残酷な描写あり
R-15
第12話 そして、少年少女はぶつかり合う
モニターを確認した二人は即座にダンスフロアへ向かった。到着した時の光景は阿鼻叫喚と言うべき地獄絵図が広がっていた。
今すぐこの場を脱したいと出入口へ殺到する群衆。響き渡る悲鳴。そして、何より目につくのが手当り次第にその牙を近くにいた者の首筋に突き立てていく吸血鬼達であった。
「なるほど……吸血鬼はあれだけじゃなかったんだな……!」
状況を理解した明嗣は思わず歯噛みした。
おそらく、今の事態に至ってしまった筋書きはこういう事だと思われる。
鈴音がモニタールームに連行され、明嗣がそのフォローに回っている間に、もう一人か二人ほどの吸血鬼が我慢の限界を迎えたのだろう。その中の一人がトイレに向かった客が背後からガブリと首筋へ噛み付く。当然、腹が空いてすいて仕方ないので一気に飲み干し、噛み付かれた奴は失血性ショックで死亡。しかし、まだ足りない。もっと血が飲みたい。ならばどうする? 簡単だ。目の前の死体を使えば良い。目の前の死体に自分の血液を与え、眷属として蘇生させて従えれば良いのだ。そうしたなら、さらに効率良く血液を集める事ができるし、ゆくゆくは自ら出向かずとも大量の生きた人間から血を吸えるようになる、という寸法だ。
そもそも、ナイトクラブは吸血鬼が活動する夜がメインの営業時間だ。吸血鬼からすると、何も知らずにのこのこやってきた人間を好きに選ぶ事ができる、言わばビュッフェやバイキングのような状態である。利用しない手はない。ここを乗っ取って食堂にでもするつもりだったのだろう。
だが、選んだ場所が「反社会的組織が運営しているナイトクラブ」というのが悪かった。来る日くる日も、弾除けや突撃してきた鉄砲玉を返り討ちにする事ばかり。生き血を啜る事に快楽を見出す吸血鬼から言わせれば快楽に悶え、恐怖に歪む女の表情で征服欲を満たしながら血を吸うのが至上の悦楽であり、虫の息の男の血を吸った所で面白くない所か、欲求不満による鬱屈としたストレスだ溜まっていくだけなのだ。
その不満が爆発した結果が今、目の前に広がる光景、というのが明嗣の見立てだ。
ここまでは良い。起こってしまったのだから事態の収集をつければ良い。やること自体は至って単純だ。問題は、その事態の収集をどうやってつけるか、その一点である。
どうする……どうやってこの場を収めりゃ良いんだ……!?
明嗣は現在の状況と吸血鬼を殺す方法についてを整理した。
吸血鬼を殺すには、7つの方法が存在する。
①銀の銃弾で吸血鬼の頭か心臓を撃ち抜く。
②吸血鬼にとって毒である死者の血液を取り込ませる。
③首を刎ねる。
④日光を当てる。
⑤杭で心臓を貫き、地面に縛り付ける。
⑥火炙りにする。
⑦聖句を読み上げ、その魂を浄化し冥府へ送る。
この内、明嗣が取れる手段は①の銀の銃弾で頭か心臓を撃ち抜く、ただ一つである。なぜなら、明嗣は首を刎ねる物や死者の血液を持ってはいないし、日光浴をさせるには時間が遅すぎる。杭はもちろん、火を点ける物も持ってないし、聖句に至っては聖書の文言なんて覚えていない。
そういう訳で手元にある双銃で銀の銃弾を撃ち放ち、頭か心臓を撃ち抜かねばならないのだが、ここで現在の状況が障害となって立ちはだかる。
「ちょっと! 私を先に通しなさいよ!」
「うるせぇクソ女! 他所のとこ行け!」
「おい! こっちに来るな!」
パニックを起こしたクラブの利用客が互いに罵詈雑言を浴びせながら、生き残るのは自分だと言わんばかりに外へ続くフロアの出入り口へ殺到している。そこへ“黒い線”を持つ吸血鬼達が絶好の獲物だとばかりに迫っていく。さらに……。
「うわあああああ!!」
叫び声が聞こえたのでそちらの方へ視線を向けると、人間の証である“赤い線”を持つ者に混ざる“黒い線”を持つ吸血鬼がいる。おそらく、噛まれた際に吸血鬼の血液を牙を介して流し込まれたのだろう。“黒い線”を持った者が幽鬼のごとき足取りで近づいていき、一番近かった奴へと噛み付いた。すると、一瞬の内に“赤い線”は“黒い線”へと変わり、またすぐ近くの“赤い線”を持つ者へと向かっていく。
さて、明嗣はこのような状況の中で吸血鬼だけを撃ち殺さねばならないのだが、はっきり言って無理難題を突きつけられているに等しい状況だと言えた。
考えてもみて欲しい。周りが吸血鬼だけで、こちらだけを狙ってくる乱戦だったならともかく、パニックを起こした群衆の中で行わねばならないのだ。
それも絶対に一般人に当てることなく正確に。
アルバートから「一般人は絶対に傷つけるな」と教え込まれている明嗣からすると、今の状況は最悪な状況と言えた。
左眼の力で眠らせながら吸血鬼を片付けていくか……? いや、時間がかかり過ぎる!
