傭兵になった者には、そう簡単に道は開かれないということか。
 由緒正しきスイス人傭兵ギャルド・スイスの遺志を今に伝える彼らからすれば、商品として取り扱う傭兵の質は譲れない問題である。
「それでは、我々はこれで。ソフィアさんは移動の準備を」
 ガリア含む三人組は会釈し、ソフィアをエスコートしつつその場を離れる。彼らの背中を眺めつつ、傭兵たちは緊張を崩す。
「またチャンスはあるさ」
 同傭兵部隊の男が塔崎の肩を叩く。あぁ、と気の無い言葉を返す。振り返ると、見知った顔が笑みを浮かべていた。
「グエン……!?」
 その男は、三ヶ月ほど前、ボスニア・ヘルツェゴビナでの任務で同じ部隊に編成されたグエン・シアレンスだった。ひと足先に塔崎が契約満了して以来関わりはなかったが、このミンダナオ島で再会するとは。
「それにしても、こんな場所で会うとはな。ボスニアでは世話になった」と、グエン。
「傭兵の生きる世界は、見た目よりもずっと狭いらしいからな。不思議なことでも無いのかも知れん」
 しかし何かが違えば、グエンとは敵同士だった可能性もある。反政府軍も傭兵部隊を擁している。彼もまた優秀な傭兵であり、敵対は避けたいのが塔崎の本心である。
「ボスニアではどうだった。俺は先に離れたが」
「まあひどいもんだったぜ。多国籍軍が介入するまで、サラエヴォの目と鼻の先で籠城戦だった。一歩間違えてたら死んでいた」
「そうか。ここの後で仕事は」
「入っているさ。次は日本だ」
「日本だと?確かに日本は条約(傭兵の募集、使用、資金供与及び訓練を禁止する条約)に批准していないが……民間警備員として、か?」
「いや、それがよく分からん。まあ仕事が入ったら受けるしか無いからな。お前の方はどうなんだ」
「まだ未定だ。直近まで仕事を回されないのがフリーの辛いところだな」
「W-CAMの所属なら、心配することはない。チャンスは巡ってくるもんだ」
「ありがとう」
 僅かに離れた場所では隊員たちが基地司令に詰め寄っていたが、この前線基地はつい数十分前までは放棄される前提だったものだ。それに補給拠点の有力候補の町を制圧したというだけで、補給の再開は未定である。今更ここを守る戦術戦略価値は、極めて薄いか、存在しない。
 グエンと別れた塔崎は空を仰ぎ見る。戦場であることを忘れられそうなほど澄み渡っていた。青い、青い空Sky, blue sky.
 FAMの格納スペースへ向かう。正規兵部隊のFAM戦力が蒸発した今、頼れるのは傭兵部隊のみである。
「塔崎康太」
 ソフィアのよく通る声がした。そちらを見ると、彼女は右手を上げていた。
「良い腕だった。また会おう」
 塔崎は微笑み、右手を上げ返して応える。ソフィアと三人組が兵舎の門を曲がって見えなくなる。
 四人を見送った塔崎は自機に向き直る。肩部装甲の一部に被弾したようで、抉られた跡は50口径の威力を物語っていた。DShkも含めて現場の裁量で与えられた装備とはいえ、機銃弾の飛び交う前線で命を預ける物。表面装甲の傷の他にも、気にするべき点は多数ある。
「ほとんど無傷か」
 格納スペースの奥から、オリーブドラブのつなぎを着た初老の男が現れる。無精髭のある白人で、髪は白髪交じりの栗色。
「傭兵部隊の整備担当、ヨハン・リストだ。元・ドイツ陸軍FAM戦略師団。あんたの活躍は聞いとるよ」
「塔崎康太だ。よろしく」
 格納スペースの壁面には、大量の武器弾薬類が並んでいた。ふと、ソフィア機が装備していたカスタムKPVを思い出す。
「彼女のKPVだが、アンタが作ったのか」
「ああ。元はここの対空機銃だった」
「よく作ろうと思ったな」
「期待に応えるのが俺の仕事だからな。嬢ちゃんのバトルアクスもそうだし、一昨日死んだジョゼのライフルも俺が作った……ほら、こいつだ」
 リストが台座に乗った巨大な銃器を引き出す。バレットM109に酷似しているが、かなり砲身が長く、照準装置も人間用スコープではなくFAM用の電子サイトが搭載されている。
「M109を基にした30ミリライフルだ。徹甲焼夷弾APIを使う」
「凄いな」
「重装FAMでも一発だ。戦車は無理だがな」
「今日、近接兵装を鹵獲したんだが」
「おう、見せてみな」
 自機の横に置いたFAMサイズのダガーを見せる。黒い特殊合金製で、切先には赤い血と駆動液がついたままである。
「こいつは、剥き身で持ち歩くには危険だな」
「町を包囲していたティーガル2の持ち物だった。使いやすかったぞ」
「そういえば、ブローニングの銃身バレルに刃物を取り付けるアダプターが売られていた。それに対応していたんじゃないか」
「そこまでは分からんが……これのシースを作ってくれないか」
「機体に取り付けるのか?」
「ああ、気に入ったからな。敵からブローニングも手に入れたことだ」
「分かった。すぐに取り掛かろう。ついて来い」
 リストに連れられて、格納スペース奥の作業場へ入る。自動制御の工作機械が、入力データをもとに様々な素材を加工していた。その一つに向かい、リストが作業を始める。
 壁沿いに一体の黄色いFAMが直立していた。西側標準規格のFAM中枢骨格であるM7フレームに鉄パイプを組んだだけの外装であり、配線を守る薄層装甲以外は存在しない。その塗装もあり、一見すると『エイリアン2』のパワーローダーに見える。
「そいつは作業用だ。使わないがな。一応、いつでも起動できるようにしている」
「宇宙船でクイーン相手につかうのか?」
「それはキャメロンかウィーバーに言ってくれ」
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