残酷な描写あり
R-15
第10話 鈴音の狩り
昨日は更新するのを忘れていたので、本日2話更新する事で帳尻合わせます。
申し訳ございませんでした。
申し訳ございませんでした。
明嗣が吸血鬼の居場所の手掛かりを探していた一方で、明嗣の散々な言い様にご機嫌ナナメの鈴音は……。
「はぁ〜、疲れた……」
ダンスフロアから少し離れた休憩スペースで、メロンソーダを飲んでいた。せっかくのクラブという事もあり、精一杯楽しもうという事でひとまず吸血鬼探しは置いといて場の雰囲気に浸っていた鈴音だが、ちょっとはしゃぎ過ぎてしまったようだ。喉が渇いたので一旦踊るのをやめて、飲み物を確保しに飲食スペースへと向かった。飲み物を確保する際、同じように踊り疲れて休憩しようとやってきた女性客に絡まれて辟易としている明嗣の姿を見つけたが、助け舟を出す事をせずにその場を去る事を選んだ。
彼女持ちだと思い込ませて追い払う事もできたけど……まぁいっか。アタシ、そこまでお人好しじゃないし。
それよりも喉の渇きを癒す方が優先、と鈴音はストローでメロンソーダを吸い込む。炭酸が口の中で弾ける感触を楽しんでいると、鈴音の元へ一人の青年がやって来た。黒のシャツの上に青いレザージャケットを羽織ったその青年は鈴音の隣へ無遠慮に腰を下ろすと「ねぇ」と声を掛ける。
「キミ、今一人? 誰かと一緒に来てるの?」
「見ればわかるでしょ」
素っ気ない返事をしつつ、鈴音は周囲を見回した。
見渡せば同じように踊り疲れた客が飲み物片手に一息ついている者がちらほらと見受けられる。鈴音の隣に座っている青年はおそらく、周りの席はカップルや友人で埋まっているのに対し、鈴音が一人でいるのを良い事に狙いをつけたのだろう。
だが、今の鈴音は機嫌が悪い。ナンパ野郎など相手にする気になれなかった。
「アタシ、今そんな気分じゃないの。女の子引っ掛けたいなら他を当たって」
「そんなつれない事言わないでよ。なんか嫌な事あったんなら話聞くよ?」
「ふーん?」
鈴音は値踏みするように青年を見つめた。顔は色白で、目鼻の形は整っていて悪くない。服の趣味も落ち着いており、鈴音の好みと合致する。ちょっと興味が湧いた鈴音は、せっかくなので青年の誘いに乗ってみる事にした。
「実は一緒に来ていた男の子と喧嘩しちゃってね。ソイツったら酷いんだよ? 『女は魔物だ〜』とか言いたい放題言っちゃったりして」
「うわ、そんな事言われたんだ。酷いね」
「でしょ? だからアタシ、もう勝手にすればって言ってソイツの事ほっといて一人で遊んでたんだよね」
「そっか。じゃあ、今喧嘩中なんだ?」
「まぁね〜。って言っても付き合っている訳でもないけど。あーあ……どっかにアタシに優しくしてくれる素敵な王子様でも現れないかな〜……」
テーブルに両腕で頬杖をつき、鈴音はさりげなく相手が欲しいアピールをして見せる。すると、目の色を変えるように青年が即座に食いついた。
「せっかくだからさ、もうちょっと落ち着いた場所でお話しない? オレ、ここの常連でさ。二人っきりで話せる良いとこ知ってるんだけど」
「え!? ほんと!? あ、でも……」
すぐに頷きかけた鈴音だったが、思いとどまり周囲を気にするように辺りを見回す。散々ボロカスに言われたとは言え、やはり明嗣のことが気にかかるらしい……と、言うのは建前。
焦らす事で反応を伺うという駆け引きのテクニックである。
対して青年は、迷う鈴音の背中を押すように手を握り、目を見つめた。
「一緒に来てたソイツ、キミの事を傷つけるような事言ったんだよね? ならさ、そんな奴のことなんて忘れて、オレと楽しい時間過ごそうよ。そっちのほうが絶対良いって!」
「んー……」
なおも鈴音は悩むような仕草で青年を焦らす。そのまま、4、5秒ほど考え込むと、答えを出した鈴音は席を立つ。
「どこ行くの?」
「ここを出る前にお化粧直すの。ちょっと待ってて」
「……! うん、ゆっくりね」
欲しかった言葉を引き出した青年は、心の中でガッツポーズを取った。
その後、戻ってきた鈴音は荷物を置いたまま、青年と腕を組みダンスフロアを後にした。
