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作者: 龍崎操真
残酷な描写あり R-15
第18話 少女の拒絶
 人気ひとけのない夜道に、少女が必死に走る靴音が響く。何かを振り切るように息が切れるのも気にせず、少女はひたすらまっすぐに全力で走る。
 事実、靴音の主である澪はつい先ほど目にした現実から逃げたくて、あてもなく駆け出したのだ。夢だったらどれほど良かっただろうか。そう思わずにはいられないほど、先程の出来事は澪にとって受け入れ難い物だった。

「あ――」

 澪は脚がもつれて、アスファルトの地面に転んでしまった。その痛みが、これは夢ではなく現実だ、と突きつけてくる。

 どうして……? どうしてなの、明嗣くん……?

 どうして、そんなにでいられるのか。先程からその疑問だけが頭の中でグルグルと回っていた。
 
 遡ること30分前。明嗣と別れてからの澪は、通学のために身を寄せている叔母の家に歩いて戻った。落ち込んで戻ってきたのを心配されたが、なんでもないと誤魔化して自室に一人こもっていた。

 なんで何も言わないのか、その理由を考えた事はあるのか?

 明嗣に言われた事が頭から離れず、澪はベッドに寝転がり、天井を見つめてその言葉について考えていた。
 振り返ってみると、自分は明嗣にただ問い詰めてばかりだった。しかも、思い通りにいかないから怒り出したりと、自分の都合でしか動いていない。どうして答えないのか、などこれっぽっちも考えていなかった。
 これでは、子供が駄々をこねているのと変わらないではないか。

 うわぁ……あたし、もう15歳なのになぁ……。

 明嗣がまともに取り合ってくれないはずだ、と澪は一人でに苦笑した。まだ大人とは言えないけれど、かといってもう子供でもない歳なのになんて幼稚だったんだろう。

 明日、学校来るかな……。

 誰だって答えたくない事だってあるのに、いきなりあれやこれやを問い詰めるのが無礼だったのだ。これでは警戒されて当然だ。だから、まずは明嗣と秘密を話し合える友達になり、自分は敵ではない事を教える所から始めよう。ちゃんと真意を話せば、明嗣だって分かってくれるはずだ。
 決意と共にベッドから起き上がった澪は、机にしまってあるスクラップブックから、初めて明嗣に会った時に見せた写真を取り出した。
 異様に右に寄せた位置の設置した椅子に座って、白くボヤけた何かを抱えながら、今が一番幸せと言わんばかりに微笑む一人の女性。澪が交魔市にやってきた理由。
 そもそも、澪がこの写真にこだわる理由は幼い頃に父から教えてもらった言葉にあった。

 ――いいかい、澪。写真はね、地図なんだ。
 ――地図?
 ――そう。時間が経って忘れてしまった遠い昔の思い出まで、一瞬で連れて行ってくれる魔法の地図なんだよ。お父さんはね、その地図を作る仕事をしているんだ。

 幼い頃にしたやり取りが澪の頭に響く。このやり取りのおかげで澪は世界を飛び回って撮った写真と共に父が語る思い出が好きだった。やがて、写真に興味を持ち始め、自分も思い出に導いてくれる地図を作るようになったのだ。だから、澪は知りたかった。この女の人が微笑む意味、そしてこの写真が連れて行ってくれる思い出とはどんな物なのか。
 そうして、話を聞いた思い出や、その際にした体験を写真の形で残していけば、一生のうちに一枚しか撮れないような思い出を残せるような気がするから。明嗣はその思い出を知るための手がかりなのだ。

 まぁ、休んだとしても、あのお店に行けばたぶん会えるよね。明日、会えなかったらまたあのお店に行って……あ。

 明日の予定を立てながら、今日の授業の復習しようと澪は机に向かった。が、ペンケースに入れていたシャープペンシルの芯のケースが空だった事に気付く。

 ん〜……。明日、早起きしてコンビニに寄っていくのも良いけど……。

 寝坊して遅刻してしまうかも、と不安が頭をぎる。どうしようか、と澪は日が落ちて夜になってしまったこの時間にコンビニエンスストアへ行くか、頭を悩ませた。たしか、今入っている芯の長さはかなり短くなっており、余裕がなかったはずだ。

 行っちゃおっか!