「……嗣」
こうなりゃ無理に突っ込んで至近距離で確実に……。だめだ。対応できない数で囲まれたらそれで詰む!
「……い嗣!」
あークソッ! どうする! このまま放っておけば、ねずみ算式で増えていくぞ! それもスゲェまずい!
「明嗣!」
思考の袋小路に陥ってしまった所で、明嗣は自分の名を呼ぶ声で現実に引き戻された。明嗣が声のした方へ向くと、鈴音が覚悟を決めたように見つめていた。
対して明嗣はそんな余裕なんてない事を隠しつつ、平静を装って鈴音の呼びかけに答える。
「なんだよ。今、考え事してんだ。話なら後にしてくれ」
「アタシ、この状況を一人でなんとかするなんて絶対無理だと思う」
「はっ。だから一緒にやりましょう、ってか」
「そう。アタシにはこの状況をなんとかできる考えがあるよ。でも、アタシ一人じゃ無理。だから明嗣にも協力して欲しいの」
鈴音の「考えがある」の一言に飛び付きそうになった。しかし、明嗣は彼女の言葉を一蹴する。
「そうかい。あいにく、俺は手一杯でね。よそ当たってくれよ」
「まだ一人でやるって言うつもりなの?」
「ああ、そうさ。今その算段を考えてんだよ。だいたい、勝手にしろつったくせに都合いい時に助けろだなんて虫が良すぎだろ」
冷たく言い放ち、明嗣は突破口を求めて頭を周囲へ巡らせる。戦いにおいて信じられるのは自分の力のみだ。これまでだってそうだったし、これからもそうだ。
全部を自分の責任で済ませる事ができる一人の方が気が楽だから。ミスして追い詰められた時も、ピンチを切り抜けてなんとか生還した時の生きてる感触も、死ぬ時だって全部自分一人の責任で済ませる事ができる。
明嗣は理不尽が嫌いだ。誰かに頼って理不尽に失敗を責めたり、逆に頼られて失敗して理不尽に責められる恐れがある共同作業なんて、明嗣から言わせるとナンセンス以外の何物でもないのだ。
だから、鈴音の助けも借りない。この場だって一人で切り抜ける方法が何かあるはずだ。
焦る思考を必死に制御しつつ、明嗣はひたすら頭を回す。一方、いつまで経っても埒が明かない事に業を煮やした鈴音は、ついに明嗣の肩を掴み、自分の方へ向かせた。
「いつまでも意地はってる場合じゃないでしょ! なんでそうやって自分一人で解決しようとするの!?」
「うるせぇな! 頼れるかどうか分からねぇ奴を信用できるかよ!」
「一回も頼ろうとしなかった癖に信用できるかどうか決めないでよ! 今までどんな奴と組んできたか知らないし、なんとなく女が嫌いなんだろうなって感じてたけどね、今まで会ってきた人たちとアタシを一緒にしないで!」
「じゃあこの状況を本当にどうにかできるってのか! アァ!?」
「できる!」
その言葉で、初めて明嗣は鈴音と向き合って話したような感覚に陥った。鈴音が向けてきている眼差しは真剣そのもの。本気でなんとかできると信じている眼だ。しかし、そのためにはピースが足りない。そのピースがお前だと言いたげに鈴音は明嗣を見つめていた。
「この状況をなんとかしたいのはアタシだって同じ。組んだばかりで信用できないのも分かるけど、今だけはアタシを信じて頼ってよ。それでもアタシの事が気に入らないなら、それでも良いから」
二人の間に重い沈黙が流れる。この間にも状況は刻一刻と悪い状況へ向かっている。このままではこのダンスフロアにいる人間たちが全員吸血鬼となり、こちらへ殺到してくることだろう。考えうる限りの最悪な結末だ。絶対に避けなければならない。
やがて、取るべき最善の手段はこれだ、と腹を決めた明嗣は口を開いた。
「そこまで言うなら良いぜ。乗ってやるよ。どうすりゃいい?」