フロアを抜け出した二人がやって来たのは、豪奢な印象を与える個室だった。
シャンデリアを模した照明に照らされる室内は、黒と赤を中心に彩られていた。
部屋に入るなり備え付けの冷蔵庫の扉を開いた青年は、鈴音へ声をかける。
「まあ、適当に座ってよ。オレ、ちょっと喉渇いちゃったから何か飲むけど、キミは?」
「せっかくだからもらっちゃおうかな」
呼びかけに答えながら、赤い革張りのソファーに腰を下ろした鈴音は、太もものポーチから透明な液体が入った小瓶を取り出した。そして、二人分のグラスとシャンパンのボトルを手にやってきた青年はボトルの栓を抜いた。コルクが抜けるポン、と軽快な音と共に口から煙が上がる。慣れた手つきで二人分のグラスにシャンパンを注いだ青年は、自分のグラスを手に取り軽く掲げた。
「それじゃ、乾杯」
「あ、待って。アタシ、いい物持ってるよ」
グラスに口をつける前に鈴音が先程取り出した小瓶をテーブルの上に置いた。すると、青年は不思議そうにそれを手に取った。
「何これ?」
「お酒が美味しくなる魔法の薬、かな?」
「あ、もしかしてキミ、悪い子?」
「さぁ、どうでしょう?」
イタズラっぽく微笑み、鈴音はイエスともノーとも言えない返事で答えを濁す。そんな鈴音の様子を受け、青年は怪しむような目付きで見つめるが、すぐさま引っ込めて小瓶の中身をシャンパンが入ったグラスへ注いだ。
そしてグラスを一息に煽ると、青年は苦しげな呻き声を上げながら、喉を押さえた。そして痛みにのたうち回るようにソファから転げ落ちる。
「お……前……!! オレに……何を……のま……せた……!?」
ぜぇぜぇと全身で息をしながら、青年はなんとか言葉を紡ぐ。一方、鈴音は脚を組み、頬杖をついて見下ろすような形で苦しむ青年を眺めていた。右手では隠し持っていたクナイを指先で弄ぶようにクルクルと回っている。
「あれ〜? アタシが飲ませたのってただのお神酒のはずなのに、なんでそんな事なってるの?」
「お神酒……だと……?」
「そう。理由は分からないけど、お神酒やお寺でお祓いを受けた水も聖水と同じ効果が得られるらしいんだよね。それで、お神酒を飲んでそれだけ苦しむ事は……あなたは吸血鬼って訳だ」
「いつ気付いた……!」
「ん〜、もしかしてと思ったのは、手を握られた時かな。冷え性にしては冷たすぎ。でも確信なかったから連れ出して二人っきりになりたかったんだけど、そんな必要なくなっちゃった。手間を省いてくれてありがと♪」
鈴音が手首のスナップを利用し、クナイを青年へ投擲した。ヒュッという風切り音と共に、クナイはまっすぐ青年へと向かって行き、標的へ突き刺さる。
このクナイは、ワスプナイフを参考にして作られた特別な物である。ワスプの名の通り、尻の針を刺して毒を注入するスズメバチを参考に作られたそれは、毒殺を目的としたナイフ。もちろん、このクナイにも吸血鬼にとって致死の毒である死人の血が充填されているのだ。
刺さった瞬間、麻酔銃の弾のようにクナイに内蔵された注射器のピストンが押し込まれ、死人の血が注入される。すると、苦しみで呻き声を上げていた青年は、消えかけのロウソクが消えるように息を引き取り、その身体を灰へと変えた。
「さてと、宝探しと行きますか」
灰の中からレザージャケットを拾い上げた鈴音は、ポケットの中身を物色し始めた。
しかし、めぼしい物は一向に出てこない。出てくるのは財布やスマートフォン、あとはこのクラブの会員証と思われる黒いカードのみだ。これらの持ち物をテーブルに並べた鈴音は首を傾げた。
「あれ? これだけ?」
吸血鬼の中には、手に入れた獲物をシェアする者もいる。そういうタイプの場合は漏洩するのを嫌い、データなどに頼らず、手書きの集合場所を記したメモを持っているのだ。
しかし、睡眠薬やクロロホルムなどの拉致に使うために使用する薬物や、獲物を運び込む場所の所在地が記されたメモが出てくるかと思われたが、どうやらあてが外れてしまったらしい。
「うーん……? こういう場合って仲間がいると思ったんだけどな……」