 悩んだ末、澪は夜間の外出を決断した。初日に警察のお世話になったが、澪自身には落ち度はないし、たかがコンビニまで行く程度だ。あんな事、そう何度も起こるはずはない。そう結論づけた澪は叔母と叔父に「ちょっとコンビニに行ってくるね」と伝えて、家を出た。

 ついでに勉強のお供に何かお菓子も買おうかな〜。ポテチにポッキー、チョコにグミ……。

 ホットスナックも良いな、などと浮かれた気分で澪は夜道を歩いていく。目的が替芯から食べ物にすり替わってるいる気がするが気にしない。
 それに、夜のコンビニエンスストアは少しワクワクする。もしかしたら、新発売の物も入っているかもしれない。
 想像するだけで足が早くなる。早く店内で品定めをしたくて早足で澪は夜道を進む。だが、「見逃してくれ!」と興奮を冷ます叫び声が耳に飛び込んできたので、澪は思わず足を止めた。

 なんだろう……?

 いつかの時と同じようなシチュエーションだ。ここで様子を見に行って、また同じ事を繰り返してしまったらどうしよう、と不安が澪の頭に浮かぶ。だが……。

「ほ、本当だ! 俺はもう血を吸わない! 神に誓っても良い! だから助けてくれ!」

 助けてくれ。その言葉で澪は、ちょっと様子を見てから警察を呼ぶだけ、と言い聞かせながら様子を見に行く事を決めた。少し変な事を口にしていた気がするが、それでも命の危機に瀕しているのを無視したとしたら、なんとも後味が悪い。

 たしか、こっちの方から聞こえてきたよね……?

 曲がり角の向こうに何が待っているか警戒しつつ、澪はこっそりと様子を伺う。すると、そこで待っていたのは衝撃的な光景だった。

「俺がもっとも信用していない言葉の一つは『神に誓っても良い』だ」

 浮浪者の前に立って、そんな言葉をぶつけているのは、明日会おうと思っていた明嗣だった。そして、その手に持っているのは――。

 え……あれって……!?

 どこからどう見ても、銃以外の何物でもない。でも、なぜそんな物を明嗣が? 日本では銃を持つことは許されていない。それは中学生でも知っている事だ。

「め、明嗣……くん……?」

 思わず口から漏れ出てしまった。一瞬、幻覚である事を疑ったが、ビクリと身体を震わせてこちらの方へ顔を向かせた反応が幻覚ではない事を証明する。

「な、何……やってるの……? 手に持ってるそれ……何……?」

 混乱する頭では疑問を絞り出すのが精一杯だった。驚きの表情で明嗣は澪を見つめている。そして、注意が逸れた一瞬を狙い、明嗣の銃を奪おうと浮浪者が動いた。

 ズドン!

 大きな破裂音と共に、白銀の銃が火を噴いた。そして、澪の目の前で浮浪者の首から上が跡形もなく吹き飛ぶ。コンコン……と夜道に薬莢が落ちる音が響いた。首から上がなくなった身体は糸の切れた操り人形のように崩れ落ち、灰の山へ姿を変えた。

「これが答えなかった理由だ」

 なんで……!?

 撃鉄を戻して銃を脇の下に吊っているホルスターへしまう明嗣は、日常のルーティンワークだ、といった様子だった。その佇まいが、澪には理解できなかった。命を奪って平然としている神経が理解できず、澪は思わず恐怖の念を抱いてしまう。

「詳しい事は説明するからまず――」

 明嗣が近づいてくる。人の命を奪ったばかりの奴がたぶん手を取って引っ張ろうとするのだろう。なら、その後は? 連れて行かれた先でいったいどういう目に遭わされるのだろうか?