やっと明嗣が話を聞いてくれる気になった達成感から鈴音の表情に輝きが宿った。この機を逃すものかと気合を入れた鈴音は太もものポーチから札を取り出しつつ、手短に作戦の概要を説明し始めた。
「アタシは式神を使ってこれを壁に貼って回りながら自分の武器を取りに行く。だから、明嗣はできるだけ吸血鬼の数を減らして」
「式神?」
「見てて」
鈴音は札をもう一枚取り出すとクナイを使って指先を切り、その札へ自らの血を垂らした。すると、札の中から赤い羽根の鳥が飛び出してきた。
火の粉を散らしながら、宙を舞うその鳥は鈴音の肩へ降り立ち、自らの毛づくろいを始める。
「この子はアタシの式神の内の一体、朱雀。アシスタントみたいな物だと思ってて。とにかく、アタシとこの子が準備をするから明嗣はその間の時間稼ぎをして」
「準備にかかる時間は?」
「この広さなら……1分あれば十分かな」
指の止血を済ませた鈴音はトントンとつま先で床を叩く。どうやら彼女の方はいつでも行けるらしい。それを受け、明嗣も懐から白と黒の双銃を取り出し、撃鉄を起こした。
「本当に任せて良いんだろうな?」
「もちろん。失敗したら二人とも死んじゃうしね。絶対成功させるから」
「提案に乗った事を後悔しないよう祈ってる。行くぞ」
覚悟を決めた明嗣はパニックの中に飛び込み、至近距離から吸血鬼へ銀弾を撃ち込む。時間稼ぎなら中に飛び込んで、できるだけ注目を集める形で暴れた方がちょうど良い。一方で、鈴音は明嗣の期待に応えるべく、疾風の如き速さで駆け出した。
今すぐこの場を脱したいと出入口へ殺到する群衆。響き渡る悲鳴。そして、何より目につくのが手当り次第にその牙を近くにいた者の首筋に突き立てていく吸血鬼達であった。
「なるほど……吸血鬼はあれだけじゃなかったんだな……!」
状況を理解した明嗣は思わず歯噛みした。
おそらく、今の事態に至ってしまった筋書きはこういう事だと思われる。
鈴音がモニタールームに連行され、明嗣がそのフォローに回っている間に、もう一人か二人ほどの吸血鬼が我慢の限界を迎えたのだろう。その中の一人がトイレに向かった客が背後からガブリと首筋へ噛み付く。当然、腹が空いてすいて仕方ないので一気に飲み干し、噛み付かれた奴は失血性ショックで死亡。しかし、まだ足りない。もっと血が飲みたい。ならばどうする? 簡単だ。目の前の死体を使えば良い。目の前の死体に自分の血液を与え、眷属として蘇生させて従えれば良いのだ。そうしたなら、さらに効率良く血液を集める事ができるし、ゆくゆくは自ら出向かずとも大量の生きた人間から血を吸えるようになる、という寸法だ。
そもそも、ナイトクラブは吸血鬼が活動する夜がメインの営業時間だ。吸血鬼からすると、何も知らずにのこのこやってきた人間を好きに選ぶ事ができる、言わばビュッフェやバイキングのような状態である。利用しない手はない。ここを乗っ取って食堂にでもするつもりだったのだろう。
だが、選んだ場所が「反社会的組織が運営しているナイトクラブ」というのが悪かった。来る日くる日も、弾除けや突撃してきた鉄砲玉を返り討ちにする事ばかり。生き血を啜る事に快楽を見出す吸血鬼から言わせれば快楽に悶え、恐怖に歪む女の表情で征服欲を満たしながら血を吸うのが至上の悦楽であり、虫の息の男の血を吸った所で面白くない所か、欲求不満による鬱屈としたストレスだ溜まっていくだけなのだ。
その不満が爆発した結果が今、目の前に広がる光景、というのが明嗣の見立てだ。
ここまでは良い。起こってしまったのだから事態の収集をつければ良い。やること自体は至って単純だ。問題は、その事態の収集をどうやってつけるか、その一点である。
どうする……どうやってこの場を収めりゃ良いんだ……!?