これで終わりにしてはあっさりし過ぎだと感じる。なぜなら、マスターから聞いた話によれば消えたこのクラブの利用者の人数は二桁に至るのだ。たった今片付けたコイツ一人がやったにしてはいささか規模が大きいように感じる。
いったいどういう事かと鈴音が考え込んでいると突如、勢い良くVIPルームの扉が開け放たれた。
「よう。ここにいたのか。ちょっと来てもらおうか」
入ってきたのは、いかにもと言った雰囲気をまとう黒いスーツを来た男が5人だった。おそらく、このクラブの警備を担当している者達だと思われる。
入り口を塞ぐように男たちに対し、鈴音は小首を傾げてなんの事か分からないという体で応対した。
「え、何? お兄さん達、誰? アタシ、なんにも悪いことしてないよ?」
「ウチのボスがお前を連れてこいと言ったんだ。良いから来い」
「ふーん、そうなんだ。なら、アタシにはフラレたって言っといてね。そっちのボスとか知らないから。じゃあね」
鈴音が無理やり男達の間を抜けて、部屋から出ようとした瞬間だった。突如、鈴音は脇腹に何か尖った物を突きつけられる感触を味わった。
ちらりと横目で脇腹へ視線を向けてみると、そこには折りたたみ式のナイフが突きつけられている。その状態でナイフを持った男が鈴音にもう一度命令した。
「良いから黙ってこい」
「あ〜、そんな危ない物持ってちゃいけないんだ〜。警察に通報しちゃおっかな?」
「今すぐここでブスリといかれてぇのか」
「あーもう、分かった。分かったからそんな物しまってよ」
観念の意思表示として鈴音は両手を上げて降参のポーズを取った。そして、男に囲まれながら鈴音は事務所へ連行されていく。
そこへ入れ替わる形で明嗣がやってきた。男達に小突かれながら連行されていく鈴音を遠目で視認した明嗣は、足を止めた。
あれ、持月……? なんで囲まれ――! アイツ、とちったな!?
あんな物言いをしたとは言え、一応審査を任された身である。
鈴音が失敗をしたのなら、フォローに回るのが明嗣の今回の役目でもあるのだ。なので明嗣はすぐさまルートを変更し、“黒い線”を持つ者達に囲まれて連行されていく鈴音を追いかけ始めた。
「はぁ〜、疲れた……」
ダンスフロアから少し離れた休憩スペースで、メロンソーダを飲んでいた。せっかくのクラブという事もあり、精一杯楽しもうという事でひとまず吸血鬼探しは置いといて場の雰囲気に浸っていた鈴音だが、ちょっとはしゃぎ過ぎてしまったようだ。喉が渇いたので一旦踊るのをやめて、飲み物を確保しに飲食スペースへと向かった。飲み物を確保する際、同じように踊り疲れて休憩しようとやってきた女性客に絡まれて辟易としている明嗣の姿を見つけたが、助け舟を出す事をせずにその場を去る事を選んだ。
彼女持ちだと思い込ませて追い払う事もできたけど……まぁいっか。アタシ、そこまでお人好しじゃないし。
それよりも喉の渇きを癒す方が優先、と鈴音はストローでメロンソーダを吸い込む。炭酸が口の中で弾ける感触を楽しんでいると、鈴音の元へ一人の青年がやって来た。黒のシャツの上に青いレザージャケットを羽織ったその青年は鈴音の隣へ無遠慮に腰を下ろすと「ねぇ」と声を掛ける。
「キミ、今一人? 誰かと一緒に来てるの?」
「見ればわかるでしょ」
素っ気ない返事をしつつ、鈴音は周囲を見回した。
見渡せば同じように踊り疲れた客が飲み物片手に一息ついている者がちらほらと見受けられる。鈴音の隣に座っている青年はおそらく、周りの席はカップルや友人で埋まっているのに対し、鈴音が一人でいるのを良い事に狙いをつけたのだろう。
だが、今の鈴音は機嫌が悪い。ナンパ野郎など相手にする気になれなかった。
「アタシ、今そんな気分じゃないの。女の子引っ掛けたいなら他を当たって」
「そんなつれない事言わないでよ。なんか嫌な事あったんなら話聞くよ?」
「ふーん?」
鈴音は値踏みするように青年を見つめた。顔は色白で、目鼻の形は整っていて悪くない。服の趣味も落ち着いており、鈴音の好みと合致する。ちょっと興味が湧いた鈴音は、せっかくなので青年の誘いに乗ってみる事にした。