「あ……」
 
 気づいた時には一歩後ずさっていた。そんなつもりはなかった。同時に、心の底では怖いと思っていたのも事実だ。これは恐怖による反射的な拒絶以外の何物でもない。
 明嗣も足を止めてこちらを見つめている。その時、明嗣がどんな表情をしていたかは見ていない。覚えていたのは、早くこの場から逃げ出したい、と叫ぶ生存本能からくる欲求だけだった。どうしたらいいのか分からなかったから、澪は明嗣から背を向けて一目散に駆け出す。

 なんで……?

 ズドン、と響く暴力的な音が頭から離れない。まさか、あんな奴が近くいたなんて。全速力で家に駆け込んだ澪は布団をかぶる。
 だが、先程目にした物が忘れる事も眠る事も許してくれない。結局、澪は一睡もすることができないまま夜を明かした。



「澪ー! 学校遅刻するよー!」

 部屋の外から、朝を告げる叔母さんの声が聞こえる。しかし、澪はその呼びかけに答えない。
 ガチャリと、扉が開く音がした。黒く艶のある髪を束ねてポニーテールにし、桃色のシャツに藍色のジーンズといった出で立ちで快活な印象を与えるその女性、夏目なつめ ひかりは布団をかぶったまま身じろぎ一つしない澪へ声をかける。

「澪、どうしたの? そろそろ学校にいく時間でしょ?」
「行きたくない……」

 布団から顔を出さず、澪は力のない声で登校を拒否する。光は澪の様子を不思議に思いながら、さらに呼びかける。

「もしかして、具合悪いの?」
「ううん……そんな訳じゃないけど……」
「ならなんで……あ、もしかして友達と喧嘩して行きづらいとか?」

 ニヤリと笑い、丸まった布団に手を置いた光は、優しく声をかけた。

「まぁ、アンタの年頃になるといろいろあるからねぇ……。自分に逆らう奴には容赦しない子だっているし、なんとなくで嫌がらせするようなのもいるって話も聞いたことあるよ。親も教師も情けない駄目な奴が増えてきたなって感じる時代になったね」
「……」

 澪は黙ったまま、話を聞いているだけだった。澪からの返答はないが、言いたいことを言った光は、軽く布団を叩くと仕方ないなと言いたげに立ち上がる。

「今日は特別だからね。明日から土日で休みだしアンタだけ三連休にしてあげる。けど、来週からちゃんと行くんだよ?」
「ありがとう、叔母さん」

 返事の代わりにガチャリと再び扉が開く音がした後、バタンと閉じる音がした。完全に気配が去った事を感じると澪は心の中で、ごめんね、と呟く。
 まさか、知り合いが人を殺す瞬間を目撃したから怖くて外に出れない、なんて言えるはずがなかった。ましてや、警察に通報しても、なぜか現場には骨すら残っていないから捕まえられるはずもないので、どうする事もできない。
 とりあえず今日は外に出なくていい、と安心した瞬間、眠気がやってきてまぶたが重くなってきた。やがて、手招きされるまま、眠気に身を任せた澪は夢の中に沈んでいった。



 その日の夕方。Hunter's restplaatsの地下では、明嗣が工房のテーブルに向かっていた。テーブルの上には発射の際に後退した遊底スライドを押し返すためのリコイルスプリングや、内側に彫られた螺旋状の切れ込みで弾頭を錐揉きりもみ回転させてジャイロ効果により軌道を安定させるための銃身バレル、起こした撃鉄を留めておくためのシアなど、分解した銃のパーツが広がっている。
 ただし、これは明嗣の愛銃、ホワイトディスペルとブラックゴスペルの物ではない。これは地下工房に保管されている銃の物だ。種類はイタリア製のベレッタ92Fやオーストリア製のグロック17など銃の世界においてメジャーなブランドの物から、現時点では最高傑作と評価する者もいるドイツ製のFN 57と言った軍用銃まで多岐に渡る。
 現在、明嗣はアルバートに命じられ、これらの地下工房にある全ての銃の整備を行っていた。理由はいたって単純。澪に吸血鬼を殺す瞬間を見られたので、外に出られないからだ。現時点では警察がここにやってきたとしても証拠はないので逮捕拘束される事はない。しかし、念のために隠れていた方が良いだろう、とアルバートが判断したのでこの地下工房に押し込められる事となった。その際、暇だろうという事で半ば押し付けられる形で、工房にある銃の面倒を見ることになったのだ。
 ブラシで薬莢室や銃口付近の煤を落としたり、ウェス代わりの古い布で銃身内部にオイルを塗ったりなど、作業を丁寧に行っていく。

