残酷な描写あり
逃避行
転生した先で直近の記憶を失い、ケモミミと尻尾が生えた状態で目覚めたあやめ。
不穏な気配を感じて逃げ出すが——
不穏な気配を感じて逃げ出すが——
それから半日が経ち、日はすっかり暮れていた。にもかかわらず、気温は相変わらず高い。
日本にいた頃とは変わり果ててしまった世界と自分。満天の星々だけがあやめを慰めている。
そもそもなぜ自分はここにいるのか。ライトノベルなどでよくある異世界転生のような馬鹿げた話が、いま実際に自分の身に降りかかっている。
「死ぬ直前、アタシは何してたんだっけ」
生前の自分に思いを馳せてみる。最後に記憶があるのはバイトに向かおうと電車に乗っているところだった。少なくともトラックに撥ねられてはいない。
「バイト、そう。バイトのために電車に……あれ?」
それはおかしい。あやめのバイト先は地元のコンビニだ。電車に乗る必要がない。けれど確かに「バイトに行く目的」で電車に乗ったという強い確信はあった。
「なんのバイトだ……?」
空腹に耐え、考えを巡らせる。記憶の糸を手繰り寄せる。
普段とは違うバイト。
変わったバイト。
自分から探すことはしないから、人伝か。
いや、SNSの広告だ。フォローしてるアカウントが出してた短期バイト募集の広告——
あやめがフォローしているアカウントは割と偏っている。同人仲間、好きなゲームやアニメ、また宇宙科学研究所系の公式アカウント。お金配布や怪しいバイト系のアカウントは軒並みスパム報告してブロックしていた。
ある程度絞り込めた気はするものの、空腹で頭が回らない。幸い、綺麗な川があり喉を潤すことはできたものの、行くアテも生きるアテもないいま、不安しかなかった。空腹を満たす手段さえままならない。
——このままだと遅かれ早かれ死ぬ……でも今は。
疲労からくる眠気に身を任せ、あやめは眠りにつくのだった。
翌朝。
日が登る前に起きたあやめは、暑くなる前に出発することにした。
生い茂る草の下に鋭利なものはなさそうで、裸足で歩いても怪我しないことだけは幸いに思えた。
——それと。
昨夜、ぼんやりと星空を眺めていて気づいたことがある。月は地球と同じく一つらしかった。ただ、視直径に関しては地球よりやや小さい。伸ばした腕の小指の爪の半分程度が地球の月のサイズなのだが、ここの月はそれに満たないのである。だが模様はそっくりだ。
この世界の月は地球の月と似たような組成だったのだろうか、とあやめは思った。他の地球型惑星の月なんて見たことがないので比較のしようもないが、現に目で見てそっくりなのだから条件が似ていれば見た目も似てくるのだろう、程度の認識ではあったが。
月を眺めたら次は惑星の確認だった。どうやら、この世界にも他に惑星があるらしい。恒星との見分け方は簡単で、光が瞬くか否かだ。恒星は遠いが惑星は近い。それゆえ反射する光も太く、大気で揺らぎにくいため瞬かない。
夜間に目で確認できた惑星と思しき光源は二つ。夜明け前に確認したものが一つ。
つまり、外惑星が最低でも二つ以上、内惑星が同じく一つ以上あると言うことだ。
残念ながら星座の知識は乏しく、実際の地球との差異は確認はできていない。
「もっと真面目に星座の勉強をすればよかったかも」
星座はあくまで初期の天文学や占星術に使われたファンタジーの要素が強い知識で、あやめの天体に対する興味とは微妙に食い違っていた。例えば、太陽が二つあったり月が二つある惑星から空を眺めたらどんな景色が見られるのかを空想することはあっても、神話に準えた登場人物が星座になった物語には全く興味がなかったのである。恒星を探すにしてもスマートフォンのアプリ頼みだった。
「いまさら悔やんでも後の祭りかぁ。はぁ。後の祭りなんて言葉、実生活で使うとは思わなかったよ。いや、いま実生活っていう実感もないけどサ」
そんな独り言を言える余裕があったのも昼まで。日が暮れる頃には空腹と疲労で何も喋らなくなっていた。
今夜は空を眺める余裕もない。普段運動不足の割には歩けている方だが、何より無我夢中で逃げ出した方向に歩き続けているのでこの先に人里があるとも限らない。
絶望を感じ始める。
こんなところでのたれ死ぬのか。そんなのは嫌だ。理不尽すぎる。
なんの因果か、こんなよくわからない世界に転生したのだとしても、覚醒めて早々こんなログアウトの仕方なんてしたくない。
もっと生を楽しんでもいいはずだし、書きかけの同人小説のことも気がかりだし、親も心配していることだろう。
——何よりスタダの二期を見ずして死ねないんだわ。
「転生モノだとなんらかで元の世界に帰れるってのが相場だよねぇ。そうだよなぁ、くそ女神」
ひとりごちて思い出す。目覚める前に言われた言葉。
『目覚めなさい、勇者よ』
『あなたに祝福を授けました』
聞いたことのない女の声だった。勇者と言われた。祝福と言われた。それなのにこの惨状である。
「馬鹿か」
思わず吐き捨てた。
逃げ出す必要はなかった可能性もある。耳にした「ボコす」も聞き間違いだったかもしれない。そもそも他の言葉が日本語じゃないのに、ボコすだけ日本語であると解釈する方がおかしい。
判断を誤った。が、いまさら丸二日の道のりを戻りたくはなかった。