「実は一緒に来ていた男の子と喧嘩しちゃってね。ソイツったら酷いんだよ? 『女は魔物だ〜』とか言いたい放題言っちゃったりして」
「うわ、そんな事言われたんだ。酷いね」
「でしょ? だからアタシ、もう勝手にすればって言ってソイツの事ほっといて一人で遊んでたんだよね」
「そっか。じゃあ、今喧嘩中なんだ?」
「まぁね〜。って言っても付き合っている訳でもないけど。あーあ……どっかにアタシに優しくしてくれる素敵な王子様でも現れないかな〜……」
テーブルに両腕で頬杖をつき、鈴音はさりげなく相手が欲しいアピールをして見せる。すると、目の色を変えるように青年が即座に食いついた。
「せっかくだからさ、もうちょっと落ち着いた場所でお話しない? オレ、ここの常連でさ。二人っきりで話せる良いとこ知ってるんだけど」
「え!? ほんと!? あ、でも……」
すぐに頷きかけた鈴音だったが、思いとどまり周囲を気にするように辺りを見回す。散々ボロカスに言われたとは言え、やはり明嗣のことが気にかかるらしい……と、言うのは建前。
焦らす事で反応を伺うという駆け引きのテクニックである。
対して青年は、迷う鈴音の背中を押すように手を握り、目を見つめた。
「一緒に来てたソイツ、キミの事を傷つけるような事言ったんだよね? ならさ、そんな奴のことなんて忘れて、オレと楽しい時間過ごそうよ。そっちのほうが絶対良いって!」
「んー……」
なおも鈴音は悩むような仕草で青年を焦らす。そのまま、4、5秒ほど考え込むと、答えを出した鈴音は席を立つ。
「どこ行くの?」
「ここを出る前にお化粧直すの。ちょっと待ってて」
「……! うん、ゆっくりね」
欲しかった言葉を引き出した青年は、心の中でガッツポーズを取った。
その後、戻ってきた鈴音は荷物を置いたまま、青年と腕を組みダンスフロアを後にした。
フロアを抜け出した二人がやって来たのは、豪奢な印象を与える個室だった。
シャンデリアを模した照明に照らされる室内は、黒と赤を中心に彩られていた。
部屋に入るなり備え付けの冷蔵庫の扉を開いた青年は、鈴音へ声をかける。
「まあ、適当に座ってよ。オレ、ちょっと喉渇いちゃったから何か飲むけど、キミは?」
「せっかくだからもらっちゃおうかな」
呼びかけに答えながら、赤い革張りのソファーに腰を下ろした鈴音は、太もものポーチから透明な液体が入った小瓶を取り出した。そして、二人分のグラスとシャンパンのボトルを手にやってきた青年はボトルの栓を抜いた。コルクが抜けるポン、と軽快な音と共に口から煙が上がる。慣れた手つきで二人分のグラスにシャンパンを注いだ青年は、自分のグラスを手に取り軽く掲げた。
「それじゃ、乾杯」
「あ、待って。アタシ、いい物持ってるよ」
グラスに口をつける前に鈴音が先程取り出した小瓶をテーブルの上に置いた。すると、青年は不思議そうにそれを手に取った。
「何これ?」
「お酒が美味しくなる魔法の薬、かな?」
「あ、もしかしてキミ、悪い子?」
「さぁ、どうでしょう?」
イタズラっぽく微笑み、鈴音はイエスともノーとも言えない返事で答えを濁す。そんな鈴音の様子を受け、青年は怪しむような目付きで見つめるが、すぐさま引っ込めて小瓶の中身をシャンパンが入ったグラスへ注いだ。
そしてグラスを一息に煽ると、青年は苦しげな呻き声を上げながら、喉を押さえた。そして痛みにのたうち回るようにソファから転げ落ちる。
「お……前……!! オレに……何を……のま……せた……!?」
ぜぇぜぇと全身で息をしながら、青年はなんとか言葉を紡ぐ。一方、鈴音は脚を組み、頬杖をついて見下ろすような形で苦しむ青年を眺めていた。右手では隠し持っていたクナイを指先で弄ぶようにクルクルと回っている。
「あれ〜? アタシが飲ませたのってただのお神酒のはずなのに、なんでそんな事なってるの?」
「お神酒……だと……?」
「そう。理由は分からないけど、お神酒やお寺でお祓いを受けた水も聖水と同じ効果が得られるらしいんだよね。それで、お神酒を飲んでそれだけ苦しむ事は……あなたは吸血鬼って訳だ」