 えーっと、次は……。

 掃除を済ませ、組み立ててから元あった場所へ戻して別の銃を手に取る。この流れを何回繰り返しただろうか。面倒になったので十から先は数える事はやめていた。
 ひたすら心を無にして、明嗣は銃を分解バラし、掃除して、再び組み立てていく。こうしていれば何も考えなくていい、そう思っていた。だが……。

 め、明嗣……くん……?

 昨夜の出来事が脳内で繰り返される。まさか、あの場で澪が出てくるとは夢にも思わなかった。あれだけ言えば大人しく引き下がるとばかり考えていたが、甘かった事を痛感する。
 そして、吸血鬼の頭を吹っ飛ばした後の怖がる澪の表情が浮かぶ。

 まぁ、当然か……。彩城は向こう側で生きている人間だしな……。

 あれだけ怖がられるとは思っていなかったが、考えてみれば無理もない事だ。日本という国は普通に生きていれば、殺しなどの暴力とは無縁の社会なのだから。物語フィクションの世界だったら、驚いた後になんだかんだ受け入れて主人公を支えたりするけれど、本当なら怖がったりするのが正常な反応なのだ。
 この空間には明嗣一人しかいないので、ブラシが金属を撫でる音や、スプレー缶が中身を吐き出す音しかしない。それ以外は全くもって静かな空間だ。だが、その静寂を破る声が聞こえてくる。

 おやおや……怖がられて傷心中かね、明嗣くん?

「っ!? 誰だ!」

 立ち上がって、明嗣は周囲を見回す。だが、この場には吸血鬼の父、アーカードが残したバイクへ姿を変えた馬しかいないし、人影すら見当たらない。何かがおかしい事を感じつつ、明嗣は銀弾が詰められている弾倉の箱を探す。もしかしたら、すでに得体のしれない敵の術中に落ちていて手遅れかもしれないが、それでも抵抗する手段を確保しておけば、多少はマシだと判断したからだ。
 周囲を警戒していると“声”は寂しがるような声音で明嗣へさらに呼びかけた。

 昨日会ったばっかなのにもう忘れちまったのかよ。寂しいねぇ……これでもお前の片割れなんだぜ?

 お前の片割れ、その言葉で明嗣は正体を理解した。そして、忌々しいといった表情で呼びかけに答えた。

 内なる吸血鬼おまえ……!? 直接脳内に……!
 正解だ。昨日別れる時に繋いでおいたんだ。それよりなんだよ……せっかく慰めてやろうと思ったのにひでぇ返事じゃねぇかよ。
 何の用だ、てめぇ。そんなタマじゃねぇだろ。
 なんだ、八つ当たりか? 目ぇ付けてた澪ちゃんにフラレたからって俺に当たんなよ。
 ……何が言いてぇんだよ。

 何か含みがある内なる吸血鬼の物言いに、明嗣は訝しむようにその意図を尋ねた。すると、内なる吸血鬼は面白がるように脳内に語りかける。

 まぁ、満足するだけなら鈴音も悪かねぇしな……。
 だから何が言いてぇんだよ。
 おいおい、物覚えが悪すぎて俺がなんなのかも忘れたのか? 俺は明嗣おまえの吸血鬼の部分なんだぜ? 血に決まってんだろ、血。血を吸いたくて苛ついてんじゃねぇのかって言ってんだよ。
 ……ふざけてんのか? 俺が血を吸いたい? つまんねぇ冗談だ。そんな訳ねぇだろ。