明嗣は現在の状況と吸血鬼を殺す方法についてを整理した。
吸血鬼を殺すには、7つの方法が存在する。
①銀の銃弾で吸血鬼の頭か心臓を撃ち抜く。
②吸血鬼にとって毒である死者の血液を取り込ませる。
③首を刎ねる。
④日光を当てる。
⑤杭で心臓を貫き、地面に縛り付ける。
⑥火炙りにする。
⑦聖句を読み上げ、その魂を浄化し冥府へ送る。
この内、明嗣が取れる手段は①の銀の銃弾で頭か心臓を撃ち抜く、ただ一つである。なぜなら、明嗣は首を刎ねる物や死者の血液を持ってはいないし、日光浴をさせるには時間が遅すぎる。杭はもちろん、火を点ける物も持ってないし、聖句に至っては聖書の文言なんて覚えていない。
そういう訳で手元にある双銃で銀の銃弾を撃ち放ち、頭か心臓を撃ち抜かねばならないのだが、ここで現在の状況が障害となって立ちはだかる。
「ちょっと! 私を先に通しなさいよ!」
「うるせぇクソ女! 他所のとこ行け!」
「おい! こっちに来るな!」
パニックを起こしたクラブの利用客が互いに罵詈雑言を浴びせながら、生き残るのは自分だと言わんばかりに外へ続くフロアの出入り口へ殺到している。そこへ“黒い線”を持つ吸血鬼達が絶好の獲物だとばかりに迫っていく。さらに……。
「うわあああああ!!」
叫び声が聞こえたのでそちらの方へ視線を向けると、人間の証である“赤い線”を持つ者に混ざる“黒い線”を持つ吸血鬼がいる。おそらく、噛まれた際に吸血鬼の血液を牙を介して流し込まれたのだろう。“黒い線”を持った者が幽鬼のごとき足取りで近づいていき、一番近かった奴へと噛み付いた。すると、一瞬の内に“赤い線”は“黒い線”へと変わり、またすぐ近くの“赤い線”を持つ者へと向かっていく。
さて、明嗣はこのような状況の中で吸血鬼だけを撃ち殺さねばならないのだが、はっきり言って無理難題を突きつけられているに等しい状況だと言えた。
考えてもみて欲しい。周りが吸血鬼だけで、こちらだけを狙ってくる乱戦だったならともかく、パニックを起こした群衆の中で行わねばならないのだ。
それも絶対に一般人に当てることなく正確に。
アルバートから「一般人は絶対に傷つけるな」と教え込まれている明嗣からすると、今の状況は最悪な状況と言えた。
左眼の力で眠らせながら吸血鬼を片付けていくか……? いや、時間がかかり過ぎる!
「……嗣」
こうなりゃ無理に突っ込んで至近距離で確実に……。だめだ。対応できない数で囲まれたらそれで詰む!
「……い嗣!」
あークソッ! どうする! このまま放っておけば、ねずみ算式で増えていくぞ! それもスゲェまずい!
