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作者: てすん†G.NOH
残酷な描写あり
目覚め
この物語は現在執筆中です。2024/02/03時点
各章ごとに書き上げ、校正したのち公開いたしますのでのんびりお待ちください。
 ——目覚めなさい、勇者よ。
 まどろむ意識の中、どこからともなく聞こえる穏やかな声。
 ——あなたに祝福を授けました。
 耳触りの良い優しげな女性の声。
 勇者? 祝福?
 単語はわかるがなぜ今そんな言葉を語りかけられているのか理解ができない。
 手足どころか首も動かない。目も開かない。強いていえば、揺蕩う水の中にいるような感覚。自分の体は溶けてしまっているのではないのかという錯覚さえ感じる。
 ——強靭な肉体と不屈の心。それを以て、正義をなすのです。
 めんどくさそうなことを押し付けられたような気がした。
 正義ってなんだ。ネットの世界で動画見て、義憤に駆られてろくに調べもせずにクソリプ送りつけて回るやつか?
 それくらい現代社会において「正義」に信頼はなかった。あえてあるとすれば推しが可愛いことくらいか。
 可愛いは正義——。
 そんなことを思った刹那。意識は再び夢の深淵へと落ちていく。
 自分は何をしていてこうなったんだったか、今は思い出せない。ただ漠然と、嫌な予感はした。

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 著莪しゃがあやめは物書きだった。
 商業で書いたことはない。発表の場はもっぱら小説投稿サイト。それをまとめ本にし、即売会フリマで売る。そんな生活を続けていた。
 一次創作も二次創作もこなすが、最近見たアイドルのアニメで推しができ、ここしばらくは二次創作をしている。
 年は二十歳。
 実家暮らしのコンビニバイト。稼いだ金は推しと本の製本代に注ぎ込んでいた。
 身長は一六〇ちょうど。猫背で伸ばし放題の黒髪、度の強いメガネと引き笑いがトレードマーク。
 人付き合いが苦手な性格だが、本人の描く物語のエモさと推しに対する解釈、解像度の高さでフォロワーは少なくなかった。
 また、天体観測趣味が高じて天体写真をSNSに挙げるようにもなり、たまにそれがバズることもある。
 とはいえ。
 基本的には全く平凡な同人作家に過ぎなかった。今この瞬間までは。
 目覚めればそこは、全く見たことのない部屋だった。
 ひと一人分のサイズがある水槽。あるいはバスタブ。
 何かの液体に満たされたそれにあやめは寝かされており、覚醒と共に慌てて上半身を起こした。
 どこからともなく聞こえるモーター音。心電図のような——あるいは心電図そのものと思える——ピッピッと鳴るビープ音。
 病院かと思うも壁や床、天井の質感からして異様だ。
 部屋の広さは十畳ほどだが、壁には機器類が埋め込まれている。壁紙のようなものはなく、かといってコンクリートや木材が剥き出しという感じもしなかった。
 ふらつく体で這い出て、壁に近づいてみる。黒っぽく落ち着いた色の金属板のように見える。表面は梨地処理になっていて、光の反射率は低い。床も天井も同じような感じだった。ドアらしいものも見当たらない。
 ——何、ここは。
 声に出そうとしたがうまく声が出なかった。振り返れば自分が寝ていた桶のそばに、薄手のガウンのようなものがかかっている。
 よく見てみればあやめは裸だった。どことなく違和感を感じていたのはそれゆえか。
 得体の知れないよくわからない液体も洗い流したかったが、シャワーもなければタオルも見当たらない。この建物内のどこかにあるのかも知れないが。
 なんにせよと、とりあえずガウンを羽織る。社会人である以上、裸でうろつき回るわけにもいかない。というか、ここがどこだかもわからない場所で、誰がいるかもわからないような場所で、自分の裸を晒したくない。
 ——しかし暑いな。
 空調が壊れているのではないかと思える程度には室温が高く感じられた。茹だるほどではないが、濡れた体の水分が気化してもなお肌寒さはない。この分では髪もすぐに乾くだろう。乾き切った後のこの温度は発汗を促して、きっと不快になるに違いないと思われた。
 ふと、ガラスが目に入る。
 窓枠のようなものがない変わった窓だ。壁に直接ガラスが埋め込まれてある。
 そこから、外が見えた。
 どこまでも広がる草原。青空に浮かぶ分厚い雲のかけらたち。地平線の向こうにうっすらと見える高い山々と赤黒く染まった空。かなりの距離があるのに、稲光さえ見える異様な景色。
 大地は起伏に富んでいるようだったが何よりも異様なのは所々不自然に張り出した岩山だった。大地に対して斜めに突き出ている。
 あやめは絶句した。こんな景色、日本ではもちろん自分の知る知識の範囲では見たことなかった。まるで、ファンタジー世界の景色だ。もしかして竜でも飛んでいるのではと思って見上げてみたが、流石にそれはなかった。
 窓ガラスに張り付いて、発する言葉も見当たらずただ呆然と眺めているあやめ。
 その時、耳が微かな音を拾ってピクッと動いた。
 で。
 今のいままで気づかなかった。体の違和感は、別のものが原因だろうと思っていた。しかし、ガラス窓にうっすらと反射している自分の顔を見てみると、頭に一対の大きな毛の塊が張り付いているのが見えた。
 ——いやいやまさか。
 そう思いながら恐る恐る触れてみる。
 触っている感触はまさに動物の耳。触られている感触ももちろんあった。びっくりして尾が跳ねる。お尻に、太ももの裏に、髪とは違う毛が触れている。尾骶骨びていこつの延長線上に、乾きつつある立派なロングコートの尾が生えていた。
 ——な、な、な……
「なんじゃこりゃあああああああああ‼︎」
 まさか。そんな。
 驚愕し過ぎて思わず声が出た。
 に尻尾。明らかに人間の体ではない。よくよく見てみれば、指先に肉球らしきものもある。それは足の指にもあった。
 そしてなにより、メガネがなくても見えている。自分の体に異変が起こっている。
「いヒェんしか起こってないが⁉︎」
 あやめが騒いだからだろうか。何者かが部屋に近づいてくる音がした。足音から相手は一人とわかる。
「うひぇっ、やばばば、ど、どする⁉︎」
 あたりを見回すも、使えそうなものは何もない。ガウンのかかっていたハンガーを武器にしようかとも思うもどう見ても頼りないのでやめた。
 壁が開くと一人の女性が慌てて入ってきて、何かをあやめに話しかけた。が、何を言っているのか理解できない。
「ハ、ヴィ リマルキス。エスタス ボーネ、ネ ティーム。ミ ヴォーコス ラ ディイノン ヌン」
 唯一聞き取れたのは——
「ボコす⁉︎ ボコすって言った⁉︎ え、ちょ、まじで⁉︎ じょじょじょ冗談じゃないよっ」
 注意の逸れていた女性に体当たりをして、あやめは必死で脱出を試みた。
 出口がどこだかわからないが、ひたすら走り続ける。映画などでよくみる警報なども警戒していたが、結局鳴らなかった。
 五分ほど走り続けて見つけた、外に通じる扉。地面までそれなりの高さがあったものの、背に腹は変えられないと飛び降り、怪我もなく無事に脱出できたあやめだった。
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