「いつ気付いた……!」
「ん〜、もしかしてと思ったのは、手を握られた時かな。冷え性にしては冷たすぎ。でも確信なかったから連れ出して二人っきりになりたかったんだけど、そんな必要なくなっちゃった。手間を省いてくれてありがと♪」
鈴音が手首のスナップを利用し、クナイを青年へ投擲した。ヒュッという風切り音と共に、クナイはまっすぐ青年へと向かって行き、標的へ突き刺さる。
このクナイは、ワスプナイフを参考にして作られた特別な物である。ワスプの名の通り、尻の針を刺して毒を注入するスズメバチを参考に作られたそれは、毒殺を目的としたナイフ。もちろん、このクナイにも吸血鬼にとって致死の毒である死人の血が充填されているのだ。
刺さった瞬間、麻酔銃の弾のようにクナイに内蔵された注射器のピストンが押し込まれ、死人の血が注入される。すると、苦しみで呻き声を上げていた青年は、消えかけのロウソクが消えるように息を引き取り、その身体を灰へと変えた。
「さてと、宝探しと行きますか」
灰の中からレザージャケットを拾い上げた鈴音は、ポケットの中身を物色し始めた。
しかし、めぼしい物は一向に出てこない。出てくるのは財布やスマートフォン、あとはこのクラブの会員証と思われる黒いカードのみだ。これらの持ち物をテーブルに並べた鈴音は首を傾げた。
「あれ? これだけ?」
吸血鬼の中には、手に入れた獲物をシェアする者もいる。そういうタイプの場合は漏洩するのを嫌い、データなどに頼らず、手書きの集合場所を記したメモを持っているのだ。
しかし、睡眠薬やクロロホルムなどの拉致に使うために使用する薬物や、獲物を運び込む場所の所在地が記されたメモが出てくるかと思われたが、どうやらあてが外れてしまったらしい。
「うーん……? こういう場合って仲間がいると思ったんだけどな……」
これで終わりにしてはあっさりし過ぎだと感じる。なぜなら、マスターから聞いた話によれば消えたこのクラブの利用者の人数は二桁に至るのだ。たった今片付けたコイツ一人がやったにしてはいささか規模が大きいように感じる。
いったいどういう事かと鈴音が考え込んでいると突如、勢い良くVIPルームの扉が開け放たれた。
「よう。ここにいたのか。ちょっと来てもらおうか」
入ってきたのは、いかにもと言った雰囲気をまとう黒いスーツを来た男が5人だった。おそらく、このクラブの警備を担当している者達だと思われる。
入り口を塞ぐように男たちに対し、鈴音は小首を傾げてなんの事か分からないという体で応対した。
「え、何? お兄さん達、誰? アタシ、なんにも悪いことしてないよ?」
「ウチのボスがお前を連れてこいと言ったんだ。良いから来い」
「ふーん、そうなんだ。なら、アタシにはフラレたって言っといてね。そっちのボスとか知らないから。じゃあね」
鈴音が無理やり男達の間を抜けて、部屋から出ようとした瞬間だった。突如、鈴音は脇腹に何か尖った物を突きつけられる感触を味わった。
ちらりと横目で脇腹へ視線を向けてみると、そこには折りたたみ式のナイフが突きつけられている。その状態でナイフを持った男が鈴音にもう一度命令した。
「良いから黙ってこい」
「あ〜、そんな危ない物持ってちゃいけないんだ〜。警察に通報しちゃおっかな?」
「今すぐここでブスリといかれてぇのか」
「あーもう、分かった。分かったからそんな物しまってよ」
観念の意思表示として鈴音は両手を上げて降参のポーズを取った。そして、男に囲まれながら鈴音は事務所へ連行されていく。
そこへ入れ替わる形で明嗣がやってきた。男達に小突かれながら連行されていく鈴音を遠目で視認した明嗣は、足を止めた。
あれ、持月……? なんで囲まれ――! アイツ、とちったな!?
あんな物言いをしたとは言え、一応審査を任された身である。
鈴音が失敗をしたのなら、フォローに回るのが明嗣の今回の役目でもあるのだ。なので明嗣はすぐさまルートを変更し、“黒い線”を持つ者達に囲まれて連行されていく鈴音を追いかけ始めた。