「明嗣!」
思考の袋小路に陥ってしまった所で、明嗣は自分の名を呼ぶ声で現実に引き戻された。明嗣が声のした方へ向くと、鈴音が覚悟を決めたように見つめていた。
対して明嗣はそんな余裕なんてない事を隠しつつ、平静を装って鈴音の呼びかけに答える。
「なんだよ。今、考え事してんだ。話なら後にしてくれ」
「アタシ、この状況を一人でなんとかするなんて絶対無理だと思う」
「はっ。だから一緒にやりましょう、ってか」
「そう。アタシにはこの状況をなんとかできる考えがあるよ。でも、アタシ一人じゃ無理。だから明嗣にも協力して欲しいの」
鈴音の「考えがある」の一言に飛び付きそうになった。しかし、明嗣は彼女の言葉を一蹴する。
「そうかい。あいにく、俺は手一杯でね。よそ当たってくれよ」
「まだ一人でやるって言うつもりなの?」
「ああ、そうさ。今その算段を考えてんだよ。だいたい、勝手にしろつったくせに都合いい時に助けろだなんて虫が良すぎだろ」
冷たく言い放ち、明嗣は突破口を求めて頭を周囲へ巡らせる。戦いにおいて信じられるのは自分の力のみだ。これまでだってそうだったし、これからもそうだ。
全部を自分の責任で済ませる事ができる一人の方が気が楽だから。ミスして追い詰められた時も、ピンチを切り抜けてなんとか生還した時の生きてる感触も、死ぬ時だって全部自分一人の責任で済ませる事ができる。
明嗣は理不尽が嫌いだ。誰かに頼って理不尽に失敗を責めたり、逆に頼られて失敗して理不尽に責められる恐れがある共同作業なんて、明嗣から言わせるとナンセンス以外の何物でもないのだ。
だから、鈴音の助けも借りない。この場だって一人で切り抜ける方法が何かあるはずだ。
焦る思考を必死に制御しつつ、明嗣はひたすら頭を回す。一方、いつまで経っても埒が明かない事に業を煮やした鈴音は、ついに明嗣の肩を掴み、自分の方へ向かせた。
「いつまでも意地はってる場合じゃないでしょ! なんでそうやって自分一人で解決しようとするの!?」
「うるせぇな! 頼れるかどうか分からねぇ奴を信用できるかよ!」
「一回も頼ろうとしなかった癖に信用できるかどうか決めないでよ! 今までどんな奴と組んできたか知らないし、なんとなく女が嫌いなんだろうなって感じてたけどね、今まで会ってきた人たちとアタシを一緒にしないで!」
「じゃあこの状況を本当にどうにかできるってのか! アァ!?」
「できる!」
その言葉で、初めて明嗣は鈴音と向き合って話したような感覚に陥った。鈴音が向けてきている眼差しは真剣そのもの。本気でなんとかできると信じている眼だ。しかし、そのためにはピースが足りない。そのピースがお前だと言いたげに鈴音は明嗣を見つめていた。
「この状況をなんとかしたいのはアタシだって同じ。組んだばかりで信用できないのも分かるけど、今だけはアタシを信じて頼ってよ。それでもアタシの事が気に入らないなら、それでも良いから」
二人の間に重い沈黙が流れる。この間にも状況は刻一刻と悪い状況へ向かっている。このままではこのダンスフロアにいる人間たちが全員吸血鬼となり、こちらへ殺到してくることだろう。考えうる限りの最悪な結末だ。絶対に避けなければならない。
やがて、取るべき最善の手段はこれだ、と腹を決めた明嗣は口を開いた。
「そこまで言うなら良いぜ。乗ってやるよ。どうすりゃいい?」
やっと明嗣が話を聞いてくれる気になった達成感から鈴音の表情に輝きが宿った。この機を逃すものかと気合を入れた鈴音は太もものポーチから札を取り出しつつ、手短に作戦の概要を説明し始めた。
「アタシは式神を使ってこれを壁に貼って回りながら自分の武器を取りに行く。だから、明嗣はできるだけ吸血鬼の数を減らして」
「式神?」
「見てて」
鈴音は札をもう一枚取り出すとクナイを使って指先を切り、その札へ自らの血を垂らした。すると、札の中から赤い羽根の鳥が飛び出してきた。
火の粉を散らしながら、宙を舞うその鳥は鈴音の肩へ降り立ち、自らの毛づくろいを始める。
「この子はアタシの式神の内の一体、朱雀。アシスタントみたいな物だと思ってて。とにかく、アタシとこの子が準備をするから明嗣はその間の時間稼ぎをして」
「準備にかかる時間は?」
「この広さなら……1分あれば十分かな」
指の止血を済ませた鈴音はトントンとつま先で床を叩く。どうやら彼女の方はいつでも行けるらしい。それを受け、明嗣も懐から白と黒の双銃を取り出し、撃鉄を起こした。
「本当に任せて良いんだろうな?」
「もちろん。失敗したら二人とも死んじゃうしね。絶対成功させるから」
「提案に乗った事を後悔しないよう祈ってる。行くぞ」
覚悟を決めた明嗣はパニックの中に飛び込み、至近距離から吸血鬼へ銀弾を撃ち込む。時間稼ぎなら中に飛び込んで、できるだけ注目を集める形で暴れた方がちょうど良い。一方で、鈴音は明嗣の期待に応えるべく、疾風の如き速さで駆け出した。