 内なる吸血鬼の言葉を明嗣は即座に否定した。たしかに、明嗣は人間であると同時に吸血鬼でもある、半吸血鬼ダンピールだ。しかし、だからといって今まで生きてきた中で血を吸いたいとは一度も思ったことはない。だが、内なる吸血鬼の追求は続く。

 本当か? 自覚がなかっただけなんじゃないのか?
 どういう事だよ。
 じゃあ、逆に聞くがなんで澪の記憶を消さねぇんだよ。さっさと眼の力で忘れるように命令したら、それで終わりだっただろ。
 ……。

 実際に向かい合って話している訳ではないのに、目の前で悪魔のような笑みを浮かべる内なる吸血鬼もうひとりのじぶんの姿が見える。
 答えない明嗣に対して、内なる吸血鬼はさらに切り込んでいくように質問を重ねる。

 もう一度初めましてが嫌だから、だ? 違ぇだろ? 美味しく血を吸うために仲良くなりたいからなんじゃねぇのか?
 違う。
 なら、なんで最初からフレンドリーだった鈴音に喧嘩売るような態度だったんだよ? 冷たく扱うなら一度組んでみてからでも良かっただろうによ。
 それは実力が信用できるかどうか分からなかったから……。
 本当か? 血ぃ吸いてぇって欲求から無意識に目を背けてたからなんじゃねぇのか?
 そんな訳……ねぇだろ……。

 だんだんと否定の言葉が尻すぼみになっていく。
 否定したは良いものの、無意識に目を背けたかった、っという指摘がもしかして、と明嗣の中に自分への疑念を植え付ける。なぜなら、無意識に拒絶した少女の姿を昨夜目にしたばかりなのだから。当然、内なる吸血鬼が見逃すはずもなく、これが本題とばかりに囁いた。

 一つ、いい事を教えてやるよ。あの馬はな、血を吸った奴にしか扱えねぇんだ。
 ……なんだと?
 おいおい、ついには言葉の意味も解らなくなったのか? お前が手懐けようとしているそれはな、吸血鬼にしか懐かねぇって言ってんだよ。

 思わず、明嗣は今まさに話題の中心にいるバイクへと視線を向ける。もし、それが本当なら、今の明嗣では絶対に扱うことができない代物だ。
 クックッ、笑いを漏らす息遣いが脳内に響く。

 でもな、その問題はすぐクリアできるぜ。なにせお前はなんだからな……。
 何言って……お前、まさか!

 明嗣は言わんとする事を理解した。つまり、内なる吸血鬼はこう言いたいのだ。血を吸って吸血鬼として生きていく道を選べ、と。
 言葉を失う明嗣に対して、内なる吸血鬼はさらに畳み掛ける。

 だいたい、お前みたいな奴が人間の中で生きていこうってのが無理あんだよ。人間っていうのはな、自分とは違う生き物を支配するか排除する生き物だろ? それだけじゃねぇ。同じ人間に対してだってランク付けして差別と支配することで社会が成り立っているんだろうがよ。そんな生き物の中に半分吸血鬼のお前が受け入れてもらえると思ってんのか?
 そ、それは……。

 確かにそうだ。今の時代だって人種差別が問題となっているが、声高に訴える奴ほど綺麗事を叫び、その裏で気に入らない奴を差別し、こき下ろして追い込もうとしている。そして、これからもそういう人間は一定数存在し続けるだろう。その最たる例が学校だ。現代社会の縮図とはよく言ったものである。

 でも、吸血鬼の世界は違うぜ。アイツらは血を吸っていくのが全て。たまに呼ばれる不死の王ノー・ライフ・キングの名の通り不死だから、血を吸うだけのシンプルな世界だ。気に入らねぇ奴は力で黙らせる事もできる。人間に嫌気が差してるお前にはピッタリの世界だと思うけどな。

 たしかにそうかも、と納得しかけてきている自分がいる事に明嗣は歯噛みする。さらにそこへ、内なる吸血鬼の後押しをするようにある人物がやってきた。

「やっほー、明嗣。様子見に来たよ〜。整備は順調?」

 トントン、と規則正しい靴音と共に階段を降りてくる鈴音の声が聞こえて来た。
 
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