「お腹すいた……風呂入りたい。ふわふわの暖かいベッドで寝たい。推しの声を聞きたい……」
二日目の夜は過ぎていった。
日本にいた頃とは変わり果ててしまった世界と自分。満天の星々だけがあやめを慰めている。
そもそもなぜ自分はここにいるのか。ライトノベルなどでよくある異世界転生のような馬鹿げた話が、いま実際に自分の身に降りかかっている。
「死ぬ直前、アタシは何してたんだっけ」
生前の自分に思いを馳せてみる。最後に記憶があるのはバイトに向かおうと電車に乗っているところだった。少なくともトラックに撥ねられてはいない。
「バイト、そう。バイトのために電車に……あれ?」
それはおかしい。あやめのバイト先は地元のコンビニだ。電車に乗る必要がない。けれど確かに「バイトに行く目的」で電車に乗ったという強い確信はあった。
「なんのバイトだ……?」
空腹に耐え、考えを巡らせる。記憶の糸を手繰り寄せる。
普段とは違うバイト。
変わったバイト。
自分から探すことはしないから、人伝か。
いや、SNSの広告だ。フォローしてるアカウントが出してた短期バイト募集の広告——
あやめがフォローしているアカウントは割と偏っている。同人仲間、好きなゲームやアニメ、また宇宙科学研究所系の公式アカウント。お金配布や怪しいバイト系のアカウントは軒並みスパム報告してブロックしていた。
ある程度絞り込めた気はするものの、空腹で頭が回らない。幸い、綺麗な川があり喉を潤すことはできたものの、行くアテも生きるアテもないいま、不安しかなかった。空腹を満たす手段さえままならない。
——このままだと遅かれ早かれ死ぬ……でも今は。
疲労からくる眠気に身を任せ、あやめは眠りにつくのだった。
翌朝。
日が登る前に起きたあやめは、暑くなる前に出発することにした。
生い茂る草の下に鋭利なものはなさそうで、裸足で歩いても怪我しないことだけは幸いに思えた。
——それと。
昨夜、ぼんやりと星空を眺めていて気づいたことがある。月は地球と同じく一つらしかった。ただ、視直径に関しては地球よりやや小さい。伸ばした腕の小指の爪の半分程度が地球の月のサイズなのだが、ここの月はそれに満たないのである。だが模様はそっくりだ。
この世界の月は地球の月と似たような組成だったのだろうか、とあやめは思った。他の地球型惑星の月なんて見たことがないので比較のしようもないが、現に目で見てそっくりなのだから条件が似ていれば見た目も似てくるのだろう、程度の認識ではあったが。
月を眺めたら次は惑星の確認だった。どうやら、この世界にも他に惑星があるらしい。恒星との見分け方は簡単で、光が瞬くか否かだ。恒星は遠いが惑星は近い。それゆえ反射する光も太く、大気で揺らぎにくいため瞬かない。
夜間に目で確認できた惑星と思しき光源は二つ。夜明け前に確認したものが一つ。
つまり、外惑星が最低でも二つ以上、内惑星が同じく一つ以上あると言うことだ。
残念ながら星座の知識は乏しく、実際の地球との差異は確認はできていない。
「もっと真面目に星座の勉強をすればよかったかも」
星座はあくまで初期の天文学や占星術に使われたファンタジーの要素が強い知識で、あやめの天体に対する興味とは微妙に食い違っていた。例えば、太陽が二つあったり月が二つある惑星から空を眺めたらどんな景色が見られるのかを空想することはあっても、神話に準えた登場人物が星座になった物語には全く興味がなかったのである。恒星を探すにしてもスマートフォンのアプリ頼みだった。
「いまさら悔やんでも後の祭りかぁ。はぁ。後の祭りなんて言葉、実生活で使うとは思わなかったよ。いや、いま実生活っていう実感もないけどサ」
そんな独り言を言える余裕があったのも昼まで。日が暮れる頃には空腹と疲労で何も喋らなくなっていた。
今夜は空を眺める余裕もない。普段運動不足の割には歩けている方だが、何より無我夢中で逃げ出した方向に歩き続けているのでこの先に人里があるとも限らない。
絶望を感じ始める。
こんなところでのたれ死ぬのか。そんなのは嫌だ。理不尽すぎる。
なんの因果か、こんなよくわからない世界に転生したのだとしても、覚醒めて早々こんなログアウトの仕方なんてしたくない。
もっと生を楽しんでもいいはずだし、書きかけの同人小説のことも気がかりだし、親も心配していることだろう。
——何よりスタダの二期を見ずして死ねないんだわ。
「転生モノだとなんらかで元の世界に帰れるってのが相場だよねぇ。そうだよなぁ、くそ女神」
ひとりごちて思い出す。目覚める前に言われた言葉。
『目覚めなさい、勇者よ』
『あなたに祝福を授けました』
聞いたことのない女の声だった。勇者と言われた。祝福と言われた。それなのにこの惨状である。
「馬鹿か」
思わず吐き捨てた。
逃げ出す必要はなかった可能性もある。耳にした「ボコす」も聞き間違いだったかもしれない。そもそも他の言葉が日本語じゃないのに、ボコすだけ日本語であると解釈する方がおかしい。
判断を誤った。が、いまさら丸二日の道のりを戻りたくはなかった。
「お腹すいた……風呂入りたい。ふわふわの暖かいベッドで寝たい。推しの声を聞きたい……」
二日目の夜は過ぎていった。